麻倉怜士の大閻魔帳

第46回

“有機ELエバンジェリスト”が語る有機ELの過去と未来。銘機ソニー「XEL-1」に大興奮

“有機ELエバンジェリスト”麻倉怜士氏。手に持っているのはソニー「XEL-1」

“有機ELエバンジェリスト”を自認する麻倉怜士氏が7月、3年ぶりに韓国・LGディスプレイを訪問。製造拠点であるパジュや、研究開発拠点である「LGサイエンスパーク」(ソウル市マゴク)を訪れ、有機ELディスプレイの最前線を取材してきた。特に今年LGディスプレイが発表・供給を開始した最新パネル「OLED.EX」は、「有機EL有史以来、初めての大画質改革」になっているという。

奇しくも、国内市場では7月にソニーがサムスンディスプレイの新型有機ELパネル“QD-OLED”を採用したブラビア「XRJ-55A95K」を発売し、LG製有機ELパネル採用製品とサムスン製有機ELパネル採用製品が揃う格好となっており、両者の違いは気になるところ。そこで今回は、有機ELの歴史を振り返りつつ、両陣営のパネルの特徴を改めて紹介する。

“延命剤”により輝度が30%向上したLG「OLED.EX」

――LGディスプレイは有機ELパネルの大型化だけでなく、パネル自体の改良にも力を入れています。1月のCESでは輝度が最大30%が向上した「OLED.EX」を一般公開していて、これはさっそく今年の新製品にも使われています。

LGディスプレイは2022年1月のCESで「OLED.EX」を一般公開した

麻倉:OLED.EXは、2021年12月30日に韓国・ソウルにあるLGサイエンスパークという研究所で発表されました。ポイントは輝度をいかに上げるかということ。またLGのすごいところは、全メーカーに同じパネルを供給するところ。今年4月出荷分以降はすべてEXパネルになっているそうです。

去年登場したevoパネルは、(それ以前のパネルから)中の構造が変わっていました。白色有機ELといっても、中には20層くらいある。20層くらい蒸着するのですが、その順番を変えたりすることで、輝度が少し上がりました。

それに対して、このEXパネルは画期的なもので、水素の代わりに重水素を使っています。そもそも有機ELは自発光素子なので、輝度を上げるために電流の量を増やすと、必ず熱が出てしまいます。そのため信頼性、安定性、寿命の問題が立ちはだかる。

これに対して、LGディスプレイは寿命を長くすること、効率を上げることの2方面からアプローチしました。このふたつは矛盾するもので、尹洙榮CTOは「寿命を長くすると効率は落ち、効率を高めると寿命が短くなるという問題がある」と語っていました。

ブレイクスルーのきっかけは、印刷法を開発している部門がもたらしました。もともと高分子型の印刷で耐久性を上げる目的で重水素を使っていたのですが、この重水素が低分子にも使えることが分かったのです。有機ELでは蒸着工程で水素を使っていますが、低分子ですから、同じように重水素に変更できるのでは……というわけです。

ちなみに、なぜ重水素で寿命が延びるのかというと、水素に比べ、ベンゼンの結合力を格段に緊密にさせるから。結合が強いということは、その分、結合が弱まるまでの時間も長くなります。蒸着プロセスでは、さまざまな部分に水素が含有されていますが、そのうちベンゼン結合に関わる水素だけを重水素に置き換えているそうです。

そして寿命が延びれば、“輝度との交換”が可能です。重水素を使うことで延びた寿命が、有機ELテレビとして通常の耐久年数を超えるなら、その“余分”を輝度向上に回せます。つまり、寿命が伸びることで、「明るいんだけど寿命が短い」という素材を混ぜて使えるようになるんです。

――今まで使えなかった素材を明るさ重視で使えるようになるわけですね。

麻倉:重水素が“延命剤”のように働くのです。このおかげで輝度が30%上がりました。正確には十分な寿命が確保できるので30%分を輝度に回せたということです。輝度の値は詳しく発表されていませんが、これまでのパネルのピーク輝度が1,000nitsくらいだったはずなので、1,300nitsくらいにはなっているのかなという印象です。

EXパネルのインプレッションについては、すでにパネルを使った製品が出ていますから、最新モデルのインプレッションそのものです。コントラストがはっきりして、色再現も良くなったなど、最新の有機ELテレビはそういう特徴があります。

――そうなると気になるのは、QD-OLEDのほうです。

QD-OLEDパネルを採用した65型「XRJ-65A95K」

麻倉:QD-OLEDの良さは、明るいところの発色の良さ。カラーボリュームで言うと、白色有機ELは上が細く、つまり明部の色再現範囲が狭くなりますが、QD-OLEDの場合はそうならない。ゲームのCGやカラーチャートなどでは、これが効いてきますね。

ただ問題は、その性能を最大限に生かす画が少ないこと。たしかにLGの白色有機ELは、白色をカラーフィルターで分解するので色再現性がいまひとつという指摘があります。当然そうなんですよね。(色再現性は)RGB発光のほうがいいに決まっていて、これがQD-OLEDの論拠にもなっています。

しかし実際は、大きな問題にならないことが学会で発表されています。BT.2020色域の端に位置するような、極端な赤や青は、たしかにRGB発光方式でないと表現できません。ところが、我々が観ているテレビ番組や実世界は99%(BT.2020色域の)中央だけで表現できてしまうのです。

以前、国際的なディスプレイ学会、SIDの会長であるコニカミノルタの辻村(隆俊)さんにインタビューしたことがあります。彼はKodakにいた人で、有機ELにも携わっていた。Kodakは写真メーカーですから、全世界で撮られる写真の状況を把握していて、それを分析しているんです。その結果、スペクトラムで言うと(BT.2020色域の)端に位置する原色みたいなところにはほぼデータがなく、ほとんどが真ん中に位置しているというのです。

指摘があるように、白色有機ELでは原色に近い色の再現は難しいですが、色域の中心付近は問題なく再現できます。RGB塗り分け方式は当然、真ん中も端も再現できますが、カラーフィルターを使えば普通の色再現は十分にできます。なので、普通の画はあまり差がありませんね。

あとQD-OLEDは黒が浮きます。特に周りが明るい環境で感じますね。赤くて霞のような粉っぽさです。「有機ELなのに?」と思うかもしれませんが、これはパネルの外光反射特性の影響です。パネル自体の問題です。

別の言い方をすれば、暗い部屋では黒がしっかり沈むのですが、明かりをつけると、その反射で黒が浮いたような印象になります。電源を切っても、霞と着色はそのままです。これはソニーの製品でも、サムスンの製品でもまったく同じ現象でした。黒がちょっと赤みを帯びて浮くんです。

それ以外は普通の有機EL。OLED.EXもQD-OLEDも、どちらもいいなと思います。OLED.EXパネルは全社に行き渡っているので、最新モデルを買えば体験できますが、QD-OLEDに関しては現状採用しているのはソニーだけ。それもバリエーションは多くありません。

私もいろいろな人に「ソニーからQD-OLEDが出ますが、どうですか」と聞かれますが、全体を見て、好みの画質や機能性、デザインなどを選んで買うほうが、今の段階では良いかなと思っています。

QD-OLEDについては、例えばレグザやパナソニックなど、他のメーカーで採用例が出てくれば、そこに個性が生まれるので、“QDワールド”みたいなものができるかもしれませんね。

――有機ELは、その用途も広がりつつありますね。

IFA 2022で発表されたLGの97型有機ELテレビ「97G2」
「LG OLED Flex」の「LX3」

麻倉:LGは大型化をどんどん進めていて、8月のIFAで発表があったように97型まで大型化が進みました。そのIFAでは曲率を変えられる42型の有機ELテレビ「LG OLED Flex LX3」も発表されていて、あれこそ映画にふさわしいと思います。

もっと大型であれば、ニュースを見るときはフラットにして、映画を見るときは曲げるといった使い方ができる。湾曲率も20段階から手動で変更できるようですが、もっと自由に変えられればいいですね。

もうひとつ面白いなと思ったのはBtoBですが、透明ディスプレイにも力が入っています。3年前のIFAでパナソニックが冷蔵庫のパネルを透明ディスプレイにしたものを展示していました。あれは製品化されていませんが、透明ディスプレイ自体はBtoBは実用化が進んでいる例が多い。青森の陸奥鉄道でも採用されています。

「技研公開2022」に展示されたNHKとシャープが共同開発した30型4Kフレキシブル有機ELディスプレイ

あと私が見たなかで面白かったのは、地下鉄の窓に透明ディスプレイを入れたもの。普段は壁しか見えませんが、いろいろな景色や広告を映したりしていました。それとNHKが技研公開で発表していた曲げられるディスプレイは、引っ張りにも強いそうなので、もしかしたら「絆創膏ディスプレイ」のようなものもできるかもしれません。

――活用という面では液晶のほうが柔軟に使われていたイメージですが、最近は有機ELも“高嶺の花”のような扱いをしなくなりつつある気がします。

麻倉:スマートフォンも有機ELを使ったもの、それを曲げたり、折ったりするものも出てきています。そういったガジェット的なデバイスから、97型の大画面テレビまで活用が広がっているわけです。

個人的に液晶は気軽で安いというか、入門機というポジションで、あまり高級機に行ってもな……と思ったりします。

有機ELは「CRTモニターの後を継ぐもの」

――ところで、麻倉さんは“有機ELエバンジェリスト”を自認していますが、そのきっかけを改めて教えてください。

麻倉:そもそもCRTモニターの画質がすごく良かった。20世紀の最後というのは、ソニーがスーパーフラット・トリニトロン管を搭載したテレビを発売して、これが大ヒットしました。SD解像度ながら、その完成度は極地に達していましたね。

ブラウン管というのは、電流を上げるとビームが太ってしまうのでフォーカスが落ちて、ボヤッとした画になるんです。だから、ちょっと暗めの部屋で見るのがセオリー。

「BVM-2012」

私の家にはソニーのマスターモニター「BVM-2012」があります。当時MUSEハイビジョンが出てきて、この4:3のテレビのなかで16:9のレターボックス映像を、ある程度近い距離で見ると「なんだ、この精密画質は」と驚かされます。しかもブラウン管だからコントラストも良くて、ギラギラしすぎてもいないのです。

そんなブラウン管から、薄型テレビに時代が移ると、最初はプラズマ、液晶という方式が戦いを繰り広げました。しかし、これが酷い画質で(笑)。「ナニコレ?」という画質なんですよ。そもそもプラズマには階調というものがないので、時間的に発光を弱くしたり、遅らせることで(階調を)表現しなければならなかった。そのため黒が浮くんですが、さらに暗部ノイズがとても多かった。

ソニーが試作した13型有機ELディスプレイ

そして、当時の液晶はプラズマの倍くらい悪かった(笑)。当時から、僕は“液晶三悪”という言葉を使っていて、それは「コントラストが悪い、動画がボケる、視野角が狭くて横からは間違い画質」の3つでした。そう思っていたところ、2001年にソニーが有機ELディスプレイの大型化技術「TAC」の開発に成功して、13型フルカラー有機ELディスプレイを試作したんです。これは見て驚きました。

プラズマテレビは、究極的には黒が浮いていてコントラストが問題。そして液晶テレビは、はじめからコントラストの問題を抱えていました。まったくコントラストの問題を抱えていないという点で、有機ELはいい。CRTの後を継ぐものと言えると思います。

――当時から有機ELは、プラズマや液晶とは次元の違う映像でした。

麻倉:ブラウン管というのは、色もいいし、コントラストもいいし、階調もいいんだけど、唯一フォーカスが悪かった。さっき言ったように明るくしようとするとボケてしまう。フォーカスは画素で作るので、プラズマや液晶の薄型テレビはフォーカスはそれなりによいのですが、黒は浮くわ、表示は遅いわ、色は変だわ、視野角は狭すぎるわで。

ところが、有機ELはブラウン管の良さを持っていた。つまり、ちゃんとコントラストがあって、黒が締まっていて、階調もそこそこある。しかも画素型の良さとして、フォーカスの良さも持ち合わせている。これはもう最高だなと思いました。そこからは“液晶撲滅宣言”と言っていました。「少なくとも僕の家に液晶は入れないぞ」と。結局8Kの液晶テレビを導入してしまいましたが(笑)。

2007年にはソニーが唯一の民生用、自社生産の11型有機ELテレビ「XEL-1」を発表・発売しました。当時から僕は“液晶撲滅”を掲げていたので、発表会で当時の井原(勝美)副社長に「いつ液晶は辞めるんですか」と質問したくらい。「液晶はやめません」と回答されましたが(笑)。

麻倉氏所有の「XEL-1」

とにかく、このXEL-1は凄い。画素的には940×540ドットで、ハーフ・フルHDなんです。私の部屋にかつて、目の前にパイオニア製でフルHDの50型プラズマテレビが置いてありました。それに対してこのXEL-1の画素数は1/4なわけですが、画質はどう見てもXEL-1のほうが上でした。ひとつは小さいことで凝縮効果が生まれているんですが、もうひとつは絶対的に黒の再現性がとても良い。このXEL-1は、今も私の家にありますよ。

ただ、ここまでが日本メーカーの華でしたね。

――その後は、テレビ向け有機ELパネル開発で海外勢に対抗するために、2012年にソニーとパナソニックが共同開発で合意。しかし、わずか1年後の2013年末に共同開発契約を打ち切ると、2014年には両社とも有機ELパネル開発から撤退を表明してしまいました。

麻倉:ここから話が韓国に移ります。韓国陣営も早くから有機ELにトライしていました。有機ELのポイントは、有機EL発光層をどうやって作るか。どういう構造にするか。もうひとつ、TFTのIGZOを、どうやって実装するかも難しいポイントでした。私はこれまで10回以上、LGディスプレイを訪れていますが、今から4~5年前に話を聞いたとき、2010~11年あたりでいかにIGZOを実装するのが大変だったかを聞きました。

そういう意味では、日本メーカーが資金の問題などで先細りになっているとき、当時の韓国は日本を追う立場でしたが勢いがあって、例えば有機ELを発明したKodakとも提携していました。

2000年代にはサムスンにも足を運びました。当時、液晶と有機ELのどちらに注力するかというタイミングで、意見を求められたんです。そのときに見比べたのがシャープ製携帯で画素がすごく多い液晶、もうひとつはサムスン製で画素が少ない有機EL。これも誰が見ても有機ELのほうが綺麗でした。

でも、言いたいのはそこではなくて、当時訪れたサムスン社内に日本人がたくさんいたこと。やけに日本の技術者が多くて、私を見てバツの悪そうな顔をしていましたね(笑)。日本から人を引き抜くとか、技術をまるごと持ってくるとか、そういう意味でも、サムスンはやる気に満ちていました。

先ほども説明しましたが、サムスンとLGで大きく違うのは有機ELの方式です。サムスンがRGBの塗り分け方式だったのに対し、LGは全面白色です。LGに聞くと「塗り分け方式は絶対だめだ」と言っていました。

なぜかと言うとファインメタルマスクがたわむから。ファインメタルマスクには穴が空いていて、そこに赤や青、緑の有機ELを順に蒸着してRGBを作るんですが、その名のとおり金属製なので、55型あたりを境に、重さでたわんでしまうんです。これが原因で絶対に大型化は無理だと。確かにサムスンは一度55型を出しましたが、途中で引っ込めてしまいました。

LGはこの問題を把握していたので、全面を白色にして、あとからカラーフィルターをつける、つまり今の方式でなければ、絶対に量産化できないと言っていました。(RGB塗り分け式は)1台は作れても、たくさんは作れない。そして、実際にそのとおりになり、サムスンは有機EL市場から一度撤退しました。

色再現性の問題については、先に解説したように白色有機ELでは原色に近い色は再現できませんが、色域の中心付近は問題なく再現できます。RGB塗り分け方式は当然、真ん中も端も再現できますが、実際に必要なのはどっち? という話題になると、やはり製品として出せないといけないわけです。カラーフィルターを使えば普通の色再現は十分にできます。そういう観点でスタートしたのがLGでした。

「BVM-X300」

ただ結局、RGB塗り分け方式も頑張れば製品化はできます。ソニーのマスターモニターに30型有機ELの「BVM-X300」というのがありますが、あれくらいのサイズなら問題ない。50型以上になると、たわみの問題が出てきてしまうわけです。

それでもサムスンは小型の有機ELディスプレイ市場では強い。アップル製品が代表例ですね。そういう意味で小さいものの有機ELはサムスンの天下。対してLGは大型化をどんどん進めています。

サムスンはQD、量子ドットという技術自体は液晶でずいぶん使っている。そのような考えからすると、青色で発光するLEDというバックライトで製品を作ることはできているので、それを有機ELに転換したのがQD-OLEDなわけです。ただネックは値段が高いこと、先ほど言ったように採用メーカーが少ないことですね。

麻倉邸で眠っていた「XEL-1」に一同興奮

「XEL-1」はユーザーインターフェースにXMBを採用

取材終了後、せっかくだからと麻倉氏に「XEL-1」を引っ張り出してもらったところ、XMB(クロスメディアバー)や外観など、そのデザインの高さに改めて編集部員は驚愕。HDMI入力も備えているので、Blu-rayプレーヤーを接続して、4K Ultra HD Blu-ray「宮古島 癒やしのビーチ」のチャプター4を再生してみるとハーフ・フルHDとは思えない画質の高さに、麻倉氏も驚きをみせた。

――XEL-1は、有機ELが個人で買えると思っていなかった時代に出た製品なので、「未来のテレビだ」と驚いたのを覚えています。

「XEL-1」でビコム「宮古島 癒やしのビーチ」を再生したところ

麻倉:発売当時から自宅にありましたが、超貴重なのでほとんど使っていなかったので新品同様(笑)。1時間くらいしか使っていないんじゃないかな。画質はハーフ・フルHDとは思えないですよね。今発売しても人気が出そうです。

本体のデザインも素晴らしいですよね。今でも活用できると思います。これを見たら、誰でも虜になりますよ。2006~7年あたりの、“あまり調子が良くないとき”のソニー製品ですけど、日本のものづくりでも特別な存在と言えます。“究極のパーソナルテレビ”という感じがしますね。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表