藤本健のDigital Audio Laboratory

第810回

音のノイズ除去「iZotope RX7」で実際キレイになる? “バランス調整”機能も

ノイズリダクションツール、業務用の音のレストレーションツールとして定番となっているiZotopeの「RX」。以前に、この連載でも取り上げたことがあったが、現在そのRXのバージョンは7まで進んでいる。これまでのバージョンアップの過程でも強化されてきたが、今回さらに独自の機能向上も図られているので、実際どんなツールとなっているのか紹介しよう。

iZotope RX ADVANCED

様々なノイズが実際に取り除けるか実験

iZotope RXは昨年秋にRX7へとバージョンアップされた。このRX7にはADVANCED(実売価格140,000円前後)、STANDARD(同42,000円前後)、ELEMENTS(同16,000円前後)の3つのグレードが存在している。

RX7 STANDARD
RX7 ELEMENTS

最上位のADVANCEDとなると、一般ユーザーにはなかなか手が出しにくい価格だが、ポストプロダクションの世界の定番ツールとなっている。たとえば、ビデオ収録後に、声の一部が音割れしていたとか、マイクが風に吹かれて「ボボボ」という音が入ってしまっていた、エアコンのノイズが思いのほか大きくて気になるといった、音の問題を修正するツールとしてRXが使われているのだ。

もっとも、一般の利用では必ずしもADVANCEDの機能を使うわけではないと思うし、電源からハムノイズを除去するとか、レコードのプチプチと鳴るクラックルノイズを取り除くといった目的であれば、エントリー版のELEMENTSでも行なえる。3つの機能差を一覧でまとめた。

各バージョンの機能の違い

どれを選ぶかは、ユーザーの目的によって変わってくると思うが、今回は、この最上位版であるADVANCEDを使いつつ、ハムノイズ除去やヒスノイズ除去、クラックルノイズ除去など、この連載で10年以上前から使ってきたノイズ入り素材を用いつつ、試していく。

まず、このiZotope RX7はWindowsおよびMacのスタンドアロンで動作するツールでありつつ、VST、AU、AAXのプラグインとしても動作するソフトとなっている。プラグインで使う場合はRX7全体として動くのではなく、たとえばハムノイズ除去のためのDe-hum、クリック除去のためのDe-click、歯擦音除去のためのDe-essのようにDAW上において機能ごとに立ち上げて使うという仕様だ。ここでは、スタンドアロンで使っていくことにする。

De-hum
De-click
De-ess

スタンドアロンのRX7の本体ともいえるRX7 Audio Editorを起動すると、「Open File」や「Drag & Drop」などの項目が表示された画面が出てくる。さっそくハムノイズの乗ったサンプル音を読み込んでみると波形が表示され、ここから作業を行なっていく。

起動後の画面
サンプルを読み込んだ時の波形表示

デフォルトではオレンジと青の派手目な色の画面になっているが、青の縦軸は音量の波形表示。オレンジは縦軸が周波数で、明るさが強さを表すスペクトラム表示。左下のレバーを動かすことでバランスを調整できるようになっている。

青が音量の波形、オレンジで周波数や強さを表す。左下のレバーでバランス調整

そして画面右には、音の修正や調整に必要なツールがズラリと並んでいるが、初めて使う人だと、何をどう選び、どう設定すればいいかがわからないところ。しかし、iZotopeの最近のソフトには、そうした難しさをAIで解消してくれるアシスタント機能が用意されている。使い方はいたって簡単。右上のRepair Assistant、というボタンをクリックすると、それが喋りなのか、音楽なのか、それ以外なのかを選択する画面が出てくる。

Repair Assistant画面

ここで音楽を選択し、Start analysisボタンをクリックすれば自動的に解析し、それに適した設定を見つけ出してくれるのだ。しかもA、B、Cと3通りの答えを出してくれた結果を試聴できるので、この中から選べばOK。

「音楽」を選択して解析
適した設定が表示される

通常はこれで結構いい結果を出してくるが、いつも使っているこの3つのサンプルは、あまりにも極端に酷いノイズを入れすぎているためか、簡単にキレイにはなってくれなかった。例示された3つともDe-humを使ったもので、少しずつパラメータが違っているのだが、Bの結果が一番良さそう。その結果をオリジナルと比較してみてほしい。

【音声サンプル】
オリジナル
original.wav(5.03MB)
オリジナル+ハムノイズ
akashi_hum.wav(5.06MB)
RX7適用後(その1)
akashi_hum_rx7_1.wav(5.06MB)
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねますのでご了承下さい

確かに低い50Hzのハムノイズは取り除かれているが、まだジー、という音はかなり残っている。ハムノイズの高周波成分やそれのひずんだ音などがかなり混入しているようなのだ。そこで今度はこの自動で取り除いたものに対し、さらに手動で、Spectral De-noiseというものを適用してみた。

Spectral De-noiseを適用

【音声サンプル】
RX7適用後(その2)
akashi_hum_rx7_2.wav(5.06MB)
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねますのでご了承下さい

ジーという音が完全に消えたわけではないが、かなり軽減しているのがわかるはずだ。

アナログレコードやテープのノイズも効果的に除去

続いてレコードのプチプチというノイズが入ったものに対しても、アシスタント機能を適用してみた。これも、やはりBがいい感じだったのだが、その中を見てみるとDe-cracleとDe-clickの両方が適用されている。このノイズは、プチプチなんてかわいいものではなく、かなり大きい“ブチブチ”ノイズで、完全にクリップしてしまっているほどのもの。そのため、De-clickが発動されたわけだが、その結果もサンプルを掲載する。

Repair Assistantでレコードのノイズも修復

【音声サンプル】
オリジナル+クラックルノイズ
akashi_cracle.wav(5.06MB)
RX7適用後
akashi_cracle_rx7.wav(5.06MB)
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねますのでご了承下さい

完全にオートではあったが、かなりキレイに消えているのがわかるはずだ。これはRX7の波形画面においても、適用前と適用後を見比べてみると、棘のように飛び出た部分がキレイに消えているのがわかるだろう。

修復の適用前
修復の適用後

そして3つ目はテープにおけるヒスノイズ。これもやはり同じくアシスタント機能を用いて取り除いてみた。これもやはりBの結果がよかったのだが、そのサンプルも掲載する。

【音声サンプル】
オリジナル+ヒスノイズ
akashi_hiss.wav(5.06MB)
RX7適用後(その1)
akashi_hiss_rx7_1.wav(5.06MB)
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねますのでご了承下さい

上記の結果ではDe-clickとSpectral De-noiseのそれぞれが機能していたが、やはり聴いてみてもまだノイズが残っている。そこで今度は手動で、Spectral De-noiseだけをもう少し強めにかけてみた。

【音声サンプル】
RX7適用後(その2)
akashi_hiss_rx7_2.wav(5.06MB)
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねますのでご了承下さい

ヒスノイズ自体はほぼ消えたが、オリジナルのサウンドがだいぶ削れてしまって、音が劣化してしまったのは仕方がないところか。ほかの機能を使って追い込んでいくと、もう少しいい結果が得られるかもしれない。

音楽の“バランスを整える”ユニークな機能も

このようにほとんど自動でノイズを取り除き、音の調整をしてくれるのがiZotope RX7なのだ。まったく使い方がわからない人でも、そこそこのことができてしまうのがうれしいところだ。ほかにも数多くの音の修復機能が搭載されているRX7だが、今回のバージョンの新機能のうち、とても面白かったものを1つだけ紹介しておこう。それはiZotope RX7 AdvancedとStandardに入っているMusic Rebalanceという機能。

Music Rebalance機能

これは音楽のバランスを調整しなおすというものだが、そのバランスというのはボーカル、ベース、ドラム(パーカッション)、その他の4つのバランスのこと。通常こうしたバランスをとるためには、ボーカル、ベース、ドラム……と分かれた、マルチトラックのデータが必要であり、それをDAWのミキサーでコントロールしなくてはならない。ところが、RX7では普通の2chのMP3やWAV、AACのデータにおいて、ドラムだけをより強くするとか、ベースを小さくする、なんてことができるのだ。

これまでEQの音域を調整する方法で、ベースを強めにするとか、高域をもう少し持ち上げる……といったことはできたが、このMusic Rebalanceはドラムだけを強くするとか、ボーカルだけを小さくするということができるのだ。使い方はとても簡単。4つ並んだフェーダーを動かすだけで、調整できるのだ。極端なことを言えば、ボーカルだけを抜き出すとかベース、パーカッションのみを抜き出すことだって可能になるわけだ。

ためしに、筆者と作曲家の多田彰文氏で運営しているレーベル、DTMステーションCreativeの第1弾アルバム「Sweet My Heart feat.小寺可南子」の中のAppreciation 100 ~VR Mixの一部を切り取って素材に利用してみた。このオリジナルデータをRX7に読み込ませ、Music Rebalanceを用いてボーカルだけ、ベースだけ、ドラムだけ、その他だけを抜き出してみた。

DTMステーションCreativeのアルバム「Sweet My Heart feat.小寺可南子」

ここまで分離できれば、かなりなものだと思うがいかがだろうか? 聴いてもらえれば分かる通り、ボーカルのみを残してほかの3つのフェーダーを落とすと、イントロ部分はほぼ消えて、ボーカルだけになっているのがRX7の画面からもわかるだろう。

他のパートが消えてボーカルのみになっているのが分かった

ベースは倍音成分がやや弱くてインパクトが弱いが、抜き出したものにエキサイターなどを掛けると、いい感じに聴こえそうだ。ドラムはほぼ申し分ない形で抜き出せているし、Othersとは何だろうと思ったら、ギターやシンセがキレイに取り出せている。このMusic RebalanceだけのためにRX7を買っても損はないほどだと思うが、いかがだろうか?

以上、iZotopeのRX7について、いくつかの機能を試してみた。ほかにもさまざまな機能が搭載されているが、また機会があれば、別の機能についても紹介してみたい。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto