西田宗千佳の
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アクトビラとYahoo!とウィジェットの関係は?

~テレビ向けネットサービスの現状を俯瞰する~


 このところ、「テレビでのネット利用」を巡る動きが激しい。日本国内では「アクトビラ」を軸に各社のテレビへの搭載が進み、海外では「ウィジェット」系の技術を中心に、新しい波ができあがりつつある。

 だが他方で、パソコンを中心にネットを利用している人々から見れば、「テレビでネット」と言われてもピンとこない。また、テレビを購入する側としても、まだまだ「ネット機能を重視してテレビを買う」には至らない。

 「テレビでのネット利用」は、現在どのような状況にあり、どちらへ進もうとしているのだろうか? 今回は、現状で発表されている状況に加え、Yahoo! JAPANやパナソニックへの取材を通じ、「テレビでのネット利用」の流れを俯瞰してみたい。

シャープAQUOSに独自の「Yahoo! JAPAN for AQUOS」を採用YouTube対応などを果たしたVIERA「TZシリーズ」テレビ版Yahoo! JAPANに対応した日立「Wooo UT 800」

 


■ アクトビラの元は「インターネットテレビ」

 まずは少し、歴史的な話からはじめてみたいと思う。

 現在日本において、「テレビでネットを利用する」といえば「アクトビラ」を使う、というイメージが強い。ご存じのようにアクトビラは、パナソニック、ソニー・シャープ、東芝、日立という主要家電メーカー5社が設立した、テレビ向けネットサービス事業者である。

アクトビラのトップページ。ビデオ以外のさまざまな情報サービスを展開している

 ただし、AV Watchの読者の多くが浮かべる「アクトビラ」は、おそらく「映像配信」を伴う「アクトビラ ビデオ」および「アクトビラ ビデオ・フル」のことではないだろうか。アクトビラの最もベーシックな形は、映像配信機能を持たない、ウェブの閲覧機能をベースにしたポータルサービスを利用する「アクトビラ ベーシック」となる。元々アクトビラの前身は、パナソニックやソニーが運営していたテレビ向けのネットポータル事業。この段階では、アクトビラ・ベーシックで提供されているものと同様な、テレビ向けウェブによる「情報配信」が目的となっていた。

 さらに元をたどれば、1990年代後半から2000年前後にかけて登場した「インターネットテレビ」が源流といえる。それらは、単にアナログモデムとウェブブラウザをテレビに搭載した製品であり、実用性はさほど高くなかった。「テレビでネット」というと、古くからPCを利用している人の中には、苦笑いというか、生暖かい感情がわき上がる人も少なくないだろう。

 失敗続きのビジネスであったとはいえ、「テレビでインターネットを利用する」ことの影響は大きい、と各社は感じていた。だが、PCと違ってウェブブラウザの種類もまちまちならば、「テレビで見せるための技術要件」もまちまちである。そのままでは、様々な混乱を生み出す可能性が高かった。

 そこで2003年4月に設立されたのが、「デジタルテレビ情報化研究会」という業界団体である。この団体の目的は、テレビでネットを利用するための技術要件を検討し、仕様をまとめることだ。設立時の参加企業は、松下電器(当時)、ソニー、シャープ、東芝、日立製作所。すなわち、現在のアクトビラを設立した5社と同一である。

 この研究会により検討され、テレビ向け仕様として公開されているのが、「デジタルテレビ ネットワーク仕様」だ。この仕様書では、各機種が備えるべきネットワーク機能やウェブブラウザの仕様を定めたもの。現在、日本の主要メーカーより販売されているテレビに搭載されているネットワーク機能は、「アクトビラ」も含め、ほぼこの仕様書を満たすものを下敷きに、各社が必要とする機能を追加したもの、という形になっている。

 要は、仕様として「デジタルテレビ情報化研究会」のものを、サービスとして「アクトビラ」を基本とし、さらに各社が差別化に必要とする部分を拡張する、という形が、現在の日本の「テレビ向けネット機能」のフレームワーク、ということになる。


■ アクトビラ型は「日本のテレビ」の標準機能に

 では現状に戻ろう。

パナソニック株式会社 デジタルAVCマーケティング本部 コミュニケーショングループ広報チーム 山口耕平氏

 昨年以降、各社のテレビには、アクトビラ ビデオ・フルに対応するネット機能を搭載するものが主流になっている。例えばパナソニックの場合、今春の新モデルでは全モデルが「アクトビラ・ベーシック」に対応、最廉価のCシリーズおよびFシリーズをのぞき、主要な機種すべてで「アクトビラ ビデオ・フル」に対応している。同社でテレビ関連のマーケティングを担当する山口耕平氏は、「今年はネットにつながるテレビ元年と考え、対応機種を増やした」と説明する。このあたりは、家庭でのブロードバンドサービスの普及が一段落したこと、デジタルテレビも「画質と基本機能で勝負」する時代から、「付加価値で勝負」する時代へと移行し始めていることと無縁ではない。

 とはいうものの、アクトビラ上での映像配信の利用者数はまだ多くない。前回の記事で解説したように、アクトビラ上で展開される「TSUTAYA TV on acTVilla」も、まだまだ利用者数を公開できる段階に至っていない。

 だが他方で、パナソニック 山口氏は「遅かれ早かれ、テレビによる映像配信というのは伸びてきます。その時、現在アクトビラで使われている技術が基盤になるのは間違いない。とすれば、とりあえずこれをサポートしておくのが重要、ということになります」とも語る。


アクトビラのTSUTAYA TVではHD映像のダウンロード配信もスタート

 アクトビラの映像配信で使われているのは、デジタルテレビ情報化研究会の「デジタルテレビ ネットワーク仕様」そのものである。特に映像配信を目的に「ストリーミング仕様」が別途定められており、アクトビラ ビデオ・フルも、これに準拠する形で提供されている。

 ちなみにこの仕様では、映像のコーデックとしてはSD解像度のみのMPEG-2 TSと、SD解像度およびHD解像度の両方に対応するMPEG-4 AVCの両方が規定されている。アクトビラ ビデオは前者に対応し、アクトビラ ビデオ・フルは後者に対応したサービス、ということになる。どちらもテレビには親和性の高いコーデックであり、テレビやビデオレコーダー/プレーヤーでは対応が容易な点が、選択された要因であろう。なお、デジタルテレビ情報化研究会の「デジタルテレビ ネットワーク仕様」は、同研究会のウェブより無料でダウンロードすることができる。

 日本の主要メーカーすべてがアクトビラを採用し、NHKやTSUTAYA、角川、松竹、東映、東宝、日活といった映像ビジネス大手が参画している点を考えれば「日本でのテレビ向け映像配信」としてアクトビラを本命視するのは当然の見方といえる。

 パナソニック山口氏は、VIERAにおけるアクトビラの位置づけを次のように説明する。

「今はまだ利用が少なくても、その気になれば月額料金も追加投資もなく、すぐに利用できるわけですから、敷居は非常に低い。テレビのチャンネルが増えたようなものです。事実、昨年末に『TSUTAYA TV』利用者にキャッシュバックキャンペーンを行ないましたが、予想以上に応募者が多かった。みなさん十分に興味はあり、きっかけがあれば利用したいと考えている、ということでしょう。アクトビラの方式は今後長く使われると見られ、その点も、『テレビを長く使いたい』と思われている方には魅力的でしょう」

 だが他方で、「アクトビラ ビデオ・フル対応の仕様」については、もうひとつ大きなトピックも存在する。それがYahoo! JAPANの動向だ。

 


■ テレビ版 Yahoo! JAPANはなぜ生まれたのか

テレビ版Yahoo! JAPANがスタート。各社のブラウザ搭載デジタルテレビで利用可能に

 4月6日、ヤフー株式会社は、「テレビ版Yahoo! JAPAN」の開始を発表した。これは、前出の「デジタルテレビ ネットワーク仕様」に基づいてカスタマイズされたYahoo! JAPANのサービスである。現状では映像配信システムはもっておらず、検索サービスなどを中核とした情報提供を行なうものだ。最も基本的な仕様を使ったものであるため、アクトビラ ビデオやアクトビラ ビデオ・フルに対応しない、以前のテレビでも利用可能である。

 だが、現状では映像配信に対応していないことから、「どれだけの価値があるのか」と訝る声も少なくない。ウェブを見るなら、テレビよりパソコンの方が快適であり、携帯電話の方が手軽である。映像配信を除いて、これまでのテレビ向けネットサービスがほとんど注目されてこなかったことを思えば、PCのそれと同様のYahoo!のサービスにどのくらいの価値があるのか……と考えるのも無理からぬところだ。

 だが、ヤフー株式会社で家電向けのサービスの開発を統括する、R&D統括本部 プラットフォーム開発本部 EW開発部の坂東浩之部長は、「その通りだが、問題は『鶏が先か卵が先か』という話」と反論する。

 「現在、テレビ向けのウェブがほとんどないのは、利用者が少ないから。放送連動などを考えれば、テレビで利用できるウェブ環境を整備することが重要です。そのためには、今回のテレビ向けYahoo! JAPANのような形で、利用者の利便性を高めていき、利用者そのものを増やしていくことが必要なのです」

R&D統括本部 プラットフォーム開発本部 EW開発部 坂東部長

 現在、テレビ番組と連動する情報といえば、いわゆるデータ放送か、PC/携帯用のウェブが主流である。だが、前者は「放送」という性質上、情報が静的であり、バリエーションや情報量の点で不満が出ることも多い。また、後者は「機器を別途用意してアクセスしてもらう」という手順を踏むため、どうしてもある程度入り口が狭くなる。理想的なのは、確かに板東氏の言う通り、テレビという「同じ画面」を生かし、平行で簡単に見られることかも知れない。現状では「テレビでウェブを見る人がいないため、パソコン用のウェブを使う」のが通常。だからこそ「テレビで見ても快適ではない」訳だが、もし「テレビ用のウェブコンテンツ」が多くなれば、状況は変わる可能性もある。

 板東氏の言う「テレビ向けコンテンツ」とは、単に文字が大きいとか、リモコンでオペレーションしやすい、というだけではない。例えばテレビ版Yahoo! JAPANは、PCに比べ非力なテレビのウェブブラウザでも、非常に高速に動作する。不必要な情報を削り、高速に読み込めるよう設計されているからだ。こういった「テレビ向けのサービス構築ノウハウ」こそ、テレビ向けコンテンツにとって重要なことといえるだろう。テレビ版Yahoo! JAPANは、ヤフー社内のコンテンツ制作部門が作っており、坂東氏も「このノウハウは、他のテレビ向けコンテンツにも生かせると思う」とする。

 テレビ版Yahoo! JAPANの会見では、映像配信の可能性について「計画中」と述べるにとどまったが、会見後に板東氏に尋ねると、「秋くらいまで、そう遠くない時期にはなんらかの発表をし、サービスを開始することになると思いますよ。デジタルテレビ情報化研究会の仕様に基づいていますから、H.264(AVC)で映像を再生することになるでしょう」と語った。

 そして、ヤフーの動向が注目されるのは、「テレビ版Yahoo! JAPAN」発表の翌日、4月7日、矢継ぎ早に発表された「GyaOとの提携」だ。現在はUsenが持つGyaOの株式のうち、51%をヤフーが取得、今秋より事実上、ヤフー傘下にてビジネスを開始する。

 ご存じの通り、GyaOは日本国内における映像配信事業の草分け。収益面では苦戦しているが、現在も利用者は多い。ヤフー株式会社の井上雅博社長は、「日本最大級のオフィシャル映像プラットフォームを目指す」と、合弁化の狙いを語る。テレビ版Yahoo! JAPANの構築も、当然この流れを見越したものだろう。

 現在のヤフーの動画サービス「Yahoo! 動画」は、コンテンツの数こそ多いものの、YouTubeやGyaOの後追いといった印象が強く、率直に言って特色が薄かった。GyaOと統合されることで、より特徴が強くなり、立ち位置が明確なものとなる。

 


■ 巨大な可能性を持つ「テレビ向け・オフィシャル映像配信」

 ここで、ヤフーが新生GyaOで「オフィシャル映像」を狙うには理由がある。映像配信というと、現状ではYouTubeやニコニコ動画といった、消費者側が作成した映像の「共有」に注目が集まっているが、すでにこのジャンルでは勝者が決定しつつあり、競合が難しい。他方で、「オフィシャル映像」については、まだまだ市場開拓が進んでいない。

 このあたりの可能性を考えるには、映像ビジネスの特性を知っておく必要がある。

 現在の映像ビジネス、中でもテレビドラマやアニメのように「毎週放送される番組」を中核としたビジネスは、以下のような流れになっている。

 まず、テレビなどで「初回放送」がある。その後、1クールなり2クールなりに渡って放送が続くわけだが、その際、どうしても「脱落者」が出て、視聴率は少しずつ下がっていく。番組に魅力を感じなくなって視聴を止める人も少なくないが、それとは別に、なんらかの理由で「見逃し」て、それ以降を見なくなる人もいる。また、初回放送を見逃した人をそののちに取り込むことができないままではいけない。

 そこで多くのテレビ局は、特に力の入った番組の場合、深夜や昼間の時間帯を利用して「再放送」を行なう例が増えている。いわば「見逃し」対策だ。

 また、特にアニメの場合には、地上波テレビ局での本放送が終了し次第、CS放送やケーブルテレビなどで「再放送」を開始する場合が増えている。映像を見てもらう機会を増やし、事後に発売されるDVD、Blu-ray、関連商品の売り上げにつなげるためである。

 これらの方策は、アメリカのケーブルテレビ網で成功した方法論だ。ご存じの方も多いと思うが、アメリカのテレビ放送は、日本と違い、ケーブルテレビによる専門局の影響力が強い。ドラマなどの多くは、「初回放送」から翌週の放送までの間に必ず再放送されるし、1シーズン終了後には、タイミングを見てすぐに再放送が行われる。これは、すべてを「初回放送」で埋めるほどのコンテンツが用意できない、という事情もあるが、それだけでなく、「コストをかけて作成した映像の露出を増やし、視聴者を出来るだけ増やす」という施策でもある。

 とはいえ、地上波の強い日本の場合、テレビの番組枠はケーブルテレビほど多い訳ではない。すべての番組で「見逃し対策」を行なうのは、コスト的に見合わないのだ。

 そこで注目されるのがネット配信である。アニメや韓国ドラマなどで、パソコン向けのネット配信が多く行なわれているのは、権利処理が比較的容易であることに加え、テレビ放送以外からの利益が大きく、「出来るだけ多く見せてビジネスチャンスを広げる」モデルが働きやすいから、という事情がある。

「ならば、勝手にアップロードされたものを削除させる必要はないのでは?」と思われるかも知れない。だが、そうではないのだ。誰でもがコピーできる状態で映像を置いておくのと、「著作権保護された形で、自らのコントロールが可能な範囲で提供する」のとでは大きく異なる。例えば「次回までの1週間だけ見せたい」といったコントロールができるのは、自らの管理下で公開している場合のみである。

 ヤフーが「オフィシャル映像プラットフォーム」にこだわるのは、こういった事情があるのだろう。テレビ局が自ら展開することもできるだろうが、配信のためのコストやシステム構築ノウハウを考えると不安がある。また、収益の悪化しているテレビ局側としても、まだ利用者が少ない「テレビ向け」に配信基盤を整えるのは、かなりハードルが高いビジネスである。だが、すでに同様のビジネスでノウハウを構築しているGyaOおよびヤフーが担当するならば、テレビ局やコンテンツホルダーとしても乗りやすい、と考えられる。同時に、番組情報や関連商品の販売情報などを提供するには、当然「テレビ向けのウェブ」を構築するノウハウも必要になる。ヤフー・板東氏のいう「テレビ向けコンテンツ構築ノウハウ」は、ここでも生きてくる。トータルで構築を受注できれば、それだけでヤフーにとっては大きなビジネスとなり得る。

 そしてもう一つ大きなことは、「テレビを利用した場合、技術的難易度が大きく下がる」という点である。パソコン上で著作権保護された映像を見る場合には、コーデックやDRMの組み合わせが多く、また、各人のパソコンのスペックや設定が均質でないため、トラブルの回避が難しい。すでに普及した基盤なのでビジネスはすぐに始められるが、マスに広げていくことを考えると、サポートコストが厳しい。また、ソフト的に「いかような処理」も可能なので、コピー対策に気を使う必要も出てくる。

 だが、テレビ向けの場合には、仕様が比較的均質であり、トラブルが起きづらい。また、よほどのことがない限り、デジタルデータのまま不正にコピーするのも難しい。

 もちろん、バラエティやドキュメンタリー、ニュースのように、放送権料をビジネス基盤に置く番組の場合には、「公式サービスから無料配信」を期待するのは難しい可能性もある。また、映像そのものからの利益を重視し、現在の「NHKオンデマンド」のように、見逃しサービスそのものでコスト回収を考える可能性もある。

 だが、テレビ+強力な映像配信プラットフォームの組み合わせは、映像に関わるコスト構造や配信の形を大きく変える可能性があることは否定できない。ヤフーにとっては、十分に勝負をかける価値があった、ということなのだろう。課金サービスの利用が定着し、インフラ面の問題が解決すれば、ビデオ・オン・デマンドビジネスにおいても、アクトビラ同様の存在感を持つ可能性も高い。

 


■ アメリカで広がる「ウィジェット」の採用

 他方でアメリカでは、日本とはかなり違うフレームワークで、「テレビとネット」をつなぐ動きが本格化している。

 それは「ウィジェット」だ。パソコン向けでは、Windows Vistaの「ガジェット」やMac OS Xの「ダッシュボード」などでおなじみの、Java Scriptなどを使ったミニアプリケーションの総称だが、これらを家電で利用する流れが広がっている。

 ウェブブラウザは、元々「能動的」に情報を活用するために作られたものだ。パソコンや携帯電話の場合、利用スタイルがそもそも「能動的」であるため、ウェブは非常に親和性が高かった。だがテレビは「受動的」な存在だ。情報を見る場合にも、「向こうから勝手にやってきて、好きな時に見られる」くらいの方がいいかも知れない。ウィジェットは、そういった方向性を強く指向したものである。

 天気や株式情報の他、Flickrのような写真共有サービス上の写真、果てはYouTubeまで、ネット上にある情報を「ウィジェット」の形で切り取り、コンパクトにテレビ上にオーバーラップして見せることができれば、まさに「受動的」なネットサービスのできあがりである。映像のダウンロードやストリーミングも可能なので、「映像配信」のプラットフォームとしても活用が可能だ。

1月のCES東芝ブースで展示されたWiget Channel。eBayやCinemaNowなどさまざまなウィジェットを用意CinemaNowのウィジェット

 現在、テレビ向けとして大きな地位を占めると見られているのが、米Yahoo!とIntelが共同で提案している「Widget Channel」だ。すでに、東芝、ソニー、サムスン、LG、VIZIOなどが賛同し、1月に開かれたCESでも、搭載機のデモンストレーションを行なっていた。画面だけを見れば、日本の「ウェブブラウザ」型サービスよりも美しく自然で、魅力的にも思える。

 またそもそも、ウィジェット系の技術は「アプリケーション」と違い、ウェブサービスに近いものであるため、一つのウェブサービスのために作られたコンテンツを、他のサービスへ展開するのが容易だ。「Widget Channel」も、PC向けにYahoo!が提供しているサービスをベースにしており、コンテンツ転用が容易であることが魅力と言われている。

 同じヤフーでも、アメリカと日本ではアプローチが大幅に違うように見える点について、ヤフー・板東氏は次のように語る。

「もちろんアメリカの動きも見ていて、我々もスタディしています。あのような形になっているのは、アメリカの場合、ネット対応を『これから行なう』という事情が大きいでしょう」

 日本の場合には、早期からウェブブラウザを搭載する方向に動いており、すでに「ネット対応」は始まっている。だがアメリカの場合、日本ほど高付加価値型のテレビが多くなかったこともあり、ネット対応はまさにこれから。その上で、「理想的なネット対応はなにか」を考え、技術開発が行なわれている、ということなのだろう。

 板東氏はこう続ける。「ウィジェットは、番組の上に重ねる形。ウェブ型とはまた別の価値があると思っています。どちらが、ということではなく両方が必要と考えます。例えば、番組連動コンテンツなどはウィジェット型よりもウェブ型の方が向くでしょう。だから、テレビ版Yahoo! JAPANのようなアプローチもやらねばならないんです」。

VIERA上位モデルやポータブルTV/BDプレーヤー「DMP-BV100」ではYouTube再生に対応

 また、ウィジェット的なアプローチは、なにも米Yahoo!/Intelの独壇場ではない。すでに日本でも、ソニーが自社のテレビにて「アプリキャスト」という形でウィジェットを搭載している。アプリキャスト自身、日本のヤフーとソニーが共同で開発して運営しているものであり、考え方としては「Widget Channel」に近い。

 表面からは見えないが、パナソニックもウィジェット技術をすでに活用している。同社のテレビのうち、「Zシリーズ」や「Vシリーズ」といった比較的ハイエンドなモデルでは、YouTubeの再生に対応しているが、実はこれは、PC版や携帯電話版のYouTubeを表示しているのではなく、ウィジェット技術を使い、サーバー側で「TVに合わせた形に変換して送信する」というフレームワークで動作している。元々同社がYouTubeに対応したのは、「アメリカでのニーズが強かったため、アメリカからスタートした。魅力的なコンテンツですから、それをテレビで利用できるようにしたい、と考えたということ」と、パナソニック山口氏は説明する。

 このような枠組みで動作しているため、技術的には、他の様々なサービスを柔軟に取り込んでいくことが可能だ。現時点で具体的な予定は公表されていないが、技術的には面白いものであり、可能性は広い。

 日本でどのようなウィジェット技術が使われるのか、現状ではまだ統一的なプラットフォームも、統一に向けた動きもはっきりしていない。業界内には「海外系の技術は、アクトビラとの関係もあって導入が難しい」との見解が強い。また、ある大手メーカーのテレビ開発者は、「日本のテレビ局は、番組の上に『別の情報』が重ねて表示されることを望まない場合が多い。Widget Channel的な展開はそこで問題が出る可能性もある」と指摘する。

 アメリカで見たWidget Channelのデモは、日本でも使いたい、と強く思わせるだけの魅力を持っていた。ぜひ日本でも、同様の特質を持つサービス・機能が登場することを願っている。

 日本におけるテレビ向けネットサービスは、「ウェブ」を基本に置いたが故に、歴史が長いにも関わらず、ここまでいまひとつ認知を得られずに来た。結局は「映像」というテレビらしい用途が実用的になってきて、ようやく消費者にとって価値をもつものになった、ということなのだろう。個人的には、利用者の少ないMPEG-2の「アクトビラ ビデオ」はスキップした方がわかりやすかったのでは、と思うが、それは結果だけを見ているから感じることなのかもしれない。

 それに対し、遅れたがゆえに「テレビらしい形」からスタートするアメリカのスタイルは、日本とは対照的だ。だが、ウィジェット的なサービスを、しかも「映像に重ねて見られる」形で実装するには、ハードウエアの能力がより必要であり、普及するにはまだ時間がかかる。アメリカにおいてもようやく展示会で見せられるようになった、というレベルであり、商品化は今年の後半以降になる。すでにウィジェット的機能を搭載している日本のテレビも、ほとんどが上位機種における「付加価値」であるあたり、事情は同じである。ウィジェットがどのような形で一般化するのかは不明だが、当面「付加価値」として開発が進むとすれば、まだ様々な変化があるはずだ。これからのテレビ開発においては、大きなポイントとなるだろう。

(2009年 4月 16日)


= 西田宗千佳 = 1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、月刊宝島、週刊朝日、週刊東洋経済、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]