本田雅一のAVTrends
第187回
HDR難民を救うUHD BDプレーヤー「UB9000 Japan Limited」の凄さとは
2018年12月14日 07:00
パナソニックが12月より出荷を開始した「DP-UB9000 Japan Limited」。(既発売の海外版モデルと)同じ型名でいいのだろうか? と疑問を感じるほど大幅にアップデートされたシャシー、アナログオーディオ回路の吟味、DACのAK4497EQ(旭化成エレクトロニクス)など、高級オーディオパーツ類の採用にも注目が集まっているが、もっとも驚愕に値するのが、HDR映像をさまざまなディスプレイ向けに最適化する「HDRトーンマッピング」機能。
技術そのものが難解なため、とても複雑な機能ではあるが、他のプレーヤーにはない、しかも極めて重要な機能となっている。
パナソニックは、すでにリリースされているUltra HD Blu-ray(UHD BD)についてHDRグレーディングの実態を徹底調査。単にメタデータ上での輝度数値だけでなく、輝度ピークを実測した上で、それを適切に情報量のロスなく自動的に最適化するためのSoC(システムLSI)とソフトウェアを作り上げた。
低価格なテレビはもちろん、光出力が限られているプロジェクター、あるいはHDR非対応の4Kディスプレイ/プロジェクターを保有している読者も大注目の機能である。
低価格テレビやホームプロジェクターでは困難なHDR10の適切な表示
UHD BDの多くはHDRコンテンツをHDR10という規格で収録しているが、HDR10は輝度を絶対値で指定する仕組みだ。最大1万nitsまでが収録される可能性がある一方、一般的な液晶テレビは400nits以下、高級機でも1,000nits前後、ハイエンドモデルでも1,500nitsには届かない。
そこで、実際のディスプレイに表示する際には“トーンマッピング”という処理が行なわれる。実はこのトーンマッピング処理が、4K映像を高品位に愉しむためにとても重要なのだが、コンテンツに収録されている可能性がある輝度と実際に表現できる輝度の乖離が大きいため、適切なトーンマッピングを行なうにはかなりのノウハウと技術力が必要となる。
HDRによってトップクラスのテレビでの体験が劇的に向上する一方で、メーカー間のトーンマッピング技術の違い、あるいは価格差から来る表現できる輝度範囲の違いなどにより、ユーザー体験の“製品間格差”は以前よりも拡がってしまっている。
「そんなもの、価格差が画質差になるなら、あたりまえだ」という考え方もあるだろうが、たとえばプロジェクターなど輝度・総光出力が限られている上、設置環境で明るさが変化する製品などでは、環境に応じて柔軟に対応できる仕組みも必要だ。
このため、可能な限り表示機器の光出力を生かし切った表現を行なうために、HDR10+(シーンごとの表現できる輝度範囲を明示することで、トーンマップをやりやすくする)などの“動的HDRメタ情報”を持つ規格も登場しているが、普及という意味ではまだ道半ばだ。再生機とディスプレイの両方が対応せねば、動的メタを活かした表示は行なえない。
以前から動的HDRメタ情報があり、またSDR映像も同時に記録されている(実際にはSDR映像に加えてHDRとの差分を別のストリームで提供する)Dolby Visionは、ストリーミングサービスでは比較的よく使われているが、UHD BDでは対応コンテンツが少なく、またプレーヤー/レコーダーへのライセンス金額が高額なこともあって採用機種は限られている。
ユーザー環境とディスプレイ機器の間にある“乖離”
HDRコンテンツは、初期の頃に4,000nitsの表示能力を持つドルビーのPulserというマスターモニターを作ってグレーディングされた映画もあったが、現在はソニーのBVM-X300(最大輝度1,000nits)が業界標準となっている。
このため1,000nits以内でほとんどの映像が表現されており、ごく小面積に高輝度部分がある程度だ。スペック上は1,000nitsを超える液晶テレビがあり、OLED(有機EL)テレビも(条件は限られるものの)800から最大で1,000nits程度までは出せる。
絵作りを工夫すれば充分に表現できそうなものだが、実際には流通しているテレビの80%以上が600nits以下の輝度しか表現できていない。そして半分以上が500nits以下で、400nitsにも達していない製品も少なくない。
一方でコンテンツ側はどうか? というと、90%以上のHDRコンテンツに1,000nitsを超える情報が収録されている。
このため「2,000nitsまでの情報が記録された映像を、1/4程度の輝度範囲しか表現できないディスプレイで表示する」といった処理を行なわねばならないのだが、これが極めて難しい。前述した動的HDRメタ情報の付加へと業界が動いているのは、シーンごとに使われている輝度範囲を(メタで)明示してもらうことで、より適した表示を目指すためだ。いずれ、それらの普及が本格化すれば、問題は緩和されるだろう。
しかし現状、主流はHDR10であり、UHD BDのほとんどはHDR10しか記録されていない(SDRも収録されていない)上、実際のタイトルに記録されているメタ情報(静的なタイトル全体の情報を記録したもの)だけでは、充分な情報が得られない場合も多い。
前述したように映像の実態としては1,000~1,100nits程度にほとんどの情報が記録されているにもかかわらず、参考にならない場合もあるからだ。
たとえば「マッドマックス 怒りのデス・ロード」は平均輝度が高い上、実際に8,000nitsを超える情報が含まれている。額面通りにタイトルの輝度範囲を解釈すると、トーンマップで表現すべき輝度上限が高すぎて、コントラストが低い眠たい映像になりがちだ。特にSDR変換再生のハードルは高い。同じワーナーの「ハドソン川の奇跡」も8,000nitsを超える情報が入っているが、ほとんどは小さな“輝点”であって、ストーリーテリングに重要な情報は含まれていない。
両方に対して適切な処理を行なうためには、愚直にメタ情報を参考にして階調を表現しようとするだけでうまくいかない。
そうかと思えば、最大輝度値としては1,000~300nits程度の常識的な値が設定されていながら、ほぼSDR相当でグレーディングされているタイトルもある。「ダンケルク」などはその典型的な例で、最大でも300nits程度の輝点が小さな面積では出てくるものの、ほとんどは100nits以下で描かれている。これは映画館での体験に近くなるようにとの制作者側の意図があるのだろう。
あるいは4,000nitsが決め打ちで設定されている(おそらくPulserの最大輝度を割り当てているだけだろう)のに、中には500nits以下しか入っていないといったケースもある。
いずれにしろ、タイトル全体の最大輝度情報があっても、実際の映像におけるグレーディングの実態、映像制作の意図と数字が連動しているわけではない。このような実態のある中で、どのように自動処理できるか? という問題に切り込んでいるのがUB9000 Japan Limitedの自動HDRトーンマップだ。
HDR10トーンマップが抱える問題に5つの仕組みで対応
パナソニックは上記のように、各種コンテンツにおけるHDRの使い方やメタ情報の設定について実態調査をした上で、5つのルールから自動的にトーンマッピングの特性カーブを生成するアルゴリズムを開発した。
UB9000側にRGB各32bitで演算する自動トーンマップを組み込み、接続しているディスプレイの能力、特徴に合わせてトーンマッピング処理を施し、ディスプレイにはロールオフ(最大輝度を引き下げること)した後の映像と適切に設定された最大輝度値で送り出す。
ここで“特性カーブを生成する”と表現したのは大袈裟ではない。トーンジャンプによる疑似階調が出ないよう、多次方程式による滑らかなカーブにするため、単に最大輝度を変えるだけではなく変換用関数を、コンテンツの最大輝度と出力するディスプレイの能力設定、好みで設定するダイナミックレンジ調整などから“生成”しているからだ。
ルールその1「HDR10のメタ情報を的確に読み取る」
イレギュラーな例として、メタ情報が設定されていないタイトルもあるが、基本的には最大輝度値までの階調を再割り当てする(高輝度部の飽和を緩和)
ルールその2「滑らかなトーンマッピングカーブとする」
前述したように多次元方程式による変換関数を生成し、急峻なトーンの変化を抑える。トーンジャンプ対策にもなるが、ロールオフによる色相変化を穏やかにして不自然な表現になることを防ぐ。大手メーカーのテレビでも、これができていないモデルがあるため、本機を接続することでHDRの表現が的確になる場合もあるだろう。
ルールその3「中・低輝度部は元コンテンツの指示する絶対値を維持する」
HDRコンテンツといっても、ほとんどの画素は従来のSDRでも表現できる範囲に収まっている。主被写体の多くがそうだ(被写体を基準に絵作りをしているのだから当然だろう)。このため中・低輝度部は元々の輝度値を変えないよう変換関数が生成される。
SDRコンテンツの基準値である100nitsまでは変化しないのか? と質問したところ「概ねそのぐらい」という答だった(前述したように変換関数が変化するため、コンテンツと出力先ディスプレイの種類によって若干変化する)。
ルールその4「メタデータの入れ替えを行なう」
UB9000側で適切なトーンマップを行なった上で出力。変換後の輝度(後述するが、接続するディスプレイによって350~1,500nitsまで、ターゲットとなるディスプレイの能力を変えられる)にメタ情報を書き換えてHDMIに送信する。
こうすることで、ディスプレイ側はコンテンツに納められている映像に超高輝度部がないと想定して表示できるため、HDRのトーンマップがあまり上手ではないテレビやプロジェクターで無理なロールオフ処理を行なわなくなる。
ルールその5「RGBの比率を変えずにロールオフ」
UB9000はRGBでロールオフを処理しているが、このときRGB値を一律に下げるのではなく、色相が変化しないよう全体の明るさだけが変化するよう演算する。(パナソニックはこれを「色補償型トーンマップ方式」と呼んでいる。
ロールオフした後の最高輝度目標値は前述したように変更可能だ。
規定値は1,000nits。これはHDR10コンテンツの“目安”として設定されている値で、一般的な少し高級な液晶テレビやOLEDテレビはこのままでOK。大多数のテレビは(実際に表示できるかどうかは別として)1,000nitsぐらいまでは、適切な表示が行なえるよう作られているからだ。
低価格帯の液晶テレビは500nits、超高輝度の再現を意識した最高品位の液晶テレビは1,500nitsにも設定できる。さらにプロジェクターモードも備えており、その場合も高輝度(500nits)、低輝度(350nits)を選べる。
さらには、こうしたルールで行なわれるトーンマップのダイナミックレンジ調整も、好みに応じて行なえる。これはおよそ100nits程度までの領域の、輝度が立ち上がる角度を調整するもので、角度を立てるほど主被写体のコントラスト感が強く(全体的に明るくなる)なる一方、高輝度部の階調再現姓や発色は控え目になる。
コンテンツや好み、あるいは接続しているテレビやプロジェクターによって、どの程度に設定するかは異なる。テレビの場合、あまり頻繁に変える必要はないだろうが、プロジェクターでHDRコンテンツを観る際には大いに活躍するだろう。
その効果は絶大かつ適切、好みの設定が必ず見つかる
これらのルールに基づいてカーブを設定するため、たとえば8,000nitsといった極端に高い最高輝度が設定されているUHD BDであっても、およそ100~150nits以下に集中する主な被写体のコントラスト感、立体感を損ねず、高輝度部の階調や色を保護しながらロールオフするトーンマップが行なわれる。
筆者がいつもHDR表示能力をチェックする際に使っている「ハドソン川の奇跡」で、主人公がニューヨークタイムズスクエアを走るシーン。ここではLEDを用いたサイネージの中に超高輝度の情報がたくさんあるが、実に自然にロールオフが行なわれつつ、色相感の変化が穏やか。
ロールオフの目標輝度を変えると、サイネージの中に情報が現れ始めるが、主人公の明るさはほとんど変わらない。さらにダイナミックレンジ調整を入れると、好みの画をバシッと決められる。
テスト信号でロールオフ特性をみると、やはりどこにも破綻なく見事な精度で変換していた。
そして、その上でさらに細かな“お好み”の画を出すため、システムガンマ調整機能という調整項目もある。ダイナミックレンジ調整が、全体の明るさに主に効いてくるのに対して、システムガンマ調整機能はコントラスト感の調整だ。この二つを組み合わせて使うと、ダイナミックレンジ調整で明るさ感を引き出しつつ、システムガンマ調整で低輝度部の黒浮きを抑制するといったことが可能だ。
コンテンツにも依存はするが、特にプロジェクターでHDR映画を観る際に有効。パナソニックはホームシアター用プロジェクターを販売していないが、やはり「HDR映画はプロジェクターでは楽しめない」という現状をかなり意識しているのだろう。
HDR映像を、HDR対応プロジェクターに出力する際、あえてUB9000の高精度トーンマップでSDRに変換。上記のように細かな調整を行なった上で、色に関してはBT.2020のままで出力(通常、SDRにする場合は色域が狭いBT.709に変換)するモードも備えている。
4K/SDRのテレビやプロジェクターも救済
実はこのSDR変換が極めて優秀で、同タイトルのBlu-ray版と比較しても“同じような”印象に変換される。ほんの少し印象が異なるとしても、豊富な調整機能で好みのポイントを簡単に見つけられるはずだ。
SDR変換時は、HDRトーンマッピングではなくなるが、明るさ感やコントラスト感などの一連の調整は行なえる。
すなわち、SDRにしか対応していないプロジェクターも救えると言うことだ。自宅での視聴はしていないため、我が家にあるVPL-VW11000ESのような4K/SDRプロジェクターにおける見栄えは確認できていない。
しかし、一連の調整などを行なってみた印象からすると、おそらくは“かなりいい線”でUHD BDが楽しめるようになるだろう。これならば、HDR版しか収録されていないというUHD BDの悩みも解決できるだろう。
実にマニアックな仕上げだが、あくまでもお好みで調整する部分以外は自動。接続するディスプレイの能力設定は必要だが、そこさえ適切にすれば、HDRにまつわる様々な悩みを解決してくれるだろう。
ちなみに、HDR10のメタデータに関して、詳細に表示する機能も持っているため、再生しているディスクがどんな素性のものなのか、それに対してUB9000がどのように変換して出力しているのかを確認できるのも便利だ(最大輝度などはコンテンツのパッケージなどには記載されないため)。
UHD BDだけでなく、あらゆる4K/HDRを操れる
仕組みを紹介しているだけで誌面が尽きるほど、実に凝った作りのUB9000。これまでもHDR10の適切な処理、調整に関して取り組んできたが、そのたびに「なんとか自動で……」と開発者と話をしてきたが、今回は決定版とも言えるものだ。
取材中に質問しても、ほとんどの質問に答えが用意されており、機能面、処理制度、アルゴリズムなど、これ以上にないアイディアが盛り込まれていた。
HDRコンテンツは、何もUHD BDだけではない。
NetflixやAmazonビデオなど、ネット配信サービスは積極的にHDRを導入している。今後、スポーツの中継配信などでもHLG(ハイブリッドログガンマ)を用いたHDRでの中継が増えてくるだろう。そうした中で、ネット系の映像にも同じようにHDRの適切な処理は求められる。
ネット配信のコンテンツで、NetflixのDolby Vision対応作品、AmazonビデオのDolby VisionやHDR10+に対応している作品の場合は、UB9000のHDRトーンマッピングは不要だ(動作しない)が、接続するテレビ/プロジェクターが対応していなければ、必然的にHDR10での再生となる。
テレビやプロジェクターの買い換えサイクルが長いことを考えれば、あらゆる規格に対応し、トーンマップを最適化できるUB9000の万能性は極めて有用だ。
もちろん、高音質、高画質(4K領域でのクロマアップサンプリング処理は、もはや完成の域に達しており、他社はついて行けていない)という部分は重要だが、メカ設計、採用部品など、しっかりと高級機としての条件を満たしながら、圧倒的なHDRのトーンマッピング機能を備えた本機には、当面、ライバルが現れそうにない。
個人的にプロジェクターで映画を見る場合は、UHD BDよりもSDRグレーディングされているBlu-ray版の方がシックリくることが多かった。しかし、UB9000 Japan Limitedのおかげで、こうした“悶々とした状況”を脱することができそうだ。