2基のユニット並列配置。そのサウンドは?
-実売1万円の挑戦機。ビクター「HA-FXT90」
ビクターの「HA-FXT90」。写真はブラックモデル |
カナル型(耳栓型)イヤフォンでは、バランスド・アーマチュアユニットを採用したものが人気となっている。
1万円以下の低価格モデルから、5万円を超える高級モデルまで、バランスド・アーマチュアユニットを採用したカナル型(耳栓型)イヤフォンの価格バリエーションは広い。その価格と製品仕様を見比べると、一部の機種を除いて、“ユニットの数と価格が比例している”事がわかる。
Shureの製品を例に挙げると、アーマチュアのエントリーモデル「SE315」(実売19,800円前後)はシングルユニット内蔵。「SE425」(実売3万円前後)は2ウェイ2ユニット、さらに上の「SE535」(実売4万円前後)はツイータ1基、ウーファ2基を内蔵した“2ウェイ3ユニット”構成となる。同じく実売4万円程度のUltimate Ears「TripleFi 10」も“2ウェイ3ユニット”構成。2月に登場した、Westone「TrueFit」シリーズ最上位「Westone4」(実売5万円前後)になると、高域と中域に各1基、低域に2基のドライバを使った“3ウェイ4ユニット”と増えていく。
シングルアーマチュアの「SE315」 | 2ウェイ2ユニットの「SE425」 | 2ウェイ3ユニットの「SE535」 |
アーマチュア・イヤフォンがマルチウェイ化する理由は単純で、1つのユニットで再生できる帯域が狭いからだ。その機構的に中高域は解像度の高い、クリアな音が再生可能だが、量感のある中域や、沈み込むような低域を出すのが難しいため、それらを専門に担当するアーマチュアユニットを追加しているというわけだ。そもそも、アーマチュアユニットはダイナミック型ユニットよりも小さいため、“幾つもイヤフォンの中に入れられる”という利点があるからこそできる“マルチウェイ化”と言えるだろう。
だが、それをダイナミック型でやってしまう製品が登場した。ラディウスの「W(ドブルベ) 」シリーズと、今回紹介する日本ビクターの「HA-FXT90」(4月下旬発売/実売1万円前後)だ。さらに、ビクターの製品はユニットを“並列配置”するという、極めてチャレンジ精神に溢れるモデルとなっている。どんな音になっているのか、さっそく聴いてみた。
■ダイナミック型ユニットって2個も入る?
カナル型イヤフォンにおける、ダイナミック型ユニットの基本サイズは9mmだが、最近では13mmを超えるような大口径も増えている。そんな口径のユニットを、幾つもハウジングの中に入れる事は、普通に考えると難しい。
そこで、ラディウスの「W(ドブルベ)」では、同軸配置(DDM:Dual Diaphram Martix)方式を採用した。早い話がスピーカーにおける“同軸ユニット”のようなもので、2個のユニットを同軸上に重ねて配置している。
ユニットのサイズは、「W HP-TWF11」(実売15,000円前後)と、上位モデル「W n°2(ドブルベ ヌメロドゥ:HP-TWF21K:実売25,000円前後)」のどちらも、ウーファが15mm径、ツイータが7mm径となっている。
W HP-TWF11 | W n°2 | W n°2の分解図。口径の違うユニットを同軸配置しているのがわかる |
HA-FXT90の内部を透かした画像。2基のユニットを上下に配置している |
さらに面白いのが、“2つのユニットを搭載しているから2ウェイ”というわけではないという事。「ドブルベ」は両モデル2ウェイで、帯域分割用のネットワークを搭載しているが、「HA-FXT90」はネットワークを搭載しておらず、中高音域用と低域用ユニットには同じ信号が入力される。ユニット自体をチューニングする事で、それぞれが受け持つ帯域での特性を向上させており、あえて音を重ねる周波数帯を用意している。これにより、厚みのある音を出そうという考え方だ。
チューニングの内容は、振動板のコーティング材料、基材の厚み、マグネット、ボイスコイルなど。中高音域ユニットの振動板には、軽量で剛性の高いカーボンナノチューブ素材を使っている。振動板によく使われるPETフィルムに、結晶構造がカーボンとは異なる、高強度なカーボンナノチューブをウェットコーティングしたもので、軽量かつ応答性に優れ、歪を抑えたクリアな再生音を実現できるという。低音域用のユニットには、カーボン振動板を使用している。
この2つのユニットを、比重の大きい金属を採用したメタルユニットベースに組み込んでいる。これにより、不要な振動を抑え込む狙いだ。同社ではこれら全体を「ツインシステムユニット」と名付けている。実際にユニットを手にすると、小ささに驚くと同時に、こんなに小さくてもしっかりユニットが2基入っており、パッと見2ウェイスピーカーのような立派な“面構え”をしているのが面白い。
HA-FXT90の数量限定レッドモデル | メタルユニットベースに2基のユニットを搭載したところ。ツインシステムユニットと名付けられている | ツインシステムユニットの裏側 |
ハウジングに目を向けると、2基のユニットから放出された音を合流させるようなポートが配置されている。合わさった音がノズルを通って耳に届く流れがよくわかる。
分解したところ。ユニットからの音が、ポートを通じて合わさり、耳に届く | 再生周波数のイメージ |
ツインシステムユニット自体がコンパクトで、ネットワークも内蔵していないため、イヤフォン全体のサイズはコンパクト。縦長なので、普通のイヤフォンよりもスリムに感じるほどだ。そのため、耳に装着しやすく、装着時の負荷も少ない。重量バランスも良好なため、着けたまま歩いたり小走りしても抜けてくる事はなかった。
「HA-FXT90」のブラックモデル | ハウジングの外側には「JVC」マーク | イヤーピースを外したところ。縦長であるため、スリムな印象を受ける |
イヤーピースはシリコンで、S、M、Lの3サイズを同梱。ケーブルの長さは1.2mのY型で、入力はL型のステレオミニ(金メッキ仕上げ)だ。カラーはブラックとレッドの2色で、数量限定のレッドモデルは編組ケーブルとなり、高級感がある。長さ調節用のキーパーや、ふらつき・タッチノイズを抑えるクリップ、キャリングケースも付属。ケーブルを含まない重量は約6.8g。
バッフル面。2つのユニットからの音を合成している事がわかる形状だ | 上からみたところ。ノズルに角度がつけられているのがわかる |
ケーブルは1.2mのY型 | クリップや長さ調節用キーパーも同梱する | キャリングケースも付属する |
■個性的な製品でも、音は正統派
試聴は、いつものようにポータブル環境としてiPhone 3GSの直接再生や、「第6世代iPod nano」+「ALO AudioのDockケーブル」+「ポータブルヘッドフォンアンプのiBasso Audio D12 Hj」を使用。さらに、今回はフォステクスのiPodデジタル接続が話題のアンプ「HP-P1」も交えている。
ポータブルヘッドフォンアンプのiBasso Audio D12 Hj | 今回はフォステクスのiPodデジタル接続が話題のアンプ「HP-P1」も使用した |
“ダイナミック型のツインユニット”、“しかも並列配置”と、良い意味でトンガッた製品なので、「超個性的な音が出るんじゃないか?」と、期待半分・不安半分で再生ボタンを押したが、良い意味で予想を裏切る、クリアなワイドレンジサウンドが出現。思わず「あれ? 普通に良い音じゃん」とつぶやいてしまった。
だが、じっくり聴いてみると、通常のダイナミック型イヤフォンとは異なる“中低域の張り出しの強さ”が感じられる。「藤田恵美/camomile Best Audio」から、「Best of My Love」を再生すると、1分過ぎから入るアコースティックベースの「グォーン」という中低域のパワーが強烈。ボリュームが控えめでも、中低域が力強く、右耳から脳を貫通して左耳に届くようなイメージだ。ただ、大口径ユニット1基を搭載したカナルと比べると、最低音の沈み込みはそれほど下がらず、地鳴りのような響きは感じない。中低域の張り出しが強いため、総じて低域が元気で、心地良く音楽が楽しめる。同時に腰がすわった印象で、再生音に安定感がある。
特筆すべきは、これだけ中低域の音圧が強いにも関わらず、高域が非常にクリアな事だ。大口径のダイナミック型では、中低域のパワーが強くなり過ぎて、その音が中高域にぜんぶかぶってしまい、明瞭度を低下させる事がある。こうなると、「確かに低域は迫力があるけど、そればっかりでモワモワ、ボワボワした不明瞭な音だな」と感じてしまうモデルは多い。
「HA-FXT90」の中低域も、そのレベルのパワーを持っているが、中高域まで、その振動や音がかぶらず、極めてクリアで抜けの良い高域が確保されている。これによりヴォーカルや弦楽器、ドラムのブラシなど細かな音がしっかりと聴こえ、“低音が気持よく、なおかつ音楽の内容がよくわかる”バランスになっている。ユニットをマウントしているメタルユニットベースによる振動対策が効いているのだろう。アンプのボリュームを上げても、中高域のクリアさは低下しない。
この低域と高域のバランスが絶妙で、恐らくもっと中低域の張り出しを弱くしたら「ドライバを2基にする必要あるの?」という味気ない優等生サウンドになり、逆にもっと強くすると「ロックには良いけど、ちょっと偏りすぎ」と感じてしまった事だろう。中低域の張り出しという個性を保ちつつ、全体のバランスにも注意が払われている。ビクターらしい、実に“美味しい音作り”だ。
試聴ではヘッドフォンアンプを使っているが、実売1万円という価格を考えると、外部アンプを使わずに聴く人が大半だろう。そこで、iPodに直接接続してみたが、これもバランスが良い。外部ヘッドフォンアンプは、低域のドライブ力が高いため、「HA-FXT90」と組み合わせると低域が目立つ傾向になるが、ドライブ力の弱いプレーヤー内蔵アンプで再生すると、「HA-FXT90」の中低域が強いバランスと補完関係になり、丁度いい音になるようだ。
■他メーカーの製品とも比較
気になる他メーカーの機種とも比較してみよう。
15mmのウーファを搭載した「ドブルベ」、「ドブルベ ヌメロドゥ」と比べると、最低域の沈み込みではドブルベの2機種の方に軍配が上がる。だが、帯域全体のクリアさ、特に中高域のクリアさでは「HA-FXT90」の方が上手だ。
ドブルベの2モデルを比べると、上位モデルの「ヌメロドゥ」の方が、分解能が高く、中高域の音の輪郭はわかりやすいが、中低域のパワーが全体を覆うバランスは下位モデルと大きな違いは無い。
ドブルベは2機種とも、2基のユニットを搭載した中低域のパワー感が前面に出ており、良い意味で個性的な音を聴かせてくれる。対する「HA-FXT90」は、バランスやクリアさを重視した音作りで、悪く言うと個性は薄いが、様々な音楽に対応でき、飽きがこない正統派なサウンドと言えるだろう。
ソニーの「MDR-EX510SL」 |
比べてみると、最低音の沈み込みはMDR-EX510SLに軍配が上がり、中高域のクリアさでは両者良い勝負。全体を見渡すとEX510SLの方がフラットな音作りに感じる。「ではEX510SLの方が良いか?」と聞かれると、これは好みの問題で、「HA-FXT90」のダイナミックでドラマチックな中低域も捨てがたく、悩ましい選択になる。“気持よく音楽が聴けるイヤフォンが欲しい”という人の場合、「HA-FXT90」の方が好ましく感じるかもしれない。
■結論
ダイナミック型ユニット2基の並列配置という、“構成のインパクト”から、悪く言うと”イロモノ”的な印象を抱きがちだが、極めて正統派なサウンドに、少しの個性を含ませたバランスが絶妙であり、完成度の高いモデルだ。
1万円前後のカナル型イヤフォン激戦区に、また実力派モデルが参戦した形になる。多くの人にオススメできる製品だ。プレーヤー付属イヤフォンからのステップアップはもちろん、例えば高価なバランスドアーマチュアを日頃愛用しているが、たまには毛色の違う、ダイナミック型ならではの量感のあるサウンドが聴きたいというニーズにもマッチする1台だろう。
また、バランスド・アーマチュアの陰に隠れがちになっているダイナミック型イヤフォンを活性化させる1つの技術として、マルチウェイ・ダイナミック型イヤフォンの今後にも注目していきたい。
[AV Watch編集部山崎健太郎 ]