鳥居一豊の「良作×良品」

第97回

音の良い完全ワイヤレスを探せ! FALCON PRO、Shure AONIC 215、JVC HA-XC90T

大人気の完全ワイヤレスイヤフォンは、高音質がトレンド

ここのところ、ヘッドフォン、イヤフォン関連では圧倒的と言える人気となっている完全ワイヤレスイヤフォン。Bluetoothによる無線接続で、しかもカナル型の左右のイヤフォン同士も接続するケーブルもないので、ケーブル配線のわずらわしさがまったくないことから、「完全ワイヤレス(True Wireless)」と呼ばれる。メリットは言うまでもなく、装着が軽快なこと。特に屋外で使用する場合、ケーブルの存在は案外厄介だ。こんな説明をわざわざするまでもなく、その使い勝手の良さで大人気となった。

登場した当初は、小さなイヤフォンにバッテリーまで内蔵するため、使用時間が短かいことや、十分な音量が得られにくいといった点もあった。同様にアンテナの設計も難しいので、音切れが生じやすいことも気になった。なにより、当然ながら価格はやや割高だった。しかし、使い勝手の良さや装着時に見た目がすっきりすることもあり、人気は着実に高まっていく。人気が高まれば、各社が参入して競争が始まる。上述の弱点も次々に解消されていった。

Bluetoothの仕様上、音楽データを圧縮して伝送することが原因の音質的な問題もかなり進歩した。LDACやaptX HDのようにハイレゾ品質で伝送できるコーデックも登場したし、イヤフォン自体の音質もずいぶんと向上した。なにより価格がどんどん下がっていった。登場初期は数万円が当たり前だったが、今では1万円を切る価格が一般的で、実売で5,000円ほどの製品もあるほどだ。

低価格化が進むと音質的な心配も出てくるが、ワイヤレス接続のためのチップセット(Bluetooth用のICだけでなく、D/Aコンバーターやアンプまで一体化されている)の性能が向上しているので、安価な製品でも思った以上に音質が良い。ほんのちょっと前の高級機よりも最新の低価格なモデルの方が音質を含めてトータルの性能では優れることもあるほど、進化のスピードが速い。今では、数万円もする高級モデルはノイズキャンセル機能を備えた高機能モデルが中心だ。

ワイヤレス接続用のチップセットが十分に進化した結果、音質だけでなく、バッテリー寿命も伸び、左右独立の無線接続を行なうなど、音切れへの対策も進んだ。ここまで状況が整ってくると、ワイヤレスの限界を超えた高音質を追求したモデルが登場してくる。これまでは、イヤフォン自体の音質を追求しても、ワイヤレス接続関連のチップセットの能力がボトルネックとなって、得られる成果は少なかった。が、チップセットの能力が向上した現在なら、より性能の優れたドライバーを採用することにより音質向上も期待できる。なにより価格競争が激化している今は、他社との差別化のためにもより高音質を追求する必要がある。

そんな高音質モデルの代表例が、Noble Audioの「FALCON PRO」だろう。昨年に最新のチップセットを搭載してリニューアルした「FALCON 2」に続いて登場した高音質モデルだ。およそ3万円という価格をみたときには筆者は少し心配になった。詳しくは後で紹介するが、機能的には十分とはいえノイズキャンセル機能を持たないモデルで、ノイズキャンセル機能付きが当たり前の3万円の価格帯で勝負になるのかと。実際に音を聴いてみたら、そんな不安は消し飛んだ。

完全ワイヤレスイヤフォンもいよいよ、本格的な高音質を追求する時代になったのだと実感したが、こうした動きは決してNoble Audioだけではなく、他にもいくつか高価格ながらもノイズキャンセル機能を持たず、音質で勝負するモデルが出てきている。これらのモデルを聴き比べるのは実に面白そうだ。というわけで、そんなモデルを集めて、実力を確かめるのが今回のテーマだ。

FALCON PRO、AONIC 215、HA-XC90Tを聴き比べる

まずはNoble AudioのFALCON PRO(実売約3万2,880円)。最大の特徴は、BA型ドライバーとダイナミック型ドライバーを組み合わせたハイブリッド型ということ。Knowles社の最新型BA「SRDD」は2つのドライバーが一体化したもの。そしてダイナミック型ドライバーは「T.L.T.Driver(Tri-Layered Titanium-coated Driver)」を採用。チタンコートされた3層構造の振動板を採用したものだ。3ドライバー構成も珍しいが、しかもサイズはFALCON 2とほぼ同じ。比べてみると形状が少し異なり、ハウジングも少し大きいと感じるが、比べてみてやっとわかる差だ。

もちろん、FALCON 2の機能性もすべて踏襲。チップセットは同じ「QCC3040」で、aptX Adaptive対応のほか、SBC、AAC、aptXに対応する。装着したまま外部の音が聞こえる「ヒアスルー機能」も採用。アンテナ性能の向上による音切れの低減、防水設計やイヤフォン単体で10時間の連続再生、IPX5相当の防水機能なども備えており、使いやすさや機能性の点でも高いレベルにある。

FALCON PROの本体と充電ケース。見た目の印象は「FALCON 2」と変わらないが、ハウジングの形状が少し異なっている。本体の操作ボタンもメカニカル式からタッチセンサー式となっている

続いては、Shureの「AONIC 215SPE」(実売約2万9,800円)。Shureは完全ワイヤレス型イヤフォンでも独特なアプローチをしており、最新モデルであるAONICシリーズも同様だ。それはイヤフォン本体自体は、有線タイプとしても発売されているモデルを流用し、そこにワイヤレス接続のためのユニットと充電用ケースを組み合わせたパッケージとなっている。このモデルはSE215SPEにワイヤレスユニットを組み合わせたもの。ShureはハウジングにMMCX規格のコネクターを採用しており、ケーブルの着脱が可能になっていることが特徴。これを活かしてワイヤレス化しているわけだ。

だから、MMCXコネクターを備えたカナル型イヤフォンならばイヤフォン部分を交換して使うこともできる。ShureとしてもAONIC 215SPEの他に、イヤフォンの上級モデルを組み合わせたものも発売しているし、ワイヤレスユニットだけの販売もしている。Shureのイヤフォンのユーザーはもちろん、MMCXコネクター採用の有線型イヤフォンを使っている人にも気になるだろう。そのため、耳に引っかけるようにして装着(いわゆるShure掛け)するワイヤレスユニットが装着された少し独特なフォルムだ。

SE215SPEと共通のイヤフォン部にはダイナミック型ドライバーを搭載。人気の高いモデルであり、実力の点でも定評がある。バッテリー寿命は連続再生8時間。Bluetooth5.0対応でaptX、AAC、SBCに対応。外音取り込み機能も備えている。

AONIC 215SPEの本体と充電ケース。イヤフォン部にはワイヤレスユニットがイヤーフックを介して接続されている。ケースが円盤形なのもユニーク

最後は、JVCのHA-XC90T(実売約1万7,250円)。重低音とタフに使えるボディを備えたXXシリーズの最上位モデル。重低音サウンドが魅力のモデルで、ダイナミック型ドライバーの口径は12mmと大きめ。独立した音響チャンバーを備えるほか、独自の形状の「エクストリームトルネードダクト」、「エクストリームディープバスポート」を備え、深みのある重低音サウンドを実現している。

タフボディの実現のため、ハウジングはやや大柄。そのぶん、大容量のバッテリーを内蔵しており、本体のみで約15時間の連続再生が可能。そして、ラバープロテクターを装備したハウジングは、IP55相当の防水・防塵を実現。アウトドアでのスポーツ時でも安心して使えるタフな設計となっている。外音取り込み機能(タッチ&トーク機能)も備え、音声コーデックは、aptX、AAC、SBCに対応する。このほか、対応するスマホとの接続時に左右独立伝送をする「Qualcomm True Wireless Stereo Plus」にも対応。アンテナには高性能LDSアンテナを採用し、接続安定性を高めている。

また、充電ケースもアルミボディを採用した頑丈な作りになっている。サイズはやや大きめだが、金属製リングが付いていて、服やかばんなどに装着できるなど、本体だけでなく充電ケースもアクティブ仕様だ。

HA-XC90Tの本体と充電ケース。イヤフォン本体も充電ケースもサイズは大柄。デザインも重厚なデザインになっている。作りは頑丈そのもので安心感があるが、やや重い

3つのモデルを比べてみると、思った以上にそれぞれに違いがあるのがわかる。もっともオーソドックスなものはFALCON PROとなり、充電ケースを含めたサイズも一番コンパクトだ。いずれも連続再生時間は十分に余裕があるのでひんぱんに再充電をする必要もなく、ケースが多少大きくても問題はないだろう。装着方式が独特なのはAONIC 215SPE。耳に引っかける装着は好みが分かれるが、外れにくさや安定感では一番有利とも言える。このあたりは使い勝手にも影響するので、イヤフォン本体だけでなく、充電ケースも含めてよくチェックするといいだろう。

3つのモデルの充電ケースを並べてみた。一番大きいのは、AONIC 215SPEのもの。HA-XC90Tのものは大柄だが細身の立方体なので邪魔にはなりにくいだろう。どちらもFALCON PROのものと比べると大柄だ
充電ケースに装着した状態。HA-XC90Tのものはスライド式で展開する方式で、ロック機構も備える。AONIC 215SPEのものはジッパーで開閉する。不意な開閉が生じない安心感はあるが開け閉めは少し手間がかかる。FALCON PROはごくごくオーソドックス
HA-XC90Tの充電ケースに装着された金属製リング。見た目もごついが、強度もかなり高い。充電用の端子は反対側にあり、端子はUSB-C
FALCON PROの充電ケース。充電用の端子はUSB-Cでケースの後ろ側にある
AONIC 215SPEの充電ケースは底側に充電端子(USB-C)がある。バッテリー残量などを知らせるインジケーターもある

本格的な試聴の前に、屋外で使用して装着感や音切れの度合いをチェック

まずは、仕事のために都内まで出たときに、屋外での使い勝手を試してみた。徒歩での移動中、乗り換え線の多い駅内とプラットフォーム、電車内などでチェックしている。密集しやすい場所に長時間とどまって試聴取材を行なうのを避けたので完全に同じ場所、同じ条件で試したわけではないが、日常的な通勤や通学などの移動での使い勝手の違いは確認できたと思う。そして、移動中の音楽再生は室内での再生するときの音量よりも音量を小さくして聴いている。これも、移動中の安全に配慮したため。

装着感はいずれもカナル型なので、3モデルともに大きな違いは少ない。FALCON PROはもっともコンパクトなので耳にすっぽりと収まるし、耳の外へのはみ出しも少なく邪魔になりにくい。AONIC 215SPEもほぼ同様。ワイヤレスユニットは耳の裏側にぴったりと収まるし、ホールド感が高まるので歩きながらの移動ではもっとも安定感があった。屋外ではマスクを装着するうえ、筆者はメガネも使用するので、耳にいろいろとモノを引っかけることになるのは少々煩雑だった。イヤフォンの着脱も少々手間がかかった。その点、気になる部分はあるが装着してしまえば耳が痛くなるとか、違和感を感じるほどではない。

HA-XC90Tは耳にはすっぽりと収まるが、耳の外へのはみ出しはややあり、髪をかきあげるような動作でイヤフォンが手に当たることはある。すぐに外れてしまうようなことはないし、装着感もしっかりとしているが、なによりも明らかにイヤフォンを装着していることが他者からわかるので、ファッションとの相性やデザインの好き嫌いによる影響は大きいかもしれない。

徒歩での移動中は、意外なことに案外音切れが生じやすい。特に付近を車が通り過ぎるときに音切れが生じやすいと感じている人は多いだろう。音切れが生じる頻度は、HA-XC90Tがもっとも少なく、その次がFALCON PRO。AONIC 215SPEは他の2つよりも音切れがやや多いと感じた。いずれも、音切れが多すぎてイライラさせられるほど頻繁に音切れが発生することはなく、実用上は不満のないレベル。AONIC 215SPEは一度音切れが発生すると何度か連続して発生するので、音切れが多いと感じた。

移動中の身体や頭の動きでイヤフォンがずれたり、外れそうな不安を感じることは3モデルともになし。このあたりは最新のモデルとしては当然。耳に触れる部分の形状がよく工夫されていてしっかりとフィットしている。耳全体をしっかりとホール度するAONIC 215SPEの安定感は別格で、これならばスポーツのような激しい動きでもまったく心配はないように感じる。

電車内や駅のプラットフォームなど、音切れが発生しやすい場所での頻度も、路上での移動中を大きく変わらなかった。HA-XC90Tは音切れに強いのは、アンテナ設計の優秀さもあるだろうが、ハウジングが大きめであることも有利に働いていると思う。逆にもっともコンパクトながらそれに次ぐ音切れの少なさだったFALCON PROもアンテナ設計は優秀だ。AONIC 215SPEはそれらに比べるとやや差を感じた。音切れは少なければ少ないほど快適なので、今後の改良を求めたいところ。

音質については、音量を控えているのでじっくりと音質をチェックしてはいないが、いずれのモデルも小音量で音が痩せたり、外部の音で音楽が聴きずらく感じるということはない。FALCON PROは特に中高域の情報量の豊かさがよくわかるし、AONIC 215SPEはリズムがよく弾む生き生きとした鳴り方をするなど、それぞれの個性は小音量でもしっかり楽しめる。

なかでも、別格と言えるほど印象が良かったのが、HA-XC90T。理由は低音が充実しているためだ。重低音を追求しただけあって小音量でも低音感が一番しっかりしており、小音量でも聴き応えのある音になる。重低音を過度に強調したような、不自然なバランスになっているわけではないので、音楽のジャンルによる相性の良し悪しもない。非常に質の高い低音だ。屋外でのテストのような音量を控えた鳴らし方では、もっとも音楽を聴いていて楽しかった。使い方にもよるが屋外で使用することが多い人にはHA-XC90Tはおすすめだ。

室内でじっくりと試聴。試聴に使ったのは「May'n/15Colors」

ここからは、室内での試聴。プレイヤーにはAstel&KernのSP1000を使用し、3モデルともaptX接続だ。試聴では、個人的にも大好きなアーティストであるMay'nのデビュー15周年アルバム「15Colors」の3枚を聴いている。声をクローズアップし、彼女自身が出演しているミュージカル「生きる」の音楽も手掛けたジェイソン・ハウランドが全曲プロデュースをした「15Colors -unplugged-」。新たな挑戦をテーマとし、さまざまなシーンで活躍する音楽プロデューサーとの多彩なコラボが行われた「15Colors -nu skool-」。そして、彼女の原点でもあるダンスミュージックを中心とした「15Colors -soul tracks-」の3枚で、それぞれに個性の異なるアルバムに仕上がっている。個性の異なる3枚のアルバムを同じく個性の異なる3つのイヤフォンで聴き、それぞれのアルバムにもっとも合うモデルを選ぶというのが今回の試聴の狙いだ。

May'nを初めて知ったのは、「マクロスF(フロンティア)」に登場した歌姫のひとりであるシェリル・ノームの歌唱を担当していいたことがきっかけ。ダンサブルな曲から情感あふれるバラードまで豊かに歌い上げる声にすっかりハマってしまった。その後、アニメソングの主題歌も数多く歌ったほか、前述の通り最近ではミュージカルへの出演など活躍の幅を広げている。

「15Colors -unplugged-」

まずは「15Colors -unplugged-」から聴いた。生演奏と歌の構成で情感豊かな曲が揃っているのは、前述のミュージカルの音楽を担当したジェイソン・ハウランドが全曲プロデュースをしているためだろう。ちなみに歌詞はすべてMay'nが担当しており、彼女の今の気持ちがもっともよく現れたアルバムとも言える。

「Love,Close to me」は冒頭のピアノと歌だけのシンプルな構成で、恋心をせつせつと歌っている。FALCON PROでは、歌声の表情が実に豊かで、ピアノの音や後半で加わるヴァイオリンの音色も実にナチュラルな再現だ。歌声はもちろん、各楽器の音を正確かつ表情豊かに描くという点ではFALCON PROは一番。中高域の情報量はワイヤレス接続とは思えないレベルだし、ドラムなどのリズムもしっかりと力強く鳴る。

これが、AONIC 215SPEになると、声の抑揚がよく伝わる。ディテールの細かさはFALCON PROにやや劣るが、生き生きとした声でエネルギー感豊かな鳴り方だ。低音はややタイトだがリズムはよく弾み、力強さも十分。まさしくライブ感のある音で、ステージでの演奏を聴いているような感じだ。

HA-XC90Tは声の厚み。低音はパワフルだがアコースティック主体のしっとりとした曲でも過剰に感じることはなく、不自然さのないバランスだ。中低域が充実しているので、声がしっかりと立ち、落ち着いた歌唱でも力強さをしっかりと感じることができる。重低音追求型のモデルだと個性が強すぎるイメージがあるが、さすがはXXシリーズのハイエンドモデルだけあって、落ち着いた曲調のものを聴いても十分楽しめる音になっている。

同じアルバムから「Sing Of Dreams」を聴いた。FALCON PROは冒頭のハミングからタメをきかせた歌唱の表情が実に豊かだ。ピアノの音や弦楽器の音色など、個々の音の再現性はもっともリアルで精密。他と比べるとやや大人しい音とも感じるが、再現としてはもっともニュートラルで色づけの少ない再現。Noble Audioの高級イヤフォンに通じる本格的なHiFiサウンドに仕上がっていることがわかる。

AONIC 215SPEは、声の強弱がしっかりと出る。序盤の抑え気味の歌唱とサビの情感を込めた歌声の張りがしっかりと描き分けられていて、目の前で歌っているような存在感がある。後半で入ってくるドラムはやや軽い感触だが切れ味のよい鳴り方で、タメの効いたリズムがしっかりと出る。演奏楽器が増えてくると細かな音の描き分けが少し甘くなるところはあるが、勢いのある鳴り方は気持ち良い。

HA-XC90Tは、他と比べると声の表情や強弱の再現が足りず、もう少し情感が出てほしいと感じる。芯の通った厚みのある歌声なのだが、もう少し繊細なニュアンスが欲しくなる。ドラムのリズムはパワフルでしかも切れ味も十分。低音がしっかりしているのでリッチな音ではあるが、しっとりとした曲では本来の持ち味が生かし切れていないと感じた。

「15Colors -nu skool-」

今度は、YouTubeなどで注目を集めた個性豊かなプロデューサーと組んだ「15Colors -nu skool-」。一番バラエティーに富んだ曲が揃っているし、今までとはひと味違うMay'nの姿がわかるアルバムだ。

「春夢」は、琴をはじめとした和楽器をフィーチャーした楽曲で、独特の華やかさがユニークな曲。FALCON PROは、そんな和楽器の音を正確に再現するし、三味線の音色もそれらしい再現だ。ドラムスの音もなかなか力強く、深い響きもしっかりと出す。情報量は極めて多いが、それでいて分析的な面白みのない音にはならない巧みさは、ジョン・モールトン氏のチューニングの上手さだと思う。

琴や三味線といった音をしっかりと立たせ、色鮮やかで鮮度の高い音で描いたのがAONIC 215SPE。和風のメロディーでありながら、独特な華やかさを感じる音は、曲の雰囲気をしっかりと出していると思う。この曲は歌詞も方言を含んだもので、歌唱でもイントネーションの違いがきちんと表現されているが、そのニュアンスがもっともよく伝わったのもこのモデルだ。独特のリズム感やノリの良さがしっかりと出るのもAONIC 215SPEの持ち味だろう。

ノリのよいリズムを刻む低音のパワーに驚くのがHA-XC90T。電気的に低音を増強するBASS Boostもあるが、ダンス系の楽曲をノリノリに楽しむというのでなけば、使う必要はないと思う。これだけ低音がパワフルなのに、中低域が曇って不明瞭にはならないし、中高域はキリっと音の輪郭を立てているので、この曲の華やかさもしっかりと出る。ニュートラルで忠実志向の他の2モデルと比べると、ほどよくドンシャリ気味で演出された音に仕上がっているが、クセっぽくならず上手くまとめている。

今度は「かわりゆくもの」。ポップな曲調で、歌唱自体がリズミカルで軽快で楽しい曲だ。FALCON PROはノリの良さもしっかりと出すし、テンポ感の微妙な変化もきちんと再現するが、バランスを整えて上品に鳴らしているような賢さも感じる。曲の持ち味を引き出す表現力も十分なのだが、出来が良すぎて何か物足りないという、欲張りな感じも覚える。

ノリの良さやリズム感のよい曲を鳴らしたら一番なのがAONIC 215SPE。他と比べて高域に少しアクセントがあり、それが元気の良さにも繋がっているのだが、そこが楽しい。ギターやベース、ドラムの鳴り方もノリノリだし、リズム感の良さがしっかりと出ている。若干低音はやや軽く感じるのが物足りないが、勢いの良さと切れ味で不満を感じさせない。声も勢いの良さやリズム感がよく出ているが、終盤で力一杯歌い上げる感じの充実感も実によく出ている。このエネルギー感たっぷりの屈託のなさが持ち味だろう。

HA-XC90Tは、ベースやドラムのリズムをパワフルかつ重厚な音で刻み、テンポも弛まないので、実に聴き応えがある。テンポの速い歌唱は軽く感じやすいが、中低域が厚いので軽薄な感じにならないのもよい。一聴して低音に個性のある音だとわかるのだが、ベースやドラムが変に突出することもなく、気持ち良く鳴らせるうまいバランスをキープしている。

「15Colors -soul tracks-」

最後のアルバムは「15Colors -soul tracks-」。ソウルフルなダンス系の音楽を集めたアルバムだ。May'nの魅力のひとつは、どちらかというと高域が強めでコケティッシュな魅力の声なのに、一転してパワフルな声の伸び、力感たっぷりの堂々とした歌唱までこなしてしまう幅の広さ。彼女の原点でもあるし、個人的にもこうしたパワフルなのに可愛い声の魅力が好ましかったこともあり、彼女の魅力がよく出たアルバムだと思っている。

FALCON PRO

FALCON PROは、「CAN NOT STOP」のビートの効いたリズムをしっかりと鳴らすし、ドラムスの力強い鳴り方にも不満はない。とはいえ、どこか上品な、都会的に洗練された曲として再現してしまうところが持ち味でもあるだろう。原曲自体も本場のブラックミュージックのような真っ黒さに満ちているわけではないが、そのあたりの雰囲気や気配が漂うところが彼女の魅力なので、個人的にはちょっとお洒落すぎると感じてしまう。

AONIC 215SPE

AONIC 215SPEになると、黒っぽさというか、熱気や汗を感じる音になる。他と比べて低音域の伸びが及ばないところがあるので軽い感触になってしまうが、リズム感の良さノリの良さはとてもいい。歌声もリズム感豊かなことに加えて、コケティッシュな声がよく出ていて気持ちがいい。

声の可愛らしさだけでなく、ややハスキーな感じまで絶妙に表現するのがHA-XC90T。ダンス系の音楽との相性は抜群にいい。リズム感に加えて力強さや重量感もでるので、躍動感のある音になる。強いていえば、他と比べて音がしっかりと立つタイプなので相対的に音場の深さなどは不足しがちだが、そういった弱みが気にならない魅力がある。客席ではなくステージに立って一緒に踊っているような音が間近に迫ってくるような感覚だ。

「melodies」は、ややスローテンポのムーディーな曲だ。FALCON PROで聴くと、ゆったりとしたビートは力強いが、どちらかというと声の可愛らしさや高い声のスムーズな再現の印象が強くなる。しっとりとしたムードの曲だと、なおさら洗練された感じが強まってしまう。お洒落に聴きたい曲でもあると思うので、決して悪くないのだが、他のモデルが熱気やノリの良い再現が上手なので、余計に上品な音に感じてしまう。

AONIC 215SPEは、高い声を出したときに少しシャカシャカした感じになるのが気になるところもあるが、そこがこうしたスローなダンス曲に感じるスモーキーな感じに繋がっているとも感じた。黒人女性とまではいかないが、白人女性のソウルフルな感じに近づいている。低音は最低域の伸びはやや足りないが、たっぷりとしたドラムの量感はなかなかしっかりと出ていて、リッチな感触が曲の雰囲気ともよく合う。

HA-XC90T

決定版と言えるのは、やはりHA-XC90Tだ。ゆったりとしたドラムは実にグラマラスだし、シンセサイザーによるメロディーもゆったりと包まれるような感じになる。それでいてベースはなかなか小気味よく弾むなど、曲の持ち味を存分に楽しめる。ダンスミュージック以外でも、決して相性の悪さを感じない仕上がりだと感じていたが、ダンスミュージックとなる抜群に相性が良い。切れ味のいい低音も、ボディ感たっぷりのリッチな低音もしっかりと鳴らし分けるのもうまいし、実によく仕上げられていると実感する。

完全ワイヤレスイヤフォンでも、音質の良さ、個性の違いを見極める時代

FALCON PROをはじめ、AONIC 215SPE、HA-XC90Tの3つのモデルを聴いて、完全ワイヤレスイヤフォンもかなり優れた音質になったと改めて思う。FALCON PROは初めて聴いたときにはその音の良さにかなり驚いたし、もしかしたら有線型イヤフォンに勝つとはいかなくても、同等の音が出ているのではないかと思ったほどだ。実際にはBluetoothを使ったワイヤレス接続では超えることのできない差があるのは確かだが、単独で聴いている限りは絶対的な音質の差はほとんど気にならないレベルにあるとは思う。

今回の試聴でも、FALCON PROは情報量の豊かさ、ニュートラルで正確な再現など、本格的な実力の高さがよくわかった。ワイヤレス型は便利だが、どうしても音質が物足りないという人にはぜひおすすめしたい。今回のアルバムで一番マッチしたのは「15Colors -unplugged-」。声の表現力だけでなく、アコースティック楽器の音色や質感の再現がもっとも正確だったこと。色づけのないありのままの再現は、非常に出来が良い。

AONIC 215SPEは、低音域の伸びや再現性で他のモデルと差を感じたが、ライブ感のあるノリの良さは大きな魅力だと思う。今回の試聴では上級モデルは価格差が大きいので試していないが、イヤフォン部分を上級機のものに変更すると大化けするような気もする。一番相性が良かったアルバムは「15Colors -nu skool-」。個性豊かな楽曲の持ち味をうまく引き出した表現力、熱気やノリの良さがしっかりと出る鳴り方は大きな魅力だと思う。

HA-XC90Tは、「15Colors -soul tracks-」で決まり。重低音タイプの本気を見たというか、ダンスミュージックとの相性の良さには思わず笑ってしまうほどだ。それでいて、アコースティック系の音楽でも不自然なものにならないし、低音もうまくチューニングされているので、他のジャンルの音楽もきちんと鳴らすことができる。そして、音量を控えた再生でも低音がしっかりと鳴るので、屋外での満足度が高いこともポイントと言えるだろう。

これまでの完全ワイヤレスイヤフォンは、上等ではない素材を調味料で味付けして美味しくした料理のようなイメージで、音の個性というよりも、ワイヤレスの弱点をどう料理しているか、その上手さがポイントのように感じていた。だが、今回聴いた3モデルや、今後出てくる最新の完全ワイヤレスイヤフォンは、十分に質の高い素材を使い、その持ち味、素材の良さをどう活かして仕上げるかがポイントになってくると思う。それはつまり、有線型イヤフォンの音の仕上げ方とほぼ同じということだ。

それだけに、単なる高性能では他より抜きん出ることは難しいだろう。本質的な意味での音の良さを追求する必要があるはず。製品を選ぶユーザーにとっても、それぞれの音の個性を把握し、好みに合うものを選べる時代になったと思う。これは歓迎すべきことだ。こうしたモデルが登場しはじめると、当然ながら各社も音質を追求した製品をどんどん発売してくるだろう。完全ワイヤレスイヤフォンはますます面白くなってくるはずだ。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。