藤本健のDigital Audio Laboratory

第1032回

高音質配信Live Extreme対応の次世代音声コーデック「Auro-Cx」って何だ?

OTOTEN2025

既報のとおり、6月21日、22日の2日間、東京・有楽町の東京国際フォーラムでオーディオとホームシアターの祭典「OTOTEN2025」が開催された。

数多くのオーディオ関連企業が出展し、さまざまな製品、機材、サービスなどが展示されていたが、個人的に非常に興味を持ったものの一つがKORGのインターネット動画配信システム「Live Extreme」の次期バージョンだ。

8月に登場するという新しいLive ExtremeはAURO-3Dの次世代コーデックである「Auro-Cx」なるものに対応し、さまざまなネット環境において、高音質で、より快適に、より安定して配信ができるようになる、というのだ。

実際、どんなものなのか展示を見るとともに、話を聞くことができたので、その内容について紹介していこう。

Live Extremeは“オーディオ・ファースト思想”のネット配信システム

KORGのLive Extremeについては、このDigital Audio Laboratoryで何度も取り上げてきたが、改めて簡単に紹介すると、これは2020年9月に発表したインターネット動画配信システムだ。

インターネット動画配信システム自体はOBSをはじめ、ソフトもハードもさまざまなものがあるが、Live Extremeがユニークなのは映像よりもオーディオをより大切にした「オーディオ・ファースト思想」の配信システムである、という点。

映像が優先で、音は二の次、三の次……という思想の製品、サービスが多い中、Live Extremeはロスレス、さらにはハイレゾ・オーディオにこだわり、とにかくいい音での配信システムになっている、というのが多くのオーディオファンから支持されている点だ。実際PCMにおいては44.1kHz/16bitから384kHz/24bitまで対応したり、DSDの2.8MHzや5.6MHzにも対応するなど、ほかの配信システムとは明らかに違う。

そのLive Extremeは登場以来、どんどん新機能を追加して進化しており、ステレオでの配信に加え、2023年以降は立体音響にも対応。具体的にはAURO-3D、MPEG-H 3D Audio、そしてDolby Atmosなどに対応してきた。

とくにAURO-3Dにおいては、早い時期から対応するとともに、オンデマンド配信、疑似ライブ配信(収録済みのコンテンツのライブ配信)に加え、リアルタイム配信にも対応。

Dolby Atmosにおいては、少し遅れて、今年の3月からリアルタイム配信が可能になり、現在世界中の配信業者などからの問い合わせが来ているという。確かにライブ会場からの生配信を立体音響で臨場感いっぱいで配信できるとなると、世界は大きくかわっていきそうだ。

実際、今回のOTOTENにおいては会場7階のセミナールームおよび会場4階のセミナールームからLive Extremeを用いた配信も行なわれていたので、現地に来れなかった方の中には、これを見たという方も少なくないと思う。

その配信の視聴は特殊なシステム不要で、当初からChromeやSafariなどのブラウザでできてしまうというのも優れた点。さらにはApple TVやAmazon Fire TVなどセットトップボックスにおいてはLive Extreme Experienceという専用アプリを使ってDolby Atmosでも視聴できるようにもなってきた。

AURO-3Dの次世代コーデック「Auro-Cx」

そんなLive Extremeの次期バージョンが、Auro-Cxというコーデックに対応するという。

そもそもAuro-Cxとは何なのだろうか?

一言でいえば、これはネット配信、ストリーミング用に開発されたAURO-3Dの次世代コーデック。実はすでに2023年に発表はされていたとのことだが、そのAuro-Cxが利用できるライブ配信エンコーダーとしては、このLive Extremeが世界初になる。

そういう意味では、Auro-Cx自体にとっても、Live Extremeは非常に重要なシステムになっている、ともいえそうだが、どういうことができるのか、もう少し詳細を見ていこう。

前述の通り、Live Extremeは、ライブ配信において高音質で、立体音響にも対応できるエンコーダーであるが、ハイレゾをマルチチャンネルで配信するとなると、それなりに高速で安定した通信環境が必要になってくる。

ただ、さまざまな視聴者がいるインターネット配信の世界においては、誰もが高速で安定したネット環境にいるわけではない。人によって速度は違うし、移動中の人などは速度が速くなったり、遅くなったりするケースもあるだろう。そうした不安定な状況においても、できるだけ高音質で、途切れないストリーミングを実現させようというのがAuro-Cxなのだ。

でも、どうやってそれを実現させるのか。まずAuro-Cxでは3種類のオーディオ圧縮アルゴリズムが規定されている。

具体的には最大192kHzというハイエンドなロスレス・モード、従来のAuro-Codecと同様で時間ドメインで多少の圧縮をするニアロスレス・モード、そして周波数ドメインでマスキング効果などを施しながら低ビットレートに圧縮するロッシー・モードのそれぞれ。

ニアロスレス・モードの場合は最大で96kHz、ロッシー・モードでは最大48kHzとなっている。これを通信回線の状況を見ながら、最適なものにリアルタイムに、そしてシームレスに切り替えていくというのが、Auro-Cxなのだ。圧縮アルゴリズムも、さらにはサンプリングレートまでリアルタイムに切り替えながら、音飛び、音切れなどなくスムーズにつながるというのが、Auro-Cxの重要なポイントになっている。

このように通信状況に合わせて、最適なものに切り替えていく機能のことをABR(Adaptive Bitrate)というが、それを実践するのがAuro-Cxなのだ。

Auro-Cxを“Auro-Codec”に変換すれば、現行AVアンプでも再生可能

では、Live Extremeでは、それをどのように実現させるのか。

まずエンコーダーであるLive Extreme自体は、さまざまなネット環境の人たちへ送り出すわけなので、とくに通信環境に合わせた切り替えをするというわけではない。ロスレス、ニアロスレス、ロッシーなど上から下まで7段階で圧縮した上で、すべてをUPする。

その7段階を何に設定するかは、Live Extremeを使うユーザー次第だ。上から下までほぼ均等に7段階に設定してもいいし、比較的低ビットレートを中心にしてもいいし、高ビットレート中心でもいい。

しかもサンプリングレートもそれぞれ違っても、最終的にプレイヤー側が刻々と変化するネット環境を見ながら最適なものを選び、それをキレイに繋いでいってくれるのだ。

そのAuro-Cxの伝送方式は、すでにIEC 61937 Part 15として規定されており、規格上はHDMIでビットストリーム伝送が可能となっている。また、現在のAuro-Codecの次世代版という位置づけであることから、現在Auro-Codecが搭載されているAVアンプの後継機にはAuro-Cxデコーダーが搭載される見込みが大きい。

ただ、現時点においてはAuro-Cxのデコーダーを搭載したAVアンプやセットトップボックスがないというのが実情。「卵が先か鶏が先か」ではないが、エンコーダーだけが登場しても使い道がない……ということになってしまうのではないか?

そこで便利なアプリとして登場してくるのが、Artist Connectionというアプリだ。

アプリ「Artist Connection」

このArtist Connectionは、以前、ソニーの360 Reality Audio用のデコーダーアプリとして紹介したことがあったが、すでにAuro-Cxにも対応している。

これを利用してAuro-Cxをバイノーラル(Auro-Headphones)で再生するという方法もあるし、さらにはArtist ConnectionでAuro-Cxを現行のAuro-Codecにリアルタイム変換再生するという方法も用意されている。Auro-Codecに変換してしまえば、現行のAVアンプでも再生可能になるわけだ。

ちなみにArtist ConnectionのアプリではAURO-3Dの設定画面の中で、バイノーラル再生時の部屋のプリセットを選択するという機能が搭載されている。

具体的にはHome Cinema、Lounge、Cinema Theater、Concert Hallの4つから選択するのだが、その設定によって、立体空間の雰囲気が大きく変わってくる。

そんなLive Extremeの次期バージョンをOTOTENのKORGブースで展示デモしており、オーディオ・エンコードとしてAuro-Cxが使われていたことが確認できた。

まあ、立体音響といえばDolby Atmosが圧倒的な力を持っている現状において、このAuro-Cxがどこまで普及していくかは、まだ未知数ではあるが、ロスレス・ハイレゾの高品位なサウンドを立体音響でインターネット上を安定的に伝送できるという意味で非常に優れた規格であることは間違いなさそう。

Live Extremeが今後、日本国内において、さらには海外でどう捉えられるのか、そしてAuro-Cxがどう使われていくのか、ぜひ注目していきたいと思う。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto