西田宗千佳のRandomTracking
Apple Music開始で考える「日本のストリーミング・ミュージック」
(2015/7/1 06:05)
日本時間でも7月1日早朝から、アップルの定額音楽配信サービス「Apple Music」がスタートした。筆者も取り急ぎ試しているところだ。今回はスタートに合わせ、Apple Musicと他のストリーミング・ミュージックをまとめて分析しておきたいと思う。これから日本でどのサービスがヒットするかは未知数だが、今年が日本の音楽業界にとって、変化のきっかけとなるのは間違いなさそう。そこで生まれるのはなんなのか、考えてみたい。
サービスには「OSのアップデート」で対応
改めて、Apple Musicのサービス構成を見てみよう。Apple Music発表直後に本連載でも触れた通り、サービスは主に4つの要素から成り立っている。
一つ目はストリーミング・ミュージック。サービスに登録された楽曲から、好きなものが聴ける。Apple Musicの場合には、自分がiTunesに登録した楽曲ライブラリーと統合されるのがポイントだ。例えば、Apple Musicから楽曲を再生すると、その曲はライブラリーの中に追加されたように見える。
そもそも、これを契機に、iOSのミュージック機能そのものが、Apple Musicと統合されたものに入れ替わる。統合されるといっても、楽曲を1曲ずつ買うiTunes Storeがなくなるわけではなく、これまで通り使える。逆に、Apple Musicからの楽曲購入導線もできるだろう。とはいうものの、Apple Musicで配信される楽曲の最高音質・ビットレートと、iTunes Storeで販売される楽曲の音質・ビットレートは、「AAC・256Kbps」と同じになっている。利用の自由度に違いはあれど、サービス加入者にとっての「購入」は微妙な意味合いになっていく。ライブラリーに聞いた曲が追加されていくとすればなおさらだ。
すでに持っている音楽ライブラリーとの統合要素は、いまのところ、日本でサービスインしている他のサービスには薄い要素といえる。ちなみにAWAは、8月上旬のアップデートでローカル楽曲の再生への対応を明言しているが、「統合」かどうかははっきりしない。
統合することには2つのメリットがある。一つは、ライブラリー管理が楽になること。二つ目は、次に述べる「リコメンド」への活用だ。
欠点は、iOSの機能として統合しているがゆえに、「OSのアップデート」が必須である、ということだ。スマホのOSは最新の状態で使うのが基本、とはいえ、すべての人が即日アップデートするわけでもない。OSのアップデートとしては小規模なものに留まると予想されるし、iOSはAndroidに比べ、新OSへの移行が速い、というデータはあるものの、アプリのダウンロードだけでOKとなる他のサービスに比べ、導入のハードルは間違いなく高い。逆に、今後iOS機器を導入する場合は、最初から機能が存在する形で提供されるわけで、ハードルは逆に下がることになる
なお、PCやマックでは、iTunesを最新のものにすれば利用可能となるし、Android版については、今秋に対応アプリの公開が予定されている。iOS機器以外については、他との差は小さい。
レコメンドの価値がサービスを決める
次の特徴は「レコメンド」だ。大量の楽曲を聴けるストリーミング・ミュージックには、レコメンドが必須の存在だ。実際問題、曲が何百万曲あるか、という数字ではなく「自分が聴きたいと思う曲にたどりつけるか」ということが本質だ。曲名やアーティスト名で検索してたどり着ける=カタログが充実している、ということはもちろんなにより重要なのだが、それに加え、「聴いたことがない曲も聴ける」「懐かしいあの曲をまとめて聴ける」ことも欠かせない。人は元来保守的だ。好きな曲が好きなだけ聴ける、といっても、多くの人はなにを聴いたらいいか分からない。だからこそ、「この曲が面白い」「この曲とこの曲の組み合わせがいい」と教えてくれる必要がある。そもそもいつも同じ曲を聴いているなら、それらを買った方が最終的には安くつく。サービス継続の目線で言っても音楽業界の目線で言っても、「常に色々な曲を聴き続けている」状況にすることが望ましいわけだ。
日本国内で先行するAWAにしてもLINE MUSICにしても、積極的にプレイリストを作って提供し、音楽との出会いを演出している。これらのサービスは積極的に「聞きたいアーティスト」「好きなジャンル」を入力させることはないが、Apple Musicの場合、バブル状のUIでジャンルなどを「重み付け」した上で選択させるし、さらに、自分の音楽ライブラリーと統合していることで、「その人がどんな音楽を持っているか」「どんなジャンルの曲を買ったのか」を分析し、レコメンドに利用する。
こうした分析はソフトウエア上で行なわれるが、さらにそこから、実際のプレイリスト作成には「人」が関わる。iTunes Storeで楽曲の調達やストアの「売り場構成」を手がけているのは、それぞれの地域にいる、それぞれの地域の音楽を知悉したチームである。アップル関係者は、「彼らがApple Musicのキュレーションも行なう」としており、最後には人の手がかかった、より適切なプレイリストが提供されることになるだろう。それらの精度と「楽しさ」が、Apple Musicがいいか、他のサービスがいいかを分ける、大きなポイントになりそうだ。この辺は今後じっくりチェックしたいと思う。
だがファーストインプレッションでは、Apple Musicのリコメンド・キュレーションは、日本の類似サービスより独自性があり、面白い。
日本では弱い「ラジオ」軸のアピール
3つめの要素が「ラジオ」。Apple Musicはネットラジオ機能とのコンビネーションが特徴だ。
そもそもストリーミング・ミュージックは、楽曲をラジオのように編成し、チャンネルを選んで聴く「ラジオ型」と、楽曲を完全に選んで聴く「オンデマンド型」に分かれる。ユーザーから見ると、プレイリストの充実により、オンデマンド型とラジオ型の本質的な差は薄れつつあるが、サービス構築側から見ると、かなりの違いが存在する。
そもそも、楽曲配信権利の取得や権利料支払においては、オンデマンド型よりラジオ型の方が有利である。配信ではあるが「ラジオ」という扱いに近いためだ。日本で、NTTドコモの「dヒッツ」がAWAやLINE MUSICよりさらに先行してサービスを充実させられたのは、ラジオ型を主軸にしていたから、と指摘する音楽関係者は少なくない。そもそも視点を変えれば、「日本でもっとも普及している音楽配信は、ネットラジオのradikoである」とも言えるのだ。音楽がマスメディアに乗り始めて以降、ラジオは音楽拡販の最大の道具だった。
そこを重視し、Apple Musicは、音楽との出会いのもう一つの軸を「ラジオ型」に据える。
アップルはApple Musicと同時に、無料の音楽系ネットラジオ「Beats 1」をスタートした。配信元は、ニューヨーク・ロサンゼルス・ロンドン。欧米のミュージックシーンを軸に、DJが24時間音楽についての話題を提供する。「Beats 1」という名前は、イギリスBBCの音楽ラジオ局「BBC Radio 1」にインスパイヤされているのは明白だし、Beats 1は、元BBC Radio 1のDJ、ゼイン・ロウの番組からスタートする。欧米の音楽ファンから見れば「いかにも」な組み合わせなのだ。Beats 1は音楽を軸にしたエンターテインメントであり、楽曲の紹介の場である。だから「無料」だ。そこから当然、Apple MusicやiTunes Storeへの導線が張られることになる。
欧米人から見れば当然の組み合わせだが、日本人だと、よほどの洋楽ファンでないと、Beats 1にはピンと来ないかもしれない。ある種のBGMとして流し続けるにはいいが、日本における「楽曲導線」としての価値は弱い。逆にいえばこうした部分は、他のサービスが先行しうる要素となるかも知れない。
そして、もう一つのプロモーション策が「Connect」である。これは、Apple Music内に作られた音楽専用のSNSのようなもので、アーティストが近況や作品の制作状況を伝えるこことで、ダイレクトにプロモーションすることを狙ったもの。こちらも、Apple Musicの契約者だけでなく、誰もが無料で使える。
ようやく「ボートを乗り換える」日本の音楽レーベル
ストリーミング・ミュージックにとって重要な要素は、なによりも「共有」である。聞き放題だからこそ、知らない曲を聴くことへの心理的負担が減り、プロモーションに有利に働く。購入することが収益となる従来の手法に対し、ストリーミング・ミュージックは「再生回数」でアーティストへの収益が決定する。できる限り広げて、シェアさせて、聞いてもらうことがアーティストの利益に直結するわけだ。ここは、YouTubeでの共有と大きく異なる点である。
Apple MusicがラジオとConnectをプロモーションの軸に添えるのも、それがヘビーローテーションを生み出すためにプラス、と考えられるためである。
ただし、その仕組みは欧米音楽市場に寄りかかったもので、日本での有効性には疑問がある。LINEという強力なコミュニケーションツールを軸にするLINE MUSICや、アメブロという集客ツールを持つサイバーエージェントが展開するAWAの方が、国内では有利かもしれない。
なによりの課題は、やはり楽曲数だろう。アメリカ市場ではすでに、ダウンロード販売とストリーミング・ミュージックの提供曲数の差が縮まっている。ビートルズやAC/DCのようにまだ提供していない大物もいるし、先日のテイラー・スウィフトの件のように、いろいろな議論はある。だが主流は「ストリーミングでもダウンロードでも聴ける」状況だ。
それに対して、日本はまだ動きが鈍い。楽曲数の増加には、まだしばらく時間必要だろう。
一方で、ある音楽レーベル関係者はこうも言う。
「ひとたびストリーミング配信に権利を提供したら、条件が悪くない限り、どこにも出すのが基本。相手が有力サービスならなおさらだ。外国サービスだから、と拒む理由はない」
すなわち、重要なのは「楽曲配信時の利用料」を含む条件であり、どのサービスかは大きな問題ではない、と言う判断だ。そして、彼はこう続けた。
「もはや、ビジネスになるなら、なにかを嫌っている余裕はない」
日本レコード協会の調べによれば、2014年の音楽有料配信の売り上げは437億円。それに対し、音楽パッケージソフト(CDや音楽関連映像ソフト)の生産額は2,542億円となっている。まだまだパッケージソフトの売上が大きく、5.8倍もの開きがある。しかし、この値は、2009年の値(4,074億9,700万円)に比べれば、半分近くまで落ちた値なのだ。
しかも当時は「着うた」全盛期。ネット配信からの楽曲売り上げは909億8,200万円と、現在の倍以上である。フィーチャーフォンからスマホへの移行が一段落し、着うた売り上げはPC/スマホ向けの10分の1まで減ったが、音楽のダウンロード販売額は増えていない。すなわち日本は、音楽のダウンロード配信が本格的に立ち上がらないまま、パッケージメディアが急速にシュリンクしているのである。
音楽業界が、ここを危惧していないはずはない。今度こそ「ネットから長期的・安定的な収益を得るモデル」の確立に期待している。正直、ならなぜもっと早くやらなかったのか、という思いはあるが、なにも起きないよりマシである。1年ほど前、アジアトップのストリーミング・ミュージックサービス「KKBOX」のクリス・リンCEOは、「日本の音楽業界のボートは、沈んでいるわけではない。しかし水漏れが止まるわけではなく、いつかは沈む。遅かれ早かれ、ストリーミング・ミュージックサービスがなければ、音楽の売上げは落ち続けるだけだ」と語った。現在、まさにその通りの状況となっている。
次に来る問題はもちろん、無料で音楽を聴く人々を、いかに引きつけるか、ということだ。特に若年層では、YouTubeなどで無料で音楽を聴く体験が定着していて、毎月音楽にお金を支払う、という習慣をつけるのが難しい。LINE MUSICは「学割」と「二段階料金」を設定、最低300円で聴けるようにしているが、その狙いも、LINEの支持層に多い若者を引きつけるためだ。980円という価格は、学生には確かに高い。
ポイントは、結局「使いやすいか」「ずっと使いたいと思うか」にある。安くても「これなら無料と変わらない」と思われれば使われないし、若干高くても「これなら買うよりいい」と思われれば使われる。どのサービスがそういう地位を占められるのか、どういう部分が支持されることになるのかは、今後分析しがいのある要素といえそうだ。