藤本健のDigital Audio Laboratory

第943回

次世代Bluetooth「LE Audio」で何が変わる? ソニーキーマンに聞いた

今やイヤフォンといえば、Bluetoothによるワイヤレスが主流になったが、Bluetoothオーディオの規格も過去約20年の間にいろいろと進化してきた。そして、そのBluetoothオーディオを大きく進化させる新たな規格「LE Audio」がまもなく正式リリースとなり、新規格に準拠した製品が出始める予定だ。

でも、LE Audioとはどのようなもので、これまでと何が違い、一体どんなメリットがあるのか、まだわからないことばかり。そこで、このLE Audioの規格化に関わってきたソニー ホームエンタテインメント&サウンドプラダクツ事業本部 モバイルプロダクト事業部 モバイル商品技術2部 パートナー技術課 ワイヤレステクニカルマネージャーの関正彦氏、そしてモバイル商品企画部 担当部長の奥田龍氏に話を聞いた。

ソニー ホームエンタテインメント&サウンドプラダクツ事業本部 モバイルプロダクト事業部 モバイル商品技術2部 パートナー技術課 ワイヤレステクニカルマネージャーの関正彦氏(写真左)、モバイル商品企画部 担当部長の奥田龍氏(右上)

LE Audioは「低遅延」「LC3」「左右独立」「複数人でシェア」

――LE Audioの規格がまもなく正式にリリースされるという話を聞きました。今日はこの詳細を伺っていきたいのですが、まずは関さんが規格化にどう関わってきたのかを教えてください。

関氏(以下敬称略):私は2005年よりBluetooth SIGの標準化活動にソニー代表として参画するようになりました。A2DPやAVRCPなど、主にオーディオ関連の規格策定のため、Bluetooth SIG ATA Working Groupを中心に活動しています。

ここ最近はまもなく登場する予定となっているLE Audioの規格策定メンバーとして、ATA Working Group、GA Working Group、HA Working Groupでの活動を行なっています。また社内においては、製品への技術導入支援も行なっています。

――LE Audioの規格が策定されることになった背景について教えてください。

関:Bluetoothオーディオの市場は毎年拡大を続けており、2016年は8億台だった出荷数が2021年には13億台へと広がり、さらに2025年には、17億台にまで増えると予想されています。このBluetoothオーディオの登場で、従来は有線のヘッドフォン/イヤフォン中心だったものがワイヤレスになり、左右独立型イヤフォンの登場によって、さらに市場が拡がりました。

ただ、Bluetoothオーディオの規格そのものは、大きく進化はしていませんでした。もともとは通話用としてスタートしたBluetoothオーディオですが、HSPというプロトコルから始まり、そして通話用としてHFPが登場しました。一方音楽用はA2DPが規定され、1.0、1.2、1.3とアップデートしてきましたが、基本的な部分は変わっていません。

Bluetoothのコアスペックに目を向けると、こちらは着実に進化してきています。バージョン4.0でLow Energyに対応しました。このLE技術をオーディオにも使えるのではないか……とWorking Group内でもずっと議論をしてきたのです。

そしてバージョン5.2でアイソクロナス転送にも対応するようになるのに合わせ、2020年1月にLE Audioを発表しました。新旧を区別するために、従来のBluetoothオーディオを“Classic Audio”、新しく登場するものを“LE Audio”と呼ぶ形にしました。

規格の変遷
従来のオーディオ規格は“Classic Audio”という名称になる

――LE Audioには、どのような特徴があるのでしょうか。

関:まずは「低遅延」である事が挙げられます。Classic AudioのA2DPでも低遅延ではありましたが、LE Audioはさらに遅延が小さくなっており、ゲームなどに使いたい人にとって、より快適な環境となります。

またコーデックは従来のSBCではなく「LC3」を採用しています。SBCよりも低いビットレートであっても、品質を保つことができるようになりました。またマルチストリームが標準仕様になったので、チップやメーカーに縛られることなく、左右独立型イヤフォンが実現可能です。またブロードキャストというこれまでに無かった新しい使い方も可能です。例えば、スポーツバーという特定の空間の中にいる客に向けて、音声を配信するといったこともできます。

LE Audioの特徴
ユースケース

345kbpsのSBCより、160kbpsのLC3が高音質?!

――もう少し具体的にお伺いしていきたいと思います。まず一番興味があるのが、LE Audioに採用されたLC3についてです。これはどういうもので、なぜ採用されたのでしょうか?

関:まずはLE Audioのスタック構成をご覧ください。LE Audioは、Bluetoothコアスペック5.2以降をベースにして構成されています。

その上に、Generic Audio Frameworkがあり、音量調整や再生、停止などを制御する各種プロトコル、各種サービスが乗っているのですが、それと合わせてLC3がオーディオコーデックとして搭載されています。

LC3というのは“Low Complexity Communication Codec”の略です。

ドイツの研究機構であるFraunhofer IIS(フラウンホーファー)が通話用のコーデックを発展させる形で開発したもので、これがLE Audioで標準コーデックとして採用されています。このコーデックを決めるにあたり、Bluetoothで使う上でライセンスフリーであることを前提に貢献してくれる技術はないかと募集した結果、Fraunhofer IISが名乗り出てくれた、という経緯があります。

では、音質はどうか。実際にSBCとLC3を聴き比べるテストを行なっていますが、その結果が以下のグラフです。

これを見てもわかる通り、SBCで最高の345kbpsで圧縮した結果より、LC3で160kbpsで圧縮したほうが高音質という結果が出ています。

――このグラフを見ると、LC3の240kbpsのほうが、LC3の345kbsよりも微妙に上のように見えますが、これはどういうことですか? また実際にLE Audioを使うにあたり、どの辺のビットレートが想定されているのでしょうか?

関:確かによく見ると240kbpsのほうが数値が上になっていますが、これは誤差と考えていいと思います。あくまでも聴感での統計的なテストであり、さまざまなジャンルの曲を聴いてのテストになっていますので……。ただ、実際240kbpsあたりで音質的にはサチっているので、それ以上ビットレートを上げてもほとんど違いはないものと思われます。

実際の利用において、どのビットレートにするのかという点に関しては、メーカー側に任されることになります。ただ、それほど高いビットレートを使う必要はありませんから、160kbpsとか192kbpsといったものが使われることになるのではないでしょうか。スループットも向上し、今後空間オーディオなどへの活用も考えられると思っています。

――スループットが上がって、空間オーディオで……とはどういう意味ですか?

関:LE Audio が低遅延であるということとも関係しますが、スループットが上がり、データ転送に余裕ができると、例えば、ヘッドフォンに搭載したセンサーがモーションをとらえ、それをトラッキングしてデバイスに送ることで、頭の動きに応じた立体空間を作って音として聴かせることが可能になるだろう、と。この辺はBluetooth SIGの中でも規格化していったほうがいいのでは……という話が出てきているところなので、今後いろいろな応用、発展が考えられると思います。

LE Audioの応用例

――LC3と「LDAC」を比較すると、どちらが高音質なのでしょうか? またLDACがLE Audioのコーデックとして採用される可能性はありますか?

奥田氏(以下敬称略):LDACもビットレートによって音質は変わってくるため一概には言えませんが、LDACはClassic Audioの中で最高音質を目指したコーデックですから、音質的にはLC3より高くなる可能性が大きいと考えます。またLDACはClassic Audio用ですから、そのままLE Audioに持ってくることはできません。将来的に何らかの方法で、という可能性はあるとは思いますが。

――オーディオユーザーとしては、できるだけ高音質という意味で、非圧縮での伝送にも期待したいところですが、そうした可能性はありますか?

関:あくまでも将来のBluetoothという意味では、可能性はあるとは思います。ただ、すぐにLE Audioでというのは難しいと思います。Bluetoothがどのくらいの帯域まで拡張できるのかの結論が出ていませんし、非圧縮もしくはロスレスの帯域がとれるのかどうかまで見えていません。もしそれだけの帯域がとれるのであれば、もちろんやりたいとは考えています。Bluetoothの無線規格的な制約もありますから、すぐにはわからないところです。

――ちなみに、現在のBluetoothコアスペック5.2または5.3での通信速度というのはどれくらいあるのでしょうか? CDの16bit/44.1kHzを非圧縮のまま、誤り訂正など何もなく送れば1,411kbpsですよね。

関:2Mbpsあります。その数値だけを見ると、非圧縮が送れるように思われるかもしれませんが、実際にはすべてをオーディオに利用できるわけではなく、制約があります。また、冗長性を持たせる必要もありますから、現時点ではまったく足りない状況です。

次世代Bluetoothの遅延は約60msecに。aptXと「いい勝負」

――LE Audioの特徴である低遅延についても伺いたいのですが、これはどうして低遅延が実現できていているのでしょうか?

関:Bluetoothコアスペック5.2でアイソクロナス転送をサポートしたことが低遅延を実現していることと大きく関係しています。アイソクロナス転送は、Bluetoothでほかに重いデータ転送などがあっても、ある一定間隔ごとに割り込んでオーディオデータを送る形でストリームするので、遅延が少ないのです。具体的には10msec×n、または7.5msec×nというタイミングで送ることができるようになっています。

――仮にnが1であれば、7.5msecとか10msecのレイテンシーになる、ということですね! これまでaptXが低遅延と言われていました、それと比較してどうでしょうか?

関:さすがにn=1は難しいので、現実的にはn=2~3となり、またほかにも遅延につながるものがありますから、実際には60msec程度の遅延になるかと思います。Classic AudioのSBCだと数百msecの遅延があったので、大きく向上しているのがわかると思います。この形であればゲームユーザーの方などにも満足いただけるのではないでしょうか。

aptXについてはQualcomm独自のコーデックであるため、こちらからコメントするものではありませんが、遅延時間としてはいい勝負ではないかと思います。ただ、LE Audioはチップの縛りなどもなく、どのプラットフォームでも実現できるという面では大きなメリットになるはずです。

完全ワイヤレス「LinkBuds S」とスマホ「Xperia 1 IV」がアプデ対応

――今回マルチストリームというものがありますが、これは何のためのものなのでしょうか?

関:これはLch、Rchを独立して伝送するためのものです。Classic Audioにおいても、左右独立型イヤフォンはありましたが、その伝送方式はいろいろあり、各社バラバラでした。たとえば片方のチャンネルに送ってから、もう片方に飛ばすとかです。そうなると帯域がより必要になります。そもそもSBCは350kbpsくらいの帯域がいるため、リレー転送すると、その倍近い帯域が必要になってかなり厳しい状況なのです。

それに対しLE Audioは、LC3で160kbps程度。しかもモノラルで別々に伝送できるため、片方に80kbps、もう片方に80kbps。これであれば帯域は圧倒的に少なく済みますし、安定性が増して音切れなどもなくなるという大きなメリットがでてきます。

――もう一つ、ブロードキャストというのはどのような利用を考えているのでしょうか? 以前、“Silent Street Music”を取り上げたことがありましたが、このような事も実現できるのですか?

関:記事のようなユースケースはBluetooth SIGの中で語られたことはなかったのですが、こうした使い方も可能です。どのようにチャンネルを切り替えるか、例えばボタンを使うのか、スマホで操作するのかなどは、製品やアプリ次第と思いますが、面白い使い方だと思います。我々が想定していたユースケースは、スポーツバーでのバブリックビューングなどですが、アイディア次第で、色々使えると思いますね。

――LE Audioの仕様を見ていて気になったのが補聴器での利用についてです。これはどういう使い方なのでしょうか?

関:もともとテレコイルという仕組みがあります。たとえば空港やホテルなどテレコイルの表示があり、そこに行くと補聴器に直接電磁誘導で飛ばしてアナウンスなどを聴くことができるようになっているのです。

ただ、補聴器だとマイクを通じて入ってくる音もあり、テレコイルからのアナウンスだけを聴くのにはノイズなどが大きく難しいという問題がありました。それを今回のLE Audioの規格で直接送信できるようにすることで、よりクリアに快適に聴くことができるようになる、というわけです。

――LE Audioですが、まだ最終的な規格にはなっていないのですよね? ユーザーとしてはいつ頃製品が出てくるのかが気になるところです。

関:先ほどお話ししたLE Audioのスタック構成の中で、一番上のレイヤーであるユースケース別プロファイルがまだ最終的に決まっていないのです。ただ、もうほぼ固まっているので、間もなくすべてが正式版としてリリースされる予定です。

奥田:我々はまもなくリリースされるということを前提に、LE Audio対応の完全ワイヤレスイヤフォン「LinkBuds S」(店頭予想価格26,000円前後)を発表しました。2022年内に本体のファームウェアアップデートをすることでLE Audioに対応します。

LE Audio対応の完全ワイヤレスイヤフォン「LinkBuds S」
ホワイト、ブラック、エクリュの3カラーを用意

ソニー、LinkBudsに兄弟モデル。外音取り込み&NCで軽量な「LinkBuds S」

ソニー「LinkBuds S」さっそく聴いた。音で探すARゲームにも

――イヤフォン、ヘッドフォンだけでなく、プレーヤー側もLE Audioへの対応が必要なのですよね?

奥田:その通りです。こちらについても、5月11日に発表し、6月3日に発売開始した「Xperia 1 IV」においてファームウェアアップデートで対応予定です。これによってLE Audioの世界をお楽しみいただけるので、ぜひ期待していただければと思います。

スマホ「Xperia 1 IV」

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Xperia 1 IVだけで動画/ゲーム配信が手軽に。スマホゲーの音ズレ解決

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto