レビュー

LEXUS×パイオニア、ピュアオーディオのように作り込まれたカーオーディオを体験する

LEXUS LC500 Convertible

ドライブ中に音楽を聴くのは気持ちがいいもの。しかし、安全上ヘッドフォンのように外部の音を完全に遮断するわけにはいかないし、“エンジン音やロードノイズを伴ってこその疾走感”という部分もある。その難題にあのLEXUSが、屋根を開閉できる「コンバーチブル」で、それもピュアオーディオでお馴染み、あの“TAD”の技術を活用したパイオニアのサウンドシステムにて挑んだという。新型ラグジュアリークーペ「LC500 Convertible」がソレだ。

これは自分の耳で聴いてみねば……ということで東京・レクサスギャラリー高輪へ、試乗ならぬ“試聴”に赴くとともに、関係者に話を訊いた。

ラグジュアリーカーのオーディオ事情

取材対象は、LEXUSが7月から発売している「LC500 Convertible」。その名のとおりルーフを装着した状態のクローズド走行と、ルーフを格納した状態でのオープン走行をどちらも体験できるコンバーチブルモデルだ。LEXUSのフラッグシップクーペ「LC」をベースにしており、その華やかさはブランドイメージを一身に背負う存在だからと一見でわかる。

ブランドイメージを体現したようなカッコよさ
気分にあわせ、屋根を格納してオープンカーにできる。精密な動きは見ていてグッとくる

弊誌は媒体名にAV(オーディオ&ビジュアルの専門媒体)を冠するとはいえ、いわゆる黒物家電・AV寄りのデジタル家電が主にお伝えしている事情もあり、本題へ入る前に簡単にカーオーディオの現状をおさらいしておこう。そのほうが、今回の取材が何を目的にしているか、何を訊きたいかがハッキリするからだ。

まず、現在のカーオーディオは“付属機能”に近い存在であることを認識しておきたい。かつてはどのクルマもサイズが共通のユニット(DIN)を採用し、アンプにせよプレーヤーにせよ標準装備品が気に入らなければ増設/交換で対応するという文化があったが、この20年ほどでカーナビゲーションの普及もあり、情報系機器のデジタル化が進行。制御系システムとの連携も求められるようになり、おいそれと交換はできなくなった。

結果、カーオーディオといえばカーナビと一体化された標準装備の機能を利用するか、購入時のオプションで対応することが一般的に。背広は背広でもイージーオーダーやカスタムメイドではなく、“吊るし”を選ばざるをえないのだ。

アンプとケーブルでつなぐというスピーカーの実装形態は大きく変化していないが、アンプやプレーヤーをエンドユーザーの好みで増設/交換するという文化が衰退すれば、スピーカーを自分好みに交換しようというユーザーも減ろうというもの。カースピーカーは制振素材や吸音素材を使いドア内部の音響効果を整える作業(デッドニング)が難しいこともあり、アンプ/プレーヤーを入れ変えるタイミングでもないかぎり、手を出そうというユーザはごく少数だろう。

しかし、ラグジュアリーカーは事情が違う。最初から整っている“吊るし”であっても、贅を知った顧客層が相手なだけに、あらゆるレベルで洗練されていなくてはならない。いわんやカーオーディオをや。音響面での制約が厳しいと誰もが察するコンバーチブルといえど、フラッグシップの名にかけて妥協は許されない。コンセプト段階からオーディオにも本気で取り組まざるをえない運命にあったのが、この「LC500 Convertible」なのだ。

LC500 Convertibleが生まれた背景

左から三浦一生氏、武藤康史氏、五十嵐優司氏、櫻井貴弘氏

当日取材に出席していただいたのは、LEXUSからは製品企画チーフエンジニアの武藤康史氏、パイオニアからは三浦一生氏、五十嵐優司氏、櫻井貴弘氏の計4名。LEXUS高輪には、発表会にも使えそうな広いスペースがあり、そこでLC500 Convertibleを横目に開発関連の話を聞いた。

-- 最初の経緯から教えていただけますか?

武藤氏(以下敬称略):ベースとなったLCクーペは、2017年発売です。そこから3年が経過するタイミングで、コンバーチブルを出そうということになりましたが、オープンになる状態ではどういう音づくりにしようか、と。パイオニアさんと一緒に議論を始めることにしました。

LEXUSは「ラグジュアリーライフスタイルブランド」を掲げており、ライフスタイルにクルマをどう溶け込ませていくかを考えています。クーペは密閉空間なので、純粋に音を楽しんでもらおうと。コンバーチブルであっても、基本的に“クローズドで乗っているぶんにはクーペと同じですよね”という考えから始まっています。

-- とはいえ、構造的にはだいぶ変わりますよね?

武藤:オープンにした場合どうかというと、クルマを生活の中で楽しんでいただくために、同じ音・いい音が聴こえるよね、ということもありますが、オープンにすると気持ち・感情が変わりますから、純粋に音を楽しむというよりは“音を一緒に楽しむ”ほうがいいのではないかと。最初のコンセプト決めの段階で、クローズドの状態とオープンの状態では音づくり・考えかたを分けようということになりました。

だから、オープン時とクローズド時では「音を切り替える」機構を備えています。チューニングの領域としても、オープン時とクローズド時で分けています。

走りの中でという部分では、「風を感じながら」という部分もありますが、風に(音が)持っていかれては困ります。しかしながら解放感はある……と。適度な、この辺りに音があるよねという「なんとなくの見えない空間」を感じながら、解放感もある。その絶妙なバランスを目指せないかと、パイオニアさんに依頼したのです。“いい音”の中に、“オープンで走る楽しみが感じられる音”に仕上げられれば、というところですね。

-- コンバーチブル化で意識したことは?

武藤:いい音を楽しんでいただくために、クルマとしては環境をしっかり作らなければなりません。ソフトトップを採用しているからといって外部から余分な音が聞こえてはいけない。そのため幌は表面のキャンバス地、その下の防水層、その下にかなり厚みのある吸音層、そしてドライバーシートから天井として見える裏地という4層構造からなっています。

幌を格納する空間は、通常は鉄板がむき出しになる場所で、路面からのノイズが入ってきます。それではせっかく音作りをしてもかき消されてしまうから、静かな空間を作ろう、と。クルマづくりとしては、ソフトトップのルーフの部分プラス収納される部分の静粛性を高め、オーディオを楽しむ環境づくりに配慮した設計にしています。

一般的に、鉄板がむきだしになっていると振動が放射されるなどの音に対する悪影響があります。そこに吸音層をつくることで、余分な振動周波数が車室内にもれてこないような作りにすることが、我々LEXUS側の仕事です。その点、LEXUSは静粛性には自信を持っていますから。音楽を聴かないときでもウルサイものはウルサイですしね。

ソフトトップの生地を触ってみると、4層構造の厚みを感じる
幌を格納する空間。一般的な車では鉄板がむき出しになっている事が多いが、この空間内でノイズが反響しないように、処理されている

-- クルマ好きとしては、"クルマの音"も楽しみたい、という意見もあるのでは?

武藤:LC500 ConvertibleにはV8エンジンを搭載していおり、その音がよりよく聴こえるようにしています。余分な音が入り込まないので、純粋にエンジンの音が聴こえる……と。オーディオと同じように、エンジンの音も“サウンド”ですからね。いわゆるエンジンサウンドを楽しめるコンバーチブルができたのかな、と自負しています。国内外のモータージャーナリストの方々からも「しっかりV8の音が聞こえる」と評価いただいています。頑張ってよかった、と思いましたね。

-- 静かにしすぎてエンジン音が聞こえないのも味気ないですからね。

武藤:そのへんの匙加減は、オープン/クローズ両方あるのですが、クローズドの時でもエンジン音は聞こえてきます。余分な周波数の音を止め、欲しい音はしっかり聞こえる、と。スピーカーをつけるドア、ラゲージやシート周辺などの部分も、最適解をパイオニアさんとともに探しましたから、静粛性も含めた「クルマの音作り」の成果でしょうか。

-- パイオニアさんに質問ですが、オープン向けのオーディオシステムを、という注文は多いのですか?

三浦:過去のモデルでいうと、「SC」や「IS」のコンバーチブルのときにありました。クローズドのときとまったく同じにしてしまってはいけないので、補完するような作り方をしています。音の方向性をオープンにしたときの爽快感、解放感に振るとでもいえばいいでしょうか。オープンカー/コンバーチブルを考慮した音作りに関しては、その点で経験値はあるかと思います。

-- そもそも、パイオニア/TADとLEXUSとの関係はいつからスタートしたのですか?

三浦:お付き合いは1989年発売の初代LS(日本名はセルシオ)からでして、以来標準装備のオーディオはパイオニアです。パイオニアは日本で最初にダイナミック型スピーカーを開発した会社でして、音楽が人生をより豊かにするという企業理念「より多くの人と、感動を」の部分では、LEXUSのライフスタイルの考えかたとマッチしているのかな、と感じています。

TADの技術に関しては、2012年発売の「GS」で初めて導入しました。Dクラスアンプを採用して省電力・軽量化を進めるなど、技術的な転換期の頃ですね。以降「NX」、「RX」、「LC」とTADの技術が使われています。

-- 開発にあたり、パイオニア側からの提案・要望といったことはありましたか?

三浦:クルマの仕様に影響する部分、という意味ですよね? こうなりませんかという話は折につけしています、生意気ではありますが(笑)。だから、この車体があるからこの音が出ているという部分はあります。

-- そのような両者の関係性がLC500 Convertibleの音につながっている、と。

三浦:その件でしたら、「LC」の時の話をさせていただきましょうか。忘れもしない2013年のバレンタインデーにLEXUSの担当者が来社されまして、「LEXUSをエモーショナルなブランドに変革し、日本で世界最高のクルマを作ります。我々は変わります。あなたがたはどう応えてくれますか?」、そうおっしゃるんですよ。

-- 挑戦状か最後通告か、みたいな(笑)

三浦:震え、いや、武者震いが止まりませんでしたね。LEXUSの本気度を我々も感じましたので、パイオニアも“より本気で”臨まなければならないな、と。それから開発チームでいろいろなクルマの音を研究し、サウンドコンセプトを固めていきましたが、ユーザに感動を届けたいという基本的な部分でLEXUSの考えと一致していたため、その後はスムーズでした。

開発初期段階にLEXUS、パイオニアの両社で様々な車やホームオーディオの音を聴きながら、ビジョンやコンセプト、基本姿勢を議論し、合意したことで、スムーズに開発が進められたという

-- LC500も同じ流れですか?

三浦:普通ですと、販売中のモデルをベースにリファレンスを作り、次はこうしましょう、と手を加えていく流れなのですが、LEXUSから「試作車を貸すから何をやりたいか一緒に考えよう」と。それから、インパネにあるスピーカーの傾きをこうできませんかとか、ドアをパイオニアの天童工場に送り、測定して、「ここはこうなりませんか?」、「こうしてもらえるとこう変わりますよ」といった流れになりました。LEXUSの担当者に正弦波の音を聴いてもらい、「ほらね」、とか(笑)。

搭載しているユニットの一覧

-- 具体的には、どのような成果がありました?

三浦:ドアにボックス構造を入れたことは、そのひとつですね。背面開放では、音がそのまま外部に抜けてしまいますし、巡り巡って不要振動にもなりますから。

-- まるでエンクロージャーの設計のような……

三浦:そうですね。本当にやりたいのだったら土台からやらねば、種を蒔く前に土を作らねば、というところです。実は、開発期間の大半は、“車体のどこが振動するか”などの測定に費やしていました。我々にはクルマの設計までは変えられないだろうという思い込みがあったのですが、LEXUSは要望に応えてくれました。

ドアには16cmのボックスウーファーを搭載。まるでスピーカーのエンクロージャーを作る時のように、パイオニアの天童工場でドアパネルを振動解析したという

なお、インパネサイドに搭載したミッドレンジとツイーターには、9cm径の同軸ユニットであるCST(Coherent Source Transducer)ユニットが使われている。TADのスピーカーでお馴染みのあのCSTだ。三浦氏によれば、このCSTユニットはインパネに搭載しているが、フロントガラスへの反射音も活用して搭乗者に音を届けている。そのため、搭載するユニットの角度によっても音の聴こえ方が変化する。角度を変えるためにはインパネ自体に手を加えなければならないが、そういった部分もLEXUSと二人三脚で開発していったという。

CSTユニットを設置する角度にもこだわっている
CSTユニットのカットモデル
お馴染みTADのフラッグシップスピーカー「TAD-R1TX」。この一番上に搭載しているユニットもCSTだ

9cm CSTユニットは、リアシートバックにも搭載されているが、一般的な横向きではなく、前向きに搭載した。左右均等な音が、前席のリスナーに届くように……というこだわりだ。

リアシートバックにも9cm CSTが、前向きに搭載されている。またリアシートバックには25cm径のサブウーファーも搭載する
ラゲッジフロアの下には、8chのClass-Dアンプを搭載している

LEXUS LC Convertible Premium Sound Systemの音

開発秘話をたっぷり伺ったあとは、いよいよお楽しみの試聴タイム。当日は生憎の雨、日没後ということもあり屋内での試聴となったが、無理にお願いしてLC500 Convertibleをエンジンスタート。カーオーディオの音を聴くことが目的なのに、5リッターV8 DOHCの音だけでも心が昂ぶってしまう。コンバーチブルということで、まずは幌を装着したクローズドな状態で試聴することにした。

いよいよ試聴!

着座して持参のCD「Geography / Tom Misch」を再生すると……その自然な音に驚く。スネアアタックがスパッと決まるし、ギターのカッティングは団子にならずほぐれて聴こえる。低域も量感を思わせつつキレよくまとまり、バスドラムもモタつかない。いつか聴いた、TAD Reference Oneで組んだシステムとの共通項も感じる。敢えてコンテンポラリーなノリのいいCDを選んだこともあるが、モダンなインテリアと妙にマッチしたところもいい(そのままアクセルを踏み込みたい気分!)。

さらに驚かされたのは、ボーカルパートが始まってから。ステアリングの向こう側、それも中央ではなくドライバー側へ少し寄った斜め前方に定位しているのだ。助手席の山崎編集長に訊ねてみると、やはり助手席の斜め前方で定位しているように聴こえるという。

ステアリングの向こうに、ボーカルが見える……ようだ

スピーカーは合計8基設置されているが、注目すべきはそこではない。集中すれば、リアのシートバックで鳴っているな、ドアに取り付けられているウーファーが鳴っているなとわかるが、システム全体で作られる音場が自然なためか、どこでどの帯域の音が鳴っているのかをあまり感じさせないのだ。この包まれ感・一体感は、クルマ本体の設計段階から音を考慮した作りならではだろう。

それでは、と幌を格納(オープン)すると、音が一変するかと思いきや、それほど大きな変化を感じない。曲を「Don't Say Goodbye / Sergio Mendes feat. John Legend」に変えても、ボーカルはステアリングの向こうでしっかり定位しているし、重心低めのピアノの音も張りよく瑞々しい。いや、変わっているのだが、感じさせないよう、音のモードが切り替えられているらしい。訊けば「(切り替わりを意識させないように)幌を開閉する時のアナウンスの陰で切り替えています」(武藤氏)とのことで、なんとも粋な心配りだ。

オープンにした状態では、開放的になる反面、音が外に抜けてしまうのでは? と心配するが、実際に聴いてみるとそうではない。山崎編集長も「開放的ではあるけれど、透明な部屋が自分のまわりにあるみたいに迫力も維持されている。音が抜けてスカスカになってもいない」と関心している。武藤氏が言っていた「見えない空間を感じながら、解放感もある絶妙なバランス」だ。

編集長と2人でキャーキャーと嬌声を上げながらの試聴タイムだったが、価格(税込1,500万円)を思い出すと、夢から現実へと引き戻された。いつかは自分も……と思うが、それまでのあいだ広報カーをお借りできないものか。「LEXUS LC500 Convertibleで行く、2泊3日の音楽の旅」とかなんとか、企画を立てますから!

海上 忍

IT/AVコラムニスト。UNIX系OSやスマートフォンに関する連載・著作多数。テクニカルな記事を手がける一方、エントリ層向けの柔らかいコラムも好み執筆する。オーディオ&ビジュアル方面では、OSおよびWeb開発方面の情報収集力を活かした製品プラットフォームの動向分析や、BluetoothやDLNAといったワイヤレス分野の取材が得意。2012年よりAV機器アワード「VGP」審査員。