麻倉怜士の大閻魔帳

第44回

“奥行き”を指向するレグザとソニー。LGには苦言を。'22年TVチェック 後編

65型「65X9900L」

5月10日のパナソニックの新型ビエラを皮切りに、各社からテレビの2022年モデルが発表され始めた。今回はTVS REGZAとLG、そしてソニーの新モデルから気になったポイントを、麻倉怜士氏が独自の目線で解説する。

TVS REGZAは5月17日に次世代エンジン「レグザエンジンZRα」を搭載した4K有機ELテレビ「X9900L」シリーズ、ブランド初のミニLED×量子ドットの4K液晶「Z875L/Z870L」シリーズを発表した。このうちX9900Lでは輝度性能を高めた最新世代パネルと新開発の高冷却インナープレートにより輝度が従来比で2割向上している。

LGは、5月19日に昨年発表の「LG OLED evo」の色再現性と明るさをさらに向上させた「LG OLED evo Gallery Edition」を最上位モデル「OLED G2」シリーズに追加。有機ELテレビとしては「C2」、「B2」、「ART90」の計4シリーズで展開し、画面サイズも有機ELテレビ史上最小の42型から最大83型までラインナップした。

そしてソニーは、今季国内で唯一、QD-OLEDを搭載した有機ELテレビ「A95K」シリーズを発表。さらにミニLED液晶テレビ「X95K」シリーズも発表し、QD-OLED、OLED、ミニLED液晶、液晶と4種類のディスプレイを使ってラインナップを拡充している。

新エンジンで「奥行き」指向が出てきたレグザ

――パナソニックとシャープに続いて2022年モデルのテレビを発表したのはTVS REGZAでした。

新映像処理エンジン「レグザエンジンZRα」

麻倉:新映像処理エンジン「レグザエンジンZRα」によって絵作りに新しい傾向、「奥行き」指向が出てきました。解像度が2K、4K、8Kと向上し、画像情報量が充足され、さらにハイ・ダイナミックレンジで、暗部から明部まで光の再現性も向上しました。これらは2D画面としての改善の話ですが、ここまで画質が上がると、奥行き方向が認識できるシーンも散見されてきます。

例えば手前に人物が、背景に遠くの山という映像では、解像度が上がり、光のダイナミックレンジが拡大してくると、自然に2D画面であっても、何らかの奥行き感が感じられます。これは大画面になればなるほど、没入感が強まり、2Dでも、奥行きを感じる方向になります。

これはナチュラルな奥行き再現の話ですが、今回は画質エンジンが明確な“意図”を持って奥行き描写を行なうんです。正確に言えば、これまでプロセッサーが奥行き再現を阻害していたんですが、今回はそれを是正する方向に動きました。

「AIナチュラルフォーカステクノロジー」

以前、TVS REGZAの半導体ラボ長である山内日美生氏にインタビューしたとき「手前に被写体が、その奥に背景が広がるといったような画像では、背景に超解像処理がかかりすぎると奥までくっきりしてしまうことがありました。今回は、遠くにある物は遠くまで広がるようにしたい」と話していました。

そこで、ニューラルネットワークを使い、エリアごとにフォーカスが合っている部分と、アウトフォーカスの部分を検出し、合焦部分には超解像処理を掛け、ボケている部分には処理をせず、そのままにしてメリハリをつけるのです。TVS REGZAは特に超解像に力を入れていて、これまでは合焦部分もアウトフォーカスも一様に超解像していましたが、今回は画面を細かいエリアに分け、それぞれ処理を分けてきたんです。

これによって「自然な空気の層、光が拡散しながら伝わってくる感じを表現できるようにしました。手前の被写体はしっかりと見えますし、背景は自然にアウトフォーカスになることで奥行感が表現できるようになりました(山内氏)」とのこと。

同じくエンハンス系の技術である「AIフェイストーン再現技術」も良くなりました。従来の「ナチュラル美肌トーン」の進化版で、AIによって検出精度がさらに上がっています。山内氏も「視聴者が一番注目するのは、やはり人の顔。なので、顔の領域で色相がずれているところがあったら、その部分をカラーマネジメントで補正しています」としています。

「地デジAIビューティZRα」

地上デジタル放送のアップコンバートは、ご存知のように各社が取り組んでいるところ。地デジの1,440×1,080ドットという映像が甘いので、それをどうアップコンバートするか。TVS REGZAは以前から力を入れていました。

地デジ放送の場合、これまでは再構成型超解像処理で1,920×1,080ドットに変換し、そこに自己合同性の超解像処理で4K(3,840×2,160ドット)にあげて、最後にもう一度再構成型解像をかけていました。今回は、そのすべてのプロセスを2回繰り返すんです。

しかも複数枚のフレームを使った超解像に進化しています。1フレームの中だけでなくて、前のフレームからも持ってきて、よりシャキッとした絵にする。これがすごく効果がありました。

「ネット動画AIビューティZRα」

「ネット動画AIビューティZRα」は、バンディングノイズに対して効果がありました。特にビットレートが少ない場合は、どうしても階調が少なくなってしまうので、例えば空のような絵では筋が出やすい。このネット動画AIビューティZRαはそれに対して、かなり効果がある。少なくとも視聴したYouTubeについては効果がありました。

バンディングノイズの除去自体は簡単ですが、ノイズを消そうと思うと大事なところもボケてしまうのが、バンディング対策で難しいところ。それでも、今回はその釣り合い、バランスが良いなと思います。

また山内氏は「BSのアニメ番組などでバンディングが気になることがありますので、そういった番組を見る方には有効な機能だと思います」としていて、この機能はネット動画以外のコンテンツにも恩恵がありますよ。

新パネル投入のLGは日本市場への意気込みが足りない?

――続いてはLG。他社にも有機ELパネルを供給しているメーカーだけに、その製品には注目が集まります。

麻倉:春の有機ELテレビ戦線は、基本的にLGディスプレイの新パネルとサムスンディスプレイの新パネル(QD-OLED)の戦いになっています。

昨年は、白色パネルの進化の前哨戦とも言えるレイヤー変更がハイエンドパネルに追加されました。このパネルにLGエレクトロニクスが与えたブランドが「evoパネル」。これまでのR、YG、BレイヤーにGを追加し、その成果として、R、Bの波長のサイドバンドを減少させることに成功しました。サイドバンドは望みの波長の横に生じる副産物で、このレベルが小さければ小さいほど純粋な色が得られ、発光効率も向上します。その結果、輝度は従来の標準バネルに対し2割ほど向上。このevoパネルはLGエレクトロニクスとシャープの昨年モデルに搭載されました。

「OLED.EX」

今年のLG新パネルは「OLED.EX」。EXとは「Evolution」(進化)と「eXperience」(体験)の頭文字で、これには白色パネルを高性能化させ、これまで採用していたテレビメーカーに新しいベネフィットを与えるという狙いと、サムスンのQD-OLEDに対抗するという、二つの狙いがあります。

有機EL白色パネル進化の方向は、いかに輝度を上げるかです。有機ELは自発光素子なので、輝度を高めるために電流量を増やすと、必ず熱が出る。逆に言うと何らかの方法で耐熱性を得られれば、より多く電流量を流すことが可能になり、輝度向上につながります。

そのためには、放熱板の性能を上げて熱を逃がすか、パネル自体を熱自体に強くすることがポイントです。今回は素材として重水素を採用することで、かなり耐熱性が上がった。これにより平均輝度が30%向上したということです。

――その新パネルを使った製品の仕上がりは、どうでしょうか。

65型「OLED 65G2PJA」

麻倉:基本的な画質は良いですね。EXの恩恵が感じられます。一方でサウンドは疑問です。まったく力が入っていないなと感じました。

前編でも紹介したように、今年は特にパナソニックが音に力を入れています。それもパナソニックだけでなく、シャープ、ソニーも注力しています。それだけテレビの音に注力しているメーカーがある一方で、「何にもやっていないな」と感じてしまうメーカーがLGでした。下向きで小さなスピーカーしか搭載しておらず、あれではせっかくの良い絵がスポイルされますね。

アップコンバートについても、日本メーカーが力を入れているのに対し、こちらもしっかり取り組んでいる様子があまり感じられない。日本市場の特性やニーズを調査しているのか? そもそも日本でしっかり商売をする上での認識が足りないのでは? とすら思ってしまいます。

LGエレクトロニクスは世界に向けて大きな商売をしているわけで、小さな日本市場だけを特別視できないということのようですが、でも12年前に日本市場に参入した理由が「日本から学びたい」でした。ぜひ日本市場の「テレビの音」への熱い思いと、地デジをきれいな4Kアップコンバートで見たいという熱いニーズを学び、応えるべきですね。

4つのディスプレイを使いこなすソニー。初投入QD-OLEDは「供給メーカーとタッグ」

――今回、一番最後に2022年モデルを発表したのがソニーでした。

麻倉:今年、白色有機EL、QD-OLED、ミニLED液晶、普通のLED液晶と、4つのディスプレイデバイスを扱っているのはソニーだけです。この4つをどう使いこなすかがポイントですね。

QD-OLEDパネルを採用した「A95K」シリーズ。画像は65型「XRJ-65A95K」

LGとサムスンは有機ELでライバル関係なので、基本的に自社パネルしか採用しません(サムスンはLGの白色パネルを購入するそう)。その点、ソニーは市場から良いと思われるものをなんでもピックアップできます。LGでもサムスンでも、よりどりみどりです。むしろ、LGやサムスンがソニーに、「ぜひ採用を」と日参している。その意味では、ディスプレイシーンで、ソニーほど贅沢に、これはというデバイスを使えるところも他にありません。

ミニLED初採用の4K液晶ブラビア「X95K」シリーズ。画像は65型「XRJ-65X95K」

加えて、ソニーには画質プロセッサーで絵をつくるという基本方針があります。画質プロセッサーで、パネルの力をいかに引き出すかに注力しているんです。どんなディスプレイが来ても、そこから最大限のリソースを引き出せるのは、自分たちしかないという自信があるんですよね。

画質面では、認知特性プロセッサー(XRプロセッサー)の改良版を搭載してきました。そのポイントもTVS REGZAと同じく奥行き表現です。

XRプロセッサーには人物や空、木々などのオブジェクトを認識して、それぞれに最適な超解像やノイズリダクションを与える機能があります。これまでは、個々のオブジェクトだけを見ていたのですが、'22年版は画面全体と個別のオブジェクトの関係を重視し、オブジェクトに対する超解像のかけ方を変えた。

ソニーはオブジェクト単位で画像を認識するという、非常に知的な分析が自慢ですが、これまでは個々のオブジェクトは見ていたものの、全体との関係は考慮されていませんでした。そのため個々のオブジェクトへの超解像は実際には、少し手加減しなければいけませんでした。全体とのバランスを考えると、突出しすぎてもいけませんから。

それが、今回はきちんと全体の情報量と個々のオブジェクトの関係を考慮するようになりました。強調したいところだけを強調するわけですから、奥行き感や立体感が出ていましたね。色表現についても同じような強調処理をしていて、人の目につきやすい緑や赤を強調してくれます。

――TVS REGZAもそうですが、こういった技術をちゃんと使いこなせるようになってきたとも言えますね。

麻倉:面白いなと思うのは、こういうエンハンス系の処理は最初「やりました!」と言わんばかりに掛けていて、それが強くなりすぎると「なんだか変だ」と感じるようになって、必ず“揺り戻し”のタイミングがあります。

こういった超解像や色のエンハンスをかけると、人工的な絵になりがちですが、ソニーでは有機ELマスターモニター「BVM-X300」と見比べる機会がありました。X300と比べることで、どこが、どれだけエンハンスされているかが分かりやすくなります。

それを見た限り、X300で出ている前後感や色のリソースなどが強調というより、“拡張”されているような印象でしたね。X300で出ている資源を素直に伸ばしていく方向に感じました。

ただ、実際に使うなら“店頭モード”的なダイナミックモードではなく、スタンダードモードのほうがいい。基本的には強調感が出るものなので、スタンダードモードであれば不自然な強調ではなく“拡張感”があるなという印象でした。

――もうひとつ気になるのは、今季唯一採用しているQD-OLEDの仕上がりです。

麻倉:QD-OLEDは、やはり発色が格段に良くて、特に赤の出方がいいです。去年の有機ELモデル(LGディスプレイの白色有機ELパネル)と比べても、赤の出方に深みがありました。R、G、Bのレイヤーを重ねて白色を出すのではなく、もともとの三原色で出ているQD-OLEDのメリットを感じました。

65型「XRJ-65A95K」

もうひとつ、明るい場面での色抜けも少ない。視聴したのはゲーム「グランツーリスモ7」の映像。CGの純色で作られている明るい映像を見比べましたが、これは一目瞭然でした。白色有機ELでは色味が細くなってしまう明るいシーンでも、QD-OLEDなら細らない。テレビ放送など普通の絵であれば、これほど純色で、これほど明るい絵はありませんが、ゲームなどのCG映像の場合は、明らかにアドバンテージがあると感じますね。

視野角の広さもポイントです。もともと有機ELは液晶よりも視野角が広いですが、白色有機ELの場合、斜め45度くらいから見ると若干色味が薄くなる。しかし、QD-OLEDでは、それがありません。構造として白色有機ELは20レイヤーくらいの層が重なっているため、下にあるレイヤーの色が斜めになると見えにくくなる。それがないんです。ただし暗部のチューニングはまだまだという印象でした。これはパネルの問題かセットの問題かの切り分けしなければならないでしょう。

QD-OLEDは、うまく使いこなすことができれば、良いものになると感じました。ソニーでの画質研究のエキスパート、小倉敏之氏(ソニー株式会社ホームエンタテインメント&サウンドプロダクト 事業本部 HES技術戦略室 Distinguished Engineer)に話を聴いたところ「開発段階から供給メーカーさんとタッグを組んで進めてきました。デバイスで気になった部分は改善していただき、使いこなしについては弊社でしっかり検証するという形で物作りを進めています」と、ソニーでは具体的なサプライメーカー名を明かすのは御法度であり、ここでは供給するサムスンディスプレイとタッグを組んで進めていたということです。

パネル開発に携わったスタッフは、毎週ミーティングを行なっていて、先方の工場に何度行ったか分からないほどだそう。これらの話から推察するに、単純にQD-OLEDパネルを採用したというより、“専用開発”的な取り組みだったのではと思いますね。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表