レビュー

デノン、LIMITEDチューニング解禁。“日本人のためのSACD/CD”「DCD-1700NE」の衝撃

DCD-1700NE

音楽配信は便利だ。目当ての音楽を検索して、クリック・タップすればすぐに聴ける。だが、それが生活の中心になってみると、逆に「CDの方が良かった」と思う瞬間もある。よくある「配信されていない曲がある」とか「配信終了になったら突然聴けなくなる」という不満もそうなのだが、個人的には“目から聴きたい曲を選ぶ”ことが少なくなってしまった。

以前は、沢山のCDが並ぶラックに目をやり、様々な色の背表紙から1つに目がとまり、「そういえば最近このアルバム聴いてなかったな」と取り出してプレーヤーのトレーに乗せる……という聴き方をしていた。しかし、配信になると「あの曲が聴きたい」と頭に浮かんだものは検索してすぐ聴けるのが、頭に浮かばない曲やアルバムとの“偶然の再開”が無く、結果的に聴き慣れた“いつもの曲”ばかりを再生してしまう。便利さも重要だが、やっぱりCD/SACDを所有することも、オーディオ趣味にとっては大切だ。

しかし、ディスクから配信への移行は世界規模で不可逆的に進んでおり、ディスクプレーヤーの製品ラインナップも少なくなっている。これは趣味としてのオーディオにとっては心配な話だ。

そんな中、ホッとするニュースが。デノンがSACD/CDプレーヤーの新モデル「DCD-1700NE」を1月27日に発売する。価格は198,000円と、ハイエンドな機種と比べると比較的リーズナブルなのも良い。「例え、ちょっと変わっただけのマイナーチェンジモデルだとしても、とりあえずディスクプレーヤーの新製品が出てくれたことが嬉しい」と思いながら聴きに行ったのだが、そこにあったのはマイナーチェンジどころではない、衝撃的なプレーヤーだった。

作られなかったかもしれない「DCD-1700NE」

何が衝撃的なのか。その答えは、DCD-1700NEというプレーヤーが生まれる前にさかのぼるとわかる。

前述の通り、ディスクプレーヤーが置かれている現状は厳しい。デノンのように、日本だけでなく、世界各国に向けてオーディオ機器を手掛けているブランドの場合、「日本市場ではまだまだディスクプレーヤーが欲しいという声がある」と主張しても、「でも、日本以外の市場ではあんまり売れないよね?」と言われてしまうと、そもそも新製品が作れない。

DCD-1600NEの後継機種であるDCD-1700NEを開発する計画が持ち上がった時も、まさにそこが問題となり、一時は「開発できないかも……」という状況になったそうだ。しかし、日本市場でのディスクプレーヤーへの根強い需要がある事を粘り強くアピールし、ようやく開発にゴーサインが出たそうだ。本当に「日本のオーディオファンへのディスクプレーヤー」がDCD-1700NEと言っていいだろう。

ここまでであれば「苦労して新製品作ってくれたんだ、ありがとう」という話で終わりで、別に衝撃的ではない。本題はここからだ。

そういう状況で開発がスタートしているので、当然ながら、DCD-1700NEの開発にあたり、例えば膨大な開発コストをかけて、まったく新しい回路やシステムを開発して搭載する……みたいな事はできない。しかし、新製品を開発する以上、当たり前だがDCD-1600NEを超える音質にしなければならない。

前モデルの「DCD-1600NE」

ちなみに、DCD-1600NEは今から6年以上前の、2016年11月に発売された。このモデルは、2015年にデノンの“音の門番”たるサウンドマスター(当時の名称はサウンドマネージャー)に就任した山内慎一氏が、自らが理想とする「Vivid & Spacious」な新時代デノンサウンド全面的に押し出すことが可能になり、作り込んだプレーヤーだった。

デノン・サウンドマスター山内慎一氏

つまり、山内氏が新モデルのDCD-1700NEを作るにあたっては、「かつての自分の作品であるDCD-1600NEを超える」、「超えなきゃいけないのに、そこまで大きな追加コストはかけられない」という2つの難題が立ちはだかった。「え、どうすんの?」という話だが、山内氏は「そういう時って、逆になんか燃えるじゃないですか」と笑う。

そもそも山内氏のサウンドマスターとしての仕事は、逆境の中からスタートした。今でこそ、新時代のデノンサウンドとして高く評価されるようになったが、2015年の就任当初・山内氏が掲げる「Vivid & Spacious」は、ユーザーはおろか、デノンの社内でも「それってどんな音?」と、理解されない状況にあった。

そこで山内氏は、製品化などは一切考えず、既存のハイエンドモデルの天板を外し、「これがVivid & Spaciousなサウンドだ!」と、自分が納得する音になるまでひたすらチューニング。最終的に各モデル400カ所以上の部品を交換し、“ほぼ別物”なプレーヤーとアンプを作った。それを経営陣に聴かせたところ、全員ぶったまげて「これを製品化しなきゃダメだよ!」という話になり、それが最終的に「PMA-SX1 LIMITED」と「DCD-SX1 LIMITED」という新たなハイエンドモデルとなり、オーディオファンにも衝撃を与える事になった。

状況はよく似ている。コストをかけた新回路などが作れないなら、あの“LIMITED”を生み出した手法で、DCD-1600NEを進化させてDCD-1700NEを生み出してみせる。それが逆境に燃えた山内氏が出した答えであり、“衝撃的なプレーヤー”が生まれた経緯だ。

DCD-1700NEは“DCD-1600NE LIMITED!?”

そのため、困った事にDCD-1600NEからDCD-1700NEへの進化点を言葉で説明すると“地味”だ。「なんとかスペシャル回路を搭載!」みたいな話があれば派手なのだが、そんなものはない。だが、逆にこの“地味さ”こそが、DCD-1700NEの“ヤバさ”の証明でもある。

山内氏は手始めに、15種類ものオペアンプをかき集め、それらを1つ1つ試聴して吟味。音の良し悪しだけでなく、そのパーツが安定調達できるかどうかも考慮。結果的に、DCD-1600NEに使ったものより、大幅にグレードとコストが上がってしまったというが、音質的に優れていたTI製のものが選ばれた。

コンデンサーには、LIMITED用に開発された独自コンデンサーを採用。LIMITEDの内部写真を見たことがある人は覚えているだろう、あの“肌色のヤツ”だ。安いパーツではないのでパーツメーカーからは当初難色を示されたそうだが、粘り強い交渉で、多くの箇所に投入できたという。

さらに、山内氏が手掛けたSYコンデンサーだけでなく、SXコンデンサー、NEコンデンサーと、様々なコンデンサーを要所に投入。その結果、LIMITEDに類似したアサインになったという。

デジタル系にもノイズ対策部品を25個追加。ワイヤリングも最適化しており、細かいところでは、DCD-1600NEでは少し長めだったフラットケーブルを短くした。基板のパターンにも手を入れた。DCD-1600NEでは、上位機DCD-2500NEのオーディオ基板・電源基板と同じものを使っており、1600NEでは使わないパターンも存在したが、1700NEでは余分なパターンを省き、最適化したものに書き直している。

トランスを固定するネジ1つでも音は変化するが、1600NEでは片方が鉄、片方が銅だったものを、1700NEでは両方銅に変更。デジタル基板は4層、アナログ基板は2層になり、信号経路も最短化した。

トップカバーの取付方法まで変わっている。1600NEでは、上から抑えるようにネジが取り付けられていたが、開放的な音にするため、1700NEでは、この抑えネジを削除している。

DCD-1600NEのトップカバーには抑えネジがあるが……
DCD-1700NEには無い

高音質化というと、高級なパーツをどんどん投入し、物量が増えていくイメージがある。しかし、山内氏は「良いパーツを使う事で、不必要なパーツが生まれる事もあります。それを取り除く事で、シンプル&ストレートにしていく。その手法でも音は良くなっていきます」と語る。

例えば、DCD-1700NEのCD/SACDドライブ部分には、ディーアンドエムのオリジナルドライブメカが採用されているが、この内部にも山内氏は手を入れ、使わない部品を外し、ドライブのクロックの信号が、デジタル回路に行かないように仕様を変更している。

こうした細かな工夫と試行錯誤によるチューニングの結果、パーツの変更は音質にかかわる部分で80以上、音質に拘らないところも含めればその倍以上になったという。つまり、DCD-1700NEは、“DCD-1600NE LIMITED”とも言える製品に生まれ変わったわけだ。

DCD-1700NEのCD/SACDドライブ部分
背面端子部

細かなチューニングの組み合わせで、驚異的に進化した音

同じ1700NEシリーズのプリメインアンプ「PMA-1700NE」と組み合わせて試聴した。

まず、前モデルのDCD-1600NEから。「フォープレイ/Fourplay」から「Moonjogger」を再生すると、ゆったりとしたベースやドラムの響きが試聴室にブワッと広がり、そこにピアノとエレキギターのシャープな音像が定位する。広大な空間を、音像が自由に、気持ちよさそうに浮かぶ感覚は、まさに“ViVid & Spacious”。初めて聴いた時は「この価格のプレーヤーでこの音は凄い」と驚いたが、いま聴いても驚きは薄れていない。というか「これで十分なのでは」と思ってしまう。

だがDCD-1700NEに切り替えると、愕然とする。広大な空間だと思っていたDCD-1600NEの音が、“透明な箱の中で鳴っていた事”に気がついてしまう。DCD-1700NEは、音の広がりを阻害するものが一切なく、部屋の壁も存在しないかのように響きが広がっていく。横方向だけでなく、奥行きの深さも数段アップ。音場がクリアになった事で、音が奥に広がっていく様子が遠くまで見渡せるようになる。

そして最も驚いたのが、エレキギターの音像のパワフルさ、鮮烈さが大きくアップしている事。DCD-1600NEでは、音像が奏でる音が、自分の前方に広がって「ふむふむ、いい音だな」と“眺めている”感じだったのだが、DCD-1700NEでは、奏でる音がグッと前に出て、こちらに押し寄せてきて、“ATフィールド”を貫通して体を撃ち抜かれる。「ふむふむ」とか言っていられず「ああ……最高」とウットリしてしまう。

気持ちが良いと、自然とボリュームを上げてしまうものだが、ダイナミックレンジもDCD-1700NEの方が広いため、音量がアップしても、まったく“うるさく”感じられない。

オペラの「オッフェンバック:オペレッタ・アリア」から「Act 2 - Symphonie de l'Avenir」で聴き比べると、空間の広さや音像のパワフルさに加え、低域の深さや、その低音の中のコントラストも1700NEの方がより深いのがわかる。低域の輪郭もシャープで、ドッシリ感もアップしているので、プレーヤーを変えただけだが、まるでアンプをグレードアップしたようにも聴こえる。

エレクトロニック・ミュージック「Katsuhiro Chiba/Kicoel」から「perfect world」を再生すると、音場の広大さがもはや2ch再生の枠を超え、自分の体が後ろから包まれるような感覚。その空間の中を、実在感のある音像が飛び交い、その音に撃ち抜かれる感じがひたすら心地良く、試聴を忘れて音楽が楽しめた。

山内氏は「チューニングの結果、パーツ面で、ほぼ妥協せずに作ることができました。音質にとって重要な“増やすべきとこは”は増やし、“いらないものは省く”を徹底しました」と語った上で、「“ViVid & Spacious”は、手段でしかありません。大切なのは、その先にある“音楽にひたれるかどうか”です」と語る。

DCD-1700NEを聴いて感じるのは、冒頭に書いた“利便性”や“趣味としての楽しみ方”という話を超え、「よく出来たディスクプレーヤーの音の素晴らしさ」だ。その魅力を再確認できるという意味でも、DCD-1700NEの登場には意味があるだろう。

DCD-1700NE

(協力:デノン)

山崎健太郎