小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第1033回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

ゼンハイザー最上位、1MORE低価格LDAC対応機、「寝ホン」まで。春の注目イヤフォン

新時代のイヤフォン

先日、iPod Touch販売終了によって、iPodシリーズ全体の終焉があきらかになったわけだが、そもそも2000年代初頭に巻き起こったイヤフォンブームの火付け役となったのは、iPodだった。それがスマートフォンに引き継がれ、Bluetoothワイヤレスへ、そして完全ワイヤレスへとバトンが引き継がれていったわけだ。

だが現代のイヤフォンニーズは、2020年以前とは違ってきている。人と会えば話しをするのが普通だった'20年以前は、仕事中はいつなんどき話かけられるかわからないので、「職場でノイキャン」はまず使われなかった。その代わり、電車移動時には1人を楽しむために完全に遮音するという、極端な機能が求められた。

一方’20年以降、仕事中も家で1人というのが当たり前になると、装着時間は圧倒的に長時間化する。さらには人と話すにもイヤフォンそのままでリモート会議となった。音楽を聴くというメイン用途は変わらないにしても、逆にそれ以外の用途やノイズキャンセリングへのニーズはずいぶん多様化したように思う。

今回はそんな視点で、アフターコロナ時代に対応するイヤフォン3種をテストしてみる。ゼンハイザー「MOMENTUM True Wireless 3」は先にブラックが発売済みで、店頭予想価格は39,930円前後。ホワイトモデルは今年夏以降になるという。「1MORE EVO」はLDAC対応ながら価格を19,990円に抑えた同社フラッグシップ。同じく1MORE「ComfoBuds Mini」は「付けたまま寝落ちできる」という妙な付加価値で人気のモデルで、価格は12,990円。

新時代の完全ワイヤレスイヤフォン3種を、さっそく試してみよう。

「MOMENTUM True Wireless 3」のパッケージ
「1MORE EVO」のパッケージ
「ComfoBuds Mini」のパッケージ

ゼンハイザーの新フラッグシップ、「MOMENTUM True Wireless 3」

ゼンハイザーと言えば、今年3月にコンシューマ事業をスイスSonovaに事業譲渡したばかり。したがって本機は、Sonova傘下としては初のフラッグシップという事になる。

ボディは厚みを持たせた形状だが、これでも前作のTrue Wireless 2より16%コンパクトになっており、耳へのおさまりは悪くない。

ボディはかなり厚みがある形状
耳からはだいぶ出っ張るが、フィット感は悪くない

表面にはノイズキャンセリングおよび通話兼用のマイクが2つ搭載されている。通話時はこの2つをビームフォーミングとして利用する。またノズル内にもマイクがあり、通話時には耳管や骨を通して体の中に響く音も集音する。裏側にもノイズキャンセリング用マイクが1つあるほか、着脱センサー、ステータスLEDがある。

内側に着脱センサー、マイク、ステータスLEDがある

搭載ドライバーは、自社工場で生産する7mm径のダイナミック型。ボディに厚みがあるのは、同社独自のアコースティックバックボリューム機構を備えるからだ。これはドライバの後方にエアスペースを設けて、ハウジング内の空気の量と移動を調整するという構造である。有線モニターの「IE600」では、この構造により量感のある中低域の表現を可能にしていたが、今回はこれを2~3kHzの特性向上に利用。プロとコンシューマの音作りで分けた、という事だろう。

Bluetoothはクアルコム製チップを採用し、aptX Adaptiveに対応する。そのほかSBC、AAC、aptXにも対応。また別途高品位DACチップも搭載し、DACおよびノイズキャンセリングを制御する。デュアルチップ搭載は、ゼンハイザーの完全ワイヤレスとしては初。

イヤーチップは4サイズが付属しており、チップ穴にはウレタンフィルタが装着されている。MとSのサイズ差が大きく、この間に1サイズ欲しかったところだ。

イヤーチップは4サイズ

また装着性を高めるウイングチップは3種類。ただ本体の厚みゆえに、人によってはウイング部がまったくひっかからないぐらい耳から出っ張るケースもあるだろう。

ウイングチップは3種類

ケースは表面がファブリック地で覆われており、充電ポートが前面にあるのがユニーク。Qiによるワイヤレス充電にも対応する。バッテリーはイヤフォン単体で最大7時間。ケース併用で最大28時間。フル充電は1.5時間で、10分充電で1時間操作できる急速充電にも対応する。

ファブリック素材採用の充電ケース
充電ポートが前面なのは珍しい

2万円切りでLDAC対応のフラッグシップ「1MORE EVO」

1MOREは2013年中国で創業した音響機器メーカーで、2020年の「EHD9001TA」がノイキャン対応完全ワイヤレスとしては初のTHX認定を取得するなど、廉価ながら高性能のイヤフォンをリリースするブランドとして、日本でも徐々に知名度を上げてきている。

「1MORE EVO」は、LDACに対応しながらも19,990円という価格で日本市場に切り込む、同社のフラッグシップモデルだ。カラーはギルト・ブラック、スノー・ポーセリン・ホワイトの2色で、今回はギルト・ブラックで試聴する。

ボディはやや厚みがあるものの、卵型の形状を美しく見せるデザインで、カッパー色のリングがアクセントになっている。表面は光沢があるが、それ以外の部分は艶消しのセラミック製で、指が滑らない。

やや厚みのある「1MORE EVO」
耳から多少出っ張る程度で収まる

マイクは前向き、下向き、内側の3箇所にある。表面の穴はステータスLEDだ。このうちノイズキャンセリングに使用するのは、前向きと内側のマイク。下向きのマイクは通話用である。通話時には、内側のマイクが骨伝導マイクとなり、音声の集音をカバーする。またAIによるDNN(Deep Neural Network)アルゴリズムにより、周囲のノイズをフィルタリングするという。

ドライバは、中低域を担当する10mmのダイナミック型と、中高域をカバーするBAを組み合わせたハイブリッド型で、40kHzまでの高音域までカバーする。またラウドネス等化機能を内蔵し、音量に応じた最適なバランスを維持するという。最終チューニングは、4回のグラミーショー受賞経験があるサウンドエンジニア、Luca Bignardi氏が担当した。

対応コーデックは、SBC、AACおよびLDAC。付属イヤーチップは5サイズで、穴は開口部の形状に合わせた縦長設計となっている。

イヤーチップは5サイズが付属

ケースは金属製で、傷がつきにくい。バッテリーは本体がANC OFFで連続8時間、ケース併用で28時間。ANC ONでは本体連続5.5時間でケース併用で20時間となる。イヤフォンへのフル充電時間は1時間だ。Qiによるワイヤレス充電にも対応する。

ケース外装は金属製
コンパクトに収納できる

そっちかー、を体現する1MORE「ComfoBuds Mini」

1MORE「ComfoBuds Mini」は、アクティブノイキャン完全ワイヤレスとして世界最小モデルとして、今年3月にリリースされた。5月10日からは限定色のレッドを加えて、CAMPFIREにてクラウドファンディングが開始されている。今回はレッドで試聴する。

光沢のあるボディが特徴の「ComfoBuds Mini」

本機の前身となった「ComfoBuds Z」は、昨年9月放送の「マツコの知らない世界」にて、音楽を聴きながら寝落ちできるイヤフォンとして紹介され、人気となった。本機はその方向性をいっそう伸ばし、「寝ホン」というジャンルへ向けての新作という事になる。

ボディは片側3.7gの小型軽量設計で、実際に耳型にはめてみると、耳たぶから外に出っ張らない小型構造であることがわかる。ただ表面が光沢仕上げでツルツルしているので、ケース取り出し時や着脱時に落としがちである。

耳からほとんど出っ張らない

表面にマイクとステータスLED、裏側にもマイクが1つあり、アクティブノイズキャンセリングに対応する。DNN(Deep Neural Network)アルゴリズム搭載もEVOと同じだ。

ドライバはダブル磁気回路設計のグラフェンダイナミックドライバを搭載。最終チューニングはEVOと同じくLuca Bignardi氏が担当している。コーデックはSBCとAACに対応。IPX5相当の防水性能にも準拠する。

イヤピースは4サイズが付属する

ケースはマット地の薄い卵型で、充電端子は底部。連続再生時間はANC OFFで本体6時間、ケース併用で最大24時間。ANC ONで本体5時間、ケース併用で20時間。10分の充電で90分再生可能な急速充電にも対応する。Qiによるワイヤレス充電にも対応。

コンパクトな充電ケース
中はブラック

三者三様の音質

ではそれぞれの音質を評価していこう。

まず「MOMENTUM True Wireless 3」は、専用アプリ「Sennheiser Smart Control」が対応する。イコライザーとしていくつかのプリセットが用意されているが、「Sound Check」という機能で、好みの音質にチューニングすることができる。これは好みの音楽を再生しておき、いくつかのイコライジングパターンを選んでいくと、最適値に設定される。一方でマニュアルコントロールは低中高の3段階しかなく、かなり大雑把である。

専用アプリ「Sennheiser Smart Control」
「Sound Check」機能で好みの音質に調整できる
マニュアルのEQは割と大雑把

「バスブーストモード」もあるが、これをONにすると低音が他の音域に大きく影響してくるので、あまり使用はお勧めできない。「ポッドキャスト」モードは、EQ設定をキャンセルして音声コンテンツを聴くための専用モードとなる。

面白いのは、Sound Zones機能だ。これはスマートフォンのある現在地を中心に一定の半径にいるあいだは、自動的に特定のEQやノイズキャンセリングの設定にしてくれるという機能である。ソニーのイヤフォンにも似たような機能があるが、自宅やショッピング中など、位置で自動的に設定が変えられるのは面白い。

位置情報を元に設定を自動変更できるSound Zones

今回はEQなしの状態で試聴する。音質的には派手な印象は全くなく、一聴するとモニターのようなサウンドだが、音の奥行きというか、スピーカーで鳴っているような「箱感」がある。イヤフォン特有の、耳に直接音が、という感覚がだいぶ緩和される。このあたりがアコースティックバックボリューム機構の効果だろう。

また左右の位相差がかなりきっちりと管理されており、大仰なステレオ感、逆に言えば位相がちょっとズレた感がなく、音の定位ににじみがない。そのため1つ1つの音の分離感が高く、結果的に解像感の高い音に仕上がっている。Tears For Fearsの「Woman In Chains」のような複雑怪奇な音世界も、本機で聴いて初めてその全体像が理解できた気がする。

再生機はGoogle Pixel 4a(5G)でaptX HDまで対応するが、本機との接続ではaptXでしか接続されなかった。本機でハイレゾ音源を楽しむ場合は、再生機もaptX Adaptive対応機を用意した方がいいだろう。

「1MORE EVO」は、「1MORE Music」という専用アプリでコントロールする。マニュアルのEQ設定はないが、SonarworksのSoundID Referenceに対応しており、リスナーが好みのパターンを選んでいくだけで、カスタムのサウンドが得られるようになっている。今回はSoundIDなしのノーマル状態で試聴する。

専用アプリ「1MORE Music」
2つの音を比較していくだけで好みの音質にチューニングできる

こちらはさすがにデュアルドライバー機だけあって、低音から高音までの幅広さ、特に高域の余裕が感じられる、華やかさも感じられるポップなサウンドだ。LDAC対応ということもあり、ハイレゾソースにも余裕で対応する。

音像にも独特のタイトさがあり、輪郭のキレがいい。2万円切りと価格的にはそれほど高くないが、フラッグシップとしての実力は確かなものがある。一方で本機にはアコースティックバックボリューム機構のようなアコースティックな機構はないので、「デジタルではなし得ない+αの驚き」はないという事になる。

「ComfoBuds Mini」は、音質的にはあまり評価を聞かないところだが、音の傾向としてはEVOにかなり近い。ドライバが全然違うが、同じエンジニアが最終チューニングを行なっているので、やはり似てくるのだろう。

「ComfoBuds Mini」の設定画面

ドライバの径は公開されていないようだが、ボディサイズからすればそれほど大きくないはずだ。だが低音の量感は十分にあり、チューニングの上手さを感じる。ただこれはANC ONの時の音質で、OFFにすると低域や明瞭度まで失われてしまう。おそらくこれがスの音質なのだろう。

本機独自の機能として、「落ち着くサウンド」がある。これは雨音やたき火などの音をあらかじめダウンロードしておくことで、睡眠時に聴けるようにするという機能だ。また実験的機能として「睡眠検知」機能があり、ヒーリングサウンドを40分再生したあとユーザーが非アクティブになると、自動的にヘッドホンの電源が切れるという機能だ。

「落ち着くサウンド」をダウンロードしておける

実際にこれを付けて横になってみたが、まくらに耳が押しつけられても、イヤフォンが耳にめり込む感じがない。また押されている側の音だけ大きくなったり、低音が出過ぎて左右のバランスが壊れるといったこともない。寝落ちもそうだが、ベッドでゴロゴロしながら使えるという付加価値がある。

ANCと通話音声

次にANC機能を調べてみよう。

「MOMENTUM True Wireless 3」のANCは、オフ、風切り音の防止、オンの3段階で設定できる。風切り音の防止とオンは、キャンセル具合としてはそれほど大きな差はなく、ANCとしてどちらも、外音をシャットアウトしてしまう感は低く、全体的にノイズレベルを下げるといった効き具合である。

外音取り込みとANCは組み合わせ可能

トランスペアレントモードとして外音取り込み機能が併用でき、外音取り込みレベルがマニュアルで決められる。「Pause Music」モードは音楽が停止するはずだが、Amazon Musicの再生ではなぜか再生が止まらなかった。

風邪切り音の防止は、確かにマイクのフカレによるボコボコ音を完全にカットできる。ただし外音取り込みを併用すると、やはりボコボコに戻る。

「1MORE EVO」は、ANCと外音取り込み、OFFの3切り替えだ。その代わりANCでは、「ディープ」「マイルド」「風切り音低減」「スマート」の4タイプから選択できる。それぞれカットできる帯域が異なっており、シーンに合わせて使い分けるという事になる。

一番強いのは「ディープ」だと思われるが、それでも周囲のガヤはだいぶ聞こえてくる。こちらも完全無音というわけにはいかないレベルだ。むしろ音楽と環境ノイズをどうブレンドするか、といった使い方になるだろう。

「ComfoBuds Mini」も基本的にはEVOと同じだが、ANCモードのうち「スマート」がなくなり、3種類からの選択となる。キャンセリングの傾向もEVOとほぼ同じだが、本機は元々用途が自宅利用になると思われるので、そこまでのキャンセリングは求められないだろう。

最後に通話性能もテストしてみた。「MOMENTUM True Wireless 3」は、通話時に外側2つのマイクをビームフォーミングとして利用し、ノズル内のマイクで耳管や骨を通して体の中に響く音も集音する。したがって、周囲のノイズはナチュラルに下げつつ、声が音痩せしない集音が可能だ。

「1MORE EVO」は、ビームフォーミングではなく、AIによるDNN(Deep Neural Network)アルゴリズムにより、周囲のノイズをフィルタリングする。この方法論は、すでにソニーの「Linkbuds」でも一度テストしている。また内側のマイクが骨伝導マイクとなり、音声の集音をカバーするというが、実際集音してみると、だいぶ音痩せしてしまう。またDNNアルゴリズムによるフィルタリングも、少し効きすぎる傾向があるのか、シュワシュワした感じが残る。

意外に良好だったのが、「ComfoBuds Mini」だ。マイクはEVOよりも1つ少ないが、意外に音痩せせずに集音できる。多少シュワシュワするのはDNNアルゴリズムによるフィルタリングが同じだからだろう。

3つの集音を比較した動画を作成したので、参考にしてみて欲しい。

3つのイヤフォンで集音テスト

総論

価格的に約4万円、約2万円、約1万円のイヤフォンをテストしたわけだが、それぞれに個性があってなかなか面白い。一概に高い方が良いというわけではなく、ユーザーが何に使うかで最適解が変わるという事である。

「MOMENTUM True Wireless 3」はLDACには非対応だが、イヤフォンの音に飽きた、スピーカー的な余裕のある音楽リスニングを求めたい人にはピッタリだ。ハイレゾを楽しみたいならaptX Adaptive対応プレーヤーが必要になるため、Android派の人にお勧めという事になる。

「1MORE EVO」は元気の良いサウンドが好みの人に向くだろう。ケースが金属製で堅牢ということで、外出が多い人にも安心できる。見た目もシックで目立つわけではないが、アクセサリ感がある。

「ComfoBuds Mini」は、寝落ちを武器にした小型モデルだが、ANC ONで使う限り音質は意外に悪くない。通話音声も良く、1日着けておくイヤフォンとして注目したい。ただ表面がツルツル滑るので、屋外での利用はあまりお勧めしない。

ANCの効き具合は、ソニーやBOSEなどに比べると1段2段落ちる。外出時の騒音対策に完全無音が欲しい人は、そちらを検討すべきだろう。これら3製品は、家庭内の利用で窓の外からのノイズを減らしたいだけ、みたいな用途として捉えるべきだ。

すでに多くの完全ワイヤレス製品は、音質面ではSoundIDといった技術の進歩もあり、一定の水準までは到達したと考えられる。そこから先はストイックに音質を追求していくのか、あるいは違う狙いへ進んでいくのかで道が分かれはじめた。

この春発売のイヤフォンは、そんなことを考えさせられるいい製品が揃っている。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。