鳥居一豊の「良作×良品」

DSD 11.2MHzの衝撃! TEAC「UD-503」で「交響組曲AKIRA2016」を聴く

 発売から少し時間が経ってしまったが、今回はDSD 11.2MHzで発売された「交響組曲AKIRA2016 ハイパーソニックバージョン」(以下「交響組曲AKIRA2016」)を取り上げたい。年季の入ったアニメ好きの人ならばよくわかってもらえると思うが、映画「AKIRA」は数多いアニメの名作の中でも指折りの傑作。筆者も10代の頃に劇場公開されたその映像と音楽に魅了され、当時本作を例に挙げてアニメの持つ優れた表現力や可能性を熱く語ったものだ。

交響組曲AKIRA2016 ハイパーソニックバージョン(e-onkyo musicで購入)

 映画「AKIRA」は自分にとっていつもベスト10に入る名作として記憶されてきたが、BD版(2009年)で再び震えるような衝撃とともに再会した。映像は当時のままの新鮮さだが、音声がドルビーTrueHD 5.1chの192kHz/24bitで収録という常識外れのものになっていた。当時はBDというメディア自体が立ち上がったばかりで、ロスレス音声のドルビーTrueHDフォーマットもまだ導入初期の段階。それにも関わらず、フォーマットで規定された最高の音質を収録したので、発売当時のAVアンプでは、DSPの処理能力が追いつかずにドルビーTrueHDでの再生ができないモデルもあったほど。その後しばらく、映画「AKIRA」のドルビーTrueHD 5.1ch(192kHz/24bit)が再生できるかどうかが、AVアンプのスペック確認での定番となっていた。ちなみに、現在に至るも192kHz/24bitで5.1ch音声を収録したBDソフトは、少なくとも国内版では存在しないはずだ。

 劇場版制作当時の音源はCD品質の44.1kHzあるいは48kHz/16bitのデジタル録音であり、BD版「AKIRA」の発売時にはビット拡張やアップサンプリングによるハイレゾ音源化に疑問を呈する声もあった。だが、実際にBD版の音を聴いてみると、その衝撃的な音の鮮度の高さに圧倒された。筆者自身、CD品質でデジタル録音された楽曲のアップコンバート化したハイレゾ音源を、わざわざ購入する必要はあまり感じない。だが、BD版「AKIRA」の音は理屈抜きに凄い音だと認めざるを得なかった。このときの衝撃は劇場公開時を軽く超える。

 そして2016年。「交響組曲AKIRA2016 ハイパーソニックバージョン」がやってきた。今度はDSD 11.2MHzだ。スペック上では現在流通するオーディオ機器で再生可能な最高レベルのフォーマットとなる。1枚のアルバム(全10曲)で、約12GBという大容量も十分に衝撃的だが、音質が凄かった。すでに聴いている人ならばわかってもらえると思うが、ステレオ再生でここまでの音場空間を再現した音楽作品は、ほかにないと感じた。音の鮮度も凄みを感じるレベルだが、音の奥行きの描写があまりにも深く、しかも手前にも音が現れるような感覚さえある。この立体感は何なのだろう。

DSD 11.2MHzの音源の再生は、USB DACがもっとも身近。

 再生機器の話もしておきたい。DSD 11.2MHzの音源は、決して数は多くないものの、秀逸な作品がいくつも発売されている。しかし、DSD 11.2MHz音源の再生ができない機器はまだ案外多い。

 ハイレゾ再生ができる機器は、USB DACやネットワークプレーヤーだけでなく、ネットワークプレーヤー機能を備えたAVアンプなど様々な選択肢がある。また、オーディオ用のアンプでもデジタル入力の対応やネットワークプレーヤーを備えたデジタルレシーバーと呼べるものも登場してきている。しかし、「DSD 11.2MHz対応」となると、ネットワークプレーヤーの対応は今ひとつで、USB DACのほうが選択肢が多い。

ティアック「UD-503」

 というわけで、今回はUSB DACに良品を選ぶことになった。そんな中で選んだのはTEACの「UD-503」(実売価格138,240円)。'15年6月に発売され、DSD 11.2MHz、リニアPCM最大384kHz/32bitに対応する。アンプ部は、アナログ音声出力、ヘッドフォン出力ともにバランス出力が可能なフルバランス回路構成となっているなど、音質的な充実度の高さも優れたモデルだ。

 試聴用にお借りした機材をさっそく自宅のシステムと接続していこう。サイズは横幅290mmと、フルサイズ(約430mm)のオーディオ機器よりコンパクトで、オーディオラックではなく、机の上にシステムを構築するような使い方でも邪魔にならないサイズだ。

UD-503の前面。電源スイッチやディスプレイ、ボリュームなど

 前面は、トグル操作の電源スイッチなど、独特なデザイン。インプットセレクターはメニュー操作ボタンも兼ねており、回して選択/押して決定というボタンとしても機能する。ヘッドフォン出力は2系統。

 装備は本格的。デジタル入力はUSB、光デジタル、同軸デジタルに対応し、外部クロック入力にも対応する。オーディオ入力も備えており、出力はライン出力、ヘッドフォン出力ともにバランス/アンバランス出力に対応している。

UD-503の背面。左側がアナログ入出力、右側がデジタル入力と電源端子となっている。3P端子の電源端子を備えるのも本格的
アナログ入出力部。上側にアナログ入力があり、下側にバランス/アンバランスのアナログ出力がある。ボリューム調整も可能なので、プリアンプとしても使える
光および同軸デジタル入力と、外部クロック入力端子。この価格帯のモデルで外部クロックの入力に対応した機器は極めて珍しい

 筐体の作りもシャーシをすべて金属パネルで構成し、両サイドに8mm厚のアルミパネルを備えるなど、徹底した高剛性化と電磁ノイズの侵入を抑える作りとなっているほか、脚部の金属製インシュレータは、ガタ付きのない設置ができる3点支持、しかもスパイクとスパイク受けが一体となったオリジナル構造のインシュレータを採用する。

 一般的な鋭く尖ったスパイクは、木製のラックや台を傷つける(刺さる)ため、スパイク受けを組み合わせて設置することが多い。本機のような比較的コンパクトで軽量な機器はあまり困らないが、重量級の機器だと設置時にスパイク受けを敷くのが大変で、ラックや床を痛める心配もある。だが、本機はスパイクとスパイク受けが一体化しているので、設置は簡単。スパイク受けを無くす心配もないし、使い勝手が良い。

側面は8mm厚のアルミパネルを装着。剛性を高め、振動の影響を抑えている。前側に取っ手のついたデザインが業務用機ライクだ
UD-503の付属品。リモコンと3Pタイプの電源ケーブルや2Pコンセント用のアダプタなど
付属のリモコン。音量/入力切り替えのほか、アップコンバート/フィルターの選択がダイレクトに行なえる。メニュー操作ボタンもある

 設置はいつものように他のプレーヤーなどが収まったラックに置き、USBケーブルでデスクトップPCと接続した。続いてはPC側の作業だ。TEACのホームページからUD-503用のドライバーソフトをダウンロードし、インストールする。今回は自宅で使っているOPPO Digital「HA-1」との比較も行なうため、再生ソフトは「foobar2000」を使ったが、TEAC専用の再生ソフト「HR Audio Player」も用意されているので、ユーザーはこれを使う方が簡単だ。

 HR Audio Playerであれば、foobar2000のように、DSD再生のために追加ソフトのインストールや設定などは不要だ。再生機能は基本操作のほかプレイリスト作成ができる程度でシンプルな作りだが、面倒な設定が難しいという人にとっては使いやすいだろう。

試聴で使ったfoobar2000の画面。設定は何かと面倒だが、ドライバーソフトの切り換えで複数のUSB DACを切り換えて使えるなど、試聴ではいろいろと役に立つ

「交響組曲AKIRA2016」をさっそく試聴

 ではいよいよ試聴だ。試聴でのインプレッションは基本的にUD-503で聴いたときのものだが、参考のためOPPO「HA-1」での印象も比較として記載する。

 使用した機材は、デスクトップPCがWindows 10を搭載し、再生ソフトは「foobar2000」。USB DACからの出力は、AVアンプのデノン「AVR-7200WA」に接続し、DSPなどを使用しないピュア・ダイレクト再生で出力している。スピーカーはB&W Matrix801 S3。Matrix801 S3はCD全盛期の古いモデルなので、超高域を再生するためにスーパートゥイーターとしてTAKE-TのTAKET-BATPRO2を並列で接続している。18kHz~100kHzまでの周波数特性を備えており、20kHz以下がカットされているため一般的なスピーカーと組み合わせがしやすいことが特徴だ。

我が家の視聴室でセットアップを済ませたUD-503。横幅の小さい機器の場合、ラックの中央よりも左右どちらかにオフセットして置いた方が(ラックの強度が高い部分に載せることになるため)音質は有利。試聴の結果、右寄りではなく左寄りの方が音質的に好ましかった

 まずは1曲目「金田」を聴く。映画の冒頭の暴走族同士の抗争を描く場面で使われる曲だが、「AKIRA」のメインテーマと言える有名な曲だ。曲の頭で大音量で鳴り響く稲妻の音にいきなり驚かされる。頭上から音が鳴っているかと思わせる音の広がりがまず衝撃的だ。自宅にはDolby Atmos用の天井スピーカーがつり下がっているので、初めて聴いたときは間違えて(天井スピーカーが鳴る)ドルビーサラウンドモードで再生していたかと勘違いしたほどだ。続いて稲妻の音に続いてパーカッションの音がぐるぐると回りだし、ガムラン音楽の楽器を使った演奏がスタートする。このパーカッションの音の移動感が凄い。サラウンドとまではいかないものの、左右を移動するというよりも目の前のスピーカーの間を音が前後を含めてぐるりと周回するように鳴る。

 さらに、その音の鮮やかさにも驚く。竹や銅を打ち鳴らす楽器の音は極めて鋭いが耳に突き刺さるような痛さはなく、その場で楽器を鳴らしているようなリアリティーがある。「ラッセーラ」という祭りを思わせるかけ声や合唱による歌声も生々しく、目の前に楽団が並んでいるような感覚だ。

 この音場の広がりと深さが、「交響組曲AKIRA2016」を選んだ理由。「交響組曲AKIRA」は、もともと映画のサウンドトラックとしてCDで発売されたもので、基本的には収録された楽曲は同じもの(細部は異なる)。これが、実は96kHz/24bit 5.1chのDVDオーディオとしても発売されており、このときにすべての音素材(CD品質のデジタル素材のほか、アナログ素材も含まれる)は96kHz/24bit化され、マルチチャンネル音声で収録されている。マルチチャンネル化に当たっては、実にユニークな試みがなされており、マルチチャンネルの立体音響をよりリアルにするため、一部の音素材については一度再生すべき位置に置いたスピーカーで再生し、ダミーヘッドによるバイノーラル録音をしているという。もちろん、パンポット(録音用ミキサーの機能で入力されたチャンネルの音を各出力チャンネルに振り分ける)による調整もしているが、リアルな音の響きや両耳で聴いたときの音の立体感を加味し、マルチチャンネルの音響効果を高めているという。

 「交響組曲AKIRA2016」はこのDVDオーディオ版を元にDSD 11.2MHz化されている。すなわち、バイノーラル録音された音素材もそのまま使われており、「ふたつの耳で聴いたときに感じる音の立体感」が、ステレオミックスの「交響組曲AKIRA2016」でもきちんと残っているため、ステレオ再生とは思えない音場の広がりと深さを感じたのではないかと思う。この音場の広がりと深さには、マルチチャンネル収録された音楽ソフトを聴いたことのある人ほど驚かされると思う。

 話は変わるが、DSD音源はリニアPCM音源に比べて、アコースティックな楽器の自然な響き、そして演奏された空間を感じさせる音場感が優れると表現されることが多く、実際筆者もその通りだと思っている。また、リニアPCMがエッジの効いた、キレ味の鋭い音がよく出るのに対し、DSDはアコースティックな感触というか角の丸くなった柔らかい音に感じやすく、ディストーションを激しく効かせたハードロックなどはソフトで大人しい感触になるとも言われる。しかし、DSD 11.2MHzになると出音の鋭さや厳しい音も驚くほど力強く出てくる。これを知ってしまうとDSD 11.2MHz音源がジャンルを問わずもっと増えて欲しいと思ってしまう。DSDと相性が悪そうなEDMのような楽曲も凄みのある音で楽しめるのだ(テクノボーイズがDSD 11.2MHzで音源を配信している)。

 それに加えて、UD-503の芯の通った力強い音が力感をさらに高めてくれる。ガムラン楽器の打音や合唱の声のリアリティーや存在感はUD-503のならではのもの。2曲目の「クラウンとの戦い」で、その凄みがわかる。男性の太い声の合唱で威圧感を伝えてくる曲だが、声の太さと荒い息づかいが生々しい。残響が多く含まれる低音の打楽器のリズムも残響は多いのに音が弛まず、独特のリズム感で曲を盛り上げていく。

 UD-503の音は太い。音が太いというのはオーディオ的にはあまり良くない表現で、「ドン」という音が量感を伴って「ドーン」と聴こえる様子を言い表すときにも使う。要するに、迫力はあるがゆるい音になりやすい傾向のことだ。UD-503が凄いのは音が太いのに、「ドーン」と鳴らないこと。出音の立ち上がりと立ち下がりがしっかりしているので音が太いのに締まっているのだ。

 OPPOのHA-1で聴くと、細かい音像の定位感や音場感ではUD-503よりも優秀と感じるが、男性の合唱や低音の打楽器の響きの太さや力強さに差が出る。大げさに言えば、UD-503の後でHA-1を聴くと、音が軽やかで華奢に感じ、ちょっと物足りなさを覚える。

DSDのデジタルフィルターの違いによる変化もしっかりと聴き分けられる

 郷愁を感じるメロディーと、退廃的に描かれたネオ東京の高層ビル群を眺めているような広々とした音の響きが気持ち良い3曲目の「ネオ東京上空の風」、4曲目「鉄雄」で、UD-503が備える音質調整の機能を試してみた。UD-503は、リニアPCM再生時は2/4/8倍のアップコンバートと、DSD変換再生が可能。例えば、44.1kHz/16bitのCD音源の場合、最大352.8kHzあるいはDSD 11.2MHzの再生が可能。また、デジタルフィルターは、リニアPCMの場合は4種類から選べる。しかし、DSD 11.2MHz音源ではこれらの機能は無効だし、使う意味がない。ただし、DSD音源の場合はDSDフィルターとして、カットオフ周波数を50kHzあるいは150kHzで選択できる。これを試してみた。

UD-503のディスプレイ画面。2行のシンプルな画面だが、入力ソースをはじめ、再生中の楽曲のサンプリング周波数などをわかりやすく表示する
メニューを操作し、DSDのデジタルフィルター選択を選んだところ。この状態でダイヤルを回すと150kHzと50kHzが切り替わり、ボタンを押すと決定される
メニュー画面のアップコンバーターの切り換え画面。写真ではDSD変換再生を選択している
同じくアップコンバーターの切り換え画面。こちらは「8Fs」(元のサンプリング周波数の8倍に変換)を選んだ状態。リモコンでダイレクトに切り換えることもできる

 カットオフ周波数とは、それ以上の超高域をカットするという意味。50kHzだろうが100kHzだろうが人間の可聴帯域を超える周波数なので聴感上の差が生じるかどうかは疑問だったが、わずかな差ではあるがカットオフ周波数を150kHzとした方が、音場の広がりや深さが豊かになると感じるし、音像の彫りの深さもよく表現されると感じた。「交響組曲AKIRA2016」の購入者特典として入手できる重厚なブックレットによれば、この作品に収録される超高音域成分は100kHzを超えているようだし、超高音域の情報を人間が感知できるかどうかの議論はともかく、可聴帯域の音を聴いているだけでもその違いはしっかりと出ているようだ。

 「ネオ東京上空の風」では笛のメロディーが空間に広がっていく様子がよく出るし、後半で加わるシンセベースなどによる伴奏との音の距離感の違いやそれぞれに異なる余韻の長さの違いもよく出る。

 「鉄雄」では、劇中でも聴き慣れた部分である「ダーン・ダーン・ダ・ダ」の合唱で不気味さと人間がより上位の存在へと変わっていくような恐ろしいイメージがよりリアルに伝わる。人の声、高い音の打楽器、オルガンによるメロディー、低い打楽器の音の位置関係がしっかりと出て、音に囲まれているように感じる。この音場感の豊かさはバイノーラル録音を使用した制作方法の影響もあるだろうが、驚くほどの音場感だ。

音場感の豊かさをDVDオーディオと聴き比べてみる

 これはもしかすると、DVDオーディオの5.1ch音声(実際には4.1ch収録のようだ)と遜色のないレベルかもしれない。そう思って、急遽DVDオーディオ版とも聴き比べてみた。プレーヤーはOPPO「BDP-105JAPAN LIMITED」に変えているが、本機の7.1chアナログ出力をAVR-7200WAに接続し、ピュア・ダイレクトで再生しているのは同じ(ドルビーサラウンド等のサラウンド拡張はしてない)。

 6曲目の「唱名」は、さまざまな念仏や祝詞のような謡が織り交ぜられた曲だが、冒頭では数々の念仏が動き回る。これについてはDVDオーディオのマルチチャンネル再生はさすがのもので、自分の目の前や背後を何人もの声が駆け回る(実際に自由に走り回りながら唱えてもらったとか)。これに比べると、「交響組曲AKIRA2016」はステレオ再生だけに、自分の背後を動き回る音までは再現できない。しかし、前方の音の奥行きを伴った移動感はDVDオーディオに匹敵する。

 困ったのは、音の鮮度感や音楽が演奏される空間としての存在感が、DVDオーディオの臨場感を凌駕していたこと。DVDオーディオ版も四方を取り囲む音場の再現やそれが醸し出す臨場感は見事なものだ。しかし、単純に音質、音像のリアリティや音色の生々しさは、DSD 11.2MHzが明らかに上回っていて、前後の音場が薄いことを不足に感じさせない。

 この秘密は、ブックレットに詳しく紹介されているが、音素材をDSD 11.2MHzにアップコンバートするとき、機械的なアップコンバートだけでなく、熱帯雨林の密林音から超高域成分を抽出し、楽曲で使っている音素材と相関させながら人為的に加味しているようだ。映像の世界でも、映像のディテールを向上する超解像技術では、データベースに記録したさまざまな物体のディテール情報を、入力されたデータと照合することで本来あるべきディテールを復元する技術(データベース型超解像技術と呼ばれる)があり、かなりの解像感の向上が得られる。可聴帯域を超えた成分を加味する音の話と同列に語れるものではないが、同じようなアイデアを採り入れていると考えていいだろう。

 実はこの手法は、192kHz/24bit化されたBD化、96kHz/24bit化されたDVDオーディオ化のときにも採り入れられていたものだそうだ。その手法はそのたびにさらに洗練されていき、最新の手法によってDSD 11.2MHz化されたというわけだ。音の鮮度の高まり、臨場感の圧倒的な違いがあるのも当然だ。

 こうしたハイサンプリング、ハイビット化の手法が音のリアリティーを高めるのはもちろんのことだが、音場感や空間の再現にも大きな差を感じることも新しい発見だった。もちろん、再リミックスにあたっての調整や、制作時点でバイノーラル録音や無指向性マイクを使うといった、立体的な音響を追求した録音などもあっての再現だと思うが、この手法が広く普及すると、膨大にあるCD音源のハイレゾ化がより魅力的なものになるのではないかと思う(すごく手間とコストがかかるだろうが)。

クライマックスで、スピーカーとヘッドフォン再生との違いを聴き比べてみる

 「交響組曲AKIRA2016」は、もともとがサウンドトラックとして制作された楽曲ということもあり、楽曲も映画のストーリーに沿った展開になっている。だから、曲が進むごとにだんだんと盛り上がってくるのは当然。ひとつのクライマックスとも呼べる鉄雄の暴走の場面で使われる9曲目の「変容」が強烈に凄い。ガムラン楽器を使った演奏は今まで通りではあるが、途中から能の舞台をそのまま収録したような楽曲に転じていく。まさに変容という感じだが、ここで能の演じ手が鉄雄の心を語っているのが面白い。

 能は演じ手がその人物に成りきる、あるいは魂を宿すといった神事に通じる意味合いを持っていると聞いたことがあるが、鉄雄が超常の力を得て、神と呼ぶような存在に変異していく様子を描きながらと、まだ人間の心を能のような形式で語っていく手法は見事としか言えない。

 スピーカーを使ったステレオ再生では、こうした声による語りや、能で使われる楽器による音が、芯の通った力強い音で再現される。これはUD-503の大きな持ち味だと思う。正直なところ、現在の我が家のシステムでこういう強い音が出るとは思っていなかった。スピーカーの音の傾向もあるし、AVアンプでは駆動力も十分ではないからだ(グレードアップを検討中)。ところが、UD-503で、張りのある声や複雑な響きを持ったさまざまな楽器の音が力強く鳴ってくれた。よく出来たプレーヤーやD/Aコンバーターは、パワーアンプを変えたかのように感じるほどスピーカーの鳴り方が変わることがあるが、こういう価格帯でそんな製品があるとは思っていなかった。

 UD-503の強い音という傾向は、パワフルな音を求める人には最適だが、女性ボーカルを美しく、ニュアンスや色気を優しい音色で楽しみたい人には、味付けが濃いと感じることがあるかもしれない。強烈な個性があるので、好き嫌いが分かれると思う。だが、少なくとも「交響組曲AKIRA2016」では、人間の生命力を感じる力強さこそが一番の魅力と思えるので、UD-503はベストなチョイスとも思える。

 これを、今度はヘッドフォンで聴いてみよう。使用したヘッドフォンは手持ちのゼンハイザー「HD800」。本機は2系統のヘッドフォン出力を持ち、通常のアンバランス出力(2系統)のほか、バランス出力を応用したアクティブグランド出力、バランス出力が選択可能。ただし、バランス接続のためには、3極式のステレオ標準ジャックを2つ使ったバランス接続用ケーブルが必要で、残念ながらケーブルを用意できなかったため試聴ではアンバランス出力で行なっている。

メニューでのヘッドフォン設定の画面。下の段には現在選択している「ステレオ出力」が選択されていることがわかる
今回は試していないが、外部クロックを使用する場合は、設定メニューで外部クロックをオンにする操作を行なう
ヘッドフォン設定でバランス出力を選んだところ。入力セレクターを回すと、ステレオ/バランス/アクティブグランドが切り替わる

 ヘッドフォン再生で、まず感心するのは、多用な打楽器で構成されるガムラン楽器の立ち上がりの鋭さが鮮明に再現されること。HD800も耳当たりのよい上質で柔らかな音の感触があるが、しっかりとした駆動力を持つヘッドフォンアンプでは、こうした強い音もしっかりと出る。HA-1も優秀なヘッドフォンアンプ出力を持つが、音の強さではUD-503が優位だ。

 「変容」の不気味な音から能の舞台へと移って、神の宿る場面を見たような気分から、10曲目の「未来(レクイエム)」へと聴いていくと、荒ぶる神を鎮めるためのメロディーがより神聖なものに感じる。しかもここでのメロディーは西洋の宗教曲を思わせるオルガンを主体としたもの。芸能山城組の洋の東西を問わずにあらゆる音楽をどん欲に取り込んでいく姿勢に感心するし、出来上がった音楽としての完成度もすばらしい。そんな西洋風のメロディーに子供も交えた混声の合唱が重なり、聴き手の興奮も優しく静めてくれる。スピーカーでも天井の高さを感じる高さ方向の立体感を感じる(実際教会で録音したらしい)、ヘッドフォンではさらに天井の高さ感の豊かさが味わえる。出音の勢いやパワフルさだけでなく、静かで優しいメロディーも力みすぎることなく柔軟に鳴らしてくれる。ヘッドフォンの方が個々の音の粒立ちがより良いと感じるし、それだけに音の定位感や楽器と楽器の位置関係もよくわかる。

 反面、音場の広がりや絶対的な広さはスピーカー再生の方が優位となる。ここがなかなか悩ましいところで、6曲目の「唱名」での前後に音が移動するマルチチャンネル的な音場の立体感は、ヘッドフォン再生の方が優位で、単純に音場感はスピーカーとも言い難い。これは、音場感を高めるためにダミーヘッドによるバイノーラル録音を採用している点も大きいだろう(バイノーラル録音は基本的にヘッドフォン再生でないと本来の効果が得られない)。

 UD-503の力強い音の持ち味はヘッドフォン再生でもいかんなく発揮され、インピーダンスの高い手強いヘッドフォンであるHD800をきちんと鳴らしきるなど、駆動力もかなり優秀だ。このあたりは、ティアックが鳴らしにくいヘッドフォンの代表格? ベイヤーダイナミックの輸入元ということも関係しているかもしれない。余談だが、ティアックは小型のポータブルヘッドフォンアンプ「HA-P5」ですら、ベイヤーダイナミックの「T1 2nd Generation」をきちんと鳴らせるように作っているとのことで、実際十分なレベルで力強い再生ができて驚いた。

 ここでスピーカー再生とヘッドフォン再生に優劣を付けるつもりなどなく、両方を試すのが正解。「交響組曲AKIRA2016」をすでに聴いている人で、スピーカーあるいはヘッドフォンだけで聴いている人は、ぜひとも両方試してみて欲しい。UD-503があればヘッドフォン再生もスピーカー再生も満足度の高い環境が実現できるはずだ。

AKIRAの世界を存分に味わえる音楽的体験

 映画と音楽の場合、一般的な映画が2時間程度で、音楽は1時間強のものが多いと考えると、同じソフトを何度も見たり聴いたりする試聴取材では、音楽ソフトを扱う方が取材自体は短い時間で終わることが多い。だが、今回は、スピーカー試聴とヘッドフォン試聴、異なるヘッドフォンアンプ、DVDオーディオ版の再生まで含めて、何度も聴いたので、映画での取材と変わらないくらい時間がかかった。

 それにしては疲労感が少なく、気がついたら思った以上に時間が経過していたことに驚いたくらいだ。夢中になってAKIRAの音楽世界に没入していたように感じる。それが、DSD 11.2MHzやハイレゾ音源だけの魅力と言うつもりはない。なによりも楽曲の素晴らしさが、時間を忘れるような音楽体験の原因だ。

 音楽に浸って時間を過ごすのは仕事とはいえ楽しいし、楽曲に求める傾向と機材の傾向がマッチしたときの相乗効果も素晴らしい。取材と執筆が一段落した今も「交響組曲AKIRA2016」をよく聴いており、原作を読みながらリピート再生するのが楽しい。ときどき絶妙なタイミングで場面と音楽が一致してゾクゾクするような興奮がある。この作品にはそれだけの価値がある。優れた機器を使って、原作も映画も音楽も存分にしゃぶりつくして欲しい。

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ティアック「UD-503」

芸能山城組/Symphonic Suite AKIRA 2016 ハイパーハイレゾエディション
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鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。