鳥居一豊の「良作×良品」

第98回

聴かせてもらおうか、その性能とやらを! Benchmark超高性能アンプで「TENET」

左からプリアンプ「LA4」、パワーアンプの「AHB2」×2台

圧倒的な性能でしかもサイズはとてもコンパクト

今回取り上げるのは、ベンチマークのセパレートアンプ。プリアンプの「LA4」(実売約33万1,000円)、パワーアンプの「AHB2」(同約39万8,000円)だ。高級機の範疇に入る価格帯のモデルだが、個人的にとても興味があったので取り上げることにした。

ベンチマークは1983年にスタート(法人化は1985年)したアメリカのメーカーで、現在のラインナップはアンプのほか、D/Aコンバーターの「DAC3」、ヘッドフォンアンプの「HPA4」などがある。業務用のオーディオ機器からスタートしたメーカーということもあって、優れた性能や信頼性の高さを追求していることが特徴で、筆者が興味を持った理由もその圧倒的な性能の高さゆえだ。

もうひとつのポイントは、横幅220mm(LA4)ほどのハーフサイズとなっていること。従来からの横幅430mmほどのコンポーネントが悪いわけではないが、アンプとなると高さや奥行きも大きく、扱いにくい。コンパクトで、高性能で、しかも音も良かったら、完璧ではないか。性能にも驚いたが、そのコンパクトさでそれを達成していることには衝撃さえ覚えた。

実際のところ、DAC3やHPA4などを使ったシステムならばデスクトップ環境でも設置できる大きさだ。自分も昔は“同じ値段ならば、大きくて重い方が(見映えが)いい”と感じていたこともあったが、今はあまり気にしていない。現代日本の住環境を考えると、アンプに限らずオーディオ機器はもっと小さくていいと思う。

画期的な新技術THX AAA Technologyを採用したパワーアンプ、AHB2

まずはパワーアンプのAHB2から概要を紹介していこう。コンパクトなサイズだから、現在注目度が高まっているD級あるいはデジタルアンプと思われそうだが、AB級のアナログアンプだ。これに、THXの特許技術であるAAA(Achromatic Audio mplifier)テクノロジーを採用したことが最大の特徴で、なんとSN比が132dB、周波数特性は0.1Hz~200kHz(+3dB)、全高調波歪み率(THD+N)-118dB以下、出力は100W+100W(8Ω)、190W+190W(4Ω)、380W(8Ω・モノラル動作時)と、かなりの高性能を実現している。

パワーアンプ、AHB2の前面。カラーはブラックで、ヘアライン仕上げのフロントパネルとなっている。フロントパネルの横幅はLA4と同じだが、左右にヒートシンクがあるため横幅は280mm
AHB2の背面。入力はバランス入力のみでゲイン切り替えは3段階。スピーカー端子は一般的なコネクターが上部にあり、下部の中央にはスピコン端子もある。ステレオモードとモノラルモードの切り替えも可能

特に、アンプのSN比が132dBというのは他にはあまりない性能だ。ベンチマークによれば、自社のDAC3などのD/Aコンバーターが130dBを超えるSN比を持っているのに、100~110dB程度のSN比が一般的なアンプでは、本来の性能を発揮できない。そのために自社のD/Aコンバーターの性能をフルに発揮するためにAHB2を開発したという。これはまさしくその通り。現代のアンプが抱える問題点のひとつと言えそうだ。

また、入力される信号の周波数によって変わるスピーカーのインピーダンス変動による歪み率の増加、AB級アンプの抱えるクロスオーバー歪みの問題、高負荷時のリニアな電源供給など、問題点はいくつもあるが、それらを解決するのが、THX AAAテクロノジー。

これはフィードフォワード補正回路を備えたアンプ回路のこと。一般的なアンプのほとんどに使われているフィードバック技術は、出力信号の一部を入力側に戻すことで増幅時に発生する歪みなどを補正する技術だが、位相の遅れなどフィードバックの多用による弊害もある。

フィードフォワードは増幅時に発生する歪みをあらかじめ予測しておいてから補正するという発想。このため、信号増幅を行なうアンプ回路と歪みを補正する信号を生成する補正アンプ回路があり、出力時に信号が合成されることで歪みをなくすという仕組みだ。これにより、AB級アンプの抱えるゼロクロス歪みをほぼ解消し、負荷インピーダンスの変動による歪みの発生も除去できるという。

そして、132dBというSN比を達成するために、ノイズの少ないスイッチング電源を採用。共振型スイッチング電源を採用しており、スイッチングノイズの発生を排除している。しかもスイッチング周波数は可聴周波数より高い周波数で動作するので、機械的なハム音の発生もない。スイッチング周波数が高くなるほど磁界強度は低くなるので、トランスやコイルを小型化できる。AHB2ではトランスやコイルなどの部品はフェライトコアに覆われていて、磁束漏れの影響も排除していると思われる。このようにオーディオ用として専用に設計された共振型スイッチング電源を採用することで、アナログ電源よりも低ノイズで、しかも小型化も可能にしているというわけだ。

優れた低ノイズだけでなく、効率の良さでも注目だ。大電力を安定して供給できるスイッチング電源に加え、THX AAAテクノロジー搭載のアンプ回路は、クロスオーバー歪みをある程度解消するためのバイアス電流も極端に少なくすることができるので、AB級アンプでありながら、D級アンプに近い高効率なアンプとなっているという。

AHB2の高性能を活かすためのプリアンプ「LA4」

プリアンプの「LA4」は、AHB2の性能を活かすためのプリアンプだ。現代のオーディオ機器は民生機器でも2V(アンバランス出力)と高出力で、D/Aコンバーターの多くはボリューム機能も備えるので、プリアンプなしのパワーアンプ直結でも問題なく動作する。とはいえ、いくつもの機器を使う場合、いちいち配線をつなぎ替えるのは面倒だし、ボリューム調整も一括して行ないたい。というわけでプリアンプが必要になる。だが、入力切り替えやボリュームは音質劣化(ノイズや歪みの発生)の原因でもある。そこがプリアンプ設計の難しさだという。

AHB2はもともとDAC3などのSN比をフルに活かすためのパワーアンプであるから、LA4も高いSN比を実現する必要がある。そこで採用したのが信号経路の完全リレー制御。ボリューム機構は最高級金接点コンタクトリレーと左右独立構成256ステップのアッテネーターを採用。入力切り替え、ミューティング機構もリレー制御だ。これにより、SN比137dB、歪み率0.00006%の回路を実現。帯域幅は0.01Hz~500kHz以上の広帯域となっている。

ちなみに、ヘッドフォンアンプのHPA4とは兄弟機的な関係で、両者のプリアンプ回路はほぼ同じ。これに加えて、THX AAAテクノロジー採用のヘッドフォンアンプ回路を追加したのがHPA4となる。スピーカー再生だけでなく、ヘッドフォン再生も行なう人はHPA4を選ぶといいだろう。

プリアンプ「LA4」の前面。大きめのディスプレイを備えているのが印象的。カラーはシルバーで、こちらもブラックのモデルが選べる

リレー制御ということで、操作の感触も独特だ。ボリュームを回せばカチカチと動作音がする。抵抗切り替え型ボリュームや電子ボリュームとはまったく異なる感触だ。入力切り替えでもミュート操作でもカチッとリレー回路が動作しているのがわかる。

意外なのは大きめのタッチパネル式カラーディスプレイが装備されていて、ボリューム表示をはじめ、入力設定やオートモードの設定など、さまざまな設定が行なえるようになっていること。便利な反面、ディスプレイ周りのノイズの影響が気になるが、ディスプレイの消灯や輝度設定も行なえるし、当然ながらノイズ対策は徹底していると思われる。そうでなければ、137dBなどというSN比は達成できないはずだ。

LA4の背面。入力はバランス2系統、アンバランス2系統で、出力はバランス、アンバランスが各1系統。バランス出力には左、右、モノの3系統がある。このほか、D/Aコンバーターなどとの連動が行なえるトリガー端子もある
オプションで用意されるリモコン。LA4の操作のほか、DAC3などの操作にも使える
LA4のディスプレイ表示。通常の状態で入力名と音量が表示されるほか、バランス調整ボタンやミュート、-20dB操作が可能。タッチ操作で快適に使える
歯車のアイコンを押すと、設定画面となる。ディスプレイ設定、入力設定などがある
ディスプレイ設定の画面。画面輝度は通常時、ディマー時の輝度を細かく調整できる
入力設定の画面。入力名の変更、接続していない入力を使用しないようにすることもできる
セッティングの画面。オートワーオンやトリガー端子を使ったリモート設定などが行なえる

今回はベンチマーク製品の総輸入元であるエミライの好意で、プリアンプのLA4を1台とパワーアンプのAHB2を2台お借りした。アンプのテストはスピーカーなどとの配線もさることながら、アンプ自体が大きく重いのでなかなかしんどいのだが、ベンチマークのアンプはコンパクトサイズで重量も5~6kgほど。ふだん使っているアンプを片付ける方が大変なくらいだった。置き場所に困らないこのサイズなら、各スピーカーをモノラルアンプで鳴らすという無茶な夢も少しばかり現実に近づくような気もする。決して安価な製品ではないので、そちらの壁ははるかに高いが。

肝心なのは音だ。果たしてその実力は?

前半の解説では、あえて普段はあまり具体的に紹介しないスペックを記載しているが、果たしてどんな感想を抱いただろうか。スペックの値は非常に優秀だし、そのスペックを求めた理由も明快で現代のオーディオ機器の実力を引き出すためには欠かせないものだということには賛成してもらえるだろう。ちなみに、エミライのベンチマーク製品を紹介するサイトでは、THA AAAテクノロジーをはじめ、技術的な解説が非常に細かく掲載されているので、興味のある人は読んでみてほしい。

だが、オーディオはスペックだけでは語れないと思っている人もいるのではないか。性能も重要だが、なにより音が良くなければ。と考える人は多いだろう。実際、筆者もそこが一番肝心だと思う。

特性の優れたIC(オペアンプ)よりもディスクリート回路のオーソドックスな半導体アンプの方が音質が優れることが多いのは事実。ちょっと大げさな表現になるが、真空管アンプの独特の音を聴いたらスペックなんてあまり気にならなくなる。いろいろな意見があるし、趣味の世界なのだからそれでいい。

また、パワーアンプの最大の仕事はスピーカーを鳴らし切ることであり、それができるのであれば方式や技術、性能はあまり関係がないとも言える。この場合、重要になるのは出力と負荷インピーダンス、ダンピングファクターあたりだろうか。

今回の試聴で気がついた一番大事なことは「スピーカーを鳴らし切った。それってどんな音?」ということだ。いろいろと考えた結果、スピーカーを鳴らし切ったという感触は一人一人でまったく違うもので、答えは人の数だけあるというのが結論。当たり前の話だ。自分自身、アンプなどの評価記事で「スピーカーをよく鳴らし切っている」などと安易に書いていたが、これでは何も伝わらないとわかった(ニュアンスは伝わると思うが)。少なくとも鳴らしたスピーカーをはじめとする再生環境を明かすべきだし、低音が出ているなど、きちんと根拠を示す必要があると反省。

AHB2については、「予想を超えた音がした」、「B&W Matrix801 S3からこれ以上の音は出ないのではないか」と感じたあたりが、これからスピーカーを完全に鳴らし切ったと評価する理由になる。これから、そこを詳しく紹介していこう。

いつものアンプの場所にLA4とHPA4を設置。ちょっとはみ出しているが、フルサイズのアンプ用のオーディオボードに2台並べて置くことができた

というわけで、まずは試聴に使った機器を紹介しよう。基本的には筆者の視聴室のいつもの機器だ。スピーカーはB&W Matrix801 S3。これをバイワイヤリング接続としている。AHB2はまずは1台使いで、ステレオモードで使用。ゲインも一番低いローゲインとしている。D/AコンバーターはCHORDの「Hugo2」をアンバランス接続で使用。音源の再生はUSB接続したMac Miniで再生ソフトはAudirvana Plusを使用した。組み合わせた機器がスペック的にも実力的にも決して十分でない点についてはご容赦いただきたい。ちなみに試聴室は17畳強の広さがあり、左右は5mほど、前後は7mほど、天井の高さは2.6m。スピーカーと視聴位置の距離は2.5m。

まずは音楽を聴いた。聴き慣れたクラシックなどを聴くと、最初に気付くのは「静かなこと」。当然ながら音量自体はかなり大きめだ。明らかに音に雑味が少ない。クラシックに多い、ピアニッシモの弱音での演奏も細かな音まで明瞭に聴こえるし、休止符での一瞬の無音がとても静かだ。音場の見通しは奥行きがぐっと深くなった感じで、奥にある大太鼓やティンパニがドーンと音を出すときの、音の芯とホールに反響した響きがよくわかる。

これはもう、SN比の良さ、歪みのなさがそのまま現れたような音だと感じた。細かな音が増えて情報量がとても多いし、音場感や音の広がりも見事なものだ。音場感については、CD時代の名機であるB&W Matrix801 S3では、現代のハイレゾ音源が醸し出す音場感や空気感の再現はやや厳しい。と、今までもなんとなく感じていた不満にはっきりと気付かされてしまった感覚があるほど。

筆者宅のB&W Matrix801 S3

その一方で音色としては色づけのほとんどないニュートラルというよりもストレートな音で、ふだん使っているアンプ(アキュフェーズ A-46)の艶やかさやなめらかさのない、どちらかというとあっさりとした音に感じたほど。飾り気のまったくないそのままの音という印象だ。これについては誤解の無いように補足すると、アンプの音色としては個人的には最上級の表現に近い。パワーアンプはスピーカーの電源部だと思っているし、「ストレート・ワイヤー・ウィズ・ゲイン」という金言もあるように、筆者の個人的な考えではアンプの音色は無色透明でいいと思う。そこも含めて、直感的に「これがB&W Matrix801 S3の音だ」と思い出した。

筆者は若い頃に小学館のFMレコパルやサウンドレコパル、サウンドパルの外部スタッフとして働いていた時期があり、その時のリファレンススピーカーのひとつがB&W Matrix801 S3だった(だから愛着はひときわ大きい)。その当時に組み合わせていたマークレビンソンNo.23.5Lなどで聴いた音を思い出したような感覚があった。もちろん、まったく同じ音というわけではない。実際に比較試聴すれば全然違う音だと思う。曖昧で申し訳ないが、鳴り方というか出てきた音の雰囲気に近いものを感じた。ようやくB&W Matrix801 S3を鳴らし切ることができた、とも。

とはいえ、筆者自身は決してB&W Matrix801 S3を全盛期であった当時の音を再現したいわけではない。これはこれでひとつの面白さではある。アヴィロードスタジオで使われていたときと同じ機材で鳴らしてみたいとか、ヘルベルト・フォン・カラヤンが自宅で聴いていたときのシステムで鳴らすとかには、少し憧れる。だが、自分としてはあくまでも現代の音源を鳴らしたいし、映画のサラウンド再生が主戦場でもあるので、現代的な音の再現を追求したい。その意味でも、B&W Matrix801 S3が本領を発揮していると感じた。

話をベンチマークに戻そう。上記の感想を抱いた理由は低音の再現だ。スピーカーを鳴らし切るという意味でも、筆者が重視する点である。B&W Matrix801 S3の重たいウーファーをしっかりと駆動できれば満足というわけだ。だが、その低音の鳴り方は予想とは少し違っていた。決して凄みのある音ではないのだ。ローエンドの伸びはかなりのもので、自宅の試聴室はアクション映画を見ていてサブウーファーが全開で鳴ると床が共振して震え出すのだが、801で、いつも聴いているクラシック曲で床がわずかに震えたのには驚いた。

音の芯は太くがっちりしているが、それでいて量感もある。低音の鳴り方が優れたアンプの多くは、量感を豊かに響かせるタイプと音の芯をガッチリと感じるタイプとに別れると思うが、その両方を伴うものが最良なのが当たり前。だが、そんなアンプはあまりない。AHB2はそんな低音が出た。ただし、バランスが良すぎて凄みはない。朗々と歌う、でもなく、ガツンと来る、でもない。あっけないほどそのままの低音が出た。

アンプ出力としては十分だし、ローゲイン設定とはいえ、音量的にも十分に感じたが、重量感というか迫力を感じるスケール感もありのまま。ふだん使っているアンプや試聴で聴いたアンプと比べて特に優れているとは感じない。わかりやすく例えるならば、他のそれなりに優秀なアンプが“成猫“だとするなら、AHB2は同じ位の体格の“虎の子”という感じだ。遠目にはどちらも猫に見える。だが、足の太さがまるで違う。同じような体格で今のところはまだあまり危険ではなさそう。だが、間違いなく虎だ。そういう、一見普通に見えて、ところが明らかに違うという感じがある。

ロックやポップス、女性ボーカルなどを聴くと、いろいろとわかってくる。音の収束が速いのだ。特に低音は決して贅肉をそぎ落としたタイトな低音というわけでもないのに、情報量が多い。ベースの音階がわかるどころの話ではなく、ウッドベースを弾けば、弦の震える感じと胴が反響している感じの両方が混濁せずにしかし見事に調和して聴こえるし、大太鼓が複数あれば複数の太鼓が鳴っているのがわかる。こんなに普通の低音なのに情報量が圧倒的に多い。ドーンと鳴った音がいつまでも不要な余韻を残さずに止まる。演奏通りの音を出す。だから、不要な音に埋もれることなく本来聴こえるべき音がちゃんと聴こえる。そのおかげで中高域もより明瞭ですっきりと鳴る。力強さや骨格のしっかりとした音像を立たせながら、大きすぎくもならないし、奥に引っ込むこともない。

まさしくこれが、ウーファーをがっちりとグリップして制動している感じなのか、と思った。凄すぎて普通に聴こえてしまう。それが自然な再現だと理解するまで、ちょっと時間がかかった。個性も主張もないので、あっけない感じはあるが、とんでもない音が出ている。スペックに裏付けされた通りの音とも言えるし、パワーアンプのひとつの理想に近い音だとも思う。

映画でも満足できないと、個人的には十分ではない。轟音映画「TENET」を視聴

筆者にとっては肝心なのは映画だ。映画の音もきちんと鳴らしてくれないと、自分にとっての欲しい一台とは言えない。映画の場合は、音楽もあり、セリフもあり、そしてノイズもある。あらゆる音が含まれていると言っていい。音楽用としては至上の美しい音さえあれば、多少リアルでなくても構わないと言うこともできるが、自分はそれだけでは困るのだ。嫌な音や汚い音までそのまま出してほしい。

クリストファー・ノーラン監督の最新作である「TENET」は、時間を逆行するというアイデアを盛り込んだストーリーが少々難解で、そこの解釈に注目されることが多い作品。とはいえ、基本的なストーリーはわかりやすい。何度も見れば見るほどわからない部分が増えてくるタイプの難解さだ。もちろんそれだけでなく、IMAXフィルムカメラをぜいたくに使った迫力の映像と轟音たっぷりの音もやはり魅力。

映像的にはIMAX仕様なのに、音声は相変わらず5.1chなので、最新のAtmos音響とかには関心が低いのかと思っていたが、それどころか、サブウーファーにもあまり頼らない音響を意識しているという話を聞いた。つまり、どんな映画館でも狙い通りの迫力ある音響を再現したいということのようだ。

Atmos採用では上映できる映画館が限られるし、映画館によってはサブウーファーの能力が十分でないこともある。だから、基本の5.1chでしっかりと音を作り込む。そうすれば、どこの映画館でも十分に楽しめるというわけだ。その結果どういう音響設計になるかというと、特徴的なことを言えばフロントチャンネルにもかなりの低音が入っているということ。B&W Matrix801 S3を鳴らし切れるかどうか、という個人的な興味という点でもぴったりの映画だ。

まずは、AHB2を1台のままでフロントチャンネルを鳴らした。ソフトはUHD BD版を使用。システムとしては、再生プレーヤーはパナソニックのDP-UB9000で、プロジェクターはJVC DLA-V9R。DP-UB9000のオーディオ用HDMI出力をAVアンプ、ヤマハCX-A5200に接続。そのプリアウト(XLR出力)をLA4に接続している。サラウンドスピーカーはふだんどおりのパワーアンプ、ヤマハMX-A5200で鳴らしている。

LA4

LA4は基本的にはシンプルなプリアンプだが、メインのボリュームとは別に、入力ごとにゲインを±10dBの範囲で微調整できるなど、入力ソースの違いによる信号レベルの差を揃えることも可能。これがなかなか便利で、入力を切り替えたときに音量が変わってしまうことがない。サラウンドシステムに組み込む場合のように、パワーアンプによるゲインの違いを揃えることも可能だ。今回の場合は、LA4のボリュームは0dBとした。これでユニティゲインとなるようで、LA4は信号増幅を行なわずにそのままパワーアンプにスルー出力することになる。

サラウンド用のAVアンプとステレオ再生用のセパレートアンプを共用する場合、こうしておくと使い勝手がいい。パワーアンプのゲイン差は、CX-A5200のチャンネルごとのレベル調整で補った。このあたりは、AHB2のゲインをミドルゲインやハイゲインにすることで対応できるので、時間があればそのあたりもじっくりと試してみたいところ。もちろん、最終的にCX-A5200の自動音場補正機能「YPAO」で、マイクを使った測定でパワーアンプの違いによるチャンネル間での音量差を揃えている。

AHP2を2台使って接続。置き場所を確保するため、少々窮屈な置き方になってしまった。購入するならば、しっかりとしたオーディオラックが必要とわかった

LA4についての音の紹介はほとんどできていないが、こちらはもうはっきりと高SN比、低歪み率を極めたプリアンプと考えていいと思う。試しに音楽再生でDAC出力を直接AHB2につないで聴いてみたが、印象はほとんど変わらなかった。プリアンプに音色的な味わいの付加を求める人にとっては物足りないかもしれない。だが、信号にいっさい色づけをせず、入力切り替えとボリューム調整さえしてくれればよい、何も足さず何も引かない、シンプルかつストレートなプリアンプを求める人には、理想的なアンプと言える。AHB2と組み合わせるには最良のパートナーと言えるだろう。

さっそく、「TENET」を見てみよう。まずは冒頭。キエフの音楽ホールでのテロリスト襲撃の場面だ。各楽器が調律を揃えていく一方で、観客達もホールにぞろぞろと入っていく。その様子をテロリスト達が伺っている。指揮者がさっと指揮棒を上げたタイミングで、銃撃音が鳴り渡る。ここの音は重みのある音も聴きどころだが、コンサートホールらしい豊かな響きが乗っているのがよくわかることに注目。残響が長めだ。当然ながらそうした表現もまさしくありのままだ。そこから、ビートを力強く効かせた音楽が鳴り響き、テロリスト達が会場内を制圧していく。この音楽も切れ味たっぷりで、しかも低音主体の音が複数の音色を重ねて厚みを増したものだということまでわかる。

低音の鳴りっぷりは見事なもので、サブウーファーなしでも楽しめるのではないかと思うほど。四方に飛び交う銃撃音や、響きの豊かなホール内でのアクションでの音響もサラウンド空間が豊かに再現されるし、特にフロント方向の空間の奥行きや広がりがさらに豊かになっている。スピーカーを鳴らし切るという意味でも、映画の音を迫力たっぷりに鳴らすという意味でも、十分合格点を上げられるレベルだ。

だが、これで満足するわけにはいかない。AHB2を2台使ったモノーラルモードも試してみよう。AHB2の背面のスイッチをステレオからモノーラルに切り替え、バランスケーブルの配線やスピーカー端子の接続も左右それぞれ行う。使用するスピーカー端子の位置が変わるので、背面の表示やマニュアルをしっかりと確認して行なおう。もちろん、ここでも自動音場補正機能を使って、チャンネル間の音量差をきちんと揃えている。

同じ冒頭のシーンを見たが、これは凄い。低音のエネルギー感がケタ違いに増した。AHB2が1台でも十分にスピーカーを鳴らし切っている実感があったが、さらに上があったとは驚いた。AHB2をステレオで使っているときの印象を幼い虎の子と表現したが、AHB2が2台となると成長した虎そのもの。あっけないとか、普通という感じは消え失せ、凄みを感じる音に化けた。1+1は2以上どころか、1+1で10以上になったような変化ぶりで、この音を聴いてしまうとモノーラルモードで使うのが正解と感じてしまう。BGMの打楽器のアタックや銃撃は殴られたかのような衝撃を感じるし、コンサートホール内の手前と奥で鳴る銃撃音の遠近感もさらに増す。

音量はきちんと揃えているので変わっていない。だが、音量を上げたかのようなパワー感がある。その一方でもっと音量を上げたくもなる。これはとても不思議な感覚だ。おそらくは歪み率が低いため、大音量でもうるさく感じないことが理由だと思う。AHB2はそれがあっけない感じにも繋がったが、2台となるとパワフルで暴力的なくらいの大音量なのに静かなのだ。大音量で鳴らした方が面白いのは間違いない。が、必ずしも大音量でなくてもいい。筆者は音楽ソースなどによってうるさく感じる場合は3dBほど音量を下げるのだが、3dB程度では音量感がほとんど変わらない。「TENET」でも同様で、10dBくらい音量を絞って、明らかに音量を下げたとわかるレベルにしても、パワフルさと迫力は十分に伝わる。低音の鳴りっぷりがまるで変わらないことも理由だし、音数が減ってしまったり、音場の広がりが狭くなるようなこともない。

音量による音の変化が少ないと言えばいいのだろうか。本来それがアンプの理想なのだろうが、使用する部屋の広さや音響条件、組み合わせるスピーカーとの兼ね合い、聴くソースの違いなどの要素で、自分にとってのちょうどいい音量は微妙に変わってくる。そういう経験から得た感覚とはまるで違う感じがする。これも、スピーカー駆動力の高さとか、インピーダンス変動によって歪み率が変化しないといった性能がもたらした音なのだろう。

続いては、空港での潜入ミッション。ジェット機を奪って空港の建物にぶち当てるという豪快な陽動作戦を行なうが、ジェットエンジンを始動したときの轟音と、吸入音をはじめとする音にならないノイズの気配が濃厚だ。爆発音や銃撃のアタックも暴力的だが、足音が廊下に響く感じや、防火のために倉庫内にガスが注入されるときのシューッという小さな音の存在感がもの凄い。この映画は池袋のグランドシネマサンシャインのIMAXシアターでも見ているのだが、そこの素晴らしい音響に負けていない音が出た。自宅の16:9画角の120インチスクリーンでは映像のスケールが音に負けていると感じる。このスケール感と情報量はAHB2を2台使ったときだけの凄さだ。

今度はハイウェイの逆行カーチェイス。時間移動ではなく、逆行というアイデアは、まさに映画のためのアイデアで、映像を伴わないと理解ができない。映像を見ていても脳が理解を拒むが。こうした逆行者から見たシーンでは、音や会話も逆再生で聴こえているが、脳が理解できないこともあって、案外聴き逃す。必要の無い音(ノイズ)と解釈して意識しなくなるのだろう。それがよく聴こえる。ひっくり返っていた車が元に戻って走り出すカットなども、完全な逆再生ではないが、上手い感じで逆再生っぽい音になっているし、思ったよりもいろいろな音が逆再生っぽいエフェクトをかけて散りばめられていることに気付く。当然ながら逆行者が感じている違和感だらけの感覚が音でも表現されていて、臨場感はさらに増す。

クライマックスの戦闘シーンでも、重厚な音楽と轟く音響が再現されるだけで大満足なところを、無数と言える音のひとつひとつが明瞭に再現され、映像の嘘をリアルと錯覚させようとする意図がわかる。映画の音としては、セリフが爆音に重なって聞き取りにくいとさえ感じていたが、ギリギリでセリフがきちんと聞き取れるように計算されていることもわかる。セリフがあると爆音などの音が小さくなるというか、遠のく感じに処理されていることに気がついた。このあたりのテクニックは、単にレベルを上げ下げするのではなく、音の出るタイミングをマイクロ秒単位でずらすなどをするようだが、それ以外にもまだまだ秘密のミキシングテクニックがあるような気がする。先に触れたように、監督や作り手の意図としては、標準的な5.1chの設備で十分に楽しめる音響なのかもしれないが、これを十分に再現しきるにはシステム構成やチャンネル数よりも、本質的なクオリティーを要求される音響だとも感じた。当然ながらホームシアターではかなり手強い音響だ。

AHB2

これからのアンプの在り方を変えるかもしれない。革命的なセパレートアンプ

B&W Matrix801 S3を鳴らし切ることを目標として、気になるアンプはなるべく聴くようにしてきたが、ようやく本命と言えるアンプに出会えたと感じた。ただし、「スピーカーを鳴らし切る」という命題にはまだ答えがでない。AHB2で言えば、低音の再現とか、情報量、音場再現など、なにかひとつの要素ではなく、すべての要素を兼ね備えていることが大前提とわかるし、その音は案外普通、というか自然な音だった、というのは大発見だ。たしかに、自然のあらゆる音をそのまま再現できることはオーディオの理想で、それはいつも自分の耳で聴いている自然音そのものなのだから。筆者が求めていた「凄い音」のような曖昧な感覚は、自分のよく聴く大好きな曲や映画と相まって感じるものなのだろう。

これが、高SN比や低歪み率といった、従来のアンプとは一線を画した優れた特性・性能を実現したことで得たものであることは間違いないだろう。面白いのはこれからだ。優れた技術は模倣される。言い方はちょっと良くないが、THX AAAテクノロジーは特許技術なので、ベンチマークのようにライセンスを得て制作するメーカーも増えるだろうが、その発想を真似て特許に引っかからない独自の技術も生まれるだろうし、さらに進化することも当然あるだろう。THX AAAテクノロジーの特許がなくなる頃には、今のフィードバック回路のようにフィードフォワード回路が当たり前のアンプ技術になっているような気がする。それくらいのインパクトを持った大事件であると、筆者はひとりで興奮している。果たしてD級アンプやデジタルアンプはどう進化するか。A級やAB級でそこにアナログ電源を組み合わせるオーソドックスなアンプにもはや進化の余地はないのか(そんなはずはない)。久しぶりにワクワクするような気持ちになった。

残念ながら、価格的には決して身近なオーディオ製品ではない。だが、海外ではジャイアントキリングと評する人がいるように、ハイエンド級の実力を持つと考えると安いくらいかもしれない。もちろん、価格の高い安い以前に、ここまでストイックに主張も個性もない音(主張があるとすれば高性能な音という感じ)というのは、アンプの音に味わいを求める人には向かないと思うし、つまらないアンプと感じるかもしれない。個人的にも、ほんの少しでいいけれども、弦の音色の色や艶、声の艶めかしさといった感触があるともっと魅力的になるとも思う。そこはアンプに求めず、スピーカーやプレーヤー、ケーブルなどのアクセサリーに求める考えもあるし、それこそユーザー次第だ。

技術的には枯れきっているオーディオの世界などとも言われるが、決してそんなことはない。LA4とAHB2は非常に魅力のあるセパレートアンプだし、ベンチマークの今後の動向も目が離せない。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。