西田宗千佳の
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WWDC 2009 基調講演詳報。“S”は「スピードのS」

~iPhone 3G Sと新OS、新Macと盛りだくさん~


会場はサンフランシスコ市内のMoscone West Center。外壁には大きくアップルのマークがあしらわれ、iPhone用アプリケーションのアイコンがちりばめられていた

 6月8日(現地時間)、アメリカ・サンフランシスコにて、米Appleの開発者会議「World Wide Developer's Confrence(WWDC) 2009」が開幕した。

 会議に集まったデベロッパーの数も、今回は5,200人と特に多い。Mac OS X自身の人気が高まっていることもあるが、それ以上に、ソフトウエア・プラットフォームとしてのiPhoneにビジネスチャンスを感じる人々が多い、ということなのだろう。会場前には、入場待ちの長蛇の列ができていた。

 この開発者会議は基本的にNDA(秘密保持契約)ベースで行なわれており、その内容を報道することはできない。

 ただし、初日の基調講演は別だ。例年この場で、Macintoshの新製品やOSに関する最新情報が公開されており、ユーザーからの注目度は高い。特に今回は、iPhone用のOS「3.0」(発音はスリー・オー)の正式版公開を控え、「新iPhoneが発表されるのでは」との噂も多かったことから、特に注目が集まっていた。

 そして基調講演の最後には、予想通り「新iPhone」こと「iPhone 3G S」が発表された。その瞬間にイベントの盛り上がりは最高潮に達したわけだが、それ以外にも、例年以上に話題の多い、盛りだくさんな基調講演となった。ここでは、その基調講演の中から、特に注目すべき事柄をピックアップしてお伝えしたい。

 


■ MacBook Proに「SDカード」搭載。13インチモデルの「Pro」昇格でお買い得度アップ

Apple ワールドワイドプロダクトマーケティング担当シニアバイスプレジデントのフィル・シラー氏。基調講演全体の司会を務めた

 基調講演は、日本ではラーメンズが演じたことでおなじみの「PC君とマック君」の映像で始まった。

「僕はPC。みんな、凄いアイディアを考えていることと思います。だって、私もすごいアイディアを考えていますからね。(ヒソヒソ)で、そのアイディアってなんですか?」といったような、要はPCコミュニティの「残念さ」を伝えるジョークなのだが、なにしろここはMacユーザーのための開発者会議。来場者にはとにかくオオウケだ。場を盛り上げる「前説」扱いといったところだろうか。

 そして、基調講演が始まる。演壇に立つのは、アップル・ワールドワイドプロダクトマーケティング担当シニアバイスプレジデントのフィル・シラー氏。スティーブ・ジョブズ氏の復帰はもう少しお預けでのようだ。

 シラー氏は、まず過去10年の、Mac OS X利用者のグラフを示して、次のように話した。

「どうやら、なにかが起きている。iPhone発表以後、ユーザー数は3倍に増えている」

 もちろん、そこに向けてソフトウエアを開発して欲しい、というアピールである。そして、それを支えるものとしてまず発表されたのが、新しいMacBook Proである。なにより、一番大きな変化は「SDカードスロット」の搭載だろう。

 これまでアップルはかたくなに、メモリーカードスロットの搭載を拒んできた。しかしついにこのモデルにて、SDカードをそのまま挿せるようになったのである。

「デジカメなどを、USBでMacintoshにつないでも非常に良く動作する。しかし多くの人は、シンプルにメモリーカードを入れ替えることの方を好むようだ」

 シラー氏は搭載の理由をこのように解説した。率直に言って「あたり前でしょう」という印象だが、過ちて改むるに憚ることなかれ。搭載は素直に喜ぶべきだろう。スロットも、プラスチックでビルトインしたような構造ではなく、きっちりとアルミのボディを削り込んで開けた、薄い穴になっている。

Mac OS X利用者を集計したもの。この2年間で急速に利用者が増えていることがわかるついにマックにSDカードスロットが搭載。日本のPCから見ればあたり前だが、ようやくデジカメなどが「使いやすくなる」環境が整った
13インチMacBookあらため「MacBook Pro」は、バックライトを改善。色域が60%も広がった

 同様にモデルチェンジが発表されたのが、13インチタイプのMacBookである。SDカードスロットが搭載され、バッテリーが着脱式から、15インチ/17インチのMacBook Proと同じく「一体型」へ変わり、バッテリー持続時間が5時間から7時間へ、大幅に伸びている。ディスプレイもLEDバックライトになり、全体の色域が60%も広がっているという。

 このように、特徴がかなり似てきたことからか、シラー氏は次のように宣言した。

「なので、13インチモデルは、MacBookでなく”MacBook Pro"にすることにした」

 これにより、MacBook Proのラインナップは大きく拡充され、13/15/17インチの3サイズ構成となった。価格も、1,199ドル(日本モデルは13万4,800円)から2,499ドル(27万8,800円)と、かなりお買い得感が増している。また同時に、MacBook Airの価格改定も行なわれ、1,499ドルから(日本モデルは16万8,800円から)と、こちらも価格が大幅に下がっている。

 MacBook Airをのぞき、これらの機種には共通の特徴がある。それは、メモリが最大8GBまで搭載可能になった、ということだ。メモリを大量に必要とするデベロッパーの前、ということもあり、この発表は大きな歓声で迎えられた。

 またこのことには、もうひとつ大きな意味がある。それは、次期OS「Mac OS X Snow Leopard」の64bit対応強化である。

 


■ AV的にも見所十分な「Snow Leopard」。QuickTimeは完全リニューアルし「X」に

OS Xソフトウェア担当シニアバイスプレジデントのベルトランド・サーレット氏

 Snow Leopardの紹介のために檀上に上がった、Apple OS Xソフトウェア担当シニアバイスプレジデントのベルトランド・サーレット氏は、まずWindowsとMac OS Xを比較して次のように発言した。

「マイクロソフトは、Windows Vistaで墓穴を掘った。そして、7で這い上がろうとしている。技術的に見れば、7はVistaの新バージョンに過ぎない」

 確かに彼のいう通りなのだが、問題は「そのOSがなにを与えてくれるのか」ということだ。サーレット氏は、Snow Leopardの特徴として、「90%以上のコードを書き換え、多くのアプリケーションで64bit化を進めた」と説明する。

 ウェブブラウザである「Safari 4」が正式版になり、さらに動作が高速化したことや、メールソフト「Mail.app」やスケジュール管理ソフト「iCal」がMicrosoft Exchange Server 2008に対応し、Windows上におけるOutlookとほぼ同じ機能を実現し、オフィスのネットワークシステムとの親和性が高まったことなど、トピックはいくつもあるのだが、ここで紹介するのは省いておこう。

プレビューのスピードは大幅にアップ。JPEGで2倍、PDFで1.5倍になった

 Snow Leopardの新機能の中でも、特にAV面に関わるものだけを集めると、まず、JPEGやPDFのプレビューは大幅に高速化された。JPEGが2倍に、PDFが1.5倍に速くなったという。

 また、ファインダー上でのプレビュー機能も拡張されている。写真は、一見単なるサムネイルのように見えるが、そうではない。PDFならページをめくって中を確認することができるし、ムービーならば、アイコン状態のまま再生し、内容を確認することもできるようになった。

 個人的にグッときたのは、PDFにおける「選択」の扱いの変化だ。従来、段組のされたページで文章を選択した場合には、段組の情報は認識されず、単に「上から順に」選ばれるだけだった。だがSnow Leopard搭載のPDFビュワーでは、「選択にAIの考え方を導入することによって」(サーレット氏)、段組などに配慮し、より適切に内容をコピーできるようになったという。


プレビューの改善。ウインドウ左側に注目。PDFでは右・左に移動できる矢印が出て、「ページをめくる」動作がサムネイル上で行えるようになった他、ムービーの場合には、サムネイルのまま再生も可能に左上の選択部分に注目。Snow LeopardのPDFビュワーでは、範囲選択にAIを導入、段組などを認識して正しい部分だけを選択できるようになった
QuickTime Xの新ロゴ。基盤整備が進み、ハードウエアアクセラレータがより有効に使えるようになるなど、「プレーヤー」としてのパフォーマンスに特化した改善がなされた

 AV機能で最も興味深い機能改善は、やはり「QuickTime X」の登場であろう。

「QuickTime Xは、最新の技術基盤によって再開発されたもので、様々な特徴を持つ」とサーレット氏は語る。実のところ、QuickTimeは歴史が長い基盤技術であるだけに、ソフトを「継ぎ足し」のように作ってきた印象が強く、あまり使いやすいものではなかった。今回は「ユーザーインターフェースも含め一新した」(サーレット氏)ということになる。

 従来、QuickTimeは「ウインドウの中で映像が動く」ようなUIであったが、QuickTime Xでは、ボーダーのない「動画そのもの」が表示される。ちょうど、フルスクリーンモードでの表示に、ちょっとした影がついたようなもの、と思えばいい。これは、「見ている最中に邪魔にならないように」(サーレット氏)という発想からの変化だ。そして、マウスカーソルを動かすなどの操作を行なうと、再生ボタンなどのコントローラがオーバーラップする。このあたりも従来のフルスクリーンモードに近いイメージだ。

 重要な新機能としては、ムービーの簡易編集を行なう「Trim」がある。ムービーの下にサムネイルが並んだ「タイムライン」が表示され、In点、Out点を指定するだけで、簡単にムービーから「必要な部分だけ」を切り出せる。編集といってしまうのはおこがましいくらい基本的なものだが、あるとないとでは大違いであり、確かに便利なものだ。

 もうひとつ重要なのは、今回、QuickTime XをSnow Leopardの機能としてはアピールしているものの、「QuickTime X」そのものとしてニュースリリースはしていない、ということである。当然、Windows版についての言及は一切ない。


QuickTime Xの再生画面。基本的には「ムービーそのものが浮かぶように表示される」ようになり、枠はなくなる。また「タイムライン」を表示し、必要な部分だけをトリミングできるようにもなった

 ご存じのように、QuickTimeには、映像・音声のフォーマットとしての役割と、プレイヤーソフトとしての役割、両方が存在する。しかし、今回「フルリニューアルの新バージョン」として登場するにも関わらず、アップルがアピールしたのは後者、プレーヤーとしてのQuickTimeの機能だけだった。また最近は、フォーマットとしてはAVCやAACといったオープンスタンダードなものが使われることがほとんどであり、「QuickTimeムービー」の出番は減っている。

 すなわちQuickTimeという存在は、Xになってより「プレーヤー」としての側面が強くなった、ということなのだろう。だからといって、今後Windows版が登場しない、とは思わないが、まずはSnow Leopardの「利点」としてアピールしていく、という作戦と考えられる。

 


■ マルチスレッド、Open CLなどの「基盤整備」が進む。「アップグレードは29ドル」に会場騒然

マルチスレッドへの最適化をすすめるための「Grand Central Dispatch(GCD)」。非対応アプリケーションでは効果が出ないものの、APIを利用しさえすれば、スレッドの利用は自動的に効率化されるという

 細かな機能以上に、アップルがSnow Leopardの良さとしてアピールしたのが「将来性」だ。64bit OSとしての先進性はもちろんだが、特に2つの点で、AVなどでも今後有用であろう機能が公開されている。

 一つが、アプリケーションの「マルチスレッド動作」を効率化する「Grand Central Dispatch (GCD)」である。

 マルチスレッドへの効率化はなかなか難しいものだが、アプリケーションをGCDのAPIを使って作成しておけば、あとはOS側がプロセッサの空きにあわせ、スレッドの動作状況を調整してくれるという。基調講演の中では、メールを例に説明が行なわれていたが、特にパワーを必要とするビデオ編集やAV処理アプリケーションの開発を容易にするにも、有効な機能といえる。

 もう一つが、GPUをエンコード処理などに使うための「Open CL」のサポートだ。俗に「GPGPU」などとも呼ばれ、最近はWindows用アプリケーションの世界で、ビデオ編集や映像圧縮、再生時の高画質化などに使われることも多くなった。中でもOpen CLは、アップルがAPI仕様を公開し、NVIDIAやAMDも賛同、オープンスタンダードに利用できるものでもある。Snow Leopardでは、OSのAPIレベルでOpen CLをサポートし、「このパワーをなんにでも使う」(サーレット氏)としている。

 ただし、具体的にOS付属のどのアプリケーションでどう使っているか、また、iMovieやFinal Cut Proなどのアプリケーションで利用するかどうか、といった具体的な言及はなかった。やはり、「ようやく基盤が整い、活用を考える段階に入った」というレベルなのだろう。特にビデオ編集やエンコーディングに対するパワーを求めている人にとっては、まだしばらく注目し続けておく必要がありそうだ。

 Snow Leopardは、Leopardの基盤を引き継ぎつつ、大幅に完成度・速度を改善したOSである、といえそうだ。外見的にはマイナーアップデートに見えるが、内部的には大きな変更が加えられており、アップルとして相当なエンジニアリング・リソースを費やしたことがみてとれる。そして今回よりついに、PowerPCのサポートがなくなり、Intel CPU搭載機のみで動作するOSとなる。2006年のIntel CPU版登場以来、3年半をかけ、ようやく完全移行を果たすわけだ。

 発売は9月を予定しているが、デベロッパー向けのプレビュー版は本日より配布が始まる。

 今回の基調講演でもっとも驚きであったのは、Snow Leopardが「非常に安い」ことだ。10.4(Tiger)以前のOSからアップデートする場合には129ドルと、以前とさほど変わらない価格だが、Leopardからのアップグレードならば、29ドルと非常に安い。また、最高5台までのマックで利用できるファミリーパック(Leopardからのアップグレード)も、49ドルとやはり安い。

 情報のリークが多く、予測合戦も激しい昨今には珍しく、この価格は完全な「サプライズ」となった。そのため、会場も非常に盛り上がっていた。なお、日本での販売価格はまだ未定。とはいえ、アメリカでの価格から大きく外れたものにはならないだろう。

ついに、PowerPCのサポートが終わり、Intel Macのみでの動作に。PowerPC向けMac OSの最終版は「Leopard」ということになったアップグレード価格は29ドルと激安。日本での価格は、出荷が近づいてから改めて発表される予定

 


■ 新機能が100個搭載!? iPhone OS 3.0。注目は「MMS」サポートと「In App Purchese」

 さて、残る話題は「iPhone」である。

iPhone OS 3.0について解説する、アップル・iPhone ソフトウエア担当シニアバイスプレジデントのスコット・フォルストール氏

 檀上に登った、アップル・iPhone ソフトウエア担当シニアバイスプレジデントのスコット・フォルストール氏は、まず「iPhoneの成功」について語り始めた。

「SDKは100万回ダウンロードされ、AppStoreには5万本のソフトウエアが登録されている。そして、iPhoneとiPod Touchを合わせた、“iPhone OS搭載機”の数は、4,000万台を突破している。そして4月には、10億本のアプリケーションダウンロードが達成された。しかも、(AppStoreのローンチから)たった9カ月でだ」(フォルストール氏)

 そして、その成功を広げ、デベロッパーに可能性を広げるものとして紹介されたのが、iPhone OS 3.0の新機能である。

「100の新機能がある」とのことで、ひとつひとつを紹介していると大変な量になってしまう。ここでは、カット&ペーストのサポートや横向き(ランドスケープモード)でのメール作成といった、既報の機能拡張については割愛し、新しく公開された情報を中心にご紹介しておきたい。

iPhone OS 3.0にてVideo Storeのサポートが開始。だが、日本ではサポートが始まる予定は公表されていない。実に残念だ

 3.0登場にあわせ、iPhone向けiTunes Storeのサービスが拡張される。もっとも大きなものは、Video Storeのスタートだ。

「空港で飛行機に乗るまえに、映像などをダウンロードしておくと便利だろう」(フォルストール氏)という言葉でも分かるように、当然のことではあるが、HDのようなリビング指向ではなく、モバイル・ポータブル指向のサービスである。残念ながら、日本ではVideo Store自身のサービスが行なわれていないので、こちらも同様に利用できない。

 その他、Audio Bookや大学での講義を無償公開する「iTunes U」なども、iPhone向けiTunes Storeで公開が始まる。一部は日本でもサービスが行なわれているが、こちらも基本的にはアメリカ向けのものである。

 いわゆるソフトバンクの「ケータイメール」で使われている「MMS」にも、3.0から対応する。ソフトウエアとしては、「Mail」ではなく、「SMS」に統合される形で実装され、まるでチャットのようなイメージで利用することになる。「29のキャリア、76の国で利用できる」(フォルストール氏)とされており、公開されたキャリア・リストの中にも、ソフトバンク・モバイルの名が見える。ただし、どのようなアドレスで利用できるのか、そもそも現在の仕組みとどのように統合するのかといった詳細はわからない。おそらく、ソフトバンク側から発表があるものと思われる。

 また、通信系の機能として新たに公開されたのが「テザリング」である。これは、3GのUSBモデムの要領で、iPhone自身にPCやマックをつなぎ、通信を行なう機能。有線の他、Bluetoothでも利用できる。

 ただしこちらについては、対応キャリアの中に、ソフトバンクの名はなかった。それどころか、アメリカでのキャリアであるAT&Tの名もなく、主にヨーロッパ圏でのサービスとなっていため、会場ではひどくブーイングが起きていた。なお、日本のソフトバンクモバイルもテザリング機能には「対応しない」としている。

MMSのサポートが追加されるが、実装は現在のSMSとの統合、という形を採る。ソフトバンクもサポート・キャリアとして名前が挙がっているが、どのような形でサポートされるかはまだ不明だiPhoneをモデムのようにして3Gでの通信を行なう「テザリング」機能。ただし、日本はサポートされない

 セキュリティ系の新機能として注目なのが、「Find My iPhone」。アップルのネットワークサービス「MobileMe」との連携サービスとして提供されるもので、なくしてしまったiPhoneの場所を、ネットを介して確認した上で、そのiPhoneに「私のものですので以下に連絡を」といったメッセージを表示したり、データそのものをリモートで消去してしまったり、といった処理を行なえる。MobileMeとの連携が必要であるため、iPhoneの契約の他、MobileMeの契約も必要になる。

なくしたiPhoneの所在地を見つけられる「Find My iPhone」。メッセージを表示させたり、データを消したりといったことも可能

 アプリケーション系での注目点は、アプリケーション内から追加コンテンツをダウンロードしたり、追加販売したりできる「In App Purchese」という機能だろう。これにより、ゲームの追加コンテンツ販売が容易になる。ただし、「無料のソフトはずっと無料である必要がある」とフォルストール氏は言う。In App Purcheseはあくまで「有料ソフトに有料でコンテンツを追加する」ための仕組みで、「無料ソフトを入り口に、コンテンツを追加販売する」ためのものではない、ということなのだろう。

 これら、様々な機能追加により可能となった新アプリケーションの一部も公開されている。

 例えば、gameloft開発のレースゲーム「ASPHALT5」では、iTunesに登録されている曲をバックに、レースができる。これは、Xbox 360やPS3で実現されている「カスタムサウンドトラック」とほぼ同じ機能、といっていい。

gameloftが開発中のレースゲーム「ASPHALT5」。iTunesの曲を流してゲームができる。販売は夏以降を予定。

 また、医療系システムを開発しているAIRSTRIP Technologiesは、患者のバイタル・サインをiPhoneで「遠隔確認」できるアプリケーションを発表した。急変があると「プッシュ」で伝えてくれるほか、変化の履歴をさかのぼってチェックすることもできる。

 In App Purcheseの例としては、オンラインブックストアの「Scroll Motion」が、ナビゲーション機能の例としてはオランダのナビゲーションシステムメーカー、TomTomのものが公開されている。

 AV的に注目のアプリは、LINE6とPlanet Wavesのものだろう。前者はiPhoneをギターアンプにし、後者はギターのChordmasterにするものだ。

 人気ドラマ「LOST」にソーヤー役で出演している、ジョシュ・ホロウェイがギターを抱えて登場、ソフトを使って「指定したギターアンプの音色で曲を奏でる」デモをしよう……と試みたのだが、失敗した。iPhoneを楽器にするソフトは多いが、楽器と連動するソフトというのもなかなか面白い。ソフト開発者の発想を、iPhoneの機能が刺激している証といえそうだ。

 iPhone 3.0は、既存のすべてのiPhone、iPod Touchで利用可能。iPhoneについては無料で、iPod Touchについては9.95ドルでアップグレードが行なえる。OSの公開は、アメリカ時間の6月17日。日本では18日の朝、ということになりそうだ。

ギターアンプをシミュレーションするソフトをデモする、俳優のジョシュ・ホロウェイ。残念ながら、トラブルでデモは止まってしまったOSのアップデート日は、アメリカ時間で17日。iPhone向けには無料で、iPod Touch向けには9.95ドルで提供される

 


■ Sは「スピード」のS。新iPhone 「3G S」は6月26日発売!

iPhone 3G Sを発表するフィル・シラー氏。3G Sでは背面のロゴがクローム仕上げになった

 さて、OSの話も終わったところで、檀上に再びフィル・シラーが戻ってくる。ついに最後の演目、すなわち「新iPhone」の発表だ。

 発表されたのは、「iPhone 3G S」。Sはもちろん「スピード」のSだ。

「3G Sは本当に速い。なにもかもが高速になっており、基本的なことならば(3Gの)2倍のスピードで動く」とシラー氏は言う。公開された「速度」の値も、すべて2倍以上の値を示している。HSDPAでの通信速度も最大7.2Mbps(従来は3.6Mbps)に高速化されたため、「サービスエリア内で」「利用者が多くない」状況にあれば、実効通信速度もやっぱり2倍程度に高速化される可能性がある。


高速化が3G Sの最大の売りのひとつ。全体で2倍以上の高速化がなされ、2.1が入ったiPhone 3Gと比較すると、ウェブブラウザのベンチマークテスト結果では、実に10倍近くもの差が生まれる

 そして、ハードウエア的に大きな進歩を遂げたのが「カメラ」。画素数は300万。オートフォーカス、マクロ機能も装備するほか、VGAでの動画撮影に対応し、暗所での感度も高くなっている。ここまでは、日本の携帯電話に慣れていれば、「まあ当然でしょう」と思うくらいの変化といえる。

カメラは3メガピクセルへ。オートフォーカスやオートマクロ、動画撮影など、日本のいまどきの携帯電話がもっていてほしい機能が追加された
ビデオの機能を新たに追加した

 だが、違うのはユーザーインターフェースだ。一部のデジカメで採用されているものと同様に、「タップしたところにフォーカスを合わせる」機能が搭載される。アップルは「タッチ・イン・フォーカス」と呼んでいる。同時に、ホワイトバランスやコントラストも調整される。

 特に優れているのが「ビデオ」の機能。単に撮影するだけでなく、映像の一部を簡単に切り出し、メールの添付やYouTubeへのアップロード、という形で公開できるのである。

 画面を見ていただければおわかりのように、機能としては、Snow Leopard搭載の「QuickTime X」に非常に似ている。むしろ、QuickTime X自身が、iPhone OSで培われた技術をベースに作られている、といった方がいいのだろう。

 日本の携帯でも、動画を撮影して誰かに送ることはできるが、iPhone 3G Sのように、簡単に編集をして送信する、というところまでサポートしているものはない。カジュアルな映像撮影には、威力を発揮しそうである。

3G Sでのビデオ編集機能。QuickTime X同様タイムラインが表示され、必要な部分をなぞって「トリム」して切り出す。ビデオはMMSやEmailで送る他、YouTubeなどへのアップロードも可能
声で命令を与える「Voice Control」。英語だけのデモであったが、実は日本語を含む「多言語対応」だ

 そして、もうひとつの「3G S」独自機能が「Voice Control」。その名の通り、声でダイヤルしたり、機能を呼びだしたりするものだが、iTunesの操作まで統合されているのがポイントだ。最新のiPod shuffleにあるように、声で「現在なんの曲が再生されているのか」を確認できるだけでなく、「今の曲に似た曲をもっと聴かせて」といった命令を与えることで、Geniusプレイリストを作成して再生する、といったこともできる。

 気になる日本語対応についてだが、基調講演の中では、「英語のデモ」だけが行なわれていた。だが、日本語でも、Voice Controlができることが確認できた。この点については、別途掲載するプレス向け説明セッションに関する記事の中で、より詳しく紹介したい。

 この他、ハードウエアによる暗号化や電子コンパス機能内蔵によるナビ機能の拡張、バッテリ持続時間の延長、といった機能が発表されるたび、会場は歓声に包まれた。詳しいスペックや価格については、別途記事を参照していただきたい。モデルは、16GBと32GBの二種類が用意され、カラーも従来通り、白と黒の二種類。既存モデルについては、8GBのモデルがそのまま、価格を99ドル(アメリカ国内)に下げて併売されるため、トータルで3モデルとなる。

3G Sと3Gのバッテリー持続時間を比較。3Gでの通話時間と待ち受け時間こそ変わっていないが、他は軒並み改善iPhone 3Gシリーズの価格は非常に安価。メモリーの容量に比べ、3G Sの価格はかなりお買い得感が高くなっている

「価格的には、非常に受け入れやすいものになっているはずだ」とシラー氏は話す。日本でのキャンペーン価格も発表になっているが、アメリカでの売価と大きな差はなく、確かに「受け入れやすい」値段となっている。

 気になる発売日は、日本の場合6月26日。アメリカなど8カ国では、一足先に19日から販売となる。なお、ブルガリアを初めとした残る34カ国については、7月9日からの発売だ。無線発信が絡むものだけに「Today」とはいかなかったが、意外とすぐに、新iPhoneを手にすることができそうだ。

日本での発売日は6月26日。朝8時から発売開始のようだ

 以上、きわめて盛りだくさんな基調講演を、駆け足で振り返ってみた。デベロッパー向けの発表とはいえ、コンシューマにとっても、大きな影響を持つ発表が多く、個人的にも非常に楽しかった。

 やはり注目は、iPhone 3.0でどのくらい可能性が広がるのか、という点だろう。アプリケーションの開発自由度は高まっており、デベロッパーにとってのチャンスも広がっている。

 ただ他方で、iPhone 3GとiPhone 3G Sの間で、利用できる機能に差が生まれた結果、両方をにらんでアプリケーションを開発せねばならないのは、少々頭が痛いところかも知れない。動作速度が違うということは、ゲームなどの動作も変わってくるということ。「速くなることがウェルカム」なアプリケーションもあれば、そうでないものもあるはずだ。家庭用ゲーム機と違い、「完全に単一のプラットフォーム」ではないあたりが、やはり「パソコンを出自に持つ会社」的なところである。これが即問題になることはないだろうが、それなりにデベロッパーの頭を悩ませることにはなるだろう。

 とはいえ、そういったことは「重箱の隅」である。MacBook Proにしろ、iPhoneにしろ、ハードの価格はかなり安くなった。その上で、Snow Leopard、iPhone OSという、先進性を感じられるOSが揃っている。

 少なくとも、「ソフトの可能性を感じ、ビジネスをしかけてみたい」とデベロッパーに思わせる材料は、しっかりとそろえることができているのではないだろうか。


(2009年 6月 9日)


= 西田宗千佳 = 1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、月刊宝島、週刊朝日、週刊東洋経済、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]