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MQAハイレゾ音声+映像をコンサートホールから家庭へ、WOWOWが実験

東京・渋谷区のハクジュホール

WOWOWは6日、MQAや、ヘッドフォンで3Dサウンドを実現するアコースティックフィールドの「HPL」(Head Phone Listening)技術など活用し、高品質な音声と映像を生配信する実験を東京・渋谷区のハクジュホールで実施した。MQA&HPL音声の動画を生配信する世界初の試みでもある。

新型コロナウイルスの影響により、音楽ライブなどのオンライン配信が注目を集めているが、音声のクオリティにこだわり、ハイレゾなどで配信を実施しようとすると、データ量が増加し、配信する側も、受信する視聴者側にも高速回線や機材の負担が大きくなるという問題がある。今回の実験は、MQAとHPL、そしてNTTスマートコネクトが手掛けるMPEG-4 ALSという3つの技術を使い、この問題に対応するものと位置づけられている。

具体的には、ハクジュホールに楽器の音だけでなく、会場の反響音なども含めて集音するために複数のマイクを配置。このシステムではハイレゾで集音でき、そこから得られた11.1ch分のサラウンドサウンドを、パソコンを使ってHPL技術を使い、2chのヘッドフォンリスニング向けのバイノーラル立体音響に変換する。HPLは、ヘッドフォンで聴いても、スピーカーリスニングに近い定位感が得られるという技術で、詳細は藤本健氏の連載記事で3回ほど紹介している。詳細は関連記事を参照して欲しい。

ハクジュホールに設置された複数のマイク

前述の11.1chサラウンドを、HPLエンコーディングで、2chの192kHz/24bit信号に変換する。その次に、MQAのエンコーダを通して、この音声を48kHz/24bitへと変換。そのMQA音声を、さらにMPEG-4 ALS方式でロスレス圧縮する。これにより、1Mbps程度の帯域で192kHz/24bit相当の高音質な音声を伝送できるという。

この音声に映像を組み合わせても、約7Mbpsほどの帯域に収めている。そのため、配信・受信どちらの回線にも、負担が少ない。

コンテンツ配信までの工程イメージ

視聴者側は、配信された映像を、パソコンのVLCプレーヤーを使って再生する。その際に、MQAを採用しているため、視聴者がMQAデコーダーを持っている場合はMQAでデコードが可能。192kHz/24bit相当のハイレゾ音声で、配信されたライブが楽しめる。

一方で、MQAデコーダーを持っていなかったとしても、MQAの特徴として、通常の48kHz/24bit PCM信号として再生できる。ハイレゾ視聴用に別の配信ファイルを用意したり、視聴者がデコーダーを購入しないと、音が再生されないといった問題が起こらず、幅広い層の視聴者に対応できるのが特徴。さらに、「配信側にとっても既存の局内インフラ設備をそのまま流用できる経済的な方法」としている。

名倉誠人

実験では、名倉誠人氏によるマリンバ・ソロコンサートを開催。ハクジュホールで演奏した音を、前述の工程を経て、専用回線で配信サーバーへ送信。そこから、インターネットを介して、同じくハクジュホールのホワイエに設置したノートパソコンで受信。パソコンに繋いだMQAデコード対応のオーディオ、そして2chスピーカーからハイレゾ相当のHPL処理された疑似サラウンドサウンドを再生するという、システムが構築された。また、この受信テストの環境は、イギリスにも用意された。

ホワイエに設置した、インターネットを介した受信・再生環境

体験ではまず、ハクジュホールでマリンバの生音を体験。天井が高いハクジュホールに、軽やなマリンバのサウンドが響き渡り、音に体が包み込まれるような感覚。天井からもサウンドが雨のように降り注いだ。マリンバは低音も豊富に奏でられるため、教会でパイプオルガンの響きに浸っている感覚にも近い、重厚なサウンドが楽しめた。

次に、ホールを抜け出してホワイエへ移動。隣のホールで生演奏されている音を、ホワイエに設置された2chスピーカーで聴いてみる。インターネットを介して伝送されているため、生演奏とは約40秒の遅れがある。

驚くのは、サラウンドスピーカーではないのに、先程ホールで感じた、音に包み込まれるような感覚が、2chスピーカーからもしっかり感じられる事。左右の広がりだけでなく、天井から降り注ぐ反響音も再現されている。音が広がる余韻の深さや、低域の迫力など、生音に劣る部分も存在はするが、ホールで実際に聴いていた感覚と、かなり近い音が実現できている事に驚いた。

なお、これらの技術を使った高音質配信システムはまだ実験段階で、具体的にライブへの採用などはまだないという。しかし、新型コロナウイルスの影響で、高音質ライブ配信自体への注目度も増しているため、実験への反響も踏まえて、具体的なサービス展開への検討も進めていく予定だ。

また、WOWOW技術局の入交英雄氏は、第2段階の実験として、ハイレゾ・オーディオに加え、世界初のAURO-3Dを用いたディスクリート3Dオーディオでの生配信にも、今後挑戦する事を明らかにした。

WOWOW技術局の入交英雄氏

実験の試聴に参加した、「麻倉怜士の大閻魔帳」でもお馴染み、オーディオ・ビジュアル評論家の麻倉怜士氏は、ホールでの生演奏の音を、ホワイエでのサウンドの比較について、「(両者の音が)かなり近いなと感じた。MQAの何が凄いかというと、時間軸解像度を高める処理をしているので、音の飛び方、空気感がとても生々しい。このような体験はMQAだからこそ可能になったもの。昔からすると夢物語のようで、ドリームがカムトゥルーしたなと感じました」と絶賛。

また、麻倉氏はMQAを手掛けたボブ・スチュアート氏とも親交が深く、「(今日の実験に参加するとボブ・スチュアート氏に言ったところ)入交さんは本当にグレートな人で、彼のおかげで今回の実験も実現できた。MQAは今後も、入交さんと一緒に進んでいきたい」と、コメントが寄せられたという。

オーディオ・ビジュアル評論家の麻倉怜士氏

麻倉氏は、新型コロナの影響でコンサートの中止が相次ぎ、オンラインでのコンサート中継が増加している事にも触れ、「プアーな音や映像への不満も良く聞きます。MQAを使えば、ある部分では生を超えたところもあるくらいのクオリティで配信できる。HPLもスゴく空気感のある音になって良い。アフターコロナになったとしても、今回のような体験は素晴らしいもの。例えば武道館に1万人入ると言っても、たかだが1万人しか聴けない。インターネットの向こうには何人もの人がいる。(コンサートの音に)アクセスできなかった人が、アクセスできるようになる。しかも、リッチなコンテンツとして。そういった意味で、MQAとHPLでのコンサート中継には可能性がある。現代の音響技術を使った素晴らしい体験ができた」と語った。

会場では、メモリーテックが手掛ける電解型次亜塩素酸水「ジアオーラ」も紹介された。強い除菌効果を謳う製品だが、食塩を使っておらず金属にも使用できるのが特徴。放送用機材やオーディオ機器にも使用できるそうだ