麻倉怜士の大閻魔帳
第38回
注目のマイクロLED、飛躍する有機EL、麻倉流“バーチャルCES”
2021年2月18日 07:30
現実のイベントとバーチャルイベントの違い
バーチャル化の波はCESにも押し寄せた、展示内容ではなく展示会そのものの話――2021年1月、新春恒例のラスベガス・CESもバーチャル化での開催となった。長年のCESウォッチャー・麻倉怜士氏にとっても馴れない新形態のCESだが、多くのメーカーが集う場所には利点欠点含めて相応の収穫があったという。諸々の不便はあれど、やはり業界動向を読むのにCESは不可欠なようだ。
麻倉:毎年CESは一年を占うイベントとして注目していますが、その中でも今回は非常に異例だったと言えるでしょう。私が初めて行った86年から数えて、これまでの参加回数はざっと25回くらいほど。それでも今回の様な形態は初めてです。7月くらいまでは開催できればというところでしたが、その後の感染拡大で米国自体がそれどころではなくなりました。確かにこれは賢明な判断でしょうね、現地の混雑ぶりを思うと大規模クラスターの発生が容易に想像できますから。
私のスタンスは単純な情報として技術やトレンドを見るだけでなく、現物を見て話を聞いて、色んな角度から新情報を吟味・判断するというもの。なのでオンラインショーで現物を見られないのは非常に痛手なんです。何せオブジェクトがあってディスプレイ技術があってというのに加えて、CESという空間は朝から晩までが体験です。起きて現地で配布されるデイリージャーナル見て、展示内容に対するハナを利かせる。会場へ向かうバスの中で原稿を書く。それでも内容があまりに膨大過ぎるので、原稿を書く時間すらなかなか取れないくらいですから。なので私はどうしているかと言うと、原稿執筆は時差ボケで朦朧とする中だったり、移動中の揺れる座席だったりの隙間時間で何とか文章にしているんです。
会場に着いてみると、賑わいや混雑度合いといった現場の熱気や空気感で期待値を図ることが出来ますし、あるいは取材中に知り合いに出くわしたりすると、その場で情報交換をしたりもしています。その様な感じで、CES取材というのは単なる見本市リポートではない、世界の最先端を披露するラスベガスという街の空気感そのものが取材対象なのです。
それが今回はアプローチ出来ません。情報的にはプロバイドされるかもしれませんが、”情感”が取れないのは大きな痛手です。何せ物事は情報と情緒の両輪で出来ているので、片方が抜け落ちるのは辛いのですよ。今回で言うと、担当者とのQ&Aで情報を引き出すのではなく、一方的なカンファレンス(宣伝!)ムービーを観るに過ぎません。その意味で限定された情報しか得られない、情感が得られないので裏付けが取れない。つまりはメーカーのPR大会なんですね。もちろんCES自体がそういうものではありますが、今回は特にその色が強かったです。
――お買い物をする際に、店頭で実物を視るかネットショップでポチるかくらい違う、と例えれば、ある程度は伝わるでしょうか。PCパーツのスペックならばともかく、映像や音の良し悪しと言うのは、やはり自分で体験してみないと判らないものです。それってショッピングでも難しいのに、世の中に出る前のコンセプトモデルとなると、やっぱり実物から得られる質感の情報というのはカタログスペックには無い大きな意味があります。
麻倉:加えて言うと、現地で実物を前にしていないから、どんな用途に発展するか、どのくらいで市販化されそうかといった完成度が、肌感覚で読み取れない。これはジャーナリズムとしてかなり厳しいんです。いつもだと現地で担当者が居て「こういうところが開発で大変でして」みたいな話があると、こちらもピンとくる訳です。そういう会話から技術の勘所を読み取り、そこから逆算して何時頃に製品が出てくるかという予想も立てられるでしょう。私が報じるスクープというのは、そういう観点によって生み出されるものが多数を占めているのです。
そもそもCESは最新技術のショーケースであって、出てきた技術をモノにする展示ではありません。美しく、美味しそうに見えるようディスプレイしてあるけれど、実際問題としてその技術が製品化されるのは狭き門なんです。画期的な発明は1月のCESに、実商品は9月のIFAに出す。つまりIFAで実物を視ると「CESで言っていたのがちゃんとモノになったな」となります。そういう時間軸なので、基本的にCESの展示は鵜呑みに出来ないんです。
ところが今回はバーチャルショーなので、情報を鵜呑みにするしかありません。向こうの一方的な情報しか来ないですから、余程の洞察力が無いと技術開発の真意は見えてこないでしょう。もちろんその分野の専門家が見ればわかる事は多いですが、それには取材の積み重ねが必要で、ジャーナリズムが試されるのです。「この技術は前回視た時からこのくらいの差分で上がってるな」みたいなリアリティーが判る記事は、信頼を置けると言えます。
――それもプレスリリースには出てこない差分に、ですね。観察と分析をどこまで突き詰めるか。それが無ければニュースリリースの方が信頼性が高いわけですから。
麻倉:でも逆にバーチャルで良かった点もあります。何かと言うと、時差が無いこと。カンファレンスムービーの初出は米国西海岸時間ですが、今回はオンデマンド配信がかなり充実していました。カンファレンスで使った映像を遡ることが出来るB-Roll(バックロール)機能には各展示企業のPRビデオも結構ありました。もっと言うと、Windows 10標準搭載の動画キャプチャーを使ってやれば、B-Rollに無いクリップも手元に残せます。こうするとクリップ自体を手元に置いておけるので、ストリーミングでは見逃してしまいそうな細かい部分も拾えるんです。
逆に言うと“家に居すぎて疲れた”と言うのはありますね。書斎に座って延々と英語のムービーを観続けるのは、なかなか疲労が貯まります。それでも現地取材の疲れは尋常ではないですから、それよりマシでしょう。あちらはまず時差があって朝が眠い。それから移動距離が尋常ではない。端から端まで歩いて一時間分かかるコンベンションセンターだけでなく、近隣のホテルも多数会場になっていて、街全体がショーの取材対象……と言うように、従来のCES取材はかなりの体力勝負なんですよ。
――あの規模感を例えると、そうだな……舞浜のディズニーリゾートで、パークもホテルも例外なくすべての場所で同じテーマの違うイベントをやっている、それをひたすら巡りまくる、みたいな感じでしょうか。途方もなく広いし、情報量が膨大過ぎる中に飛び込んでお宝情報を拾い集める、みたいな仕事です。
ミニLEDの今後に注目!
麻倉:現在のCESにおいて、ディスプレイ技術はメインストリームではありません。CESの中心トピックは5G通信やロボティクス、あるいはヘルステックや自動運転をはじめとするMaaS(Mobility as a Service)など。ですが、私がそんなメインストリームを追いかけても仕方がないので、そちらはそれぞれの専門家の方にお任せしましょう。私はあくまでディスプレイを追いかけてビジュアル技術の差分を見てゆきますが、その点から言うと今回も結構面白かったです。
まずディスプレイの大きなポイントはミニLEDです、端的に言うと数千個、数万個単位のLEDをバックライトに使った液晶テレビですね。この分野は液晶が復権する大きなパワーとしてTCLが火を付け、中国メーカー各社が追随。今年になってLGが採用しましたが、日本メーカーはまだの様子です。液晶がプラズマに代わって衰退し、OLEDが新しい自発光デバイスとして挑んできたというのがここ十数年ほどの業界でしょう。そんな意味で、日本はOLED志向が非常に強く「これからの時代はOLEDかな」という雰囲気があります。
対して液晶はコストが安く、大画面化しやすいというメリットがあります。世界的に見てもトレンドは2分化されていて、日本とヨーロッパはOLED、中国とアメリカは液晶が好まれる傾向にあります。住環境の違いが如実に出ている、とも言えるでしょう。箱庭的な比較的狭いスペースで緻密さを追求するのが日本とヨーロッパのOLED志向、広々とした明るいリビングで手軽に大画面を愉しむのが中国とアメリカの液晶志向です。そういった中で近々のトレンドは液晶の復活です。これはストリーミングの隆盛を中心とするステイホーム需要と深い関わりがあります。
長時間自宅に居ないといけない時に、従来の多チャンネルケーブルテレビサービスではどうしてもプログラムに限りがありました。そこへ昨今のステイホーム需要が急増し、時間や内容に制約が無い、お金をかけて作ったストリーミングを多くの人が観るようになりました。その時に自宅のディスプレイ環境というのはやはり重要になる訳です「どうせ観るなら大画面」とね。
――世界的にそうですけれど、昨年は多くの方がテレビやオーディオをお求めになられたでしょう。機材のアップグレードもそうですけれど、それだけ自宅でも愉しめるコンテンツが充実してきて、設備投資の価値があるとユーザーに認められた。その結果でもありますね。
麻倉:そこで米国の市場トレンドはどうかと言うと、やっぱり広いリビングに見合う大画面。80インチ以上のサイズを検討する時、OLEDを見るとクルマが買える値段になってしまいますが、液晶ならばまあバイクくらいの値段で済みます。そういう事もあって、もう一度液晶へ、という回帰現象が出てきた訳です。もちろんその時はより高画質を目指す訳ですが。
単純な話、最高画質は画素が自発光するOLEDなんです。業界では「全画素ディミング」とか「セルフィッティング」とか何とか言われていますね。で、次点のレベルがローカルディミング、つまり多素子LEDバックライト液晶。LEDが小さく多くなればなるほど、Dレンジ表現に効くのがミニLEDデバイスです。体積的に言うとLED 1個あたり従来の10分の1くらいの大きさで、LGの発表によると3万個のLEDを使用し、2,500ブロックに分割しているそうです。
もひとつ面白いのはTCLの「OD ZERO」。バックライトの拡散板を排し、トップ層にマイクロレンズを置くという構造の液晶です。分光の場所を変えることでバックライト層と液晶層の間にあった10~25mmほどのスペースを詰め、光の効率化を目指したそうです。なかなか目を引くネーミングですが、実際どの程度画質に効いているかは実物を視ないと何とも。光のムラがどのくらい出てくるか未知数ですね。
――ここなんですよね、バーチャルの限界って。最新の技術が最良の技術とは限らない、それを判断するのはあくまで人間の感情です。
麻倉:液晶の画質向上技術は色々ありますが、例えば2枚重ね液晶なんかがその話の例になるでしょう。カラーフィルター層の下にフルHDのモノクロ層を置き、ローカルディミングとの合せ技でコントラスト向上を目論んだものでした。これはハイセンスなどがやっていたんですけど、一昨年出ていたものを視たところでは「2枚重ねしない方が良かったかも」。昨年展示された2枚重ねは画質が向上していましたが、今年はカンファレンス映像に出てこなかったんです。
ここでもひとつ、バーチャルショーの問題が指摘できます。多数ある技術のうちで、カンファレンスで取り上げられるのはメーカーの“推し技術”だけ。 ですが実際のショーならば推しではない技術もブースに行けば多数視られます。ところが今回は発表や展示も含めて、メーカーの推し技術しか出てこなかったんです。そういう足を使ったお宝発掘がオンラインでは出来ないのが、我々としては辛いところです。
――メーカーの見込みと、どちらかと言うと消費者側に近い我々の期待値とは、必ずしも方向性が一致しないんですよね。そのズレをすり合わせるのは、見本市の極めて重要な機能だと僕は思います。その点に難が出た事例だと言えるでしょう。
OLEDの大きな飛躍
麻倉:ミニLEDは物量投入で液晶の画質向上を狙う思想で、そもそもローカルディミングは割と昔からある技術です。その精度を上げたのがミニLEDですが、ローカルディミングではいくら頑張ってもOLEDと同等の1画素単位までの細分化はできません。そこでOLED、今回大きな飛躍を遂げました。ここ、私の特ダネ情報ですよ!
OLEDテレビは一昨年辺りからパナソニックが放熱板をカスタムして高電流化・高効率化したのが、ひとつブレイクスルーとなりました。基本的にOLEDは黒表現に優れるが白の伸びは弱いという傾向があります。対して今回は白にもの凄く力が入っているんです。新パネルは輝度1.5倍、おそらく1,500nitsまでいくと。
協業しているLGディスプレイとしても、改良で高効率した新型のプロパー放熱板を造っており、パナソニックの新モデル「JZ2000」シリーズも「放熱板の構造から変えた」と言っているので、ひょっとしたらこのプロパー放熱板を採用しているのかもしれません。
――わざわざ自社開発までしたカスタム放熱板を今回はやめて、メーカー標準のハイモデルに?
麻倉:その可能性がありますね。と同時に、汎用モデルの性能を上げるということは、LGディスプレイがその方向へ舵を切ったということも言えるでしょう。もちろんこれによって、LGエレクトロニクスのOLEDテレビも発光効率が上がっています。
もうひとつのポイントは、新素材による輝度向上効果。発光効率の高い新素材を開発、レイヤーの並べ方も最適化し、システム全体で輝度が53%向上しました。これが何を意味するかと言うと、HDR時代のDレンジをどこまで伸ばせるかということです。強い光において、白の階調をどこまで潰さずに再現できるか。そこが今重要視されていて、この点はバックライトを強くしやすい液晶の得意分野でした。加えて言うとこれはマイクロLEDでも同じ事ですが、詳しくは後述します。
そんな事もあり、プロユースのマスモニでも近年は絶対王者だったソニーのOLEDモデルから、輝度重視の液晶モデルが好まれ始めてきたんです。中でも特にスタジオユースでは「輝度がないと本物感が出ない」と言う事で、映像制作の現場では高輝度への対応が非常に重要になってきています。と同時に、再生ディスプレイにしても、如何に輝度を高めて白階調を潰さず再現するかが重要なポイントに。こういった要求に対して、LGディスプレイのOLEDは新パネルアセンブリで応えました。
更にもうひとつ、マイクロレンズアレイ。先程の液晶でも触れた、TCLのOD ZEROと同じ発想ですね。これを今回はOLEDで初採用しています。何かと言うと画素毎にマイクロレンズアレイを与え、視野角を60%アップさせたとの事です。
液晶と比べてOLEDは遥かに視野角が広いですが、実は従来のOLEDには斜め45度辺りで微妙に輝度が下がるという弱点があります。これはレイヤー層に起因する問題で、白色OLEDは実はRGBでレイヤーを持っていて、単層で白を出すOLEDは未だ存在しないんです。そのレイヤー構造が原因で横方向には出てこない色が僅かにあり、それが最も目につくのが斜め45度の角度でした。とは言え、液晶の視野角問題とは比較にならないほど軽微なものですが。
今回は新素子を使ってレイヤー構造を変え、更にマイクロレンズアレイを入れて横方向にも光を拡散させました。そもそも視野角で優位だったOLEDが液晶を引き離しにかかっているのです、何せミニLEDは結局液晶なので、どこまで行っても限界はありますから。
――確認ですけれど、ミニLEDで使われるLEDは白色素子ですよね?
麻倉:基本的にそうです。三原色素子ならば1画素に3つの素子が必要だし、カラーフィルターで色を制御した方が簡単で安いですから。それに、白色といってもオリジナルの白色は存在しないので、青色LEDをフィルターで色変換して白にするものが多いです。
――その意味ではかつてソニーの「BRAVIA XR1」で採用していた三原色バックライト液晶「トリルミナス」に到達していないんですね。
麻倉:そういうことですね。言ってしまえば細かい改良を積み重ねているのが液晶で、ローカルディミング以外に“革新”と呼べるほどの技術は無いのです。液晶はどこまで行っても安いことに意義がある訳で、逆説的にこれだけ多数使われるLEDはよっぽど安くなったのだろうと推察できます。もちろん作り方は変わりましたが。
麻倉:OLEDについてもうひとつ、サイズ拡張の話をしましょう。従来は48/55/65/77/88インチというラインナップで、うち77と88には8Kが出ていました。
そこに今回、31/42/83が追加されました。解像度はすべて4Kで、特に小さなサイズが注目です。従来は最小でも48だったので、31まで小さくなると新しい需要を喚起させるでしょう。そのひとつがゲーム需要で、今はステイホームの影響もあって大きく伸びているんです。
――単純なゲーム環境だけでなく「ゲーム実況」がある程度の市民権を得た事もあり、確かにここの高画質化需要は増えていますね。ゲームは画面内に多数の情報が効率的に配置され、それらが常にストレスなく一覧出来る必要があるので、大画面では視線の移動距離が長くなって疲れが貯まるんです。
麻倉:大きな画面の一部に没入出来るのが大画面の良さだけど、ゲームではそれが裏目に出るんですね。だから小画面が必要だと。それにOLEDはスピード表示が得意ですから、デバイス的にはとても適していると言えるでしょう。
これだけステイホームに効くならば、バリエーションを増やさない手は無いですよね。それにこれだけ選択肢があれば、パーソナルテレビもOLEDでカバーできます。ミニLEDに頼り切りな液晶に対して、今回のLGディスプレイのOLEDは、画質面はもちろん、サイズラインナップもカバーした、全方位でプロモートしてきたという構図です。
今OLED非採用メーカーはほぼ皆無で「液晶のシャープ」と言われたシャープさえも採用しています。そうなった時にメーカーにとっての関心事は、自社で展開したいサイズをラインナップできるか。ここが1番の出発点です。その意味で今後OLEDは、色んな分野に入ってきそうです。
――31という中途半端なサイズがひとつ気になったのですが、これって従来から生産しているJOLEDではなく、LGディスプレイが新たに生産を始めたという話ですよね?
麻倉:良いところに目をつけましたね。31含め、今までのは全部LGディスプレイの蒸着OLEDの話です。
実はこのサイズには理由があるんです。8Kの大型パネルを造ると、その4分の1(つまり半分の対角サイズ)が小型4Kになる。88の8Kだと44、65の8Kだと32。LGディスプレイのOLEDには元々高精細化技術があって、それを4Kに活用できている。つまり8Kのサイズバリエーションが中小型4Kに効いているんです。
もうひとつ大事な戦略的なことをいいますと、これらのOLEDの改革はミニLED対策だけではなく、サムスンエレクトロニクスのQD-OLED対抗でもあります。これは青色OLEDの光を量子ドットレイヤーとカラーフィルターで色付けするというもの。液晶でなくOLEDですが、LGディスプレイの白色ではなく、青で勝負というものです。その対抗というのLGディスプレイの新パネル作戦という色合いが濃いですね。
JOLEDがLGエレクトロニクスに32インチパネルを供給開始
麻倉:ちょうどJOLEDが今話に上がったので、LGエレクトロニクスに32インチパネルを供給開始する、という話もしましょう。スタジオ向けプロユースモニターとして活用されるそうで、これはなかなか面白い事になってきました。
言うまでもなくLGエレクトロニクスはLGディスプレイの親会社ですから、31型モニターを造るならば筋としてはLGディスプレイのパネルを使うはずですよね? それでも自社グループではなく他社のデバイスをわざわざ取り寄せるのには、相応の理由があります。JOLEDパネルの大きなポイントは三原色発光。今OLEDの三原色発光はソニーのマスモニに使われている超高級パネルくらいです。
――蒸着3原色OLEDの中型パネルとして量産に成功しているのは、おそらくこれが唯一ですよね。ただし歩留まりがよろしくないそうで、これを逆手に取ってか、検品精度は民生用とは比べ物にならないレベルでもの凄く厳しい、とか何とか。
麻倉:LGエレクトロニクスがプロユースに参入するにはどうしても精度が必要になる。なので色再現の範囲を広げるために、RGB発光の正しい色が出せるパネルが採用された、という訳です。
調達が有利であろう子会社の部材ではなく、あえて第三者の部材を使う。これは今後の業界動向を占う上で見逃せない、印刷方式OLEDの新しい動きです。
この話の延長で、TCLが発表した17インチスクロールOLED、いわゆる巻物ディスプレイにも触れておきましょう。発表映像だけで実物が見られないので、どこまで本気かは不明なところですけれど、でもこれは面白い。と言うのもこれに使われているのはJOLEDがTCL子会社のチャイナスター(SCOT)と提携して作った、JOLED産ではないSCOT独自開発の印刷方式OLED。単純なコンセプトモデル発表の裏に業界動向を見通せるトピックなんです。
――JOLED程ではないにしても、SCOTも長いこと独自で印刷OLED開発を頑張ってきたんですよね。そんなSCOTが同業他社であるJOLEDの知見を入れることで、ついに印刷式三原色OLEDをモノにしたと。
麻倉:OLEDと一口に言っても水面下ではかなり動きがあり、協業や自社開発の流れがより大きくなってきた印象を受けます。因みにローラブルに関して言うと、今回展示していたのはTCLだけ。LGエレクトロニクスのローラブルは既に商品化済みですが、この第2弾は出てきませんでした。一方TCLのOLED攻勢はなかなか果敢で、開発中のアモルファスOLEDも気になる出展です。サイズはスマホ仕様の6.7インチで、使うときには引き伸ばして長方形の7.8インチになるというもの。
お馴染みのメーカーだけが作っていたOLEDパネルだったのが、特に中国パネルメーカーの手掛けた部材がいよいよ出てきそうな雰囲気になってきました。これも今回のプレスカンファレンスで読み取れた、大きな業界の風でしょう。
――従来よりも格段に安いOLEDテレビが出てくる足音も聞こえてきた、とも言えそうですね。これは独占供給だったLGディスプレイもうかうかしていられませんよ。
次世代映像デバイスの注目株はマイクロLED
麻倉:次世代映像デバイスの注目株と言えばマイクロLEDでしょう。特に今回のソニー「Crystal LED」は結構画期的で、B2BとB2Cのディスプレイの部署を一緒にする新方針を打ち出しました。これに伴い、厚木のB2B部隊と大崎のB2C部隊がひとまとまりになるそうです。
【お詫びと訂正】記事初出時、“厚木のB2B部隊と大崎のB2C部隊がひとまとまりになり、横浜みなとみらいへ移転する”と記載しておりましたが、みなとみらいへの移転は誤りでした。お詫びして訂正します。(2月18日18時)
麻倉:この話題の大きなポイントは、ブルーレイやブラビアの開発責任者だった長尾和芳氏が、このセクションのヘッドになったこと。つまりB2BとB2C双方の技術を盛り込み、より高みを目指そうという狙いの体現した人事構成なのです。
実際にCrystal LEDの新製品は、ブラビアX1プロセッサと超解像と倍速駆動「Motion flow」が入りました。これも単純に新モデルが登場するという以上に画期的な話ですが、それ以上に今回マイクロLEDモジュールは外部調達というのが衝撃的です。何せ今まで内製モジュールだったのが、これでコストが劇的に下がる訳です。ただし品質問題はあるので、ここはちゃんと担保するとのこと。
今マイクロLEDは、例えば次世代Apple Watchでの導入が検討される、ARグラスにも入ってくるなど、多方面から注目されています。もちろんそれだけ投資されるということで、そうなると業界としてのエコシステムが、参入メーカー数も含めてかなりのボリュームになると予想されます。その時には部材の外部調達という戦略が必要になるでしょう。コスト面でも、量の面でも、アプリケーションの面でも、部材調達は必ず問題になる要素です。
今回はBright(明るさ)重視のBシリーズと、CはContrast(鮮やかさ)重視のCシリーズという2つのラインを発表しました。Cシリーズは従来の延長ですが、ポイントは1,800nits出るBシリーズ。明るいところで投影するニーズは、ハリウッドからの要求なんです。
巨大画面に風景映像を投影して撮影の背景に使う「バーチャルスタジオ」という新提案を近年のソニーは訴求していますが、この背景に使う時に、例えば灼熱のサハラ砂漠なんかを表現するにはコントラストより明るさが必要になります。そのアピールで面白いのが今回の記者会見。ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(SPE)の技術トップを務めるビル・バゲラー氏が、SPEのスタジオの門前で会見していました。実はこれ、Crystal LEDの映像背景を使ったスタ録。クリップの終盤にネタばらしするという演出なんです。
――昔JBLがProjectシリーズで似たようなことやっていましたっけ。コンサートでオケのステージが暗転したと思えば、明るくなると団員が捌けていてEVERESTだけが残る、実は最初からスピーカーの音しか流れていなかった、という。
麻倉:実物だと疑わなかったものが映像なんですから、インパクトがあるでしょう? そういう訳で、Crystal LEDの新モデルはこれまで1種類だったのが明るさ志向とコントラスト志向に分けた、というのが大きいです。S/PARKの様な高画質重視ならばCラインを、バーチャルスタジオとして使うならばBラインを、という使い分けですね。
その上でブラビア由来のものも含めた色んなテクノロジーも入ってくる。ならば「これがいつの日か家庭に入ってくる!」というのは充分に考えられることでしょう。家庭向けはサムスンが先行していて、昨年11月に110型の家庭用マイクロLEDディスプレイを発表、およそ1,600万円)で売り出しました。さて、ここからどれだけ価格が下がるか。
4Kテレビにしろ4Kプロジェクターにしろ、出始めのフラッグシップモデルは超高額ですから、マイクロLEDディスプレイも数年後に現実的な価格に、と言うのは無い話ではないでしょう。長尾さんがこのセクションに行ったのは「将来的にソニーの民生用Crystal LEDが出てくるぞ」という方向性の人選です。そういう商品企画がどんどん出てくる、ソニーの挑戦なのです。
Crystal LED、これまでは「画質が良かった」「ブースで使われた」くらいの話で終わっていましたが、民生用への取っ掛かりが見えてきたというのは重要です。それに民生用として考えるマイクロLEDには面白い展開があります。と言うのも、従来のテレビは部屋に後から置く家電製品だったのに対して、今のマイクロLEDは建築部材としてブロックを組み込みます。レンガがマイクロLEDモジュールに変わったと考えられ、壁全体をCLEDで敷き詰めるという使い方が出てくるのです。
こうなると“家庭内メディアセンター”という構想が考えられるでしょう。シアターになったりバーチャルトリップスタジオになったりと、VRグラスでしか出来ないような事が家庭内に入ってくる。しかも住居と一体化して入ってくるので、ソニーの新方針は極めて戦略的な意味を持つのではないか、と思いました。社内だけでなく社外とも融合するこの戦略、ソニーとして見て、実に面白いです。
――僕としては家庭向けはもちろん、ステージパフォーマンスの用途でもっとソニーのCrystal LEDレベルのマイクロLEDが普及してほしいなと思います。ライブイベントでステージ背景を巨大なディスプレイにするのはよくある事ですけど、そのディスプレイ、今はツブツブが遠目からでも判るくらいで画質を語るものではないんですよ。これの画質が“次元が変わる”レベルで向上すると、今まで感じたこと無い様なぜんぜん違うパフォーマンスが観られるのではないか、と睨んでいます。
それこそハリウッドのバーチャルスタジオではないけれど、そんな演出が出来るようになるとそもそも設営されるステージの構成が大きく変わるでしょう。それによってライブとかステージパフォーマンスとかの表現そのものに、例えばフィジカルと映像とを混ぜ合わせたオンステージARみたいな、革命的な新しい何かが生まれる気がします。
認知を活用したソニー「コグニティブプロセッサー」
麻倉:技術で表現が変わり、表現が新しい技術を呼ぶ、面白いですね。その意味で次に話すソニー「コグニティブプロセッサー」は、表現が呼び寄せた新技術と言えるでしょう。
人が物を見る時にどこに焦点を当てるかという無意識化の行動というのは既に判っていて、この新技術は人の認知に関わる部分を操作・強調して見せるというものです。“カクテルパーティー効果”というのがあるのをご存知でしょうか? うるさい環境でも会話中の相手の声が聞き取れる原理のことで、音は脳内で選別され、必要な音が重要情報として抽出されるそうです。
これは映像でもあることで、最も解りやすいのは、背景がボケて人物に合焦するという、ポートレートなどでよくある画です。映画の場合にはこのテクニックがディレクターズインテンションの表現として用いられ、人物に視線を集めるために背景をぼかすわけです。こういうシーンではコグニティブプロセッサーは効かないのですが、そうではなくパンフォーカスが多いスポーツ中継や比較的のっぺりした絵が多い地上波のドラマなどで、視線を当てたいポイントを見やすく操作してメリハリを付け、視線を操作・誘導します。
これは鬼才・近藤哲二郎さん的発想でしょう。と言うのも、近藤さんも2013年に大画面で視線を集める技術「ISVC(Intelligent Spectacle Vision Creation:脳内感動創造)」を作っているんです。大画面の場合は視線を動かした後でどこかに焦点を合わせる、その“どこか”のポイントに上手く視線を誘導させるような映像技術で、プログラム内部の構造は分からないですが、発想的に両者は同じです。
具体例を挙げましょう。スポーツで言うと、パンフォーカス撮影だと観客やら選手やらといった全面にフォーカスが合ってしまいます。そんな時に後方を強調せずに手前の人、つまり選手の輪郭を立てて、絵的にほんのりと目立たせる。これで自然と主体となる被写体に目線を集めるのです。
絵のジャンルは放送のメタデータで分けてAIで更に細分化、スポーツでもサッカーか水泳か、みたいなレベルまで分析します。それからコグニティブ処理で最適化・階層化をする。ソニーとしても新しい発想ですが、やり方は違えどこれはパナソニックでも同じ様な事を言っているんです。例えばスポーツなら芝生の緑は大事、だから緑を強調して臨場感を高める、みたいな感じです。
見ている方向は同じで、やり方が違う。ソニーはソニーらしい、カッコいい言い方ですね。
――スポーツに関して言うと、自分はモータースポーツが好きで2輪4輪を問わずに結構観ているんですけど、長年感じている事があるんです。何かと言うと「高画質のモータースポーツはスピード感がイマイチ」。
例えば2002年頃の、映像がまだSDだった頃と、最新の4K映像でのF1を見比べてみると、確かに今のモータースポーツはキレイで“よく見える”。でも“よく見える”が故に、おそらく被写体ブレに起因する映像のスピード感が、どうもスポイルされてしまっている気がするんですよ。倍速駆動などでキッチリ映るのは、それはそれで確かに凄い。でも“迫力”となると、何か違う、と。
そんな観点から今の話を聴くと、迫力の演出のためにあえてブレさせる、みたいな事がコグニティブAIで出来れば面白そうだと感じました。
麻倉:うーん、現状だとそれはおそらく出来ないかな。業界として今はよりキレイな方向へ向いていて、あえてブレを付けるのはどちらかと言うと映像加工の分野ですから。でもその視点は面白い。映像表現という視点において考えるべき問題です。
――そういうところをAIで「わざと加工しない、させない」という選択肢は絶対にあるはずです。「良い映像とは何だろう」と考えた時、キレイなだけが良い映像ではないですし、映像表現を考える上でこれは結構重要な観点だと思います。
麻倉:近年の業界動向で絶対に外せないのが、OTTにまつわる話でしょう。ニールセン・レポートでもストリーミングが伸びているデータが出ていますが、ベストテンのうち8つがNetflixという程に同社の人気は特に高くて、ストリーミング人気を牽引しています。
――それはよく解ります、何せNetflixは単純にありもののコンテンツを配信するだけでなく、凄まじい金額をかけてオリジナル作品を創りますから。
麻倉:そのNetflixのスタジオにソニーのCrystal LEDが入ったんです、これは業界にとって超重要ですよ。ソニーの自社グループであるソニー・ピクチャーズのスタジオに入るのは当たり前ですが、そうではなく第三者の、それも人気があって影響力が強いところに導入されている。これが大きいんです。
Netflixの場合、まずはバーチャルスタジオではなく、グレーディング作業などをやるスクリーンルームに導入するそうです。これを皮切りに、おそらくこれから他社もどんどん入れるでしょう。と言うのもソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツの小倉敏之氏が昨年の次点で「グレーディングは大画面の方が絶対良い」と言っていたんですよ。この意見をNetflixが拾ったカタチになります。
今Netflixは業界の寵児として、あらゆる動向が注目されています。そのNetflixの、ものづくりの中の最も中枢の部分にソニーのCrystal LEDが入った。するとハリウッドコミュニティで大きな影響を持ってくるでしょう。“Netflix×Crystal LED”の協業パワーが、映像づくりにおいて非常に大きな効果を発揮するのではないでしょうか。
300インチを家庭に? ハイセンスのレーザーテレビ
麻倉:ストリーミング業界の話に関連してもうひとつ、今は家庭で新作封切りされる時代になっていて、しかも客層としては年齢的に上のアダルト層が結構観ているんです。映画会社としては映画館で封切り、最低3カ月を待ってセルパッケージ化や配信という流れがありました。これは映画館との利益を守るための「シアトリカル・ウィンドウ」という取り決めですが、先述のNetflixには無縁の話ですし、更に昨年ユニバーサルとワーナーがここへ踏み込んだために業界騒然となりました。今では両者の構造が完全に逆転しており、それに伴って収益構造が大きく変わる、という話です。
スタジオ側には劇場部門とホームエンターテイメント部門があり、それぞれテリトリーが違います。その中でホーム側優先となると、家庭の中における劇場性が今までよりうんと高まってくるのです。何かと言うと、まず画面が大きくなる、次に高画質、最終的にはCrystal LEDの様な大スクリーンです。
この流れで注目したいのが、ハイセンスのレーザーテレビ。私は出始めの頃から定点観測していて、閻魔帳でも何度か触れています。内容はと言うと、2015年頃までは画質が悪かったものの、3レーザー光源になって画質も改善。サイズも昨年までは100インチと言っていたのが、今年は300インチをうたっています
――300インチて、NHK放送技研のシアタースクリーンと同じサイズじゃないですか。そんなの一般家庭のどこに入れるんでしょうね……?
麻倉:一般庶民はともかく、アメリカや中国の大富豪の邸宅にはそのくらい入る空間があるんでしょう。そういう世界のお話ですから。
テレビで言う大画面の基準は、これまでは80インチくらいでした。50インチくらいを基準にすると、これでも確かに巨大な画面です。ところがそれさえも小さく見える方向の巨大画面サイズが、家庭劇場には求められます。そこには当然音響設備も入ってくるでしょう。サラウンドシステムのパッケージ化などで「ホームシアター」と言う言葉は随分とお手軽になってきましたが、それとは一線を画する“家庭劇場”と考えると、ここにきて新次元に入ったのではないでしょうか。
そんなホームファースト、テレビファーストの時代において、スタジオがCrystal LEDで画を作るのはとてもメイクセンスしています。つまりデジタルの最先端映像制作はテレビによく合うし、それが逆転して、今度はテレビで良く見えるグレーディングをするようになる。これも小倉さんが言っていた事と合致します。今年の様々な動向を見ていると、新しい意味での家庭劇場はプロジェクターではなくLEDで。そういうリアリティーが見えてきました。
――我々ユーザー側から見るとなかなか面白い展開ですが、一方で映画と劇場の関係は気がかりでもあります。実際にシアトリカル・ウィンドウの件ではかなり揉めていたようですし。超巨大画面が家庭に入る時代になると、劇場の役割はどうなるのでしょうね?
麻倉:少なくとも従来のシネコンの様に、ただ新作を次から次へと流すだけとはいかなくなるでしょう。劇場はコミュニティーとしての役割が重要になるのではないかと思います。家庭は自分ひとり、あるいは家族と観る空間。対して劇場はコミュニティー的な集まりで、家では出来ない体験の共有に価値が出てくるでしょう。その意味で言うと、劇場ごとの企画力、あるいは映画愛というものが試される様になるでしょうね。