小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第671回:4K試験放送が録れるレコーダ、シャープ「TU-UD1000」
第671回:4K試験放送が録れるレコーダ、シャープ「TU-UD1000」
メーカーに聴いた日本初、そして世界初のヒミツ
(2014/7/16 09:50)
試験放送が録れる?
今年6月2日より、CS放送「スカパー!プレミアムサービス」にて、4K番組を放送する「Channel4K」が送信を開始した。放送インフラはスカパーの124/128度のシステムを借り、放送主体は次世代放送推進フォーラム「NexTV-F」である。
NexTV-Fは、放送局や電器メーカーらからなる一般社団法人で、4Kや8K、あるいはスマートテレビの方向性や仕様を検討し、推進していく団体だ。期間限定で放送免許も取得しているので、試験放送を出すことができる。
筆者は1980年代から放送業界に関わってきたので、いろいろな節目を経験してきた。アナログBS放送、MUSE方式のハイビジョン放送、CS放送、デジタルハイビジョン放送など、それぞれで放送システムの変わり目を映像制作の現場で体験した。
この経験からすると、今回の4K放送の試験放送はこれまでにない点がいくつかある。まずひとつは、試験放送開始時点からもうすでに、放送が受信できる機器があることだ。
試験放送では、まず電波を出してみて、それからテレビやチューナのチューニングに入るのが普通なので、放送開始から実際の受像器が出るまで、半年以上かかる。ところが、放送が始まる前からすでに「4K対応テレビ」は販売されていたし、放送開始からすぐに対応チューナも市販された。
また放送内容も、最初からちゃんとしたコンテンツが流れている。従来の試験放送と言えば、最初半分ぐらいはカラーバーやテストパターンだったし、流れる映像も天気予報バックみたいな絵ばかりだった。Channel4Kは放送開始当初の6月は各放送局が持ち寄った4K番組中心だったが、7月からはワールドカップやプロ野球、大学ラグビーなど、スポーツ中継がかなり組み込まれている。
もの凄いイキオイで進む4Kの試験放送だが、残念ながら現時点でこれが受信できるチューナを搭載した市販品は、シャープが6月25日から販売を開始したレコーダ、「TU-UD1000」のみだ。今回はシャープにお邪魔して、実際に受信中のChannel4Kを拝見しつつ、TU-UD1000開発のヒミツ、そして4K放送の今後などを伺ってみた。
世界初の4K放送レコーダ
まずTU-UD1000とはどういう製品なのか、概要をご紹介しておこう。一般的には「4Kレコーダ」というイメージが先行しているが、実際には地上/BS/CSデジタル対応のHDDレコーダに、スカパー!プレミアムサービス(124度/128度CSデジタル放送)チューナーも組み込んだ、4波対応レコーダだ。
構成としては、地デジ×2、BS×2、110度CS×2、スカパー!プレミアム×1となる。そしてこのスカパー!プレミアムの502chで、Channel4Kの放送が行なわれている。
放送衛星のキャパシティは、トランスポンダと呼ばれる周波数変換器の数で決まる。これは衛星への上りと下りの周波数を変換するための装置で、通常のHD放送は1つのトランスポンダで4ch程度を変換する。一方4Kの試験放送では、このトランスポンダを丸ごと1つ占有している。ビットレートとしては、論理値では40Mbps程度だが、実際にはマージンを見て35Mbps程度で放送しているものと思われる。
4Kの試験放送の視聴には、スカパー!プレミアム用のアンテナが必要で、それをTU-UD1000に直結する。まだCASの解除にはスカパー! CASカードが必要だが、TU-UD1000にはあらかじめ認証済みのカードが同梱される。
通常スカパー! プレミアムサービスの加入では、先に加入申し込みをしたあと、登録済みのCASカードが送られてくるわけだが、そもそも4K試験放送だけを見るならスカパー! プレミアムサービスの加入は必要ない。同梱カードだけでそのままChannel4Kが見られるのが、本機のポイントである。なお、接続完了後に「Channel 4K」のコールセンターまで申し込みをする必要があるが、視聴は無料だ。
内蔵HDDは1TBで、BDドライブなどは搭載しない。背面には外付けHDD用のUSBポートもあり、従来のHD放送はそこにも記録できるが、4K放送の録画は内蔵HDDのみで、ムーブもできない。4K放送番組は、このボディの中で閉じているという作りだ。
4K放送の記録は、いわゆるDR録画のみだ。ご存じのように4K放送は、現時点で最新コーデックであるHEVCを使ってエンコードされており、それをそのまま記録。再生時にデコードして、HDMI 2.0上で4K解像度で出力する。
ダウンコンバート機能は内蔵はされているものの、現時点では使えるようにはなっておらず、4Kテレビを接続しなければ見ることはできない。著作権保護技術はHDCP 2.2を採用しているため、合わせてこれにも対応したテレビが必要となる。
どうしてこんなに早く開発できたのか
お話しを伺ったのは、TU-UD1000の商品企画を指揮した、シャープのデジタル情報家電事業本部 液晶デジタルシステム第1事業部 副事業部長 兼 第2商品企画部長の松浦 文俊氏である(以下敬称略)。
-まず素朴な疑問として、他社からまったく競合製品が出ない状況で、なぜシャープがいち早く4K放送対応機器を出す事ができたのでしょうか。やはり“業界一番乗り”を目指したのですか?
松浦:いやいや、そういう意識で開発したわけではありません。元々我々はスカパー! チューナー内蔵BDレコーダというものを、業界に先がけて3年前から発売してましたので、ベースはそれです。
我々は液晶パネルメーカーでもあるので、パネル側のロードマップから見れば、既に3年前の時点で2013年~2014年頃に4Kパネルが出てくるというのはわかってたんですね。じゃあその時に、現実として4Kのコンテンツは何からやってくるのかと考えると、まずBD-ROMはハードルが高いなと。おそらく放送のほうが良いのではないかと思ったのですが、ただARIBの縛りのある地デジ、BSデジタルの場合は認可が下りないのではないか。
一方、スカパー!さんは、当時からSD放送をやめるという事は仰っていました。それで40Mbpsぐらいの帯域が空くということはわかっていました。もっとも当時はHEVCなんて誰も知らなかったですから、AVC(MPEG-4)でやったら4Kでもそこそこの絵は出るんじゃないの、という話はしていたんですよね。それもそうだということになって、3年前からお互いに研究は進めていたんです。
そんな流れの中で、丁度1年ぐらい前にNexTV-Fで試験放送をやりますというロードマップが出ました。じゃあこれは本気モードでやらないといけないねということで、具体的に商品化の方向で進めてきたわけです。ただ、頭の中の構想と、理論ではできるとわかったのですが、いかんせんHEVCのデコーダチップが世の中にない。これでは商品ができるかできないか、全然わからないねという状態がずっと1年ぐらい続いたんです。
-ではそのチップを、どこかが作ってくれたことがキーになったと。
松浦:2012年ぐらいから、チップメーカーさんからはHEVCデコーダチップの売り込みを一生懸命されていました。そこで、「できるのなら早く評価ボード持ってきて」と言ったんですが、「あと3カ月後」と言って、3カ月経つと「あと半年」とかズルズルいっちゃって、結局はどこも持ってきてくれなかったんです。
全部で5社ぐらいからプレゼンを受けたのですが、最後に評価ボードもってきてくれたのが、カナダのチップメーカー(筆者注:恐らくViXS社で、チップはXCODE6400シリーズ)。弊社はレコーダを8年ぐらいやっていますが、その時からの一番付き合いの長いチップメーカーさんが作ってくれた。それと、同じく付き合いが長いスカパー! さんが4K放送やってくれた、という“2つのラッキー”が重なって、このタイミングで出せたわけです。
-今ならGPUを使って、ソフトウェアでバリバリデコードしていくという方法論もあったのでは?
松浦:実際そういう売り込みもありました。あるメーカーさんが、10cm四方ぐらいのボードでWindowsベースのソフトウェアでできますと。ただ、結局それってパソコンなんですよね。当然起動に時間もかかりますし、レコーダ内部のシステムとは相容れないなということで、見送りました。それを使えばできることはわかっていましたが、それでやってもCE(Consumer Electronics)商品にならないでしょということで。
-このレコーダで一般の方は初めて、4KをHEVCでエンコード、デコードした絵を見ることになりますね。デコーダとしての性能は?
松浦:デコードの速度はきわめて優秀ですね。ほとんどリアルタイム。HEVCでもノイズは出ますが、AVCやMPEG-2のノイズの出方とだいぶ違うなという感じがしてます。非常にノイズの粒子が細かい。そこが今回改めてわかったことですね。
実際に試験放送されているワールドカップの映像を、HDと4Kで見比べてみた。試合の映像そのものは、もちろん4K放送の方が解像度が高いに決まっている。選手だけでなく、スタジアムにいる観客の姿も緻密で、臨場感は4K放送の方が圧倒的に上だ。両方を見比べると、HD放送がまるで昔のSD放送に見えてしまう。
注目したのは、実写画面の中にぽつんと出るスコア表示などのCGテロップ部分。MPEG系の苦手とするところで、HD放送のMPEG-2では、そもそも文字の輪郭自体が怪しくなるぐらいノイジーなのが4Kディスプレイではわかってしまう。
一方4K放送のHEVCでは、文字の周りにノイズはあるのだが、ブロックが細かいため、少し離れると見えない。画面に50cmぐらいまで近づけばわかるが、普通は60インチあるテレビに50cmまで近づくと全体が見えないので、こういう距離の視聴はあり得ない。したがって、ノイズはあるにはあるが小さくて見えないというのをどう考えるかが、今後4K HEVC放送の画質評価ポイントになると思われる。
今だから話せる裏話も
-放送開始が6月2日。6月25日には製品発売開始ということは、当然開発や量産の時点では電波が出てませんよね。何か放送をシミュレートした信号を使って開発したということなんでしょうか?
松浦:今回の4K試験放送については、スカパー! さんと以前から協力していて、試作機を放送センターに持ち込んで、HEVCのエンコードデータをRFにして受信テストするということは、何回も繰り返しやっていました。
ただこっちのデコーダが動いたのも製品化ギリギリ、スカパー! さんのエンコーダが動いたのも放送開始ギリギリなんですよ。お互いギリギリの中で、ドキュメントを見ながら予想・想像で作りながら、最後の最後で合わせ込みしたというのが実情ですね。放送が始まると同時にセットを準備しちゃうってことは、これまでやったことがないんで、スカパー! さんも我々も初めての体験でしたね。
-4K放送を録画したものは、いわゆる2K放送を録画したものとは扱いが何か違うんでしょうか?
松浦:4KシステムはアドオンでHEVCの部分を入れているので、制約事項はあります。例えば録画したものは、編集やチャプター打ちをして頭出しをするといったことはできません。また早送りも、簡易的なものになります。連続で動くわけじゃなくて、タイムジャンプの繰り返しになります。
-早送りなどのトリックプレイが簡易的なのは、デコーダの問題でしょうか?
松浦:いえ、システム的な話です。HEVC部分はアドオンしていると申し上げましたが、内部的にはメインのSOCとHEVCのユニットは、DLNAで繋いでるんです。ですからトリックプレイが綺麗にできないのも、事実上DLNA上で再生しているというところでの制約になります。
HEVCのレコーダ用SOCということになれば、このあたりは全部解決できるんですが、まだそこまでいってなくて、単機能のHEVCのチップになってしまっています。それをうまく使おうと思うと、一番早いのが中でネットワークを組むこと。したがって2Kのレコーダ部分からは、ばさっと4Kモードに切り替わるというイメージですね。
-背面にUSBポートがありますよね。これを使ってUSBメモリなどから、4KのHEVCファイルをレコーダに転送することはできるんでしょうか?
松浦:実はその機能は、隠しモードで持ってます。店頭デモ用に、HEVCにエンコードしたファイルをUSBで入れ込んで、HDDにコピーしてリピート再生するということはできます。ただそこは内部のシステムが見えてしまう部分があるので、一般のお客様やお店には解放していません。うちのサービスマンができる程度ですね。
-4Kコンテンツが外部HDDに書き出せないのも、同様の理由ですか?
松浦:そこはあえて全部切ったということですね。4Kについてはコンテンツをどう扱うか、著作権保護どうするかはまだ明確に決まってないんですよ。ハリウッドの意向も、まだ“こうすればOK”という話まで行き着いていません。
これが4Kレコーダの1号機になるのはわかっていたので、最初からハリウッドからいろいろコメントを頂くというのもいかがなものかなと。ユーザー的には当然アーカイブもしたいし、メディアにダビングしたいという要望はあると思いますが、製品自体が、コンテンツ保護の問題で発売が遅れるとか、発売ができなくなるというのは避けたい。
まずは1号機は絶対どこからも文句言われない仕様にしようということで、外部への書き出しは全部切ったんです。とにかく箱の中に閉じて、4KコンテンツのアウトプットはHDMI以外出さない、全部HDCP 2.2をマストにする。それであればハリウッドのどのスタジオも文句はないということなんで、まずはそうしました。
-いやしかし、今放送を拝見していても、十分に綺麗ですよね。2001年にデジタルハイビジョン放送が始まったときの画質のがっかり感と比べたら、あきらかに技術の進歩を感じます。
松浦:これからまだまだ綺麗になりますよ。HEVCのエンコーダもデコーダも日進月歩ですから。さらにいえば、今HDMIのチップが8bitなんです。放送もレコーダも10bitのデータを格納しているんですが、映像の受け渡しのところで8bitになってしまっています。これが10bitになれば、今気になっている階調表現なんかも、もっとスムーズになるはずです。
総論
多くの人が気になるのは、今の4K試験放送が見られても、今後本放送に向けてこの製品はどうなるのか、というところだろう。現在公表されているロードマップでは、今年124/128度CS放送で試験放送を開始し、16年以降にBSおよび110度CSへ展開することになっている。
つまり本放送としては、現在の124/128度CS放送、110度CS放送、BS放送の3波で4K放送が行なわれることになるだろう。この中で、8Kの試験放送も視野に入ってくる。
現在のTU-UD1000では、このまま124/128度CSで本放送が開始されれば引き続き利用することができるが、110度CS放送やBS放送では復調方式が異なるので、そちらの4K放送は受信できない。おそらくCASの形式も現在とは変わる可能性があるので、どのみちその時はまた別の機器が必要になるだろう。
その点では、あと2年後には別の機器が必要になる可能性はあるが、無料で見られる2年間で放送される4K放送を楽しむには、今のところこれしかない。しかも試験放送は現在のところ13時から19時までしか放送されていないので、普通の勤め人なら録画しないと見る手段がない。どのみち何らかのレコーダがないと、見られないわけである。
今後、ケーブルテレビやネット配信で4Kという話も出てくるだろう。あるいは4Kのパッケージメディアをどうするという話も、ハリウッドから出てきそうだ。さらに放送はもっと先、2020年の東京オリンピックまでに8Kまで行く事になっており、まだまだいろんなことが起こりそうだ。
全て出そろうまで待っているというのも一つの考え方だろうが、それまでの間、高解像度映像の楽しみを逃してしまうのももったいない。いつこの流れに乗るか、ユーザーにとっては悩み多き数年となりそうだ。