小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第1055回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

「骨伝導系で一番音が良い」は本当か? 世界初“軟骨伝導”オーテク「ATH-CC500BT」

軟骨伝導を採用した「ATH-CC500BT」

「耳を塞がない」に新しい波

イヤフォンやヘッドフォンでは、もはやノイズキャンセリング機能は“ほぼ標準”とも言えるほどの普及を見せている。その一方で、単にキャンセルするだけでなく、外音取り込みに切り替えられる機能もまた重視されている。イヤフォン・ヘッドフォンの利用が通勤時間に限られていたころと違い、着けっぱなしのままで生活するという事が日常になってきたということだろう。

そんな中、耳穴を塞がないリスニング方式として、骨伝導が注目された。音楽再生用として注目を集め出したのは、2018年のShokz「TREKZ AIR」が最初ではないだろうか。その他のオーディオメーカーも参入し、昨今では中国メーカーの参入で一気に低価格化が進んだところである。

耳を塞がないのには一定の需要があるとして、ドライバの真ん中に穴を開けるというソニーの「LinkBuds」、耳元から音を流し込む「Oladance」やビクター「HA-NP35T」、耳元で鳴らしつつ逆相をぶちまけて漏れた音を打ち消すNTTソノリティ「MWE001」など、色々なアプローチが登場している。

骨伝導タイプのヘッドフォンは、アクチュエーターを頭に押しつけないといけないので、いわゆるネックバンド型の構造になっている。一部耳たぶに着けるPEACE「SS-1」のような製品もあるが、主流はネックバンド型である。

今回ご紹介するオーディオテクニカの「ATH-CC500BT」(以下CC500)は、アクチュエーターを使って頭部に振動を伝えるという意味では骨伝導の一種と言えるが、振動させる部位がこれまでの骨伝導とは違うという製品だ。10月14日より発売が開始されており、価格は公式サイトで17,600円。カラーはベージュとブラックがある。すでに購入した人からはなかなかの高評価である。

本連載としても新方式となれば、見逃せないところである。早速試してみた。

見た目、構造も骨伝導だが……

一般的な骨伝導は、硬い頭蓋骨を振動させ、その振動を音を感じる蝸牛に直接伝えている。これは鼓膜や中耳内の三骨(つち骨・きぬた骨・あぶみ骨)を経由していない。このメリットとして、中耳の機能になんらかの問題があって聴覚に異常があるという方は、骨伝導型の補聴器を使う事で聴覚が得られるといった用途に利用できる。

一方骨伝導のデメリットは、1つの頭蓋骨を両脇から振動させているので、左右の音が混じる、すなわちステレオセパレーションが悪くなるという事が上げられる。加えて音楽再生用としては、高域の抜けはいいが、低音の出が悪いといった課題がある。この課題に取り組んだのがShokzの「OpenRun Pro」で、アクチュエータ部に複数の開口部を設けることで、低域特性を大幅に改善した。筆者も骨伝導イヤフォンは色々聴かせてもらったが、この製品がこれまでのところ、音楽的には一番いいのではないかと思っている。

一方CC500が採用している方式は「軟骨伝導」。これは、2004年に奈良県立医科大学耳鼻咽喉科学の細井裕司教授が発見した新しい方式で、500年以上前に骨伝導が発見されて以来の大発見と言われている。

そもそも耳の回りには軟骨が多く、外耳の周囲も軟骨で覆われている。軟骨伝導は、この外耳周辺の軟骨を振動させることで、外耳道内に空気振動を作り出す。空気振動なので、それを鼓膜がキャッチすることで音を聴くという方法だ。

メリットとデメリットは、骨伝導のちょうど逆ということになる。音を聴くのには普通に鼓膜や中耳の三骨を使うので、骨伝導補聴器としての役割は果たせない。一方で頭蓋骨を振動させておらず、左右それぞれの外耳道を振動させているため、イヤフォンやヘッドフォン並みのステレオセパレーションが得られる。気になるのは、伝導ルートが変わることで音がどのように変わるのか、ということだ。

CC500は、構造的には一般的な骨伝導タイプのヘッドフォンと変わらない。アームの先端にアクチュエーターがついており、耳たぶを迂回してその後ろに基板部とバッテリー、という構成だ。

右は骨伝導の代表的モデル、Shokzの「Open Run Pro」

ポイントはアクチュエーターかと思うが、外観からはその違いや特徴はわからない。オーディオテクニカのロゴに合わせたのか、形状が三角形になっているが、アクチュエーターが三角でなければならないというわけでもなさそうだ。厚みは骨伝導型の2倍ぐらいあるため、装着すると顔からはみ出して見える。

特徴的な三角のアクチュエータ
アクチュエータにはやや厚みがある

耳にひっかけるアーチ部分は、Open Run Proと比較すると鋭角でカーブが深くなっている。装着すると、アクチュエータの位置は、Open Run Proよりも下に来る感じだ。軟骨の位置がそのあたりなのだろう。

アーチ部分は深く、かつ鋭角

重量は約35gで、OpenRun Proの29gより多少重い。軟骨振動では、アクチュエーターを強く押しつけなくてもよいということで、バンドの締め付けはOpenRun Proよりも若干ゆるめになっている。

イヤフォン的な仕様をまとめておくと、通信方式はBluetooth Ver 5.1で、対応コーデックはaptX HD、aptX、AAC、SBCの4つ。2台同時に接続できるマルチポイント機能も搭載する。音楽再生時の連続使用時間は最大約20時間で、充電時間は約2時間。IPX4相当の防滴仕様となっている。

操作系は左側に集まっており、ボリュームのアップダウンと、再生停止などのマルチファンクションボタンがある。右側のボタンは電源およびペアリングだ。通話用マイクは左側に1箇所のみだが、intelliGoが開発したAIノイズリダクション(AIVC)を採用する。これはあとで試してみよう。

左側にコントロールと充電端子
マイクは先端に1つだけ

優れた音質と、派手なEQ

では音質について、OpenRun Proと比較しつつ聴いてみたい。

まず一聴してわかるのは、高域特性の伸びの良さである。金物系の倍音の多さ、叩き方による細かいニュアンスまで、綺麗に抜けてくる。ただこのあたりは、従来型の骨伝導でも同様の傾向がみられる部分だ。OpenRun Proは、従来型骨伝導で不足がちだった低域表現に振った設計となっており、その代わりにこの抜けるような高域表現は減退している。

低域については、CC500は無理なく出せている。音楽的なバランスからすれば、もう少し出てもいいかなとは思うが、ベースラインも十分耳で追えるレベルで聞き取ることができる。ただ、楽器一斉のシカケでドーンと来る音のパンチみたいなものは、柔らかくなっている感はある。OpenRun Proは、低域としての音のパンチを感じることができるが、そのぶんアクチュエーターの振動が大きくなるため、若干皮膚がくすぐったくなる。

中音域もしっかりしているが、若干あっさりめの表現となっている。全体的には少しハイ寄りなので、明瞭感があり、全体的にすっきりした見通しのいいサウンドだ。

惜しいのは、トータルとしてのボリュームが一般的なイヤフォン・ヘッドフォン製品と比べると小さいところだろうか。最大ボリュームにしても、ソースによっては大音量には聞こえないこともある。特にハイレゾソースはピークを広く取っている関係で平均的な音圧は下がる傾向があり、CC500で聴くとボリューム的に小さい感じが強くなる。

専用アプリ「Audio-Technica | Connect」を使うと、イコライザーが利用できる。ここで「Bass Boost」に切り替えると、同じ製品とは思えないほど音が激変する。低域が出るのはもちろんのこと、特定の中域がどっか行ったんじゃないかと思えるほど凹み、ハイ上がりになる。いわゆるドンシャリで、パンチの強い音に変わるので、多くの音楽ソースを楽しく聴く事ができる。そのかわり、耳周辺がくすぐったいぐらいアクチュエーターが振動してくる。

専用アプリでは2タイプのEQが利用できる

「Original」では若干物足りなさを感じた低域がガッツリ出るので、低音好きの人にも満足できるだろう。骨伝導は全体的に低域が弱い傾向があるが、この製品および軟骨伝導方式の高いポテンシャルを感じる。

装着位置を変えると、音質も変わってくる。耳穴から上に持ってくるとだんだんハイ上がりになり、耳穴から下に下げていくとだんだん低音が持ち上がってくる。装着位置である程度音質が調整できるので、好みの位置を探すのも楽しい。

欲を言えば、OriginalとBass Boostの音質の差があまりにも大きいので、ユーザーが手動で設定できるイコライザが欲しかったところだ。この方式やアクチュエーターのどのあたりに個性があるのか、自分で探りたい人も多いのではないだろうか。

一方で、装着性についても言及しておきたい。CC500は耳フックのカーブが若干鋭角で、バンドの締め付けも弱いところから、長時間装着したり、ランニングなどフィットネスで体を動かすと、本体が滑ってだんだん下がってくる。本体重量も若干重いこともあり、カーブの鋭角の部分が耳の付け根部分を挟み込む格好になる。そこがちょっと痛みを感じるところである。後継機では、もう少しこのカーブを工夫する必要があるだろう。

耳のフック部分が若干キツい
OpenRun Proはフックに余裕のある設計

SNのいい音声通話が可能だが……

音声通話についてもテストしてみた。いつものショッピングモールで、CC500とOpenRun Proと比較である。撮影はPixel 6aで、最初のしゃべりはスマートフォンで直接録音している。なおPixel 6aはマイク集音でノイズキャンセリングを行なう「音声拡張機能」を備えているが、これはOFFにしている。

CC500での集音は、びっくりするほど周囲のノイズがキャンセルされており、また音声も変にシュワシュワしておらず、聞き取りやすい。マイクはみたところ1つしかないように見えるが、intelliGoが開発したAIノイズリダクション(AIVC)の能力はかなり高いようだ。ただ集音の音量はかなり小さい。ミーティングツール側で増幅できればいいのだが、それができないときついかもしれない。

音声収録のテスト

OpenRun Proの場合、そもそもShokzの骨伝導ヘッドフォンはどれもリモート会議などでも音声が聞き取りやすいとして評判が高いが、ノイズキャンセルとしてはあまり機能していない。むしろ低域からしっかり拾って音圧を出してくるので、肉声としてのリアリティがあるという事だろう。

総論

オーディオテクニカは、コンシューマ向けにはヘッドフォン・イヤフォンが主力製品という事になるが、いわゆる「耳をふさがない系」はこれまで製品がなく、若干出遅れた感があった。だが同社初の製品が、「軟骨伝導」を使った世界最初の製品ということで、そのインパクトで十分トレンドに間に合ったと言える。

音質のほうも、かなりインパクトがある。一般の骨伝導が周波数特性上の音楽的なバランスを取る上で四苦八苦しているところを、初号機で楽に超えてきたという印象だ。ステレオセパレーションも十分で、一般のヘッドフォン・イヤフォンと遜色ない。このあたりが、第3の聴覚経路と独自ドライバ開発の強みだろう。本機が購入者からの評判がいいのも納得できる。

一方で装着性の部分では、後ろからネックバンドで回してきて耳にひっかけるという形状にあまり手慣れておらず、フィット感がもう一歩というところだ。かつてイヤーフック型では「ATH-BT07」という製品があったが、フック部分がカクカクで、やはり肌の当たりがキツかった覚えがある。

とはいえ、初参入機の出来としては、十分だろう。価格もこなれており、耳を塞がないマニアとしては、1台は確保しておきたい製品だ。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。