麻倉怜士の大閻魔帳

第45回

「今こそFMに目覚めよ!」サブスク時代に一石投じるフルデジタルFMチューナー

港北ネットワークサービスのフルデジタルFMチューナー「C-FT1000」(下)とTRIOの「KT-7000」(上)

ミュージックバード専用チューナーなどを展開する港北ネットワークサービスが、“フルデジタル”FMチューナー「C-FT1000/500」を発表。GREEN FUNDINGにてクラウドファンディングを開始した。FM電波を直接デジタル演算し「理論通りのFM音声を得られる究極のFMチューナー」と謳う。ラジオも含めてエアチェックがライフワークの麻倉怜士氏が、こんな面白そうな製品を見逃すわけもない。「これからの音楽はFM!」「全国の音楽ファンよ、今こそFMに目覚めよ!」との“金言”も飛び出した。

「C-FT1000/500」は、RFの電波信号を直接FPGAに入力し、デジタル信号処理で音声を得る「RFダイレクトサンプリング方式」を採用しているのが特徴。中間周波数に落としてから処理を行なう他のFMチューナーの追随を許さない、ハイクオリティのFM音声が得られるという。フルデジタル処理の利点を活かして、搭載する強力なマルチパスキャンセラー(MPC)が、刻々と変化する受信状況毎に学習、演算し、輻輳波を検知、除去できるという。

麻倉氏が試用した上位機種C-FT1000は、DACチップにESS製「ES9038PRO」を搭載。192kHz/24bitのハイレゾ音声でチューナー基板から出力されるデジタル音声信号を余すことなくアナログ音声に変換する。さらにCRYSTEKのオシレーター「CCHD-950」で100MHz駆動させることで、DACチップの能力を最大限に引き出している。音声系統はリザーブ電源で駆動。音声出力端子に一体成形タイプの部材を使うなど、高音質部材を各所に使っているのもポイント。

価格はC-FT1000が318,000円、C-FT500が218,000円。クラウドファンディングは11月18日締切で、製品は2023年1月以降に順次出荷予定だ。

ラジオの良いところは「いい曲と偶然に出会えること」

――radikoやNHKの「らじる らじる」のネット配信、そしてテレワークの普及により、以前よりも“ラジオが身近になった”人は増えているようです。

麻倉:FMラジオの面白さは、偶然に面白いものが耳に入ってくること。サブスクでは、誰かが作ったプレイリストを聴くこともありますが、基本的には自分の好きな曲やジャンルばかりを聴きがちで、そこから先に広がりませんね。

例えば、自分はポップスが好きだからとポップスをよく聴いている人も、聴いてみたら、本当はクラシックが好きかもしれない。でも、自分の好きなジャンルばかり聴けてしまうサブスクでは、それに気づくチャンスすらありません。そういった潜在的な嗜好が顕在化しにくいんです。

それに対して、ラジオの良いところは、良い曲と偶然出会えること。FMラジオの番組はセレクトショップが集まっているような感覚です。番組ではディレクター、プロデューサー、脚本家、DJといったプロが選曲してくれます。そのなかには自分好みの曲もあれば、そうではない曲もある。でも、昔のヒットソングは、みんなそういう感じで聴いていました。

私は民放局はまったく聴いていないので、これはNHK-FMに限った話ですが、NHKはあまりコマーシャライズもしませんから、そういう点で新しい曲、いい曲に遭遇できる確率が高い。自分の好み、音楽的なリソース、データベースが増える感覚もあって、それが大きな魅力です。

私がよく聴いているクラシック音楽の番組は、「名演奏ライブラリー」や「音楽の泉」などで、昔から続いている番組です。音楽の泉は1949年放送開始で、テーマソングはシューベルトの「楽興の時第3番ヘ短調」。これを聴くと落ち着くというか、“自分自身を聴いている”ような感覚になります。

こういった長寿の定番番組があって、パーソナリティが変わっても落ち着いた雰囲気は変わらず、「この人が言うなら信じよう」という説得力がある。そういった信頼感があります。

もうひとつ、よく聴いているのがライブ演奏の番組。NHK-FMでは月~金曜日の夜7時30分から「ベストオブクラシック」という帯番組をやっています。NHKはヨーロッパ各国の放送協会と提携しているので、現地の演奏会の音源を聴くことができます。

セッション録音は完璧さやバランス、整然さを求めるものですが、ライブは“燃え上がる”もの。放送も1回だけですし、演奏者にとっても、我々視聴者にとってもライブなわけです。燃える演奏が聴けるメディアは、なかなか他にはありません。

それからやっぱり音質もいい。サブスクでもハイレゾ音源を配信するサービスが増えてきていますが、基本的にはAACなど圧縮音源がメインです。それに比べると、FMは音が良い。FM自体が持つ音質の良さもありますが、今は放送局の内部は全部デジタルになっています。つまりデジタルの“ちゃんとした音”をアナログのFMで飛ばしているんです。デジアナ放送ですね。

麻倉邸の前にそびえ立つアンテナタワー

しかし、良い音でFMを楽しもうとすると受信するのが難しい。相当いい感度で受信できないとノイズが出てしまいます。我が家の目の前には電信柱よりも太くて異様に大きく、高いアンテナタワーがあります。最上部には東京タワーに向けてVHFアンテナがあり、当初はアナログテレビとFMラジオ兼用でしたが、地デジになってからはVHFアンテナをFM受信専用にしています。しかし、これでも最高感度ではありません。

それでも、ある程度以上の感度が出る地域だと、FMはとても音が良い。インターネット経由で聴くよりも遥かに音が良いですし、ちゃんとしたアナログサウンドで楽しめます。音がいい、選曲がいい、ライブも聴ける、それを録音すればいつでも聴ける。これがFMの魅力です。

フルデジタルFMチューナーで“真のFM”を聴け!

――今、生まれてからラジオをradikoでしか聴いたことのない人も結構居ると思いますし、FMの音の良さを体験したことのない人も多い気がします。

麻倉:FMは音の良さをウリにしていたけれど、それが当たり前になってしまうと、やはりアナログでの受信の難しさという問題が出てくる。それに対して、ネットを使えばどこでも、しっかり、それなりの音で聴ける。しかもノイズはありません。

もちろんネット経由で聴いても、各番組が持つ基本的なプログラミングの良さやメディアとしての面白さは楽しめますが、やはり音の良さも体験してもらいたい。

「C-FT1000」

そういう点で、今この製品が出ることには大きな意義があります。このFMチューナーを作っている港北ネットワークサービスは、私が番組を持っているミュージックバードのチューナーも作っているメーカーです。その技術を使って作ったのが、このFMチューナーなのです。

林輝彦さんという天才的な発明家が考案した、検波したアナログ信号をそのままデジタル化してしまう「RFダイレクトサンプリング方式」という仕組みが入っています。まさにデジタルチューナー。高周波をそのままデジタル化するという、とんでもない仕組みです。

従来のアナログ検波方式で製品を作っただけではイノベーションがありませんから、メーカーとしても面白くない。しかし、これは扱っているメディアこそ、FMという従来からあるものですが、テクノロジーは最先端が詰まっています。

しかも、チューナー内でマルチパスを除去できます。ゴーストがいっぱい入ってくる信号に対して、「これは正しい信号なのか、間違った信号なのか」をデジタル上で判別して、間違っているものをすべて除去する。これはアナログにおける大きな問題点で、昔でもゴーストが多かったのに、これだけ高層ビルが多くなれば、ものすごい量のゴーストが入ってしまうわけです。

私の家にある立派なアンテナでさえ、歪が出たり、ノイズが出たりすることもある。しかし、このチューナーには、デジタルテレビなどと同じような除去技術が入っていて、かなりの程度、追放できます。

普通の3素子・5素子くらいのアンテナさえあれば、今までだったら影響を受けていたであろうゴーストが、このなかでキャンセルされる。最新のデジタル技術を使ってアナログ技術の問題点に対策しているところも、テクノロジーとして面白く感じます。

その意味では、ワン・アンド・オンリーですごく芳醇な音楽世界に、いい音でアクセスできる画期的なFMチューナーですね。特に今はクラウドファンディングをやっているので、そこで支援すれば一般販売価格よりも少し手頃に入手できるはずです。

また、これも声を大にして言いたい。「あなたはFMを聴いているつもりだろうけど、実際には聴いてないのと同じだよ」と。ネット経由で聴いていては、本来FMが持っているパフォーマンスの30%程度しか聴けていないんだよと。みなさん、radikoやらじる らじるで、そこそこラジオは聴いているじゃないですか。でも、あれは私に言わせれば圧縮された“とんでもない音”なんです(笑)。

本来、FMは(正確に言うとNHK-FMは)オーディオ的にもすごく情報量があって、しっかりとした音です。このチューナーなら“真のFM”が聴けます。サブスクとかネットは当たり前、大衆的ですよ。これから、もう一段、二段上のオーディオを目指すなら、FMです!(笑)。

――そう考えると「FMの音の良さ」で、オーディオ製品を選んだ経験すらない人も多いかもしれませんね。

「KT-7000」

麻倉:私が今メインで使っているFMチューナーは、TRIOの「KT-7000」。私は、紛争で東大入試が中止になってしまい、今の東大と同じくらい入るのが難しかった早稲田大学と横浜市立大学に現役で合格したんです。そのご褒美にコンポーネントを父にプレゼントしてもらった。その時に選んだのがコーラルのスピーカーと、TRIOのチューナー、AFX-31でした。その翌年の1970年に買ったのが、このKT-7000でした。

当時、このTRIOのチューナーには、7000のほかに、上位モデルのKT-9000、下位モデルのKT-5000というのがありました。聴き比べてみると5000と7000は全然音が違いました。5000は、なんというか“Spotifyみたいな音”で、帯域も狭くて、艶のない音でした(笑)。

それと比べると7000はとても音が良くて、今聴いてもその印象は変わりません。当時はすごく感動しましたね。オーディオ機器というと、安い製品は刺激的で“ドンシャリ”で、耳につくという印象。しかし、値段が上がるにつれ、段々と大人しくなって、滑らかで深みのある音が出てきます。TRIOのチューナーも同じで、「値段が上がれば音も良くなるんだな」という原体験がありました。

しかし、今はFMが聴けるミニコンポもなくなってしまいました。FMチューナーが入っているAVアンプもありますが、あれはいかにも“オマケ”といった感じです。今ラジオの聴き方はスマホ+radikoが主流で、みんなイヤフォンで聴くわけですよね。

「C-FT1000」にはディスプレイも搭載されている

KT-7000は、アナログメーターを見ながらチューニングしますが、C-FT1000はディスプレイがあって、受信状態も手軽に確認できます。プリセットも10局分用意されています。

音声出力はアナログだけじゃなくデジタルの同軸も出ているので、高級なDACをお持ちの方はさらに高音質が期待できます。いわゆるエアチェックは、アナログをコルグのAD/DACなどでデジタルにしてPCに録音できます。でも同軸デジタル出力で簡単に録れるレコーダーが、ないのが残念です。

「C-FT1000」背面

要望ですが、背面にHDD用のUSB出力が欲しかった。“全録”レコーダーのように、HDDをつなげば自動で録音できたり、タブレットと接続して、再生などのコントロールができれば嬉しいですね。現代風に、いつでも、どこでも楽しめるようにする次の工夫も、クラウドファンディングが成功したら、(今後の製品などで)期待したい。

民放のFM局は、エンタメ志向というか情報志向というか、生活メディアのようになっています。音質も人工的ですが、NHKだけは昔から姿勢が変わらず、生活を考えていない(笑)。音楽だけしか考えていないから、NHK-FMは信頼できるメディアだし、どんどん出てくる新曲だけでなく、旧譜の発見もできます。

“愛する曲発見メディア”として活用できると思うんです。もともと音がいいんだし、それをそのまま録音しておけばいい。FMの良さを考えて、体験してみるというのは、どこでも音楽がある今だからこそ、とても重要な切り口、音楽行動なんじゃないかと思います。

音楽にとって“新曲”は重要。でも、その“新曲”というのは、その時代の新しい曲というより、自分にとっての新曲のこと。そういった発見は、これからの音楽生活に絶対必要だと思うんです。今まで聴いてきた100曲しか今後聴かないというわけにはいきませんから。

新曲と出会うためにどういう手段があるかと考えたときに、NHK-FMは最高の手段だと思っています。こんな価値ある曲を無料で聴けるんですよ。テレビを観る分には受信料が必要ですが、ラジオなら無料ですしね(笑)。

もちろん、radikoが流行っているのはいいこと。みなさん、FMというものは聴いているわけですから。ただFMは“Frequency Modulation”の略であって、Frequency Modulationで聴かなくちゃいけません。レコードに目覚めたような人は、このFMチューナー(C-FT1000)も好きになると思います。「全国の音楽ファンよ、今こそFMに目覚めよ!」と言いたいですね。

FMは“人間的”で、1日聴いていても飽きない

――ライブ感や、音楽との偶然の出会いなどは、今の時代にこそ重要な要素かもしれません。

麻倉:FMは日本最古の音楽メディアと言っても過言ではありません。1950年代にモノラル放送が始まって、'60年代にはステレオになりました。ステレオが普及した60年代はレコードがものすごく高かったんです。当時、私は小学生でひと月のお小遣いが200円だった時代に、レコードは2,300円もしたんですよ。

そういうときに、FM放送は夢の音楽ソース。当時はステレオ放送も始まっていて、音がとても良かった。「この音源をどうにか残したい」と思って始めたのがエアチェックでした。

昔はFMしか音源がなかったから、FMに頼っていましたが、今はそんなことをする必要はなく、エアチェックする必要もありません。サブスク、ストリーミングで自分の好きなものが、好きな時に聴けますからね。

その一方で、今はレコードが盛り上がっています。これは便利さの反動だと思うんですよ。ちゃんと手を掛けて愛情込めて再生して、好きな音が出てくるのが幸せ、みたいなところもありますよね。

FMチューナーもそれに近い印象で、ちゃんとチューニングしてあげて、しっかり良い電源を取ってあげれば音質も変わりますし、オーディオボードを変えてあげれば、音質が変わります。オーディオ的な使いこなしをしてあげれば、当然音が良くなります。

そういう点で、FMには“人間的”なところがあります。アナログ波で来ているところも含めてね。ただオーディオ用のFMチューナーを製品として出しているのはアキュフェーズくらいで、価格も高い。しかし、今回のFMチューナーはC-FT500が218,000円で、クラウドファンディングで支援すれば多少リーズナブルに購入できます。

FMは、今はほぼ絶滅しているメディアではありますが、送り手は昔から変わらず、ちゃんと送信しているわけです。しかも音質は以前よりも格段に良くなっています。これをひとつの音楽ソースというか、音楽セレクトショップのように使うのは、音楽ファンにとって面白い試みだと思います。聴いたことのない曲と出会えてレパートリーが増えますし、ライブ演奏も楽しめる。こんな贅沢な音楽を放送してくれるところはありません。

しかも、NHK-FMにはアルバム全曲を流す「夜のプレイリスト」という番組もあります。そこにひとつのこだわり、美学があると思うんです。

アーティストやプロデューサー側は、アルバムを作る時に、考えに考え抜いて楽曲を選定し、それを編曲して、収録する順番を考えて、ひとつの作品として作っています。それなのに聴き手側は「好きなのは3曲目」と言って、その曲しか聴かなかったりする。

もちろん、そういった聴き方も良いんですけど、それではアーティストの世界観のごく一部にしか触れられません。そういう点で、全曲を通して聴ける番組が今でも存在することは貴重です。

――アルバムをスキップしないで我慢して聴いてみる、という体験をすることで「実は嫌いだと思っていた○曲目、意外と良いじゃん」という発見につながることもあります。

麻倉:例えばアルバムの中には、「ヘ長調の楽曲の次にはニ短調が来る」といった関係性(同音異調転調)があったりします。全曲通して聴くことでそういったことが見えてくるわけです。

ほかにもNHKには片山杜秀先生がやっている「クラシックの迷宮」という番組があります。大学の講義みたいな内容で、ただ楽曲を聴くだけではなく、曲の持つ意味や意義、歴史的な視点など、そういった流れで楽曲を紹介する番組です。音楽の世界観への理解度も深まりますし、ライナーノーツを読んでもよく分からない作曲家の独特な人間関係や愛憎劇なども紹介してくれるんです。

ちなみにこれまでに聴いた番組のなかで、一番愛している番組は2017年8月にNHK-FMで放送された「ポピュラーミュージックヒストリー~発展の歴史と舞台裏」。フジパシフィックミュージック代表取締役会長の朝妻一郎さんが出演した番組で、これが本当に面白い。

音楽著作権の立場から、アメリカのポピュラー音楽の発展を研究してみたという内容で、単に音楽史をなぞるのではなく、例えばなぜエルヴィス・プレスリーという歌手が生まれてきたのか、なんでキャロル・キングがあの時代に出てきたのかといったこと、ヒットソングの生まれる過程というか、人間の愛憎劇や、偶然によるヒットソングの誕生を音楽著作権の立場から解説する番組でした。私はこれをCDに焼いていて、今でも車を運転しながら時々聴いています。

かと思えば、「夏の名曲特集」と題して、'70年代の楽曲を流すような番組もある。1日中聴いていても飽きません。これは伝統が持つプログラミングの強さと、今のプロデューサー、ディレクターの選曲やナレーション、スクリプトなど、そういったものが総合的に聴ける素晴らしさですね。FMラジオ、これは“Don't miss it”メディアですよ。

麻倉怜士氏
麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表