レビュー

5万円台で衝撃の音、デノン・山内氏が手掛けたAVアンプ3機種を全て聴く

AVR-X580BT

映画の話題作が配信やディスクで気軽に見られるようになった昨今。作品をよりリッチに楽しみたいので「AVアンプ買ってみようかな」「AVアンプじゃなくても、音の良い2chアンプ買ってみようかな」と思っている人も多いだろう。そんな“初めてのAVアンプ”と“初めての2chアンプ”のどっちも一度に叶えてしまうアンプが登場した。デノンの「AVR-X580BT」という製品だ。

「でもお高いんでしょう?」と思いきや、価格は58,300円。通販サイトでは5万円台前半のところもあるだろう。AVアンプやオーディオアンプとしてはかなり手を出しやすい価格だ。

このアンプがなぜ要注目なのか。それは、「デノンのサウンドマスター・山内慎一氏が、開発の初期から深く関わったAVアンプ」なのだ。結論から言うとこのX580BT、聴くと「ホントにこんな値段で売っていいの!?」と再確認したくなるようなクオリティになっている。

AVR-X580BTの何が注目なのか

山内氏と言えば、AV Watch読者にはもうお馴染みだろう。2015年にデノンの“音の門番”であるサウンドマスターに就任。新たなサウンドフィロソフィー「Vivid & Spacious」を掲げ、従来のデノンサウンドを受け継ぎつつも、時にその殻を破るようなモデルを展開。

まず、ピュアオーディオ分野で新時代「New Era」シリーズを手掛け、その集大成かつ究極形として次世代フラッグシップ「SX1 LIMITED」を発表。度肝を抜かれるサウンドクオリティでオーディオ界の話題をさらった。その後も、110周年記念モデルや、サウンドバーなのにピュアオーディオな音のモデルを作ったり、完全ワイヤレスイヤフォンも手掛けたりしている。

デノンのサウンドマスター・山内慎一氏

そんな山内氏が、開発の初期からガッツリと関わり、「エントリーなAVアンプでも、ビビッド & スペーシャスなサウンドを追求しよう」とこだわって生み出された5.2chアンプが、今回のAVR-X580BTというわけだ。

このX580BT、発売は9月下旬から開始されている。そして、10月下旬には上位モデルである7.2ch「AVR-X2800H」(121,000円)と、9.4ch「AVR-X3800H」(181,500円)も発売される。こちらも山内氏が開発の初期から深く関わったモデルだ。

X580BTも気になるが、「上位モデルはどのくらいスゴイ音なのか?」も気になるところ。今回はX580BT、X2800H、X3800Hの3機種を一気に聴いていこう。

AVR-X2800H
AVR-X3800H

3機種の違いと特徴

音の前に、スペックを見ていこう。AVアンプは機能が豊富なので全部紹介すると大変な事になるので、“要所”を抑えていこう。まず、エントリーのAVR-X580BTと、上位モデルAVR-X2800H、AVR-X3800Hで何が違うのか? という点。アンプの出力など、細かな違いはいろいろあるのだが、大きな違いとして、X580BTはロスレスのドルビーTrueHDや、DTS-HDまでの対応で、オブジェクトオーディオのDolby Atmos、DTS:Xには非対応。X2800H、X3800Hはオブジェクトオーディオまでサポートしている。

4K UHD BDプレーヤーを持っていて、より本格的なホームシアターを構築したいというのであればX2800H、X3800Hを、とりあえずBDソフトやゲームのサラウンドや、Netflixの配信などを気軽にホームシアターで楽しみたいというのであればX580BTでOKだ。

また、X2800HとX3800Hはネットワークオーディオ再生に対応しており、AVアンプとスピーカーだけで、NASに保存したハイレゾファイルや、Amazon Music HDなどのハイレゾ音楽配信を再生できる。別途“ネットワークプレーヤー”的な製品を買わずに、オーディオ再生装置としても使えるわけだ。

エントリーのX580BTには、ネットワーク再生機能は無い。ただ、型番の末尾に“BT”とあるように、Bluetooth受信には対応しているので、スマホなどから音楽を転送し、X580BT+スピーカーから再生する事は可能。また、フロントのUSB端子にUSBメモリを接続し、そこに保存した192kHz/24bitまでのWAV/FLAC/AIFFを再生する事も可能だ。

3機種に共通する注目ポイントは、「HDMIまわりが最新スペックに対応している事」だ。HDR映像のパススルーが可能なのだが、その方式がHDR10、Dolby Vision、HLGに加え、HDR10+とDynamic HDRまでサポート。

さらに、ゲーム機などとの接続で最近話題となっているHDMI 2.1の新機能「ALLM(Auto Low Latency Mode)」、「VRR(Variable Refresh Rate)」、「QFT(Quick Frame Transport)」にも対応している。

HDMI端子の数は、X580BTが4入力、1出力。X2800H、X3800Hは6入力、2出力と数に違いがある。接続する機器が多いとか、テレビとプロジェクタ両方に出力したいというケースであれば、上位機を選んだほうが良いだろう。

X580BTとX3800Hは全てのHDMI入力で、X2800Hは3系統のHDMI入力で、8K/60pと4K/120pに対応する。このあたりは、8Kチューナーとの接続や、ゲームでのハイフレームレートを意識したテレビやモニタとの接続で重要になってくる部分だ。「いや、8Kとか4K/120pとか使わないし」という人もいるだろうが、将来的にそれらに対応したチューナーやテレビを入手するかもしれない。滅多に買い換えないAVアンプだからこそ、こうした基本的なスペックが時代を先取りしている事は重要だ。

さらに、3機種全部が300mAの“HDMI出力からの電源供給能力”を備えている。これは、電源供給が必要となるくらい長いHDMIケーブルを接続した時も、安定した伝送ができるようにという配慮だ。アンプとテレビまでの距離が遠い、天井にプロジェクタを設置したら長いHDMIケーブルで繋ぐことになった……なんて時も安心なわけだ。細かい話だが、こうした部分をおろそかにしていないのは、ユーザーにとって嬉しいポイントだ。

「エントリーには、エントリーの戦い方がある」

AVアンプには、多くのアンプが内蔵される。理想を言えば、全アンプが同じものであれば、音質も統一される。ただ、当然ながらコストもかかる。しかし、デノンではエントリーのAVR-X580BTから、全チャンネル同一構成のディスクリート・パワーアンプを搭載している。これはなかなかスゴイ事だ。X580BTの最大出力140Wで5ch、AVR-X2800Hは185Wで7ch、AVR-X3800Hは215Wで9chとなる。

高価なパーツを使える上位モデルX3800Hは、放熱効率に優れる肉厚なアルミ押し出し材のヒートシンクに、1枚の基板に分けた9chアンプを搭載。効率的な放熱と同時に、不要振動の抑制を実現したリッチな仕様となっている。

AVR-X3800Hの内部
AVR-X2800Hの内部

エントリーのX580BTは、さすがにそんなパーツは使えない。しかし、サウンドマスター・山内氏は「エントリーには、エントリーの戦い方がある」として、パワーアンプ基板の信号ライン、電源供給ラインの低インピーダンス化やパーツ配置の最適化により、ノイズの影響を最小化。Hi-Fiアンプのような“ミニマルシグナルパス”を徹底した。

また、音に悪影響がある電流リミッター回路を省くために、パワーアンプ出力段のパワートランジスタの温度変化をリアルタイムにモニターする機能を内蔵。電流リミッター回路を取り除き、ピーク電流を大幅に強化。これにより、微小信号から大きな信号まで、音色を変えずに余裕のあるダイナミックなサウンドになったという。

AVR-X580BTの内部

さらに3機種とも、一体型のボリュームICをあえて採用せず、半導体メーカーと共同開発した、入力セレクター、ボリューム、出力セレクター、それぞれに特化したカスタムデバイスを使っている。これはフラッグシップモデル「AVC-X8500HA」にも採用されているもので、専用のデバイスを最適な配置で基板上に実装できるため、シンプルかつストレートな信号経路を追求するには適しているのだ。

上位のX3800Hは、パーツメーカーと共同開発し、半導体内部の回路パターンにまでこだわったパワートランジスターを採用。パワーアンプ入力段に、高品位なフィルムコンデンサーを使っている。X2800Hでは、シャープな音像、高い分解能、しなやかな表現力を目指し、山内氏が徹底的にチューニング。ミニマルシグナルパスを徹底すると共に、電源供給ラインを2系統にすることで、チャンネル間のクロストークやSN比も改善させた。

GUIの高解像度化や、デザインの刷新、アニメーションも交えた丁寧なセットアップアシスタント機能など、細かな部分も進化している
ケーブルの接続をしやすくするため、スピーカーターミナルを横一列に変更した

拡張性に優れた上位機種、X3800Hは“4系統”サブウーファー

前述の通りAVR-X2800HとAVR-X3800HはオブジェクトオーディオのDolby Atmos、DTS:Xに対応。バーチャル3DサラウンドのDolby Atmos Height Virtualizer、DTS Virtual:Xも使えるので、ハイトスピーカーやサラウンドスピーカーを用意していない部屋でも、擬似的にイマーシブオーディオを再現可能だ。

また、X3800Hは9chのパワーアンプを内蔵し、ステレオパワーアンプを追加すれば11chまで拡張可能。その場合は、ハイトスピーカーは最大6chまでアサインでき、サラウンドバックやハイトスピーカーを使わない場合は、フロントを4chアンプで駆動するバイアンプや、2系統のフロントスピーカーを切り替えて使うこともできる。

X2800Hは5.1.2のスピーカー配置に対応。2つのハイトスピーカーを接続できる。このモデルも、サラウンドバックやハイトスピーカーを使わない場合は、フロントを4chアンプでバイアンプ駆動したり、2系統のフロントスピーカー切り替えが可能。拡張性の高さは、上位モデルの魅力と言える。

さらに、X3800HではIMAX Enhancedや、Auro-3D、MPEG-H 3D Audio(360 Reality Audio)までサポート。こうした対応が可能なのは、上位モデルに搭載されているDSPをも上回る処理能力を持つ、最新のDSP「Griffin Lite XP」を搭載しているためだ。

加えてユニークなのが、“4系統”の独立したサブウーファープリアウトも搭載。独立しているので、音量レベルとリスニングポジションまでの距離を個別に設定でき、マニュアル設定に加え、Audyssey Sub EQ HTによる自動設定も可能だ。

4系統のサブウーファー全てから同じ音を出す「スタンダード」と、各サブウーファーの近くにある「小」に設定されたスピーカーの低音を再生する「指向性」の2モードから動作を選択できる。

割り当ての仕方としては、例えばフロント2chの低域をサポートするために2系統のサブウーファーを使い、サラウンドバックの2chをサポートするために残りの2系統を使う、といった事が可能だ。クロスオーバーの周波数を高めにすると、“低域が背後から前へと移動する”ような新しい体験もできる。

また、4系統のサブウーファーを使うと、1つ1つのサブウーファーが受け持つ音量が下げられるため、各サブウーファーの負荷が減り、余裕が出て、高音質化にも寄与できる利点もある。

さらに有償対応となるが、2023年にファームウェアアップデートにより「Dirac Live」にも対応予定。これは特許技術により、周波数特性だけでなく、部屋内の反射やスピーカーの位置ずれに起因する音の遅延まで測定・補正を行なうもので、複数のスピーカー、複数のリスニングポイントに対して、マイクによる測定データから最適な補正結果を導き出し、広いスイートスポットを実現できるという機能だ。

音を聴いてみる:AVR-X580BT

まず、AVR-X580BTから聴いてみよう。AVアンプではあるが、アンプとしての素の実力を知るには、シンプルな2chで聴くのがわかりやすい。また、前述の通り全チャンネル同一構成のディスクリート・パワーアンプになっているので、“2chの音の印象”のまま、マルチチャンネルも楽しめるというわけだ。

AVR-X580BT

女性ボーカルの「Freya Ridings/Lost Without You」を再生してみる。聴く前は「山内氏が手掛けているからスゴそうだけど、でもまぁ5万円台のAVアンプだからなぁ」と思っていたのだが、最初の数秒でぶったまげた。まるで2ch専用、ピュアオーディオアンプ、それもかなり高価なアンプみたいな音が飛び出してきたのだ。

ボーカルの吐息や口の開閉といった動きが、目に見えそうなほど細かく、生々しく描写される。低域もしっかりと沈み込み、中低域もパワフル。ピアノの左手が、ズンと胸に押し寄せてくる。

2chとは思えないほど音場も広大で、ボーカルやピアノの余韻がどこまでも広がっていく様子が見える。これはピュアオーディオ用アンプとしても十分通用するサウンドだ。

何が衝撃かというと“エントリー感”がまるでないのだ。低価格なAVアンプで2chを聴くと、どうしても「音場が狭くてこじんまりしてる」とか「低域が派手で迫力はあるけど情報量が少ない」みたいな“まあエントリーだからこんな音だよね”という、価格帯の枠を感じる事が多い。

しかし、X580BTにはそれがまったく無い。なので「まじで、これが5万円台で買えるの?」という驚きしかない。Atmosなどのオブジェクトオーディオに対応していないところに“エントリーモデル感”は確かにあるのだが、それを気にしないのであれば、このAVアンプのコストパフォーマンスの高さは驚異的だ。というか、2chの音も良すぎるので、普通に「安いけど音が良い2chアンプ」として買っても良いと思う。

音を聴いてみる:AVR-X2800H

AVR-X2800H

AVR-X2800Hも聴いてみよう。X2800Hは、現行機「AVR-X2700H」(99,000円)の後継モデルになるわけだが、実はこのX2700Hも山内氏がチューニングし、10万円以下のAVアンプとしては非常に高音質で、市場での評価・人気ともに高い実力派だ。そんなX2700Hを、X2800Hが超えられているか? というのが注目ポイントとなる。

2chの「Freya Ridings/Lost Without You」でX2700HとX2800Hを聴く比べると、まったく違う。音の1つ1つのパワフルさ、生々しさ、それらの音が空中に気持ちよく広がるスケールの大きさ、あらゆる要素でX2800Hが上回っている。

「上原ひろみザ・ピアノ・クインテット/Silver Lining Suite」から「Drifters」を聴くと、アコースティックな楽器の質感が丁寧に描かれつつ、微細な音の1つ1つに“力”がある。ピアノの鍵盤を押し込んだ時の音の鋭さにドキッとする。X2700Hからあらゆる要素が進化しつつ、鮮烈さもプラスされたような感覚だ。

音を聴いてみる:AVR-X3800H

AVR-X3800H

では、AVR-X3800Hはどんな音を聴かせてくれるだろうか。

同じく、2chの「Freya Ridings/Lost Without You」を聴くと、これが圧巻だ。AVR-X580BTやAVR-X2800Hでも、ピュアオーディオライクな描写に驚かされたが、X3800HはさらにSN感が良く、静かな空間にスッと立ち上がる音の鋭さ、生々しさにも磨きがかかる。大味な描写がまったく無く、完全にピュアオーディオのハイエンドアンプを聴いている感覚だ。

2chでも広大な音場が広がるが、SACDのマルチチャンネル(5ch)を聴くと、もっとスゴイ。ショスタコーヴィチの「ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 作品77」第4楽章のクライマックス部分を再生すると、音の広がりが左右だけでなく上下からも包まれ、自分がオーケストラが演奏するホールに、椅子だけ空中浮遊しながら移動してきたような感覚になる。

その広大な空間に、個々の音が、ストレスなく、活き活きと舞い踊るような躍動感は、山内氏が追求する「Vivid & Spacious」そのもの。それでいて、音数の多いオーケストラの中にある、ストリングスの繊細な音が、いくつも重なる様子もハッキリ見えるほど分解能が高い。自分の耳の性能がいきなり上がったように感じる。

映画もスゴイ。「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」から、ボンドが元恋人の墓を訪れ、そこから刺客との激しい追跡劇が展開するシーン。

風に揺れる草木の「サラサラ」とした音や、遠くから聞こえる鳥の声などから、屋外の広さや見通しの良さが伝わってくる。「あぁ、穏やかな日だなぁ」と思っていると、突然の爆発から非常に激しいアクションシーンへと繋がっていく。

車やバイクのエンジン音が錯綜。音像の移動も激しいのだが、X3800Hのスゴイところは、これだけ派手なシーンを再生していても、バイクのタイヤが巻き上げる砂の「ズシャッ!」という小さな細かい音もハッキリ聴き取れる事。音の鮮度が良く、トランジェントも極めて優れている。これはもう完全に“ピュアオーディオの音をマルチにして映画を見ている”感覚だ。

まとめ

3機種を聴いた結論としては「どのモデルもオススメ」だ。

オブジェクトオーディオの事は考えず、とりあえず「安くて音の良いAVアンプが欲しい」とか、「今は2chスピーカーしかないけど、将来的にはシアターをやってみたい」という人には、文句なしで58,300円のAVR-X580BTがオススメだ。前述の通り、とにかく音に“エントリー感”が無く、価格帯を超える実力を持っているので、末永く愛用できるアンプになるだろう。映画はもちろんだが、ゲーム機との親和性も高いので「ゲームを迫力の音でプレイしたい」という人にもマッチするはずだ。

121,000円のAVR-X2800Hと、181,500円のAVR-X3800Hだが、この2機種も、価格帯を大幅に超える実力がある。X2800HとX3800Hのサウンドには、確かに差がある。ただし、X2800Hの音は、かなりX3800Hに迫っているので、10万円台のAVアンプとしてかなりコストパフォーマンスが高いのがX2800Hと言えるだろう。

X3800Hは、セパレートAVアンプにも迫りそうな高い音のクオリティに加え、4系統の独立したサブウーファープリアウトや、有償アップデートによるDirac Live対応など、先進的な機能も魅力だ。11.4chのプリアウトも備えているので、パワーアンプを追加してシステムの拡張や音質のグレードアップも可能。プリアンプとして使うモードもあり、9ch全てのパワーアンプを停止させるだけでなく、チャンネル毎にON/OFF設定もできるなど、非常に自由度が高い。これらを考慮すると、18万円台という価格はさほど高くないだろう。

3機種を通じて感じるのは、“この価格帯のAVアンプだから、こんな音”というこれまでの常識を破壊している事だ。各モデルに投下できるコストの中で、工夫を凝らして、音質を極限まで高めている事が、聴くと実感できる。そういった意味で、どのモデルを選んでも、価格を超える満足感が得られるだろう。

(協力:デノン)

山崎健太郎