藤本健のDigital Audio Laboratory

第877回

3DオーディオでGo To 熱海!? 温泉地イベントで“超臨場感”を体感した

会場となった「起雲閣」のイベントルーム

12月8日、9日の2日間、静岡県の熱海市観光建設部観光経済課主催による「3Dオーディオ(超立体感音声)体験会」なるイベントが、熱海市の指定有形文化財である「起雲閣」で開催された。

なぜ熱海市が3Dオーディオ? と不思議に思いつつも、日程的に空いていたため、初日の午前の部に参加してみた。大きな洋間には、ジェネレック(GENELEC)スピーカーを用いた11.1chの3D音響空間が作られ、その正面には大きなディスプレイが鎮座。そこに旅館の女将やホテルの支配人、商店街の委員や市会議員など、通常のオーディオイベントではあまり見かけない顔ぶれが多く来場し、3Dオーディオを体感すると共に、そのリアルさに驚いていたのだ。

実際、どのようなデモが行なわれていて、何を目的に、こうしたイベントが開催されたのか、取材してみた。

熱海で行なわれた3Dオーディオとは?

筆者の自宅は、新横浜駅まで10分弱で行けるところなので、熱海駅までであれば30分ちょっとでたどり着ける(交通費は3,000円近くかかるが)。そのため、近所にちょっと遊びにいくような感覚の取材ではある。熱海と言えば温泉のある観光地なわけで、余裕があれば一泊でもしてみたいところではあったが、実際は、当日の15時には都内で打ち合わせが入っていたので、打ち合わせに持っていく機材を片手にトンボ返りの小旅行となった。

新幹線で新横浜から熱海へ
30分ちょっとで温泉地到着

特に下調べもせず、Google Mapを見ながら駅から歩くこと15分。たどり着いた起雲閣は、海にほど近いところに建てられていて、入り口には歴史的建造物である主旨の説明書がある。大正・昭和の建築様式を併せ持つ起雲閣は、現在熱海市が所有しており、通常は入館料が必要な由緒ある施設だ。受付でイベント会場の場所を訊ねると、体験会は別館とのこと。庭園脇をぐるりと回って、会場に入った。

起雲閣
庭園脇を回って別館へ向かう

今回のイベントに招待してくれたのは、この日のプレゼンテーターでもあったWOWOW技術局のエグゼクティブ・クリエイター入交英雄氏だ。このDigital Audio Laboratoryでも過去何度も話を伺っている入交氏だが、3年前から熱海に住んでいるとのことで、それがキッカケとなって、今回の体験会が行なわれたのだという。

WOWOW技術局エグゼクティブ・クリエイター 入交英雄氏

大きな洋間の内側には、まるで結界が張られているかのごとく、12個のジェネレックスピーカーが内側を向いていた。その内部に30人分の椅子が並べられ、その椅子に座ると3Dオーディオが体験できる仕組み。

会場の様子

最初にトレーラーが流され、派手な3Dサウンドで圧倒させた後、入交氏が解説を始める。参加者は3Dオーディオはもちろん、サラウンドも初めてという人も多いため、まずは簡単なデモを用いて、モノラル、ステレオ、5.1ch、3Dオーディオの違いを解説。その後、入交氏自身が録音したさまざまな音源を使って、実際音の違いをどう感じられるのかを体験してもらう内容だ。

まずは、南アルプスの農村で録音したという鳥の鳴き声。

モノラル、ステレオで聞いても、非常にキレイに聴こえるのだが、5.1chにすると、広がりが感じられる。そして11.1chの3Dオーディオにすると、まさにその場にいるような感じがしてくる。同じ音を聴いているはずだが、3Dオーディオになると、遠くに川が流れている音も感じられるのだ。

次は雨の音。モノラルで再生しているときは、それが雨なのか、FMラジオなどのザーというノイズ音なのか違いも分からないくらいだが、ステレオ、5.1chと広げるごとにリアルになってくる。そして3Dオーディオになるや、まさに多くの雨粒を感じられるようになってくるのはとても不思議な体験。

入交氏は「現場の音を丁寧に録って、それをリアルに再現しています。スピーカーが増えていき、情報量が増えてくると、いろいろな情感が得られると思います」と解説する。オーディオ用語で情報量というのはよく耳にするが、確かに、前後左右、そして上にもスピーカーがあり、それぞれから違う音が出てくるのだから、本当の意味で情報量が多いサウンドなのだ。

ちなみに、今回使われたスピーカーはジェネレックジャパンの協力によって設置されたもので、メインはコアキシャルスピーカーである「The Ones」シリーズ。フロントLRが「8361A」で、センターと後ろ2つが「8351B」、またハイトスピーカーの4本が「8341A」、サイドの左右だけがやや特殊で「8350A」。そしてサブウーファーが「7370A」という構成になっていた。

写真手前のサイドスピーカーが「8350A」、ハイトスピーカーが「8361A」、リアスピーカーが「8351B」
リアスピーカーの「8351B」
ハイトスピーカーの「8341A」
サブウーファーの「7370A」

続いては八ヶ岳のふもと、小淵沢のホテルの玄関で録ったという秋の夜の虫の鳴き声。

こちらも非常にリアルで、まるでその場にいるような感覚になる。いずれの音も映像なしで、音のみではあったが、3Dオーディオの魅力は、オーディオの世界には無縁の人でも、十分に楽しめるものであったことは、周りの人たちの反応を見ていても十分に感じられた。そして、その秋の虫の鳴き声の再生を突然止まった途端、「え? ここはどこ?」と現実に引き戻される感覚はちょっと愉快でもあった。

「最近、リモート会議のバックグラウンドで、こうした自然の音を流すこともあるようです。しかしモノラルだと、妙な雑音のように聴こえてしまい、かえって気になることも。リアルな会議に3Dオーディオで、こうした自然な音を流すと、和やかにミーティングが進みますよ」と入交氏は笑いながら話す。

3Dオーディオは臨場感を超える“超臨場感”が醍醐味

3Dオーディオが面白いのは、実際に録音した音をそのまま再生するだけではない。「再現と表現」と入交氏は説明していたが、臨場感を超える「超臨場感」を出すために、あえて誇張した表現をすることがある、とのこと。

例として再生していたのが、雷の音。

先ほどと同様、3Dオーディオで雨の中にいるサウンドが響きわたり、遠くでゴロゴロと雷が鳴っている。ここまでは録音した音をそのまま再現したものだが、最後に近くでドカーンゴロゴロと間近に雷が落ちる音で驚かせるシーンがある。実はこれ、本物の雷の音ではなく、花火の音を組み合わせているらしい。でも3Dオーディオで聞くことで、リアルな雷のように感じられる超臨場感を実現していたのだ。

ちなみに、この雷の音が鳴っている間“結界”の外側に出てみると、やはりリアリティは一気に低下する。まったく立体感を感じないわけでもないのだが、内側と外側では、その感じ方は大きく異なり、臨場感がかなり低くなってしまう。

そして3Dオーディオで表現できるのは、自然の音だけでなく、音楽作品もしかり。

超臨場感という意味では、教会で弾いたマリンバのサウンドが面白かった。実際、現場の各所に置かれたマイクで録った音だと、反響音だらけで、遠すぎる音になってしまう。そこで、マリンバの間近で録音した音を足すことで、マリンバ自体が持つ迫力が加わり、現実よりもさらにリアルな音のように感じられたのだ。

さらに、入交氏が、バチカンに行って録音したという西本智美さん指揮の交響曲の演奏も披露された。サン・ピエトロ大聖堂での演奏およびサン・パオロ大聖堂での演奏は、まさに大聖堂にいるかのごとく荘厳なサウンドを感じることができた。

「通常はスピーカーと同じ数のマイクを使って録音しますが、この大聖堂でのマーラーの交響曲のときは60本のマイクを使って録音しました。それらを組み合わせて、この11.1chの12本のスピーカーから音を出しているのです」と入交氏。

今回、披露された作品は、主にWOWOWの作品であり、今後もこうした3Dオーディオのコンテンツは増やしていくとのことだが、これだけ多くのチャンネル数があると通常のWOWOWの放送で流すことはできない。そのため、今後はインターネットを使った有料での配信を行なうことを検討しており、来年以降にスタートさせたい、と入交氏は話す。

フォーマットについてはまだ確定していないが、世の中的には「Dolby Atmos」か「Auro-3D」の2つに集約されてきているので、このいずれか、または両方で配信することになるだろうとのこと。こうした配信がスタートすれば、3Dオーディオの世界も断然面白いものになってきそうだ。

さて、ここで最初の命題に戻り、なぜ、この3Dオーディオの体験会が、オーディオマニア相手ではなく、熱海市において旅館やホテルなどの人を招いて行なわれたのか。この点について主催した熱海市役所の観光建設部観光経済課観光推進室 次長の遠藤浩一氏に聞いてみた。

熱海市役所 観光建設部観光経済課観光推進室 次長 遠藤浩一氏

「このコロナ禍において、熱海市内の旅館やホテルの宴会場が余っている状況です。ここを有効活用する手段の1つとして、3Dオーディオが何かの役に立つのではないかと考えたのです。エンターテインメントを遠隔地で体験できるライブビューイング的に使うこともできそうですし、いろいろな可能性がありそうです。この余ってしまっている宴会場に付加価値を付けた施設にすることができるのであれば、と観光地・熱海として模索しているところです。今回集まっていただいたのは市内の旅館やホテル、観光団体の職員、業界の方など。市としてどうこうというより、まずは町の声を聞き、行政としては要望が出てくれば、補助金制度なども考えていくかもしれません。まずは、こういう技術があることを知ってもらったうえで、みなさんからの声を集めていければと思っています」と遠藤氏。

まだ、すぐに大きな動きがあるわけではなさそうだが、こうしたことがキッカケとなって、3Dオーディオが広がっていくとしたら、面白いことになるかもしれない。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto