小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第1037回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

“耳を塞がない”ブーム爆発! ビクター「HA-NP35T」とOladanceをテスト

今回テストする2製品。Oladanceウェアラブルステレオ、ビクター「HA-NP35T」

耳のそばにスピーカー?

イヤフォンとして、もはや標準のポジションに着いた完全ワイヤレスは、イヤフォンの固定方法として耳穴に突っ込むカナル型を選択してきた。これは遮音性も高く、ノイキャンブームと相まって広く浸透した。

ただ昨今は、それが反転しているかのような動きを見せている。骨伝導イヤフォンは、かつては安全性が高いとしてジョギングやフィットネス文脈で語られたものだったが、テレワークが浸透するに従って、耳に負担が少ない日常生活で使うイヤフォンとして注目を集めている。

そして一般的なスピーカードライバを使って耳のそばで鳴らすという製品、言うなれば「耳元スピーカー」とも言える製品が出てきている。5月に発売されて話題になった「HUAWEI Eyewear」のようなオーディオグラスも、その文脈と言える。

今回取り上げるのは、6月にクラウドファンディングを開始したDANCING TECHNOLOGYの「Oladanceウェアラブルステレオ」と、6月上旬発売のJVCケンウッド、ビクター「HA-NP35T」である。どちらも耳に引っ掛けるタイプの完全ワイヤレスだ。

耳元スピーカーは、新ジャンルとして定着するだろうか。先行商品2つを、さっそく試してみよう。

香港からやってきた「Oladance」

DANCING TECHNOLOGYは、香港を拠点とする2019年設立のオーディオベンチャーである。Oladanceは同社の第1号製品で、すでに米国では昨年末からクラウドファンディングで販売が行なわれている。

Oladanceパッケージ

オーガニックな形状が魅力のイヤーフック型イヤフォンで、カラーはブルー、ホワイト、オレンジ、シルバーの4色。今回はブルーをお借りしている。

本体はブルーだがケースはブラック

本体および充電ケースが基本セットとなっており、現在は26% OFFの15,480円となっている。充電ケースにはバッテリーが内蔵されておらず、別途USB-C端子から電源を供給する必要がある。

ケースはバッテリー非搭載で、背面USB端子から直接給電

もう1つはこの基本セットに、バッテリー内蔵充電ケースを組み合わせた「長時間セット」で、現在は33% OFFの18,480円となっている。バッテリーなしのケースがベーシックモデルだというのは、筆者が知る限りこれまでになかったパターンである。

バッテリー内蔵ケースは別のセット販売となっている

標準ケースは、本体を横長に収納するため、かなり細長い。ただ厚みもそれほどないので、カバンへのおさまりが良い。一方バッテリー内蔵ケースは、本体を横並びで収納するため、かなり大きい。ケースだけで充電できるのは魅力だが、正直ケース2つもいらないのではないだろうか。本体とバッテリー内蔵ケースだけの組み合わせでも販売して欲しいところだ。

内部

イヤフォン本体は、ドライバ・基板部とバッテリー部をワイヤーで繋いだような形状で、2つは重量的に釣り合うよう設計されている。ドライバ部の表面はタッチセンサーになっており、タッチ1回で再生・停止、2回で曲のスキップ・バック、3回で音声アシスタントが起動する。上下のスライドで、ボリュームアップ・ダウンにも対応する。

2つのユニットを連結したようなデザイン

表面は樹脂だが、皮膚に当たるほうはすべすべしたシリコン素材で覆われている。先端に音の放出部がある。上面にオープンエア用と思われるダクトが細長く空いている。顔方向にマイクと思われる穴が2つ空いている。防塵防滴性能はIPX4相当。

音の放出部は1箇所

ドライバは16.5mmとかなり大型のダイナミック型。一般的なカナル型イヤフォンが大型でも10~12mm程度、インイヤーで大口径と言われるものでも13mm~15mmなので、16.5mmはイヤフォンでは珍しいサイズである。

装着は、バッテリー部を耳の前から後ろへ回すように滑り込ませる。案外すんなり装着でき、ポジションもすっきり決まる。耳穴を塞がないので、周囲の音はナチュラルに聞こえてくる。

ポジションが決まると、しっかり固定される

コーデックは、クラファンサイトにはSBCとしか記載がないが、Androidの開発者向けオプションで確認したところ、AACでも接続できるようだ。

HDオーディオをONにすると、AACでも接続できる

バッテリーは、本体のみで最大16時間再生。バッテリー内蔵ケースを併用すると、最大94.4時間再生となる。1日8時間使ったとしても、12日ぐらい保つことになる。

ビクター・ブランドの新シリーズ「nearphones」

JVCケンウッドの「HA-NP35T」は、懐かしのビクターのロゴがプリントされた新シリーズ、「nearphones」の第1弾という位置づけのイヤフォンだ。日本ビクターはすでに会社としては存在しないが、2017年に旧日本ビクターの創立90周年を記念して、オーディオブランドとして復刻している。「nearphones」は耳を塞がない形状を模索していくブランドのようで、今後の商品展開も楽しみである。

価格はオープンプライスで、店頭予想価格は11,880円前後。新たなブランドの第一弾モデルとしては、かなりリーズナブルだ。

「HA-NP35T」製品パッケージ

本体は、ドライバ部とバッテリー部に分かれているが、楽譜の「ヘ音記号」みたいな形でなかなか面白い。色はネイビー、ブラック、ホワイトの3色。今回はブラックをお借りしている。

バッテリー部が細身のボディ

ボディは裏も表も樹脂製で、接続部だけシリコンコーティングされている。構造はOladanceとも同じなので、装着方法も同じ。裏側も樹脂ということで、Oladanceと比べると装着感はやや堅い。ただバッテリー部が細いので、耳の後ろのはみ出し感は少ない。

耳の後ろのデザインはすっきり

搭載ドライバは16mmで、こちらもかなり大きい。スピーカー開口部は2箇所あり、表側にはバスレフポートがある。ここからの放出音を耳に戻すというよりも、いわゆるオープンエアポートである。ポートの音導管を蛇行させることで、中高域の音漏れを軽減するという。また顔の前方へ向けて、マイク穴が2箇所ある。防塵防滴性能はIPX4相当。

出音の開口部は2箇所

ビクターロゴの部分がタッチセンサーになっており、タッチ1回で再生・停止、左のタッチ2回で音量ダウン、3回で音量アップ。右の2回で曲のスキップ、3回でバックとなる。また1秒以上のタッチで音声アシスタントが起動する。対応コーデックはSBCのみ。

ロゴ部分がタッチセンサーになっている

ケースは横長で、やや厚みがあるタイプ。バッテリーも内蔵である。バッテリーは本体のみで7時間、充電ケース込みで最大17時間。

ケースに収納したところ
背面にUSB-C端子

こうしたフック型の懸念としては、メガネに干渉しないかということだが、実際に装着しても特に問題は感じられなかった。

その一方で大きな問題は、マスクである。マスクを装着するときには問題ないが、マスクを外すときには必ずヒモがイヤフォンに絡まる。結局イヤフォンごと全部外すしかないというのは、このフック型形状の宿命であろう。

実際に聴いてみると……

では実際の音質をチェックしてみよう。まずはOladanceからだ。

耳穴から離れているということで、低域の減衰が気になるところだが、そのあたりはかなり意識してチューニングされているようだ。低域のボリューム感はカナル型には劣るものの、バランス良く鳴るよう工夫されている。高域の立ち上がりが甘く、輪郭がソフトに聞こえる点は、評価が分かれるところだろう。昨今好まれる音の傾向をよく研究していると思う。

全体的にまとまりがいいので、長時間のリスニングでも聴き疲れがない音に仕上がっている。日常使いでカナル型が辛くなってきたという方が代用で使うには、十分聴ける音だろう。

専用アプリを使えば、イコライザーで音質調整もできる。可変範囲が±3dBしかないので、それほど極端に利くわけではないが、「もうちょっと」が調整できるのはありがたい。

そのほか左右のバランスや、タッチコントロールのセッティング変更など、一般的な完全ワイヤレスができる一通りの機能は備えている。まだ製品第1号ではあるが、ソフトウェアの開発もちゃんと追いついている点は好感が持てる。

左右バランスや自動ミュートといった設定変更が可能

続いてビクターHA-NP35Tだ。こちらはコーデックがSBCしかないが、意外に中高域が綺麗に抜ける明るい音で、明瞭感が高い。ただ16mmドライバを搭載しているにしては、低域がもっと欲しい。ほぼ同サイズのドライバを搭載するOladanceがかなり低域が出せるのに比べると、もう少しチューニングでどうにかならなかったのかなという気がする。

またこちらは専用アプリが提供されておらず、イコライザ調整といった機能が提供されない。シンプルな使い勝手だとは言えるが、今後のファームアップなどにも不安が残るところだ。

実際どのように聞こえるのか、サザン音響の「SAMREC Type2500S」、通称「サムレック君」にご登場いただく。楽曲はフリー音源提供サイト「DAVA-SYNDROME」で公開中の、「Flehmann」氏による「With You」の一節だ。

ダミーヘッドによる聞こえ方の違い
楽曲はフリー音源提供サイト「DAVA-SYNDROME」で公開中、「Flehmann」氏の「With You

完全オープン型ということで、どのぐらい音漏れがするのか気になるところだ。上記の収録を行なっている際に音漏れを客観的に聴いてみた限りでは、Oladanceは元々高域がそれほど立っていないため、音漏れしてもシャカシャカ感はない。そのため静かな室内でも、1mほど離れると、今曲のどの辺なのかを聞き取るのは困難である。20cmぐらいまで耳を近づけないと、何が鳴っているのか聞き取れない。

一方HA-NP35Tは、元々高域が立った音なので、音漏れにシャカシャカ感が強い。1m離れていても、だいたい曲の輪郭が掴める程度には聞こえてしまう。電車内などでの使用には気をつけたいところだ。

優秀な集音性能

続いて通話性能についてもテスト。場所はいつものショッピングモールである。通常はやや声を張らないと会話もできない場所だが、双方ともかなり良好な集音が可能だ。

ショッピングモール内で集音性能をテスト

Oladanceは、集音時のノイズリダクションがしっかり聴いており、喋っていない瞬間は無音に近い。音声もよく拾えているが、若干リダクションが聴きすぎてキュワキュワしたノイズが聞こえる。ただこれぐらい集音できれば、通話には十分だろう。

HA-NP35Tも、かなりノイズリダクションは優秀だ。また声質もよく、低域まで綺麗に拾えているのが特徴である。リダクションが強く聴くわりには、キュワキュワ感があまりなく、聞きやすい音に仕上がっている。

どちらのモデルも、集音性能はかなり良好だ。Oladanceは動作時間が長く、HA-NP35Tは片耳ずつでも使用できる。連続のリモート会議でも活用できるだろう。

総論

カナル型のノイズキャンセリングがブームになり、多くの人がそのメリットを知ることになったわけだが、長時間利用となれば耳への負担が大きくなる。また、電車内などそもそも人と喋ったり話を聞いたりすることが不要の空間に長時間詰め込まれるといったことが減少した結果、イヤフォンは耳を塞がないという方向への反転が起こったと考えられる。

骨伝導も1つの選択肢だが、スピーカーを使った方法論が様々模索されており、次第に成果が出始めているのが今、ということではないだろうか。今回の2製品は、ほぼ同様のアプローチで製品が作られているわけだが、音の傾向がかなり違っており、方法論が同じなら結果も同じというわけではないようだ。

DANCING TECHNOLOGYのOladanceは、まだ創業3年目のベンチャーでありながら、製品の質感もよく、音質的にも優れた製品を出してきた。デザインも良く、動作も安定している。今後に期待できるメーカーだ。類似製品も多々ある中で製品の出来が突出しており、骨伝導のShokzがそうであったように、特定分野では「ベンチャーながらトップブランド」となり得る可能性もある。

一方、ビクター「HA-NP35T」は、約1万円ちょっと買えるという部分が魅力的だ。nearphonesブランドのエントリー機としてこの分野に初挑戦といった格好だが、低価格という事もあり、製品の質感やデザイン、音質面で、3年目のベンチャーの後塵を拝する結果となった。もっともこれが第1弾であり、今後に続く製品で大化けしてくれることを期待したい。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。