レビュー
Shure初の完全ワイヤレス「AONIC 215」を聴く。安定のシュア掛けと拡張性
2020年4月7日 08:00
Shure(シュア)初の完全ワイヤレス(トゥルーワイヤレス)イヤフォン「AONIC(エオニック)215」。1月に開催された「CES 2020」で話題となり、発売を指折り数えて待っていたShureファンは少なくないはず。ついに4月3日から発売されたので、その音や装着感、使い心地をレビューする。
「シュア掛け」スタイルの完全ワイヤレス
スマートフォンにおける3.5mmステレオミニプラグ廃止の波がひと段落しても、イヤフォンのワイヤレス化は止むどころか一層勢いづいている。当初は左右のハウジングをケーブルでつなぐネックバンドタイプがほとんどだったBluetoothイヤフォンも、最近では左右独立の完全ワイヤレスが主流。急速な技術の進化・改良により音途切れなどの問題もかつてほど問題視されなくなり、いよいよ草創期から次なるステージへの兆しが見えはじめた。
その次なるステージとは、オーディオ機器の本分としての質的向上だ。音を継続して(主観は入るが)できるだけいい音で再生することが本分だとすると、受信感度の向上・安定化、再生時間の伸長、増幅回路・デジタル/アナログ変換回路の質向上、ドライバーユニットなど駆動部の改良が該当する。新しい次元へと歩を進めるのであれば、利便性・実用性の追求はひとまず横に置き、本質的な部分に注目し進化すべきだからだ。
AONIC 215の概要についてShureから話を聞くと、コンセプトはまさにそこにあるように思える。イヤフォン本体とBluetoothレシーバー/リチウムイオン電池を完全に分離、MMCXで接続する構造を採用することで電源部の完全分離を実現した。いわば「リケーブル型の完全ワイヤレス」で、本製品に付属のイヤフォンもSE215そのもの(AONIC 215スペシャルエディションに付属のイヤフォンも「SE215 Special Edition」とまったく同じ)だが、音質を重視するがゆえの選択だったことは間違いない。価格はオープンプライスで、実売は29,800円前後だ。
レシーバーと電池の分離による音質上のメリットとしては、空間上の制約から解放されることが挙げられる。一般的に完全ワイヤレスイヤフォンは、ハウジング内部にリチウムイオン電池とアンテナ、ドライバーユニット、Bluetooth SoC(クアルコム製だが詳細は非公表)が搭載された基板を詰め込み、そのうえで音響用の空間を確保するという難題のもと設計されるが、本製品ではドライバーユニット以外はMMCX端子の先の部分(8分音符のようなレシーバー部)に格納すればいい。
Bluetooth SoC内蔵のものではなく外付けアンプを使用していること、連続再生は8時間と長めなこと、そして何より「シュア掛け」だ。ヘアピン状の部分を耳に掛けるとわずかにテンションがかかり、耳の裏側に回り込んだレシーバー部が突き出た骨と接して安定するという仕組み。
完全ワイヤレスイヤフォンを単体で安定させることは難しく、イヤーピースやシリコンフィンで落下を防いでいる製品が多いところ、Shureは十八番の装着スタイルでこの問題の解決を図った。得られる密着感と遮音性はもちろんのこと、Shureらしさを演出するという点でもユニークなアイデアだ。
充電ケースもShureらしさ満点。一見すると大ぶりなマカロン(どら焼き?)風で、ファスナーを引くと充電用の台座が現れる。凹みにレシーバー部を差し込むような形でセットするとLEDが赤く点灯し、充電が始まる。裏面にはUSB Type-C端子とインジケーターがあり、ボタンを押せばバッテリー残量が3段階で表示される。
意外なほど良好な装着感
まずはセットアップから。コーデックはSBCとAAC、aptXに対応するということでAndroid端末(Motorola moto g6)をチョイス、ペアリングを行なった。R側のレシーバー側面にあるボタンを5秒長押しするとペアリングモードに入るので、端末側に表示された「Shure TW1」を選択すれば完了だ。その後L側のボタンを押して電源オンすれば、LR間の通信が開始される。
なお、AONIC 215(正確にはレシーバー部のRMCE-TW1)には自動電源オン機能がない。充電ケースから取り出したあとは、レシーバー部側面のボタンを押して手動で電源オンしなければならないのだ。それをLR両方でやらねばならないから、自動電源オンに慣れた人は抵抗を感じるかもしれない。
装着感はかなりいい。正直な話“8分音符”が耳に当たって痛いのでは? 歩くたびに擦れるのでは? という先入観を拭えずにいたが、いざ装着してみると拍子抜けするほど異物感がなく軽快だ。標準イヤーピース(フォーム)による膨張感・圧迫感のほうが気になるほどで、歩いても擦れることはない。固定形状のフックを耳に引っ掛ける構造のため自然に抜け落ちる心配もなく、気楽に持ち出せそうだ。
シンプルな操作性も好印象。機能はLRのボタン両方に等しくアサインされており、再生/停止は1回、通話の開始/終了はすばやく1回、外音取り込みはすばやく2回、SiriやGoogleアシスタントの起動はすばやく3回をLRどちらかのボタンを押せばいい。
ボタンはクリッカブルでそれなりの力で押さねばならないが、直径約10mmと表面積が広いうえに骨へ力が伝わるため、押し損ねがない。センサータイプはやたら過敏に反応するし、ボタンタイプは小さすぎて押しにくい、という完全ワイヤレスでありがちな扱いにくさがうまく解決されている。
外付けアンプ採用、ノイズが少ない
肝心の音質だが、イヤフォン部は2011年発売のSE215そのものということもあり、一種のパッケージ製品(SE215+RMCE-TW1)であるAONIC 215よりはむしろレシーバー部のRMCE-TW1に重心を置いた音質評価をすべきだろう。そこで、SE215 Special Editionに付属のケーブル(MMCX 3.5mmシングルエンド/リモコン・マイク付き)に換装した場合と比較試聴を行なうことで、AONIC 215の特性を炙り出すことにした。
まずは有線から。硬質でよく沈むベースの音が印象的な、聴き慣れたSE215の音。重心低めで骨太なダイナミックドライバーの長所を感じさせつつ中高域のヌケのよさがある、エントリー帯で長らく定番の座にあることも納得のバランスだ。
この絶妙な均衡状態を噛みしめつつ、RMCE-TW1につなぎ替えAONIC 215の状態で試聴を開始する。ポータブルプレーヤー(Shanling M0)とペアリングするとコーデックにはaptXが適用され、実力を発揮するにはベストな環境が整った。
つなぎ替えると、音の印象はかなり変わる。完全ワイヤレスなだけに左右のセパレーションがよく、クロストークが改善されるために定位が変わって感じられるからだろう。有線接続時と比べると低域はやや穏やかで、ベースやバスドラの沈み込みも若干おとなしくなる。この点、M0の最大音量が低い(出力100%にしても足りない)からだろう。プレーヤーをaptX対応のスマートフォン(moto g6)に切り替えることにした。
「ShurePlus PLAY」というスマートフォンアプリも提供しており、Android/iOSユーザは無償で利用できる。FLACなどロスレス音源を含む多様なフォーマット/ハイレゾ音源に対応するほか、EQ(パラメトリック・イコライザー)を搭載、好みのトーンに調整できる。試聴ではオフにしたが、ユーザーサービスとしてはかなりうれしい機能といえるだろう。
今度は音量も十分、有線接続のときと同じ曲を再生してみたところ、新しい発見があった。有線に比べ低域がやや穏やかになる傾向に変わりはないが、中高域のヌケ感・クリアネスがよりはっきりと感じられるのだ。有線接続時のSE215のテイストを保ちつつ、完全ワイヤレスならではの明確なセパレーションと定位感が加わり、全体が整然とした印象に仕上がっている。
ノイズの少なさも印象的だ。無音時にサーッというノイズが気になる製品は、完全ワイヤレスに限らずBluetoothオーディオ全般に存在するが、AONIC 215ではほとんど気にならない。スマートフォンなど送り出し機器から離れないかぎり音切れが発生しないことからしても、通信の安定性も高いようだ。この点、混雑した駅のホームや改札付近で実験したいところだが、現下の社会的難局でやむなく断念したことを書き添えておく。
ところで、AONIC 215(レシーバー部のRMCE-TW1)では、増幅処理をBluetooth SoC上のヘッドフォンアンプに委ねず、独自設計の外付けヘッドフォンアンプを用意、SoC内部のDACから出力するという設計を採用している。2018年秋発売のワイヤレスケーブル「RMCE-BT2」と同じ方式であり、それがS/Nや音質へプラスに作用しているのだろう。音質主義のShureらしいワイヤレスイヤフォンへのアプローチだ。
やはり魅力は「拡張性」
完全ワイヤレスは後発組のShureだが、ここ数年リケーブルを中心にワイヤレス製品への取り組みを積極化しており、発売は時間の問題という状況だった。CES 2020で発表されたAONIC 215は、満を持して発表された製品ということになるが、リケーブル構造は予想の範ちゅうとしても“8分音符”は……実際に試してみなければわからないな、と考えていたところに国内発売が決定、今回のレビューとなった次第だ。
その装着感は前述したとおり。耳掛けにより適度なテンションが加わるためか、想像以上にイヤフォン部が安定する。完全ワイヤレスに付き物の「うっかり落としてしまうのでは感」がないぶんストレスがなく、音楽に集中できる。
とはいえ、いくつか注文もある。ひとつは「外音取り込み機能」だ。レシーバー部のボタンをダブルクリックするとオンになり、レシーバー部に内蔵のマイクが取り込んだ周囲の音を聴けるという機能だが、連動してボリュームが下がらないため、突然話しかけられたときには手動でボリュームを下げなければ対応は難しい。
そのボリュームも、レシーバー部のボタンでは調整できない。ボタンがボリューム調整用にアサインされていないためだ。LRどちらのボタンでも等しく操作できることは操作をシンプルに保つという観点でメリットだが、ボリューム調整はスマートフォン/プレーヤー側で行なわねばならないとなると、とっさの場面での利用が難しくなる。痛し痒しの部分だ。
ほかにも、充電ケースをひと回り小さくしてほしい、LRの電源を連動してほしい(LRそれぞれで電源オンしなければならない)という注文はあるが、やはり通信の安定性とノイズの少なさ、外付けアンプによる駆動力は大いに魅力だ。「シュア掛け」による落下しない構造も本製品ならでは、完全ワイヤレスを線路や側溝に落とした経験があればその価値がわかるはず。
そしてなにより、MMCX端子のイヤフォンに交換できるという拡張性がある。自分のイヤフォン・コレクションでワイヤレス化したかったものを、簡単に完全ワイヤレス化できるのだ。29,800円前後という価格は安くはないが、拡張性とアンプとしての駆動力を考慮すればそれほどでも……などとつい自分を納得させる方に思考が向いてしまう魅力を持つこの製品、価値がわかる人にはたまらない存在であることは確かだろう。