鳥居一豊の「良作×良品」
第80回
身近になった頭外定位ヘッドフォン第2弾「CZ-10」を、大河からスパロボまで聴き倒す
2019年5月9日 08:00
スピーカー作りの名手が、独自のアプローチでヘッドフォンを開発
今回取り上げるのは、クロスゾーンの頭外定位ヘッドフォン第2弾「CZ-10」(税抜9万円)。2016年に登場した「CZ-1」(同25万円)で追求した、広がりのある自然な音色・音像定位、自然な装着感といったコンセプトはそのままに、小型・軽量化と低価格化を実現したモデルだ。
CZ-1で注目を集めたのは、ヘッドフォン独特の頭内定位をアコースティックな手法で緩和し、広々とした音場感と目の前に音像が現れるような頭外定位の再現を可能にしたこと。ヘッドフォンらしからぬ聴こえ方は新鮮で、大きな話題となった。その後、国内外の数多くのオーディオイベントに出展し、ユーザーへのデモを行なってきたが、そのときの要望が「もう少し手の届く価格のものが欲しい」というもの。そんな要望に応えるため、基本となるコンセプトや音質はそのままに、より手頃な価格とし、大柄なサイズや重量もコンパクトにした2号機の開発がはじまったという。
クロスゾーンは亜州光学という台湾の会社の社内カンパニーだ。亜州光学の東京事務所を拠点とし、製品の生産や開発は長野県岡谷市にある自社工場で行なっている。そして、製品の企画や開発には、国内のオーディオメーカーで活躍したOBが数多く集まっているという。会社自体は海外の企業ではあるが、クロスゾーン自体は限りなく国内ブランドに近いと考えていいだろう。
亜州光学は、もともとカメラのレンズのOEM生産などで世界的に活躍している会社で、レンズなどの光学部品をはじめ、それらに関わるさまざまな事業を手がけている。国内のオーディオメーカーのOBが結集した理由も、もともとCDやDVDなどで使われるピックアップ(半導体レーザーを使った信号読み取り装置)の生産で古くから亜州光学と関わりがあったためだそうだ。
集まった日本のオーディオメーカーのOB達は、TADやパイオニアのEXシリーズなどを開発に関わった面々であり、スピーカーについてはかなり実績を持っているが、ヘッドフォンについてはほとんど経験がなかったという。そんな面々が自らの知見を最大限に活かし、しかも実績のあるヘッドフォンメーカーやブランドに負けない製品を作りたいと考え、頭外定位というユニークなコンセプトを掲げることになったのだ。
スピーカーで聴くような頭外定位をアコースティックな手法で実現
頭外定位というと、ここ最近話題となることが多いし、筆者自身も大きな関心を持って動向を追っているバーチャルサラウンドヘッドフォンを思い浮かべる人が多いだろう。しかし、クロスゾーンは、バーチャルサラウンドヘッドフォンのような電気的に信号を加工する技術は使っていない。というか、電気的な部品はネットワークのための回路だけしか使っていない。電源不要で使える普通のヘッドフォンとほぼ同じだ。
では、どうやって頭外定位を実現したのか。これについてはCZ-1と考え方はまったく一緒なので、CZ-1ユーザーやCZ-1のことを詳しく知っている人にはおさらいとなるが、改めて詳しく紹介しよう。
大前提として、現在流通しているステレオ録音された音楽の多くは、左右2本のステレオスピーカーで再生することを想定して制作されている。最近のヘッドフォンの人気の高まりに応じて、ヘッドフォンなどで確認することもあるだろうが、基本的にはスタジオにあるモニタースピーカーを使って音場や各音源の配置(定位)などを確認している。
このため、流通している音源をヘッドフォンで聴くと、本来スピーカーで再生した場合の定位感や音場感とは感触が異なってしまう。これがいわゆる「頭内定位」だ。本来は自分の前方に広がって展開するはずの音場が、自分の頭の中で響いているような感じだ。
一方でヘッドフォンは、音源と鼓膜の距離が極めて短いため、微小な信号の減衰が少なく、つまり情報量の豊かな音が得られる特徴がある。音楽信号が周囲のノイズや距離による減衰、部屋の影響による周波数特性や位相特性の乱れもなく直接届くのだから、その音の正確性はかなり優れる。そういう大きなアドバンテージがあるので、必ずしもスピーカーによる再生の方が音楽再生の方法として優れているとは言いにくい。「頭内定位」の独特な感じも慣れてしまえば、決して不自然なものではない。
スピーカー再生は、コンサートホールに足を運び、客席に座って音楽を聴くというスタイルに近い自然な再生ができることが大きな特徴だ。デメリットはご存じの通りで、部屋の音響特性、周囲のノイズの影響を受けやすい。大きなコンサートホールほどではないが、スピーカーとの距離が長くなれば小さな音が減衰しがちで、周囲のノイズがあるため、細かな音は聴きにくくなる。なにより、大きな音で再生すると周囲に迷惑をかけてしまう。
スピーカー再生でヘッドフォン再生の良さを実現しようとすると、音響特性の整った防音室を作る必要があり、必要とされるコストが現実的ではなくなる。ならば、ヘッドフォン再生でスピーカーで聴くような自然な音場感を再現できたとしたら、良いことづくめだろう。筆者が想像するに、このあたりがクロスゾーンの「頭外定位」ヘッドフォンのスタート地点だと思う。
ヘッドフォンでスピーカーのような再生を行なうために必要なのは、「部屋の存在」だ。部屋に置いたステレオ装置の音を聴く場合、左右のそれぞれの耳は左右のスピーカーの音を両方聴いている。左耳には、距離が近い左のスピーカーの直接音が一番速く届く、次に部屋の壁の反射で遠回りした右のスピーカーの反射音が少し遅れて届く、左のスピーカーの反射音も遅れて届く。右耳はまったく逆になる。
すなわち、直接音に加えて、部屋の反射音も耳に入るというのが、スピーカー再生とヘッドフォン再生の一番の違いだ。これは、バーチャルサラウンド再生では欠かせないHRTF(頭部伝達関数)の考え方とほぼ同じだ。
ヘッドフォンでのバーチャルサラウンド再生では、反射音を電気的に生成して再現するわけだが、クロスゾーンのCZ-1やCZ-10では、それをアコースティックな方法で実現している。左右それぞれのハウジングの中には、メインとなる左または右の音を再生するドライバーユニット(低域用35mmドライバー、高域用23mmドライバーの2ウェイ構成)に加えて、反対側のチャンネルの音を再現するドライバー(35mmドライバー1基)も内蔵しているのだ。
CZ-10のハウジングを見てみると、メインチャンネルの高域用ドライバーが露出している。これはメインチャンネルの音は直接音主体となるため。メインの低域用ドライバーも内側にあるが、そこには開口部があり直接音が耳に届くようになっている。そして、内側にあるもうひとつのドライバーが反対側のチャンネルの音を再生するためのドライバー。このドライバーの音は直接耳には入らない。どうなっているかというと、専用のダクトを経由して露出している高域用ドライバーの右横にある穴から音が再生される。
専用に設計されたダクトを経由することで、耳に届く時間の遅れ、周波数特性や位相の変化が生じ、部屋の反射音として耳に届く反対側のチャンネルの音を再現しているわけだ。もちろん、ダクトの形状や素材、長さなどを工夫することで、最適な反射音になるように精密なチューニングが施されているのは言うまでもない。
これが、CZ-1やCZ-10がスピーカー再生に近い「頭外定位」を実現できる仕組みだ。実際には、反対側のチャンネルの反射音を再現するだけでなく、メインチャンネルの反射音の再現も行なっている(CZ-1は低域、高域ドライバーの背面から出る音を専用のダクト経由で反射音として再現、CZ-10は高域ドライバーの反射音のみ再現)。
このため、ハウジングの内部構造は極めて複雑だ。精密な設計は、光学機器の設計が本業である亜州光学ならば得意分野でCADを駆使した精密なものになっているという。それだけではなく、複数のパーツで構成されるハウジングの取り付けはドライバーや複数の音響ダクトを固定するためのネジのトルク管理なども厳重に行なっているという。分解したら元の音が出ないのはもちろんだが、ハウジングを構成する複雑なパーツやダクトの音響チューニングは、まさにスピーカー屋のノウハウを結集したものになっているそうだ。
CZ-1とCZ-10の違いは次項で詳しく紹介するが、大きな違いであり、設計上で一番苦労したのが、ハウジングの小型化だという。これだけ複雑な構造になっているのだから小型化するのが難しいのはよくわかるが、正確に言うとそれは間違い。実に印象的だったので、開発担当者の言葉をそのまま紹介しよう。「ハウジングを小さくすると、部屋が小さくなってしまいます。サイズは小さくしつつ、広い部屋をキープするのが大変でした」。CZ-1やCZ-10のハウジングは“オーディオルーム”なのである。
小型・軽量化、低価格化を実現しながらも、音質的にはほぼ同等となる「CZ-10」
いよいよ、CZ-10の詳しい内容を紹介していこう。ドライバーについてはすでに紹介したとおり、23mmと35mmドライバーの2ウェイ構成で、これに反対側のチャンネル用の35mmドライバーを加えた3ユニット構成となる。ドライバーはいずれもベリリウムコーティングの振動板を採用する。ちなみにCZ-1は23mmと40mm×2という構成。メインチャンネル用の2つはベリリウムコーティング振動板だが、反対側のチャンネル用のドライバーはベリリウムコーティングは省略されている。細かな部分ではあるが、反対側のチャンネルの音質をきちんと揃えるため、すべてベリリウムコーティングを採用したとのこと。コストダウンのため、ドライバーなどの音響部品には細かな変更はあるようだが、音質についてはほぼ同等となることを目指したそうだ。
ハウジングは小型化されたこともあり、すべてが新設計。基本的な考え方は同様だが、ハウジングの容積の確保やダクトの設計もすべて専用に設計されている。
外装については、CZ-1ではヘッドバンドなどの外装パーツにマグネシウム合金が使われているが、CZ-10では樹脂製のパーツとなっている。強度については構造の工夫で同等をキープし、軽量化にも貢献したそうだ。表面にはシボ加工を施しており、樹脂製のハウジングにありがちな安っぽさはほとんど感じない。
ケーブルは、これもCZ-10専用に開発したもので、OFCのリッツ線をツイスト構造で使っている。片側のハウジングだけで左右の音を再生するので、ケーブルは独立8線式構造となる。つまり、左右のプラス・マイナスのケーブル(計4線)が左右のハウジング用に用意されるので、合計8線となるわけだ。このため、CZ-10に付属するケーブルには、ハウジングとの接続側に左右の区別がない。両方のチャンネルの信号が配線されているので、接続間違えの心配はないのだ。
専用ケーブルのためリケーブルが難しい難点があるので、ポータブル機器との接続用としてステレオミニプラグ採用の1.5mのケーブルと、室内用として標準プラグ採用の3.5mのケーブルが2本付属する。一般的に長めのケーブルは3mが多いが、開発者の経験も含めて3mではやや短いと感じたので、3.5mとしたとか。筆者の視聴室でも3mだとやや短いと感じていたので、3.5mの長さは実に使いやすかった。
自然な再生を追求するために、こだわった「もうひとつの自然さ」
素材の変更や小型化に伴うデザインの変更はあるものの、独特の印象がある外観は大きな違いはない。その大きな理由はヘッドバンド部のデザインがほぼ同じだからだろう。ヘッドバンド部の構造も独特なもので、可動部が多いことや独特な形状もあり、重厚な印象がある。こんな独特な構造になったのも、ヘッドフォン開発の経験がなく、教科書的なデザインを踏襲するのではなく、自分が使って自然に装着できるものを目指したためだという。
特徴的な形状になっている理由は、ヘッドバンド部の長さ調整に関わらず側圧が変化しない構造になっているため。一般的なヘッドフォンの構造では、ヘッドバンド部の長さによって側圧が変化し、使う人によって側圧が強すぎたり、逆に弱すぎたりするようだ。CZ-10ではヘッドバンド部の長さで側圧が変化しにくいので、もっとも最適と思える側圧に合わせることができたという。頭部の形状は人種によっても違いがあるようで、欧米圏と日本やアジア圏ではヘッドフォンの側圧についての印象もかなり違うが、CZ-1を含めて、国内だけでなく、アジアやヨーロッパなどでも側圧の変化が少ないことで自然な感触という評価が得られているそうだ。
手に持ってみると、軽量化されたとはいえ約385gあり、オーバーヘッド型としてもやや重めの部類にある。装着してみると、ほどよく重さが分散されるのか、思った以上に軽快だ。ヘッドバンド部のクッションが左右に出っ張っており、頭頂部に重量がかかりにくいようになっているのだ。側圧も適度なホールド感はあるが、締め付けられるほどの圧迫感はなく、長時間使っていても負担を感じないものだ。前述したように、頭のサイズの大小による側圧の変化は少ないので、多くの人が筆者と同様の印象を持つと思う。
ハウジングは三角形になっていて、メインの高域用ドライバーが見える方が前方に来るように装着する。耳の穴の直上にドライバーがあるのではなく、やや斜め前方にメインのドライバーが配置される構造だ。イヤーパッドはやや厚めで感触もよいし、しっかりと顔にフィットし、遮音性もなかなか良好。
“ハウジングはオーディオルームである”というだけあって、装着感を含めて自然さを追求することは欠かせないポイントなのだろう。適切なホールド感があってずれにくいので、ヘッドフォン装着の違和感を感じないし、圧迫感を感じるような密閉感ではなく、適度に周囲のノイズを遮音する感じが、音の良いオーディオルームや落ち着いてくつろげる部屋に居るときの心地よさもある。
頭に何も装着せずにスピーカーで音を聴くことがメインであった開発陣だけに、ヘッドフォン装着の自然さへの追求はかなりハイレベルな要求だったとわかる。音を出してみる前から、実によくできたヘッドフォンだと思ってしまう。
いよいよ。CZ-10の音を聴いてみる。まずはステレオ再生の音楽
いよいよ試聴だ。ここでメインとなる試聴ソフトを紹介するのがこの連載のスタイルなのだが、今回はさまざまな音楽ジャンルの作品を幅広く聴いていく形とすることにした。その方がCZ-10の特徴をわかりやすく紹介できると考えたため。
まずはステレオ録音の音楽を聴いてみた。音楽再生用のPC(Mac mini)にUSB DAC/ヘッドフォンアンプの「Chord Hugo2」を組み合わせて再生している。なお、音場感の違いを比べるため、手持ちのゼンハイザー「HD800」でも聴いている。
CZ-10の最大の特徴である「頭外定位」は、一般的なヘッドフォンの再生とは音場感が明らかに違っている。似て非なるものなのでその違いは詳しく紹介するが、バーチャルサラウンド技術を使ったヘッドフォンでステレオ再生した時の感触に近いものがある。一言で言ってしまえば、ふたつのスピーカーの間に定位するボーカルなどの音像は、頭の中ではなく、頭の外に定位する。具体的には額のちょっと前あたりにボーカルが現れる。
藤田恵美の「Camomile Colors」から「Shape of My Heart」(96kHz/24bit/FLAC)を聴くと、額の手前にボーカルが立つ。ボーカルの定位は芯の通った実体感のあるもので、「ボーカルが目の前に現れている」と感じる。それと同時にボーカルの響きが豊かになっていることもわかる。
HD800で聴き比べてみると、こちらも音場感はなかなか広大で音が耳の外にまで広がる感触はある。しかし、音の定位は頭の中だ。そして音像は不要な響きがなくCZ-10と比較するとシュッっと締まった感じになる。ここが、ヘッドフォン主体で音楽を聴いている人にとっては違和感を感じる部分ではないかと思う。音場の広がりや特に奥行き感のある立体的な再現には感心するが、個々の音像に残響が付加されたような感じになる。
これはまさしくその通りで、CZ-10は前述の解説の通り左側のハウジングからも右チャンネルの音が再生される。右チャンネルの音はアコースティックな手法で反射音としての遅延や周波数特性などの効果が加わっているし、左チャンネルの音も別のダクトを通じて部屋の響きである反射音が足されている。これによって、頭の外に広がる自然な音場感が得られるわけだが、音源そのものには付加されていない不要な響きが加味されているのも確かだ。このあたりをどう捉えるかで、本機の評価ははっきりと別れると思う。極端な言い方をすれば、“部屋の響きは必要であるか否か”だ。
残響が付加されていると言うと、バーチャルサラウンド的な人工的なものを連想するかもしれないが、過度な残響感が付加されているわけではないし、聴き比べてみるとわかる程度のものだ。スピーカー再生に慣れていれば、これが普通だと感じると思う。スピーカー再生に近い音場感という意味では、ヘッドフォン再生はステージで演奏する音楽を客席ではなく同じステージ上に立って聴いている感じに近いだろう。これを音源が近いダイレクト感だと捉えれば、CZ-10の音は音像がやや遠い感じになる。このあたりが好みの分かれる部分ではないかと思う。
音場の広さはいわゆるヘッドフォン再生とは感触がまるで異なったものだが、音質そのものに注目すると、その音は落ち着いたトーンの聴きやすい音だ。声のニュアンスは豊かに描き出されるし、強弱の変化や吐息の気配も自然に描かれる。HD800もボーカルの表現力の豊かさは見事なものだが、その差はほとんどない。音源との距離が遠い感じといっても、スピーカー再生ほど距離があるわけではなく、スピーカーに比べれば十分にダイレクトな感じはあるし、細かな情報までつぶさに描かれていることもわかる。滑らかな感触だが、ボーカルやバック演奏の楽器を含めて忠実感の高い音色で、9万円のヘッドフォンとしてもその実力はかなり優れる。
続いて今度は、2018リマスターされたYMOの「増殖」(96kHz/24bit/FLAC)を聴いてみた。これは、当時筆者が夢中になって聴いていたアルバムのひとつで、LPレコードをダビングしたカセットテープをラジカセで何度も繰り返して聴いていた。このアルバムは、「スネークマンショー」というコミカルなラジオドラマとYMOの楽曲が交互に並んでおり、ラジオの番組をそのままエアチェックしたような内容になっている。冒頭のジングルから「ナイス・エイジ」、そしてドラマパートを連続して聴いてみたが、深夜にラジカセのスピーカーに耳がくっつくような距離で聴いていた当時が蘇った。音が目の前にある感覚だ。
面白かったのは、楽曲自体が位相を加工して広がり感を強めるなど、録音時にさまざまな効果を加味している曲では、音場感もだいぶ異なったものになる。位相をいじって広がり感を強めたシンセサイザーのメロディーはより大きく広がるし、逆相っぽく具体的な定位感を弱めた音は自分の周囲をシームレスに包み込むように鳴る。ヘッドフォンによる再生とも、スピーカー再生とも感触は異なるが、録音時に作り手が狙った効果がよりわかりやすく再現されていると感じた。
しかし、より最新のEDMのような曲になると、やや違和感を感じることもあった。より積極的に位相をいじって浮遊感や包囲感を再現したり、ボーカル自体も電気的な加工を加えることが増えてくると、そうした効果が強すぎてしまうと感じた。ヘッドフォン側でも残響や反射音を加味していることもあり、楽曲側での音響効果が過剰に感じやすいのだ。
いろいろなジャンルの曲を聴いてみると、相性が良いのは、あまり特殊な加工をせずに素直に収録した曲。ジャンルで言えば、クラシックやジャズなどは目の前にステージが現れるような感触と、勢いのある音の出方などもあり、満足度はかなり高い。逆に特殊な加工を多用した楽曲になると違和感を感じることが少なくない。音楽のジャンルというよりは、手の込んだ録音よりも素直な録音をした楽曲との相性が良いと感じた。特定の楽曲やアルバムだけで評価せず、いろいろな作品を聴くことにしたのはこれが理由だ。
テレビドラマの音声もチェック!
続いては、テレビドラマの音声を再生してみた。NHK BS4Kで放送された大河ドラマ「いだてん 東京オリムピック噺」。放送直後から視聴率が低迷していることが話題になりがちだが、筆者は毎回なかなか楽しく見ている。4K+HDRで収録された映像は、金栗四三の故郷を実に生々しく描くし、リアルに再現された大正~昭和初期の街並も実によく出来ている。
このドラマの5.1ch音声をAVアンプ「ヤマハ CX-A5200」を経由して、ステレオダウンミックス2chのヘッドフォン出力で聴いた。ナレーションや出演者の声は額の先に定位し、音場感も広大。この感じは薄型テレビに近づいてかぶりつきで見ている感じに近い。自然な音の広がりと空間感はなかなか良好だ。ただし、ステレオダウンミックスということもあり、バーチャルサラウンド的な空間再現ができるというわけではない。あくまでもステレオ再生の豊かな音場感だ。 面白いのは、音楽や効果音、セリフといったさまざまな音の距離感が明瞭に描き分けられること。マラソンの場面では、ランナーの規則的な呼吸が自分がしているような感じで聴き取れるし、足音も間近だ。風の音や鳥の声といった周囲の音はより遠くで響いている感触があり、サラウンドとは異なるが、奇妙な空間感がある。バイノーラル録音による再現がわりと近いかもしれない。
試しに、ヤマハのヘッドフォン用のバーチャルサラウンド技術であるサイレントシネマで、バーチャル5.1ch再生も試してみた。当然ながらサラウンド感はさらに高まる。だが、もともとアクション映画のように自由自在に音が飛び回るような音響ではないこともあり、少々人工的なサラウンド感はある。残響の付加などが過剰で、方向感などが強まり過ぎる傾向はある。それほど違和感のある再生ではないので、好みで使い分ければいいと思うが、個人的には、通常のステレオダウンミックスの方が違和感のない自然な音の広がりを楽しめると感じた。
もともとステレオ収録のドラマやドキュメント番組でも、テレビのスピーカーから音が出ているような自然な聴こえ方で、音場の奥行きや立体感が感じられてなかなか面白い。しばらく番組を見ていると、画面と音がなじんできて、一体感のある再現になる。比較的高価なヘッドフォンの使い方としては贅沢かもしれないが、深夜などにテレビの音を聴くという使い方もなかなか楽しい。
サラウンド効果もたっぷりのBD「ANEMONE/エウレカセブン ハイエボリューション」
続いては、BDソフトの「ANEMONE/エウレカセブン ハイエボリューション」。TVシリーズとも劇場版とも異なる、新たな解釈で再構築された3部作の第2部だ。今回はアネモネの視点から物語が描かれている。本作では、TVシリーズはもちろん、TVシリーズの続編である「エウレカセブンAO」までも包含した世界観であることが提示され、より作品世界が奥深く描かれている。
こちらも音声は5.1ch(DTS-HD MasterAudio)で、PCM 2.0ch音声も収録されている。5.1chのステレオダウンミックスとPCM 2.0chで聴き比べてみたが、サラウンド感に優れるのは5.1chのステレオダウンミックスとなるのは確かだが、もうひとつ面白い違いがあった。それは低音専用のLFEチャンネルである「0.1」chの有無だ。 PCM 2.0chでも、それなりの音場感は得られるが、なによりもアクションの場面での爆発音などの迫力が乏しい。5.1chのステレオダウンミックスとなると、低音チャンネルが増えるぶん、爆発音やバトルシーンの迫力が段違いだ。
CZ-10は、自然で聴きやすい音を目指した音の感触はCZ-1と同じだが、よりライブ感のある音を志向して、低音の鳴り方をより勢いのある再現としている。このため、ベースやドラムの出音の勢いの良さがしっかりと出ているとわかる。CZ-1が上質ではあるが落ち着いた感触になるのに対し、CZ-10はよりパワフルでエネルギー感のある音になる。価格を抑えてより若いユーザーが購入しやすくなっているために、こうした音作りにしたというが、おじさんである筆者としてもこちらの方が好ましいと感じた。
このため、重低音がたっぷりと入っている映画の音も、かなりしっかりと再現する。これはなかなか楽しい。5.1chソースがほとんどとなる映画用ならばバーチャルサラウンドヘッドフォンも選択肢となるが、バーチャルサラウンド特有の人工的な空間感にはならないので、好ましいと感じる人は多いはず。ちなみにこちらでも、サイレントシネマを組み合わせてみたが、サラウンド感を優先するならばアリだが、やはりやや人工的な感じが強まる傾向はある。
ここで、ちょっと面白いことを思いついた。5.1chのステレオダウンミックスでドルビーサラウンド効果を加味してみることだ。BDプレーヤーなどの多くの機種では、5.1chをステレオダウンミックスするときに、ドルビーサランド音声として出力することができるものがある。
ドルビーサラウンドは、現在ではDolby Atmos対応の5.1.2chなどのサラウンドシステムで、5.1ch音声を5.1.2ch化するアップミックス機能の名称としても使われているが、ここでのドルビーサラウンドとは、5.1ch音声をステレオ化するときの特殊なダウンミックス方法だ。ドルビーサラウンド対応のデコーダーを備えたAVアンプでは、ステレオ音声から5.1chに復元することができる。
仕組みを簡単に説明すると、センターチャンネルの音声はレベルを落として左右のチャンネルに振り分け(左右から同じ音が出るのでセンター定位となる)、サラウンドチャンネルの音は位相を反転して、左右のチャンネルに足すというもの。こうしたアナログ的なダウンミックスなので、元の5.1chに復元することもできるし、位相特性の優れたステレオスピーカーならば、逆相で再現されるサラウンド成分も定位感のない漠然とした音で再現されるため、案外サラウンド感が得られるのだ。ドルビーデジタル登場以前のアナログサラウンド時代は、わざわざ後ろに小さなスピーカーを足すよりも、優れた高級スピーカーによるステレオ再生で十分だという人も少なくなかった。
現代ではあまり活用されることが多くはない機能だが、CZ-10にはぴったりとマッチした。擬似的なサラウンド技術ではあるがあまり複雑な電気的加工をしているわけではないので、サラウンド効果が過剰になることもない。通常のステレオダウンミックスよりも特に後方の音の再現がよくなり、空間感が広がる。もちろん、横から後方の音は漠然と広がるだけなので方向感などはあまり感じないが、前方に広がる音場感に後方の響きが加わるので、かなりサラウンド再生に近い感触になる。
このあたりのサラウンド感の違いを試していくと、CZ-10が目指した頭外定位やスピーカー再生に近い自然な音場感の意味がわかってくる。バーチャルサラウンドヘッドフォンが基本的に仮想5.1ch再生を目指したもので、ステレオ再生で使うと頭外定位になるので案外聴き心地がよい。というのとまったく逆のアプローチだ。だから、サラウンド感があるといっても、現代の感覚としては後方の音は漠然とした再現だし、方向感も乏しい。バーチャルサラウンドヘッドフォン的な使い方もできるが、あくまでもステレオ再生で使うことが基本となるモデルだ。
バーチャルサラウンドヘッドフォンは、今では個人で異なる頭部データをパーソナライズしてよりサラウンド効果を正確に再現できるようになってきているが、CZ-10はそちらの方向性は目指していない。筆者自身勘違いしている部分もあったのだが、バーチャルサラウンド技術が究極的には個人への最適化が理想であり、電気的な演算の精度を高めていく必要があるのに対し、CZ-10は同じ考え方を採り入れながら、「音の良い部屋で聴く音」の再現を目指しているわけだ。音の良い部屋というのは、多くの人にとって共通した特性になることが多いので、個人のパーソナライズは必要がない。電気的な加工でなく、アコースティックな手法で行なえば信号の純度を落とすことなく、自然ないい音を実現できる。長々と語って申し訳ないが、これこそがCZ-1とCZ-10の他にはない独特な特徴だ。
また、同じように「ガールズ・アンド・パンツァー最終章 第1話」でも試してみたが、やはり2.0ch再生よりも、5.1ch音声をドルビーサラウンドでダウンミックス再生した方が適度なサラウンド感が楽しめた。もちろん極上の爆音も。改めて実感するのは「最終章」の音作りが、5.1chで前後左右の音を再現するだけでなく、前方の音場を重層的に再現していること。画面よりも奥で広がるBGM、画面位置に定位するダイアローグ、画面よりも前に飛び出してくる砲撃音や破壊されるオブジェクトの音、こうした前方音場の奥行きの豊かさも、CZ-10だとしっかりと再現される。サラウンド感という点では物足りないが、「最終章」の持ち味はしっかりと味わえる。
これは蛇足だが、ヘッドフォン用サラウンド音源である「DTS Virtual:X」音声とは相性が悪かった。サラウンド効果が過剰になりやすく、ちょっと聴くとサラウンド感豊かで楽しいが、残響が多めなために混濁感も少々ある。「DTS Virtual:X」は一般的なヘッドフォンを使う方が相性がよい。
名作のキャラクターが多数登場「スーパーロボット大戦T」もなかなか楽しい。
試聴とまったく関係なく楽しんでいた「スーパーロボット大戦T」を深夜のプレイでCZ-10を使ってみたら、かなり楽しかったのも発見だった。ご存じの人も多いと思うが、「スーパーロボット大戦」シリーズは、ロボットアニメを中心した作品のキャラクターが結集したシミュレーションゲーム。さまざまな作品の設定が混ざり合い、オリジナルの物語になっていく展開も楽しいし、最近の作品ではバトルシーンのアニメーション効果も充実しているし、キャラクターの声もフルボイスでロボットアニメ好きにはたまらないものがある。
筆者自身は最近作はあまりプレイしていなかったが、どうやら登場キャラクターがかなり暑苦しい面々が結集しているようで、アニメーションの出来の良さもあって久しぶりにプレイした。当然ながら、オリジナル版の歌唱付きのスペシャル版を購入したが、やはり音楽だけでなく歌が付いていると面白さが倍増する。CZ-10で聴くと、ボーカルがしっかりと目の前に現れるだけでなく、各キャラクターの決め台詞まで目の前に現れる。非常に燃える展開でゲームに熱中してしまった。
ゲームのプレイと考えると、ヘッドフォンの頭内定位もゲームの世界に没入するような感覚があるし、VRゲームや主観視点の作品だとむしろ頭内定位の方が主観的なプレイになると思う。それに比べると、CZ-10の音はやはり客観的だ。それゆえに客観視点のゲームとの相性が良いし、なによりも昔テレビ画面にかぶりつきで見ていた感覚になるのが楽しい。この感じは、スピーカー再生とも通常のヘッドフォン再生とも異なる独特な感覚だ。
CZ-10はその独特な音のために、楽曲によっての相性もある。ヘッドフォン再生とは異なる音場の感触が好みに合わない人もいるだろう。だが、この他にはない感触が実に楽しい。ヘッドフォンで音の良い部屋を再現するという発想も実にユニークだ。その意味では、今回の視聴のように、さまざまなコンテンツを幅広く楽しめるとも言える。音の出るメディアやコンテンツは音の良い部屋で楽しむのが一番だと実感できる。