藤本健のDigital Audio Laboratory

第764回

Thunderbolt 3対応「Arrow」で、PCオーディオがレコーディング現場と同じ音に?

 今年1月、米Universal Audioからエントリー向けのオーディオインターフェイス、Arrowが発売された。エントリー向けとはいっても、実売価格が税抜きで58,000円程度なので、オーディオインターフェイスとしては安くない価格だが、これがあれば、プロのレコーディング現場と同等のサウンドが得られるということで、注目を集めている。

Arrow

 筆者もつい先日購入したこのArrowは、オーディオ再生用として使ってみると、かなり面白いことに気づいた。それは、ハイレゾサウンドでも、MP3でも、Arrowを使うことにより“レコーディングスタジオで鳴らすような音”になる。つまり、ミキシングコンソールやチャンネルストリップを通した音で再生することができるのだ。これまでにない面白い体験ができることが分かったので、PCオーディオ用のDACとしての側面からArrowを紹介しよう。

ArrowをPCオーディオとして楽しむ

様々なメーカーのアナログの音を復刻するUA

 Universal Audio(以下UA)はアメリカ・カリフォルニア州のシリコンバレーの南、スコッツバレーにある60年の歴史を持つ会社。古くは、ミキシングコンソールやレコーディング機器、コンプレッサやEQなどのエフェクトを開発してきたメーカーとして一世を風靡した。1980年代にメーカーとしては一度消滅しているのだが、創業社長の息子であり、現社長のBill Putnam Jr.氏が1999年に再創業。過去の製品をアナログのまま再生産する一方、そのアナログの音をDSP技術でデジタル的に蘇らせるということをしてきたメーカーだ。

 DSPを用いてアナログ回路をシミュレーションするというのは、さまざまなメーカーが行なっているが、UAがユニークなのは、自社製品の復活はもちろんのこと、他社製品も各社協力・監修の元、共同開発を行なっているという点。FAIRCHILD、AKG、NEVE、MANLEY、AMPEX、STUDER、SSL、MOOG、KORGと、名だたる企業がここに参加。つまり、各メーカーお墨付きのホンモノとして復刻させているのだ。

様々なメーカーと協力

 その回路シミュレーションをするシステムをUAD-2と呼んでおり、それを動かすハードウェア(DSP)と、実際に動作させるUADプラグイン(DSP用ソフトウェア)を使う形になっている。チャンネルストリップ、コンプレッサ&リミッタ、EQ、マイクプリアンプ、ギターアンプ、、リバーブなどのジャンルがあり、すでにそのソフトウェアの数は200近くに上っている。

 今回紹介するArrowは、そのUAD-2のシステム、つまりDSPを搭載したオーディオインターフェイスなのだ。UAではほかにもApollo、Apollo twinなどUAD-2を搭載したオーディオインターフェイスを発売していたり、UAD-2だけのハードウェアを発売しており、DSPをいくつ搭載しているかによって処理能力が変わってくる。DSPが多ければ多いほど、多くのUAD-2ソフトウェアを動作させたり、より演算能力が必要なUADプラグインを動かせるというわけだ。

 そうした中、Arrowはエントリーモデルということもあって、DSPは1つのみ。そのため、DAWのミックスコンソールに立ち上げて多くのUADプラグインを同時に使うというのには向いていないが、1~2chの入力に対して、こうしたプラグインをかけてレコーディングしたり、今回の目的であるモニター環境にプラグインを指して再生する分には十分なパワーを持っている。

DSPは1つ

ミキサーコンソールのように使えるArrow

 前置きが長くなったが、改めてArrowを紹介すると、これはWindowsおよびMacで利用できる2IN/4OUTのオーディオインターフェイスで、最高で192kHzのサンプリングレートまで対応した機材。おそらく現時点で、他社製品にない唯一の特徴となっているのは、これがThunderbolt 3対応のオーディオインターフェイスであるということ。

Arrow
2IN/4OUTで、最高192kHzに対応
Thunderbolt 3対応

 Thunderbolt 3はUSB Type-C型のコネクタだが、USBのケーブルでは接続できないので注意。またこのThunderbolt 3ケーブルは付属していないので、別途入手する必要がある。このThunderbolt 3ケーブルで接続することにより、バスパワーで動作するというのもポイントだ。MacBook ProやiMacの最新機種、またWindows PCでも最新機材だとThunderbolt 3端子が搭載されている。IntelがThunderbolt 3をCPU内に組み込むとともにロイヤリティーフリーにすると発表したため、今後Thunderbolt 3搭載機種はどんどん増えていくと思うが、それに対応していないマシンの場合、Arrowを使うことができないのはネックともいえる。なお、WindowsはWindows 10 Creators Update以降での対応となっている。

 接続する前に、ドライバ機能も兼ねるUADソフトウェアをUAサイトからダウンロードしてインストールする必要があるが、この中に前述の200弱のUADプラグイン一式も入っているため、ダウンロードファイルサイズは2.3GBにも及ぶ。無事インストールを終え、Thunderbolt 3で接続すれば、あとは普通のオーディオインターフェイスと同様に利用することができる。また、UADプラグインは各DAW上において、WindowsならVSTおよびAAXで、MacならVST、AAX、AUのプラグインとして利用できる。

ファイルサイズは2.3GBに

 さらにユニークなのは、UAD-2のシステムにはConsole 2.0というソフトウェアが入っており、これを使うことで、Arrowをまるでミキサーコンソールのように使うことができるのだ。物理的には2IN/4OUTに過ぎないオーディオインターフェイスではあるが、バーチャルポートを作ることができるため、あたかも大規模なミキサーコンソールのように使うことができる。そして、このConsole 2.0上でもUADプラグインを組み込めるので、DAWを使うDTMユーザーだけでなく、オーディオ再生を目的としたユーザーでも、UADプラグインを積極的に活用するできるのだ。

Console 2.0

 例えばiTunesやWindows Media Playerなどで音楽を再生し、このConsole 2.0を経由する中で、UADプラグインを噛ませて再生できるわけだ。このUADプラグインを噛ませるにはバーチャルチャンネルを利用する必要があるので、OUTPUTSの1CHと2CHをVIRTUAL 1およびVIRTUAL 2に設定しておくのが秘訣だ。

OUTPUTSの1CHと2CHを、VIRTUAL 1とVIRTUAL 2に設定

 その上で、このバーチャルチャンネルにビンテージコンソールのチャンネルストリップを組み込んで、これを通すと、それだけで音が変わり、温かみを持ったいい感じのサウンドになったり、キレのあるシャープな音になったりもする。これは一般のオーディオプレーヤーにあるEQを使った音の設定などとはまったく異なるもの。まさにレコーディングスタジオの機材で音楽を聴いているのと同様の音になるわけだ。高級オーディオ機器で再生すると音が変わるのと同じように、スタジオの機器で再生しても音が変わる。その違いを楽しめるわけである。

バーチャルチャンネルにビンテージコンソールのチャンネルストリップを組み込んで通すと音が変化、

 ただし、Arrowを買えば、約200種類あるUADプラグインすべてが使えるというわけではない。標準で利用できるのは14種類。このうち、オーディオ再生用としてのお勧めは、下記のものがある。

Teletronix LA-2A Classic Leveling Amplifier
1176SE Classic Limiting Amplifiers
1176LN Classic Limiting Amplifiers
Pultec Pro Equalizers
Precision Channel Strip

 これらの実機を知らなくても、またパラメータの意味が分からなくても、とりあえず組み込むだけで、なんとなくいい雰囲気になるし、パラメータを設定したプリセットがいろいろあるので、これを少し選んでも、いい感じに音が変化していく。当然、曲によってマッチするものが変わったり、好みもあるとは思うが、この体験は他ではなかなか得られないものだ。

 さらに、標準バンドルでないUADプラグインも、体験版としてフル機能を14日間使えるデモモードも用意されているので、何かを試してみるのも面白いだろう。例えばAMPEXのATR-102を通すと、マルチトラックのテープでレコーディングされたようなサウンドにできるといった具合だ。

AMPEXのATR-102

Windowsで使う場合は64bit版アプリの使用を

 これをMacで使う場合にはとくに問題はないのだが、Windowsで使う場合、大きな問題があった。それはArrowのオーディオドライバが64bit版しかないという点だ。DAWであれば、いまやほぼすべてが64bit版に移行しているので何ら問題ないが、音楽プレーヤーとなると状況が異なり、foobar2000にしても、KORGのAudioGate、ソニーのMusic Center、DigiOnのCurioSoundなどなど、どれも32bitアプリであって、64bitアプリがないためにASIOドライバで使うことができないのだ。

 まあ、Windows Media PlayerやGrooveミュージックほか、一般的なプレーヤーソフトでMMEドライバ経由で再生する場合は、64bit、32bitに関わらず普通に使うことができる。ただ、筆者個人的にはWindowsオーディオエンジン(旧名称カーネルミキサー)を通るものは、まともなオーディオプレーヤーとは認めたくない。以前何度も実験で検証してきた通り、Windowsオーディオエンジンを通すことで、勝手にリミッターがかかり、音が変質してしまうからだ。これを避けるにはASIOもしくはWASAPIの排他モードで再生するというのは、PCオーディオの世界にいる人なら常識になっていると思う。ところが、そのASIOドライバが利用できないとなると、困ってしまう。

 例えば、foobar2000にASIOプラグインを入れてみても、ArrowのThunderbolt 3ドライバが見えてこない。WASAPIならいけるのではと思って試してみると、確かに一覧には表示され、選ぶことができるのだが、実際に鳴らしてみると音飛びしたり、再生速度が上がったり下がったりするなど、まともに使えない。MMEドライバ、DirectSoundドライバなら動くし、WASAPIも共有モードであればうまく動くのだが……。

ドライバと一緒にインストールされるFireWireやUSBのASIOドライバは見えるが、Thunderbolt 3のものは見えない

 何かいい方法はないだろうかと探してみたところ、ようやく見つけたのが、Tikiさんという方が開発したTuneBrowserというプレーヤーソフト。これには32bit版と64bit版があり、64bit版であれば、ArrowのASIOドライバを認識して使うことができた。1,500円強のシェアウェアではあるが、登録曲数500曲までであればフリーで利用できる仕様となっているのも嬉しいところ。UIも良くできているし、DSDもサポートしているなど、なかなか良いプレーヤーのようだ。

TuneBrowser
64bit版でArrowのASIOドライバを認識

 ここまで、オーディオ再生用のハードウェアとしてArrowについて触れてきたが、本来これはレコーディングを目的としたDTM用のオーディオインターフェイス。聴いた感じでは、非常に高品位な音という印象だが、やはり実際どのくらいの品質なのか、さらにはレイテンシーがどのくらいなのかもチェックしておきたかった。だが、このテストも先ほどのオーディオプレーヤーと同じ理由で使うことができなかった。

 それは、いつも検証に使っているRMAA ProおよびCEntranceのASIOLatency TestUtiligyも32bitアプリであるため、Arrowのドライバを認識することができず、使うことができなかったためだ。ASIO4ALL経由でMMEドライバを叩けばRMAA Proは使えるのでは……とも試してみたが、どうもうまく動作せずに断念した。

 測定できなかったことはちょっと残念ではあったが、品質的には間違いないオーディオインターフェイス。DTM用途でも非常に強力な機材ではあるが、PCオーディオユーザーにとっても、他では絶対にない楽しさを味わえる機材なので、ぜひ試してみてほしい。

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Arrow

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto