吉田伊織のA&V奥の細道

まずは“木のサイコロ”でも試せる!けれど、インシュレーターは奥深い

急須はなぜ逆立ちできるのか?

はじめまして。筆者は小学生の頃から音楽や映画、そして電子機器をいじくるのが好きでした。それで、いつのまにかそうした方面の評論活動に没頭し、気が付けば古希を超え、アナログ盤やフィルムの世界がいつのまにかデジタルのストリームとなって飛び交う今様と混在する時代となり、ちょいと浦島太郎気分を味わっています。

そんな筆者の立ち位置を急須の逆立ちに語ってもらうことにしました。

これはヘンといえばヘンな姿ですが、民芸品に詳しい知人が最近、「きちんと作られた急須は取っ手を一本足にして逆立ちさせられるようになっている」と教えてくれてピンときました。子供のころビンや将棋の駒、そして急須など立ちにくいものを逆立ちさせて遊んでいたことがあります。けれどもどうして急須が逆立ちさせられるのか、という疑問など浮かびもしませんでした。

それが今になってピンときたのです。つまり取っ手の軸線の延長が急須全体の重心に交わっているから自ずと水平全方位の均衡が得られて、このように自立できるのでしょう。だからこそ、取っ手を軸にしてお茶を注ぐ際に、重さの片寄りがなく滑らかに操作できることになります。手首や肘の負担も軽減できますし。

そういえば、ドライバーや半田ごてなどの工具にしても、手になじむようになったものは、大抵はその重心付近を手のひらの回転軸位置で使っているものです。手のひらを軸にしてどの方向に操作するにしても滑らかに扱えますから。<手になじむ>ということの背景には、そうした合理性があるわけです。

ちなみに、写真の急須は特別な名品などではなくホームセンターに並んでいた普通の量産品です。「四日市萬古焼」(ステンレス茶こし使用)だそうです。蓋は落っこちないよう透明粘着テープで貼り付けています。念のために申し添えると、この急須は持った感覚は悪くないですが、注ぎ口が短いので使い勝手はそれなりです。また、これまでの急須経験からして、逆立ち困難な急須でも格別使い勝手が悪いというものには遭遇していないので、実用的にはあまりこだわるまでもないと思います。

オーディオでも“重心”が大事

さて、その「手になじむ」話だけならば「気付くのが遅い」と言われるかもしれません。実は本題はこれからです。

このように重心を把握しそこから自在にモノを動かす、という仕掛けは身体の制御にも通じることでしょう。たとえば歌舞伎や舞踊など伝統芸能の家元に跡継ぎとして生まれると、幼少のころから立ち居振る舞いを厳しくたたきこまれるそうです。

正座から立ち上がり、すり足で移動し、中腰で向きを変え、というような基本動作を数限りなくダメ出しされながら、あるべき所作を身体に刷り込ませるようで、なかなかつらい修行ですね。でも、それは重心を安定させそこに身体の軸線を立てる、ということが自然にできるようにする学習と解釈できます。その基本形が備わっていれば、様々な動作が無理なく可能になり、高度な芸を覚える土台になるわけです。

そんなこと、芸無しの私が論じても説得力に欠けるだろうから最近知った大横綱の言葉を紹介しておきます。

「寝ても覚めても、自分の中にぶれない“重心”を持っておくこと。心の定位置を把握し、精神の安定を保つ。”重き心”の置き場所が定まっていれば、どんな局面にも動じなくなる。さらなる飛躍の時を迎えられるはずです」(週刊文春2025年6月5日号より)。

これは貴乃花光司氏、つまり元横綱貴乃花が新横綱大の里に送った言葉です。細身の若者から大型力士に成長して赫奕(かくやく)たる実績を残した大横綱は、このように自覚的に心技体を自身に植え込む言葉=論理を磨いていたわけです。

なにも万人に向かって横綱並みを目指すべしという話ではないですよ。ただ、ものごとの見かけの姿、現象というものの背後には意外な合理性や目的が隠されているということに気付くと、ものごとの評価や活用の仕方によい影響を与えるのではないか、という例を紹介したまで。これこそ、オーディオや映像機器を評価したり使いこなす立ち位置として意識するべきことではないだろうか? そんな心づもりで色々面白い物事を掘り起していきたいと思います。

とりあえずのテーマとしては、まず“オーディオ用のフット=脚”について。

いきなり“オーディオ用のインシュレーターを買おう”という話ではありません。まずは、ありきたりの角材を活用する方法を提案したい。写真は筆者宅のUHD BDプレーヤ-の脚部に、追加した振動対策の例。どうしてこうするのか思考実験を楽しみたい。低予算で結構あそべますよ!

筆者宅のUHD BDプレーヤ-の脚部

インシュレーターは奥深い

振動の“遮断”は要注意

オーディオ機器を支える脚(フット)はいつのまにか「インシュレーター」と呼ばれるようになった。誰が名付けたのか、なんとなく特別感がともなうので普及したのだろう。でも、お気づきの方も多いと思うけど、インシュレーターは本来、絶縁するとか隔絶するという意味であり、ならばオーディオ機器の振動を置台に伝えずに遮断する支持脚というねらいがあるということになる。

たしかに、機器と置き台とのあいまいな機械振動の伝達を遮断することは音質上の効果があるだろう。けれども私としては、オーディオ機器の振動問題に注目しはじめた当初から、機械振動は遮断するというよりどう伝えるか、どう逃がすかが肝要だと言い続けてきた。

つまり、ゴム脚そのものや無反発ゴム層を挟んだ金属製、合成樹脂製など振動の遮断を意識したものは、一度振動エネルギーを蓄えてから減衰しそこねた振動成分を間をおいて解放する、機器側に跳ね返す効果があるだろう。それによる「ゴム臭い音」が嫌なのだ。

振動を逃がしつつ香りを加える効用

ならばどういうものがいいのかというと、高級機で採用例がある鋳鉄製などおおむね好印象だ。荷重のかかった硬い金属なので共振しにくく音速が速く、鋭い振動をよく脚の底面方向に伝える効果があるからだ。鉄系の独特の響きがともなうこともあるけれど、それを織り込み済みで音を作っているのなら納得できる。オーディオ機器に完全無欠なものはないから、よく制御された香り付けで魅力を増す手法も肯定評価したいものだ。

もちろん数種の金属や上質で緻密な毛足の羊毛フェルトを組み合わせたものも良品がある。こちらは振動を吸収しつつ無害化して置き台や空間に逃がす効果がもっぱらだろう。

木のサイコロに注目

そこでオーディオ機器の支持脚を自己流で工夫する場合、どういう素材がいいのかというと、低予算で簡単に実験できるのは木材だ。工作趣味用に売られている「木のサイコロ」とか、オーディオ用にしては低価格の「キュービック・ベース」の類だ。実例として、前者は東急ハンズで各種の木材が揃っているし、後者は山本音響工芸の「QB-2」(アサダ桜材の4個一組)など商品化されている。

軽い機器なら底部にそれらの木材の立方体(キューブ)を挟み、元の支持脚は浮かせる形で音の変化を楽しむことは容易だ。ただし機器の底面は凸凹していたりネジが飛び出ていたりして安定して支持できる箇所が限られていることがある。また、底板が薄い場合、機器の全重量を支えきれずに故障をもたらす懸念があるので、それは絶対に避けたい。ネジ止めされた本来の支持脚を外せる場合は、そこに置き換えすると安全だろう。

木の三面を知っておくべし

さて、そうした木のキューブを使う場合、木目の使い方を管理することは必須の要件だと知っておきたい。こう言ってはなんだが、公開の視聴会などで、お店やメーカーの係員がキューブを使う場合、木目についてバラバラに使っている例が実に多くて慨嘆することが多いのだ。筆者が視聴報告をする場合は、その点を極力意識して対策するのだが。

そこで木のキューブの使い方をここで披露しよう。まず、板における三面の定義を写真を参考にして確認しておきたい。

写真は桧の板。上向きの年輪が見えている面が「木口」。幅広の面でタケノコのような曲線が見えているのが「板目」。年輪を同芯円とみなすと、おおむねその接線方向に裁断した垂直断面だ。そして側面の縦縞がほぼ平行に見えるのが「柾目」。これは、おおむね年輪の中心軸方向の線で裁断した垂直断面。あるいは、板目に対して直角や鋭角で断ち切った断面ともいえる

同心円に近い年輪が見える面が木口(こぐち)だ。その年輪の中心軸を含む垂直断面が柾目(まさめ)であり、間隔がそろった縦縞はなかなか見ごたえがある。ヴァイオリンやギターの表板はこの柾目で使われている。そして同心円とみなせる年輪の接線方向に断ち切った垂直断面が板目(いため)となる。緩い曲線が時にタケノコのような形で見えるわけで、広い面積を得やすいので板材としてよく使われる。

紫檀(シタン)のような南洋材は模様が複雑で、見る角度によっても変わる。写真では上向きの面が板目。年輪が見える手前が木口。高密度で硬く響きがいいのでギターのボディーによく使われる。オーディオ支持脚にも好適
BDレコーダーの底面に「木のサイコロ」(支持脚)を使う場合。付属の「偏心インシュレーター」は背が低いので、30mm角程度でも浮かせることができる。ただし底面は凸凹していて同じ高さの面で元の脚部に近い位置を選ぶのが難しい。また、底板の直近に回路基板がある箇所があり、凹むと危険だ。この例では本体重量6kg程度のBDレコーダーなのでなんとかなりそうだが、本来は元の脚部を外して置き換える方が安全だ

木口を上下に使う意義

で、支持脚としてはどの面をどう使うかだが、ズバリ、木口を上下に使うのが正解だと信じてほしい。理由は垂直方向に遮る要素がないからだ。同心円状に少しずつ径を大きくしたパイプが立っているようなものだから、振動は高速で伝わりやすいだろう。そして水平の放射軸方向については、多数の冬目、夏目の層をかいくぐって振動が減衰してゆくことも容易に想像できるだろう。

実際に、二つのキューブの年輪のある面(木口)同士を拍子木のように叩き合わせてみると実に明快に響き、きれいな余韻が感じられるものだ。柾目同士や板目同士、あるいは木口とそれ以外の面の組み合わせではそれが鈍くなったり、木の固有の響きが支配的になりがちなので試してみるといい。

こうして、オーディオ機器の機械振動を置き台方向に伝える、逃がす、という目的ならば木口を上下に使うのが合理的ということになる。これは好みの問題ではなく、木材の構造から原理的に言えることだ。

とはいえ、木材による支持脚の使いこなしは、まだまだこれからが面白いのだ。それは次回に報告しよう。

吉田伊織

小学生(1962年)のころから数年、電気工作に熱中。ラジオの深夜放送を自作のラジオで聞くようになり、大人向けのポップスやラテン、ジャズ、映画音楽などに魅せられる。ジャズやロック、モダンフォークが大変革する前夜であり、後の音楽志向の原点となる。またギターの各ジャンルに興味が移り、クラシックギターは一時教室に通ったことがある。また40歳ころにヴァイオリンも習ったが両者とも短期間で限界を知って縁遠くなる。高卒後各種の就業を経験。産業用変圧器や電動機などの修理業では、高電圧ケーブルの絶縁性維持の仕組みにオーディオ用途との関連を見出す。また映画館やポストプロダクション(録音スタジオ)の映写室勤務を経験。 映画館ではアナログ式のドルビーステレオ用再生装置(パッシブ型サラウンドデコーダー相当)を自作。装置を実際の興行に供して好評を得る。光ファイバーを用いた光学音帯のピックアップとしては世界初であった。 趣味のオーディオについては、ジャズ喫茶通いや自作派名人、WE(ウェスターン・エレクトリック)系の大家との交流などで少しずつ接近。管球式、半導体式アンプのキット品や自作などで部品や実装法による音質の違いを研究し、今日のオーディオ評、ビジュアル評に生かしている。