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第547回

国内ドラマ・スポーツを強化するU-NEXTの狙い。堤社長に聞く「配信市場の変化」

U-NEXT代表取締役社長の堤天心氏

今年に入り、U-NEXTが矢継ぎ早にいくつもの施策を展開している。

2月16日には、TBSなどが出資して運営する動画配信サービス「Paravi」との経営統合が発表された。

まずはこれが大きな驚きだったが、その後同社は、スポーツについても大きな施策を立て続けに発表する。3月24日に総合格闘技「UFC」の全イベントを見放題ライブ配信することが発表され、さらに28日にはLIVE SPORTS MEDIAとのパートナーシップ契約に伴う「SPOTV NOWパック」の提供が発表された。こちらを使うと、プレミアリーグ・セリエA・MLBなど、SPOTV NOWが配信しているコンテンツが見放題になる。

以前Impress Watchでの連載でも解説したのだが、U-NEXTは現在、金額ベースのシェアでは国内2位であり、利用人数を軸にしたシェアでも5位に位置するなど、非常に活況だ。

活況の理由はどこにあるのだろうか? そして、Paraviの統合やスポーツ関連各社との連携は、どのような分析に基づくものなのだろうか?

U-NEXT代表取締役社長の堤天心氏に、施策の狙いを聞いた。

レンタルビデオ代替から「有料放送代替」へ。スポーツはそのための武器に

「ポストコロナの時代になって、市場のフェーズは確実に変わってきています。契約者300万前後が見えてきて次のステージを目指すためには、我々としても、今までのアプローチの強みは維持・継続しつつも、異なる方法を戦略的にも強化すべき、と考えています」。

この数カ月の発表の背景をたずねると、堤社長はそう切り出した。

では、「コロナ前」と「コロナ後」の違いとは、具体的にどういう部分になるのだろうか?

堤社長(以下敬称略):昨年の秋口から、いわゆる「巣篭もり需要」は明確に鈍化しています。

日本は諸外国に比べてレンタルビデオが強く、デジタルが弱いと言われてきました。シンプルな話として、コロナの2年・3年で起きたことは、フィジカルからデジタルへの移行です。

弊社としても、特に「レンタルビデオの置き換え」というコンテクストでサービスを展開し、それがユーザーニーズにも合っていました。

一方、直近で起きていることは少し違います。いわゆる“有料放送のデジタル化”です。この1・2年で、その流れが完全に先鋭化しました。「300万世帯」というのは、国内有料放送の規模と同じです。市場としての伸び代が、有料放送からのシフトの部分になってきたのです。

また、有料放送には「若年層へのリーチが弱い」という課題がありました。裾野を広げるという意味で、OTT(Over the Top、ネット上のサービスの総称)に期待がかかっている部分もあります。

なるほど。これはわかりやすい。

確かに、映像配信はレンタルビデオとの対立軸で語られることが多かった。U-NEXTは税込み月額2,189円と他社に比べて高めで、毎月1,200円分相当のポイントが付与される仕組みだ。このポイントで、まだ見放題にはなっていない新作映画のレンタル視聴をする……というのが典型的な利用形態だったわけだが、これはまさに「レンタルビデオのデジタル化」そのものといっていい。結果として、同社は高単価でありながら利用者も伸ばす、という形で進められてきた。

Gem Partnersのレポートより。金額シェアでU-NEXTは国内2位

一方で、需要が一巡する時期は当然やってくる。コロナ禍で「レンタルビデオの配信移行」は加速して終了し、次に本格化しているのが有料放送(衛星放送やCATV)のネット移行……と、U-NEXTは分析しているのである。

レンタルビデオ代替から有料放送代替へ。市場が変わってくると、重要になってくる要素にも変化が生まれる。

堤:これまで、有料放送でカバーされてきたのが「スポーツ」です。

日本の場合、マス向けにはドラマ性のあるスポーツが好まれます。甲子園やWBC、ワールドカップのような世界大会がこれにあたり、ここは地上波が中心でした。

一方で、ファン的に「ちゃんと見たい」方々が、有料放送やDAZNを使ってスポーツを見ていた部分があります。今後のスポーツの「流し方」を考えると、今まで通り放送で、という形ではないでしょう。他社の例ではありますが、ボクシングの村田戦やワールドカップ、そしてWBCと、配信で見ることが当たり前になりました。

ただ、スポーツ市場には大きな課題もある。配信権が非常に高額になっている、ということだ。企業間での競争も激化している。

堤:正直な話をすると、コロナ禍に入ってスポーツ市場の動きが止まりました。そこへDAZNが独占戦略に入ったところがあり、我々としても手を出せなかった。

スポーツの配信権は流動性が高く、予想が難しいところがあるのですが、アメリカでは、AmazonやAppleなどのジャイアント・テックがスポーツ配信に注目するようになっており、ライセンサーから見ると移行期といえます。

アメリカ市場を見ても、ディズニーは「Disney+」に「ESPN+」をバンドルし、差別化している。市場がそういうフェーズに入っているのだと思います。

では弊社はどうするのか?

現状、MLBやプレミアリーグなどの配信権を持つSPOTVは、DAZNと並ぶ存在です。DAZNが動画におけるNetflix的な「独占型」のビジネスモデルであるのに対し、SPOTVはフレキシビリティのあるビジネスモデルを採用しています。

ですから、我々との間で提携もできる……という結論に至ったのです。

U-NEXTから、月額1,200円でプレミアリーグ・セリエA・MLBなど、SPOTV NOWが配信しているコンテンツも視聴できるようになった
U-NEXTから楽しめるスポーツブランドの一覧

ポイントの使い方も「市場の変化」で変わる

取り込むべき市場が「レンタルビデオ代替」から「有料放送代替」へと切り替わり、スポーツとの連動が1つの武器になりつつある、というのはよくわかる。

その点は、U-NEXTの特徴である「ポイント」の使い方にも関わってくる。

前述のように、U-NEXTは契約者に対し、毎月1,200円分の「ポイント」を提供している。貯めてもいいし、毎月使ってもいい。「SPOTV NOW」プランでは、利用料金が1,200円に設定され、毎月のポイントを使えば、追加料金なしでスポーツが見られるようになっている。

こうした形を採った理由はなんなのだろうか?

「毎月のポイントは、頻繁に使われた方が経営的にプラスなのですか?」という筆者の問いに、堤社長は「そういう話でもないのですが……」と苦笑しながら、次のように説明する。

堤:ポイントを使って欲しいとか使ってほしくないとか、その辺の話は全くありません。

ただ、一定のユーザーから、弊社のサービス料金、価格に対するフィードバックはあります。「高い」ことが解約事由の1つになっている、という認識はあります。一方で、値段を下げればいいという話でもないのです。価格、すなわちそこに含まれるポイントに一定の価値を認めていただくにはどうするのか、ということもあるのですが。

現在も、ポイントは電子書籍の購入に使ったり、映画館のチケットに使ったりできます。そうした使い方をしている方々は、サービスの継続率が高いのも事実です。

そうしたように、ポイントの有効活用を広げたい、とは思っています。

ここには、先ほど出てきた「レンタルビデオ代替」という市場からのシフトも関わってくる。

堤:初めはレンタルビデオの代替を考えてサービス設計していましたから、そこで「新作をポイントで見る」という消費習慣をつけようとしていました。

しかし、市場は変化し、レンタルビデオ的な使い方のニーズは減ってきています。ポイントを使う先として、映像・VOD以外も用意する商品設計にしないといけない、という時代がきたわけです。

ですから、電子書籍を読めるようにしましたし、今回は、スポーツでも使えるようにしたわけです。スポーツには一定のエンゲージメントがありますから「スポーツも見られるなら高くない」という文脈で捉えていただけるのではないか、と。

なるほど。こう説明されるとわかりやすい。

ユーザー層の変化に合わせてポイントの利用方法もシフトしていくという点が、同社にとっては大きなビジネス戦略になっているわけだ。

Paravi=国内ドラマの強化は「女性層開拓」

もう一つ気になる点がある。

冒頭でも述べたように、U-NEXTはParaviとの経営統合を控えている。7月にU-NEXTへとサービスが統合・移管され、U-NEXTの月額料金内で、これまではParaviで提供されてきたコンテンツも楽しめるようになる。

なお、U-NEXTはParaviより高額なサービスとなるが、Paraviの既存ユーザーについては、Paraviの現行料金のまま、一部U-NEXTのコンテンツも利用できるサービスへと移行する。

どちらにしろ、統合の結果、双方の利用者が双方のコンテンツを利用できるようになり、バリューが高くなる形へ発展する予定だ。

では、U-NEXTはなぜParaviを統合することになったのだろうか?

堤:一つの課題として、弊社は女性ユーザーへのエンゲージメントが弱い、というところがありました。

弊社が強い映画・アニメというのは、どちらかといえば男性ユーザーに近い目線です。HBOと提携し海外ドラマを多く配信してはいますが、こちらもどちらかといえば、内容は「男性的」なものが多い。スポーツにも積極的に取り組んでいますが、これもどちらかというと男性的。特に格闘技が多い、という点もあります。

これは一般論ですが、ドラマは女性がドライブする市場でもあります。例えばNetflixはドラマが強いですが、その結果として、女性からの支持が強いサービスになっています。

国内でのドラマを強化するとしても、OTTでは、日本のドラマで、いきなり本当のマスに訴求することに現実感が薄い。成功のイメージが今ひとつ湧きません。現状では、地上波のドラマにマスを動かす力があり、彼らが一番進んでいます。

Paravi・TBSとの提携については、弊社の課題であった「女性ユーザーへのエンゲージメント」という部分への対策、という点から発想しました。

国内ドラマ、という点でみればParaviは強く、現在もどちらかといえば、女性から支持を受けているサービスです。

Paravi単体でも色々とユーザー拡大策は検討されていたと思いますが、彼らにないものを我々が持っていて、我々にないものを彼らが持っている。そこで成長が目指せる、同じ目線に着地できた……ということで、統合に至ったのです。

U-NEXTの柱について、堤社長は「映画・ドラマ・アニメ・スポーツ」と話す。4本の柱だが、それぞれが受容層も、供給元も変わっていている。それぞれの柱を強化することは、単純にバランスを良くするだけにとどまらず、受容層自体の拡大にもつながっているわけだ。

このように説明されると、スポーツでの提携戦略と、Paravi=地上波の取り込みという戦略が、それぞれ別の方向から軸を立てる形であったのがよくわかる。

U-NEXTコンテンツの柱が「映画・ドラマ・アニメ・スポーツ」
西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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