藤本健のDigital Audio Laboratory

第783回

アジア最大の楽器展示会「Music China」。巨大ホールで見たユニークな展示

世界中で開催されている楽器関連の展示会。もっとも有名なのはアメリカ・アナハイムでの「NAMM SHOW」であり、ドイツ・フランクフルトで行なわれる「Music Messe」も長い歴史がある。国内においては楽器フェアがあるが、近年非常に活況になっていると聞いていたのが、上海で開催されている「Music China」だ。フランクフルトのMusic Messeの姉妹イベントという位置付けのMusic Chinaは、もちろんアジア最大。規模的にはNAMM SHOWを遥かに超える大きいイベントになっている。以前から一度行ってみたいと思っていたが、今年思い切って行ってみたので、どんなイベントで、どんな企業が出展しているのかなど、2回に分けてレポートしたい。

Music China

大混雑のMusic China会場

10月10日~13日に行なわれたMusic China。これに行ってみようと思い立ったのは8月末。半分興味本位でもあり、誰かが招待してくれるというわけでもないので、ちょっとした旅行気分。9日出発~12日帰国の3泊4日で、実質2日間会場を見学するというスケジュールでチケットを取って行ってきた。開場時間は午前9時30分と早め。

上海新国際万博中心(SHANGHAI New International Expo Centre)

上海の繁華街にあるホテルから地下鉄を乗り継いで9時過ぎに展示会の会場に到着すると、そこはパニック状態ともいえる人の多さだった。チケット売り場は押すな押すなの大混雑でプレスの受付にたどり着くのも至難の業。片言の中国語と英語でなんとかパスを受け取り、30分かかってようやく入場したのだ。

混雑している会場

「広いよ」と話には聞いていたけれど、会場内に入ると、とんでもないほどの広大な規模であることに驚かされた。上海新国際万博中心のサイトにある会場全体を見下ろした写真は見ていたのだが、実際この三角の中庭を見ていると、飛行機が離陸できるのでは!?と感じるほどの広さなのだ。

広大なスペース
会場を見下ろした写真

この会場の広さは30万m2、幕張メッセ全体が7万5,000m2なので、その約4倍ということになる。1つのホールが幕張メッセの3ホール分をまとめたくらいの大きさという感覚だったが、W1~W5、E1~E7、N1~N5と計17ホールある。その会場全体に30カ国からやってきた2,124の出展者がブースを出していたのだ。

17あるホールに2,000を超える出展

なかなかその規模の想像がつきにくいと思うので、この三角の中庭の一辺、W1~W5へ無料のバスで撮影したものがこちらだ。聞き覚えのあるBGMが流れているが、その著作権がどういう処理になっているのかはわからない。

バスの中で撮った映像

では実際にホールの中に入ってみるとどんな雰囲気なのか、エレキギターや電子楽器関連が多く展示されていたW5というホールの中をiPhone XSのビデオを録画状態で練り歩いてみた。

エレキギターや電子楽器関連などがあったW5ホール
W5ホール内をiPhone XSで撮影しながら歩いた

この活況が伝わるだろうか?iPhoneのマイクのリミッタが効いて、いい感じの音量に抑えられているので、分からない面もあると思うが、会場内はまさに爆音。このビデオを撮影したときは、それほどでもなかったが、各ブースでの競い合って音量を上げながら演奏をするので、耳栓でもないと厳しいほど。iPhoneの音量測定アプリで測ってみて110dBAを記録したというのだから、いかにすごい音量であるかが分かるだろう。ただ、これほど大きい音量を出していたのはW5とW4のホールくらいではある。

会場内の音の大きさをアプリで測定

日本メーカーも中国市場に注目

会場内は、ホールごとに、アコースティックピアノ、バイオリンやチェロなどの弦楽器、トランペットやホルンなどの金管楽器、アコースティックドラムを中心とする打楽器系、二胡や中国琴などの民族楽器、またレコーディング機器やPA関連機材、舞台照明機材と、様々な分野の展示が行なわれている。もちろん、この中にはローランド、ヤマハ、コルグ、ズーム、カシオ、ATVなど、日本メーカーも数多く出展している。

アコースティックピアノのエリア
弦楽器のエリア
金管楽器のエリア
打楽器系
民族楽器
レコーディング機器
舞台照明機材

彼らの目的はもちろん中国マーケット。まさに急速にマーケットが拡大している中国でのビジネスを加速させたいとMusic Chinaに出ているわけだ。別の見方をすると、ここで世界市場に向けて新製品発表を行なうという場ではないようだ。そのためわれわれメディアからしてみると、日本メーカーやアメリカ・ヨーロッパのメーカーのブースを見に行っても、それほど大きな発見があるわけではなさそう。

ATVの代表取締役 渋谷達郎氏によると「中国市場は急速に伸びています。ドラム市場だけを見ても巨大になってきているため、中国市場に特化した新製品も今回投入しています。中国メーカーから非常に安価なエレクトリックドラム製品も出ているので、それらとは圧倒的に異なる高品位な音源を採用したドラムであることをアピールしています。また中国は音楽教育も非常に盛んですが、その教育を担う大手企業がわれわれのディストリビューターでもあるため、ドラム教育とセットでの売込みを図っています」とのこと。

ATVの渋谷達郎代表取締役

一方、おそらく日本から出展していた中で一番小さいブースだったのが、今年のNAMM Showでも初出展していた日本のソフトメーカー、インターネット。同社の代表取締役である村上昇氏は「中国では、まだDAWソフトは複雑すぎる、と捉えられているようで、実際のビジネスになるのはもう少し先のように思います。それに対し、シンプルな機能である波形編集ソフトへの関心は高いように感じます。今回、その波形編集ソフトのSound it!とVOCALOIDのMegpoidを中心とした展示を行なってみましたが、NAMMよりもずっと大きな手ごたえを感じます。NAMMよりも出展価格は断然安いですし、日本から近いため渡航費も安く抑えることができ、中国は大きなビジネスチャンスになりそうだと感じます」と話す。企業によって狙いに差はあるとはいえ、中国市場に大きなチャンスを感じて出展しているようだ。

インターネットの村上昇代表取締役(左から2番目)

現地メーカーのユニークな製品展示

日本からMusic Chinaを見に行く立場として何が面白いのかというと、それはもちろん数多くの中国メーカーが出展しているという点。見たことのあるメーカーもあるが、まったく知らないメーカーも数多くある。いろいろなブースを回ったので、少し紹介していこう。

MiDiPlusはDTM機材のメーカーで、昨年から国内でもUSB-MIDIキーボードや安価なオーディオインターフェイスの発売を開始している。同社社長の黄健恒氏に話を伺ったところ「当社は広東省の東莞市にあり、現在50人ほどの従業員がいます。そのほとんどが開発エンジニアであり、MIDIキーボード、オーディオインターフェイス、モニタースピーカー、MIDIコントローラー、電子ピアノなどの開発を行なっています。生産は関連会社でもある大手製造会社のLONGJOINグループに委託しています」と紹介してくれた。

MiDiPlusの黄健恒社長

そのMiDiPlusはこのMusic Chinaにおいて新製品の発表も行なっていた。その発表があったのは“音楽実験室”という大きなプレハブ内のイベントスペース。この音楽実験室は中国でDTM関連の情報発信をするニュースサイト、MIDIfanが主催するスペースで、独Native Instrumentsや仏Arturia、米Sequencial、また日本からはRolandなどが参加する会場。

音楽実験室
MIDIfanが主催

ここで披露されたのはオーディオインターフェイスや中国メーカー初となるキーターなど。ミラー付き化粧品パレットをイメージさせるMIRRORや、カセットテープレコーダーをイメージさせるVINTAGEといった2IN/2OUTのオーディオインターフェイスはかなり斬新な感じではあったがこれは完全に中国国内ニーズに合わせたもののようだった。

MIRROR
VINTAGE

MiDiPlusに限らず、ほかにも比較的単機能ながらデザインに凝ったオーディオインターフェイスやマイクを出しているメーカーは数多くあった。たとえばSeeknature(森然)という会社でもさまざまなオーディオインターフェイスやコンデンサマイクなどを展示していたが、それと同時にガラスに囲まれたラジオスタジオのようなコーナーが設置されており、女性がここからネットで生放送を行なっていたのだ。日本でいうSHOWROOMやLINE LIVEに近い感じだろうか、しゃべったり歌ったりするのを放送する文化が中国で既に広がっているようだ。

Seeknatureのブース
ブース内でネット生放送を実施

中国人の知人に聞いたところ、こうしたネット放送は、いわゆる投げ銭システムになっているため、人気の放送者になると、かなりのお金が集まるという。若い女性でイタリア高級車などに乗っている人も少なくないのだとか。

そのため特にネット放送用のオーディオインターフェイスやマイクなどは、音質や性能より、見た目重視という面が強いようだ。実際、Seeknatureの製品を見ると、デザイン的にはAKGのc414風のデザインのコンデンサマイクの先端はステレオミニジャックとなっており、スマートフォンに直接接続して放送できるようになっている。「ネット放送で人気の〇〇さんが使っているから」という理由で結構な数の製品が売れているようだ。

AKG c414のようなデザインのコンデンサマイク

当然、こうしたニーズは欧米、そして日本のメーカーも掴んでおり、たとえばオーストリアのマイクメーカーLEWITTなども、そうした展示をしながら、ネット放送のデモを行なっていた。

オーストリアLEWITTの展示

次回は、中国民族楽器とMIDIを連携させた製品や、OEM/ODMを展開している中国メーカーなども紹介していきたい。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto