藤本健のDigital Audio Laboratory

第782回

iPhone XSのオーディオ性能をテスト。ビデオはステレオ録音でXより高音質に

iPhone XSとiPhone XS Maxが9月21日に発売された。筆者もその日のうちに、iPhone XSの256GBモデルをauショップで購入し、iPhone Xから乗り換えてみた。見た目も大きさもほとんど変わらないので、ほとんど違和感もないし、変わったことを感じないほど。カメラ性能などはかなり向上しているようだが、オーディオ的機能はどうなのか、いろいろとチェックしてみた。

iPhone XS

個人的に毎年恒例の行事となってしまったiPhoneの買い替え。「iPhoneが好きで好きで仕方ない! 」というわけでもないのだが、DTM機材としてデジタルオーディオ系機器として、最新のものを持っておいたほうがいいかなという義務感から買い替えている。ただ、今年は、価格があまりにも高くて、ちょっと躊躇したのも事実。auショップでの一括購入価格がiPhone XS 256GBで146,760円なのだから、これだけ出せば、いろいろな機材が買えるな……と。まあ、小さいながら、下手なコンピュータより遥かに高性能であることを考えれば仕方ないのかもしれない。

iPhone XSとiPhone Xを並べてみると、ほぼ同じ。従来機はスペースグレーだったのをホワイトにしたので、そこで見分けているが、外観からはほぼ違いが判らない。今回、iPhone Xのバックアップを、iPhone XSへ復元したので、入っているアプリやデータはほぼ同じ。ただし、iPhone XはあえてiOS 11のままにして中身を比較することにした。

iPhone XS(右)とiPhone X(左)を比較

DTM系のアプリを片っ端から起動して試してみたが、どれも同じように動作し、とくにiPhone XSだから起動しないとか、iOS 12だから動かないというものはなさそうだった。

GarageBand
IK MultimediaのSampleTank
KORGのiElectribe for iPhone

同様に、ハイレゾ対応のオーディオプレーヤーアプリもいくつか試してみた。FLACPlayer、ONKYO HF Player、TEAC HR Player、KORG iAudioGate、そしてbismark氏開発のscyllaなどだ。いずれも、iPhone XS単体で動作し、再生できたほか、USB DACまたオーディオインターフェイスを使ってのハイレゾPCM再生、そしてDSD再生もできることが確認できた。

FLACPlayer
ONKYO HF Player
TEAC HR Player
KORG iAudioGate
bismark氏開発のscylla

オーディオインターフェイスやUSB DACとの接続性、音質性能は?

オーディオインターフェイスやUSB DACについてもいくつか試したみた。MFi認証の取れているIK MultimediaのiRig PRO DUOが動作するのはもちろんのこと、同じくMFi認証の取れているLine 6のSONIC PORT VX、またTASCAMのiXRなども、すべて入出力とも問題なく使うことができた。

IK Multimedia iRig PRO DUO
Line 6 SONIC PORT VX

またMFi認証ではないが、USBクラスコンプライアントのオーディオインターフェイスである、SteinbergのUR22mkII、RolandのRubix 22も、本体にmicroUSBで電源供給するとともに、iPhone XSとはLightning-USBカメラアダプタ経由で接続することで、問題なく使うことができた。

Steinberg UR22mkII
Roland Rubix 22

一方、USB DACとしては、MFi認証の取れているTEACのポータブル機であるHA-P5と接続したところ、TEAC HR Playerも認識し、PCMはもちろんDoPでのDSD再生もできることが確認できた。さらにちょっと古い機材だが同じTEACの据え置き型USB DACのUD-301でも試してみた。こちらはLightning-USBカメラアダプタ経由だと、電力不足との表示が出て接続できなかったが、外部からの電源供給が可能なLightning-USB3カメラアダプタ経由で接続することにより、認識できた。UD-301でも96kHzや192kHz、さらにはDSD 2.8MHz、5.6MHzでの再生も行なえた。

TEAC HA-P5と接続
TEAC HR Player
UD-301と接続

このようにソフト、ハードともに互換性の面では問題なさそうなので、続いてiPhone XSのオーディオ性能についてチェックしてみることにする。といっても、iPhone XS本体はiPhone Xと同様、ヘッドフォン端子などはない。そのためiPhone付属の「Lightning-3.5mmヘッドフォンジャックアダプタ」を使って、その出力がどうなってるかをチェックしてみる。このテストはiPhone7が出たとき、またiPhone Xが出たときにもチェックしており、ほとんど差がない、という結果であった。また先日、各種サードパーティーが出しているLightning-ヘッドフォンアダプタでも比較してみたが、いずれもそれほど顕著な違いは見られなかったので、iPhone XSでもあまり変わらないだろうと予測される。とはいえ、どんな結果になるか改めて試してみた。

方法は、これまで行なったのと同じ。iPhone XSにLightning-3.5mmヘッドフォンジャックアダプタを取り付け、その3.5mmの出力をSteinbergのオーディオインターフェイスUR22mkIIに接続。この状態でiPhone XSから1kHzのサイン波および20Hz~24kHzのスウィープ信号を再生するのだ。このときの再生ファイルのフォーマットは48kHz/24bitのWAV。またいずれも-3dBの信号にしている。その再生した音をUR22mkII経由でPCに取り込むのだ。

Steinberg UR22mkIIと接続

ただし、Lightning-3.5mmヘッドフォンジャックアダプタの出力はヘッドフォン用の信号でありラインレベルではないためにUR22mKIIのプリアンプを使って-6dBまで持ち上げる形で録音している。その結果をフリーウェアの波形分析ソフトであるWaveSpectraで表示させた。

サイン波(iPhone XS)
サイン波(iPhone X)
スウィープ信号(iPhone XS)
スウィープ信号(iPhone X)

サイン波のS/Nを見るとiPhone Xだと74.32dBとなっているのに対し、iPhone XSだと81.81dBとかなりいい結果になっている。念のため、何度か試してみたけど、結果はほぼ同じ。いずれもLightning-3.5mmヘッドフォンジャックアダプタ自体は同じものを使っているので、iPhone本体型からのノイズ混入などが少し減って音質が向上した可能性はありそう。とはいえ、UR22mkIIのプリアンプによる誤差も考えられるので、過剰な期待は禁物だが、音がよくなっているとしたら嬉しいところだ。一方でスウィープ信号による周波数特性を見ると、こちらはほとんど同じになっている。

ビデオがステレオ録音に。実際に撮って聴いてみた

さて、もう一つチェックしたかったのが、iPhone XS内蔵のマイクについてだ。AppleのサイトでiPhone XSの仕様を見ると、「ビデオ撮影」の項目の中に「ステレオ録音」という機能がある。これまでのiPhoneはいずれもモノラルのマイクしかなかったので、これが可能になるとかなり大きな進化といえそうだ。ボイスメモであればモノラルでも構わないが、音楽を録音する場合、やはりステレオは必須。そのため、筆者は常にステレオマイクとしてShureのMV88を携帯しているのだが、もし内蔵マイクでそれなりの性能があるのなら、わざわざ外付けのマイクを持ち歩く必要がなくなる。これは大きな期待だ。

購入して、すぐにこれを試してみたのだが、各種アプリで使ってみると内蔵マイクについては、これまでとまったく同じ状況でステレオでの録音はできなかった。設定のカメラのところを見ると「ステレオ音声で録音」というのがあるので、これをONにしたりOFFにしたりしてみたが、これによるアプリ側の変化はなかった。

「ステレオ音声で録音」をONに

そもそもステレオのマイクとして認識しないのだ。iOS上で古くからあるアプリで、機能的に非常に優秀なDAWアプリである、Multitrack DAWで見ると、オーディオインターフェイスやステレオマイクなどステレオの外部マイクを接続すると、ステレオの入力デバイスを選択できるが、内蔵マイクの場合は、ステレオマイクの項目が存在しない。ただし、マイク(下)、マイク(前面)、マイク(背面)と3つの独立したマイクを選択できるようになっている。

外部マイクを接続すると、ステレオの入力デバイスを選択できる
内蔵マイクの場合は、ステレオマイクの項目が存在しない

実はこれ、iPhone Xでも同様だったのだが、そもそもiPhoneには3つのマイク内蔵されていて、どれを使って録音するかが選べるようになっていたのだ。ただ残念ながら、「マイク(下)とマイク(前面)を組み合わせてステレオにする」といったことはできず、選べるのはあくまでも1つだけとなっている。またほかのアプリだと、そもそもモノラルが1つしか存在しない形なのだ。

とはいえ、Appleサイトでステレオ録音とうたっているのだから、なんらかの仕掛けはあるはず。試しに、iOS標準のカメラ機能でビデオを選択して録画してみたところ、やはり右側から音を入力しても、左側から入力しても、レベルは一緒。ただ、完全なモノラルと異なり、なんとなく奥行きを感じる音だったのだ。当初、この状況から、やはり内蔵マイクはモノラルだ、と思ったのだが、改めて、このiPhone XSを持って外に出るとともに、ビデオ機能で電車が走るところを録画してみたのだ(画質のほうは1080p HD/30fpsに設定)。その結果をYouTubeにアップロードしてみた。

iPhone XSで電車の走行音を録音

この音を聴いてみると、音の広がりは乏しいものの、明らかにステレオでの録音にはなっている。ということは、多くのアプリで現状では認識できないけれど、iOS標準のビデオ録画機能においてのみはステレオで録画できる、ということのようだ。

ここでさらに気になるのは、この録音の音質がどの程度のものなのか、という点だ。前述の設定画面において、「ステレオ音声での録音」というもの以外に設定項目はないので、これをONに設定した上で、いつもリニアPCMレコーダーの評価をする際に利用しているTINGARAのJuipiterを録画するとともに、iPhone Xでも同様に録画して比較してみた。

映像に意味はないので、ビデオ掲載は控えるが、録画結果はMOVファイルとなっているので、その中の音声データどうなっているのか、オープンソースのメディア解析ソフトMediaInfoを使ってチェックしてみた。その結果、iPhone XSのものは44.1kHzの2chのステレオデータで、コーデックにはAAC LCが使われ、ビットレートは174kbpsと表示された。一方、iPhone Xのほうは、同じ44.1kHzのAAC LCだが、1chのモノラルで、ビットレートは93.3kbpsとなっていた。

iPhone XSはAAC LC 174kbpsと表示
iPhone Xは1chモノラルで93.3kbps

それぞれをビデオ編集ソフトであるMAGIXのVegas Pro 15で開いてみたところ、確かに波形がそれぞれ、ステレオ、モノラルとなっていることが確認できる。さらにここからオーディオ連携機能を用いて、MAGIXのSoundForge Pro 12で開いてみた。SoundForge上では44.1kHz、32bitというデータとなったが、AAC LCなので、32bitであることに深い意味はなさそうだ。簡単に編集し、44.1kHz/24bitのWAVとして取り出してみた。

Vegas Pro 15で表示。iPhone XSの音声は波形がステレオに
iPhone Xはモノラルだった
SoundForge Pro 12で開いた(iPhone XS)
iPhone Xの波形

【サンプル音声】
iPhone X
iPhoneX_music.wav(5.20MB)
iPhone XS
iPhoneXS_music.wav(10.42MB)
楽曲データ提供:TINGARA
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねますのでご了承下さい

比較して聴いてみると、明らかに音質が向上していること、そして広がりはあまりないものの、しっかりステレオになっていることも確認できた。いつものように周波数分析をかけた結果を分析した。19kHz前後でバッサリと上が落ちてしまっているのはAAC LCによるエンコードのためと思われる。

iPhone XS
iPhone X

内蔵マイクだから、過剰な期待はできないものの、ビデオ撮影においてはステレオ化で大きく性能が向上していることは分かった。ただし、これが利用できるのは現状においてはiOSのビデオ録画機能のみで、ほかでは利用することができない。ぜひ、今後iOS側でステレオのCoreAudioとして認識できるようにアップデートしてもらいたいところだ。こうなれば、各アプリでもステレオマイクとして利用できるようになるはずなので、期待したい。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto