トピック

新生オンキヨー・パイオニアのAV機器は誰が作っているのか。人に継承される音のDNA

新生オンキヨーのAVアンプ第1弾「TX-RZ50」

オンキヨーとパイオニアの復活。復活第1弾製品として両ブランドのAVアンプが、ティアックの直販サイトで先行販売されており、11月19日からは店舗でも購入できるようになる。AV Watch読者には言わずとしれた人気ブランドなので、「待っていた!」という読者も多いだろう。同時に、「大丈夫なのかな」と不安を感じたり、「結局このブランドの製品って誰が作っているんだっけ?」と、現状がよくわからない人も多いはずだ。

かくいう筆者も、そこのところがよくわからない。ならば、オンキヨー・パイオニアの製品を作っているところを行ってみよう。

たどり着いたのは、大阪府東大阪市の川俣、高井田中央駅の眼の前にあるビル。そこに入っている、オンキヨーテクノロジーという会社だ。

オンキヨーテクノロジーが入っている大阪府東大阪市のビル

出迎えてくれたのは、見覚えのある2人の男性。かつてオンキヨーのオーディオ技術部で様々な製品を開発し、そのこだわりに迫ったインタビュー記事でも話を聞いた浅原宏之氏と、これまたパイオニアの製品取材の時に何度もお世話になった渡邉彰久氏だ。浅原氏は現在、オンキヨーテクノロジーで技術部回路課の主席技師を、渡邉氏はプロダクト プロジェクト部に在籍しているという。

2人に詳しい話を聞き、実際に製品開発の現場を見学した。そこから見えて来たのは、新生オンキヨー・パイオニア製品を紐解く、2つのポイントだ

名機が並ぶ試聴室で“オンキヨーの音”を支える パイオニアと統合した新生オンキヨーの音はどうなる?

オンキヨーテクノロジーとはなにか

詳しい話の前に、そもそも“オンキヨーテクノロジーとはなにか”をおさらいする。オンキヨーとパイオニア、2つのブランドがこれまで辿ってきた道筋は、いろいろ複雑で、詳しく説明するだけで記事が埋まってしまうのでここでは割愛。“結局、今はどうなっているのか”を把握しておこう。

OTKKの内部に潜入。測定器やパーツ、試作機、過去のモデルなどがひしめいており、まさに“開発の現場”という雰囲気。なんだかワクワクしてしまう

オンキヨーテクノロジー(OTKK)は、米VOXXの子会社であるPremium Audio Company(PAC)とシャープの合弁会社として誕生した会社だ。そこに、オンキヨーホームエンターテイメントが家庭向けAV事業を譲渡した。パイオニアとのホームAV製品のライセンス販売契約も締結しており、ONKYO、INTEGRA、PioneerのホームAV機器のブランドを取得している(ポータブルオーディオやカーオーディオなどは別だ)。

そして、ここからが重要だが、このOTKKには、かつてオンキヨー/パイオニア製品を手掛けていた、計約80人のエンジニアが迎え入れられた。浅原氏と渡邉氏も、そのメンバーの1人というわけだ。

OTKKの業務は開発・設計だ。

浅原氏によれば、開発の流れはこうだ。まず“こんな製品を作ろう”という商品企画を、親会社にあたるPACが決める。それを受けてOTKKが製品を設計。その製品が、マレーシアにあるシャープの工場で生産される。

技術部回路課の主席技師・浅原宏之氏
プロダクト プロジェクト部の渡邉彰久氏

完成した製品を、日本以外の世界市場ではPACが販売、日本市場では販売代理店契約を結んでいるティアックが販売する。新生オンキヨー・パイオニアのAVアンプが、ティアックの直販サイトで先行販売されているのはこのためだ。アフターサービスもティアックが担当してくれるので、日本のユーザーからすると安心感がある。なお、オンキヨーの「TX-RZ50」、「TX-NR6100」、パイオニアの「VSX-LX305」、INTEGRAの「DRX-3.4」は11月19日から一般販売がスタートする。

気になるのは、日本であまり耳馴染みがないPACという会社。実はこのPAC、世界的なオーディオメーカーで、日本でもお馴染みのスピーカーメーカー、Klipschや、Jamo、Mirage、ProMedia、Magnat、Heco、MAC AUDIOといった多くのオーディオブランドを持っている。

この“親会社のPACがオーディオメーカー”というのが、2つのポイントの内の1つだ。

米インディアナ州インディアナポリスにあるPACのオフィス

「OTKKは、PACから依頼を受けて設計を行なう専門会社にあたります。しかし、開発にあたっては日本からの意見も取り入れてもらっています」と浅原氏。音質だけでなく、「日本のマーケットでは、このような機能が必要」などの意見もOTKKから出し、製品の細かな部分までOTKKが作り込んでいくという。

“親会社からの指示”というと、一般的に「とにかく共通化してコストを下げろ」というような開発の現場が困るような無理を言われるイメージがある。実際にHDMIまわりやソフトウェア関連など、ブランド間で共通化している部分もあるそうだ。しかし、音についてはそんな指示は一切無く、むしろ「オンキヨーのサウンド、パイオニアのサウンド、それぞれの持ち味をしっかり出して欲しい」と言われるそうだ。PAC自身が音にこだわりを持つオーディオメーカーであるため、AV機器開発にとって何が重要なのかを、理解している……というわけだ。

パイオニアブランドの製品を手掛ける渡邉氏も「PACとの交流の中で、“アメリカ人の音の聴き方”と“日本人の聴き方”の違いが感触としてわかりました。交流する前は“大らかな音が好きなのかな”と思っていたのですが、オーディオメーカーである彼ら要求は非常にハイレベルで、かつ細かく、大いに刺激を受けました」(渡邉氏)。

“オンキヨーブランドの音”とは何か

TX-RZ50が生まれた、浅原氏のデスク

こうした体勢の中で、オンキヨーブランドの製品、まずはAVアンプを手掛けている浅原氏。どのように製品を設計しているのかと聞くと、「勤務場所は変わりましたが、実はオンキヨーブランドとして製品を出せなかった間も研究開発は継続していたので、やっている事はオンキヨー時代と、現在のOTKKであまり変わっていません。継続して“オンキヨーブランドの音質を守る事”が、私の大事な仕事です。第1弾のTX-RZ50は、この期間に蓄積したものを全部入れたモデルになっています」と語る。

従来のオンキヨーAVアンプで使われていた筐体や、内部のパーツを引き続きTX-RZ50で活用するだけでなく、高音質化に向けた新技術も投入されているという。

TX-RZ50の内部
パーツメーカーと共同で開発した独自パーツも投入されている

浅原氏はまず、設計チームが作成した回路図の段階でそれをチェック。問題がないかどうか確認するだけでなく、音質面でより良くなるようケアも行なう。さらに、高音質化に向けた技術開発の場で、良い実験結果が得られているものを、新製品に盛り込もうといった提案を行なう事もあるという。

一方で、浅原氏は「オンキヨーは、製品の作り方が“アナログ”なんですよ」と笑う。現代の設計は当然、コンピューターを使って3Dデータとして作成される。しかし、浅原氏はあえてそのデータを紙にプリント。紙で出来た基板を手に持ち、「どのように並べようか、どう組み合せると経路が最短になるのか、などを検討します。3Dの図面ですと、どうしても思うような角度で見られなかったり、原寸大のモノを見た方が最終的にわかりやすい事も多いからです。自動車の開発で、粘土で原寸大の模型を作るのと似た感覚ですね」。

回路設計がある程度まとまると、実際に試作機を作り、音を聴いて音質を確認。問題があれば修正を行なう、いわゆる“チューニング”作業に入るのだが、ここにも“オンキヨーイズム”が活きている。

浅原氏は「チューニングで音を作り込んでいくメーカーさんもあると思いますが、オンキヨーの場合は、チューニングで音を変えるというよりも、“回路が正しく設計されているか”、“そのパーツの特性が出せているか”をチェックするという作業に近いです」と語る。

浅原氏は、その理由を「オンキヨーは、アンプの動特性(実際に音楽信号を入力してスピーカーを鳴らした性能)を大事にしているからです」と説明する。簡単に言えば“スピーカーをドライブするための特性”を重視している、という意味だ。

例えば、「こっちのパーツの方が音が良かったのでこのパーツにしよう」という作り方をしない。設計の段階から「高い特性を発揮するように追求して設計」する。試作機を試聴して問題があった場合は「回路が正しく設計されているか、その特性がしっかり出せているか」を追求する。つまり「なんだかわからないけど音が良くなった」ではダメで、積み木のように「より正しく動作する設計」を積み重ねていく事で、音質的な高みへと到達する。そのような作り方をすれば、小手先のチューニングで取り繕う必要はない、というわけだ。

逆に言えば、“様々なパーツについて、それをどのように使えば、より正しく動作するか”という膨大なノウハウを持っていないと、不可能なアンプの作り方でもある。浅原氏が語る「オンキヨーブランドの音質を守る」とは、この膨大なノウハウと、オンキヨーらしい製品作りの姿勢を継承するという意味でもある。

スピーカーを鳴らすための特性にこだわる実例として、浅原氏はNFB(負帰還:Negative Feedback)の使い方を挙げる。一般的に、アンプの開発では静特性である歪み率を改善するために、大量にNFBをかける方法がある。「しかし、スピーカーから戻ってくる逆起電力がアンプに入り、それが補正をかけるルートに入り込んでしまうと、その信号もフィードバックされて増幅してしまうという問題があります」(浅原氏)。

そこでオンキヨーでは、“そもそもNFBをかけない状態”で、しっかりとスピーカーをドライブする事、にこだわって設計をしているという。そのような作り方をすると、安定性を向上させるのが困難になるが、その代わり、「音はよりダイナミックで、オープンなサウンドになります」(浅原氏)。まずNFBに頼らなくても済むアンプとして作った上で、必要な場所にだけ少しNFBをかけるイメージだ。

AVアンプにはDACも搭載されているが、DACの後段のフィルター回路として搭載している独自の「VLSC(Vector Linear Shaping Circuitry)」も、オンキヨーのサウンドには重要な技術だ。

一般的には、DACから出力されたアナログ信号に含まれるパルス性ノイズをローパスフィルターを使って“減衰”させる。しかし、これは減衰させるだけで、高次のフィルターを使っても残留するノイズにより音質が劣化する。「VLSCは減衰させるのではなく、ノイズを“完全に消してしまう”技術です。パルスノイズはプラス側にノイズがあると、マイナス側にも必ず発生します。その波形の変動傾向の情報を基に、それを打ち消す技術ですので、ノイズを小さくするのではなく、完全にゼロにできます。キャリアノイズやデジタル周りのスイッチング電源のノイズ、輻射で飛び込んでくるノイズにも効果があります。ノイズが多いと、音像がぼやけたり、滲んだりしますが、それらを打ち消すことで、クッキリとリアルに音像を表現できるようになります」。

従来からの継承に加え、進化点も多い。映像周りではHDMI 2.1に対応。HDMI入力3端子が8K/60Hzまでをサポートし、その他3端子は8K/24Hzまで対応。HDRのDolby VisionとHDR10+は全端子で対応する。久しぶりのAVアンプではあるが、他社製品と比べて遅れている印象も無い。

デジタル基板

新機能で注目は「Dirac Live」だろう。複数のリスニングポイントで再生音を測定する事で、空間の反射音含めた周波数特性・位相特性を補正し、音の定位、明瞭さ、リスニングエリア全体の音響特性を改善するという技術。1人だけに効果があるのではなく、複数人が座った場合でも最適になるよう補正してくれるのもポイントだ。

このDirac Liveについては、オンキヨー時代の2012年頃に既に出会っており、「音の定位がしっかりと定まる、良い技術だと感じました。しかし、当時は信号処理の面でハードルが高く、搭載はできませんでした。それが、TX-RZ50で搭載する事ができました」(浅原氏)。

「オンキヨーの今までのAVアンプは、スピーカーに信号を届けるまでが仕事でしたが、Dirac Liveはその先、スピーカーからユーザーの耳に届くまでの部分の技術です。コンテンツの楽しさをダイレクトに、完璧な形で届けてくれるサポートをしてくれるのがDirac Liveというイメージです」(浅原氏)。

渡邉が受け継ぐ“パイオニアのDNA”

新生パイオニアのAVアンプ第1弾「VSX-LX305」

一方で、渡邉氏が手掛けた新生パイオニアの第1弾製品が、AVアンプ「VSX-LX305」だ。

渡邉氏は、1992年にパイオニアに入社。2014年にオンキヨーと合併するまで設計に携わり、合併前はAVアンプのグループリーダーを担当。音質設計にも参加している。

かつてのパイオニアのAVアンプには「air」のマークが刻印されているのを覚えている読者も多いと思うが、あれはロンドンの名門録音スタジオ「Air Studios」のマーク。毎年同スタジオに行き、前年のAVアンプと新製品を、スタジオのレコーディングエンジニアに比較してもらい、音楽を生み出すプロの耳で“前年モデルをあらゆる面で超えた”というお墨付きをもらい、その結果としてあのマークが入っている。

渡邉氏は、他の開発メンバーと共に毎年ロンドンへ飛び、現地でAir Studios側の意見を聞きながら、その場で音のチューニングを追い込むという、まさに、認証を得るために奮闘していた人物だ。

パイオニアとオンキヨー合併後は、ヨーロッパも含めて海外市場に向けてのAVアンプの製品企画も担当。その豊富な経験を活かし、現在はPACのプロダクトメンバーとも連携。渡邉氏が調整役となり、オンキヨー時代の実績などもPAC側に伝えて、PACが商品企画を決める際の助言もしているという。

そんな渡邉氏が手掛けた第1弾モデル「VSX-LX305」は、OTKKになる以前に、設計やチューニング、量産の段階まで、ほぼ作業が完了していたモデルだという。

そして現在渡邉氏は、OTKKにおいて、第2弾となるパイオニアブランドのAVアンプ開発に取り掛かっており、その音質チューニングも佳境に入っているという。具体的な発表は今後行なわれる予定だが、ハイエンド寄りの機種になるようだ。

「(現在開発しているAVアンプは)アナログアンプを採用しているので、アナログアンプの設計まわりは元オンキヨーの設計者にまかせています。一方で、私がパイオニアのDNAを引き継いでおりますので、“パイオニアらしさ”を失わないように、それを考えながら開発していきます」。

PACの試聴室。渡邉氏は日本だけでなく、渡米してこの試聴室も開発時のチューニングに活用している

「パイオニアのDNAとしてまず大切なのが、ダイレクトエナジー思想です。ご存知の通りAV 機器はアナログ回路とデジタル回路が混在しておりますが、アナログ部、デジタル信号回路部を分離することで、不要なノイズを低減しています。また、信号経路が長いほど他の回路から影響を受けるため、入力から出力までの経路をできるだけ最短化する事も重要です。入力信号を最短距離でダイレクトにスピーカーへ送ることで、製作者が意図した信号を出力する事がダイレクトエナジー思想です」。

さらに渡邉氏は、パイオニアの特徴として「デジタル部分のノウハウが豊富にある」点を挙げる。「開発においては、後々の音質チューニングをしやすくするために、スタンバイ部品をあらかじめ内部に搭載してもらいます。その上で、私がチューニングする時に、そのスタンバイセルを活用して、自分なりのバランスで音を組み上げていきます」。

このチューニング時には、パイオニア時代にコンデンサーベンダーと共同で開発したチップフィルムコンデンサーや、高価なパーツとなるが、低インピーダンスな高分子コンデンサーなど、“パイオニアの音作り”に需要なキーパーツも活用される。

「VSX-LX305」の内部

「デジタルまわりの開発で重要なのはやはり“ノイズ対策”です。例えばネットワークまわりなどはノイズのカタマリですので、電源や信号ラインのレベルからノイズ対策が重要です。人間の耳は高域に敏感ですので、高周波ノイズが出ていると、“きつい音”としてそれを感じてしまいます。逆に、ノイズを低減し、そういった音を無くしていくと、低域のスムーズな音も耳に入るようになります。それを突き詰めていくと、まるで足の間に低域の風が“スッ”と抜けていくような音になります。これが“パイオニアらしいストレスの無い音”です」。

「AVアンプの音質チューニングの順序としては、まずアナログ入力の音を聴いてチューニングしていきます。それから、デジタル入力やHDMI入力、ネットワーク再生と、聴き比べていき、各入力で音質の差が無いように仕上げます。例えば、デジタルまわりの対策を行なった結果、アナログ入力の音までキツイ音になってしまった場合は、全体を見直して、アンプ部分に問題がないかもチェックします」。

「実際にチューニングすると、HDMIやデジタル入力の音を良くしていくと、アナログ入力の音も良くなっていきます。また、長年のチューニングのノウハウとして、様々な聴き方をすると、次第に“どの回路に原因があるのか”がわかってくるようになります。その時に、先程のスタンバイセルを活用し、そこにノイズ対策部品を入れると、スッと問題が解決。ストレスの無い音が出て“やった!”と喜ぶ瞬間が何度もあります。現在開発中のアンプにもそんな瞬間があり、今までのパイオニアのAVアンプを超えるレベルを実現できていると考えています」。

「先日、PACのメンバーにこの試作機を聴いてもらったところ、さらにその上を要求されており、今はその要求に応えようと頑張っているところです。そういった意味でも、大いに刺激をもらっており、PACと一緒になれて良かったなと思う瞬間がありますね」(渡邉氏)。

OTKKのオフィスには、過去の名機も沢山ある

パイオニアのAVアンプと言えば、自動音場補正「MCACC」もお馴染みだ。VSX-LX305にはMCACCの基本性能に加え、コンテンツ内の低域の遅れを補正するオートフェイズコントロールプラスなども加えた「Advanced MCACC」が採用されている。

これと同時に、オンキヨーのAVアンプにも入っているDirac Liveも、LX305には搭載されている。つまり、Advanced MCACCとDirac Liveという2つの音場補正技術が入っているわけだ。排他利用となるが、これは非常にユニーク。

渡邉氏は、「音の位相を合わせるなど、Dirac Liveとパイオニアの思想は似た部分があり、それも含めて“この技術は良いな”」と感じていました。社内でも「MCACCの音が良い」とか「Dirac Liveの音が好き」など意見は様々でしたので、どちらか一方ではなく、両方搭載して、ユーザーの皆さんにどちらを使うか決めていただき、それが1つの話題になっても面白いなと考えました」。

また、Dirac Liveはマイクを使った測定後、解析をクラウドで行ない、その結果をスマホアプリに送信、スマホからAVアンプに設定を反映する……という仕組みであるため、インターネット接続が必須となる。Advanced MCACCはネットワーク無しでも動作するため、その点でも、2つの自動音場補正を搭載するメリットがあるそうだ。

渡邉氏はAdvanced MCACCとDirac Liveの違いについて、「MCACCはどちらかというと直接音を重視した調整をしています。測定にかかる時間が長くなるにも関わらず、測定音にホワイトノイズを使っているのもそれが理由で、音が出たあとすぐの音で、EQを合わせています。部屋の反射音も含めて計測すると、低音が長くのびて『低域が十分出ている』と判断してしまい、低域のレベルを下げてしまいがちになります」。

「Dirac Liveは、反射音も含めた調整をしつつ、さらに位相の補正も行なっています。どちらが良いかは環境によって変わりますが、Dirac Liveで補正した音を聴いた時は、定位がピンとシャープに定まり、驚きました。MCACCの『空間を作ってそこの情報量を増やす』方向とは明らかに違います。個人的には、そこがDirac Liveの凄さだと思います」。

こうした違いがあるため、渡邉氏は「MCACCとDirac Liveを聴き比べて欲しい」とユーザーに呼びかける。「我々のエンジニアにはDSPチームもいて、ソフトウェア開発にも強みがあります。Dirac Liveは、今後もDiracが進化させていきますが、MCACCが良いという声が大きければそちらに注力する可能性もあります。それは皆さんの反響を見ながら、行く先を決めていきたいですね」。

もう1つ、パイオイアのAVアンプと言えば、上位機に採用されていたClass Dアンプの今後も気になるところ。渡邉氏が現在手掛けている第2弾モデルは、ハイエンドに近い上位機になるそうだが、アンプ部はアナログアンプを採用している。しかし、「Class DアンプのノウハウもOTKKには引き継がれています」と渡邉氏は言う。「Class Dのダイレクト エナジーアンプをやめるわけでは決してありません。新しいソリューションとして使う事も検討しています」。

同じ社内で生まれる、異なるブランドのAVアンプ

浅原氏と渡邉氏の話を聞いて感じるのは、“AV機器には、作る人の思想やこだわりが強く反映される”という事だ。OTKKという1つの会社の中で、AVアンプという同じジャンルの製品を開発していても、オンキヨーとパイオニア、異なるバックグラウンドを持つ人が作ると、作り方も、そして最終的なサウンドまで、まったく違う製品になる。

取材する前は、ぶっちゃけ「AVアンプを1台作って、チューニングで音を少し変えて、オンキヨー/パイオニアのロゴを付け替えるだけなのでは?」なんて不安もあったのだが、各ブランドのDNAを受け継いだ人達が、それを守りながら、それぞれ新製品を作っている現場を目の当たりにすると「やっぱり、オンキヨー、パイオニアのアンプはこうじゃなきゃ」と、なんだか嬉しい気持ちになった。

それにしても、同じ社内で音を仕上げている浅原氏と渡邉氏。相手の開発手法やサウンドが気になったりはしないのだろうか?

浅原氏は「確かにパイオニアのサウンドを聴いて“いいな”と思う部分もありますね」と笑う。「しかし、お話した通り製品を作る手法がまったく違いますので、例えばパイオニアの一部の回路をそっくりそのままオンキヨーのアンプに入れても、音が喧嘩をしてしまって駄目なんです。考え方が違う回路を入れても、うまくいかないのです」。

「一方で、オンキヨーとして追求していた手法や回路と、似たような事をパイオニアのアンプがやっている……という事もあります。そんな時は、“ああ、同じ結論に達したんだな”と、自分たちが進めていた事に確信を持つ事はありますね」」(浅原氏)。

さらに浅原氏は、PAC + OTKKという新体制になった事で、今後のオンキヨーが目指すサウンドも明確になったと語る。

「PACはグローバルに製品を展開していますので、彼らと意見を聞く事で、世界中の人が“良い”と感じるサウンドはどのようなものなのか。どうやったら、より感動が得られる音になるのか、そのヒントがつかめました。TX-RZ50は、従来のオンキヨーサウンドから、1ステップ、いや2ステップは進化したと自負しています。進化したポイントを端的に言えば“その場にいるような臨場感を高める事”ですね。ハリウッド映画が世界で受け入れられ、イタリア料理が世界で愛されるように、我々が大事にしてきた“オンキヨーらしさ”を残しながら、そこに普遍性もプラスし、世界中の人に“良い”と感じていただける音にする事……。それが今の目標です」(浅原氏)。

渡邉氏は、新生パイオニアの製品展開拡充にも意欲を燃やす。「まずはAVアンプからスタートしましたが、それだけではなく、様々な製品をOTKKからPACに提案しようと考えています。Ultra HD Blu-rayプレーヤーも諦めてはいません。今後の商品企画として、まさに提案をしようとしているところです。PACとは距離は離れていますが、同じチームとして製品を生み出していきます。同じオーディオメーカーだからこそ、我々の想いや話が通じやすい面もありますし、オーディオメーカー同士だからこそ、生半可な製品を作れないという厳しさもあります。しかし、それは最終的に、我々の製品を選んでいただいたお客様の利益に繋がると思っています」。

彼らによって生み出された新生オンキヨー&パイオニア第1弾、AVアンプ「TX-RZ50」、「TX-NR6100」、「VSX-LX305」と、カスタムインストーラー向けのINTEGRA「DRX-3.4」は、11月19日から一般販売スタート。量販店などで聴く事もできるようになる。

8月に行なわれた発表会では、ピュアオーディオの新製品も両ブランドから参考展示された

(協力:ティアック)

山崎健太郎