麻倉怜士の大閻魔帳

第13回

8K・8K・8K! テレビは究極の8Kへ。CESから予測する“8Kの今後”

デジタル業界における1年の計はCESにあり。それどころか、CESを見ればデジタル業界は3年先まで見渡せる。世界中のデジタル業界人がラスベガスで一堂に会するCESを舞台に、今年も麻倉怜士氏がオーディオ・ビジュアルの今を評価。それによると、今年はとにかく8Kが豊作だった様子。

麻倉怜士の大閻魔帳、2019年の第1回目はCESを歩いた麻倉氏が、視聴距離/デバイス/アップスケーリング/フォルムの各要素で“8Kの今”を語る。8Kテレビには、映像の可能性が詰まっている。

8Kテレビはどのくらい離れて観ればいいのか

麻倉:CESでは毎年様々な“お土産”がありますが、今年は8Kを中心に様々なトピックを収穫してきました。今回はそんな8Kにまつわる業界動向を中心に、“CESから先の展望”を語りたいと思います。

まずショーとしてのCESを全体的に見ると、5G・AI・IoT・VR/ARといったキーワードがトレンドです。特に今年から始まる5Gの展開や、AIの活用はホットで、これらは産業や自動運転への展望があちこちで見られました。AIは実用化・展開に関して開発の後半に入っていますが、“何がAIか”という明確な定義が業界内で定着しておらず、様々な出展者が勝手にAIという言葉を使っている印象です。例えば中国の会社は機械翻訳にAIを入れていたり、ビッグデータと合わせた活用があちこちで盛んに試みられたり。

――発展途上のホットな開発分野特有の、何でもアリのカオスさが表れていると言った感じでしょうか。これらの分野はまだまだ発想・開発のフロンティアが進行中ですね。

麻倉:AV業界でもAIはバズワードで「AI HDR」やら「AIアップスケーリング」やらと、何でもかんでもAIを付けていました。CESの流れと引っ掛けた展開ですね。対してAVそのものはCESの表舞台から一歩引いた立ち位置になってしまいました。それでもAV事業をやっている事業者としては、CESはまだ業界人が集まる超重要な空間です。

ショーのコンセプト自体が「新しいものを展示しよう」というもので、技術やトレンド、発想やマーケティングなど、コンセプトや市場の新規性を訴えるのが、CESにおけるイノベーションです。その意味において8Kを見てみると、イノベーションは結構あった感じがします。ここでは8Kに関するトピックとして、視聴距離/デバイス/アップスケーリング/フォルムといった要素に絞って見てゆきましょう。

今年のCESは5GやAIといったキーワードがトレンド。AV分野においてもAIはバズワードとして各ブースで見られた

麻倉:私が考える今回最大のイノベーションは、8Kの視聴距離に関する“小倉理論”。ソニービジュアルプロダクツの小倉敏之氏が今回のプレゼンで主張した「8Kのリアリティは0.75Hではない、1.5Hだ!」というものです。

ソニービジュアルプロダクツの小倉敏之氏

視距離はディスプレイの大きさと緊密な関連性があり、8Kの距離は今後のテレビ市場を占う重要なポイントです。これまでの流れを見ると、20世紀のSDは画面高“H”に対して視距離が“7H”。視角度は10度でした。これをもっと横に広げて画面に近付いたのがハイビジョンで、視距離“3H”、視角度30度を目安としていました。

その後同じ16対9のスクリーンで解像度を上げた4Kが登場します。その視距離は“1.5H”、視角度は60度。そして現在最先端の8Kは4Kのさらに半分で、視距離“0.75H”、視角度100度。開発を主導したNHK技研が打ち出し、業界的にも理論的な常識でした。

ところが実際に8Kテレビの民生機で0.75Hを実践してみると「コレは流石に近すぎない?」という印象が拭えません。一例を挙げると、私のデスク前にインストールしたシャープの8Kテレビ環境では、80型画面の高さは100cmです。これを従来理論の0.75Hで観る場合の視聴距離は75cmとなります。ですが実際に0.75Hをやってみると画面が近すぎて眼の前に迫ってくる、まるで壁が襲ってくる様な感覚に陥ります。もちろんコンテンツの内容でも変化がありますが、自然モノはまだしも、動きが激しいと船酔い状態になりやすい印象です。

――最近は大型量販店でも8Kテレビの展示が増えたので、視距離は試しやすくなりました。僕も色々と試しましたが、視距離0.75Hは視力の悪化を心配するくらいの近さ。残念ながら快適視聴とは程遠い環境だと感じます。

麻倉:それが1.5Hの1.5mまで下がると0.75Hの圧迫感・脅迫感が随分と減り、劇的に快適になります。確かに近づくと細部はよく視え、その意味での表現力と臨場感が同時に来るでしょう。0.75Hが実際に成立するのは劇場空間です。例えばNHK技研のホールに設置されているスクリーンは350型で、これならば0.75Hが成り立ちます。見上げるような大画面でもある程度の距離があるので、圧迫感はそれほど感じず良い意味で臨場感と実物感があるのです。

ところが100型以下の直視型といったテレビのスタイルだと、この論理は成立しません。そこで先述の小倉さん、昨年のCESで展示された「バックライトマスタードライブ」搭載8Kを使い、様々な画像で視距離とコンテンツの印象の関連性を実験しました。するとどうも1.2~1.5Hがスイートスポットに感じたようです。

「離れても近すぎても臨場感やリアリティは失われる。リアリティのピークは1.5H付近」と仮説を立て、この実験を社内の様々な人にも試してもらいました。結果はほとんどが1.5Hで良好な回答を示したとのことです。ポスト・プロダクションQtecのカラリストとして有名な今塚さんも同実験を受けたそうですが、やはり1.5Hを推奨しています。

「何故1.5Hか?」という疑問の解決はこれからの課題となりますが、実はすでにNHK技研でも視距離に関する論文が発表されているんです。執筆者は正岡顕一郎氏、BT.2020策定にも関わった色彩学の専門家です。実験内容としては、静物の被写体をカメラで撮影、映像をすぐ脇に置き、被験者には様々な視距離から画面と実物を同時に視てもらう、というものです。その結果8K解像度でリアルを感じる距離として最も良好なのは、やはり1.5Hでした。

この研究は「Sensation of Realness From High-Resolution Images of Real Objects」という論文としてまとめられ、2013年にIEEEで発表されました。

対して小倉さんの実験は昨年で、場所も実験者も異なる2つの実験の結果が、1.5Hで一致しました。従来理論に基づいた0.75Hの時は、1分(1/60度)につき1画素が最適解だと考えられていましたが、新理論では1分につき2画素になると最もリアリティを感じるとしています。同じ画面幅で視野内の画素密度を上げるには倍の距離をとることが必要で、その結果が1.5Hなのです。

――論文では、視角1度あたりの明暗が60サイクルになるまで、つまり空間周波数60cpd(cycles per degree)までは、視力に関係なく映像の細密化に比例して現実感が増し、これを超えると細密化の効果は緩やかになる、と考察していますね。

1cpdが明暗合わせて2ピクセルに相当すると考えると、60cpdは1度あたり120ピクセル、つまり1分あたり2ピクセルで、従来理論の倍に当たる解像度を要求しています。同時に30cpdの実験だと、視力が高い被験者は現実感が鈍る、それから被写体と映像とで輝度や色度の差は観測されなかった、という結果が報告されています。

麻倉:この新理論は8Kテレビ市場にとってとても画期的です。というのも、従来理論の0.75Hに固執すると、一般ユーザーにとっての8Kテレビは非現実的な視聴環境になります。つまり、売れません。ところが1.5Hならば視聴環境にまだ余裕が出てきますし、サイズとしても程度の大きさなら部屋に入るわけです。8Kの普及推進にとっても、最大限の感動度を引き出すメルクマールが今回のCESで提唱されたという事は、とても重要なポイントです。

解像度、Dレンジ、色、階調、フレームレートと、8Kは人間の感度の限界に到達した初めてのフォーマットです。その使いこなしという点では、実力を引き出すにあたってまだまだ考えることがあるでしょう。そのひとつの例として、今回は“人間が良好に視聴できる距離”が提案されました。テレビメーカーは8Kへシフトをはじめていますが、新理論によって単なるハードとしてのシフトだけではなく、“視聴環境のシフト”で最適なものが提案されたことは大きいです。

これからの8K開発は人間の感覚をもっと大事にすることが求められるでしょう。理論は理論として大切ですが、それと同等以上に生身の人間が実際にどう感じるかが重要になってきます。先述の通り、8Kによってテレビ技術は人間の感度の限界に到達したため、これからはそれほど大きな進化は見込めません。となれば、次に見るべきは“人間がどう感じるか”。人間感覚に寄り添う部分を突き詰めてゆく事が勝負の分かれ目、そういう世界にテレビ開発は突入したのです。

8Kは液晶、有機EL(OLED)どちらが適しているのか

麻倉:次の話題は液晶や有機EL(OLED)といった表示デバイスを“どう使いこなすか”です。インパクトが大きかった小倉理論を先に取り上げましたが、今年のCESにおける8K界隈の中心的なトピックはむしろこちらでしょう。

今8K向けデバイスと言えば、液晶かOLEDの2択です。昨年の段階ではLGディスプレイが88型OLEDを提案しており、今年の新展示はこれが反映されていました。会場を眺めてみると、如何にデバイスの違いを8Kへ応用するかという使いこなしに対して、メーカーごとに見解の違いがかなり出てきた様に感じます。

大きく分けると、液晶陣営はシャープ、ソニー、ハイセンス、TCL、サムスン。OLED派はLG、チャンホン、スカイワースといったところでしょう。因みにLGは液晶も出しています。パナソニックは今回4KのOLED新製品を発表しましたが、8K戦線に加わりませんでした。

――自発光デバイスに一家言アリのパナソニックなので、出すとしたらやはりOLEDでしょうか。

麻倉:興味深い話を紹介しましょう。ソニーとパナソニックで話を聞きましたが、いずれも「8KにOLEDを使うのは時期尚早ではないか」という共通見解を持っていました。8Kにおいて液晶とOLEDで何が違うかと言うと、まず黒は絶対的にOLEDに分がある訳です。小さな画素の表現力は黒に依拠するため、8Kの解像感はOLEDに軍配が挙がります。

ところが8Kの製品化で今重要視されているのは高輝度なんです。これは何故かと言うと、昨今は解像度のみならずHDRに注目が集まり、UHD BDやOTTなどの映画作品はもちろん、8Kでは放送そのものでHLGが標準化されています。HDRを満足に再現するには高輝度が絶対的に必要ですが、液晶に比べてOLEDの輝度はビハインド。そんな現状が、ソニーとパナソニックの8K OLEDにブレーキを掛けているんです。

そもそも8Kになると、同じパネルサイズならば画素サイズは4Kの4分の1になります。つまり、液晶/OLEDを問わず開口率が低いという厄介な問題が出てくるわけです。OLEDで開口率を稼ぐには、現行のLGパネルで採用されているボトムエミッションから、ソニーのBVM-X300で採用されているトップエミッションに移行する必要があるでしょう。発光・出力の効率という観点で言うと、発光層の上に回路層が乗るボトムエミッションでは、カラーフィルターしか通らないトップエミッションには及びません。

しかしトップエミッションに移行するには、生産設備を全て変えないとダメで、研究開発も設備投資も必要になります。LGディスプレイはこれを嫌ってボトムエミッションのまま8Kに挑戦する模様ですが、現実問題としてこの壁は大きいと言わざるを得ません。

――ここにきて明るさというOLEDの弱点が問題になってきた、という事ですか。トップエミッションの安定量産は難易度が高いですから、高品位な8K OLEDは少し時間がかかりそうです。

麻倉:一方の液晶はどうかとソニーに取材をしたところ、こちらも実はかなり大変だった様子。昨年の10,000nitsの参考展示が大きなポイントで、あれは「8Kで10,000nitsまで光るのか」というほぼ手作りの挑戦だったようです。成功理由はいくつかありますが、ひとつはバックライトに高輝度・高効率なミニLEDを使用したこと。もうひとつは光の取り出し方を変えたこととしていました。

8KのHDRに対する考え方は、4Kまでよりもずっとシビアになっています。ソニーは4K時代に「Z9D」シリーズのバックライトマスタードライブ技術で名声を得ましたが、それを8K向けに安定化させるため、2年かけてモディファイに取り組みました。昨年はテストタイプ、今年は98/85型の「Z9G」シリーズというプロダクトとして実った訳です。

ではソニーはOLEDに対してどの様な見解を持っているか訊ねたところ、その答えは「Any device with SONY digital processing」。どんなデバイスでも信号処理技術でソニーの味を出すというものでした。その意味ではOLEDモデルも期待できますが、今のところはパナソニックと同様に、やはり光の出し方に難ありと見ているようです。

わざわざ10,000nitsの挑戦をしたように、8Kでは元々明るい液晶でも満足させるのが難しかった訳で、実際に新モデルZ9Gの輝度は非公開としています。昨年は10,000nitsでしたが、量産品がそこまで明るいとは考えにくいですね。ただしシャープの8Kテレビは4,000nitsと公表していることから、おそらくそのくらいはあるだろうとは想像できます。OLEDで4,000nits出せるかと言うと、まず無理。4Kの画素サイズで1,000nits出すのに四苦八苦している状態ですが、8Kは4分の1と考えると、単純計算で250nits。残念ながらこれでは使えません。

――しばらくは“8K=液晶”という構図が支配するのでしょうかね。パネルベンダーもシャープに中国BOEに、と複数ありますし。

麻倉:ソニーも含めて、OLEDは如何に輝度を上げるかに腐心している様子が伺え、パナソニックもその一社です。4Kの新モデル「GZ2000」は中間調から上が出てきたおかげで、波間のキラリとした光の、1粒1粒の実在感・明確さが旧モデル「FZ1000」よりもうんと出てきました。

デモ映像として猫の写真を観たのですが、白猫の白さと同時に毛の影の再現を見ると、旧モデルよりも今年のものがはるかに素晴らしかったです。輝度で言うと旧モデルは900nitsくらい。今年の新モデルは明確な数字を出していませんが、おそらく1,200nitsくらい出ているでしょう。パネルは旧世代と同じもので大きく変わっていないことから、高輝度化はパナソニックのチューンアップによって達成したと言えます。

実はここがミソで、今回パナソニックはパネルの購入に関して、ワンモジュールでのパッケージングをせずオープンセルを採用しています。液晶で言うとパネルの部材だけを購入し、バックライトを自社開発するというもの(ソニーのバックライトマスタードライブなどがこれに当たります)。パナソニックはこれをOLEDに導入しました。

つまりOLEDのパネルだけをLGディスプレイから買い付け、駆動回路やタイミングコントロール、熱処理などは全て自社開発したんです。パイオニアの「KURO」を含め、パナソニックはプラズマ時代からの自発光デバイス制御技術でしっかりしたものを持っています。これを使ってOLEDの輝度向上に成功したのです。

このオープンセル化というのはかなり戦略的で、4Kに留まらず将来の8Kパネルでもおそらくこのやり方でいくでしょう。これによりパッケージ購入よりもよりハイコントラストを狙えて、結果的にLG・OLEDというコモディティ市場の中でも強力に差別化できます。ソニーの8K液晶と同じく、パナソニックも2年がかりでオープンセル・独自回路技術という商品化プロセスを確立しており、これを8Kに応用してゆく訳ですが、現状ではそこまではまだ手が回っていないようです。だから今回は8Kが出てこなかったのです。

おそらくソニーも同じことをやっている訳で、パネルモジュールではなく、高輝度化を狙った独自開発に力を入れているはず。目標はもう絶対的に2020年8月のオリンピックで「ここに間に合わずにどうするの」と言うくらいには間違いないでしょう。なのでどんなに遅れていても、来年の年央までにはソニーもパナソニックもOLEDで出てくるだろうと私は踏んでいます。

ではサイズはどうするかという話をパナソニックで聞いたところ、「8Kは画素サイズが大きい88型が製造的に比較的安定している」ということでした。65型と77型もあるにはあるのですが、画素サイズが小さくなるので難易度が上がるし、歩留まりも厳しいとのこと。となるとまずは88型ですが、さて、価格はどうなることやら……?

――なるほど、技術者魂と日の丸ブランドの意地と誇りにかけて、2020年は何が何でも外さないということですね。

麻倉:こういったところがOLED最前線です。因みに8Kに関して、唯一のテレビ向けOLEDベンダーであるLGディスプレイで話を聞くと「ウチはあまり焦っていないので、じっくりやります。だってサムスンの8K画質には勝っていると自信を持って言えますから」とのことでした。ここで言う“LGの画質”は、LGが昨年売り出した4KのOLEDテレビと、サムスンがIFAで発表した8Kテレビ「Q9000R」の比較です。社内で比較検討したところ、これでも充分に勝っているので、慌てず騒がず、どっしり構えてしっかり開発する、という方針でいくみたいです。

――サムスンの昨年の8Kは4Kアップコンバートが前提で、4,320pのネイティブが入らないから、この比較は妥当ですね。

8K戦線に加わらなかったパナソニックは、4K OLEDテレビの新製品「GZ2000」シリーズで勝負
旧モデル「FZ1000」
新モデル「GZ2000」の新旧フラッグシップ機比較。LGディスプレイによるOLEDパネルに大きな進化はないが、駆動や冷却などをパナソニックで設計することにより高輝度部分を伸ばし、結果として光のリアリティを高めることに成功したと麻倉氏は分析

――パナソニックの8Kが話題に上がったところで、先生にどうしても1つ聞いておきたいことがあります。朝日新聞が1月9日付で「『8Kはニッチ、意味ないでしょ』パナ社長がバッサリ」という記事を出したのですが、これってどういうことなのでしょうか?

麻倉:これは単純な話で、CESに8Kテレビの展示を出せなかった言い訳です。最大のライバルであるソニーが出してきた手前、トップの立場として「出したいけれど間に合わなかった」とは言いづらい。パナソニック以外は日韓中の主要テレビメーカーは全社8Kを展示していました。しかもパナソニックはオリンピックのオフィシャルスポンサー。他所が出来ているのにウチは出来なかったとは、ますます言えないでしょう。

私も件の記事は読みましたが、ハッキリと「出さない」とは、少なくとも本文では言っていません。津賀一宏社長の発言内容はあくまで「ニッチ」であって“8Kなんて面白くない”ではないのです。これはあくまでタイミングの問題。開発の主戦場は明らかに8Kへシフトしていて、パナソニックはここで遅れを取っている。その結果がああいう言い方になったのでしょう。

でも何と言うか、津賀さんはそもそもテレビに対してあまり愛情が無い様にも見えます。元々Blu-ray開発の親分だったのですが、経営者としてはどうもB2Cに愛情が見られず、産業・インフラ向けバッテリーなどのB2Bに傾いている様子です。ですが松下幸之助を祖に持つパナソニックがあまりにもB2Bに偏重するのはどうなのかと私は思いますね。ブースを見ても自動車や住宅といった大掛かりなものがほとんどで、来場者のニーズからズレているのではないかと感じました。

そもそもCESを主催するCTAというのは“コンシューマー・テクノロジー・アソシエイション”のこと。昨年には「CESの正式名称は“CES”です、コンシューマー・エレクトロニクス・ショウと呼ばないでね」と宣言していましたが、それでもやはりショーの基本はB2Cです。“いかにユーザーに体験を与えるか”というところが面白いのに、パナソニックはエンドユーザーの手が届かないB2Bがメイン。戦略として何を出すかはもちろんパナソニックが決めればいいのですが、B2Bをやりたいならば例えば方針転換を宣言したCEATECなど、何もCESでなくともそれに相応しい展示会があるのではないでしょうか。

世界の注目が集まる展示会であれ程の大きなスペースを持ちながら、その殆どをB2Bで占領するというのは、発信力の無駄遣いではないでしょうか。その意味でパナソニック以外のソニー、サムスンエレクトロニクス、LGエレクトロニクスなどの出展はB2Cメインで一貫しています。社員だって頑張って開発にあたっているのですから、社長は「8Kはニッチ」などと言う前に考えるべきことがあるだろう。そう、苦言を呈しておきます。

8Kでより重要になるアップコンバート技術

麻倉:気を取り直して。もうひとつ8Kで重要なトピックはアプコン技術です。これは昨年からサムスンが言っており、先述のQ9000Rとして製品化しています。ここで面白いのはソニーの動き。昨年9月のIFAでソニービジュアルプロダクツ代表の高木一郎氏へ8Kに関する話を聴きましたが、あの段階での商品化は時期尚早で、ソニーとして完璧なものを出すには少々時間がかかるとしていました。

それからおよそ半年後のCESでは、8Kテレビが堂々登場。今回も高木さんへ8Kに関する質問をしたところ、この変化で最も大きかったのはズバリ、アプコン技術だそうです。

高木さんが言う通り、今回ソニーが製品として8Kテレビを投入できたのは、アップコンバート技術が完成の域に達したからです。考えてみると、8K放送は世界でもNHKの1chしか無いし、しかも新番組は土日に僅かしか放送されず、ウィークデイは土日に出てきたものの再放送と、8Kは番組自体がまだ少ない訳です。

――この点に関しては、津賀さんの言う通り“ニッチ”であることは事実ですね。

麻倉:4Kに関しては衛星放送やOTT配信が世界中で始まっているのでまだマシではあります。日本でもNHKが放送で力を入れていますが、一方の民放は残念ながら“Les Miserable”。真水率はもの凄く低く、1日に1本あれば大収穫、まるで宝探しか深海魚一本釣りかという状況です。今のところはテレビ東京が孤軍奮闘している状態で、他局に先駆けて4K専用スタジオを構えたりもしています。番組では「ワカコ酒」や「忘却のサチコ」といったグルメドラマが心地良い画調で好印象です。

――テレ東に関してはお金の使い方が他の民放とは明らかに違うと感じます。バラエティなどと比べて、ドラマはカネがかかるジャンルだと言われていますが、他局と比較してテレ東は技術面にコストをかけている比率が高いのではないでしょうか。

麻倉:閻魔帳でも近々この様な4K・8K番組の比較特集をやりましょう。なかなか面白い発見がいろいろと出てきそうですね。

話は少々逸れましたが、そんな訳で8Kネイティブコンテンツは少ないので、実用面を考えると2Kからのアプコンは結構重要になってくるのです。そこへ来て今回のソニー、「X-Reality Pro」は近藤哲二郎氏のDRCから進化を続ける、データベース置き換え型アプコンチップです。同様の方式は最近だとサムスンが「AIアップスケール」などと言ってフォローしていますが、オブジェクトベースの置き換えデータベースをソニーは8K用に刷新してきました。高木さんが言うだけあって、これが素晴らしいんです。

ソニーのデモの中で、特別に暗室を用意してX300と新モデルZ9Gの比較がありました。30型4Kマスモニの画を98型に拡大したらどうなるかという話なのですが、驚くなかれ、これがなんと“ほとんど変わらない”!! X300が持っている凝縮感、小さい画面だからこそ出る高密度感が、大きくなってもあまり薄まっていないんです。これがOLEDならばもっと凝縮感は出るでしょう。

テレビの規格変遷をたどると、SDからハイビジョンへの進化は、解像度以外の色域やフレームレートといった要素は変わっていません。ですが8Kとなった今回は、テレビ画質の5要素全てが変わりました。放送が変わる前の、単なる2Kから4Kテレビにアプコンするのとはワケが違い、インフラが芳醇になったことがまずアプコンに対して有利なのです。そんな中でソニーはX-Reality Proを8K化しました。実際に見てみると高木さんが主張していたことがよく解ります。8Kがそんなにない今は、これはやはり8Kアプコンテレビなんです。その性能がここまで来たなと感じました。

パナソニックは8Kを出していませんが、各社とも基本的には同じことを言っています。韓国陣営はAIというバズワードで訴求しており。特にLGはこの点を明確に言っています。同社の画質の要である「α9プロセッサ」は今年の第2世代になってAIを入れました。サムスンも昨年からAIと言っていましたね。ですが実際のところ、これらの内容はよく分かりません。それはともかくとして、この様な感じで8Kが大々的に登場してきて、テレビの世界を大きく変えてゆくのがとても良く判りました。

ソニーからついに8Kテレビ「Z9G」シリーズが登場。ユーザーへ届けるための最後のピースが、アップコンバートチップ「X-Reality Pro」の進化だったという
業界標準機の30型OLED 4Kマスモニ「BVM-X300」
「BVM-X300」と98型液晶8KテレビZ9Gの比較。デバイスもサイズも異なる中で、Z9GはX300の密度感をほぼ変わらずに出すというのだから驚き

テレビの“カタチ”と“使い方”

麻倉:次はフォルム、つまりテレビのカタチ・使い方の変化についてです。ヨーロッパで開催されるIFAでは、インテリアとの関係が相当面白い形でクローズアップされます。対してCESはアメリカのイベントですが、今回のCESでも多数の提案がありました。

カタチを変えるという事で言うと、まずサムスンのマイクロLED「The Wall」から。昨年は144型4Kだったが、今年は219型6K。それからB2C向けの75インチ4Kという、一般家庭に入れる現実的なサイズを提案してきました。この場合はあらかじめブロックをテレビ型で固めます。

でも75型を市場に出すには相当な技術革新が必要です。実際にデバイスの開発戦線はLGディスプレイ 1強状態のOLEDからマイクロLEDへ移行しており、日本を含めて、台湾/韓国/中国本土と、マイクロLEDの激しい開発競争が繰り広げられています。マイクロLEDの難しさは、どうやって信頼性の高いLED実装を安定的にするかという、高密度化とコストが開発の主眼です。私の耳にもいくつかの話は届いており、この分野に挑戦するスタートアップも出てきました。

――この分野は2012年のCESでソニーが発表した「Crystal LED Display」が最初で、その技術は大型ディスプレイ「CLEDIS」として結実しました。NANDメモリ製造などの半導体実装で高い技術を持つサムスンも、早い時期からやっていますね。

サムスンは“LEDバックライト液晶ではない”リアルLEDテレビとも言うべき、マイクロLEDテレビを75型という現実的なサイズで投入すると発表。いよいよマイクロLEDテレビが家庭にやってくるか
解像度もアスペクト比も自由自在のマイクロLEDテレビならば、21対9のアスペクト比だってお手の物。ユーザーの環境に合わせたオーダーメイドシステムやアップグレードなど、これまでのテレビには無かった選び方の登場が期待される

麻倉:テレビはこれまで、時代に即した画面サイズに収める必要がありました。しかもサイズは10型くらいの単位でしか選択できません。これに対してマイクロLEDは、ブロックユニットを積み重ねることで解像度と画面サイズを稼ぐことが可能なほか、ユニットの配置方法次第でアスペクト比の変更も自由自在です。そうなると柔軟にカスタム性を活かして、部屋に最適なサイズを選ぶことが出来るようになるでしょう。

解像度に関しても、最初はSDから始めて、HDや4Kが欲しくなったら既存のシステムにブロックユニットをスタックするという、コレまでのテレビではあり得なかったアップデートも考えられます。映画ファンは最初からシネスコを狙った21:9型、なんてことも可能なのです。

カタチの自由さで言うと、LGのローラブルOLEDも外せません。昨年のCESでは参考展示でしたが、今年は「LG SIGNATURE OLED TV R」として65型がいよいよ発売されます。このローラブルという機能、これまで物体として存在することが当たり前だった画面が消えるという事実は、テレビにおける革命と言って過言ではありません。小さな画面だと消えるというニーズは限定的ですが、大画面になればなるほどニーズは出てくるでしょう。

ブースでは“海岸の別荘でソファーに座ってテレビを観る”というイメージクリップを観ました。番組が終わってテレビを収納すると、画面奥の窓には夕日の絶景が広がっているという、なかなか素敵なシチュエーションです。

――配置の自由度が上がるというのは大きいですね。従来のパネル型テレビだと、設置位置はどうしても固定しないといけません。大富豪の広大な部屋ならともかく、一般的な居住空間だと必然的に壁際配置となります。ところがローラブルなら、スクリーンの様に天井から吊るす事が可能で、こうすると窓面にテレビを配置するという選択肢が出てくる訳です。従来のテレビでは窓の機能が削られるため、あり得なかった配置が可能になります。

麻倉:先ほどのイメージビデオは大胆にもリビングの中央に置いていました。インテリアと言うか、インスタレーションがそこにある感じです。OLEDならば2枚重ねも可能で、表裏で別の映像を出すということもできます。

加えてこの方式だと、ホームシアターとしてのインストールも非常に手軽です。98インチまで作ると、収納ケース部分が立派なスピーカーになるでしょう。今回も収納ケースには8個のスピーカーが入っています。画面の繰り出し具合にはいくつかのモードがあり、完全収納して音だけを出すというのも用意されています。こうなると完全にチェストタイプのスピーカーボックスですね。

ホームシアターは実に楽しい趣味ですが、そのインストールは結構大変です。機材だけでもプロジェクター、スクリーン、スピーカーと、色々揃える必要があります。それがこのローラブル方式だと1台でディスプレイとスピーカーが賄えてしまいます。イマーシブサラウンドを考慮したとしても、ビームフォーミング技術を使えば前面配置スピーカーのみで対応可能。将来性として考えてもなかなかのスグレモノなのです。リビングシアターという観点で見た場合、リビングという部屋は一般的に明るいため、暗室が前提のプロジェクターは基本的に相性が悪いのです。対してOLEDは自発光で画質良好。これも実にポジティブなポイントです。

1つ思ったことは、情報番組、特にワイドショーを観る環境について。私のデスクに据えている80インチでは、ワイドショーは巨大すぎます。1つのアイデアとして、レターボックスの黒枠を入れるというのもありますが、巻取り式を見ていると斜め方向の巻取りというアイデアを想像しました。つまり、静止画データを編集する際にアスペクト比を固定したまま拡大・縮小するが如く、斜め方向に画面サイズを自在に変更できないかというものです。例えば100型の斜めローラブルだと、8Kは100型、情報番組は40型、といった使い分けが1台でできます。この麻倉提案、さて、どうですか?

サムスンがマイクロLEDならばLGはローラブル(巻取り式)OLEDテレビで対抗。まずは65型「LG SIGNATURE OLED TV R」の発売がアナウンスされた
画面の収納というテレビの常識を覆す機能で、インテリアプランがより柔軟に。部屋の中央や窓際はもちろん、壁面に置いても使わない時は画面を収納することで、壁に掛けた絵画を出すことが可能。完全に収納するとスピーカーボックスになるという提案も新しい

8K+イマーシブサラウンド

麻倉:最後の話題は8Kではなくイマーシブサラウンドです。今回のCESでは、ソニーが「360 Reality Audio」という新フォーマットを提案していました。これはストリーミングでデータを流し、頭部伝達関数によるヘッドフォンリスニングで3Dオーディオを出す、というものです。

立体音響に関するフォーマットは既にいくつか出ていますが、Auro-3Dを除くと基本は映画音響のためのもので、多チャンネルに対応するマルチスピーカーが必要です。それに対してソニーが今回出したのは、音楽に特化したヘッドフォン向けのストリーミングフォーマット。ドイツ・フラウンホーファー研究所を中心に、ソニーも参加して策定した国際規格「MPEG-H」の中には、3D伝達方式も盛り込まれていますが、新方式はこれを活用しています。

従来のソニーは2chのハイレゾを戦略的に進めていました。対して今回はハイレゾではないですが、他チャンネルのイマーシブにいよいよソニーが関わってきたことが画期的です。Dolby AtmosにしろDTS:XにしろAuro-3Dにしろ、従来のイマーシブサラウンドフォーマットは、ラボやスタジオが開発・策定したものでした。

ヘッドフォンに関しては「HPL」というものもありますが、こちらも立ち位置的にはラボ的な立ち位置にあたる日本・アコースティックフィールドの開発です。その意味で今回はオーディオ大手がイマーシブに乗り出してきました。ソニーはコンテンツもデバイスも技術も持っているため、入口から出口まで一気通貫です。

ソニーは今回のCESで、見せ方がコンテンツ志向に変わりました。他ブースは新製品や5Gといったテクノロジーにメインを置いた展示でしたが、ソニーでテレビを語るのはソニー・ピクチャーズの技術者、オーディオはソニー・ミュージック所属のアーティストでした。ハードの技術者は全く出ずに、コンテンツ技術者やアーティストがソニーの新製品を語る。これは画期的なことです。

この変遷は単純な話で、前CEOの平井さんはモノに特化した言い方をしていました。プレステを作るSCE(現SIE)出身の平井さんはソフト派(日本語にすると“軟派”)のイメージがあったため、「エレキのソニー」復権を掲げて意図的にハード派(=“硬派”)路線を打ち出していたのです。対して吉田新社長は対極。前政権が手を入れなかった所をやるのが基本なので、平井時代とは真逆の道を歩むという具合です。ブースもメキシコのカフェバーといった趣の体験志向に変更。吉田さんの基本方針は「Closer to contents and users」、ユーザーをクリエイターに近付けるというもので、昨年には新たなコンセプト「Community of Interest」も打ち出しています。

――平井さんは「Last one inch」「感動」を打ち出していましたが、一見すると吉田さんとそう変わりません。しかし平井さんは“ユーザー側がクリエイターのコンテンツに近づくためのエレキ”であったのに対して、吉田さんは“クリエイター側がコンテンツをユーザーに近付けるためのエレキ”という点が違います。人間とコンテンツを近付けるという目的は同じながら、アプローチの視点が正反対というポイントを確認しておくと、この構図は理解しやすいでしょう。

麻倉:これまでのソニーのブランドスローガンは「It’s a SONY」「Like no other」「make. believe」などなどでした。新方針には驚きましたが、ソニーの強さはコンテンツを持っていることなので、納得です。今回の360 Reality Audioもこの流れで、コンテンツから始まり、いかにコンテンツを活かすか、いかにユーザーへ届けるかという提案として出てきました。もちろんサムスンもLGも技術や製品の開発はやっていますが、ソニーのようなコンテンツは持っていません。これは明らかに「Like no other = 他所とは違う」。

対してパナソニックはテレビで“ハリウッド画質”を打ち出し、オーディオではベルリン・フィルと協業するなど、割とソニーに近いやり方だと言えるでしょう。中国・韓国がハード志向で進む中、日本のメーカーはコンテンツ志向へ舵を切ったのです。「何のための技術か」。単なるハイテクで終わらず、それによってコンテンツの内面を伝えるというストーリーが、ソニーではハッキリと表れてきました。その1例が360 Reality Audioであり、これを見るにソニーはテクノロジーの先を行っていると感じます。

今回は技術展示ですが、製品はおそらく今年中に出てくるでしょう。ただし前提条件として、コンテンツや配信環境などがある程度揃う必要があり、この点は今後の展開次第です。この方式の問題は頭部伝達関数に個人差があること。人によってはスピーカーライクな前方定位をしっかり感じるそうですが、残念ながら私はあまり感じられませんでした。効果を最大化するには精密な測定が必須ですが、今回の方式では測定にスマホを使い、耳を3Dモデリングするようです。

――ここでXperia技術が活きてくるんですね。2017年発売の「ZX1」からプリインストールされている「3Dクリエイター」アプリによって、でスマホの3Dモデリング機能が出てきました。同年のIFAでその機能を初めて見た時はちょっとしたお遊びに活用する程度だったのですが、こうして技術と体験が思わぬ所で邂逅するのがソニーらしいと感じます。

麻倉:どのくらいの精度が出せるかは未知数ですが、それを含めて画期的な取り組みであると評価したいです。

ソニーが新方式「360 Reality Audio」を発表。劇場やホームシアターを想定した多スピーカーを用いる他方式と違い、こちらは頭部伝達関数を使用したヘッドフォン向けのフォーマットになる予定だという
今回のソニーは新製品をコンテンツ志向で紹介するという、大きな路線変更が見られた。コンテンツの深部を届けるためのソニーを体現すべく、新製品の紹介はグループが有するコンテンツホルダーに委ねていた。画像はソニー・ピクチャーズ アニメーションでプレジデントを務めるKristine Belson氏が8KテレビZ9Gシリーズを紹介する様子

麻倉:ここからはオマケです。他媒体ですが8Kに関する連載が始まり、そこで実施した地デジ/4K/8Kというメディアの紅白歌合戦クロスレビューが面白かったので、エッセンス版を少し話したいと思います。異なるテレビ放送で同じ内容の番組を比較できる機会というのは、紅白以外だとそうそうありません。次はおそらく、5月1日に予定されている新天皇の即位式でしょうか。その意味で紅白はテレビ放送の画質を比較する絶好の機会だと言えます。

まず地上波ですが、残念ながらこれは俎上に載りません。特にデスクの80型8KテレビだとVHSと見紛うレベルで、コントラストは薄い、ディテールは無い、階調は少ないと言った具合です。2Kにすら届かない1,440ドットの解像度で元々解像感が低く、BT.709だしSDRだしという事ですから、画質の観点から言うと「過去の遺物として早々に葬りましょう」。

――また過激な(苦笑)。ですが地上波に関しては、確かに物足りなく感じることはあります。紅白ではないですが、4セグメント分割で放送するマルチチャンネル時のSD画質など、現代のテレビ放送として実用に耐えないと、先生に倣って僕も主張しておきます。

麻倉:マルチチャンネルの画質はどれだけ画質に興味がない人でも判るくらい、本当に酷い。あれでは何を映しているか判らず、全くもってテレビの意味を成しません。

それはともかく。4Kと8Kの比較は、解像感以外にも画作りがぜんぜん違うことが分かりました。4Kは2Kの延長線上という感じで、情報性を押し出したハッキリクッキリのテレビ的高画質です。派手目で黒が締まり、色がバーンと乗り、パワーもある。紅白歌合戦というコンテンツが持っている、コンセプトの力を押し出した高画質だと感じました。対して8Kは全く違い、すごくナチュラル。イコライザーで持ち上げる感じの無いフラットさで、一見するとナチュラルで大人しいですが、質感の出方がスゴイんです。

具体的に言えば、4Kは中間調以上を持ち上げて、ピカッとした感じが出ています。特に衣装にその差が出ており、着物を見ても4Kは柄が引き立つような印象で「ほら見てちょうだい、凄くキレイでしょう」といった強調感がありました。ところが8Kはそれが無く、眼の前にごく自然な生地として存在するようです。肉眼で見たらおそらくこうなんだろうという、本物の荘厳さ・神々しさが出ています。自然以上の迫力と艶やかさで勝負する4Kに対して、8Kは自然そのものの情報感とグラデーションを伝えることに長けています。4Kはこれまでテレビが求め続けてきた演出力を極めた画作りで、8Kはそういうものを超越しているのです。

紅白のシステムで言うと、4Kと8Kはダウンコンバート以降が違う経路を通っています。8Kはカメラ直で、そこにテレビの脚色を加えたのが4Kです。これが4Kと8Kの違いかと言うと、4Kには手が加えられている事を考慮する必要は確かにあるでしょう。それにしても、4Kと8Kにおけるコンセプトの違いは鮮明に表れていました。これから高画質テレビ放送を観る上で、この体験はとても参考になるでしょう。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透