鳥居一豊の「良作×良品」
第126回
復活オンキヨー/パイオニアのAVアンプを試す(前編)。Dirac LiveとMCACC Proどう違う?
2023年11月9日 08:00
パイオニア「VSA-LX805」は力強さとリアルな質感が両立した映画サウンド
ここのところデノン/マランツが元気いっぱいのAVアンプだが、今年はうれしいニュースも多かった。春にはソニーから久しぶりの新製品「STR-AN1000」が登場。そして、アメリカPremium Audio Companyとシャープの合弁会社として誕生したオンキヨーテクノロジーからは、第2弾となる高級クラスのAVアンプが日本で発売されたのだ。
一時はデノン/マランツとヤマハだけになってしまうかと思われたAVアンプが、かつての賑わいを取り戻そうとしている。
そんなオンキヨーとパイオニアの新しいAVアンプの音が気になっている人は少なくないだろう。そこでオンキヨーのTX-RZ70、パイオニアのVSA-LX805の2台を2回連続で紹介することにする。今回取り上げるのはパイオニア「VSA-LX805」(直販47万800円)。パイオニアのAVアンプは筆者も以前使っていたこともあり、その頃との違いも含め、オンキヨーテクノロジーに生まれ変わったことでの違いなどがよくわかると考えている。
基本設計は共通だが、アンプ部のチューニングや音はそれぞれ独自に仕上げていく
まずはAVアンプとしての概要を紹介していこう。パイオニアのVSA-LX805は、220W(6Ω)×11chパワーアンプを内蔵したモデルで、現時点では同社の最上位クラスのモデルとなる。最上位と聞くとDクラスアンプを思い出すが、VSA-LX805はアナログアンプだ。そこが音の点でどんな違いとなるかが気になるところだ。
入力端子は、HDMI入力が7系統、出力3系統。リアパネルのHDMI入力はすべてHDMI 2.1規格に対応し、8K/60pやVRR、ALLMなどに対応。HDMI出力はeARCにも対応している。アナログ音声入力はRCA×5、XLR×1、デジタル音声入力は光×3、同軸×2。アナログビデオ入力として、コンポジット×2、コンポーネント×1も備えている。プリアウトは11.4ch分備えており、サブウーファーが4台同時に接続できる(2系統×2)。
ネットワーク機能は10BASE-T/100BASE-TXの有線LANと、IEEE802.11 a/b/g/n/ac準拠の無線LANに対応する。各種のストリーミングサービスにも対応し、Roon Ready、Chromecast、AirPlay 2、Spotify connect、Amazon Music HD、Deezer、TuneIn、Radiko、DTS Play-fiなどに対応。スマホアプリ「Pioneer Remote App」を使って、快適にネットワーク機能を使えるなど、最新の機能を備えている。このほか、Bluetooth機能も備え、送信(SBC/aptX/aptX HD)、受信(SBC、AAC)の両方に対応する。
デジタル処理された信号をD/A変換するのは、ESS社の「SABRE 32 UltraDAC ES9026Pro」で、これを11.2chすべてに採用。コンデンサーにはルビコン社との共同開発による「PML MUコンデンサー」を採用する。このほか、「低ESRコンデンサー」などをデジタル回路部に使用するなど、質の高い音を追求している。
自動音場補正機能は、伝統の「MCACC Pro」と「Dirac Live/Dirac Live Bass Control」
各社AVアンプの独自性をはかるポイントでもある自動音場補正機能は、パイオニア独自の「MCACC Pro」を搭載。「Full Band Phase Control」、「Reflex Optimizer」なども盛り込まれたフルバージョンだ。このほか「Auto Phase Control Plus」をはじめ、同社のプレーヤーと高精度なデジタル伝送を実現する「PQLS」や圧縮音源などを元の信号に近い情報量に復元する「アドバンスド・サウンドレトリバー」などのパイオニア独自の音質向上機能もほぼすべて盛り込まれている。
目新しいのは、もうひとつの自動音場補正機能として「Dirac Live」、「Dirac Live Bass Control」も備えていること。「Dirac Live Bass Control」は有償オプションとなっている。
自動音場補正機能については「Dirac Live」も試しているが、ここでは「MCACC Pro」を中心に紹介する。「Dirac Live」については後編で詳しく解説しよう。
「MCACC Pro」は単なる音場補正だけでなく、各チャンネルごとの周波数特性や群遅延特性を視覚的に確認できたり、オプション設定を使うことで直接音重視の測定とするか、反射音を含んだ音の測定とするかをかなり自由に選べるなど、音場の測定や解析にも使えるほど豊富な機能を持つ。特に測定データの解析などは視覚で確認できるのでわかりやすく、スピーカーセッティングやルームアコースティックの微調整などにも使える。
筆者も久しぶりに使ってみたが、音はもちろん、詳しいデータが確認できるのも「MCACC Pro」がもっとも多機能かつ精密で、使いこなしがいのある機能だと改めて感じた。唯一の難点があるとすれば測定時間が長いことだ(最大で20分近くかかる)。
まずは「フルオートMCACC」で測定。最近の自動音場補正機能はテストトーンにパルス音を使ったものが主流でこちらの方が測定時間が短い。だが、「MCACC Pro」はホワイトノイズを使った測定も行なっている。測定時間が長い理由のようだ。より正確な測定をするために必要とのことで、測定中の様子を見ていると、同じ測定を音量を変えながら何度も繰り返す、基準チャンネル(たとえばフロント右)と他のチャンネルとの比較を行なうなど、かなり念入りに測定をしていることがわかる。
これに対する印象は大きく2つで、「測定に時間がかかるので面倒」、あるいは「丁寧な測定をしてくれてデータ解析までできるのは頼りになる」のどちらかだろう。実際頼りになる機能なのだが、使いこなすにもマニュアルなどの解説をよく読んで理解する必要があるし、難易度は高め。
ようやく測定が終了。測定結果を確認してみよう。確認は「MCACCデータチェック」から行なえる。一般的なスピーカー設定(各チャンネルのスピーカーの有無、逆相の判定など)やチャンネルレベル(音量)とスピーカー距離だけでなく、定在波制御(3バンドのパラメトリックイコライザー)、Acoustic Caribration EQ(9バンドの周波数特性の補正)、群遅延特性(各チャンネルの周波数ごとの遅れを確認できる)など、マニアックと言えるレベルのデータ確認ができる。
なお、「マニュアルMCACC」では、手作業でデータを入力できるもの。たとえば各スピーカーの音量や距離を個別に入力することが可能。もちろん、実測できる機材(レーザー測定器や音量測定器など)がある人のためのものだ。ちょっとした巻き尺などで不正確に測定するくらいならマイク測定をした方が正確。音量を耳だけで正確に揃えられる人は超人だと思う。
ただし、フロントの右と左など、左右でペアとなるスピーカーの1cm以下の微妙な位置のずれ、1dB以下の音量差などはマニュアルで左右を揃えてしまった方がいい場合もある。このあたりは自分でいろいろと試しながら選ぶといいだろう。
「Acoustic Caribration EQ」にしても、測定方法には3つあり、「フロントの特性に合わせる/左右ペアで特性を最適化する/それぞれ単独で特性を最適化する」が選べる。これによっても効果が変わるのでいろいろと試せるし、本気で使いこなそうと思ったら測定を繰り返すだけで1日が過ぎてしまうくらい面白い。いろいろと試したい時に便利なのが3つの測定結果のメモリー機能で、セッティング変更前後の状態を記憶しておけるので比較することがセッティングの効果を確認できる。これだけの機能が無料で搭載されているというのは、パイオニア機の大きな魅力だろう。
グラフを見るだけで面白いのが、群遅延特性。各スピーカーの遅れを200Hz~20kHzの範囲で測定したもの。わかりやすく言えば「パン!」と手拍子を打ったときの音が各チャンネルできちんと揃っているかが分かる。しかも広い周波数帯で測定しているので3ウェイスピーカーでのウーファーの遅れなどもわかってしまう。これについては、測定前と測定後を比較すると元々はかなりバラバラだったのがきれいに揃っていることが確認できる。
最後はDirac Liveについて軽く紹介しよう。「MCACC Pro」と「Dirac Live」は完全な排他利用で、両者を手軽に切り替えて違いを比べるようなことはできない。切り替えるためにはその都度測定からやり直す必要がある。これについては少々面倒だが、そもそもまったく設計思想の異なる音場補正機能なので簡単に切り替えできるようなデータの互換性もないのだろう。
「Dirac Live」を選ぶときはルームEQから選択することもできる。その後の操作はスマホアプリで行なうことになる。使用するマイクは付属の測定マイクがそのまま使用できる。こちらも比較的測定時間は長めなので、あまり頻繁に使い分けるのは難しいが、それぞれに違いもあるので、一度は両方とも試してみるといいだろう。
力強い迫力がしっかりと出る一方で、各チャンネルの統一感も素晴らしい
さっそく音を聴いてみよう。まずは音楽だ。久石譲/ロイヤル・フィルによる「ジブリ音楽集」などを聴いてみた。ここでは、自動音場補正などはすべてオフにし、ピュアダイレクトで聴いた。ソース機器はMac miniで、D/Aコンバーター「Hogo2」のアナログ出力を接続している。
オーケストラのスケール感も雄大だし、フォルティッシモで力強く盛り上がって行くエネルギー感もしっかりと出る。このあたりはパイオニアらしい骨太で力強い再現だ。聴き応えも十分だし、混声コーラスの個々の音の粒立ちや響きの美しさもいい。ボーカル曲も歌い手の声量の変化やニュアンスを丁寧に描きながらも、力強いエネルギーをしっかりと出す。高価格帯の製品なのでAVアンプといえども実力は十分。
内蔵するネットワーク再生も試してみたが、ソースの違いによる差は多少あるものの、S/N感や質感が明らかに劣るようなこともなく、音楽配信サービスなどを利用する場合でも十分な実力を持っていることがわかった。
続いては映画。自動音場補正機能は「MCACC Pro」で基本的には「フルオートMCACC」で測定したそのままの状態で聴いている。スピーカーなどのいつもの試聴室の常設スピーカーを使用。サブウーファーは2台(左右配置)としている。Phase Controlは「FULL BAND」、「Phase Control+」は「AUTO」としている。両者の違いは前者が各スピーカーとすべてのスピーカーでの位相特性を揃えるもの。後者はソフト側の主に低音域の遅れを補正するもの。
試聴したソフトは「すずめの戸締まり」。5.1ch音声のタイトルではあるのだが、宮崎や兵庫、東京などの舞台の違いによる自然や環境による音の違いをきちんと収録しているし、作品のテーマとなる地震の地響きなどの音も力強く、音質の点でも出来のいい作品だ。ロードムービー的に昭和のアイドル歌謡曲を流しながらの旅もなかなか楽しい。
まずは冒頭の宮崎での廃墟のシーン。古い温泉街の廃墟へ行くまでの自転車での移動では自転車をこぐときのガタガタとした音や周囲で鳴く蝉の声、緑豊かな自然の風のざわめきなど、空間の再現がよく出来ている。高さ方向の再現が物足りないが、Neural:Xなどを加えれば高さ方向の空間もつながり、広々とした自然の景色が音でもよく感じられる。
つながりのよい空間の再現が気持ち良く、廃墟内での声の響きや水たまりに足を踏み入れたときの水音などもきれいにひびく。このあたり、各スピーカーの音のつながりがいっそう良くなった感じで、スピーカーの存在を感じさせない空間だけが現れたような感じが味わえる。地震が起きた時の鳴動を含めて、中低音の力強さはしっかりと出る。スピーカーの駆動力としても十分だ。
強いて言うならば、登場人物の声の張りや芯の通った力強い感じがもう少し出てもいいと思った。音楽再生での力強さが少し抑制されたようにも感じる。これについては、MCACC Proの設定でAcoustic Caribration EQをオフにすると、パイオニアのAVアンプらしい厚みのある声が出てくる。地鳴りなどの低音感もややパワフルになる。このあたりは好みに合わせて試してみるといいだろう。
印象的なのは、神戸の遊園地での場面での地震の時の鳴動や観覧車などが動き出すときの音がきれいに揃ってリアルな感触になること。特に低音が遅れないので最初のドンとくるときの衝撃が生々しい。この各スピーカーの出音のタイミングが揃った感じはパイオニアのAVアンプの大きな魅力と言えるだろう。
Dirac Liveで測定した場合の音の印象にも触れておこう。こちらの場合はAVアンプの素の音がそのまま出ている印象で、声も厚みがあるし、魅力的なエネルギー感もしっかりと出る。空間の再現については広がり感よりも個々の音の定位の良さがしっかりと出る。各スピーカーの音のつながりも十分だが、個々の音の実体感に優れたものになる。
AVアンプ自体の音質が気に入った人ならば、Dirac Liveの方が好ましいという人もいるかもしれない。ただし、サブウーファーまで補正する「Dirac Live Bass Control」は有償オプションとなるので、サブウーファーの音量は個別に微調整する必要があると感じた。基本的な音量は自動で揃っているようだが、自宅での試聴ではサブウーファーの低音がやや突出した感じになり、少し音量を抑えることで対応した。
サブウーファーの低音感の違和感については、MCACC Proによる補正で低音の遅れも含めた調整がかなり高精度であることも理由のひとつになるだろう。改めてMCACC Proの全スピーカーの音のつながりの良さを実感する。そのぶん、本来の持ち味が少し薄れたと感じるくらい、音自体が良くも悪くも正しく整ってしまうところはあるが、MCACC Proは設定による幅が大きく、個別の機能をオン/オフできるので自分なりに好みの調整をしていくといいだろう。そういう使いこなしに面白さを感じる人にはMCACC Proは大きな魅力となるはず。
東京から東北を目指すオープンカーでの旅は、昭和のアイドル歌謡曲メドレーがいかにもオープンカーでの再生の雰囲気が出て実に楽しい。歌声も鮮明だし自動車の走行音や風の音もしっかりと聞こえつつ、埋もれるようなことがない。このあたりの空間というか空気感の再現は見事なものだ。
クライマックスとなる東北の場面でも、幽世の幻想的なムードの再現などもしっかりと出て、映画の世界をしっかりと再現できている。筆者が個人的に意識している映画らしいリッチな感触とリアルな音のバランスという点では、まさにちょうどいいバランスで映画らしいリッチさを持ちながら音の感触や空間の再現はなかなかリアルという、他のAVアンプとは異なるパイオニアらしさがよく現れたものだと感じる。パイオニアらしい音とマニアックと言っていいMCACC Proでじっくりと部屋を含めて音響チューニングを楽しめることなど、魅力の大きい製品だ。
オンキヨーのTX-RZ70との音質的な違いは次回詳しく紹介するが、基本的な設計を同じくしながらも、きちんとそれぞれの個性が表れたものになっているので、こちらについても楽しみにしてほしい。
AVアンプの発売メーカーがかつてのようにたくさんに増えるというのは、市場も活性化するし、選択の幅も広がるなど、ユーザーにとっても良いことは多い。気になるメーカーの製品で比較試聴をするのも面白い。映画の音の再現についても各社で異なることが改めてよくわかったことも今回の取材での収穫だ。ぜひとも他社も含めていろいろな製品を試して、自分にとっての好ましい映画の音のモデルを選ぶといいだろう。