小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第1036回
穴がなくてもいいの? ソニー「Linkbuds S」を聴く
2022年6月15日 08:00
早くもシリーズ第2弾登場
今年2月に登場したソニー「LinkBuds」は、中央部に穴の空いたユニークな構造で、日常使いのイヤフォンとして注目を集めた。耳穴に突っ込むカナル型ではないため、外耳道への負担が少ないところもポイントで、現実音と音楽を空中で混ぜるという新しいコンセプトが光った製品であった。
そして6月には早くもシリーズ第2弾として、「LinkBuds S」が登場した。LinkBudsは常時外音が聞こえるのがポイントだと思っていたのだが、今度の兄弟モデルはカナル型でノイズキャンセリング機だという。店頭予想価格は26,000円前後で、既発売のLinkBudsよりも3,000円ほど価格アップとなっている。
ノイキャン機はマイクがあるので、外音取り込みモードにも切り替えられる。そらそうだけど、ちょっと話が違うじゃねえかよ感も拭えないところだが、実際どうなのだろうか。LDAC対応ノイキャン機としての実力も兼ね備えたLinkBuds Sは、LinkBudsのコンセプト通りの製品なのか、さっそく試してみた。
LDACノイキャンの最小モデル
「LinkBuds S」は、ホワイト、ブラック、エクリュの3色展開となっている。今回は新色である、エクリュをお借りしている。
エクリュ(Ecru)とはフランス語で「未加工」、「自然のまま」といった意味で、日本語でいうと「生成り(きなり)色」という事になる。漂白前の素材色ということで、黄みがかった白を表わす。
この色を見ると、デザイナーも若いんだなぁ、世代は変わったなぁという思いを新たにする。50過ぎのオッサンにとってこの色は、日焼けしたMacintoshの色であり、タバコのヤニで汚れたPC98のフロントパネルの色である。おそらく若い人は、この色に「古さ」や「薄汚れた感」を抱かないのだろう。ある意味オジサンオバサンへの踏み絵的なカラーである。
カナル型ということで、「WF-1000XM4」を一回り小さくしたような形状となっている。ボディ部表面は平たく押しつぶしたような形になっており、耳からの出っ張りが少ない。LDAC完全対応ワイヤレスノイキャンとしては、世界最小・最軽量を実現した。
装着方法が違うので比較しても仕方がないところではあるが、こうして並べてみると初代LinkBudsのほうが若干小さい。やはりカナル型でノイキャンとなると、これぐらいのサイズが現時点での限界ということだろう。表面のカラーも、LinkBudsは再生プラスチックを使ったマーブル模様が魅力だったが、Sは同じ再生プラスチックを使いつつも、マットな単色となっている。
ドライバはダイナミック型で、5mmのドーム型。対応コーデックはSBC、AAC、LDAC。プロセッサは「WF-1000XM4」同様「V1」を搭載しており、ノイキャン性能にも期待が持てる。マルチペアリングは8台まで対応。
ジャイロセンサーも内蔵しており、LinkBudsで対応していたLocatoneやSoundScapeには引き続き対応する。ただ振動センサーが足りないのか、顔を叩いただけで本体タッチと同様の反応をする「ワイドエリアタップ」には非対応となっている。
表側にはやや大きめのマイク穴がある。これは外音取り込み時の風ノイズ軽減のため、マイク内部を包むメッシュ構造になっている。重量は片側4.8gで、IPX4相当の防滴性能を持つ。
イヤーピースも本体色に合わせたカラーで、サイズはSSからLLまで4種類が付属する。内側にはノイズキャンセリング用マイクと着脱センサー、充電用端子がある。
装着すると、耳へのおさまりは非常に良い。従来機と違ってボディの平たさが目立つが、耳からの出っ張りも少なく、イヤフォンをしたまま横になった際にも、耳穴へ食い込みが少ない。日常使いが前提なので、ゴロゴロしながら使える形状を意識したのではないだろうか。
ケースのほうも見ておこう。イヤフォンを垂直に挿入するオーソドックスな形で、サイズ的には特に小さいという感じはない。この点では初代LinkBudsは、ケースも小さくできていた。
連続再生時間はNC ONで最長6時間、ケース込みで最長20時間。OFFでは最長9時間で、ケース込みで最長30時間となる。NCありでも初代LinkBudsよりも再生時間が少し長いのは、なかなか優秀だ。
しっとりした音質、LDACは……
では気になる音質をチェックしてみよう。完全ワイヤレスでLDAC対応ということで、グレード的にはWF-1000XM4の下位モデルという位置づけでもある。3万円代半ばで販売がスタートしたWF-1000XM4も今ではネットの最安値で25,000円程度まで下がっており、実は本機とあまり変わらない価格になってきている。
設定アプリ「Headphone Connect」でBluetooth接続品質を「音質優先」にすると、再生側がLDAC対応であればLDAC接続となる。
ドライバーが5mmということで、WF-1000XM4より1mm小さくなっているが、特にEQ設定をしなくても低音が不足することはない。ただWF-1000XM4のようにたっぷりの量感があるわけではなく、その点は若干後退するところである。まあ不足分はEQの「ClearBASS」で足せるので、あまり問題はないだろう。
音の解像感も悪くないが、その一方で音の華やかさはそれほどでもなく、どちらかというとWF-1000XM4をもうちょっとウェットにした音だ。WF-1000XM4もXM3より派手さを抑えて聴き疲れしない音に方向転換したが、基本的にはその路線である。長時間利用を前提とすれば、当然そうなるだろう。
この価格でソニー純正のLDACイヤフォンが買えるのは朗報ではあるが、LinkBudsとしての最大の特徴であるサービス連携を行なうと、LDACが使えなくなるという仕様になっている。
また常時右側がマスターとしてスマホと接続しっぱなしになるので、バッテリーの片減りが起こりやすくなる。サービス連携がなければ普通のソニー製イヤフォンと変わりないので、LinkBuds Sというよりは、ただのWFシリーズの1つ、という格好になってしまうのは残念だ。
ソニーのノイズキャンセリング機は、以前から外音取り込みモードを搭載しており、サービス連携とは関係なく機能する。一方LinkBudsとしては、外音取り込みにスイッチできることは重要で、設定でNCか外音取り込みの二択に設定変更できる。つまり「OFF」を経由する必要がないということだ。
ノイズキャンセリングはかなり優秀で、街の雨音などは完全に消し去ることができる。ショッピングモール内のガヤのような轟音までは完全にキャンセルできないが、NC用チップがWF-1000XM4と同じという事もあり、キャンセル度合いはかなり近いものがある。
一方で屋外での外音取り込みが重要になるということで、マイクをメッシュ構造で包み、風による「フカレ」を軽減した。実際にサーキュレータを「強」に設定して顔に向け、外音取り込みモードにしてみたが、「フカレ」はかなり軽減されている。まったくゼロというわけではないが、実用上まず問題ないだろう。
喋り始めると自動的に外音取り込みモードになり、音楽再生が停止する「スピーク・トゥ・チャット」も健在だ。ただ今回初めて気がついたのだが、この機能はくしゃみでも反応する。予想外に大きなくしゃみをしてしまい、周りの反応をうかがいたいという場合には便利とも言えるのだが、くしゃみは発話ではないので、なんとかAIの力で反応しないようにならないだろうか……。
音声通話もテストしてみよう。PC Watchが報じているように、Web会議での疲労感は音質の悪さが原因ということがあきらかになった。今後はイヤフォンの音声通話の音質にも、より注目が集まるようになるだろう。
LinkBudsは、AIの機械学習によって音声だけを通すという機能を搭載していたが、LinkBuds Sも同様の機能を搭載している。さらにSの場合は、複数のマイクを制御して音声信号処理を行なう「高精度ボイスピックアップテクノロジー」も併用している。
いつものショッピングモールで音声収録してみたところ、ノイズキャンセルの傾向はLinkBudsとあまり変わらないが、高精度ボイスピックアップテクノロジーと組み合わせたせいか、低域が音痩せして聞こえるのは惜しい。ただ喋っているときにもNCが聴くので、周りの音に邪魔されず喋りやすいという利点はある。
より拡がりを見せる「サービス連携」
前回LinkBudsをテストした際には、サービス連携としてソニーの「Locatone」とマイクロソフトの「SoundScape」があった。またワンタッチで音楽再生がスタートできる「QuickAccess」の機能として、「Spotify Tap」にも対応していた。
今回はさらに連携できるサービスが広がり、エイベックスが出資するドイツの「Endel」にも対応した。Endelは音楽のサプリともいえる自動音楽生成アプリで、睡眠補助、緊張緩和、集中など、違ったパターンの音楽を自動再生してくれる。これもSpotify Tap同様、QuickAccessで起動できる。
さらにまだβ版ではあるが、「Auto Play」というアプリにも対応した。これはイヤフォンの装着や通話終了といったイベントを察知し、それに応じて他のアプリケーションを動かすという、一種のイベントマネージメントツールだ。例えば装着するとすぐにEndelで音楽再生が始まるとか、動き出すとSpotifyに切り替わるといった自動制御が可能になる。
各サービスとの関係性がややこしいので、概念図にしてみた。
Auto Playはワークタイムなのかプライベートタイムなのかでも挙動が分けられるので、自動で動作するのはワークタイムのみ、といった設定もできる。手放しで勝手に色々やってくれるというのも、LinkBudsの1つの方向性なのだろう。なおこれらの連携は、前LinkBudsでもファームアップで可能になる。
総論
リング状のドライバ開発によって外音が常に聞こえることで、新しい世界を広げたのが、LinkBudsだった。音質的には低音不足や音量不足といったデメリットもあったが、ハードウェアとコンセプトの面白さでそれをカバーした。
一方今回のLinkBuds Sは、従来同様のカナル型NC機として登場した事で、LinkBudsシリーズとしては「思てたんと違う」的な戸惑いも見られるところだ。ただ音質的にも性能的にもWF-1000XM4の流れを汲むものであり、単純にLDAC対応NC機としての完成度は高い。
また外音取り込みモードにすれば、LinkBudsのウリであるサービス連携が使えるなど、何にでも使えるオールマイティなモデルである。ただサービス連携を使うにはLDAC接続を断念しなければならないと言う点で、全てが同時に使えるわけでもないという難点がある。
多くのユーザーは、LinkBuds的に使うか、LDACイヤフォンとして使うかの2択を迫られる点で、設定を迷うことになる。