プレイバック2018
液晶テレビ“視野角問題”に終止符? HDR動向とこれから by 本田雅一
2018年12月29日 08:30
今年の個人的なAVトレンドトピックということで、いくつか紹介していきたい。もちろん、新たな4K放送が始まったとか色々あるのだが、テクノロジトレンドを中心に、時折個人的趣味を織り交ぜながら進めていく。
個人的第1位。広視野角で高コントラストの液晶ができちゃった!
ソニーのBRAVIA Z9Fが採用したX-WideAngle。これまではIPSの視野角の広さとVAのコントラストの高さ。どっちを選ぶの? と、悩ましい選択をせねばならなかったが、この技術は従来のIPSを超える視野角を実現した。
ソニー限定ながら、液晶最大の弱点だった視野角問題が解決したと言える。そして過去の例からすると、他社もソニーの後を追いかけて同様に視野角問題を解決してくる可能性が高い。
「そんなことをしなくたって、我々にはOLED(有機EL)という技術があるではないか! 」という人もいるかもしれない。液晶は局所コントラストが低いし、分割バックライト制御は技術的に難しく、極端に分割数を増やすとコストが上がりがち。しかし、意外にOLEDにはない良さもある。
それはひっくり返すと、OLEDの抱える問題でもある。
・大型化が難しい(不可能ではないがコストが指数関数的に増えていく)
・さらなる高精細化が難しい(画素数が小さくなると画素あたりの発光量が減ってしまうため)
・画素がRGBW構成のため、高輝度部は色域が狭くなる(RGB構成では輝度が十分ではない)
・高いピーク輝度を出すための制約が厳しい
などだが、これらは改善していく可能性もある。しかし、もっとも大きな問題は低輝度階調。とても暗い(電流値が低い)領域のOLEDは発光が不安定なため制御しにくく、階調をきちんと作れないからだ。
この問題は暗い部分だけで関係するわけではない。青にうっすらと赤を載せようと思えば、当然ながら赤を少しだけ光らせる必要がある。この場合、画素としては低輝度ではないけれど、赤のサブピクセルだけを取り出せば超低輝度領域だ。
このことを業界の人は、よく“角砂糖”に例えて話す。
コーヒーを甘くするためにグラニュー糖を入れるとき、スプーンで粒を掬って入れるのであれば、細かく甘さを調整できるけれど、角砂糖しかない場合、角砂糖単位でしか調整できない。
液晶の黒浮きなどはもちろん問題だが、一方で階調の問題を考えると悩ましく、サイズによる価格の違いなどを考えたとき、どちらがいいではなく、導入シーンに応じて選ぶ。
ハイエンドならOLEDという流れがあった中で、そんな考えが芽生えてくるなんて、想像もしていなかったということで1番に選んだ。
HDRのこれまでと、将来への期待
もうひとつ書いておきたいのが、パナソニックDP-UB9000が投入されたことで、4K/HDRのUltra HD Blu-ray(UHD BD)について、さまざまなディスプレイ環境における最適再生が可能になったこと。これについては詳しく記事にしているので、そちらを読んでいただければ。
開発担当者は、さまざまなUHD BDで実際の映像を確認し、各ソフトに書かれているメタ情報だけでなく、実際の映像に含まれている輝度情報をアナライザーを通して観察し、どんな傾向のグレーディングが行なわれているかを大調査していた。
そのデータはかなり膨大なもので、DP-UB9000がHDRをさまざまなディスプレイに最適なようにトーンマップを提供し、またお好み調整も滑らかにできるのは、ハードウェア側の優秀さだけではなく、そのソフトの実態調査があったからこそでした。
もっとも、この製品の機能に関する記事を書いたあと、その感想を見ていると、HDR10という規格に関しては誤解も多いなぁという感想を持った。HDR10が生まれてきた背景や、その問題点などについて、簡単に整理しておきたいと思う(主旨が変わっているが)。
フェーズ1
HDRに関してはもともとドルビーが研究開発し、映画などの制作現場に持ち込もうとしていた。劇場向けと家庭向け両方でHDRを実現し、それぞれの環境の間を結びつけるブリッジ技術を確立することで、それらをライセンスしようとしたわけだ。これがDolby Visionの元だった。
人間の目の網膜の性能と、目の感度特性に由来するPQカーブを(以前からあった学術論文を元に)ITUの規格として提出したのもドルビー。
フェーズ2
ドルビーの提案はなかなかうまくできていた。まずSDRが基本で、HDR部分が追加ストリームになっているのでHDR非対応でも問題なし。ただし(具体的な数字は書けないが)ライセンス料が極めて高額で、プレーヤーもテレビも高級機以外は採用できないレベルでした(現在はやや下がっているかもしれないが、やはり低価格機では採用できないだろう)。階調も12bitある。
もうひとつの問題は技術がブラックボックス化されていたことでした。実装を独自にしようにも、メーカーは何も手出しできず、ドルビーが提供するソフトウェアを入れるしかない。
フェーズ3
そこでUHD Allianceでは、映画ソフト(ブルーレイだけではなくストリーミングやダウンロードも含む)向けの“ベースラインとなる”HDR規格として、標準規格になっているPQカーブを使った10bit階調の規格を作った。これがHDR10。10bitで本当にOK? ということだが、PQは目の特性にフラットなので充分というのが彼らの説明だった。
Dolby VisionはHDMI規格のアップデートなしで隙間に情報を通しているようなイメージだが、HDR10ではHDMIの規格もちゃんとアップデートされ、HDR対応テレビやプロジェクターなどは、みんな対応。無料だし対応するだけなら簡単だったからだ(うまく対応できるかどうかは別)。
フェーズ3 こぼれ話
UHD AllianceはHDR対応ソフトに関してガイドラインを設定。世の中のテレビはハイエンドモデルでも1,000nits程度。かなり高輝度のものでも1,200nitsぐらいで、実際のところ400nitsぐらいでもかなり明るい(元々のSDRコンテンツは最大100nits基準でグレーディングしているから当然)ので、ソフトメーカーに対し「1,000nitsぐらいまでで絵作りしてね」とお願いしていた。
が、実際には割といい加減だった。まぁ、わざわざ高輝度部をカットしたり寝かして入るようにしたりするのではなく、輝点で小さいからイイやとそのまま残してたりしたわけだ。だからあまり明るくないソフトでも8,500nitsが入っていたりした。
また初期作品のHDR化は、ドルビーがDolby Visionの普及(UHD BDには対応機器もソフトも少なかったが、ストリーミングでの配信もあったので、積極的に投資をしていた)ためにHDRグレーディングの作業を負担していた。このときに使われていたのがPulserというドルビー製マスモニで、液晶に多分割ローカルディミングを組み合わせて最大4,000nits。これで制作されたものには、実際の映像がどうかは別として最大4,000nitsというメタ情報が書き込まれることが多かったようだ。
一方、最近はソニーのマスモニBVM-X300の最大輝度である1,000nitsの作品が多いのだが、だとしても必ず1,000と書かれているわけではなく、またもっと低い輝度で制作されているものもある。
ガイドラインが作成された頃は、まだHDR映画というものがほとんどなく、映画制作者や制作後のグレーディング、また劇場向けと家庭向けで別々の絵作りをする上で、どう印象を合わせ込んでいくかについて、だれも基準となるものを持っていなかったので混乱。さらには、劇場向けはプロジェクター、家庭向けは液晶とOLEDのテレビを意識していたから、家庭向けプロジェクターは無視されていた。
フェーズ4
こぼれ話はともかく、ガイドラインとしては1,000nitsぐらいまでうまく表示できれば、ハイエンドテレビから、リーズナブルなテレビまで、それなりに価格帯ごとの実力値通りにHDRコンテンツを楽しめるはずだった。
ところが「すべてのメーカーが」同じように技術があるわけではない。ソフトメーカー側からは「これじゃ多くの人が意図通りに楽しめないよ」とクレームを言うようになっていく。
ということで生まれたのが「HDR10+」。こちらも記事で紹介したことがあるが、シーンごとに輝度の範囲を明快にすることで、テレビがそのシーンを表示する際の“助け”となるようにした規格だ。
ドルビーの規格では、その情報をどう処理するのかドルビーが判断していたが、HDR10+ではメーカーごとが実装するので、より良い結果が出ることもあれば、イマイチな結果な場合もあるかもしれない。ただ、将来的に進歩することを考えれば、こちらの方が将来性がありそうだと思う。
またHDR10との互換性があるため、今後はすべてのHDR10対応ソフトがHDR10+になっていくと聞いている。たとえばAmazonビデオのHDR10対応ソフトは、実は全部、HDR10+のメタが入っているそうだ。
ただし、HDR10+にしろ、DolbyVisionにしろ、テレビとプレーヤーの両方が対応してなければ機能しない。そうした意味において、DP-UB9000のソリューションは、我こそはHDR難民という人を救う。
来年は、DIGAなども含めたすべてのUHD BD対応機器にHDRトーンマッピング機能が入って欲しいなぁ。パナソニックさん、よろしくお願いします。