小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第1067回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

個人も無料で始められる! ソニー新サービス「Creators’ Cloud」ってなに?

すでに公開されている個人向け「Creators’ Cloud」

InterBEE 2022でお披露目されたアレ

これまでソニーはプロフェッショナル分野において、クラウドソリューションを数多く展開してきたが、この複数のソリューションを1つのシナリオの中にまとめ上げ、連携して使っていこうというコンセプト「Creators’ Cloud」が登場した。2022年9月の「IBC2022」での事である。

本格的に日本向けに紹介されたのは、2022年11月の「InterBEE 2022」だった。カメラからのアップロード、クラウドスイッチング、クラウドストレージ、ワークフローソリューション、AI解析を組み合わせ、伝送・制作・管理運用をクラウドベースでやっていこうというわけだ。

コンセプトが発表されてまだ半年だが、今年2月下旬よりこのCreators’ Cloudが個人向けに展開された。法人向けサービスと異なり、フリーランスで活躍するクリエイター向けのサービスになるという。

すでに誰でもアカウントが作れるようになっており、動画編集クラウドサービス「Master Cut(Beta)」も使えるようになっている。スマホからクラウドへアップロードする「Creators’App」も追って公開される予定だ。

今回はクラウドストレージと、「Master Cut(Beta)」で何ができるのかを探ってみる。

法人向けとは異なるサービス

昨年法人向けにスタートした「Creators’ Cloud」は、ライブベースの部分とファイルベースの部分に分かれる。ライブ部分は、カメラのライブストリームをクラウドに伝送する「C3 Portal」、それを受けてライブスイッチングを行なう「M2 Live」が中心となる。その中にコンテンツ配信エンジンとして「Navigator X」を使ったり、画像解析の「A2 Production」も組み込んで行ける。

法人向け「Creators’ Cloud」概念図

ファイルベースでは、クラウドストレージの「Ci Media Cloud」を中心に編集などを行ないつつ、これも素材共有管理やトランスコーダとして「Navigator X」を使ったり、「A2 Production」で画像解析させたりという組み合わせができる。

一方で個人向けの「Creators’ Cloud」は、Shoot、Edit、Inspireの3機能に分けられる。

個人向け「Creators’ Cloud」の概念図

Shootではライブ映像のIP伝送には対応せず、ファイルベースでのアップロードに特化した「Creators’App」が提供される。これを受けて法人向けの「C3 Portal App」は、「Creators’App for enterprise」に名称変更される。

近日公開予定の「Creators’App」

Editでは、動画編集支援サービスが提供される。それの第1弾が「Master Cut(Beta)」という事になる。Inspireはクリエイター同時の出会いの場とされており、「ディスカバー」で作品を公開することができる。

ベータ版が公開中の「Master Cut」
カメラ別、レンズ別に作品が見られる「ディスカバー」

利用するには、Creators’ Cloudのサイトで「今すぐはじめる」でアカウントを作る必要がある。ソニーアカウントとの連携も可能だ。無料枠として5GBのストレージが与えられるが、ソニー製カメラを登録すると、25GBの領域が無料で利用できる。これ以上の領域が必要であれば、有償で契約する必要がある。料金は100GBが月額770円、500GBが月額1,540円となっている。

ちなみにプロ向けの「Ci Media Cloud」も個人で契約することができる。こちらはFreeプランが10GBで毎月10GBのデータ転送、Proプランが250GBのストレージと500GBのアーカイブ、毎月100GBの転送容量がついて$15となっている。

ストレージとMaster Cutの利用法

実際にアカウントを作成して、ファイルをアップロードしてみる。ちょうどソニー「α7 IV」と「ZV-E10」で撮影した素材があったので、カメラ登録したのちファイルをアップロードしたが、容量不足で停止してしまった。よく見ると、カメラ登録で容量が増えているはずだが、まだ初期値の5GBになっている。いったんログアウトしてログインすると、25GBになっていた。まだサービス開始したばかりなので、若干こなれていないところもあるようだ。

カメラ登録したら、いったんログアウトしたほうがよさそう

クラウドにアップロードしたファイルは、他のPCからでもスマホからでも参照できるようになる。なおCreators’ Cloudには今のところ他者にファイルを共有する機能はないので、共同作業する場合は「Ci Media Cloud」を使う事が推奨されている。

「ストレージ」ではフォルダ分けして画像を管理できる

Creators’ Cloudにも「ファイルをシェアする」という機能があるが、これはOSレベルでの「共有」を呼び出す機能だ。MacOS上ではメールやメッセージ、AirDropなどへ共有できる。

ファイルのシェアは、OS標準の共有機能を呼び出す

MacOSでは、この共有機能はブラウザによる動作の違いがある。Safariではうまく動作するが、ChromeとEdgeでは今のところうまくダイアログが出せないようだ。多くの機能はブラウザに関係なく動くが、一部の機能は推奨環境でしか動かないという事である。具体的には、WindowsではChromeとEdge、MacではSafariが推奨ブラウザとなっている。

動画編集クラウドサービス「Master Cut(Beta)」を試してみよう。一般の編集ツールとの違いは、対応カメラで撮影した素材のメタデータを読み取り、より高度な補正が行なえる事だという。対応カメラは今のところ、FX3、FX30、α1、α7R V、α7S III、α7 IV、α7C、ZV-E10、ZV-1、ZV-1F、RX100 VII、RX0 IIとなっている。

「Master Cut」は別途ログインが必要

作業はプロジェクト単位で管理可能。まずプロジェクトを作成し、素材を登録する。ここではファイルアップロードと、クラウド上のストレージからの転送ができる。

クラウドからの転送を選択すると、Master Cutへの転送が始まるが、これにはそれなりの時間がかかる。ストレージからMaster Cutへの転送は、また別途領域が必要になる。基本的にストレージはオリジナルの状態をキープするエリアで、Master Cutでの作業領域は別と考えるようだ。

クラウドストレージの映像を選択すると、「コピー」される
ほぼ同じ素材なのに2倍領域を使用する状態に

プロジェクト内に読み込まれた動画は、「AIグルーピング機能」で自動でグループ化できる。これは単に撮影時間などでまとめるだけでなく、画像解析によって同じ絵柄だったり同じ構図と思われるクリップをまとめてくれるようだ。

素材はAIを使ってグルーピングできる

とはいえ、素材の素性は撮影者が一番知っている……というか人間が見ればわかる。今後はAIを使ったもっと面白いまとめ方の提案を期待したいところだ。

補正能力のほどは?

プロジェクトでは、クリップを編集エリアに追加することで、各クリップに補正をかけることができる。可能な補正は、手ブレ補正、音声レベルの最適化(ノーマライズ)、環境音低減、風音低減の4つだ。なお編集エリアに追加する前に、IN点OUT点を設定して不要部分を除いておくと、そのぶん処理が早く終わる。

素材を編集エリアに追加すると、補正機能が使える

「手ブレ補正」では、撮影時にカメラの手ブレ補正機能がどのように動いたのかのメタデータを読み取って、より高度な補正が可能だという。実際に手持ち撮影走ってみたクリップで試してみた。

カメラのメタデータを使って高度な手ブレ補正を実現

手ブレ補正は、画像を若干拡大して、そのエリアを補正領域としてブレの補正を行なう。なおこの手ブレ補正は、カメラ側で手ブレ補正設定が「OFF」か「Active」で撮影したクリップのみ動作する。「Standard」では動作しないので注意が必要だ。

手ブレ補正が「Stadard」では補正できない
手ブレ補正機能の効果をテスト

編集ソフトにはあまりない機能としては、風音低減がある。編集ソフトの音声処理プラグインはスタジオワークから派生したものが多いので、風切り音が発生するケースがあまりなかったからだろう。

実際に処理してみたところ、風切り音、いわゆるフカレの部分で音量が下がっている感じはするが、うまく処理できているようだ。フカレ音はマイクによってだいたい同じタイプのノイズになるので、AIでは処理しやすいのかもしれない。

環境音低減と風音低減をテスト

編集エリアに並んだクリップは、この順番で編集されているわけではない。あくまでも素材としてバラバラにそこにあるだけだ。よって補正が終わったクリップは、別途ダウンロードするなりして編集に組み込むことになる。

「クリップ出力」を選択すると、処理されたクリップをZip圧縮して、クラウドへ保存される。このZipファイルは「出力状況」から確認できるので、そこからダウンロードするという流れだ。

処理したクリップはクラウド上でZip化される

総論

少し前まで、クラウド上で動画を扱うのはプロでもなかなかハードルが高い話だったが、一昨年ぐらいから急速に環境が整ったように思う。やはりそれだけ、人と実際に会ったり、会社や局に行って素材を受け渡しするみたいなことが難しくなったという事だろう。

昨今はライブ映像のIP伝送も実用的になり、クラウド上でスイッチングして配信するというソリューションも出てきた。一方ファイルベースの編集は、以前は編集ソフト自体もクラウドで動かすという方向だったが、昨今はクラウドにある素材を直接ローカルのソフトからアクセスしに行くという方法論も出てきた。クラウドとローカルの境目がなくなってきている印象だ。

個人で一定のクラウド領域が持てると言う点では後発である「Creators’ Cloud」は、「Master Cut」の作りを見る限り、大きな方向性としてはファイルベースの素材をクラウド上のソフトで処理して、そのまま共有や編集などを行なっていくという流れにあるように見える。しかしまだサービスが始まったばかりで、クラウド上のツールとローカルのツールが混在している状況だ。

現時点ではまだサービスが始まったばかりで、最終的にどうなっていくのかが見極めづらいところだ。法人向けサービスはかなり上手く回り始めているところではあるが、「クリエイター個人」として使いたいツールやサービスとはなんなのか、今後サービスの利用者が増えて行くにつれて、次第に固まっていくのだろう。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。