麻倉怜士の大閻魔帳

第32回

色数、立体感、精細さが8K!「“8Kの音の興奮”をユーザーに開放せよ」

「AQUOS 8K」左から60型「8T-C60CX1」、70型「8T-C70CX1」

今最新のプレミアムテレビを買うならば、“4K OLEDか、8Kか”という選択は避けては通れない難題だろう。もしアナタが「8KなんてNHKしかやっていないし、今買っても無駄じゃない?」と思っているならば、ちょっと待った! NHK渾身のプレミアムな放送は確かに大きな魅力だが、それ以外にも8Kには多彩な利点があるのだ。

麻倉怜士の大閻魔帳、今回は8Kに焦点を当てて、前回に引き続き最新テレビの話題をじっくり語り尽くす。嗚呼悩ましき、選ぶ幸せ。

麻倉:先月OLEDの4Kをやりましたが、本当は8Kの話題もまとめて「最新のテレビ事情はこうだ!」という特集を組みたかったんですよね。

――ところがOLEDの話だけで思いの外盛り上がっちゃいました。あのまま8Kの話題も盛り込んでいたらとんでもない文章量になっていたと思います……

麻倉:喋る方も書く方も大変でしょうが、読者の皆様も大変でしょう。という事で8Kの話題は今月、改めてたっぷりいたしましょう。

近年のテレビ業界動向は主にOLEDと8Kという二本柱が最先端を牽引していますが、8Kテレビの状況はここに来て第2象限へ入りました。と言うのも、昨年までの段階では2018年にシャープが発表したチューナー入り液晶モデル「AX1」とチューナーなしの同「BX」、LGのチューナー無しOLED「Z9」だけでした。

それが今年に入ると、シャープはチューナー入りの液晶「CX」シリーズ、ソニーはチューナー入り液晶モデル「Z9H」、LGはチューナー入りOLED「ZX」シリーズを、それぞれ市場に投入してきたのです。LGからは更に液晶の「NANO99」シリーズも登場、75型と65型を展開し、サイズバリエーションは更に増える予定とのことです。

8Kブラビア「KJ-85Z9H」
LGの8K有機ELテレビ「ZXシリーズ」88型「OLED 88ZXPJA」

――日本の売り場だと昨年まではシャープが孤軍奮闘していた感のあった8Kテレビですが、ここに来て各メーカー間で選べる様になってきましたね。

麻倉:対して8Kテレビを出していないメジャーブランドと言えば、パナソニックと東芝です。このうち東芝は昨年、LGのOLEDパネルを使った88型の試作機をプレス向けに公開していました。事業部としても「OLEDで8Kやりたい」と言っており、私の取材では試作機以外にもチラチラ見ています。こういったところから、おそらく8Kをやる気はあると見て問題ないでしょう。

一方のパナソニックは、残念ながら試作機や具体的な製品がちょっと見えてきていません。前回も話した通り、オリンピックのワールドワイドパートナーである同社は、大々的にキャンペーンを張っています。OLEDはハイスピード・ハイコントラストでスポーツ向きと言うのも前回話した通りで、その延長で8KもOLEDを使ったオリンピック仕様モデルをきっと考えていたのでしょう。なので、もしオリンピックが当初の予定通り実施されていれば、同社から8K OLEDが出ていたかもしれないと思われます。

――でも肝心のオリンピックが…… まあ、ifの話は言っても詮無いことですからやめましょう。

麻倉:そんなわけで、同社の4K OLEDはステイホーム需要を見越した展開を張っていますが、今のところ8Kは出ていません。この点を“中の人”的に言うと、パナソニックはちょっと不幸なところがあるんです。と言うのも、CESで前の事業部長にインタビューした際には「是非OLEDで8Kやりたい!」と明言しており、開発現場としては意欲満々の様子でした。ただ商品化となると、なかなか難しいところがある様子なんです。

ところが遡ること1年、つまり昨年のCESで、津賀社長の「8K意味ない」発言が報道されてしまったんですね。邪推かもしれませんが、事業部にとってはこれがトラウマになっているのかもしれません。そんなわけで、8Kに対してはパナソニックだけが何の音沙汰もなし、という状態です。

「部材の問題では?」という疑問が湧くかもしれませんが、この点については否定しておきましょう。先述の通り、8K OLEDは今回LGが88型に加えて77型を出してきました。しかも77型の市場価格はおよそ180万円で、200万円するソニーより安いんです。OLED開発タッグを組んでいるパナソニックに出来ないわけが無いでしょう。「はてさて、一体どういうつもりで8K OLEDを出さないのやら……」。私でさえそんな疑問が浮かんでくる今日このごろ。残念ながらパナソニックの内部事情はよくわかりません……。

――うーん、同社はOLEDの画質で極めて高い評価を受けているだけに、何とも勿体無い。個人的にも、パナソニックが作る8K OLEDは是非見てみたいところです。

麻倉:それはともかくとして。ある程度のバリエーションが8Kテレビでも揃い出したのは間違いありません。

テレビにおけるこれまでの推移では、最も良いフォーマットが生き残ってきました。最良のクオリティを提供できるものが、プラットフォームとして支持されてきた訳です。例えばデジタル化によってアナログが途絶えましたが、これは地上波もBSも同じです。3Dはズッコケましたが、アレは臨場感を無理筋で出していたので、上手く行かなかったのでしょう。その視点で現状を見ると4Kはすごい勢いで普及しています。今では“4Kでない”大型テレビを探すのは、困難な事になっています。

こういった流れからすると、8Kは既に放送が始まっており、テレビ視聴としての8Kは実現している訳です。問題としては昨年までチューナーの供給がネックで、LGは悩んだ末にチューナー抜きのモニターとして実験的なマーケティングに乗り出していましたが、対して今回はチューナー入りモデルを投入してきました。これが各社から揃う。数が増えると部材の価格は下がりますから、チューナー問題もじきに解消するでしょう。何と言っても、NHKが丹精込めて作った8K番組を、今ならなんと既存の衛星契約に追加負担無く観られるんです。それがひとつ、最高峰のテレビとしての意義だと言えます。

これとは別にもうひとつ、8Kテレビには下位フォーマットのアプコンにも大きな意義があります。これは4Kテレビの黎明期でもあった事で、振り返ってみると4Kテレビは4K放送が始まる前から発売されていました。これがなぜかと言うと、2Kコンテンツも4Kへアプコンしたほうが良く見えるから、とメーカーが考えたからです。

――当時を思い出すと「4K放送が映らない4Kテレビは究極の2Kテレビだ!」なんて言ってましたっけ。

麻倉:NHKが主導してフォーマットを策定した8Kと違い、映画方面から普及が広まった4Kは当初テレビ放送が無く、もちろんチューナーも非搭載でした。そういうものが堂々と売られていたという歴史はちゃんとあるのです。しかも頼みの綱であるアプコンはかつて懐疑的に見られていたんです。絶対的な情報量が限られる中で画素数だけ増やしても、視聴者の受け取る情報量が希薄化して大雑把な絵になるのでは、と。

しかし近年は超解像技術がうんと発達してきました。アップコンバートは情報量こそ変わらないですが、見た目のスムーズさが上がって質感が出てくるようになったのです。高性能なアプコンと超解像は、ネイティブフォーマットよりも緻密さや濃密感などが遥かに良い。そんな優れた機能を有する8Kテレビは、史上最高の画質を持つ8K番組がそのまま観られるだけでなく、手持ちの2K/4Kコンテンツが更に良い質感で観られるのです。このメリットがあるならば、8Kテレビが普及しないわけがないでしょう。

あとは価格の問題だけ。現状の8Kテレビ市場を見ると、ソニーは200万円、LGも180万円からと、まだアーリーアダプター向けの価格設定と言えます。ただ、8Kに社運をかけているシャープは普及にかなり積極的で、価格も他社より一桁低いエッジの効いた設定を仕掛けています。最新モデルで見ても、同社の60型最廉価8Kモデルと、4K OLEDの65型モデルでは、さほど値段が変わりません。8Kチューナー非搭載のBW1ならば20万円台となっていることも珍しくはなく、しかも外部チューナーを接続できるようHDMI 2.1対応のアップデートがリリースされているので、まずはアプコンの威力を確認して、チューナーやレコーダーの後付で8K放送をじっくり堪能するという戦略もアリでしょう。

そのHDMI 2.1が標準搭載されだしたのは、もうひとつの重要なポイントです。先述の3ブランドの新製品は、全てHDMI 2.1を標準搭載。まだアナウンスはされていませんが、そのうちレコーダーも出るはずです。加えてソニーからはPS5という強力な援護射撃も控えています。放送を観るという従来型の楽しみ以外にも、録画やゲームなどで8K環境は着々と整ってきており「オリンピックは無くとも、2020年の時点で大きな流れが8Kに来ている」という感じがします。もうひとつ、ダウンコンバートも話題に登りそうです。8Kチューナー内蔵の4Kテレビというわけで、有機ELならコントラストが良いので、8Kからのダウンコンバートはメイクセンスしそうですね。でも私はピュア8K派ですが。

シャープ

麻倉:こういった業界の概略を語れるのも、なかなか出来なかった8Kテレビメーカー3社の取材が出来てこそ。幸いにも事業戦略まで顔を突き合わせて直接聞けたから、今回この様に語れるのです。もちろん各社代表機種もそれぞれ視聴してきましたので、ここからは画質や機能性など、個別モデルごとのインプレッションに移りましょう。

まずは8Kを事業の大黒柱に据えているシャープから。2018年の暮から私の書斎に鎮座している80インチ「AX1」と今回比較できて、これが面白かったです。まず最も違うと感じたのは、パネルが新しくなったこと。基本的にはどちらもVAパネルを使っていますが、実のところAX1は視野角が割と限られるんです。

左が従来モデル、右が新モデルの70型「8T-C70CX1」

――視野角が狭いと横から見て変色する問題が出ますね。旧いVAパネルの液晶テレビならば、正面から45度以上の角度を付けて観るとマゼンタに色が転ぶ事もありました。ですが先生の書斎の環境ならば、正面以外で画面を視ることは稀なのでは?

麻倉:たしかに私の視聴ポジションは正面がほとんどで、一見すると視野角の問題とは無縁と思えるでしょう。ところが80インチの大画面を近接視聴すると、視野角の限られる液晶ではエッジエリアの色が変わってしまうんです。

新機種のCX1は視野角拡張フィルムをパネルに追加することで、この問題の対策をしています。光の拡散性を拡げるパーツなのですが、今回視た感じでは横からでもさほど大きな変色は無く、センターでも全画面均一と、性能はかなり良好な感触でした。

これはまずソニーが最初に採用し、サムスンがフォローした技術です。更にシャープがフォローして現在に至っていますが、その使い方はメーカーごとに結構差があります。ソニーは現在、横方向だけに入れて効果を出しています。何故横だけなのか訊ねてみたところ、縦方向のフィルムを入れると全体の画質が下がるので、縦の変色はあえて見逃している、ということらしい。

シャープでの効果はどうかと言うと、水平方向はもちろん、従来と比べると垂直方向の許容範囲もかなり広くなった印象を受けました。視聴距離として当初推奨されていた0.75Hは昨年CESの小倉氏発表で下火となり、今の基準は1.5 Hとなっています。

ただこの距離で観ても、視野角に問題がある大画面モデルでは、先述の通り周辺が色落ちするんですね。今回のシャープは画面サイズが70型と60型ですが、色再現が良くなっており、視野角拡張フィルムが確実に効いていることが伺えました。

これに関連してもうひとつ、ニューモデルは色再現の純粋性・透明感が良くなっています。これは新パネルにおける色フィルターの設計を更新した効果で、従来は緑の高域と赤の低域のサイドバンドが多かったのが、ここをカットすることでサイドバンドの重複部分を最適化したそうです。これによって確かに色のピュリティー・透明感が上がっていました。

エンジンは8Kチューナー非搭載モデルのBW1と同じ「Medalist Z1」を搭載。実はこれ、今回の第2世代向けに設計された8K映像エンジンなんですけど、それを前倒しで先行搭載しつつ、高価な8Kチューナーを省いてコストダウンしたのが先発された普及機のBW1なんです。と言うのも、BW1は8Kパネルで4K映像を観るテレビなので、アプコンが命。その点Medalist Z1は8Kアプコン効果を集中的に開発したエンジンなので、先行搭載に踏み切ったんですね。その意味でも、CX1のアプコンはかなり優れています。

アプコンにおけるシャープの売りは細線化技術で、カタログでは「8K精細感復元アップコンバート」とある部分です。アプコンでは一般的に1画素を4画素へ細分化するところ、シャープは4画素のうち斜め2画素だけを使うそうです。AX1からずっと使っていたものをどんどんブラッシュアップしており、これがかなり良いできになっています。

日頃からAX1を使っていている私も、この技術の良さは実感していました。というのも、80インチの画面で2Kや4Kの番組を観てもかなり精細。2K番組のアプコンでもまるで2Kそのままの状態で観ている様な精細感があり、なおかつ画素が増えただけ円滑になり、質感・品位が高いんです。

――あれ、それを聞くと普及機のBW1って実はかなりのお買い得モデルではないですか? 8KチューナーはHDMI 2.1で後付け出来ますから、8Kに興味津々ならば結構長期間活躍してくれそうな気がします。

麻倉:エンジンの強みならば確かにアリな選択でしょう。とは言えパネルの進化による色の改良という点はやはり捨てがたいです。

具体例を挙げてみましょう。4Kからのアップコンバートとして、NHK・4K放送「アラビアのロレンス」で実例を指摘したいと思います。本作は非常にディテールが多いなかで神々しいフィルム的なテクスチャーが横溢する、ソニー・ピクチャーズの4Kレストア作品でも最上級と折り紙が付く傑作です。

この作品に記号性を与えている要素において、CX1は絵作りの底力を存分に発揮しているのです。例えば軍服の素材感や、金髪の美しい輝き、神秘的なまでにオレンジ色な砂漠の夜明け。これらの質感再現は、溢れんばかりの表現性を見せています。光と影の階調など、微細画素が描く滑らかさは特に8K的だと感じました。

2Kからのアップコンバートも良好ですよ。62年製作「西部開拓史」では、シネラマ画面(16:9画面に糸巻き状に圧縮)の異様な臨場感と、圧倒的な高画質に驚かされました。“もの凄い”と形容できるほど濃密な細部に至る情報量、圧倒的に多彩な色、豊富な階調……こういった本作品の卓抜が、8Kでより活きています。

本作は画質的に見ても元から傑作なんですが、繊細でありながら、同時にハイテンションなコントラストを見せる、そんな部分は天下一品。それが8K化によって極小画素に転化され、滑らかさとナチュラルさという新天地を獲得しています。初代のAX1を毎日観て暮らしている私の目から見ても、その絵作りは着実に進化していると感じさせました。

8K放送ももちろん解像感やしっかりして生々しい情報性があります、「世界の祭り『ベネチア 仮面カーニバル』」で具体例を挙げましょう。装飾的な服の細部情報、白い仮面の表面の階調感、筆の塗り跡など、実に本物っぽい質感を観ることができます。ねっとりとしたアドリア海の水の反射感や大きな波の側に立つ小さな波が時間差で砕け散る様など、水態描写も生々しい。サンマルコ広場に蝟集する人は個々の表情まで観察でき、ドゥカーレ宮殿の表面には細かな模様がびっしり。内部へ入ると黄金の天井が鈍い光を放っていました。

「オルセー美術館『太陽の手触り』」ではどうでしょうか。ルノワールがモンマルトルのダンスホールを描いた「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」、庭を照らす太陽光とまばゆい木漏れ日が織りなす、こういった華麗な光の世界の再現こそ、8Kテレビの得意技です。強い陽射しの表現には、液晶ならではのHDR的な突きぬけ感がありました。

この様に8Kそのものの優れた描写に加え、本機はアプコンも確実に上質なものになっています。そうした総合的な画質のあり方を考えるときに、もうひとつ重要なのがイコライジングでしょう。これを上手く使いこなすと確実に画質の世界が深まります。もちろん標準設定でも悪くはないですが、本機は調整項目が結構多彩で、コントラスト、明るさ、アクティブガンマ、HDRガンマなど、階調関係と色とコントラスト関係のイコライジングメソッドがかなり充実しています。上手く使うと環境光に合わせて最適なコントラストを設定でき、そこへ階調や色乗りを加えられるでしょう。こうした微調整がバッチリとハマれば、メーカー設定で視聴するよりも色とコントラストの深みが遥かに充実した絵になります。

もちろんこれはシャープのテレビに限った話ではありません。イコライジング(Equalizing)本来の意味は“均一化”“イコール化”ですが、4K/8Kを最大限愉しむには、コンテンツによって様々な画調の癖を是正しながら、なおかつ自分好みの絵をつくることが肝要となります。それが今回のCX1ではかなり充実している訳です。使いこなせばより好みに合った映像をつくれるので、みなさんがユーザーとなった暁には是非積極的に使ってゆきましょう。

――大前提として、テレビとしての基礎体力が無ければ、コンテンツ毎/ユーザー毎に異なる幅広い要求には応えられません。CX1はそれだけの地力を持った機種ということですね。

麻倉:本機はかなり深みのある地力を持っているので、最良のパターンを見つけ出す映像の宝探しがイコライジングで可能です。そのコツは「プロ設定」の「ダイナミックレンジ拡張」と「ガンマ」の使いこなしです。「ダイナミックレンジ拡張」で黒の沈みを設定し、その状態に応じた階調を「ガンマ」で調整することが大切です。こうしたテクニックを駆使することで、8Kライフがより豊かなものになることでしょう。

60型には、省スペースで設置できる回転式スタンドを採用

ソニー

麻倉:次はソニーの話題です。実は今回の「Z9H」、同社の8K製品で言うと第2弾にあたります。モデルの変遷としては、まず昨年のCESで海外向けのチューナー無しモデル「Z9G」が出ました。この時は98/85インチの2サイズで、98インチのお値段はおよそ700万円。これこそアプコン専用モデルで、おそらくサムスンが「8K時代到来」と宣言して2018年IFAで投入した、アプコン8Kモデルの対抗でしょうか。

ただこれは映像プロセッサー「X1 Ultimate」やバックライトマスタードライブなど、同社が持てるありったけの技術を投入しており、性能的に最高峰を極めていました。それにチューナーを入れたのが今回のZ9Hです。加えてこれとは別にもうひとつ、Z9Gからバックライトマスタードライブを取った下位モデル「Z8H」が海外向けとして出ています。

今回のZ9Hは海外モデルZ9Gから1年後に登場しています。その間シャープは日本で活発に8Kをやっていましたが、ソニーは海外で8Kを出しながら、8K本場の日本では出してませんでした。当然ながら、この状況に対して業界各所から「どゆことよ?」との声が多数上がっています。

これに対するソニーの商品企画の見解は、次のような話でした。「単にパーツを組み合わせて8Kテレビを作るだけなら放送開始と同時に発売することももちろん出来ました。しかし我々は、8Kチューナー搭載はもちろんのこと、実際の映像を元にしっかりと画質を最適化しました。海外モデルよりもさらに画質を追い込み、放送波を最大限楽しめるよう粘ったんです」。ただし、メーカーが「放送が始まってからでないと出来ない」なんて言うのはナンセンスでしょう。

8Kブラビア「KJ-85Z9H」

――試験放送はずっとやっていましたから、放送環境がどうかと言うのはちょっと……

麻倉:加えてソニーは社内で放送局側の機材も多数持っていますし、リオのカーニバルをはじめとしたデモ用の8K映像もある。ソース不足というセンでもちょっと苦しいですね。

私が思うに、同社は8Kの市場性を見極めていたのではないでしょうか。8Kは価格的にも高いし、チャンネルもNHKの1つしかない。一体どこまでの8K需要が日本にあるのか、と。でも「8Kを8Kらしく見せる」「アプコンによる8Kの潜在力」という先述の8Kの可能性は確かにある。これを鑑みて、めでたく日本でも製品投入と相成ったわけです。もちろんオリンピック対応も大事な戦略でした。

今回のZ9Hには伝家の宝刀・DRC型の超解像もしっかり入っています、これは大きなポイントでしょう。とは言え我々が評価時に観るシネマモードでは、アプコン/超解像処理はさほど過激にかけてはおらず、むしろ基本的な8Kの生成りの良さがキチンと出てくる絵に仕上がっています。対して多くの人が目に触れる機会が多い店頭モードでは、超解像をガッツリかけています。

Z9Hはソニーにおける究極の放送に相応しい受像機として、同社が長年培ってきたデジタルテレビの技術を結集。NHKの細部に至るこだわりを存分に“表現”している
今回Z9Hについては、ソニーストア銀座でも取材を実施。明るい環境下でも8Kの描画力が映えることが確認できた。案内役は麻倉氏の大ファンだという同店スタッフの紺谷寛之さん

麻倉:今回の比較評価で印象的だったのは、海外モデルZ8Hと日本モデルZ9Hが全然違うということ。Z8Hでもそれなりに部分駆動をやってはいて、これだけを観るとなかなか精細だと感じるところです。でもZ9Hを観ると、細かい部分でテクスチャーの盛り込みが全然違う。この違いにはびっくりしました。例えば遠景の空にかかる雲の階調感、遠景での山の稜線のくっきり感などで、その差がしっかりと見られました。

特に印象的だったのは、デモ映像で観たトルコ・カッパドキアの絵です。まず実景が映り、それが油絵になるというシーンで、ここでは特有の奇岩をカンバスに盛る油絵の具で表現しているのですが、絵の具が盛り上がるわずか数ミリが、もう全然違うカタチで出ていました。そこに光が当たって反射し、油絵の具の粘り気の質感が表面だけでなく、混ぜ込まれた中身の質感がZ9Hではとても良く解る。Z8Hでは曖昧です。コントラスト感や階調感、色の違いなどがとても微細なところまではっきり出ており、バックライトマスタードライブの効果が大きいと感じさせられました。

そのバックライトマスタードライブですが、4Kでは搭載例のあったものの、8Kでは初搭載。加えて4Kとしても、この技術の使用は少し間が空いていました。むしろ4Kは最初からOLEDの世界へ行くという様子なので、日本で8Kをやるにはバックライトマスタードライブが必要不可欠だったのです。なぜかと言うと「8Kはこんなにスゴいんだぞ!」という説得力を液晶の絵に持たせるためです。ソニーにしてみると「我々こそ8K最高の絵を出す、それを見せられる」という使命感があるのでしょう。

ブラビア:バックライト マスタードライブ説明動画:Z9Hシリーズ【ソニー公式】

――社名にも現れている通り、音と絵における最先端品質の追求はソニーのDNAに組み込まれているのでしょうね。

麻倉:バックライトマスタードライブが入ることで、8Kならではの精細感・質感・階調感が、コンテンツが求める方向性に従って見えてくる、そう感じさせるデモでした。

この技術の効果は「ベネチア」でも輝いており、海の青さの中に様々な色が加わっていたと感じます。壁の古色蒼然としていながら凄くブリリアントに輝いている質感とか、そういうところがバックライトマスタードライブの表現力で凄く出ていました。

放送コンテンツではもうひとつ大相撲中継を観ました。驚いたことに行司の装いがなんとディオールだったのですが、ハイブランドのエレガントさがよく出ていたと感じます。

私的に言うと、せっかくオブジェクト型超解像が入っているので、コレの性能をもっと上げてほしいところです。ベースバンドで観るような上品な精細感を持つような映像が、HEVCを通してきた8K放送でももっと観られると良いですね。ソニーはそれだけの超解像技術を持っており、バックライトマスタードライブによる光の演出もできる。これからはその使いこなしが課題となるでしょう。だからHEVCで100分の1にもの凄く圧縮した絵をベースに、上質な超解像を掛けて、ベースバンドに戻すということが、大いに期待されます。

実はソニーグループのソニーPCLでは、素晴らしくも効果的な、独自の超解像技術を開発しています。たいへん感心したので、来月にリポートしましょう。

8Kネイティブだけでなく、2K/4Kのアプコンも素晴らしかったです。「宮古島 ~癒しのビーチ~」でのヤドカリシーンにおける砂の色の芳醇さや、山谷の細かい質感、そういったところが大変良く出ていました。

HDR効果については、「バットマンvsスーパーマン」のレーザー砲発射シーンでチェックしました。このシーン、ソースとしてのレーザー光はピーク感を持っており、山まできちっと出ていると細い線で締まって出てくるはずなんです。ですがテレビ自体がHDRの対応能力に乏しいと、このレーザーはピークを超えて白い部分が広くなり、太い線が出てしまいます。その点、他社と比較しソニーは太らず鋭い線がキチッと出ていました。

この様に本機は、従来の2K/4Kソースに対しても非常に高性能な映像を与えています。その意味で非常に完成度が高いモデルだと言えるでしょう。

ただ、液晶であることの問題点も無いではありませんでした。一番は黒の表現・再現性。これはやはりOLEDに分があり、いくらバックライトマスタードライブの力を借りたとて、比較し難い差を感じました。ですが仕上がりとして、液晶の中での最高峰と最良の再現性を狙った、ということはよく解ります。特に色の階調の多さは素晴らしいと思います。

――以前からずっと言われていますが、液晶ならではの絵というのは確実にあると自分は考えています。エネルギー感は現状のOLEDの光量だとちょっと到達できないレベルがあり、それが液晶だとガツンと来る。液晶はそういうところをアピールし、もっともっと追求していっても良いと思います。その意味でバックライトマスタードライブの液晶と8Kの組み合わせは、伝統的なソニーの絵との相性が良い気がします。

麻倉:そうですね、この観点については前も指摘した通りで、液晶とは反対に今のOLEDは平均輝度を上げるとピークはどうしても下がってしまいます。対して液晶は平均輝度とピークの両方を同時に上げることが出来る。これの使い道は、まだまだ手が付けられない感じがするので、今後の課題となるでしょう。凄くはっきりくっきりと明確に出すのがソニーの絵の伝統ですから、確かにバックライトマスタードライブは合っている様に思います。

4月に発足したソニーエレクトロニクスの副社長兼COO高木一郎氏のリモートラウンドテープルが8月25日に開催され、その席上で「ソニーの8K戦略を聞きたい」という私の質問に答え、こう述べました。「8Kはソニーは85インチ以上で、展開します。すでに海外モデルとして98インチと85インチ、国内モデルとして85インチが販売されていますが、われわれはそれ以下で8Kを展開する計画は持っていません。オリンピックに期待していましたが、1年延期になり、粛々とやっていきます。今後のラインナップで、新製品を追加することは、現在では考えていません。麻倉さん、8Kを8Kテレビでみるのももちろん良いですが、ダウンコンバートして4Kの有機ELテレビでみても、とてもよいですよ」。

社会情勢は依然厳しいが、ソニーストア銀座は元気に営業中。一般的な家電量販店よりもゆったりとした環境で製品を試すことができるのは、直営ショールームの大きな強みだ。左は案内役の紺谷さん、右が店長の高田和子さん

LG

麻倉:最後はLGのお話です。同社についてはテレビ本体を語る前に、まずはグループのLGディスプレイの動向を確認しましょう。

つい最近に中国・杭州工場が稼働し、これまでと同じ8.5世代の4K OLEDパネルを生産開始しました。世界的に見てもOLED非採用のメーカーは今や少数派となり大型OLEDはパネル需要が逼迫していますので、これの対策になることでしょう。

話は少し逸れますが、大型OLED絡みで言えばTCL子会社のチャイナスターが、資本参加したJOLEDの印刷型技術を使ったOLEDパネルを大々的に生産するという話も届いています。業界にとってこれは結構大きな話題で、と言うのも従来はLGディスプレイが世界唯一のOLEDベンダーでした。今後チャイナスターパネルが大々的に出回りはじめると、独占供給の状況に変化が訪れるかもしれません。

加えて指摘するならば、LGディスプレイのOLEDは白色発光素子にカラーフィルターの組み合わせで絵を出しています。言うなればこれは液晶のバックライトが有機ELになって画素毎に制御できている、という様なイメージです。対してJOLEDの印刷型はカラーフィルターを使わず、各画素にそれぞれRGB発光が組み込まれています。

――明るさはOLEDで、色はカラーフィルターで制御するLGの白色OLEDに対して、印刷型は色も明るさもOLEDで制御する、言うなれば完全にマイクロLEDと同じ三原色OLEDな訳ですね。

麻倉:画質の観点で見ると当然こちらの方が原理的に有利です。なのでかつてサムスンが、この三原色OLEDを必死に開発していました。ところがこの時はパネルの生産がチャイナスター(JOLED)の有機塗料印刷ではなく、今のLGと同じ蒸着方式。歩留まり(不良率)を採算ラインに乗せることが出来ず、サムスンは大型OLED開発を放棄した、という過去があります。

歩留まり等の問題を解決すべく、生産方法を根本から変えることでこの三原色大型OLEDを実用化した、というのがJOLEDの印刷生産技術です。カラーフィルターが無い分の色再現の良さがどう出てくるか、というところがポイントでしょう。

話をLGの8Kテレビに戻しましょう。同社製品では、昨年秋に発売されたチューナー無しの88型OLED「Z9」シリーズがありました。対して今年はチューナー入りの「ZX(ゼット・テン)」シリーズで、88型と77型のOLEDを展開します。

加えて液晶では5月に75/65型の「NANO 99」シリーズを投入します。IPS液晶「NANO CELL」を使った液晶テレビで、聞くところによるとこちらは更にサイズ展開も予定とのこと。今回見られたのはOLEDの77型ZXで、残念ながら8K液晶は観ることができませんでした。なのでここではZXを中心に語りたいと思います。

昨年製品との違いとして、ZXシリーズはチューナー搭載だけでなくOLEDパネルも新型になりました。「α9プロセッサー」も第3世代になり、マーケティング的には“インテリジェントプロセッサー”から“AIプロセッサー”へサブネームを変更したりもしています。これの売りは「AI映像プロ」モード。文字と顔を識別することで文字周りのノイズを減らすほか、映像を分析して自動的にジャンルを識別し、動き補正や自動イコライジングなどに活用するようです。

更に映像だけでなく、音のイコライジングも「AIサウンドプロ」でジャンル別にかけられます。スペック的な観点では、Dolby Visionもセンサー連動する新型のIQを搭載して各種HDRに対応したほか、映画コンテンツを視聴する際に映像処理を意図的に排除するフィルムメーカーモードも対応しています。

LG製テレビの中枢「α9」は、2020年に入って第3世代“AIプロセッサー”へ進化。顔や文字といった映像部分に加え、音も自動調整するようになった
LGのテレビで面白いのがnVIDIA「G-SYNC」への対応。GPUとモニターの間で画面リフレッシュのタイミングがズレて画面上部分だけフレーム描写されてしまう「テアリング」が発生しないよう、GPUとモニターの同期を取ることでこれを防ぐnVIDIAの技術がG-SYNCだ。ゲーミングPCを8Kテレビに接続し、ハイフレームレートでFPSをプレイ、という贅沢なゲーミング環境にも対応できる

麻倉:本機最大の魅力は、やはり現状においてOLEDで8Kが観られる唯一のディスプレイという点でしょう。大変期待されるだけあって流石にコントラストは素晴らしく、微小なところまで黒が沈んでいます。これは8K映像の見せ方としてとても正しい。と言うのも、画素が微細化するほどコントラストが重要になります。もし低コントラストで画素を微細化してしまうと、滑らかにはなるが絵にパワー感がなくなる。この場合はむしろコントラストがある低画素ディスプレイのほうが良さげに見えてしまったりします。実際、LGディスプレイはサムスンの液晶8Kより、うちの有機EL4Kの方が、遙かに高画質というキャンペーンを張っていました。

――見たところ、安価なテレビやスマホ画面の多くがこの問題を抱えているように感じます。おそらく一般の人の多くは、高精細ディスプレイの映像を「そういうもの」として受け止めている様に思われますが、とても残念なことです。

これはハイレゾ音源でも言えることで、ハイサンプリングになるとパワーと滑らかさがトレードオフになる傾向があるようです。自分の見立てでは、箱(スペック)が大きくなったのに、コンテンツの作り方というか意識というか、そういうところが以前のままなのが問題ではないでしょうか

麻倉:その意味では、OLEDが持つコントラスト力、黒再現力が、8Kの持つ描写力にとても合っていると、LGの新作を観てとても感じました。

今回はシネマモードで視聴しましたが、これは無理して精細感を出すではなく、生成りの情報をOLEDのコントラストでしっかり出す絵作りになっており、自然でかつ精細感がしっかりしています。ソニーでも観た大相撲中継で具体例を挙げると、旧モデルに比べてZXは暗部階調が良くなっていました。なめらかな質感があり、ギクシャクしない。ここは第1世代モデルより良くなった点です。

粒立ち感の微小さが良くなったと思って質問してみたところ、これは階調がより滑らかに出る新パネルの効果だという回答を得ました。先述の通り、行司の服はディオール。とてもシルキーなテクスチャーで、そういう上質な繊維感がよく出ていました。

8Kだけでなく4Kコンテンツのアプコンも実に良好です。こちらもソニーで観たコンテンツですが、例えば「宮古島」での砂の粒立ち、細かなコントラスト感は目を見張るものがありました。でもそこに人工的なクキクキした感じが無く、しっかりとしていつつも滑らかな輪郭感がある。とても素晴らしい表現です。ただしチャプター4の灯台、海と陸の水平線を視ると、輪郭がちょっとくっきりしていました。この点から、大振幅ではしゃっきり補正し、小振幅ではそのまま出しているのでは? という分析ができるでしょう。とは言え全体的には色の階調感も透明感もあって好印象でした。

麻倉氏のリファレンスコンテンツであるビコム「宮古島 ~癒しのビーチ~」の定番ポイント“ヤドカリくん”で画質チェック。微細ながら深い影が生み出す砂の粒立ちや、珊瑚の豊かな色合いなど、新世代OLEDパネルの威力は絶大だ

映画コンテンツでは、マリアンヌのチャプター2を見てみましょう。カサブランカの夜はHDRらしい明るい部分や暗い部分の色付きが良好ですが、ちょっとピーク感が強く、ビルのネオンが立ち過ぎている感じがします。シネマモードで視聴しましたが、ここはもっと観やすく、映画らしい感じに上手く調整できると良いのではないでしょうか。

ただ同じチャプターでも、ホテルへ入る後半のシーンには驚きました。ここはとても暗く、絵作り的に難しいシーンで、以前の4K OLEDモデルで観た時には暗部の造形がボケていて、なおかつノイズもあったんです。ところが今回のものはそれが無くなっている。こういうところがパネルの基本性能向上効果として表れているのではないかと感じます。

――映画コンテンツで言うと、自分は上下の黒帯に驚きました。これはOLED登場時から言われていたことなので今更ではありますが、OLEDは黒が真っ黒になるので、暗室で視聴すると21対9のシネスコ画面がフワリと宙に浮いた様に観えるんです。この“真っ黒帯”がもたらす映画への没入感は、一度体験しないと理解できないところかもしれません。ZXではそこに8Kの精細感とOLEDの色の雰囲気の良さが加わる。その世界感たるや、これだけでも8K OLEDの価値があると自分は感じました。

麻倉:この様に8Kと4Kはすこぶる良好でしたが、2Kはもう少し頑張ってほしいところです。SN比とコントラストは良好でノイズが加わるということは無いですが、精細感や粒立ち感がおっとりしているので、もう少し出てほしいところ。ここは超解像とアプコンは経験値が相当モノを言う要素で、プロセッサーが新モデルになったというくらいではダメ。その中にどれほど絵作りの思想を込められるか、魂を込められるかというところが問われる、芸術観、哲学感という、技術の次元を超えた作り手の人間性を非常に問われる領域の勝負なのです。この点においては20年積み重ねてきたソニーのDRCは流石と言うべきでしょうか。アプコンや超解像の分野では、あちらに一日の長があると感じました。

まとめ・提言

麻倉:今回は3社の8Kテレビをじっくりと見てきました。まとめるとシャープは視野角が格段に改善し、ソニーは色と階調の芳醇さとアップコンバートの凄さ・精細さに目を奪われました。LGはOLEDでなければ出せない、徹底したコントラスト感。こういったところが各社各様に印象的でした。「どれで観ても8Kは同じ」などでは決してなく、どのメーカーを取ってもそれぞれの切り口で出しており、テレビの個性がよく出るものだと確認できたと思います。

ここでひとつ、私としては8Kテレビにおける大きな欠点を指摘しないといけません。それはズバリ“音”。NHKは22.2chで送り出しているのに、今の環境では2chか5.1chでしか出ないんです。「スーパーハイビジョン」というパッケージにとってこれは由々しき問題です。

22.2chの様なイマーシブサウンドには、ふたつの切り口があります。ひとつはコンサートホール型。視聴ポイントを客席に置き、ホールトーンの響きを再現するという考え方で、これは5.1でもそれなりに出る、どちらかと言うとオーソドックスなパターンと言えるでしょう。

もうひとつはチャンネル型。各チャンネルに音源があてがわれるもので、コンサートで言うならばステージ上の指揮者やプレイヤーに視聴ポイントを置くイメージです。実例を挙げると、イエローストーンのドキュメンタリーがこれに当たり、360度使っためくるめく音の移動感や配置感、そういうものは特にドキュメンタリーで有効となります。

――この考え方を更に発展させたのが、音をオブジェクト(物体)として空間内に配置して動かす“オブジェクトオーディオ”ですね。Dolby AtmosやDTS:Xなどの。スピーカー数に関わらず、演算である程度の音響再現を担保するので、イマーシブサウンドの中ではシアター構築のハードルが比較的低いのかもしれません。

麻倉:映像も作る、音も作るという番組が、8Kスーパーハイビジョンでは実は多いんです。それなのに現状の2chや5.1chでは音の作り込みが味わえていません。絵を8Kまでグレードアップしただけでなく、音のグレードアップも8K番組の大きな強みのはず。それなのにこの点がどのメーカーでも全く反映されていない現状は、大きな問題だと言わざるを得ません。

こうした現状を解決すべく、NHKとAVレシーバーメーカーがタッグを組んで、AVアンプで22.2ch音声を各種イマーシブフォーマットや、5.1chへ変換する技術を研究中です。あるいはシャープが既に製品化している、バーチャルで22.2chを出すサウンドバーなどもひとつの解決手段でしょう。

業界初の8K放送・22.2ch音声入力に対応したシャープのサウンドバー「8A-C22CX1」

いずれにせよ、8Kの魅力の半分は音であり、現状は8K放送における絵の部分、つまり半分の魅力しか味わうことが出来ていないのは確かです。オーディオビジュアルの専門家として「8Kの音の興奮をテレビユーザーにも開放せよ」と業界各社・各団体には強く訴えてゆきます。確かに22.2chをそのまま置くのは難しいですが、簡便に出来る工夫を是非各社にお願いしたいです。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透