レビュー

まさに“小さなA110”、デノン渾身の下剋上アンプ「PMA-1700NE」

PMA-1700NE

新しいオーディオ機器の特徴やこだわりをメーカーに取材し、その結論として音を試聴すると「オーディオってやっぱり“人”だよなぁ」と思う事が多い。特にそれが鮮烈なのがデノンを取材している時だ。

同社には、サウンドマスターという肩書きの人がいて、開発中の機器を試聴し、パーツを入れ替えたり調整して音をチューニングし、開発チームにフィードバックし、またバージョンアップした試作機を試聴して……を繰り返し、その人が最終的に「うん、これでOK」と言って初めて製品が世に出るという流れになっている。“音の門番”みたいな役割で、もっと言えば“デノンの音に責任を持つ”立場の人だ。

2015年に、そのサウンドマスター(当時はサウンドマネージャー)に就任したのが山内慎一氏。その結果、伝統のデノンサウンドのテイストは残しながらも、“激変”と言っていいほど同社製品の音は変化。2500NE、1600NE、800NEシリーズといった、型番の最後にNEがつく新時代「New Era」シリーズを手掛け、「なんかデノンの音がすげぇ変わった」と業界内でも話題となった。

デノンのサウンドマスター 山内慎一氏

そんな山内氏が“デノンが目指す音”として掲げたのが「Vivid & Spacious」という言葉。最初聞いた時は正直「それってどんな音?」という感じだったのだが、百聞は一聴にしかずで、「これがVivid & Spaciousな音だ!」と山内氏が名刺代わりに作り上げたのが、2019年に発売されたフラッグシップアンプ「PMA-SX1 LIMITED」(902,000円)、SACD「DCD-SX1 LIMITED」(891,000円)だった。

左からプリメインアンプ「PMA-SX1 LIMITED」、SACDプレーヤー「DCD-SX1 LIMITED」

実はこの製品、発売までの過程が面白い。デノン社内でも「Vivid & Spaciousな音ってなによ?」という話になり、「こんな音です」とプレゼンするために、山内氏が手をいれまくって作ったアンプとプレーヤーを経営陣に聴かせたら、全員びっくりして「これ製品として開発しろ!」という話になり、世に出る事になった。

私も聴いたが、一切の制約から解き放たれたように、空中に音像が舞い踊る鮮烈なサウンドにあっけにとられながら「これがVivid & Spaciousか」と衝撃を受けた。

そんな山内氏が、デノン創立110周年記念モデルとして気合を入れて作ったのが2020年に発売された「PMA-A110」(393,800円)というUSB DAC内蔵アンプ。SX1 LIMITEDの技術を大量投入し、最上位アンプの半額くらいなのに、最上位に迫るサウンドを実現してこちらも話題となった。

PMA-A110

で、今回の本題。「PMA-1700NE」(218,900円)というアンプが登場した。前置きが超長くなったのは、PMA-A110というアンプが登場するまでの流れを思い出していただくため。そして、PMA-1700NEを紹介するために、PMA-A110の話をしたのは、このPMA-1700NEが、まさに“小さくて低価格なPMA-A110”としか表現できないバケモノだからだ。

PMA-1700NE

「これもうPMA-A110じゃん」という中身

ラインナップとロードマップ

デノンのアンプに詳しい人なら「PMA-2500NEはどうしたの?」と思うかもしれない。確かに上から「PMA-A110」(393,800円)、「PMA-2500NE」(278,300円)、「PMA-1600NE」173,800円というラインナップになっており、新製品のPMA-1700NEは、型番から見るとPMA-1600NEの後継機種だ。

しかし、PMA-1700NEのサウンドは、PMA-2500NEのお株を奪う勢いでPMA-A110に迫っており、下剋上的なアンプと言える。

それもそのはずで、PMA-1700NEの中身を見ていくと、「これもうPMA-A110じゃん」と言いたくなるほど、PMA-A110の技術が投入されている。

まず特徴的なのは、アンプ全体の構成だ。PMA-1600NEは、ハイゲインアンプによる一段増幅だったのだが、PMA-1700NEは、PMA-A110と同じ“可変ゲイン型プリアンプ×パワーアンプ”という二段構成になった。

PMA-1600NEは、固定利得アンプ(45.5dB)を応用したもので、“どんなボリューム位置でもアンプ動作が変わらない”という利点がある。しかし、入力抵抗で発生するノイズまで、減衰せずにフルゲインで増幅してしまうという弱点がある。

そこで、PMA-1700NEではFLAT AMP用の可変ゲインアンプを使い、一般的なボリューム域ではゲインをダウン(最大16.5dB)してから、パワーアンプで増幅する構成を採用。こうすることで、ほとんどの人が通常使うボリューム域では、ノイズを低く抑えられる。

PMA-1700NEのプリアンプ

増幅回路にもPMA-A110の要素が垣間見える。出力段に、微小領域から大電流領域までのリニアリティに優れ、大電流を流すことができるUHC-MOS(Ultra High Current MOS) FETをシングルプッシュプルで採用している。

非常にシンプルな回路だが、これもこだわりの結果だ。オーディオアンプでは、沢山の素子を並列駆動して大電流を得る方式もよく見るが、多数の素子を搭載すると、素子ごとの性能のバラツキが、濁りとなって音に影響するという問題がある。そこで、素子が最も少ない1ペアでの増幅にこだわっているというわけだ。

パワーアンプ部

PMA-1700NEはさらに、PMA-1600NEの差動3段アンプではなく、PMA-A110の構成に準じた差動2段アンプ回路を採用。発振に対する安定性に優れているそうで、サウンドとしては、より素直な音になるという。UHC-MOSの大電流出力と安定性の高い回路構成で、どんなスピーカーでもパワフルに駆動できる。定格出力は70W×2(8Ω)、140W×2(4Ω)だ。

ボリュームも、PMA-A110で初めて採用したハイエンドオーディオ用電子ボリュームICと同じものを、PMA-1700NEに投入している。電子ボリュームは、ノブに取り付けたセンサーで、回転角を検出して、その情報を基板上の高精度な電子制御ボリュームICに伝えて、音量をコントロールするもの。

機械式ボリュームで問題となる高減衰領域でのギャングエラーを回避できるほか、長寿命、空気中のガスなどの影響による接触不良等が起き難いといった特徴がある。

さらに、左右バランスやトーンコントロールにも同様の構成を採用する事で、今まではフロントパネル上のノブとプリアンプ基板を行き来していた信号ラインを、大幅に短縮。伝送経路が短くなる事で、音質低下を防いでいる。

PMA-A110で初めて採用した電子ボリュームと同じものを、PMA-1700NEに投入

このように、PMA-A110の回路構成を踏襲し、オーディオ回路に使用されるコンデンサーや抵抗などのパーツのほとんどをPMA-A110と共通化した事で、音質を大幅に向上。それだけでなく、PMA-SX1 LIMITED EDITIONやPMA-A110の開発時に、山内氏が生み出した、デノン専用のカスタムパーツも多数投入してチューニングされている。

アンプで重要となる電源部も立派だ。電圧変動が小さく、より安定した電源供給が可能な新型のEIコアトランスを採用。ノイズの原因となる漏洩磁束の影響を打ち消すために、2つのトランスを対向配置するLC(リーケージ・キャンセリング)マウント方式を採用した。

整流回路には低損失、低ノイズなショットキーバリアダイオードを。ブロックコンデンサーにはPMA-1700NE専用の大容量カスタムコンデンサーを搭載。シンプルかつストレートな回路構成を生かすために、ダイオードユニットとブロックコンデンサーの接続部も最短化し、パワーアンプへの電源供給ラインを極限まで短くしたそうだ。

アンプにデジタル回路を同居させる工夫

デジタルオーディオボード

USB DAC機能も搭載し、11.2MHzまでのDSD、384kHz/32bitまでのPCMデータが再生できる。アンプとパソコンがあれば、オーディオシステムが構築できて便利な一方で、アナログアンプと同じ筐体にデジタル回路を搭載すると、音質的に、悪影響が起きる。その対策も徹底されている。

問題となるのは、USB接続されたPCから流入する高周波ノイズ。それを遮断するために、USB-DAC回路と周辺の回路を電気的に絶縁する「高速デジタルアイソレーター回路」を搭載した。信号だけでなく、グラウンドも独立させることで、ノイズ対策を徹底。

写真中央、ズラッと並んだ小さなパーツが高速デジタルアイソレーターだ

電源回路も回路ごとに独立させており、電源ラインを介した干渉も防止している。さらに、デジタルオーディオ基板を専用のシールドケースにまるごと収納する事で、デジタル入力回路からの不要輻射によるアナログオーディオ回路への悪影響を排除した。

デジタルオーディオ基板を専用のシールドケースにまるごと収納

さらに、PMA-1700NEは光・同軸デジタル入力も備えているので、テレビやポータブルオーディオプレーヤーなどとも接続可能だ。入力信号を検出すると自動的に電源が入る機能も備えているので、テレビ用スピーカーとして使うというのもアリだろう。

一方で、これらのデジタル回路をOFFにする「アナログモード」も搭載。2種類のアナログモードを用意しており、アナログモード1に設定すると、デジタルオーディオ回路がオフになり、繊細なアナログ入力信号への干渉を防止。アナログモード2では、ディスプレイ表示まで消灯。純粋なアナログアンプとして動作するようになる。ピュアオーディオらしい機能と言えるだろう。

MM/MC対応フォノイコライザーも搭載しているので、アナログプレーヤーとも接続しやすい。基板上のレイアウトを刷新し、信号ループを小さくしたことで、漏洩磁束の影響を軽減。SNを向上させている。

光・同軸デジタル入力も備えている

音を聴いてみる

Bowers & Wilkinsのフロア型スピーカー「802 D3」、SACDプレーヤーの「DCD-SX1 LIMITED」と接続し、PMA-1700NEの音を聴いてみる。

女性ボーカルの「Freya Ridings/Lost Without You」や、ハープ奏者William Jacksonの「A Fisherman's Song for Attracting Seals」、クラシックの「ドビュッシー:前奏曲集第2巻前奏曲集 第2巻 第5曲 ヒースの茂る荒地」などを再生する。

ある程度の予想はしていたが、「Freya Ridings/Lost Without You」の冒頭から「いやぁ~! これはヤバい」と頭を抱えてしまう。

2chのスピーカーのステレオ再生なのだが、音場が巨大過ぎて、まるでAVアンプのサラウンドを聴いているかのような気分だ。“眼の前にステージが広がる”どころか、自分の真横までグワッと音場が広がり、そのまま包み込まれるような感覚。

左右だけではない。上下の空間も呆れるほど広く、天井が高くなった気さえしてくる。さらに驚くべきは、地面。音場が巨大過ぎて、自分のちょっと前で床が無くなって別の空間が広がっているように聴こえる。まさに、山内氏が追求する“ビビッド & スペーシャス”の中で、“スペーシャス”を体現するようなサウンドだ。

この感覚こそ、「PMA-SX1 LIMITED」(902,000円)や「PMA-A110」(393,800円)を聴いた時に感じたものだ。その世界に、199,000円のPMA-1700NEで近づけるのは凄い。

ただ、完全に追いついているわけではない。やはり、PMA-SX1 LIMITEDやPMA-A110で感じた、自分の足の下が無くなったような空間の広さまでには至らない。とはいえ、こんなにも空間描写が上手く、開放的なサウンドで約20万円のアンプはなかなか無いだろう。

進化したのは音場だけではない。低域のドッシリ感、沈み込みの深さ、キレの良さといった部分も、前モデルのPMA-1600NEから大幅に向上している。約20万円という価格はミドルクラスになるが、この低域の安定感や情報量の多さは明らかに価格帯を超えたもので、“頼りになるアンプ感”がハンパではない。

中高域の生々しさ、そして艶やかさは、ハイエンド・アンプに通じる魅力がある。乱舞するかのように、空中にクッキリと定位する音像の1つ1つにもパワーがあり、ズンズンと中低域がお腹に響く音圧の豊かさも気持ちが良い。これは理詰めで買うアンプではなく、一度聴くと、魅力が耳に残って離れず、欲しくなってしまう音だ。

さすがに、ソース機器をSACDプレーヤー最上位機「DCD-SX1 LIMITED」から、パソコンに変更し、PMA-1700NEの内蔵USB DACに切り替えると、音場のスケール感や音像の躍動感は、少し弱めになる。ただ、パソコンと接続し、音楽配信サービスを再生すれば、PMA-1700NEとスピーカーを揃えるだけで、膨大な音楽ライブラリが高音質で楽しめる手軽さは、大きな魅力だ。

コストパフォーマンスの高さに驚く

前モデルのPMA-1600NEは、2019年から4年連続、ミドルクラス(10万円~15万円)Hi-Fiアンプのトップシェアを維持している(GFKデータ)など、市場での音質評価も高い。そして、PMA-1700NEは、そのPMA-1600NEの魅力を全方位的に進化させているだけでなく、音質的なグレードも、ワンランク、いや、2ランクほどアップしていると感じる。

総じて感じるのは、「PMA-A110によく似た音だ」という事。絶対的な低域の馬力や、空間の広さなどではA110にかなわない部分はあるが、PMA-1700NEはその背中にかなり近くまで迫っている。値段的にはほぼ半額なので、そう考えると、PMA-1700NEのコストパフォーマンスの高さに驚かされる。

クラスが2個上のPMA-A110と比べず、1個上の「PMA-2500NE」(278,300円)と比べてどうかという話だが、個人的には、PMA-2500NEとPMA-1700NEの差は、かなり肉薄していると感じる。空間の広さなど、一部ではPMA-1700NEの方が勝っているのではという気もする。PMA-1700NEはやはり、下剋上的なアンプだ。

デジタル音源との相性が良く、それでいて本格的なアンプが欲しかった……という人には、要注目のモデルだ。中でも、「PMA-A110が気になっていたが、予算的に厳しかった」という人は、絶対に試聴すべきだ。山内氏が目指す“ビビッド & スペーシャスな音って、どんな音?”と気になる人も、一度聴いてみてほしい。私と同じように「オーディオってやっぱり“人”だよなぁ」と、思うかもしれない。

(協力:デノン)

山崎健太郎