小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第1068回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

ソニー「Float Run」を試す。まだまだ伸びる“耳を塞がない”系!

「Indiegogo」で好評だった「Float Run」

クラファンで大ヒットのアレが製品化

イヤフォン・ヘッドフォンの新しいムーブメントとして、「耳を塞がない系」が好調だ。耳を塞がない系では骨伝導がよく知られるところだが、それ以外の方法はないものかとさまざまなアプローチが試みられている。

ソニーでは2021年に、ネックバンド型でスピーカーを宙に浮かせる構造の「Float Run」をクラウドファンディング「Indiegogo」にて公開した。目標の300台をわずか5時間で達成するなど、注目度の高さをうかがわせた製品だ。ソニーの耳を塞がない系といえば「LinkBuds」があるが、こちらは製品名に”Run”とあるように、フィットネスで使うことが想定されている。

そのFloat Runが正式に製品化され、2月3日より販売がスタートしている。店頭予想価格は20,000円前後。

骨伝導とは違うネックバンド型、Float Runを早速試してみよう。

他にないユニークな構造

Float Runの構造は、少し変わっている。ネックバンド型と言われる、頭の後ろにワイヤーを回して固定するタイプでは、耳へのフック部分の先にワイヤーを取り付けて固定するのが一般的だ。

一方Float Runでは、逆にスピーカーから下向きにワイヤーを伸ばして後ろに回すという構造になっている。これにより重心を下げて安定させるとともに、バッテリー部とワイヤーの重さに引っ張られて機器全体が後ろに回るという課題をクリアしているようだ。

下からワイヤーが伸びた独特のスタイル
ワイヤーの重心位置が低い

バッテリー部にL/Rのマークがあるので、それを見ていれば逆に装着することはないが、他の骨伝導タイプに慣れていると、反対向きにつけてしまいそうになる。

バッテリー部にL/Rのマークがある

また写真では分かりづらいが、左側のみ、丸で囲んだ部分に指で触ると感じられる程度の小さな突起がある。これは暗い場所でも左がどっちかわかるというだけでなく、視覚障害のある人でも左右の区別がわかるようにという工夫だろう。こうしたところまで絶対に手を抜かないのが、我々がソニーに信頼を寄せる所以である。

左側のみ小さな突起がある

カラーはスピーカーのエンクロージャー部のみ白で、ワイヤーやバッテリー部は黒。カラーバリエーションはない。

エンクロージャ部は、耳穴の上に浮くようなスタイルで固定される。

耳から浮かせてやや前方から音を聴かせる

耳のそばにスピーカーを置いて聴かせるというアプローチの製品としては、過去にも「Oladance」やJVCケンウッドの「HA-NP35T」、NTTソノリティの「MBE001」、Cheero「CHE-643」等をレビューしてきたが、多くの製品では開口部を絞り、いわゆる「口をすぼめて耳に吹き付ける」ような放出方法になっていた。

一方本機では、内側に広範囲で穴が空いており、ここから内蔵16mmドライバーの音が放出される。割と正攻法的にドライバーの径そのままストレートに出す手法をとっている。

内側に多く穴を開け、16mmドライバの音を直接放出する

エンクロージャ背面にも放出口があり、こちらからも音が出ている。密閉型やバスレフ型ではないということである。

操作部は右側にある。耳の後ろ側を手探りで操作する格好だ。機能としてはセンターが電源のON/OFF、左右が音量のアップダウンだ。長押しすると、センターがペアリング、左右が曲のスキップとバックになっている。またセンターボタンを2回押しすると、音声アシストが起動する。

操作部は右側
充電用のUSB-Cコネクタも右側
通話用マイクも右側

機能的にはシンプルで、ソニーのイヤフォン設定アプリである「Headphones Connect」とも連動しない。対応コーデックはSBCとAACで、Bluetoothのバージョンは5.0。3時間でフル充電し、10時間の連続再生が可能だ。また10分充電で60分再生のクイック充電機能も搭載している。

パッケージも面白い。ソニーではSDGs的アプローチからプラスチックの梱包材を使わなくなっているが、複雑な形状も全て紙を折って解決するという手法をとっている。「どうやって設計してんだこれ」という驚きと共に、この折り紙的なパッケージは海外でもウケるのではないだろうか。

紙を織り込んで複雑な形状を作っているパッケージ
本体はこんな具合に収まる

独特の解像感と開放感

では早速試聴してみよう。最初は比較的静かな部屋で音楽的な特性を評価していく。

一聴すると開放感があることで解像度よく聴かせる印象だが、低音があまり聴こえてこない。ドライバーは16mmあるのでそもそもは出ているのだろうが、耳穴から距離があるために減衰してしまうようだ。全体的に軽快で明るいイメージである。

音量を上げると低域も聴こえるようになるが、バスドラムの音圧が感じられず、ビートを感じたいたいタイプの音楽にはあまり向いていない。本機は調整用のアプリが何もなく、すぐに使えるのがポイントだが、EQによって音質が調整できるか、ラウドネス的な補正がもう少し強かったら、日常使いでの満足度も上がっただろう。

一方で骨伝導のようなアクチュエータを使っていないので、音量を上げてもくすぐったい感じはない。スピーカーを収納するエンクロージャ部は皮膚に接触しているが、スピーカー自体の振動が直に皮膚に伝わらないよう、うまく設計してあるようだ。

この手の耳元で鳴らすスピーカー製品は、過去の例ではAIWA 「ButterflyAudio」やNTTソノリティ「MBE001」のように、独特の広がり感を感じるものがあったが、本機もやはり左右への強い分離感による音の広がりを感じる。ヘッドフォンも耳から離れたところからスピーカーで聴かせることには違いないのに、その聴こえ方と違っているのは面白い。

屋外で軽くジョギングしながら試聴してみた。全体重量が33gしかなく重心バランスもいいので、後ろに回ってしまうこともなく、位置が安定している。またランニングの着地時の衝撃が音に反映することもなく、リスニングも安定している。全体的に中高域が強いので、周囲のノイズの中に生まれることもなく、音楽の輪郭がはっきりしている。

装着感としては、耳周りに固いワイヤーを絡めている感はある。重量がないのが救いだが、全体的に骨っぽい装着感だ。特にスピーカー下のワイヤーが90度に曲がるあたりが、耳の下への当たりとして強い感じがある。

肌への当たりは若干骨っぽい感じがする

装着位置も多少の調整は可能だが、位置を変えても音質の変化が少ない。おそらく誰が装着しても個人差が少なく、おおむね同じような音質で聞けるだろう。

静かな場所なら良好な音声通話

続いて音声通話品質をテストしてみる。耳を塞がないということは、生活の中で使っていけるということでもあり、Float Runでそのままリモート会議に出る、あるいは通話に出るということもあり得る。

交通量の多い場所で音声収録してみたところ、ノイズキャンセル効果は高い一方で、通話音声の中にかなりキュワキュワしたノイズが混入する傾向が見られる。こうしたノイズが入っても、会話が成り立つことを優先したということかもしれない。しかし相手方にとっては、短時間の通話ならいいだろうが、長時間の会議となると厳しいだろう。

一方比較的静かな室内でテストしたところ、キュワキュワしたノイズもなく、かなり明瞭に音声が拾えることがわかった。マイクアレイは、耳の後ろ側から耳の下をくぐって口元を狙う位置にある。これまでこんな位置にマイクをつけた製品は筆者の知る限りなかったように思うが、ビームフォーミングなどを使わずとも良好に収音できるようだ。

音声通話のテスト

総論

「耳を塞がない系」の新しいアプローチとして、ネックバンド型でスピーカーを中空に浮かせるというスタイルをとったFloat Runは、イヤフォンともヘッドフォンとも違う、イヤースピーカーとも言えるジャンルなのかもしれない。

構造としては、スピーカー面を耳に対して真横からではなく、やや前方から向けることで、前から音が来ている感覚を出そうとしているようだ。ヘッドフォンと聞こえ方が異なるのは、こうした方向の違いによるものかもしれない。この点では、AIWAの「ButterflyAudio」に近いように思える。

スピーカーを中空に浮かせるという発想は、2007年に「PFR-V1」という製品があった。当時も耳の近くにスピーカーを置けばエネルギー効率が良いことが言われていたが、低音の減衰が課題となっており、その解決にダクトを使って低音だけ耳元で吹く、という構造だった。

スピーカーユニットの発展により、小径ながら低域がよく出るユニットも開発できるようになったことで、Float Runのような製品開発が可能になったのだろう。

ただ昨今の音楽トレンドは低域の出方に注目が集まっているところであり、ソニーの普通のイヤフォン・ヘッドフォンは低域重視傾向となっている。その一方で、ソニーの“耳を塞がない系”はLinkBudsにしろ本機にしろ、低域が弱点だ。

普通のイヤフォン・ヘッドフォンとは用途が違うと言われればそうかもしれないが、日常使いに落とし込んだ時には若干の物足りなさを感じるのが惜しいところだ。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。