レビュー

SN比135dB・歪率0.00006%の衝撃。異次元アンプ、Benchmark「HPA4」

AV Watch読者ならば“アンプの重要さ”を実感した事は一度や二度ではないだろう。良いスピーカーやヘッドフォンでも、それを駆動するアンプがヘボいと、ヘボい音になってしまう。逆に「こんなものか」と思っていたスピーカー&ヘッドフォンが、アンプを変えたら激変してビックリ……という事もある。

ヘッドフォンマニアの間で“ヤバいアンプがある”と話題の製品がある。Benchmark Media Systemsというアメリカのメーカーから、7月に登場した「HPA4」というヘッドフォンアンプだ。価格は実売約398,000円と高価だが、入荷するとすぐ売り切れてしまう店舗もあるらしい。

Benchmark Media Systemsのヘッドフォンアンプ「HPA4」

何がそんなに凄いのか。1つは「THX Achromatic Audio Amplifier(AAA)」と呼ばれる技術を投入している事。そして、圧倒的なスペックだ。なんと、SN比は135dB、歪率は0.00006%と、“超”低ノイズで超低歪。さらに帯域幅は0.01Hz~500kHz以上と、凄いを通り越して「なんか数字間違ってませんか?」と確認したくなるほどだ。

もちろん、スペックだけで音が決まるわけではない。しかし、スペックだけの製品であれば、こんなに話題にはならないだろう。というわけで、扱っているエミライからHPA4を借りて聴いてみた。結論からいうと、ヤバいを通り越して「異次元のヘッドフォンアンプ」だった。

Benchmark Media Systemsとは

箱から取り出した第一印象はぶっちゃけ“四角い箱”だ。40万円近くするヘッドフォンアンプなので、クリアパーツで内部回路が見えるとか、イルミネーションで光るなどのオシャレさも期待したが、“剛性ガチガチの四角い箱”が目の前に現れた。だが、嫌いではない。外形寸法は22×21.2×9.86cm(幅×奥行き×高さ/脚部含む)とコンパクトなので凝縮感が凄い。質実剛健というか、男臭いというか、プロ機っぽい雰囲気で、「オシャレさなんてどうでもいい、音を聴け音を」と言われているようだ。

カラーバリエーションはブラックとシルバーがあり、今回はシルバーをお借りした。分厚いフェイスプレートは削り出しで、側面も削り出し。天板、底板、リアパネルは厚手のアルミニウムでブラッシュ仕上げ。手にすると質感は高く、安っぽさはまったくない。重さも約3.63kgとズッシリで、この重さが音への期待を高まらせる。

さっそく音を……の前に、Benchmark Media Systemsとはどんなメーカーなのだろうか。1983年に、テキサス州のガーランドという場所で、小さな、俗に言う“ガレージメーカー”として誕生した。

テレビ放送施設など、特殊なニーズに対応する高性能なオーディオを手掛けるメーカーとしてスタート。つまり完全にプロ向けの業務用機器だ。事業は急速に成長、1985年に法人化し、その後にコンシューマーのオーディオ市場にも進出した。

メーカーとして最もこだわっているのは“TRANSPARENCY(透明度)”。とにかく正確なインパルスレスポンスを追求し、歪みやノイズを限界まで抑える事。スタジオ・モニタリングなど、プロの現場では個性的な音よりも“透明性のある音”が重要視される。プロの現場で生まれたメーカーらしいこだわりと言えるだろう。

THX Achromatic Audio Amplifierとは?

そんなメーカーが“究極のヘッドフォンアンプ”を目指して開発したのが、この「HPA4」だ。究極を目指すための鍵となる技術として、THXの特許技術「THX Achromatic Audio Amplifier(AAA)」を採用。その技術の中でも“フラッグシップクラス”という「THX-888」というアンプデザインを採用している。

THXは、映画とかAVアンプとかで良く耳にする、あのTHXだ。同社はルーカスフィルムの1部門としてスタートし、主に、映画館の音響や、AVアンプなどの家庭用オーディオ機器を、THXが定める基準をクリアしているかチェック。合格すると“THX認定を受けた製品”としてマークがつく。

そんなTHXが、自分で開発したアンプ技術が「THX Achromatic Audio Amplifier(AAA)」だ。TXHという名前をAVアンプでよく聞くので、なんとなく「バーチャルサラウンドみたいに、DSPで音をなんかいじくる技術でしょ?」と、思う人もいるかもしれないが、ぜんぜん関係ない。超ピュアオーディオ向けな、アナログアンプ向けの技術だ。

ご存知の通り、世間の多くのアンプでは、安定性を高めたり、ノイズを低減するために、NFB(Negative Feedback:負帰還)回路を使っている。簡単に言うと、アンプの出力を反転させ、つまり逆相の“負の”波形にして、入力へと戻すものだ。すると、増幅回路で生まれる歪が打ち消される。このループにより、安定した、ノイズの少ない音になる……というものだ。

このフィードバックシステムを、Benchmarkでは自動車を一定のスピードで走らせ続ける“クルーズコントロール”に例えて説明している。クルーズコントロールは、高速道路などで自動車を一定のスピードで走らせ続ける機能。今、走っているスピードが、希望しているスピードより遅い場合、エンジンの出力を上げ、スピードを上げる。希望の速度に到達したら、パワーを落とす。坂道が出てきてスピードが落ちたら、またエンジンの出力上げ……という感じだ。

このクルーズコントロールがイマイチな出来だった場合、必要以上に加速したり、減速したりして、希望した速度に対して、速い、遅いが振動のように繰り返されてしまう。また、坂道が始まっても、それを検知して、実際に出力を上げ、スピードが希望の速度に到達するまでの“遅れ”も生じる。

これを防ぐ方法がある。クルーズコントロールがONの状態で、運転手が前を見て、「坂道が来たな……」と思ったら、坂道にさしかかる少し前にアクセルを踏む。すると、出力が上がった状態で坂道を最初から登れるので、前述の遅延が無くなる。つまり、クルーズコントロールが速度低下を検知する前に補正を加えるわけだ。これをアンプに置き換えると“フィードバック制御システム”に、“フィードフォワード補正信号を加える”カタチとなる。これがTHX Achromatic Audio Amplifierの概念だという。

HPA4には、2つのアンプを並列に搭載。最初のアンプがメインアンプで、出力パワーの大部分を担当する。要するに“重い仕事”担当。その後ろにあるのがフィードフォワード補正用のアンプ。こちらはローパワーだが超ハイスピード。メインアンプの出力に乗っかった歪を、ハイスピードにキャンセルして仕上げをする役目だ。

負荷が加わり、メインアンプから発生する歪の量が変化しても、アンプ全体の安定性を維持したまま、補正アンプによって歪を除去できる。これにより、歪を増やさずに、最大出力と最大音圧レベルにまで到達させる事が可能という。これが、THX-AAA技術を体現する“フラッグシップクラス”「THX-888」を採用した成果だ。

ちなみに、このTHX-888はチップセットのようなものではない。THX-AAAアンプ技術を、Benchmark自身が高性能なオペアンプ、パワーオペアンプ、ディスクリートのトランジスタなどと組み合わせ、カスタムしながら実装したもの。つまり、他社が何かのチップセットをポンッと搭載して同じものが作れるというわけではないわけだ。HPA4という製品が実現したのは、THX-AAAアンプ技術の開発において、Benchmarkが開発プロセスに積極的に参加していたためで、Benchmarkの要望による改良もTHX-AAA技術に取り⼊れられたそうだ。

HPA4の特徴はそれだけではない。

ラインアンプには最高級というゴールドコンタクトリレーを搭載。ゲインコントロールは0.5dB刻みで256ステップという細かさだ。4つの独立した256ステップのアッテネーターを、L/Rヘッドフォン出力用に2つ、L/Rライン出力用に2つ搭載。合計64個の高精度リレーを連携させることで、精密なリレー・ゲイン・コントロールを可能にしたという。

ボリュームコントロールノブには、光学式エンコーダを採用。0.5dB/ステップの分解能を維持したまま256段階の音量ステップを簡単に移動できるという。

こうした高品位なパーツも投入した結果、スペックとして、SN比135dB、歪率0.00006%という超低ノイズ・超低歪を実現。これはハイエンドオーディオのプリアンプをも超えるレベルとなっている。

帯域幅も、なんと0.01Hzから500kHz以上というとんでもない数値だが、これこそ「帯域幅全体にわたって非常に正確な振幅と位相の精度を実現している証」だという。

駆動力も半端ない。低インピーダンスのヘッドフォンも楽に駆動するために、300Ωで11.9Vrms、16Ωで6Wという大出力が可能。つなげるヘッドフォンが心配になるレベルだが、保護のためにDC検出、短絡検出、過電流保護、過電圧保護、熱保護など、複数の保護機構も搭載しているそうだ。

ちなみに、入力端子はXLRバランスを2系統、RCAアンバランスを2系統搭載。さらにプリアンプとしても使えるように、XLRバランスステレオ出力を1系統、XLRバランスモノサム出力を1系統、RCAステレオ出力を1系統搭載する。確かにこの性能であれば、ヘッドフォンアンプだけでなく、プリアンプとしても使わないともったいない。

ヘッドフォン出力は、6.3mmの標準と、4pin XLRバランス出力を1系統搭載している。

フロントパネルにある大きなディスプレイはタッチスクリーンになっており、入力の切り替えや、左右音量のバランスコントロール、入力レベルオフセット、各種設定などが可能。画面の調光やヘルプ画面も備えている。

ディスプレイはタッチスクリーン
入力端子名のカスタマイズも可能だ

聴き慣れたはずのヘッドフォンが別ものに変わる

他にも細かい機能はいろいろあるのだが、とにかく音を聴いてみよう。これだけのスペックのアンプなので、“聴き慣れたヘッドフォンの音がどう変わるのか”が気になるところ。まずは皆さん、音はよくご存知であろうゼンハイザー「HD 800 S」を、アンバランスで繋いでみた。組み合わせるDACはMYTEK Digitalの「Brooklyn DAC+」で、送り出しはPCだ。

ゼンハイザー「HD 800 S」

御存知の通りHD 800 Sは、繊細かつ情報量の多いサウンドと、開放型らしい空間の広さが楽しめるヘッドフォンだ。方向性としては、解像度重視で線の細い音。低音がドバドバ溢れ出てパワーで押してくるようなヘッドフォンではない。

それがHPA4でドライブすると激変する。「米津玄師/STRAY SHEEP」から「感電」を聴いたが、ベースのキレ、そして深く沈む重さに驚く。ブラスの鋭い音が、ヘッドフォンから飛び出すようなパワフルさ。ビートがとにかく気持ちの良い曲だが、ビートのキレと深さが今までと段違いであるため、気持ち良さが異次元だ。中低の熱気、グイグイとせり出すような“熱さ”は、密閉型ヘッドフォンにも似ており、「え、HD 800 S、お前こんな音出せたの!?」と驚いてしまう。

驚きが少し収まり、ちゃんと聴き込んでみると、さらなる驚きがある。曲の出だしのコーラスとベースの部分に、ドラムのリズムと共に、まるでおもちゃ箱をひっくり返したように、様々な効果音が登場するのだが、その1つ1つの細かな音が、今までになかったほどクッキリでリアルに聴き取れるのだ。つまり“単に低音が出るようになった”という話ではなく、それに加え、低域から高域まで、分解能が劇的に向上。HD 800 Sの専売特許である“繊細で細やか描写”を維持どころか進化させながら、それらの細かな音の1つ1つの生命力が上がったような印象だ。

決して音像を描く線が“太くなった”のではない。むしろ今までよりも線は細くなっているが、その細かやな線の1つ1つが生き生きとしているのだ。

「こりゃヤバいな」と思いながら、今度はバランスケーブルにチェンジすると、もう笑ってしまう。前述のパワフルさ、熱気、繊細さがより鮮明に聴き取れると同時に、バランス接続の方が明らかに音場が広く、ヴォーカルやギターなど、前へ出てくる音のクオリティに関心すると同時に、その背後に広がる、音場のデカさにも意識が向くようになる。HD 800 Sはもともと広い音場を描写するヘッドフォンだが、遠くの遠くまで音が広がり、消えていく様子がHPA4でドライブするとより聴き取れるため、リアリティが増す。

「あいみょん/裸の心」も凄い。馴染みやすいメロディと直球かつ素直な歌詞があいみょんの魅力だが、彼女の“声”にも独特の魅力がある。低い音部分の表現力が豊かなのだが、HD 800 S+HPA4で聴くと、その低音がしっかりと“重い”。それでいて細かな息づかいまで描写する細かさも同居しているため、ある種の“凄み”が感じられる。

「ジャネール・モネイ/Make Me Feel [Explicit]」を再生するともう、ノックアウトされる。冒頭のビートがキレッキレで、気持ちが良すぎる。なんというか、音楽を聴いて楽しむといより、“キレッキレの音の快楽に浸る”という別の趣味に突入したような感覚だ。

1つ1つの音像の輪郭がクッキリとシャープでありつつ、生き生きと飛び出してくる。空気の振動を介して音を聴いているはずだが、アンプで直接鼓膜を動かされているかのようなダイレクト感だ。

ここまでトランジェントの良い音は、超軽量な振動板を、非常に駆動力の高いアンプでドライブしなければ出ない。アンプが振動板を完全に制御できている。音が出ている時だけでなく、音が無くなった瞬間にはキチッと振動板を止める。ビタッと止めて、また音が入ってきたらズバッと動く。止まったと思いきや、フラフラ振動板が動くような事がない。数値だけでない、確かな駆動力を持つアンプだとわかる。

もう1つ、驚くことがある。ギターの「村治佳織/ドミニク・ミラー」の「悔いなき美女」や、クラシックの「展覧会の絵」より「バーバヤーガの小屋」などを再生し、ボリュームを上げていくとわかるのだが、ボリュームをどんなに上げていっても、バランスが崩れたり、低音が野太く雑になったりせず、低めの音量の時に感じた印象のまま、1つ1つの音の力強さだけがリニアに上がっていくのだ。

普通のアンプでは“美味しいボリューム位置”を過ぎると、描写が雑になったり、うるさい音に聴こえはじめたりするが、HPA4ではそれがまったく無い。「ああこんなに細かく音が聴き取れて、なんて気持ちがいいんだ」と思ったままボリュームが上げられてしまう。あまり上げすぎると耳によくないので、ほどほどにすべきだが、それでもつい上げたくなってしまう。「歪を増やさずに最大出力と最大音圧レベルにまで到達できる」という説明が、確かにうなずける音だ。

最新ヘッドフォンとの組み合わせもヤバい

HD 800 Sとは思えない低域を新鮮な気持ちで楽しんでいたが、人間とは欲深いもので、「もっと肉厚さが欲しい」「もっと深く沈み込んで欲しい」と思うようになってくる。そこで、finalの「D8000 Pro Edition」と、4pin XLRのバランス接続ケーブルである「C093 シルバーコートケーブル XLR/Original locking」を用意した。

finalの「D8000 Pro Edition」
4pin XLRのバランス接続ケーブルである「C093 シルバーコートケーブル XLR/Original locking」

このヘッドフォンは平面磁界型なのだが、特徴的な「AFDS(エアフィルムダンピングシステム)」により、振動板が大きく振幅した際に、マグネットに接触してしまう問題を解決。平面磁界型の弱点であった再生できる低音の最低周波数を大きく下げること実現している。

思ったとおり、HPA4でドライブすると、HD 800 Sをも超える繊細な描写と、より肉厚で深く沈み込む圧倒的な低音が飛び出してくる。「ドナルド・フェイゲン/ナイトフライ」の「I.G.Y.」の硬質なビートが、ザクザクと刻み込むように体に入り込んでくる。こんなにもトランジェントが良く、鋭い音なのに、まったく耳が痛くなく、とにかく気持ちが良い。じっくり聴いていると理由がわかる。ドラムの「チッチッチッ」というかすかな音にすらキッチリと質感が描写されていて、どんな細かな部分にも色がある。圧倒的な駆動力と情報量の多さが両立しているからこその世界なのだろう。

音数が多く、疾走感のある曲では無敵と言っていい組み合わせだ。「CHiCO with HoneyWorks/決戦スピリット」(ハイキュー!!第4期第1クールエンディング)が、こんなに気持ち良く聴けた事は今まで無い。冒頭のドラム乱打からエレキベースのうねるような咆哮から、なだれ込むようにサビへと続くが、これだけパワフルに描写しているのに、サビのコーラスが背後の空間に広大に広がる。目の前のバンドの演奏に夢中になっていたら、そういえばここは広大な体育館だったんだ……と気付かされたようなドラマチックな展開がなんとも美味しい。

おまけで、平面駆動型で慣らしにくいヘッドフォンであるフォステクス「T40RP mk3n」(2万円)も繋いでみたが、「お前こんな低音出せたのか」と再びぶったまげた。価格のバランスはメチャクチャな組み合わせだが、低価格なヘッドフォンであっても、HPA4でドライブすると完全に“化ける”。こういう音質の追求の仕方も、大いにアリだろう。

フォステクス「T40RP mk3n」

限界を超えた世界を見せてくれるアンプ

今回はHPA4の紹介なので詳しくは書かないが、10月9日にはUSB DACの「DAC3」という製品も登場する。実売は225,000円前後で、バリエーションモデルとして、ハイブリッド・ゲイン・コントロール機能とヘッドフォンアンプ機能も追加した「DAC3 HGC」(実売293,000円前後)も用意する。

「DAC3 HGC」

このUSB DACにもBenchmarkの哲学が貫かれており、2chのDACにも関わらず、ESSの8ch DAC「ES9028PRO」を搭載。4chをアナログドメインで和算し、各出力チャンネルをそれぞれ形成。8ch出力を余すところなく活用。さらに、2つの歪補正システムを搭載し、徹底的に歪を除去している。

このDAC3と、HPA4の組み合わせもなかなかヤバい。歪のない澄み渡った、高精細な世界に、どこまでもパワフルな音が踊り回る。何か、別の世界への扉が開けてしまったような感覚だ。

DAC3とHPA4、どちらにも共通するのは、味付けのような個性がまったく存在しない事だ。それでいて、極限のスペックを追求・達成している。そう聞くと「優等生っぽい、面白みのない音」と思われるかもしれないが、実際に聴くとむしろ真逆だ。なんというか、優等生が突き抜け過ぎて異様なオーラを放ち始めた感じで、一度聴くと耳が離せない。「ヘッドフォンで聴くオーディオってこんなものでしょ」という世界超えた、“向こう側”を垣間見せてくれるアンプだ。

(協力:エミライ)

山崎健太郎