麻倉怜士の大閻魔帳
第34回
魅力満載! 人気アクティブスピーカーからBenchmarkまで、秋のオーディオ収穫祭
2020年11月3日 08:30
例年と違い、大規模なトレードショーがことごとく中止になっている2020年。“聴いてナンボ”のオーディオ製品を、さてどの様にお伝えするべきかというのは、我々専門家の悩みのタネ……などと思っていました、秋が来るまでは。皆様、お喜びを。今年の秋も、オーディオは大豊作です!
「我こそは!」と名乗りを挙げて麻倉シアターへやって来た新製品達の、なんと魅力的なこと。今回の閻魔帳はそんなニューカマーから、麻倉印のハイCP(コストパフォーマンス)アイテムをドドッとご紹介。これを読んで、自宅での音楽生活をもっと豊かにしましょう。
バランス接続で圧倒的なサウンド、米ベンチマークの製品
麻倉:Stay Homeが叫ばれる中で、今年はオーディオビジュアルを楽しもうという人がかなり増えました。その影響でテレビなどはホクホク顔、オーディオもハイコスパ製品はかなり売れ行きが良い様子です。
――特にオーディオはここ数年、据え置き機よりポータブルの方に注力されていましたが、この社会情勢の激変で一気に家庭用オーディオの注目度が高まった様に見えますね。
麻倉:そんなオーディオビジュアル環境の拡充を検討する皆さんに向けて、今回は春に続いてCPで選んだ音の良い秋のオーディオ特集といきましょう。特に数千万円台のハイエンドクラスではなく、現実的に買える価格帯のものをセレクトしました。具体的なジャンルとしてはDAC/アンプ/アクティブスピーカー。そして業界で話題沸騰中の“超効果的”オーディオアクセサリーも紹介しましょう。
私の取材環境は9月くらいから各社の試聴が解禁されてきたのですが、あちこち周る中で「これは良いぞ」と思うものを広くリサーチしましたので、それらを今回取り上げます。
まず取り上げるのは。米国ベンチマーク(Benchmark Media Systems)のDAC、そしてプリ/パワーアンプです。同社製品はこれまでも国内に入っていましたが、このほどマイテックデジタルなどのブランドを扱うエミライへ代理店業務が移管しました。私としてはこれまであまり聴く機会の無かったブランドでしたが、エミライから「ぜひご試聴を!」と推されて今回聴いてみたんです。するとこれはなかなかと感心しましたので、今回ご紹介します。
麻倉:1983年にテキサス州で創業、ニューヨーク州北部のシラキュースへ移転し、今日までプロ機材および民生用オーディオを中心に展開してきた、というのがざっくりしたブランドの概要です。まず自宅で聴いたのは「DAC3」(オープンプライス/実売225,000円前後)。日本では「DAC1」が10年ほど前からヒットしていましたが、その第3世代にあたる最新モデルです。ベンチマークブランドの機材はいずれもフルサイズコンポではなく小型筐体で、DACは更に背も低いんですね。印象としては同じくエミライが扱うexaSoundのDACでしょうか。コンパクトに凝縮されたルックスが音にも現れる、そういう類の製品です。
今回の環境はオクターブ「Jubilee Pre」からイコライザーを介し、845管プッシュプル構成によるザイカのパワーアンプでJBL「S9500」を鳴らすという、私のシアターのリファレンス構成で、DAC3はその上流に置いて聴きました。最初はウォームアップも兼ねて“とりあえず鳴らす”という感じで、さほど手を込めずに使用しました。電源もオーディオラインではなく汎用ラインの壁コンセントからという、ほぼ“置いてつなげただけ”の最もベーシックなセッティングです。
この段階で情家みえさんの「チーク・トゥ・チーク」を聴いても、ベースのスケール感やキレの良さ、ヴォーカルの清潔感やピラミッド的な音の構造は聴かれ、なかなか良い音がするDACアンプだなという印象を受けました。
次に聴いたのはベームが指揮したモーツァルト「交響曲第40番」のDSD音源。本機は2.8MHzのDSD音源再生に対応していますが、ここで気になったのが、ちょっと一般的なDSDサウンドとは雰囲気が違う、という事。何かと言うと、どうにもPCM的な、ナイフでスパッと切った様なシャープさを感じたんです。DSDは音の切り口にもザラつきの質感があるはずで、そういう音の粒立ちが臨場感的なフレーバーになる傾向にあります。音というのは発音源から1方向ではなく、四方八方へ拡散し反射して耳に届くもの。DSDではそういう過程が音表面の突起みたいなところで出てきます。
【お詫びと訂正】記事初出時、“5.6MHzまでの対応”と記載しておりましたが、2.8MHzの誤りでした。お詫びして訂正します。(11月3日13時)
――「ハイサンプルのDSD音源はレコードの様なアナログ的サウンドがする」と、よく言いますよね。音のテクスチャーにランダム性があり、キレイだけど過度にキレイ過ぎない、とでも言えるでしょうか。
麻倉:ところがここでは、DSD音源ながらPCM的な鮮鋭さシャープさの方が印象的で、DSDらしい粒立ちや音場はイマイチでした。
ここでピンと閃いた。即ち、適当に置いて適当につなげただけではダメだと。ここからは色々手をかけて、このDACの底力を引き出してみる事にしました。
まず試したのは制振対策。XRCD開発者として有名な田口晃氏の手によるCrazy Carpenter Craftのインシュレータ「CCHS-XR」で上下をサンドイッチしました。続いてオーディオの血液とも言える電源も、オーディオ用である信濃電気のものから供給する様に変更。すると狙い通り、これで“豹変”しました。音が非常に高級になり、質感がグンと向上したんです。低音に起因するパワーやスケールは元々あったものの、最初は切れ込みが甘いと感じていました。ところが環境の更新でそういう甘さが断然良くなり、立ち上がり立ち下がりもうんと鋭い、スピード感のある音になりました。
何よりも空気感が出た、というのが重要なポイントでしょう。情家さんの音源も、ベースのスケール感だけでなく、キレや音階感、ベースの弾けるニュアンスなどが出てきました。ヴォーカルを聴くと歌唱が音場へ消えゆく様が出て、歌唱そのものの良さが際立つ様に。
それよりも驚いたのがモーツァルトです。先程感じたDSDの“PCMっぽさ”が鳴りを潜め、微小な粒子感が多数出てきた。同じ音源を鳴らしているのに、これには驚愕しました。音の仕上げがグロス仕様かサテン仕様かという違いで、ツルツルのグロスフィニッシュではなく、ザラつきのあるサテンフィニッシュになった印象です。その結果低音にしっかりした存在感が出て、その上に中高音が乗る。こういうF特的な構造の安定感に加え、音楽に情緒が出てきました。このオーケストラで言うと、各パートの位置関係、楽器の細かい音色ややり取りがよく出たというのが、私が聴いた特筆点です。
その他の音源も聴きましたが、マイナーから入って活発なメジャーの第1主題へ転換するシューベルトの交響曲第3番第1楽章は、この転換に感情がよく出ていました。次に聴いたマイスターミュージック音源の高橋敦/白石准の両氏による「ラプソディ・イン・ブルー」は、ピアノ伴奏とトランペット独奏という構成の演奏です。ここではトランペットが持っている鮮明さ・先鋭さと、柔らかさが同時にありました。なおかつ輝く音の粒子が飛び散り、2次3次の反応を起こす。そういう様が見え聴こえした。何とも素敵な変身ぶりです。
――一緒に聴きましたが、正直言って楽器が変わったのかと思うような豹変ぶりでした。トランペットで例えるなら、ヤマハの学生用モデルからシルキー(Scilke)のソリストモデルに持ち替えたよう。響きの量も質も全くの別次元でした。
麻倉:という訳で、このDAC3は基本的に高性能で情報量は豊富、音楽性も情緒も持っているものの、使い方には注意が必要という事が確認できました。今回の試聴から言うと、本機を導入するならば、良い電源を供給し、良いケーブルでつなぎ、振動が少ない環境に置いてやることが必要でしょう。オーディオ的なこういうケアを繊細に施してやることで、ダントツに実力を発揮する機材です。
――先生と一緒にセッティングをして、なかなか鳴らし甲斐のある玄人好みな機材だと僕は感じました。ポン置きから手を入れてやれば入れてやるだけどんどん音が良くなる、何ともオーディオ的な体験だったと思います。このDACでどれだけ良い音が出てくるかという観点で見れば、本機はまさに“再生環境のベンチマーク”でしょう。
麻倉:次は同じくベンチマークのプリアンプ「LA4」(オープンプライス/実売331,000円前後)を紹介しましょう。DAC3と同様にコンパクトな横幅ですが、高さは一般的なコンポと同じくらいあるのでボクシーな感じがする機材です。ボリュームが256ステップのアッテネーターになっていて、リモコンでボリューム操作をした時も、ロータリーエンコーダーも物理的に回ってカチカチ音が鳴ります。
次に取り上げる同社のパワーアンプ「AHB2」と併せて、回路は完全アナログ構成。このくらい小さなアンプは近年だとD級アンプを使うのが一般的ですが、これは完全アナログにして歪み率を下げているのがポイント。こうする事で元の音の情報をストレートに出しています。ブランド的にはプリとパワーのセットで使う事を想定しているでしょうが、今回はあえてプリだけの性能をまずチェックしました。先述のリファレンス環境でジュビリープリに替えて本機を置き、DACはコルグの「Nu1」を使用。基本的にハイスピードで響きが細やか、鮮明でクッキリという、DACと共通する特徴をそのまま持っていました。
――言うなればこのクッキリさが、ベンチマークというブランドの基本的なサウンドなのでしょう。このブランドに対して僕は以前からそういう印象を持っていましたが、改めてそれを確認した様に思いました、“この時点では”、ですが。
麻倉:ベーシックな実力としては実に強力で、多様な環境で使い勝手が良さそうですよね。私もそうは思ったものの、ここでふと「ではこれをあえて選ぶ理由は何だ?」とも考えた訳です。つまり“合格点のオーディオレベル”には充分に達している。しかし多数の強豪がひしめく激戦の中で、ベンチマークのこのプリアンプだけが持っている美質は一体何なのか、と。オーディオの趣味性を突き詰めてゆく上で、やはりそこが問われなければならないでしょう。
ここでまた閃きました。本機はプロ用で使われるブランド。という事は、ケーブル等もそれに準じるのではないか。「つまりバランス接続だ!」と。本機もRCAプラグのアンバランス接続とXLRのバランス接続という、2種類のインターフェイスを持っています。最初はアンバランス接続でインプレッションを取っていたが、これをXLRのバランス接続にすると?
実は本機の取扱説明書をよく読むと、接続はRCAアンバランスよりもXLRバランスを推奨している旨がキッチリ書かれているんです。先程のDAC3の例もあるので、ここでDACとの接続をXLRへ。するとこれがまたビックリ、音が文字通り“豹変”しました。
このアンプ、アンバラとバランスでは“全く違う音”と言って過言ではありません。何が違うかと言うと、まずオーディオ的なレンジが全然違う。高域のヌケ感と低域の量感、つまり高域から低域までの情報量が凄く違ってきます。そしてスピード。アンバラの時は「もう少し速い音ならもっと心地良いだろうな」という感触でしたが、バランスにするとブレーキを踏みたくなるほどのハイスピード。高速道路をビュンビュンとばす豪速で、時間軸を軽やかにクリアに駆けていく様に、その結果音の粒子が非常に細やかなところまで出て、ハイスピードで音楽が飛んでゆく、そういう感じになりました。
具体例を挙げましょう。情家さんのアルバムではベースが活躍しますが、バランス接続によってこれは単に盛り上がるだけでなく、ベースそのものがハイスピードになる。同様にピアノも実にハイスピードです。DSDモーツァルトのオケも何かに押し留められる事なく、ダイレクトに開放的に飛んできます。特に弦の音は快感的快速で飛んできて、そのパワーとエネルギー感は、切れ味にはもちろん、細かい信号の立体感、場の奥行き感によく効いていました。ラプソディ・イン・ブルーもノビが良く、鋭さがとてもよく出ていました。
――この変身ぶりにも大変驚かされましたね。単にクッキリというのとは次元が違う、これだけキレの良いサウンドは完全にオンリーワンですよ。
そんなこのアンプの音をひとしきり聴いて、「きっとビートの効いたポップスやハウスの様な刺激的なサウンドの音楽が合う」だろうと僕は感じたんです。クラブのDJが追い求める様なビートの刺激を、このアンプならば本質的に表現できるのではないかと。
麻倉:あの提案はなかなかファインプレーでしたね、私一人で聴くよりも色んな視点が入って、機材の個性をより深堀りできたと思います。という訳でチョイスしたのが、テイラー・スウィフトの最新作『Folklore』から「The 1」。コロナ禍の今年に完全リモート環境で創られたという、異色の現代ポップスです。元々のダレの少なさやキレの良さがとても効いていて、ベースの弾力感やヴォーカルの質感の切れ味など、実に現代的な音がしました。確かにこういう音源を鳴らすのに、現代的でハイスピードな歪の少ないサウンドのこのプリアンプはもってこいでしょう。音の振る舞いがよく見えるので、もちろんそれ以外にも様々な音源に対して充分な表現を発揮することが期待できます。
麻倉:先述の通り、LA4のコンビとなるパワーアンプはAHB2です。DAC3はともかく、アンプのモデル名にイマイチ規則性が見えないですが、それはともかくとして。歪み率を下げるべく、HBA2はTHX認証技術「AAA」(Achromatic Audio Amplifier)入り。音の収差・にじみ(アクロマート)を、フィードフォワードで補正するもので、オーディオマニアなTHXの技術者がハイファイオーディオとしての音の改革のために作ったという特許技術です。
それにしてもベンチマークの機材は小さいですよね。フルサイズのコンポーネントに見慣れていると、本機などはミニチュアの様にも感じてきます。リファレンスのJBLで鳴らしてもいいのですが、私としてはコンパクトでハイパフォーマンスというサイズ感に見合う、コンパクトなものを鳴らしてみたくなりました。
そこで持ち出したのはシアターのサブシステムスピーカー、クリプトン「KX3」。クリプトンは日本でブランドを張っている数少ないスピーカーメーカーです。中に入っているのは元々ビクター「SX3」を設計した技術、つまりクルトミューラーの紙コーンに密閉型キャビネットを合わせるというもの。この基本構成はそのままに、現代のハイレゾ音源に対応する反応の良さを入れたスピーカーがKX3です。非常に高解像度であって同時に音楽性が高いため、麻倉シアターのコンパクトタイプリファレンスで活躍しています。
これをDAC3、LA4とAHB2デュアルモノラルの、ブランド統一構成で鳴らす訳ですが、こちらはもう最初からXLRで接続しました。ここがポイント。先程もそうだった通り、アンバラとの比較だと圧倒的にバランスが良いです。一応軽く聴き比べましたが、アンバラはレンジが狭く、目の前にベールが張られた感じがしました。なのでレビュー環境では、DACとプリ、プリとパワーの間をすべてXLRで結線しています。
AHB2はブリッジ接続回路を内蔵しており、ステレオ/バイモノラルの切り替えが可能です。当然ですが音はバイモノラルが良く、低音の安定感やレンジ感が優れています。もちろんステレオで使う事も可能ですが、「いつかはバイモノラル環境を!」という志向も良いでしょう。
そんな訳で今回はバランス接続のバイモノラルという環境で聴きましたが、これもなかなか。まず透明感が高くてヌケが良く、非常にワイドレンジな音で、つまり情報量がある事が判ります。次にスピードが速い。ベースのキレが良好で弾力感もあり、ヴォーカルもハイスピード。この要素は音場が透明でスッキリしているという事につながります。
モーツァルトのDSDも繊細でヌケが良く、表面の粉っぽさもあって倍音の出方も豊富。それぞれの音源が持っている魅力や方向性を上手く出していました。プロ用のものづくりというものがブランドの中にあり、元の音を歪みなくしっかり出すという思想が、こういうカタチで効いているのでしょう。ラプソディ・イン・ブルーでは耳当たりというものはなく、それでいて耳にクリアに突き抜けてくる印象でした。テイラー・スウィフトはキーボードやヴォーカルの質感が良好で、ノリの良いゴキゲンな進行でした。
――程度の差はあれど、基本的なサウンドの傾向や使いこなしのツボなどはブランドで一貫していましたね。そういうストーリーが音から見えてきて、とても楽しかったです。
麻倉:そうですね、今回改めてベンチマークというブランドの機材を聴いてみて、私も同様に感じました。DAC3は特に忠実さ、XLRで結んだ時のアンプの再現力・表現力の高さが印象的でした。
パワーアンプに関して言うと、今回のように2台のAHB2を用意してデュアルモノ構成で使うというのはもちろんオススメ。ですが発展的に考えると、例えばAV環境で使うというのは大いにアリでしょう。例えばイマーシブ環境で10ch必要ならば、AHB2は5台用意すればいい。高品位な音でコンパクトなサイズのアンプが、比較的手軽な価格で手に入る、というのは本機の副次的なメリットです。
アナログに徹して、アナログの中で歪み率を徹底的に下げるというのを成果として、なおかつ小さな筐体を利用した多様な発展性を秘めている。こういったところがAHB2の素晴らしいところではないでしょうか。
時代はアクティブスピーカー! 「AIRPULSE A80」に注目
麻倉:次は音の出口、スピーカーを取り上げましょう。この閻魔帳でも度々指摘している通り、時代はアクティブスピーカーへ、という大きな流れを昨今のオーディオ業界から感じます。今年は5月のミュンヘン「HIEND」がありませんでしたが、昨年の感じから言うと、ハイエンドの人達がアクティブと無線に向かっており、非常に高価格ながらもWi-Fiと内蔵アンプで駆動するという流れが最先端に出てきているのです。
具体的に言うと、以前レポートしたフィンランドのジェネレックが、モニターだけでなくコンシューマーも展開し始めた事は象徴的でしょう。ソニーもハイエンドなデスクトップスピーカーを出してきました。以前から取り組んでいるダリに加えて、KEFやエラックといったブランドも、いい感じのアクティブスピーカーを出しています。
――そもそも海外を見渡すと、アクティブスピーカーという存在はハイファイの世界でも結構メジャーなんですよね。リンやメリディアンなどはデジタルでスピーカーまでソースを持っていくという事を、結構前からやっています。
麻倉:そうなんですよね。日本のオーディオ業界で言うと、アンプとスピーカーの2点を一体化したアクティブスピーカーは、商機を逸するという側面もあり、残念ながらなかなか積極的にはなれていませんでした。しかし音の良さという観点で言うならば、アクティブスピーカーはアンプとスピーカーのコンビネーションを最も優れたよう専用化できるという利点があり、良い音を追求しやすいんです。
――おさらいをすると、アクティブスピーカーはネットワーク回路の後段にアンプを置くことが出来るという利点を持っています。つまり、帯域を分離した後に増幅をかけることで、アンプによるノイズの増幅を抑えられる。これはジェネレックのスピーカーの大きなアピールポイントですし、リンも昔からアクティブモジュールというものを作って積極的に追求していました。
麻倉:アクティブスピーカーの隆盛についてもうひとつ大きいのは、やはり配信サービスの存在でしょう。従来のオーディオシーンへ入ってゆくより、映像と音声のネットワークメディアを新しい切り口で気軽に楽しむ。昨今の情勢もあり、そういう人達が増えました。配信側もより良い音でという、品質を上げる機運がグンと出てきており、最新動向で言うとU-NEXTによる山下達郎や松田聖子といったアーティストの高品質配信が出てきたほか、KORG・キング・IIJのDSDライブ連合や、MQA/Auro3DとWOWOWのタッグによる配信実験がありました。この辺は近日追って報告するので、乞うご期待。
物理的な話をすると、いくら日本武道館でライブをやろうと、キャパは精々1万人ですからね。東京ドームでも2007年Kinki Kids の67,000人が単独公演の最多動員記録ですし、今は消防法の関係でそんなに入れる事も出来ません。対してネットの向こうには、国境も時間も飛び越えた桁違いのリスナーが居る。物理的にライブへ来られない人達も、ネット回線があればアクセスは可能です。
そんな訳で、ここに来ての配信の隆盛は、単なるマイナスの脱却だけでは決してないのです。そういう人達にハイクオリティな映像と音声を送ることは、これからの時代に間違いなく重要となるでしょう。それが送られてきた時に、さて皆さん、どうやってこのリッチなライブ配信を聴きますか?
そこで出てくる選択肢がアクティブスピーカーです。プレーヤー/アンプ/スピーカーという従来のホームオーディオ3点セットではなく、これらが一体化したものであれば、よりハイクオリティな体験が気軽にできる。そういうアクティブへの流れが、今のホームオーディオには来ているのです。
――コロナの影響で、今年は本当に多種多様な配信が一気に出てきましたよね。それを受け取る側はタブレットやスマホというのが一般的ですが、僕はPCで観るというのが結構手軽かつ多用途な手段だと睨んでいます。何故ならPC試聴はWebブラウザが基本で、送信側も受信側も、専用アプリを用意する必要があまり無いから。
このPC試聴を考えた時に、一体型でちょっと良い感じのアクティブスピーカーを用意してやると、同じものを見聞きしてもかなり体験が変わる。ここはもっともっと知られていい事実だと思います。
麻倉:これまでPCというのは事務機器の代表だったのが、今はネットの端末を担っていて、すぐそこまで良いコンテンツが来ているんですよね。絵も当然HDMIで出るので、モニターやテレビで映して、音はUSB接続でアクティブスピーカーへ流してやればいい。そうなってくると、これまでのアナログのプアな世界とは一線を画する次元のものが、PC経由で得られるでしょう。特に今の時代はもう実物が出てきましたから、そういうモノを積極的に活用していきたいところです。
――音作りをしたPC用アクティブスピーカーは、従来でもあるにはあったんですよ。ですがそれらは基本的にモニター志向の音作りで、スタジオ用をモディファイしたものがほとんどだった様に思います。要するに鑑賞のためではなく、制作のためのDTM向けスピーカー。“PCの良い音”はそういう選択肢しかなかった。
それがここに来て、音楽を鑑賞するためのリスニングスピーカーでPCにつながる物が増えてきました。より良いものをより手軽に楽しむ上で、この流れは非常に重要ですよ。
麻倉:そこは確かに重要な指摘です。そもそもPC用スピーカーはインフォメーションとしての音が出る事が重要だった。それがここに来てオーディオメーカーが作り始めたことで、ぜんぜん違う価値観がこの世界に持ち込まれた訳です。コスト削減が至上命題だった以前と異なり、今回の流れはオーディオメーカーが音に真面目に向き合って作るもの。だからこそ、新しい世界を見せてくれるのです。
そんな情勢において絶好調なのが、今回取り上げるAIRPULSE(エアパルス)というブランドの小型スピーカー「A80」。ステレオペアで77,000円のこれが、代理店の予想を遥かに超える大ヒットを飛ばしています。と言うのも、実際に使って納得。CPも高くサイズも手頃、USB DACも入ってデジタルもアナログも入れられて、使い勝手も音も良好と、ヒットする条件がバッチリ揃っているんです。
麻倉:このスピーカーの正体は、伝説的スピーカーエンジニアのフィル・ジョーンズ氏が作った最新作。ロンドン生まれのジョーンズ氏、アコースティックエナジーを設立し、ニアフィールドモニター「AE1」で一躍有名に。90年代はボストンアコースティックへ移り、その後の94年にプラチナオーディオを設立すると、自らもベーシストとして活躍しつつ、オーディオ機材も作り続けてきました。
本機は11.5cmのアルミコーンウーファーと、ホーンロードリボンツイーターの組み合わせ。このリボンは新規開発だそうです。アンプはTI製のD級アンプを搭載。音の面で見るとD級アンプは、かつて「安かろう悪かろう」の象徴の様に扱われていましたが、今は音のクオリティが飛躍的に向上し、ネガティブなイメージを払拭しました。そもそも“デジタルアンプ”という言い方さえ最近はあまりせず、専ら“Class D(D級)”と言われています。
麻倉:そんなA80の音が、なかなかどうして良かった。と言っても、基本的に大向うを唸らせるだとか、鬼面人を威すとか、あるいはドンシャリでパッと聴き良いなというのではありません。アクティブスピーカーの中でも、ワイヤレスのお安いものは基本的にドンシャリが多いですが、本機はそれらとは全く違うフラット志向の音。モニタースピーカーを作っていた人達なので、きちんとした情報量がありつつも長時間使って疲れない、そういう過不足のない音に好意が持てます。
特にボリュームは歪まない程度に限界の音を設定しておきプリアンプで大きくする、つまり内蔵アンプの最大領域を使うというのが、このスピーカーをよりアクティブでチャーミングに聴くポイントでしょう。そうした時に質感の良さ、ヌケ、透明感、スピード感、そういうのが非常に良いバランスで出てきます。
チーク・トゥ・チークはヌケが良く透明感がある印象でした。ラプソディ・イン・ブルーも高域のヌケとチャーミングさが耳をいい気持ちにさせてくれ、硬質な響きがパワーを伴って音場に拡がりました。
この素晴らしい音が77,000円で、アンプ不要で手に入る、というのが本機の基本的な利点です。先述の通り使い方も多彩で、PCからのUSB接続、一般的なRCAアナログ入力に加えて、テレビから光デジタル、スマホからのBluetoothも接続できます。多用途で音の水準も高いというところで、今の時代のニーズに合ったタイムリーなスピーカーだと感じました。
驚きのオーディオアクセサリ「グランドアレイ」
麻倉:アクセサリにも実に興味深いものが出てきました。取り上げるのは「グランドアレイ」。これを試して驚かない人は、おそらく居ないでしょう。
何かと言うと、機材の空き端子に差し込むもので、カタチだけ見るとこれまでもあるにはあったジャンルです。ひとつはパッシブ型で、これは周囲からのノイズをシールドのようにキャンセルするタイプ。もうひとつは信号を通し整えて戻してやるフィルター型。パナソニックのUSBコンディショナーはこちらに当たります。
ところがグランドアレイはそのどちらとも違う。その名前の通り、グラウンドラインのゼロ電位に接してノイズを取るもの。機材の中のノイズを根こそぎ吸い取ってやろうという発想です。創ったのは英国のケーブルブランドThe Chord Company(ザ・コード・カンパニー)。ハイエンドなオーディオ用ケーブルを開発する伝統のブランドで、その評価はすこぶる高いです。
評価の一例を挙げると、2017年に方々で高い評価を受けたダイヤトーンのスピーカー「DS-4NB70」の内部結線はこのブランドです。多数のケーブルを聴き比べた結果「コードのケーブルでないとヤダ!」と決め打ちしたそうですよ。
そもそもオーディオにおけるケーブルは音のインフラですから、ここがあまり良くないと、デバイスで頑張っても損をする訳です。そんなケーブルの中でも特にハイクオリティで音楽性も高いという評価を、コードは確立しています。
――英国のオーディオで“Chord”と言うと、DACで有名なChord Electronics(コード・エレクトロニクス)が思い浮かぶ人も多いかもしれませんが、そことは無関係の別会社であることを断っておきましょう。
実は僕、スピーカーケーブルはこのコードの旧製品「Carnival Silver Screen(カーニバル・シルバースクリーン)」を使っているんです。派手さは無いですが、とても有機的でナチュラルな、聴いていて自然と元気になる、実に英国的なサウンドです。そこが気に入っていて、オーディオを始めたときからずっと愛用しています。
麻倉:そのインプレッション、ダイヤトーンの決め打ち理由と同じですね。パワーではなく質感を追求する姿勢が、このブランドの中核にあるという事でしょう。
そんな同社はここ数年「チューンドアレイ」というノイズアイソレーション技術に注力してきました。「アレイ線」というサイドをカットした線をケーブル内部に入れることでノイズを吸い取る、というのが基本原理で、今回のグランドアレイは、この技術をグラウンドラインのノイズ対策に特化したアイテムです。端子はUSB、RCA、HDMIをはじめ、XLRやプロユースでよく使われるBNCなど、合計7種類のバリエーションを用意しています。
物理的な振動なら対策もできますが、回路内に発生してしまったノイズを排出するという事は、少なくともユーザーレベルでは出来なかった悩みのタネです。グランドアレイは外のノイズのシャットアウトではなく、回路内のノイズを取るという思想です。その動作は、端子につながっているグラウンドのノイズを吸収し、熱として排出するというもの。メーカーでは「ノイズポンプ」と呼んでいるそうですが、察するに4つか5つの帯域を受け持つフィルターなのではないでしょうか。
麻倉:麻倉シアターでは選別した旧モデルのVAIOをオーディオ用PCに使っていますが、これのHDMI端子に挿してみると、音楽がまたまた“豹変”しました。これまでかなりハイクオリティな音を聴いていた麻倉シアターですが、その音楽がより具体的に解るようになったのです。
最も顕著な変化は、音場が立体的になったこと。例えばオケの音の重なりにおいて、これまでは各パートが渾然一体となっていました。それが分離して聴こえ、空気感が出る様になりました。その結果、色気のある歌は色気が出るし、清潔な歌い方はより清潔になる、という様に、音楽が持っているエッセンスがより明確になりました。何か要素を加えるではなく、もともと音源が持っているテクスチャーがグッと出てきたのです。
何を聴いているかというと、“自分で創った”情家さんのチーク・トゥ・チーク。もう本当にビックリしましたよ。これまで麻倉シアターで聴いていた中でも、レコーディングの状態を彷彿とさせてはいたのですが、これが加わることで、情家みえというプロのヴォーカリストが真剣勝負で表現を込めた、その細部までが見えてくる様になったのですから。これは間違いなく、私が現場で感じた見え方です。そこがビックリなのです。
それから山本剛のピアノが本当に良くなりました。山本さんのピアノは、ゆっくりなところは叙情的で、速いところブリリアントに輝きます。その輝きがより増して、叙情的なところはより深まる。更にベースが音を弾くことでサウンドが支えられたピラミッド構造になり、スピードが速くなる。その生々しさがよく出てきました。
その他、ボストン交響楽団によるモーツァルトのジュピター、先に指摘した通りオケのパート間に分離感が出てきて、第1第2ヴァイオリンが陣取る弦の“その後ろに居る”チェロの存在が、音としてアキュレートにその場から出てきました。粒立ちも粒自体がより細かくなり、粒の数も多くなっています。
ラプソディ・イン・ブルーは、グニャッとしたグリッサンドで立ち上がるトランペットの冒頭部分が聴きどころでした。比較すると同じようなことをやっていながら、グランドアレイ使用後は出発点がより低く、開放点がより高くなり、アクションのレンジが拡張され、変化の様子がグッと増して見えてきました。音の響きや色味、気品といった質感、音が持っていながらもノイズが隠していた音楽的な文(アヤ)が出た、というのが実に印象的です。
面白いのは、数を揃えていっぱい挿せばいいかと言うと、そうではないという事でしょう。ここはシステムや人によって違うでしょうが、PCの場合は1本でもの凄く効果がありました。ですが2本以上挿すと、やりすぎ感が出て質感がだぶつくように。アンプやDACなどにも試してみましたが、少なくとも麻倉シアターの環境では音源の1本に落ち着いた感じです。これはオーディオ的に「聴こえない音が聴こえてくる」という単純な話ではなく、出てこなかった感情が出てきた印象です。
――我々はこれまでパナソニックのUSBコンディショナーを高く評価して使っていましたが、あちらとは方向性が違う印象の音が出ましたね。これで一番驚いたのは、音に艶が出る音源があったということです。このテのアクセサリで澄んだ音になるという体験は何度かありましたが、艶が出たという記憶はちょっと思い当たりません。
麻倉:確かに、ノイズの取り方がサウンド的に違いますね。パナソニックは信号を通すことでノイズを取っていたのですが、こちらは低音から高音までもっと根こそぎ改良してしまう。激烈な音質改善です。指摘の様な艶は、きっと元々そういうテクスチャーがあった音源なのでしょう、ノイズで鈍っていたその部分が出てきた訳です。大事なのは、艶を“加えた”のでは決して無いという事。艶っぽいものはより艶っぽく、清涼なものはより清涼になる。それがこのグランドアレイの効果です。
――写真撮影のために先生からお借りした際に、試しに自宅のテレビにつながっているHTPC(ホームシアターPC)のグラフィックカードへ挿してみました。これは結構衝撃的で、明らかに発色は良くなり、フリッカー(ちらつき)の少ない、見ていて疲れない絵になったんです。副次的な効果として、テレビでかけている倍速駆動のカクつきも減りました。入力信号のノイズが減って演算精度が上がったのが理由ではなかろうかと。1本8万円オーバーとなかなかいいお値段ではありますが、自作のシアターPCを導入している人、特にグラフィックカードを挿している人には試してもらいたいです。
麻倉:PCパーツは基本的にオーディオレベルのノイズ対策などされていませんから、その意味でも確かに貴重な存在ですね。特にHDMIラインはまだまだ品質改善の余地があるでしょう。
さて、このテのアイテムを紹介すると、だいたいはプラシーボだオカルトだといった批判が寄せられるのが、専門家としては悩ましいところです。これらの声に対して、今回は次のようにお答えしましょう。「嘘だと思うならばあなたも是非お試しあれ」。と言うのも、代理店のアンダンテラルゴでは、本製品の貸し出し試聴サービスをやっているんです。
実のところ、このサービスで借りた人が効果に驚いてそのまま購入、その効果を仲間内とシェアしたくて口コミで拡げる、というのが本製品のヒットスタイルなんです。なのでこの製品は、ほとんどマス広告を打っていません。正直言って、評論家としては危険なアイテムだとは思います。でも実際にそう感じてしまったのだから、仕方がない。私は何よりも、自分の感覚を第一に信用します。
Nutube搭載ポタアン「Nu:Tekt」にも注目!
麻倉:今回最後に紹介するのは、コルグ「Nu:Tekt(ニューテクト)」です。名前から察せられる通り、チップ型真空管Nutubeの搭載製品です。
麻倉シアターでも活躍しているDAC「Nu1」をはじめ、本業のギターアンプなど、色々展開しているNutube。オーディオ的に見ると、真空管で偶数倍音が出るので、とても気持ちの良いマッタリした音になる傾向にあります。Nu:Tektはアナログミニプラグ入力のポタアン(ポータブルアンプ)キットで「真空管の倍音効果をポケットサイズへ」というコンセプトの製品。アナログラインに挿入することで、手軽に真空管サウンドの効果を付与できるのですが、これがなかなか音が良かったです。
キットとは銘打っているものの、組み立てと言うほど大げさなものは無く、両面テープとドライバーでとめるだけ。半田ごてさえ不要です。球(真空管)と石(半導体)の混合増幅回路で、石の部分はオペアンプを搭載。この部分は差し替えて音の違いを試すことも可能です。電源は単3電池なので、電池を変えても音は変わるでしょう。標準ではエボルタが付いています。
それにしてもこれで聴くと、デジタリーな音もしなやかでまろやかなサウンドへ早変わり。耳障り良く、それでいて突き刺さる様な部分はしっかりと出てきました。
――以前はポタアンが数多く出ていましたが、Astell&KernがハイレゾDAPを出した辺りからプレイヤー自体がゴツくなってゆき、外部のポタアンが減っていきました。iPod Classicで重箱スタイルをやっていた身としては、本製品を見ると何だか先祖返りしている気分になります。
麻倉:Nutubeでポータブルというと、昨年取り上げたCaiynの「N8」がとても好印象でしたね。けれど真空管を搭載したポタアンというのは殆ど無かったでしょう?
――僕が知っている限りだと、アメリカのALO Audioか、最近は三重のAnalog Squair Paperか、他少々といったところでしょうか。どちらも、特に後者はとても情緒的な音がする落ち着いたトーンのサウンドがとても好印象でした。製品としてはいずれもミニチュア真空管を使っていて、なかなか熱くなります。なのでNutubeの様に、チップサイズの省電力・高効率の真空管というのは、まさにポータブルに持ってこいです。
麻倉:そういう意味でも、Nutubeはポータブルオーディオに一石を投じるデバイスですね。今後Caiynの様な機材が他にも出てくるかもしれません。