藤本健のDigital Audio Laboratory

872回

“徹底的に音質重視”のハイレゾ+4K生配信「Live Extreme」を体感した

コルグ、IIJ、キングレコードの3社が、4K映像とハイレゾ音源によるインターネットライブ配信の実証実験を10月25日に実施した。「Live Extreme」と名付けられた4K+ハイレゾの配信システムは、昨年12月に行なわれた第20回 1ビット研究会でコルグが発表した“ライブ配信のシステム”を実際に実現させたもの。

都内にあるキングレコード・関口台スタジオで、ホルンおよびピアノの演奏を4Kカメラで捉えると同時に、DSD 5.6MHzやPCM 192kHz/24bitなどで収録し、それをリアルタイムに配信するという試みだった。

その配信現場に立ち会うとともに、キングレコードの別のスタジオのコントロールルームで、4K映像とDSDによる音を体感したので、実際どのようなものだったのかレポートしよう。

キングレコードの関口台スタジオ

高音質オーディオ配信に動画を追加した音質重視「Live Extreme」

音楽のライブ配信というと、YouTube Liveが主流だ。他にもニコニコ生放送、ツイキャス、Facebook Liveなど様々なサービスがあり、各社とも機能・性能の強化を図ってきているが、YouTube Liveは4K配信にも対応するなど、ややワンランク上の仕様になっている。

しかし音質は、YouTube LiveでもAAC 128kbps止まり。Music/SlashがAAC 384kbps、U-NextのPremium Live ExperienceがAAC 448kHzなど、多少は向上させる動きも出ているが、映像が4Kとなるなか、配信各社において音はプライオリティが低い。映像が高解像になって容量が増えるのに、音の配信は相変わらず低品質というのが実情だ。

こうした状況に、一石を投じようというのがコルグが開発したLive Extreme。IIJのバックボーンであるCDN(Content Delivery Network)を経由して、高品位な映像と音を配信しようというのだ。

Live Extremeの仕組み

開発を担当したコルグの大石耕史氏は「2015年にショパン国際ピアノコンクールのコンサートを5.6MHzのDSDでライブストリーミング配信した際、裏ではYouTubeでAACの音ながら映像が流れていました。これを見て、やはりいい音ではあるけれど、映像も欲しいと強く感じるとともに、いつかはやりたいと思っていました。その後PrimeSheatに取り組んでいったのですが、PrimeSheatの技術部分が落ち着いてきたので、本格的に進めていきました」と話す。

一方で、IIJは昨年、ベルリン・フィルを4K+ハイレゾという形での配信を実現している(第799回参照)。

これについてIIJの冨米野孝徳氏は「昨年、ベルリン・フィルを4K+96kHz/24bitという組み合わせで配信を行ないました。このときは、主にセットトップボックスでの受信を想定したものとなっていましたが、かなり大掛かりなシステムとなっていました。また遅延も大きく改善すべき点がいろいろありました。しかし、今回コルグさんと行なう実証実験では、よりコンパクトなLive Extremeというシステムを用いることで、遅延もなくなり、さらに高音質化も実現しました」と話す。

昨年実施したベルリン・フィルの4K+ハイレゾ配信
IIJの冨米野孝徳氏
Live Extremeのシステム概略図

コルグの大石耕史氏は「この4K+96kHz/24bitという組み合わせでのストリーミングは、ほかでもいくつかの実証実験などを目にすることがあります。いずれもMPEG-4 ALSというフォーマットに乗せています。映像を圧縮するエンコーダーが、このALSしかないからなのですが、これを使いつつ、リップシンクするためのディレイをかまし、エンコーダーでロスレス圧縮を行ない、さらに配信サーバーを立てる……というと、かなり大掛かりな構成になってしまいます。それを1台でできるシステムに集約させたのが、今回のLive Extremeエンコーダーなのです」と説明。

コルグの大石耕史氏

続けて「一般的な配信においてはUDPというプロトコルを用い、その上で動くRTMPという中間プロトコルをあげてサーバーで変換しますが、Live Extremeでは最終的なものをここで作ってしまうのです。ここではファイル変換は一切せず、それをアップする形です。一方の視聴者はそれをブラウザからダウンロードして再生する形になっており、これをたった1台のマシンで行なうわけです」と話す。

実物のLive Extremeのシステムを見ると3Uのラックの機材となっていたが、中身的にはWindowsベースのPCとなっており、これで配信を行なっているようだ。実際の音の取り込みは、コルグが独自開発し、市販はしていないDSDの8in/8outのオーディオインターフェイス「MR-0808U」が使われていた。

Live Extremeで使用されていた機材

大石氏によると、このLive Extremeエンコーダーは、この特定のハードに依存したシステムではなく、完全ソフトウェアベースのシステムであるとのこと。つまり3Uのユニットの特殊なPCというわけではなく、市販のPCでWindows 10(64bit)で動作するのだ。またオーディオインターフェイスも、MR-0808Uに限らず、ASIO対応のものであれば何でもOKとのこと。その上で、同氏が強調していたのは、Live Extremeは動画配信システムの音声をハイレゾ化したのではなく、あくまでも高音質オーディオ配信システムに動画を追加したものである、という点だった。

「Live Extremeは徹底的に音質にこだわっているのですが、これで音がいいのは、ハイレゾだから、と単純な話ではありません。配信では内部処理においてオーディオとビデオを同期させる必要がありますが、一般的にはビデオにオーディオを合わせる形になっています」。

「確かに映像に音を合わせるのは比較的簡単ではありますが、どうしても音にしわ寄せがきてしまい、音質が損なわれる傾向にあります。それに対し、Live Extremeではオーディオにビデオを合わせにいく。困難はありましたが、これによってロスレスのビットパーフェクトを実現し、オーディオの音質を大きく向上させています。極端にいうと、この配信では映像をオフにすることもできるのです」と大石氏。

ユーザーにとってLive Extremeでエンコードされた配信が優れているのは、専用のセットトップボックスはもちろん、専用アプリも不要で、PCのブラウザだけで受信ができるという点だろう。

「今回、どうしてもやりたかったのはブラウザだけで再生ができるシステムにするということでした。各ブラウザの動画・音声コーデックの対応状況を調べると表のようになっています。映像においてはGoogleが開発したVP9のような優れたものもありますが、Safariでは対応していません。できる限り広く多くの人に見てもらうため、H.264を採用しました」。

各ブラウザにおける動画・音声コーデック対応状況

「一方、音のほうはハイレゾのロスレスとしてはFLACのみがすべてに対応している形でした。正確にはSafariだけFLACにバグがあるため、うまく行かないという問題があります。まあ、アップル側もこのバグは認識しているようなので、そのバグさえ直れば、今後は大丈夫でしょう。ただ、今回はSafariだけのためにALACを流しています」と大石氏は解説する。

PCのブラウザだけでなく、スマホ、タブレット、セットトップボックスでも利用できるのもLive Extremeの大きなポイントといえるだろう。

4K映像+DSD 5.6MHzでライブ配信を体験

Live Extremeを用いた生配信を、キングレコードの関口台スタジオで体験した。実際の演奏は地下のスタジオで行なわれ、われわれメディアは2階にあるまったく別のスタジオのコントロールルームで視聴するという形が取られた。

2階のスタジオにはパナソニック製の65型ディスプレイがあり、これで4Kの映像が流れるとともに、DSD 5.6MHzのサウンドがコルグ「Nu-1」を通じて、GENELEC「1035B」というラージスピーカーから出力された。リアルタイムで配信されたのは、4種類の配信フォーマットであり、全国で多くの人が視聴していたようだが、われわれが聴いたDSD 5.6MHzの音は非公開で、このスタジオでのみとなっていた。

コルグの「Nu-1」
4種類の配信フォーマット

地下スタジオのバックルームには、Live Extremeのシステムが設置されており、カメラをスイッチャーで切り替えつつ、音も入念にチェックをしながら行なわれていた。Live Extremeのシステムは上記4種類の配信フォーマットごとに別々のマシンが使われていた。

地下スタジオのバックルームに設置されたシステム
カメラのスイッチャー

トータル30分の配信番組で、前半はNHK交響楽団主席ホルン奏者の福川伸陽氏によるマーラー「交響曲第5番 第5楽章 アダージェット」。そして後半は、ピアニスト阪田知樹氏によるショパン「ロマンス」(パラキレフ編曲)、ロベルト・シューマン「春の夜」(リスト編曲)が配信された。

写真左が阪田氏、右が福川氏

大画面で高音質なのは十分に堪能できたのだが、最初におや? と思ったのは、ホルンの演奏がすべて生ではなかったという点。すべて福川氏による演奏ではあったのだが、事前に7重奏をレコーディングしており、これに合わせてメインのパートを生で演奏してホルン8重奏にする、というスタイルだった。

せっかくDSD 5.6MHzでの生配信なのだから、ソロで演奏してほしかったが、これはこれで非常にいい演奏ではあった。ちなみに、福川氏によると、まず最初に無音の状態で指揮をしたビデオを撮影し、それに合わせて1つ目、2つ目……7つ目と音を重ねていったのだとか。今回の配信の時も、自分の指揮のビデオを見ながら演奏するという、かなり変わったスタイルではあった。ここでのホルンの演奏は上部に設置した3本のNEUMANN「M149」で捉えていた。

自身が指揮するビデオを見ながら演奏
NEUMANN「M149」

阪田氏の演奏のほうは、完全に生演奏。グランドピアノにNEUMANN「U87」を2本セットしての配信となっていた。さすがレコーディングスタジオのモニターシステムでの視聴だけに、音質は抜群。DSDサウンドを十分に堪能することができた。

なお、このときの配信は11月8日24時までオンデマンドでも視聴できるので、興味のある方はご覧になってみてはいかがだろうか?

NEUMANN「U87」

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto