藤本健のDigital Audio Laboratory

第948回

失敗から学べ!? 藤本的“クラウドファンディング”のトリセツ

345ドルで夢を買った「Soundbeamer」

最近、日本国内でも徐々に利用されるケースが増えてきているのが“クラウドファンディング”だ。米国だと「Kickstarter」や「Indiegogo」といったところが有名だし、国内でも「CAMPFIRE」「READYFOR」「Makuake」などの大手サービスが定着し始めた一方、音楽コンテンツを扱う「うぶごえ」、スタートアップベンチャーの株主を募る「FUNDINNO」など細分化も進んできている。

昔にはなかったユニークな仕組みだし、奇抜な製品も次々と登場しているので、筆者自身いろいろ出資? いや、投資? してきたが、実は失敗も少なくない。先日もかなり残念な連絡が来てしまい、ちょっとガッカリしているところなのだ。今回はそんなクラウドファンディングの話をしてみたい。

クラファンの最初のキッカケはキーボード「C.24」

“クラファン”なんて略称も定着してきているクラウドファンディング。ネットで資金を募って製品開発する、といったものが中心のサービスだから、Cloud Fundingなのかと思っていたら、群衆(=Crowd)から資金を募るCrowd Fundingであることを知ったのは、実は比較的最近のことだ。

そもそも、頻繁に利用する方にとってクラファンは何の抵抗もないとは思うが、まだ一度も利用したことがない、よく分からないという方も一定数いるだろう。

個人的な話をすれば、一番最初にクラファンを利用したのは、2013年11月にアメリカシリコンバレーのMiseluという会社がiPad用に発表した、Bluetooth接続できる使えるMIDIキーボード「C.24」のプロジェクトにKickstarterを通じて投資したことだ。

Bluetooth接続できる使えるMIDIキーボード「C.24」

当時Kickstarterはまだ完全に英語のサイトで、多少戸惑いながらも登録~カード決済まで行なった事を覚えている。そのMiselu。日本人社長の会社で、社員にも知人がいたため、そこからの情報もあって投資したのが実際のキッカケだ。その後、開発過程がKickstarterのサイト上で公開され、いろいろ試行錯誤しているのを見れた事も面白かった。

C.24は、まだBluetooth-MIDIの規格が決まっていない段階でのチャレンジであり、しかもかなりトリッキーな機構の折り畳み式キーボードであったため、製造までなかなか行きつかず、当初の納品予定よりもだいぶ遅れたものの、無事に製品も届き今も手元にある。

無事に届いたC.24

もっとも、耐久性や構造上の問題もあり、お世辞にも優れた製品とは言い難い。ただ、クラウドファンディングの体験という意味ではいい思い出になった。Miselu自体は、その後の製品展開がうまくいかず、会社としてはすでに解散してしまっているのだが……。

買い物ではなく、あくまで投資・出資という意識を持つべし

クラウドファンディングで注意すべきは、感覚的には“買い物”に近いのだけれど、定義的には“投資”または“出資”であることを忘れてはいけない事だ。

そもそも、買い物に近いと言っても注文してすぐにモノが届くわけではない。メーカーはクラウドファンディングサイトを通じて資金集めをしているのであり、モノが完成したら、出資してくれたお礼として製品を届けるという仕組みなのだ。つまり、もしも製品が無事に完成しなかったら、出資者にモノが届くことはなく、そうであったとしても、詐欺とか犯罪になるというわけではない。

筆者の場合、これまで国内外含めて30回近く、クラウドファンディングで出資をしているが、幸いにも7割程度はモノが手元に届いている。こちらも気長に待つつもりで出資しているので、忘れたころにモノが届いて驚くということも少なくないし、届いていない3割についても「そのうち届くはず」とノンビリ構えているので、大きな問題ではないと考えている。

とはいえ、中には、どう考えてもお金だけ集めて逃げたとしか思えないケースもある。だからクラウドファンディングは普通の買い物とは違い、リスクがあることも十分に理解した上で出資しないと痛い目にあう。ある程度の確率で事故は発生するので、回収できない可能性があることは十分承知の上で、支払う必要があるのだ。

しかし、そこは十分に理解しているつもりではあるのだけれど、6月21日にイスラエルの会社から残念な知らせが届き、かなりガッカリしている件がある。

“音を耳だけに直接届ける”スピーカー「Soundbeamer」

ことの発端は、今から1年半程前。2021年2月にSNSで流れてきた情報で「Noveto Soundbeamer 1.0」(以下Soundbeamer)なる機材を開発するプロジェクトがKickstarterで始まっている事を知った。そのときのページは、いまもKickstarterのサイトに残っている。

Soundbeamerは、写真のような一見なんの変哲もない小型ステレオスピーカー。Bluetooth接続でき、タッチパネルで音量の調整ができるというもので、よく見ると上に小さなカメラも付いているので、オンラインミーティング用のデバイスと勘違いする人もいるかもしれない。

Soundbeamerの外観

しかし、Soundbeamerは普通のスピーカーと違い、“音を耳だけに直接届ける”というこれまでにない特徴を備えていた。下図のようにビームフォーミング技術を利用して、耳に届けるため、本人は迫力あるサウンドを楽しめる一方で、すぐそばにいる人には、ほとんど音が聴こえないシステムなのだ。

イメージ図

ターゲットとしたエリアから1m離れると90%の減衰率を実現。この際、3Dカメラを使って顔を認識することで、耳元に直接音を届ける仕組みになっている、と謳っていた。

イメージ写真もいくつか上がっていたが、まさにヘッドフォンのようなオーディオデバイスでありながら、頭に装着するものは何もないという画期的デバイスのように感じ、製品が届き次第いち早くこのDigital Audio Laboratoryで紹介してみたいと思ったわけだ。

Introducing Smart Beaming by Noveto

価格は595ドル。KickstarterではEarly BirdsやSuper Early Birdsなどの“早い者勝ち制度”がある。Soundbeamerの場合は、500個限定で345ドルで入手可能。筆者が“買い物”する時点では、まだ200人ちょっとがプレッジ(支援)しているだけで、今ならSuper Early Birdsの枠で入手できるタイミングだった。

2021年2月末時点の為替レートは1ドル=106.25円だったから、345ドル≒37,000円。それなりの価格ではあるが、連載のネタ的に十分面白いし、定価(?)と比較すればかなり安く入手できるチャンス。

説明や写真から判断するに、開発は進んでいるようだし、あとは最終調整して生産すればおそらくOKだろう。予定納期は2021年12月と記載されていたが、仮に1~2年遅れたとしても、他から登場するようなものではないはず。今から思えば甘い見立てだったのだが、SNSで最初にSoundbeamerの情報を見てから約1時間後には、“プレッジ”していた。

ちなみに、クラウドファンディングは、申し込めばその場で即決済になるというわけではない。Kickstarterの場合は、クレジットカードでの支払いが基本であり、いったんは決済されるが、目標の金額が集まって初めてクラウドファンディングが成功、ということになりお金が動く。もし目標額に行かなければクレジットカード決済はキャンセルとなって引き落とされない形になっている。

今回のSoundbeamerの場合、目標は175,000ドル。Super Early Birdsで安くなっているとはいえ、345ドルは比較的高いと思われたのか、はたまた実現不可能と思われたのか、Kickstarter開始からすぐの目標達成とはならず、達成したのは約1カ月後。最終的には547人がプレッジして227,765ドルを集め、クラウドファンディングとしてはまずまずの成功のように思われた。

順調に開発・製造が進んでいるように思われたが……

その後、プレッジした人(=バッカー)にはときどき進捗状況のメールが届くと同時に、Kickstarterのサイトにも同様のメッセージが掲載される。当初の納品予定だった12月には、こんな報告メールが届いた。

「生産ラインは計画通り準備が整い、製品認証が完了すればすぐに出荷します。ただ、国によって認証手続きなどに違いがあるため、まずはアメリカとEUからの出荷となります。その他の国の人はごめんなさい」といったような内容。「遅延は想定内だし、モノが完成したのであれば、大成功」と喜んだ。

そして1月にはこのようなメールが届いた。

「CESに出展して、大成功に終わりました。またTechRadar's Hottest of CES 2022 awardsにも選ばれました」

メールからは順調に進んでいるように見受けられ、「CESで受賞しているなら、間違いないだろう。あとは気長に待つだけだ」と。もっとも、普段はすっかり忘れており、ときどきメールなどで知らせを見ては思い出す、といったレベルではあった。

が、その次にメールが届いたのは今年の3月のこと。てっきり、すでにアメリカやヨーロッパの支援者には順調に製品が届いているのだろうと思っていたら、そうではなさそうな内容だったのだ。

要約すると「開発から製造工程へ移行する最終段階で、まだ満足いく製品になっていないことが判明した。とくに3Dカメラとして搭載する予定だったものがディスコンになってしまったため、新しいものを探しているが、遅延などが発生していてうまくいかない。またファームウェアが安定しておらず、バグの修正をしている最中」という報告だったのだ。「この前と言っていることが違うのでは…?」と疑問には感じたけれど、「そのうち解決するだろう」とまだ楽観していた。

が、世界中でSoundbeamerにプレッジした547人が全員、おとなしい人間とは限らない。

掲示板での書き込みを見ると、結構辛辣な批判が繰り広げられており、雲行きが怪しくなってきていた。しかも途中から会社のWebページへアクセスできなくなっていたようで、不安視する声が急増していた。

そんな状況の中、6月21日にとどめを刺すような報告メールが届く。

「親愛なる支援者のみなさまへ その後、ご報告がおそくなってしまったことをお詫びします。Novetoは財政難に直面し、破産手続きを開始したことをお知らせいたします。今後事業再開をするために、この技術を買ってくれるところを探していきます」。

まだかすかな期待は残してはいるが、Super Early Birdsだと喜んで出資した345ドルは夢を買っただけで、消えてしまったわけだ。いまの1ドル=136円という円安状況において計算すると47,000円程度となるので、安くはない損失だ。

ただ、金額的な損失以上に残念なのは、すごく面白そうな機材が入手できなかったという点。いいアイディアのスピーカーなので、ぜひ実現して欲しかった。このまま連絡も取れない状況になってしまい、消えていくのだとしたら、残念至極である。

出資・支援する側も状況を判断できるスキルが必要

これが詐欺だったとか、計画的倒産だったとは思わないが、やはり見通しが甘かったんだろうな、とは感じる。

クラウドファンディングを行なった日本の電子楽器系ガジェットとしては「KDJ-ONE」や、「InstaChord」などがあり、筆者もこれらに出資してきたが、やはり量産までそれぞれかなり苦労されていたように思う。プロトタイプまでは問題なく作れても、いざ生産となると、様々な問題が発生し簡単にはいかない。生産段階での問題は、日本のベンチャーメーカーだけではなく、世界中どこも似たような状況なのだな、というのを思い知った。

ちなみにInstaChordに関していうと、クラウドファンディングの出資者に納品した後は、製品製造を続けるとともに、一般への販売を精力的に行なっている。製品の完成度も非常に高く、いつかは世界中で有名な電子楽器になるのでは、と期待しているところだ。

InstaChord

今回のSoundBeamerの件をメーカー経営の経験がある知人に話したところ「3,000万円ぐらいだと2回試作して終わり。数量も500個ちょいなので金型代も回収できなさそう。少なくとも2,000個は必要だったのでは。状況を想像するだけで気分が悪くなる」とのこと。やはりクラウドファンディングのゴール設定の時点で大きな齟齬があったのだろう。

このようにクラウドファンディングを利用する場合、メーカー側はもちろんだが、出資・支援する側も、そうした状況を判断できるスキルが求められる時代なのだろう。

だからといって、クラウドファンディング自体を否定するつもりはないし、今後も面白いものを見つけては支援してみたいと思っている。ただ、リスクがあることも十分承知した上で、支援する必要があることは間違いないだろう。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto