小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第670回:これは楽しい! アナログ回路を磁石で繋いでシンセが学べる「LittleBits Synth Kit」
第670回:これは楽しい! アナログ回路を磁石で繋いでシンセが学べる「LittleBits Synth Kit」
(2014/7/9 10:00)
今シンセが熱い!?
それほど華々しいブームというわけではないと思うが、ここ数年、シンセサイザーをいじる人が増えている。おそらくきっかけは、2008年頃のKORGの「KAOSS PAD」や「KAOSSILATOR」、YAMAHAの「TENORI-ON」といった目新しいハードウェアから始まったものと思われるが、iPad用にビンテージシンセのソフトウェア化が進行して、本格的にブレイクしたのではないかと思われる。
ソフトウェア化の恩恵は言うまでもなく、当時ハードウェアでは高くて買えなかった憧れの名機が、インターフェースそのままで再現できるところにある。その一方で、若い人はアナログシンセの基本がわからないために、それらのソフトウェアシンセも思い通りに使えないといったジレンマも起きているのではないかと思われる。
今さらアナログシンセの入門本という時代でもあるまい。それよりホンモノで学んだほうが面白い。今回は発売されて半年ほど経過するが、LittleBitsとKORGのコラボレーションによって生まれた、「LittleBits Synth Kit」(直販税込:16,457円)を取り上げてみたい。
電子ブロック的シンセ
筆者が小学生ぐらいの頃に流行ったのが、いわゆる電子ブロック的な教材である。もちろん一番メジャーだったのは学研の「電子ブロック」だが、類似品もいくつかでていた。
電子、と言いつつも、実際には電気回路を組み立てるためのキットである。トランジスタやコンデンサーなどが内蔵されたブロック状のパーツを並べて回路を組み上げることで、ラジオやインターホンのようなものを作る事ができた。今理系や電気系に進んだオジサンの多くは、電子ブロック経験者であることが少なくない。
LittleBitsは、現代版の電子ブロック・プロジェクトだと言ってもいいだろう。パーツの配線は不要で、各モジュールを磁石でくっつけていくだけで、回路になるように設計されている。誤った方向へは磁石の反発によってくっつかないようになっており、安全だ。
また全てのモジュールはオープンソース・ハードウェアとなっており、回路図なども無償で公開されている。これはより深い教育にも使えるし、自分でモジュール開発もできるということだ。電子回路を学ぶには、いいキットである。
従来型の楽器としての名声を得たハードウェア・シンセサイザーは、各モジュールの配列が固定化されており、すぐに「いい音」が出るように作られている。
一方モジュラーシンセというタイプは、各モジュールをケーブルで繋いでいくことで、これまでにない音を知恵を絞って合成するための装置だ。楽器とも言えるが、もっと求道的というか、エンジニア的とも言えるだろう。
古くは「Moog III」や「Roland System 100M」といったところが代表格だが、とてもとても一般人が買えるようなものではない。その点「KORG MS-10」や「MS-20」は、ミニシンセながらも一部にモジュラー型の機能を取り入れ、低価格化したもので、音作りに凝りたい人たちに注目された。注目はされたが、すごく売れたというわけでもなかったように記憶している。
やはり日本で本格的に国産アナログシンセが売れ出したのは、ポリフォニック時代になってからだ。当時だいたい24万円ぐらいが、シンセのバリューゾーンであった。KORGでは「Polysix」、Rolandでは「Juno 60」あたりからだろう。ただ1983年にYAMAHAがデジタルシンセサイザー「DX7」を発売した時点から、勢力図はひっくり返った。
話が脱線したが、アナログシンセの場合、既定路線のサウンド以外の音を作るためには、モジュールの並び替えが必須だ。こういうことを実際にモジュールをつなぎ換えて実験・学習できるのが、LittleBitsとKORGのコラボレーションによって生まれた、「LittleBits Synth Kit」というわけである。
Synth Kitは横長の丈夫な箱に入っており、中は小さいモジュールが二段弁当のような格好で収まっている。説明書もシンセサイザーの歴史などをおさらいしつつ、シンプルなものから少しずつ回路を複雑にすることで、シンセサイザーの原理がわかるようになっている。
アナログシンセサイザーの構成は、音のソースとなる部分、音色を調整する部分、音量を調整する部分の3つに大別される。これに、音程を与える鍵盤のようなブロックや、音にエフェクトを追加するブロックなどが加わっていく。
内蔵モジュールは、音の元となるオシレーターが2つと、ノイズ/ランダムジェネレータが1つ。音色部分はフィルターモジュールが1つ。これは後期のKORG MS-20で使用された回路と同じだそうである。音量を司る部分はエンベロープ、それにスピーカーもモジュール化されている。
そのほか鍵盤と4ステップのシーケンサー、回路を2つに分離するスプリッターと、分けたものをまた1つに混ぜるミキサーも付属する。さらにエフェクターとして、アナログディレイ回路も付いている。
回路としては、電源モジュールが回路の一番先頭になり、一番最後はスピーカーとなる。その間をどう繋ぐかが、ポイントになるわけだ。では実際に音を出しながら、細かいところを見てみよう。
基本がわかればすぐ音が出せる
まず音源モジュールだが、一般的なオシレーターと違い、低周波から高周波までかなり幅広く出せるようになっている。これは、音源ソースとして使うだけでなく、モジュレーション用の変調器としても使えるようになっているからだ。
例えば音源モジュールを2つ連結すると、片方の音源に対して周波数変調をかけた状態になる。なめらかに電圧変化するノコギリ波で変調すると、「キュッ」という音程に変化のある音が作れる。これは昔のリズムマシンなどでよく使われていたサウンドだ。
変調周波数を上げていくと、破格に倍音が増えてノイズっぽい音になるが、これをフィルターで丸めてやると、アナログシンセ的ではない音も出せる。これがデジタルシンセサイザーの代名詞的存在となった、FM音源のアナログ版である。
アナログ時代のモジュレーターとしてはFM音源より有名だったのが、リングモジュレータである。これは入力された2つの音源の和と差の周波数を同時に出すというもので、不定形の倍音が発生するため、金属音の合成に重宝された。MS-20にも付いていたモジュレータだが、残念ながらこのキットには入っていない。
ノイズも重要な音源ソースだ。パーカッションなどの打楽器や極度に倍音の多いものなどは、オシレーターにノイズを混ぜて使用する。
またフィルターも、カットオフを下げてレゾナンス(peak)を上げていくと発振するので、これも音源モジュールとして使える。その発振具合は、モジュールの上の方から周波数変調を受け付けるので、ここにオシレーターを繋げて低周波を出してやると、変調を受ける様子がわかる。
ここで注意が必要なのは、変調するためのモジュールにも電源を供給してやらないといけないので、電源にスプリッターを繋いで2分配しないといけないところである。色々変調の実験をするなら、最初からスプリッターで電源を分けた状態で組むといいだろう。
きちんとした音程を出したいというのなら、音源モジュールの前に鍵盤モジュールを差し込む。アナログシンセは、電圧の変化を音源に渡すことで音程を付けていく。この音程の事を“Control Voltage”略してCVという。アナログシンセにとって鍵盤は、どのぐらいの電圧をどのタイミングで押したか(トリガー)を伝えるための、ヒューマンインターフェースに過ぎない。
ということは、そこは何かの回路に置き換えできるということである。つまりCVとトリガー(シンセ用語ではGATEと言う)さえ何かの回路で出してやれば、人間が弾かなくても音楽が奏でられるのではないか。それを実現したのが、シーケンサーである。
シーケンサーが面白い
アナログ時代のシーケンサーは、8ステップや16ステップのCV/GATE信号が繰り返し出せる、シンプルなものだった。それが次第に拡張し、24や48などができるようになったが、基本的にはそれの繰り返しである。ただそれぐらいしかできなくても、初期のタンジェリンドリームなどは、素晴らしい音楽をいくつも作り出してきたわけである。
YMOが一躍飛躍するきっかけとなったRolandの「MC-4」というシーケンサーは、デジタル技術を使っているので、アナログシーケンサーではない。まだMIDIがなかったので、コントロール信号出力はアナログのCV/GATE方式だっただけである。メモリー容量48Kbyte、音にして約12,000音。当時のカタログには、43万円とある。これに専用のカセットレコーダでシーケンスデータをセーブ・ロードする。そのカセットレコーダが17万円であった。
筆者が中学生の頃は、まだシーケンサーは普通の楽器店に置いてあるようなものでもなく、シンセを楽しむなら自分で鍵盤が弾けないと話にならなかった。そんなわけで、シンセを弾くために筆者がピアノ教室に通い出したのは、高校に入ってからの事だった。それで一通りピアノも弾けるようになったのだから、なんでも思いついた時にやっとくもんである。
Synth Kitには、4ステップしかないがシーケンサーが付いている。鍵盤の代わりにこれを入れれば、とりあえず何らかのメロディは弾き続けるので、音の研究にはもってこいである。
シーケンスモジュールは、勝手にループするSpeedモードと、外部からのトリガーで順番に音を出すStepモードがある。Stepモードは、要するにトリガー信号を入れてやればそのタイミングでシーケンスが先に進むというものだ。これにキーボードモジュールのトリガー出力を繋いでやるのも面白い。どのキーを押したかに関係なく、1ステップシーケンスがずつ進む。
さらにキーボードのトリガー出力にディレイを繋いでやると、トリガー波形が違った電圧で複製されるため、1つボタンを押しただけで複数の音程が出せる。
もう一つ、シーケンサーのStepモードで面白い事をやってみよう。シーケンサーは、所詮はいろんな音程を順番に出してるだけなので、それを高速で回してやれば、一つの波形になる。これを音源として使うこともできる。シーケンサーモジュールのスピードを上げてもそんなには速くならないので、これもモジュレーションの考え方を導入する。
Stepモードにして、シーケンサーの前にオシレーターを繋いでやると、オシレーター波形をトリガーだと思って鳴り始める。オシレーターのピッチを上げていくと、シーケンスのスピードが上がってくる。ある瞬間から、シーケンサーのループが音源になる。
音の波形は、4つのステップのそれぞれの音程の高さで変えることができる。あいにくこのキットでは音の違いによってそれを聞き分けるしかないが、オシロスコープを繋ぐとなかなか面白い変化が起こっているはずだ。
音を作ると言えば、音源から後ろ、フィルターやエンベロープで工夫するというのが一般的なシンセサイザーのやり方だが、特徴的な音を出そうと思ったら、まず音源を工夫するのがポイントなのだ。
総論
シンセサイザーでこのような特殊なアプローチは、どんな高級なモデルでも、パネル操作型では難しい。かといってモジュラー型も今となってはハードウェアで実現するのはコスト的に難しく、現実的に入手可能なものはKORG MS-20 miniぐらいだろう。
そんな中、ハードウェア的に試行錯誤できるシンセサイザーは、貴重な存在だ。音が出るというわかりやすい結果が出ることもあって、電子工作としても優れている。
ハードウェア的には、モジュールは丈夫に作られており、子供が使っても安全だ。ただ、セパレータやミキサーのケーブルは華奢なので、ケーブルを引っぱると断線する可能性がある。
またこのキットは電池の電圧が頼りで、電圧が下がると動作がおかしな事になる。新品の9V電池は必須だ。最近余り使われていないので、買うと400円ぐらいする。長時間の研究にも対応できるよう、ACアダプタも欲しいところである。
もっとモジュールがたくさんあるとさらに複雑な回路が作れるとは思うが、限られたモジュールの中で工夫してサウンドを作るという作業も、シンセサイザーの楽しみの一つである。その点では、セットもよく工夫されている。
芸術と技術が一緒くたになった世界、それがかつてのプログレッシブロックのライブパフォーマンスであった。アナログ回路はデジタルと違い、何かのパラメータ量を増やしていった結果がリニアに変わっていくので、結果が予想しやすいというメリットがある。デジタルだけでなく、こういう世界があることも、現代の少年少女たちにぜひ味わって欲しいところである。シンセ好きだったお父さん、子供の夏休みの工作キットとして、1セットいかがだろうか。
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