レビュー

もはや予言書? 公開時の衝撃再び! 今「AKIRA」を見てほしい4つの理由

AKIRA
(C)1988マッシュルーム/アキラ製作委員会

1988年7月16日。東京のどこかで新型爆弾が爆発、第3次世界大戦が勃発した。それから31年後、2019年の「ネオ東京」を舞台に物語は始まる。映画版「AKIRA」の冒頭である。その日、僕はマリオン内にある日劇の大スクリーンでそれを見ていた。

(C)1988マッシュルーム/アキラ製作委員会

高校生だった僕は友人ともに朝から有楽町を目指したものの、マリオン前はすでに長蛇の列。午前中の初回上映に入ることはできず、午後の上映を行列とともに待った。そして、冒頭の映像で「これって、今日だよな?」と顔を見合わせたものだ。

劇場公開される映画を初日に見たいと思う人は現代でも多いだろう。大きな映画館では監督やキャストが登壇する舞台挨拶が行なわれることもある。大好きな作品ならば誰よりも早く見たいと思うし、何より公開日を首を長くして待っていたのだから。

劇場公開の初日に「AKIRA」を見たという経験は、自分にとって数少ない自慢できることのひとつだ。おじさんの特権である。若い人は複雑な心境かもしれないが、僕も同じだった。「宇宙戦艦ヤマト」は2度目の上映だし、テレビシリーズは再放送だった。「機動戦士ガンダム」は新宿で行なわれた「アニメ新世紀宣言大会」に行くこともできず、「イデオン祭り」もテレビ特番をながめ、雑誌などのレポート記事を読んであの熱狂の中に身を置くことのできなかった自分を悔しく感じていた。

そして32年。今でもアニメを楽しく鑑賞し、好きな作品はなるべく公開初日に映画館に足を運んでいるのは変わらない。公開を逃しても少し待てばビデオソフトの発売があり、動画配信されるのがわかっていても、映画館に集まってしまう。これはもう、同じ作品のファンが結集して、映画の公開を祝うイベントなのだ。

「AKIRA」は、多くの人が知るように日本どころか世界中で話題となり、今やその影響を受けた多くのクリエイターが活躍している。映画を見て、というか冒頭のタイトルが出た瞬間に僕はノックアウトされていた。凄まじい映画だった。ヤマトやガンダム以降、アニメ映画はそれまでのマンガ映画から脱却し、大人の鑑賞にもたえる作品が制作されるようになり、アニメーションとしてのジャンルを確立させてきた。「AKIRA」はそれをさらに飛び越えて、世界においてクオリティーの高さで日本のアニメを知らしめた大作のひとつだと思う(日本のアニメの世界進出自体は、マジンガーZなどでも知られるように'70年代には始まっている)。

実際、“アナログ制作時代のアニメの最高峰がどれか”を考えることがよくあるが、「AKIRA」がそのひとつであることは間違いないだろう。原作通りのリメイクには期待したいが、それこそ日本のアニメスタジオの力を総結集でもしないと、デジタル制作をもってしても超えることは難しいだろう。イメージは違ってしまうだろうが、実写版を制作するほうが合理的だと思う。

それだけに、2020年の現代。作品の時代に追いついた今、再上映されるというのは素晴らしいことだ。4月3日から、全国のIMAXシアターで上映が行なわれる。新型コロナウィルスの感染を抑えることが欠かせない今、たくさんの人が劇場に結集するのは避けなければならない状況であるのが残念だ。

幸い4月24日には、「AKIRA 4Kリマスターセット」が4K ULTRA HD Blu-ray & Blu-rayで発売される。劇場だけの限られた体験で終わらず、ほんの少し待てば映像ソフトとして入手できる。自宅でぞんぶんに楽しめるのだ。現代はSNSが充実しており、直接ファンが結集できなくても、大きなムーブメントを生み出すことができるし、「AKIRA」を好きな人同士で、さまざまな意見を交わすこともできる。現代的な新しい形で、「AKIRA」を盛り上げていきたい。前置きが長かったが、この記事では、まだ「AKIRA」を知らない人、4Kリマスターを機に改めて見てみようと考えている人に、作品をより楽しむためのいくつかのポイントを紹介していきたいと思う。

「AKIRA 4Kリマスターセット」
(C)1988マッシュルーム/アキラ製作委員会

1.現代の世相や出来事を予言している。「AKIRA」に時代が追いついた。

この作品はSF作品であり、旧世紀のSFではよく題材となった第三次世界大戦後の世界を描いている。当時から、バラ色の明るい未来ではなく、当時の時代の繁栄に警鐘を鳴らす意味で暗鬱な未来を描く作品は少なくなかった。実写映画では「ブレードランナー」などが有名だ。だが、「AKIRA」は今見ると少し違う。世界大戦後ではあるが、30数年を経て復興し、ネオ東京には活気もある。昭和をよく知る世代なら、懐かしいとさえ感じる未来像だ。鬱屈した時代に不満を持った少年たちがバイクで暴走する風景さえ、大都会ではもう見ない過去の景色だ。

その一方で、作中で予言されていた2020年の東京オリンピックの開催。作品でも「中止だ、中止!」の落書きがあったように、開催が危ぶまれているが、現実の東京オリンピックも延期が決まってしまい、現実との奇妙な符合を感じる。復興のムードはあるが、先行きのみえない将来に多くの人が不安を感じている時代の空気感は、状況は異なるが現代そのものと言っていい。

(C)1988マッシュルーム/アキラ製作委員会

「AKIRA」と現実がどこまで符合しているか。それ自体にはあまり意味がない。作品を見ながら考えたいのは、そこで描かれるドラマであり、メッセージだ。「AKIRA」で起こる事件は大人達のしでかした負の遺産の不始末であり、人災である。そこで生きる人たちの思いを汲み取りたい。若者ならば、金田たちのようにタフに生きる姿を見てほしい。大人と呼ばれる世代なら、敷島大佐の信念や行動をよく考えたい。いろいろな面で、考えさせられることばかりだ。

2.いろいろな映画やアニメでもオマージュされている迫力の作画

とはいえ、「AKIRA」がここまで今も愛される作品である理由は、衝撃的な映像と音だ。そんな見どころ、聴きどころも、じっくりと鑑賞したい。筆者は先日行われたIMAX版の「AKIRA」の試写会にも参加しているので、そこでのインプレッションも交えて紹介していこう。

まずは、冒頭の暴走族同士の抗争シーンだ。バイクに乗ったことのある人、バイクを絵で描いたことのある人ならばわかる通り、バイクを手描きで動かすのは大変だ。曲がるときには傾くし、段差を乗り越えればサスペンションが動いてタイヤを上下させる。これが強烈に細かく描かれていることに驚いてほしい。バイクの集団もそれぞれにデザインが違うし、走り方も違う。なによりもバイクを操るためのライダーの身体の動きも実にリアルだ。そうした動きの細かさがあっての、迫力のある走行になっているのがわかる。そして、印象的なテールランプの光が尾を引く映像効果。現実とは異なるが、バイクの動きを強調し、より鮮烈な印象を与えてくれる。IMAXの大画面だからこそ、その動きの良さがよくわかる。

(C)1988マッシュルーム/アキラ製作委員会

そして、多くの作品でオマージュされることの多い、チキンレースで勝利した金田が横滑りをさせながらバイクを止めるシーン。バイクで真似をするのは危険です。少なくとも砂利道でやりましょう。ハイサイドを起こして吹っ飛んだ人の経験談です。これも、バイクと人の動きがしっかりと描かれているからこそのカッコよさ。チキンレースでの畳み掛けるようなカット割りも痺れる。

(C)1988マッシュルーム/アキラ製作委員会

バイクによるアクションだけでなく、アーミーと呼ばれる軍隊の統率のとれた動き、レーザー兵器の独特な描写(発射時の指揮官の指示もSF的によく考えられている)、そして宇宙に浮かぶレーザー衛星「SOL」の大口径のレーザー照射、地下に埋められたAKIRAを封印した球体がまるで生き物のように地中から浮かび上がる場面の異形、などなど、緻密な描き込みと動きをみると、当時のアニメーターの熱意と膨大な仕事量に驚く。

(C)1988マッシュルーム/アキラ製作委員会

美しい色彩と深い黒の再現も見事だ。冒頭の新型爆弾の爆発で、黒い球体が現れる映像もインパクトがあるが、その黒の深みが増している。まさに真っ黒。ネオ東京のビル街や派手なネオン、春木屋の薄汚れた店内など、そうした背景画も深みのある色彩だ。原作コミックスのカラーページは、意図的に青みを帯びた色調とするなど、緻密な描き込みにあえてリアルからは少し外れた色彩とする表現が多いが、実は映画の背景画もシーンによって赤を強調していたり、または緑を強めるなどの独特の色設計になっていたことに気付く。解像度が上がって緻密さが増したこともあり、ますます大友克洋の描く「AKIRA」の世界観が露わになっていると感じた。

書き出すとキリがないが、日常的な街の風景や人々の動作も実にきめ細かい。街のなかの群衆を描く場面など、映像に現れる人物のひとりひとりをきちんと作画しているなんて、アニメに見慣れている人ほど驚くはずだ。大スクリーンで目を皿のようにして見つめてほしいし、「AKIRA 4Kリマスターセット」でコマ送りしながら確認してほしい。

3.原作コミックスでさらに物語を掘り下げてみる

映画版の「AKIRA」は、原作となるコミックスの中盤の段階で制作がスタートした。そのため、映画版のストーリーは序盤から中盤までの内容をまとめ直しており、コミックスを読み直すとおおまかな流れは同じでも、かなり整理されていることがわかる。それでいて、あの情報量なのだから、あの作品に注ぎ込まれたコストと労力と時間は想像を絶する。製作費10億円とか、総セル画枚数約15万枚といった数字で表せるものではない。

そのぶん、原作では物語のテーマがより深掘りされており、アキラをはじめ、タカシやマサル、キヨコといったナンバーズが使う超能力についての考察、騒動の中心となる金田ら若者たちの考えもよりはっきりと描かれている。国内の動乱だけでなく、世界を巻き込んだ大事件にまで発展しているが、作品のメッセージはほぼ同じで、クライマックスの描写も映画版の描写と通じる部分が多い。原作者が監督であるだけに、そのあたりの整合性はきちんととれている。

だから、原作を読んだうえで、もう一度「AKIRA」を見ると、いろいろと気付くことも多い。SF作品にはありがちだが、見る者の解釈に委ねている部分も多く、難解と感じる人も多いかもしれないが、そういった部分に興味を持った人は、ぜひとも原作コミックスも読んでみてほしい。

(C)1988マッシュルーム/アキラ製作委員会

4.音楽をはじめとしたサウンドの衝撃

劇場公開されるIMAX版の「AKIRA」も、UHD BDの「AKIRA 4Kリマスターセット」も、当然ながら4Kスキャン&4Kリマスターで映像の質も大幅に高まっている。が、それ以上に衝撃を受けるのが音楽だ。

音楽を含めた音響は、新たにリマスターされている。スペックで言うと、192kHz/24bitの5.1ch音声という点ではBD版と同様。しかし、これがすべて新録だと言われれば、信じてしまうくらいに、音の鮮度と情報量が増えている。

IMAX版の試写での印象だと、タイトルが現れる冒頭で響く大太鼓の「ドーン」という響きが、ますます大きく、深い音になっている。この太鼓の音はおそらく新録。印象は同じだが、身体に響く低音感、太鼓の皮がビリビリと響くような凄みのある音に驚くはず。

そして、5.1chのサラウンドは、より自由自在に音が動き回る。バイクの素早い動きはもちろん、アーミーのホバーバイクのような兵器(FPH、フライングプラットホーム)やヘリコプターの上空を飛来する音の移動など、ひとつひとつの音の定位がより明瞭になって、驚くほど情報量が増えている。

僕は深夜に行なわれたIMAX版の試写の翌日に、自宅でBD版を見てみたが、実は音そのものは音楽が客席をぐるりと取り囲むように配置された鳴り方などは、ほぼ同じだった。そもそも、BD版もドルビーTrueHDの最高フォーマット(192kHz/24ビット 5.1ch)を採用したことで、すでに音の良さで大きな話題となっていたのだ。

それをさらに超えてきた秘密は、関東ではTOKYO MXで3月28日に放送された特番「AKIRA SOUND MAKING 2019」で明かされている。なお、そのドキュメンタリーのフルバージョンは、「AKIRA 4Kリマスターセット」の特典にも収録される。

もともと劇場公開時の「AKIRA」の音響は、音楽はアナログ収録中心、SEやダイアローグはデジタルで録音されたものをドルビーサラウンド(アナログ3-1方式のサラウンド)で収録していた。フィルムに光学記録する方式(アナログ記録)ということもあり、監督らはその音質に不満を感じており、LD(非圧縮デジタル2ch収録)でリリースする際にすでに再リミックスを行なったようだ(映像も200カット近く修正している)。これがDVD版で5.1ch化される(ドルビーデジタル5.1ch)。

意外と知られていないのが、サウンドトラック。劇場公開時に発売されたCDのほか、実は2002年発売のDVDオーディオのマルチチャンネル版もある(96kHz/24bit/4.1ch)。ここですでにハイビット・ハイサンプリング化されていることに驚く。さらには、DSD 11.2MHz収録の「交響組曲AKIRA2016」もある。このように、芸能山城組の山城祥二氏は、意欲的にAKIRAのサウンドをよりグレードアップしてきていた。

こうしたハイビット・ハイサンプリング化では、特にBD版のサウンド以降、音楽や効果音、セリフに合わせて、それらの音に相関のある自然音に含まれる超高域成分を付加するという独自の手法が行なわれている。これにより、音の鮮度の向上や音の定位の良さが引き出されたという。

今回のリマスターでは、それをさらに推し進め、音源に負荷する超高域成分のうち、ある帯域を抜くなど、ひとつひとつの音をより豊かに鳴らすための作業を行なったそうだ。このほか、音楽については新録した音源の追加なども行っている。

この結果、僕の感覚ではDolby Atmosでオブジェクトオーディオとして音を配置しているかと思うほどにひとつひとつの音の定位が明瞭になり、音の粒が空間に浮いているような鳴り方になったと感じた。そのため、セリフのひとつひとつも実体感が増しているし、音楽も象徴的な竹や金属を打ち鳴らした音色が立体的に周囲に浮かぶ。力強いかけ声も劇場の左右や後方にコーラス隊がいるかのように、実体感を持って聴こえてくる。

こんな音は、Atmos音響を採用した最新作でもなかなか味わえないものだと感じた。鮮度を増した映像と音で蘇った「AKIRA」は、まさしく今体験すべき新作として生まれ変わったと感じた。

新鮮な気持ちで、もう一度「AKIRA」を体験しよう

(C)1988マッシュルーム/アキラ製作委員会

「AKIRA」を既に見ている人も、「AKIRA 4Kリマスターセット」発売を機に、自宅でもう一度、心ゆくまでじっくりと鑑賞して欲しい。公開時の衝撃を再び体感できる。そしてこの体験も、30数年後には貴重な思い出になるはずだ。

そして、まだ「AKIRA」を見たことのない若い人もぜひとも見てほしい。現実の2020年に起きたこと、作中の2019年から2020年に起きたことがないまぜになり、めったにない貴重な体験になることは間違いないのだから。

「AKIRA 4Kリマスターセット」(4K ULTRA HD Blu-ray & Blu-ray Disc 2枚組)」2020年4月24日発売告知ティザー映像

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。