西川善司の大画面☆マニア

第271回

'22年はミニLEDとQD-OLEDが熱い! 注目ディスプレイ技術総ざらい

米ラスベガスで行なわれたテクノロジー見本市「CES 2022」

筆者も行く予定だった、米ラスベガスでのテクノロジー見本市「CES 2022」。'21年末から始まったオミクロン株の流行を危険視した筆者は、残念だったが渡米を断念した。

ブースの出展を見送る企業も現れるなど、多少の混乱もあったようだが、イベント自体は無事に開催。今回も数多くのディスプレイ技術やテレビの新製品が発表された。

今回の大画面☆マニアは、CESで発表されたディスプレイ関連情報を整理しながら、2022年以降を盛り上げるであろう新しい技術や用語を総ざらいしてみたい。

次世代ディスプレイの本命「マイクロLED」とは

液晶や有機ELの先にある次世代ディスプレイ技術として注目されているのが、「マイクロLEDディスプレイ」だ。

「資生堂グローバルイノベーションセンター“S/PARK”」(横浜市)にある、16K解像度のマイクロLEDディスプレイ。コロナ禍前は、NHKの8Kパブリックビューイングが頻繁に開催されていた

ソニー、世界最大19m幅の16K「Crystal LEDディスプレイ」納入。横浜・資生堂ラボ

マイクロLEDディスプレイとは、1画素1画素が、普段我々が照明器具や電気製品のインジケーターなどで慣れ親しんでいるLED(Light Emitting Diode:発光ダイオード)そのものになっている映像パネルのこと。ゆえに、各画素の応答速度は有機ELと同等で、液晶の100倍近く高速。それでいて有機ELのような短寿命特性や焼き付き等の問題がない利点も兼ね備えている。

しかし、超小型のLEDチップを、大量かつ超高密度にベース基板へ実装するという難易度の高い技術が要求されるため、製造コストがとてつもなく高い。また、発熱量も大きい。

現在のマイクロLEDディスプレイパネルは、液晶や有機ELなどの映像パネルと違い“一枚”として製造されていない。およそ9~10インチくらいの、解像度にして数百×数百ピクセル程度の“モジュール”を製造し、これをタイル状に縦横に繋ぎ合わせて大画面を構成している。表示面に近づけば、うっすらとモジュールのつなぎ目が見えることだろう。この“つなぎ目”は、家庭のテレビ製品においては許容できるものではなく、マイクロLEDディスプレイは現状、業務用途が中心だ。

ディスプレイに近づくと、こうした「つなぎ目」(俗称シーム)がうっすらと見えてしまうことが課題

マイクロLEDディスプレイの開発に力を入れている日本企業としては、ソニーが有名だ。同社はこのマイクロLEDディスプレイ技術に対して「Crystal LED」(一時期はCLEDISという名称も使用)というブランド名を付け、2017年から法人向けに販売を開始している。

2012年のCESでは、1枚パネル(55型フルHD解像度)のマイクロLEDディスプレイを公開した

第155回:CES特別編 「Crystal LED Display」の衝撃

ソニーのマイクロLED技術だが、その熟成は相応に進んだとみられる。'21年夏に発売開始した新世代モデル(ZRD-C/Bシリーズ)では、LEDの発光効率改善に加え、ブラビアの映像エンジンを組み合わせることで高画質化を実現した。

ZRD-Cシリーズの“キャビネット”

新世代モデルでは、1つのモジュールが約9インチ程度のサイズで、解像度は120×135ピクセル。ソニーでは、このモジュールを横4×縦2枚で繋ぎ合わせた状態を“キャビネット”(27型相当)と呼び、大画面構成時の最小単位としている。横8キャビネット×縦8キャビネット(つまり、横32モジュール×縦16モジュール)で構成した、16:9アスペクト比の4K解像度のシステムの画面サイズは220型となり、その価格は約6,000万円程度と発表されている。

最近では、このCrystal LEDを映像制作におけるバーチャルスタジオに応用する用途が拡がりを見せている。マイクロLEDディスプレイ技術のさらなる熟成、そして製造コストの削減を行なうためにも、幅広い応用先が欠かせないだろう。

2021年に発表されたソニーの新世代マイクロLEDディスプレイは「B」と「C」の2ラインナップを用意。Bモデルは輝度重視、Cモデルは画質重視。実際に目にした画質は、感動の一言。特にCシリーズは、発色だけでなくそのコントラスト感が圧倒的に素晴らしかった

ソニー、X1プロセッサ搭載の新「Crystal LED」。画質・設置性が向上

ソニーPCLは、Crystal LEDパネルを活用したバーチャルプロダクション常設スタジオ「清澄白河BASE」を新設。2022年2月より運用を開始した

ソニーPCL、Crystal LEDを曲面状に配した「清澄白河BASE」

韓国勢のサムスンやLGも、マイクロLEDディスプレイの技術開発に意欲を見せている。

特に力を入れているのが、サムスンだ。モジュールを繋ぎ合わせて大画面を構成する方法はソニーと同じだが、富裕層向けのマイクロLEDシステム「THE WALL」を2018年に発表。2019年から一部地域で販売を開始している。さらに2020年には完成度を上げた第2世代モデルも投入している。

2020年モデルで注目を集めたのは、4×4枚構成のパネルモジュールで構成した、4K解像度の146型ディスプレイだ。価格は約6,000万円(1モジュール2万ドルという値から算出した推測値)。日本の家屋事情から考えればまだまだ大画面過ぎるが、海外の富裕層には「丁度いい大画面サイズ」として認識され、それなりに引き合いがあったようだ。

2020年に発表された4K解像度の146型の「THE WALL」。海外の一部の地域で発売された

2021年モデルでは、“より常識的な”110型へと縮小。CES 2022においては、さらに小さい101型と89型も発表された。受注生産なので、価格は不明だが「数百万円台で買える代物ではない」ことは確かだろう。

2022年に発表された新世代「THE WALL」は4K解像度を維持したまま、画面サイズを89型までコンパクト化。単位パネルモジュールの小型化…すなわち画素密度の向上が進んだと言うことでもある

サムスンとライバル関係にあるLGも、2020年からマイクロLEDディスプレイの試作機を公開している。2020年に公開したのは4K解像度の145型で、2022年後半には136型を民生向けに販売することを発表している。

[CES 2022] The Better Life You Deserve : Main | LG

残念ながら、マイクロLEDディスプレイを採用したテレビが量販店に陳列され、気軽に購入できる未来が直近にやってきそうな気配はない。しかし、国内外の複数のメーカーが開発技術競争に取り組んでいる。いずれ、そんな時代が来ることを期待して、今はじっくりと待つことにしよう。

液晶を変える新技術「ミニLED」と「量子ドット」

改めて記すまでもないが、液晶ディスプレイは、バックライトと呼ばれる光源がないと映像を光らせて表示することができない。そのため、今の液晶テレビなどは、液晶パネルの裏側に、白色光を放つLEDが光源として配置されている。

高級機では、LEDを画面全体に敷き詰めるように並べることが多く(直下型LEDバックライト)、中級未満の廉価モデルでは、画面の端に並べたLEDを導光板を用いて画面全体に行き渡らせるような構造(エッジ型LEDバックライト)をしている場合が多い。

エッジ型と、直下型LEDバックライトの違い

このLEDという部材は、前述の通り半導体素子であるため、理屈上は小さく作ることができる。現行の白色LEDバックライト用の発光部……すなわちLEDチップ自体は数mmから1mm未満とまあまあ小さいのだが、これを駆動するための回路や敷設用面積の確保、コスト削減などの理由でLEDチップをそれほど多く実装できない。そのため、LEDの実装間隔は数センチ単位と意外に“スカスカ”である。

直下型LEDバックライト採用の液晶テレビでも、LEDの総数は、少ないもので数十個、多いものでも100~300個くらいだ(超上級機などは例外)。

一般的な液晶テレビの直下型バックライトシステムでは、このように白色LEDを数センチ離して配置している
テレビに採用される際のminiLED(青)と一般的な白色LEDの実層密度の比較デモ

ミニLED技術は、この光源となるLEDチップを、1,000分の1mm(マイクロメートル:μm)級にまで微細化したものだ。これと連動して駆動回路まで微小化することにより、LEDの配置間隔をわずか数mmにまで縮小できる。つまり、「それ自体がちょっと解像度粗めのモノクロ映像を表示するディスプレイ装置」くらいの密度まで、LEDチップを配置できるようになったということだ。

そんな細かい明暗分布を表現できるバックライトであれば、液晶パネルといえども、局所的な漆黒の表現や、強烈な明暗差が同居した目映いばかりのハイコントラスト表現も可能となる。いうなれば、液晶パネルで“ほぼ自発光”のような表現ができるようになるわけだ。

また、光源としてLEDをたくさん実装できるため、ミニLEDシステムは輝度を高くできるという特徴も生まれる。大型になればなるほど、LEDの実装個数を増やせるため、65型以上では4,000nit以上のピーク輝度を実現することも可能になる。もちろん、高い消費電力と引き換えにはなるが。

ミニLEDバックライトのデモ。写真はカメラ性能の影響により水色っぽく撮影されているが、実際の光は明るい青である。この青色光を量子ドットで白色に変換して液晶パネルへと導く。この写真のデモ機では、LEDとLEDの間隔が約8mm程度だが、最新のものはもっと狭いモデルもある
有機ELテレビが好調のLGも、ミニLEDバックライトを採用したテレビ「QNED miniLED」を実用化している。写真のデモ機は80型で最大輝度は4,000nit。平均的な有機ELテレビの4倍も明るいことになる

メーカーによっては、ミニLEDとその駆動回路を一枚の透明な薄い画面サイズのガラス基板に一体形成させる技術を実現しており、これを液晶パネルと貼り合わせれば、直下型バックライトシステムながら、極薄の液晶テレビを作ることも可能だ。

TCLが新開発したというミニLEDベースバックライトシステム「Vidrian」のイメージイラストより。TCLのVidrianでは、膨大な数のミニLEDチップと、これを駆動するためのTFT回路を透明ガラス基板に直接実装して製造することで、ミニLEDベースのバックライトシステムの生産コストを下げるだけでなく、直下型バックライトシステム採用の液晶テレビを薄く軽く作るメリットも得られる、とする

TCL、液晶TV向け次世代LEDバックライト「Vidrian Mini-LED」発表。8K TVにも採用

ミニLEDとセットで活用されることが多いのは「量子ドット」(Quantum Dot:QD)である。

量子ドットとは、カドミウム、亜鉛、セレン、硫黄などを組み合わせた数nmサイズの微粒子のこと。量子ドットに光を当てると、調合の具合や粒子直径に応じて光の波長を自在かつ高効率に変調してくれる。つまり「光の色を変換する」ことができるわけだ。

サムスンが公開している量子ドット素材のイメージ図

液晶テレビ向けの量子ドット技術は、青色LEDから発せられる青色光を、赤量子ドットにぶつけて赤色に、同様に緑量子ドットにぶつけて緑色を作り出す。青色は青色LEDからの光をほぼそのまま利用して(カラーフィルターで調色する場合もある)、赤緑青の3原色を取り出す構造にしているものが多い。

現在、多くの液晶ディスプレイ製品で使われている量子ドット技術は光学シートのような部材が主流となっているが、LED発光層に量子ドット層を直接組み付ける技術や、有機ELの発光層に量子ドットを組み合わせるような技術も開発されている(詳細は後述)。

量子ドットを用いて変換された色は、スペクトル幅が狭く、なおかつピークが鋭く色純度も良好なのが特徴だ。

一般的な有機ELパネルのカラースペクトラム。光源となっている青色のスペクトラムは鋭く高いが、緑と赤はピークが曖昧で重なり合い、しかも青に対して高さが低い。なにより赤が弱いのが問題だ
ミニLED×量子ドット技術ベースの液晶パネルのカラースペクトラム。赤緑青の各スペクトラムが幅狭に鋭く立ち上がっており、しかもそのピークはほぼ同じ高さになっている

どちらかと言えば、日本メーカーはこれまで量子ドット技術の採用に積極的ではなかった。量子ドットに用いられるカドミウム等の重金属利用が、環境規制のネックになっていたといわれている。しかし、重金属フリーの量子ドット開発が進んだことで、シャープなどの日本メーカーも量子ドット技術を採用した液晶テレビの開発に力を入れ始めたようだ。

CES 2022では、「ミニLED×量子ドット」を採用した新型の液晶テレビが各社から発表された。その代表的なものを示しておこう。

Backlight Master Driveなど、2016年から“ミニLED的なこと”に挑戦してきたソニーは、8Kモデルの「Z9K」シリーズでミニLED×量子ドット技術を投入。画面サイズは85型と75型を用意。価格は未定ながら、2022年内に市場投入されることだろう。

ソニーの8Kブラビア「Z9K」

ソニー、ミニLED×XRで進化した液晶BRAVIA。8K「Z9K」4K「X95K」

レグザブランドからも、ミニLED×量子ドットを採用した液晶テレビが参考出品された。75型の4K解像度モデルで、2022年内にも正式発表が行なわれるものと予想される。

ミニLEDバックライトを搭載した75型4Kレグザ

レグザ、CESで次世代エンジン「ZR α」披露。初のミニLEDも

日本市場での存在感を高めている中国TCLの存在も無視できまい。既に大画面☆マニアでは、ミニLED×量子ドットを採用したC825を取り上げているが(記事参照)、CES 2022では「U9H」および「U8H」という新型を発表した。どちらも4K解像度で、上位の「U9H」が最大2,000nit、「U8H」が最大1,500nitのピーク輝度を誇る。「U9H」の75型モデルが約3,200ドル(参考価格)と発表されており、他メーカーの同スペックモデルもこのあたりの価格になりそうだ。

Hisense、ミニLED採用液晶テレビ。8K+120Hzチップや8KレーザーTVも

Hisense at CES: 2022 TV Line Up

海外では高いシェアを誇るサムスンも、CES 2022において、ミニLED×量子ドット採用の新製品「Neo QLED」シリーズを発表している。

ミニLEDテレビ「Neo QLED」

サムスン、89型のマイクロLEDディスプレイ発表。新型のミニLEDも

またLGは、2021年からミニLED×量子ドットを採用した8K/4Kテレビを展開中だが、2022年は製品バリエーションを拡充する方針をCES 2022で明らかにしている。

ミニLEDバックライトを搭載した8K液晶「86QNED99」
日本メーカー勢でミニLED×量子ドットを採用した液晶テレビを市場に初めて投入したのはシャープだった。2021年12月に新しい「AQUOS XLED」ブランドを立ち上げ、4Kと8Kの双方で、ミニLED×量子ドットモデルを展開している

シャープ、mini LED採用の新世代8Kテレビ「AQUOS XLED」発表

量子ドット技術搭載の新有機EL「QD-OLED」

有機ELパネル開発にまつわる「日本メーカーの奮闘と挫折」、「韓国・2大メーカーの闘い」についての話は大画面☆マニア特別編をご覧頂くとして、現状を総括すれば、世界の有機ELテレビに採用されているのは、開発・量産に漕ぎ着けたLGディスプレイ(以下LGD)のパネルである。

そのLGDだが、2021年には新世代のパネル「OLED evo」を発表し、LGから採用製品を発売した。OLED evoについて、構造的な解説をしていなかったので今回改めて取り上げよう。

LGDの有機ELパネルは、白色発光する有機ELサブピクセルに対し、赤緑青+白(RGB+W)のカラーフィルター層を経由させて、フルカラー表現を行なっている。この方式は量産しやすい一方、RGBカラーフィルターを通すことで、各RGBサブピクセルでは光量の1/3程度しか取り出せないため、電力消費効率が低く、高輝度表現を行ない難い、という課題がある。そこで輝度を稼ぐために、白のサブピクセルを設けているわけだ。

この全てのサブピクセルが白色発光するメカニズムについても、2014年以降、段階的に改良されてきている。

最初期のものは、青色に発光する有機EL層と、黄色に発光する有機EL層を積み重ねて白色光を出力させていた。その後、寿命改善のために、青色発光の有機EL層をダブル化したり、青系以外の色純度を改善するために黄色発光の有機EL層を、黄緑色発光と赤色発光の有機ELへ2層化するなどの改善を行なっている。

'21年に登場したOLED evoも、これまでの改善の延長にあるもので、今回は“緑色”発光の有機EL層が追加されている。

加えてOLED evoでは、寿命が短いとされる青色発光の有機EL層の改善にも着手。具体的には、青色有機材に重水素を添加することで耐熱性能を向上。結果として長寿命化に貢献しているのだという。視点を変えれば「高電荷を与えて高輝度表示を行なうように駆動しても、従来通りの寿命が維持できる」ということだ。

LGDは、今後の性能改善項目として「開口率の向上」を掲げており、近い将来に現在のボトムエミッション方式からトップエミッション方式(詳細は後述)へと変更する計画があると予測されている。CES 2022では、LGは次世代有機ELパネルとして「OLED.EX」を発表したが、今回はどのような改善が行なわれているのだろうか。

OLED evoパネルの構造概念図。図のCFは、カラーフィルターのこと。OLED evoパネルでは「Green EML」(緑色発光有機EL層)が追加された。青色の発光層が2層あるのは、寿命の短い青色発光有機EL層の長寿命化のため
LGDは次世代有機ELパネル「OLED.EX」の登場を予告した。具体的な改良ポイントはよく分かっていないが、後述するサムスンのQD-OLEDの登場に対抗しうるものになっているかどうか、注目される

世界に先駆けて、LGが2013年に有機ELテレビを発売して以降、各国のテレビメーカーがLGD製のパネルを使って有機ELテレビを発売するようになったワケだが、頑なに有機ELテレビを発売しなかったのが韓国サムスンだ。

前述したように、彼らは互いにライバル意識が強いわけだが、テレビ用の有機ELパネル開発を断念したサムスンとしては、LGD製のパネルを使って有機ELテレビを販売するなど、プライドが許さなかったのだろう。長年「液晶」を謳ってきたシャープですら、2020年にはLGD製のパネルで有機ELテレビを発売しているのだ。9年間、意地を通したサムスン。その頑固ぶりは相当なものである(笑)。

しかし。ついに2022年、その時はやってきた。CES 2022でサムスンが自社開発の新型有機ELパネル「QD-OLED」を発表したのだ。

QDはQuantum Dot、すなわち量子ドットを意味する。すなわち、QD-OLEDは量子ドット技術と有機EL(OLED)技術を組み合わせた映像パネルというわけだ。

かつて、サムスンは大型サイズの有機ELパネルを、赤緑青各サブピクセルを、それぞれ赤緑青の有機材にて純色発光させる方式を実用・量産化しようとしてうまくいかなかった。では、QD-OLEDはどのような方式を採ったのか。

前出した“ミニLED×量子ドット”型の液晶パネルでは、光源は単色の青色で、青色光を赤色や緑色の量子ドットにぶつけて赤色や緑色を取り出してフルカラー表現を行なっていたわけだが、QD-OLEDのメカニズムも、実はこれと同様という理解でよい。

QD-OLEDにおいても、光源自体は、青色の有機EL発光層から出射される単色。ここからの青色光を、そのまま利用するのが青サブピクセルであり、赤サブピクセルや緑サブピクセルは、青色光をそれぞれ赤色量子ドットや緑色量子ドットにぶつけることで作り出された赤色や緑色で発光する。

つまり、QD-OLEDの構造は下図のようなものだとされている。

すべてのサブピクセルにおいて自発光する有機EL発光層は青色単色となる。LGDの有機ELパネルとは違い赤や緑などの有機EL発光層はなく、あくまで光源としては青色光だけを用いる

この図を見るといくつか気が付くことがあるだろう。

まず、LGDの有機ELパネルとは違い、赤や緑など、青色以外の有機EL発光層がないこと。しかも青色発光層が3層も設けられている。この多層化には「光量を稼ぐ」ことと、青色発光層の「有機材寿命延長対策」という思惑がある。このあたりの工夫は、LGDがOLEDに対して行なってきた改善策と似ている。

量子ドット層では青色光の波長変換が行なわれ、赤色や緑色の光に変調されるわけだが、調色の狙いがあるため、QD-OLEDでもカラーフィルターは利用される。有機EL発光層から取り出された“生の青色光”に対しても、調色を行なうべくカラーフィルターは組み込まれている。

サムスンディスプレイが発表したQD-OLEDの光スペクトラム特性。LGD製の有機ELパネルとの比較が興味深い

そして、QD-OLEDの最大の注目ポイントは、トップエミッション方式を採用している点だ。

LGDのパネルは、出射光が画素を駆動するためのTFT回路側から出射される「ボトムエミッション方式」を採用している。いうなれば、有機ELサブピクセルからの光をTFT回路の隙間から通しているわけで、だからこそ画素の格子筋が目立つことになる。実際、画素開口率は50%以下で、けっこう低い。

LGD製の有機ELパネルの画素顕微鏡写真。発光する実体サブピクセルに対して、黒い部分が多いのはボトムエミッション方式の特徴

ならばTFT回路がない側から光を出せばいいじゃん。そんな発想で誕生したのが「トップエミッション方式」だ。

この場合、連接するRGBサブピクセル同士の「意図しない混色」を避けるために設けられたマスク(上のQD-OLED図解中の黒い部分)構造以外に遮蔽物がないため、出力光のほとんどを映像表示面から出射させることができる。これによりトップエミッション方式の有機ELでは軽く50%以上の超高開口率が実現できるとされる。今のところ、公開されているQD-OLEDの画素顕微鏡写真はないので、QD-OLEDの開口率は不明だが、実機の撮影が楽しみである。おそらく70%以上は手堅いと見ている。

気になるのはQD-OLEDの表示性能だが、サムスンによれば、なんと現実世界の色域をほとんど網羅すると言われるBT.2020色空間を90%カバーすると発表している。DCI-P3カバー率に至っては、123%だというから凄い。ピーク輝度も1,500nitと高く、これらの高性能ぶりは量子ドット技術の直接的な恩恵によるものと考えていいだろう。

サムスンディスプレイが発表したQD-OLED(QD-DISPLAY)のスペック概要

サムスンは日本のテレビ・PCディスプレイ市場から撤退しているので、QD-OLEDパネル採用製品が日本ユーザーのもとに届くまではちょっと時間を要するかもしれない……と考えていた矢先のこと、ソニーがQD-OLEDパネル採用のブラビア「A95K」シリーズを発表した。65型と55型をラインナップしており、今年大きな注目を集めそうだ。

ソニーのブラビア「A95K」シリーズはQD-OLED旋風の申し子となるか。解像度は4K
New BRAVIA XR TV Announcement

なお、サムスンはQD-OLEDをPCディスプレイ製品にも展開すると予告している。画面サイズ的には32型の4K解像度パネルから販売すると予想されているが、ゲーミングディスプレイというよりは、クリエイター向けのハイエンドディスプレイとしてリリースするものと思われる。

量子ドット層には光拡散光効果があることから視野角も広くなることがアピールされている

進化が止まらないディスプレイ技術。'22年はどれ選ぶ?

以上を踏まえ、2022年を含めた今後のテレビ製品を選択する際のポイントを整理してみよう。

まず、マイクロLEDディスプレイについてだが、サムスンが「THE WALL」で民生向けの展開を継続的に行なってはいるものの、価格が数千万円レベルとなるため、直近で一般ユーザーが気にするべき製品ではない。

液晶テレビについては、日本メーカー各社がミニLED×量子ドットを採用した製品を拡充してくることだろう。しかし、それらは主に高画質を訴求するハイエンドが中心になるとみられ、普及・廉価モデルにおいてミニLED×量子ドットが降りてくるにはまだ時間がかかりそう。ただ、ミニLEDによって「暗部表現と明部表現の同居」がより高精度になり、かつ量子ドットによって色彩表現がさらに向上することで、液晶パネルはまだまだ現役で活躍し続けそうだ。

有機ELテレビについては、俄然、サムスンのQD-OLEDパネル採用機が注目を集めることになりそう。ただ、ソニー・ブラビア以外への展開がどうなるかは未知数。ソニーのQD-OLEDテレビも、かなり高価な製品になると予測されている。というのも、QD-OLEDパネルは、まだ量産が始まったばかりで、情報筋によれば「年産は100万枚未満ではないか」と言われているためだ。

QD-OLEDの外販が本格化するには、もう少し時間を要するとみられる。2022年内は、多くの日本メーカーの有機ELテレビが、これまで通り、LGD製のパネルを採用するものと思われる。

トライゼット西川善司

大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。東京工芸大学特別講師。monoAI Technology顧問。大画面マニアで映画マニア。3Dグラフィックスのアーキテクチャや3Dゲームのテクノロジーを常に追い続け、映像機器については技術視点から高画質の秘密を読み解く。近著に「ゲーム制作者になるための3Dグラフィックス技術 改訂3版」(インプレス刊)がある。3D立体視支持者。
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