鳥居一豊の「良作×良品」

第101回

もうスピーカーじゃん! 進化した頭外定位クロスゾーン「CZ-8A」×平成ガメラ

オーディオの分野では現代でもさまざまな最新技術が生まれている。人気の高いヘッドフォン関連の技術革新は特に多い。ヘッドフォンによる再生でも、スピーカー再生と変わらない前方定位や頭外定位が追求されており、さまざまなメーカーから革新的な製品・技術が登場してきている。ソニーの「360 Reality Audio」や「Tempest 3Dオーディオ」、クリエイティブの「Super X-Fi」は、ユーザーの顔や耳をスマホで撮影し、解析する事で個人に最適化したHRTF(頭部伝達関数)モデルを使い、頭外定位をかなりリアルに実現している。

ビクターの「XP-EXT1」も独自のEXOFIELD技術でHRTFモデルの最適化を実現。こちらはステレオ再生だけでなく、映画などのサラウンド音声規格にも対応し、Dolby AtmosやDTS:Xにも対応した立体的なサラウンド再生が楽しめる。こちらはヘッドフォン内部に内蔵されたマイクを使って測定を行なう方法。アップルの「AirPods MAX」の「空間オーディオ」では、ヘッドフォンに内蔵したモーションセンサーを活用してサラウンド再生を実現している。

これらの効果は凄まじいものがある。各社の方式による差異はあるが、間違いなくこれまでのバーチャルサラウンドヘッドフォン技術とは次元の違うレベルでのサラウンド再生が可能になった。実際に6.2.4ch構成のスピーカーによるサラウンド環境を備えている筆者でも、これらの技術を使ったものならばスピーカー再生とほとんど遜色がないと感じた。決定的な差として、スピーカー再生ならば複数人で一緒に視聴できるが、ヘッドフォン再生は必然的に個人での視聴専用になるという違いがあるだけだと言ってもいい。本格的なサラウンド再生には憧れるが、スピーカーを何本も部屋に置くのが難しい、音量を上げると周囲に迷惑がかかるなどの理由でサラウンド再生を諦めていた人には素晴らしい時代になった。

これらの技術は、デジタルオーディオ技術やデジタル信号処理の高度化によるもので、信号処理や個人の最適化を行なうためのスマホなどの端末を必要とするか、その機能をヘッドフォンに内蔵したアクティブ型スピーカーとして商品化されている。

こうした時代の流れに反し、まったくのアコースティックな技術でヘッドフォンによる頭外定位を追求しているメーカーがある。それがクロスゾーンだ。初号機のCZ-1(実売25万円前後)で大きな話題を集め、第2作の「CZ-10」は10万円ほどの身近な価格を実現した。その第3弾となるのが、今回紹介する「CZ-8A」(実売19万円前後)だ。

CZ-8A。基本的なフォルムはCZ-10に近いものとなっている

アコースティック技術で頭外定位を

CZ-8Aも、製品のコンセプトはこれまでの製品と同じだ。自然な音の再現や自然な装着感を追求。スピーカー再生に近い頭外定位をアコースティックな手法で実現している点も同様だ。基本的な仕組みとしては、左右のハウジングにはメインのチャンネルの再生用ドライバー(高音用、低音用)と反対側のチャンネルの再生用ドライバーの計3つのドライバーを内蔵する。

スピーカー再生に限らないが、人間の耳は物体の発する音を両方の耳で聴いて音の位置を認識している。右にある物体の音はまず耳に届き、少し遠回りして左の耳に届く。また、遠回りするぶんだけ減衰により音量も下がる。つまり両方の耳に到達するときの時間のズレ、音量の違いなどで音の位置を特定できるというわけだ。このほかにも顔や頭部、耳の形状の違いによる反射の影響などもある。人間の脳はこれらの違いを認識することで、左右どころか前後、高さなどの立体的な音源位置まで把握できる。こうした人間が音の方向を認知する仕組みを数値化したものがHRTF(頭部伝達関数)だ。

従来まではHRTFのモデルが一般的な人間の頭部の代表的なものとしていたため、個人によって効果にバラつきがあった。そこで、現在は測定などによってHRTFモデルを個人に最適化し、その効果を大幅に高めたわけだ。

CZ-8Aは、これを再現するために、メインチャンネルと遠回りして入ってくる反対側の音も一緒に再生することで、HRTFモデルに近い音の再現を行なう。メインチャンネルの音の再生自体は基本的に一般的なヘッドフォンと同様だが、反対側の音は専用のダクトを経由し、音量の減衰、到達時間の遅れを実現している。

このあたりはCZ-1、CZ-10とほぼ同じ。そのため、象徴的なダクトがデザインとしてハウジングの外側に見えていたのに対し、CZ-8Aでは内蔵型となり外部からはダクトの存在がわからないようにした。見た目としては、ごく普通のヘッドフォンに近づいた印象だ。

左がCZ-8A、右型CZ-10。基本的なフォルムは同様だが、ハウジング部分にあった金色のパイプ状のパーツがなくなっているのが大きな違い
CZ-8Aに使用しているドライバー。振動板はすべてベリリウムコーティングされている。メインチャンネルの低音用ドライバーは40mmとなり、CZ-1の構成に近いものとなっている

たくさんのドライバーを内蔵するだけでなく、HRTFモデルをアコースティックな手法で実現するため、ハウジング内部の構造は非常に複雑になっている。ダクトなどを使った音の経路を持つだけでなく、ステレオ再生のような質の良い部屋の響きを実現するため、吸音材には工場のある岡谷市のシルクをはじめ、複数の素材を組み合わせて使用し、自然な音質のための細かなチューニングが行なわれている。こうした手の込んだ設計や生産ができるのは、親会社である亞州光学の精密機器の生産技術も貢献している。

最新鋭のデジタル・ヘッドフォンサラウンドに迫る、頭外定位の追求

CZ-8Aの末尾にある「A」はAdvanceの意味だそうだ。つまり、これまでの頭外定位をさらに進歩させることが大きな開発テーマだった。しかし、現代の多くの技術がデジタル技術を駆使し、HRTFモデルの個人への最適化を果たしているように、HRTFモデルをさらに高精度化する必要がある。そこで取り組んだのが3kHz以上の音域までもカバーするHRTFモデルの再現だ。個人のHRTFモデルを測定して比較すると、3kHzを超える高音域では個人による差が大きくなる。これは耳の形の違いによる影響が大きくなることが原因だ。だから、CZ-1やCZ-10でのHRTFモデルは3kHz以下の音域に抑えられている。このため、ユーザーによる聴こえ方の違いにバラツキはない。

CZ-8Aはそこを改善した。実際に3kHz以上の音域まで再現した場合の音を電気的に補正して試してみると確かに効果がある。だが、HRTFモデルを3kHz以上まで拡大しても、ユーザーによって効果にバラつきが出てしまう。HRTFの個人への最適化の問題を解決する必要がある。アコースティックな手法で個人への最適化ができるのだろうか? さまざまな実験や調査をひたすらに繰り返したという。

ところで、スピーカーで音を聴く場合こうしたバラツキが生じることはない。ここに解決のヒントがあった。スピーカー再生の場合、耳との間にはそれなりの距離があるが、ヘッドフォン再生の場合は距離はほとんどない。この違いの正体は波面だ。スピーカー、ヘッドフォンともに高音域のドライバーから出た音は球面波となる。水面に小石を投げ入れた時の波紋の広がりが球体状になったイメージだ。波紋が大きくなるほど直径が広がるので、その一部分を切り取ると平面波に近くなる。人間の耳はその一部分を聞き取っている。すなわち、ヘッドフォン再生でも平面波に近い音が耳に届くようにすれば、スピーカーと同様に聴こえ方になるはず。

CZシリーズはスピーカー再生に近い自然な音の再現が根本的なコンセプトだ。これを推し進めることが正解へのカギだったのだ。ではどうすれば、球面波をごく短い距離で平面波に近づけることができるのか。平面波を生成するための実験は古くから行なわれてきており、さまざまな研究や実験のデータがある。それらを改めて研究した結果、音響レンズへとたどり着いた。

音響レンズとは、指向性の強い高音域のユニットの指向性を改善するためのもの。古いスピーカーを見ると、高音用のユニットの前面にさまざまな形状のパーツが付いていたのを覚えている人もいるだろう。ユニットから出た音がストレートに耳に届くのではなく、わざと通り道を作って音の波面をコントロールするわけだ。実はこの音響レンズは最新のスピーカーでも使われることが少なくない。音響解析やシミュレーション技術の進化で音響レンズも適切な設計ができるようになったためだ。現代では指向性の改善だけでなく、歪みの低減や周波数特性の改善などの効果を持った音響レンズを備えたスピーカーもある。

CZ-8Aでは、ドライバーの一部に衝立を立てたような形状の音響レンズ(波面コントロールガイド)を付けることで実現した。ドライバーの音がそのまま耳に届くのではなく、耳に近い部分の音を遠回りさせる仕組みだ。これにより、耳に近い部分の音と遠い部分の音が同時に届く、平面波に近い聴こえ方になる。これを目指して試作を繰り返し、3kHz以上の音も再現するHRTFモデルでありながら、個人のバラツキの少ない再生を可能にした。これがCZ-8Aの一番の違いだ。

CZ-8Aのハウジング内部。基本的なユニット配置はこれまでとほぼ同様だが、メインチャンネルのドライバーのところに、衝立状の波面コントロールガイドが新設されている
CZ-8Aのハウジング内部を見たところ。わかりにくいが、銀色のドライバーの下の部分に衝立のようなものがあるのがわかる

結果を知ってしまうと意外と思えるほどのシンプルなアイデアだが、これを実現するためにたくさんの時間がかかったのは容易に想像できる。もちろん、そればかりではない。3kHz以上の音域もカバーするHRTFモデルの生成のためにネットワーク設計などもすべて一新されているし、高音質化のためのチューニングもより徹底している。

CZ-8Aではハウジングの主要な部分は樹脂製だが、ハウジングの円形の部分はアルミ製となっている。これは、電磁シールドの働きをしたものだという。電波や騒音などによってネットワーク回路などへの影響をなくしたものだという。これによって、微小レベルの信号の再現性をさらに高めている。象徴的だったダクトを内蔵したのもこのためだったのだろう。すべてが理詰めの設計によって成り立っているのだ。

イヤーパッドの形状も変更。自然な装着感はさらにフィット感が高まった

CZ-8Aを見てみると、特徴的なヘッドバンド部の形状などはそのままだ。これはトーションばねを使った方式で、スライダーの長さに関わらず、側圧が変化しないためのもの。このため、頭の大きさなどに関わらず誰もが好ましい装着感が得られる。しかも、CZ-8Aではイヤーパッドの形状を3D形状としてフィット感やホールド性を向上。よく見てみると、前側が薄く、後ろ側が厚くなっている。頭部の形状に合わせただけでなく、厚くなった部分は柔らかくしているそうだ。

このため、フィット感は良好で、重量は435gとヘッドフォンとしては比較的重めながらも装着してしまうとあまり重さを感じない。ヘッドバンドやトーションばね機構の部分などは金属製として剛性を高めているのも効果があるという。ゆがんだりよれたりしないので、ぐらつくような不安感がなく安定した装着ができることも疲れにくいことの理由だそうだ。

CZ-8Aの可動部分の図解。トーションばね機構を内蔵し、各部のスムーズな動きと剛性の高さを実現している
CZ-8Aのハウジングを横から見たところ。写真では左側の厚みが増しているのがわかる

日本の特撮映画の金字塔「平成ガメラ」三部作を鑑賞

今回は「平成ガメラ」。特撮モノの大怪獣としてはゴジラと並ぶキャラクターであり、樋口真嗣が特技監督として参加しており、「シン・ゴジラ」(監督・特技監督)、「シン・ウルトラマン」(監督)へとつながる。ゴジラでも、生物としての怪獣の生態をリアルに考察する描写は少なくないが、平成ガメラシリーズでは古代文明の生み出した兵器としての設定や神話などでの伝承などのファンタジックな要素を採り入れ、ガメラという存在を掘り下げて描いたこと、そして自衛隊による攻撃の法解釈など、現実的な視点で怪獣を描いている。その一方で地球の守護神としてのふるまい、子供達の祈りで復活するなどの従来からのキャラクター性も継承しており、怪獣映画として多くのファンに愛されている。

昨年はガメラ生誕55周年で、「ガメラ 大怪獣空中決戦」のドルビーシネマ版の上映が11月に行なわれ、今年に入り、「ガメラ2 レギオン襲来」、「ガメラ3 邪神覚醒」もドルビーシネマ版の上映が行なわれた。これら三部作は、4K HDR(Dolby Vision収録)、Dolby Atmos音声でUHD BD版も発売されている。今回の視聴もUHD BD版だ。

そして、「平成ガメラ 三部作 オリジナル・サウンドトラック」も聴いている。1999年のCD BOX以来再発売のなかったものだが、デジタルリマスタリングを行なったうえ、UHQ CD仕様で再びパッケージ化された。ガメラだけでなく、アニメやゲームなどでも知られる大谷幸の音楽をたっぷりと楽しめる。

さっそく、サウンドトラックから聴いた。CD BOXは事前にリッピングを行ない、Mac mini/Audirivana Plusを再生装置とし、USB DACは「Hugo2」。自宅でヘッドフォン視聴を行なうときのシステムだ。「ガメラ1」の「オープニング~予感~」や「メインタイトル」は、ファンならばすぐに曲が頭に浮かぶ平成ガメラのテーマ曲とも言えるもの。1995年の作品ではあるが、リマスタリングのおかげもあって音質は良好。重厚なメロディーをダイナミックな音で再現した。

筆者は普段からCZ-10を使っていて、クロスゾーンの頭外定位には慣れている。しかし、CZ-8Aを初めて聴いたときの衝撃は忘れられない。“これはもう、スピーカーではないか!”と。

具体的に言えば、CZ-10はヘッドホン特有の頭の中で鳴る感じ(頭内定位)が、頭の外まで広がるイメージで、センターに定位するボーカルなどは、おでこのちょっと先あたりに定位するイメージだ。しかし、CZ-10は音の定位が頭の中とか外という感じではなく、きちんと前方にあると感じる。

もちろん、そのスピーカーはかなり近い位置にある。ノートパソコンの両脇にアクティブスピーカーを配置した状態で、パソコンを操作しながら音楽を再生しているくらいの距離感だ。音源が耳のごく近いところにあるイメージはほとんどない。これまでのヘッドフォンとはまったく異なる感触で、近いイメージを探すとスピーカーが一番近いということになる。

ステレオイメージは豊かで、しかも近い。オーケストラ編成のガメラの劇伴を聴いていると、コンサートホールの席に座って聴いているというよりも、指揮台のあたりで聴いているイメージだ。弦楽器や管楽器、打楽器に手が届くかのような距離の近さ。これはヘッドフォンの良さが現れている部分だろう。音源と耳の距離が近いので音の減衰や外部のノイズの影響が少なく、細かな音まで鮮明に聴きとれる良さだ。だが、一般的なヘッドフォンは頭内定位になってしまうので、どちらかというと客観的に目の前にいるオーケストラの出す音を聴くというより、頭の中にリアルな音楽が浮かぶ感じになる。

それがCZ-8Aだと、スピーカーで聴いているように目の前に音のスクリーンがあって、そこに音楽が映し出されているように感じられる。ちょうどスピーカーとヘッドフォンの良いところが一体になったイメージで、どちらとも異なるまったく新しい感覚だ。

主題歌である爆風スランプの「神話」を聴くと、目の前にボーカルが浮かぶ。定位は実に明瞭だ。音の定位はかなり明瞭になっていて、CZ-10は不自然ではない範囲で音に響きが乗っている感じがあるし、音楽全体も響きの豊かなホールで聴いているような残響感が加わっていると感じる。CZ-8Aもボーカルなどに残響感が乗っているが、それに気付くのは最初のうちだけで聴き続けているとほとんど気にならなくなる。

美術館や体育館のような響きの多い場所に足を踏み入れたとき、足音にしても自分の声にしてもその場所の響きが重なり、響きが多すぎると会話が聞き取りにくく感じるほどだが、数分もしないうちに耳が(あるいは脳が)慣れて、普通に会話できるようになる。これに近い感じだ。

一般的なヘッドフォンに交換して聴き比べると残響成分がやや多いと感じるが、決して過度ではなくしかも自然な音の響きなので違和感にはならず、すぐにその音に慣れてしまう。音の良い音楽ホールに入った時の感覚だ。CZ-8Aに慣れてしまうと、一般的なヘッドフォンが響きの少ないドライな音に感じてしまうほどだ。

「ガメラ2 レギオン襲来」の主題歌であるウルフルズの「そら」も同様だ。ギターとベースとドラムなど、そしてボーカルというシンプルな編成なので、ボーカルだけではなく各楽器の定位も明瞭だ。それだけに各楽器の位置関係がはっきりとわかり、センターのボーカルが前に出ている感じがよくわかる。サビの部分では子供たちのコーラスが入るが、ボーカルと一緒に子供たちが集まって歌っている感じが見事に表現されている。ヘッドフォンでの音場感がどうしても視覚的というよりも主観的なイメージになりがちなことに対し、CZ-8Aは自分の目で見ているような視覚的な音場感になる。

「ガメラ2」のサントラには、劇場予告編の音声も収録されている。大昔のドラマ盤を聴いているような懐かしい感じだ。映画の音ということで、役者たちの声は生々しいし、劇伴はその奥に広々と展開している。この感じはまさしくスクリーンで上映されている映画の音だ。しかも最前列と感じるくらいの近さ。予告編は本編の美味しいところを集めているので、迫真の場面が頭に甦ってきて実に楽しい。

「ガメラ3 邪神覚醒」は、ガメラとギャオスの戦いで両親を失った姉と弟が物語の中心になる。地球の守護神であり、人々を守る存在だったガメラを憎む人たちの視点が濃厚に描かれる。それだけに曲調もシリアスだ。これまでの雄壮かつ重厚なメインテーマも、力感を抑えつつシリアスで神秘性をともなった曲にアレンジされている。そんな抑えた演奏も実に表情豊かだ。

音質的にはニュートラルで、低音はかなり力強いし最低音域の伸びも優秀だが、低音ばかりが目立つこともない。中高域は情報量豊かで色づけの少ない鮮明なもの。無色透明と言えるくらいのストレートな音色だ。これはCZ-10なども同様。CZ-8Aはメインチャンネルのドライバーの口径が40mmとなっているので、低音域の能力が優れるが違いとしてはそれくらいのものだ。CZ-10は低音をよりパワフルに鳴らす音に仕上がっているが、CZ-8Aも低音の力感などは同等でそれでいて中高域のエネルギー感も上がっているのでフラットなバランスにまとまっているのが印象の違いだろう。

怪獣映画なので、ガメラだけでなくギャオスやレギオン、イリスのテーマと言える曲もあるが、当然ながらそれぞれのキャラクターを盛り込んだ曲になっている。わかりやすいのがレギオンで、電波を使って群体と交信する特性を持つため、楽曲的にも電波ノイズのような電子音をわずかに重ねているのがわかる。映画本編だけを見ているとなかなか気付きにくい部分で、そんな細かな部分まできめ細かく再現できるので、サントラ盤の魅力をしっかりと味わえる。

「ガメラ3」の主題歌はユリアーナ・シャノーの「もういちど教えてほしい」。女性ボーカルのしっとりとしたバラードで、声は鮮明に目の前に現れる。女性の高い声でも定位は明瞭だ。高域まできれいに伸びていて、情報量も豊かだが、決してキツい音にならず、聴き心地がいい。基本的な音質傾向は情報量の多い忠実度の高いもので、モニター調とはやや異なる聴き心地の良い音になっている。優れた実力を備えながらも、長く聴いていて疲れにくい自然な音質。この完成度の高さについては、シリーズを重ねてきた熟成された仕上がりと感じる。

いよいよ平成ガメラ三部作を鑑賞する

今度はUHD BD版の平成ガメラ三部作の上映だ。本作は音の点でもDolby Atmos化され、非常に質の高いものになっている。記事の冒頭でも触れたように、今やヘッドフォンのサラウンドはそれ以前とは比較にならないほど進歩している。それに対して、CZ-8Aはあくまでも一般的なヘッドフォンでステレオ音声のみの対応だ。とはいえ、ここまでスピーカーに近い聴こえ方をすると、映画のサラウンド音声を聴くとどうなるかを試してみたくなる。再生機器はパナソニックの「DP-UB9000」を使用。HDMIでヤマハのAVプリアンプ、CX-A5200に接続し、そのヘッドフォン出力を聴いている。

ガメラ 大怪獣空中決戦

まずは「ガメラ 大怪獣空中決戦」から、福岡ドームでのギャオス捕獲作戦からガメラ上陸のあたりを見た。このときの音声はストレートデコードのダウンミックス2ch再生だ。映像があると、視角は画面に集中するので、なおさらに画面から音が出ているような感じに近づく。スピーカーによる再生では気付かなかった足音やちょっとした物音などの細かな音がよく聴こえるのはヘッドフォンならではの感覚だ。

音場は前方の空間はなかなかしっかりと再現できていて、包囲感もある。飛行するギャオスを追うヘリコプターの場面などはプロペラの回転音が上の方から聴こえるのだが、2チャンネルダウンミックスということもあり高さ感はあまり感じない。誘導されたギャオスが福岡ドームに降り、自衛隊による麻酔銃を撃つ捕獲シーンも、四方に音が配置されているのだが、後方への音の周り込みはあまり感じない。このあたりは前方の2本のスピーカーでダウンミックス再生をしている場合に近い鳴り方だ。それでも、映像は目の前にあるのに音は頭の中で鳴っているという、スピーカー再生に慣れていると感じるちぐはぐ感がなく、画音一体となった鳴り方になるのは違和感がなく、実に好ましい。

ガメラが登場すると、まずは港湾部を破壊しながら福岡ドームに向かうが、こうした場面での爆発音や独特の高い音を重ねた鳴き声もリアルな感触で楽しめる。そして、映画の低音も十分パワフルに鳴る。このあたりの実力の高さはさすがだ。

余談だが、当初は「ガメラ」ではなく音楽映画やライブ映像などを使うつもりだったが、ちょうどいい作品がないため断念した。ガメラのような怪獣映画やアクション映画も十分な迫力で楽しめるが、本領を発揮するという意味では、「ボヘミアン・ラプソディ」のような音楽映画とか、コンサートやライブ映像の方が楽しそうだ。ライブ映像は特別な演出でもしない限り演奏などの音は前から出るので、ダウンミックス再生でも物足りなさを感じることもない。

ガメラ2 レギオン襲来

続いては「ガメラ2 レギオン襲来」。こちらは、CX-A5200の「サラウンド:AI」をオンにして聴いてみた。この時ヘッドフォン出力からはヤマハ独自のヘッドフォンサラウンド音声となる。このあたりはCZ-10でも試しているのだが、思った以上に相性がいい。頭外定位というと、バーチャルサラウンド的な加工を施しているのは事実だが、アコースティックな手法で実現しているし、何よりサラウンド音場を再現しようとしているわけではない(あくまでもスピーカーによるステレオ再生の音場)。だから、電気的にサラウンド化した信号を再生しても音の響きが過剰になることもないし、不自然さもない。

CZ-8Aは前方に定位する音の音像の立ち方がより明瞭になったこともあり、サラウンド再生の効果もより楽しめた。包囲感が豊かになり、前方だけでなく後方も含めて音に包まれている感じになる。サラウンド化した信号なので残響成分はさらに増えているが、決して過剰ではないし、セリフや効果音、音楽がぼやけるようなこともない。

しかし、後方の音は鳴っている雰囲気がするくらいで音の定位を感じられるのは真横まで。高さ感も多少は感じるが音の定位はあいまいだ。サラウンドのオン/オフを比較してみると、サラウンドオフの方が全体に音がすっきりとクリアーになるのは確かなので、このあたりはサラウンド感を重視するか、前方音場の自然さを重視するかで使い分けるといいだろう。

「ガメラ2」では、無数の群体レギオンがガメラに襲いかかるが、飛翔する翔レギオンの群れが飛び回るシーンはドルビーアトモス化で前後左右に飛び回るどころか高さ感をもって頭上を飛び回る。虫の羽音に近い不快感のある音だけでに、苦手な人もいるかと思うくらいだ。この感じも周囲を飛び回る感じはなかなかよく再現できている。後方へ回り込んでいる感じもなかなかだ。もう少し高さ感が出るとよかったが、これはAVアンプ側でのサラウンド化の方にも原因があるだろう。

音の点では重低音もしっかりと鳴らすし、サラウンド化もあって音場のスケールも大きいので、なかなか聴きごたえがある。巨大レギオンとの最終対決でみせるアルティメット・プラズマの迫力もばっちり。それどころか、その巨体で一度は持ちこたえ、耐え凌ごうとする様子の細かな音まで鮮明で、ものすごい臨場感だ。怪獣映画のスケールの大きさを存分に味わえた。

ガメラ3 邪神覚醒

最後の「ガメラ3 邪神覚醒」は、再生機器をPS5にかえた。PS5の備えるヘッドフォン用の3Dオーディオ「Tempest 3Dオーディオ」を試すつもりだった。PS5(通常版)はUHD BD再生に対応しており、UHD BD再生ではドルビーアトモス音声の再生も可能だから、ドルビーアトモス音声が「Tempest 3Dオーディオ」で立体的なサラウンドとして再生できれば素晴らしいことになると思ったのだ。だが、残念ながら現状は「Tempest 3Dオーディオ」はゲーム音声用のみで、UHD BD再生などでは適用されない。この点は、ぜひ今後のバージョンアップでの対応を期待したい。

というわけで、PS5で再生する必然性はなくなってしまったのだが、人気の高いゲーム機であり多くの人にとってUHD BD再生を身近に楽しめる機器であることも確かなので、PS5でUHD BD再生をしたインプレッションも交えて紹介しよう。

音声としてはAtmos音声をダウンミックスして再生していると思われるが、思った以上に包囲感が豊かだ。AVアンプのサラウンド化と同じ位音が四方から聴こえる感覚があるし、高さ感もそれなりにある。もしかすると、「Tempest 3Dオーディオ」ではないとしても、「Dolby Atmos for Headphone」のような技術が使われているのかもしれない。

ギャオスを追って現れたガメラが渋谷の街を破壊するシーンは、逃げ惑う群衆の声や降り注ぐ瓦礫の音がまさしく立体的に再現され、Atmosさながらの音場を楽しめた。一般的なヘッドフォンと比べてのメリットは空間の広がりが豊かで音場のスケールが大きいこと、セリフなどの前方の中央に定位する音がよりくっきりと定位することだ。一般的なヘッドフォンの場合、かなり立体的な空間の再現は見事なのだが空間自体がやや狭いのだ。さらにCZ-8Aでは高さ感だけでなく、後方の音の定位もしっかりと感じられる。強いて言えば真後ろに定位する音が曖昧になるくらい。また、空間の広がりは後方はやや狭く、正円の空間が再現されているのが正しいとすれば、少し横に長い楕円形の空間に感じる。

イリスが京都に襲来し、街を真っ赤に燃やすシーンも、街全体を見渡すシーンに相応しい広々とした音場が得られる。燃え広がる炎の音が間近に迫るので、怖さを感じるほどだ。京都駅の中でのバトルも見応えがある。ガメラは人間の視点から見上げるカットが非常に多いので、サラウンドも高さ感が加わると臨場感が増す。

55周年を記念したガメラのドルビーシネマ上映は、当初は「ガメラ1」のみの予定だったが、Atmosの音が予想以上に好評だったこともあり、「ガメラ2」、「ガメラ3」ともに発売を延期してドルビーアトモス音声としたいきさつがある。こうして見てみると怪獣映画のような巨大な物体が暴れる映画は、Atmosのような立体的なサラウンド音場が欠かせないと実感できる。

PS5のUHD BD再生は、5万円のUHD BD対応プレーヤーとしてみても十分な実力があり、低音がパワフルな迫力重視の音ではあるが、情報量を含めてきちんと再生できる。コントローラーが備えるヘッドフォン出力も音質自体は決して悪くはない。ただし、アンプ出力があまり高くないので、高級なヘッドフォンやイヤフォンなどアンプに負荷の大きいモデルは十分な音量が出せず、迫力が不足するのが唯一の難点。CZ-8Aも十分な音量は得られるが、怪獣映画となると爆発音や足音の迫力が不足しがちだった。配線などがやっかいになるが、ヘッドフォンアンプなどを併用した方がより楽しめるだろう。

ライバルはスピーカー。高価ではあるが、必ずしも高価ではない

CZ-8Aはあくまでもヘッドフォンだ。だが、比較する相手はスピーカーのような気がする。スピーカー再生のような聴こえ方は自然な再現と言えるが、日常的にヘッドフォンを使い、頭内定位の聴こえ方に馴染んでいる人には違和感もあるだろう。ヘッドフォンだと思って聴くと、聴こえ方があまりにも違って戸惑ってしまうのだ。ヘッドフォンとしてはかなり高価な部類に入るので、誰にでもおすすめできる製品でもない。その意味でも、競合する相手はスピーカーだと思う。ペアで20万円ほどとなるとスピーカーとしても高価ではある。だが、スタンドも不要だし、音を出すための場所を確保する必要もない。その部屋の音を調整する必要もない。そう考えると決して高価ではないとも言える。

家で過ごす時間が多くなりがちな今、質の高いオーディオ装置を手に入れたいと考える人は多いが、スピーカーによるシステムはなかなかハードルが高い。ヘッドフォンはそんな人にも適しているが、スピーカーのような聴こえ方が好ましいという人ならば、CZ-8Aは最適と言えるモデルだ。いずれにしても、ぜひとも一度はCZ-8Aの音を体験してみてほしい。ヘッドフォンを愛用している人には衝撃的な体験になるはずだし、ヘッドフォンが苦手という人にとっては待望のモデルと感じるかもしれない。ぜひお試しを。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。