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レコードをワイヤレスで“飛ばす”、ヤマハの挑戦「MusicCast VINYL 500」

一時のブームから、音楽を楽しむ趣味の1つのカタチとして復活・定着したアナログレコード。レコード全盛期を知らない世代でも「どんな音がするのか聴いてみたい」、「ジャケットが大きくてカッコいいレコードを買ってみたい」と考えている人は多いだろう。そんな人に注目して欲しいプレーヤーがヤマハから登場した。「MusicCast VINYL 500」(TT-N503)という製品だ。

「MusicCast VINYL 500」(TT-N503)

注目の理由は、なんとこのレコードプレーヤーの中に“ハイレゾ対応のネットワークプレーヤー機能”が入っている事。つまり、レコードを再生していない時は、音楽ファイルのネットワーク再生が楽しめるというわけだ。「なにそれスゲェじゃん」と思う人は多いと思うが、実はこのプレーヤー、2つの機能を組み合わせただけではない、“新しい時代のレコード再生スタイル”を提案する非常にユニークな製品になっている。

試聴と共に、開発を担当した事業統括部 AV事業推進部 AV商品企画グループの熊澤進主事、AV開発部 機構・音響グループの後藤清彦主事、AV開発部 電気グループの鈴木英之主事の3人にお話を伺った。

左からAV開発部 電気グループの鈴木英之主事、AV開発部 機構・音響グループの後藤清彦主事、事業統括部 AV事業推進部 AV商品企画グループの熊澤進主事

単なる「レコードプレーヤー+ネットワークプレーヤー」ではない!?

「MusicCast VINYL 500」の概要をおさらいしよう。10月下旬発売で、価格は9万円。ピュアオーディオ向けのレコードプレーヤーは数十万円が当たり前だが、それらと比較するとリーズナブル。ネットワークプレーヤー機能も入っていると考えると、お買い得なイメージだ。なお、ネットワーク機能の無い、純粋なレコードプレーヤー「TT-S303」も同時期に発売する。こちらは58,000円だ。

「MusicCast VINYL 500」

透明かつ開放感のあるサウンドが特徴のストレートアームを採用。カートリッジも装備し、フォノイコライザーも搭載。ライン出力を備えており、外部のコンポなどと手軽に接続できる。フォノイコライザーを通さないPhono出力も1系統装備しており、ピュアオーディオ用プレーヤーとしても抜かりはない。

ストレートアームを採用し、カートリッジも装備

ネットワークプレーヤーとしてはLAN端子に加え、2.4GHz、5GHzの無線LANも内蔵。Bluetooth受信機能や、AirPlayにも対応する。

音楽ファイル再生は、WAV/FLAC/AIFFが192kHz/24bitまで、DSDは11.2MHzまでの再生が可能。ストリーミング配信の受信も可能で、Spotify Connect、Deezer HiFi、ラジコ、インターネットラジオに対応する。

背面を見ると、LAN端子が見える
Bluetooth受信機能や、AirPlayにも対応する

仕様を見ると、「レコードプレーヤーとネットワークプレーヤーを1つの筐体に入れた製品」と感じる。実際に機能としてはその通りなのだが、熊澤氏は「“一粒で二度美味しい製品”という発想で作ったのではなく、“今現在起きている、新しいリスニングスタイルに応えるレコードプレーヤー”として開発したのです」と言う。

言葉の意味は、「MusicCast VINYL 500」という製品名の頭についている「MusicCast」に注目するとわかる。MusicCastとはご存知の通り、ヤマハが同社のAVアンプやネットワークスピーカーなど、様々な機器で対応を広げているネットワーク再生機能の名前だ。

筐体には「MusicCast」ロゴ

このMusicCastは、NASなどに保存した音楽ファイルを、対応AVアンプから再生すると、普通のネットワークプレーヤー機能に加え、音源を様々な部屋の対応機に配信し、マルチルーム再生する機能も持っている。つまり“受け身”のプレーヤー機能だけでなく、音楽を好きな部屋と機器に配信する“送り手”としての側面もあるのだ。

つまり、VINYL 500で再生しているレコードの音を、MusicCast対応のワイヤレススピーカーに飛ばして、そこから再生する事もできる。アナログレコードという古いメディアを、ワイヤレスという“メチャ新しいスタイルで聴ける”。そこにこそ、開発のキッカケがあったというのだ。

レコードの再生音を、MusicCast対応のワイヤレススピーカーに飛ばして再生できる

熊澤氏は「アナログレコードの盛り上がりは、我々ヤマハも肌で感じていました。また、プレーヤーをまた出して欲しいという声も多く頂いていました。しかし、出すのであれば、例えば“復刻モデルをちょっと出して終わり”にするのではなく、ラインナップを揃えてしっかりとニーズに応えたいと考えていました」。

「そこで、フラッグシップのGT-5000だけでなく、新しいお客様も掴めるモデルも開発する事にしました。企画のスタート当初は、ネットワーク機能を入れるという案は無かったのです。しかしその後、我々が提案してきたMusicCastとアナログプレーヤーはマッチするのではないかと考え、それから2年ほどかけて開発しました」。

事業統括部 AV事業推進部 AV商品企画グループの熊澤進主事

熊澤氏がこだわったのは「レコードの魅力を味わえる事」だ。「大きなジャケットを手で持って、取り出して、プレーヤーにかけるという一連の動作の中にも、レコードの魅力って詰まっているじゃないですか。ですから、プレーヤーはユーザーさんの手の届くところに置いていただきたい。我々のMusicCastを使えば、プレーヤーをアンプの近くに置く必要はなくなり、設置の自由度が増します。MusicCastスピーカーを使えば、アンプすらいらない。そう考えると、レコードプレーヤーとネットワーク機能は、相性がいいのではないかと考えたのです。」

つまり「レコードを聴かなくなってもネットワークプレーヤーとして使える」という発想ではなく、レコードプレーヤーを近くに置いて“愛でながら”、音は好きな場所に設置したネットワーク対応アンプやスピーカーから自由に再生するという発想。“レコードを愛でやすくするため”にネットワーク機能を使うわけだ。ネットワークプレーヤーはその結果、付随したものというのがユニークだ。

現代にレコードプレーヤーを作るという苦労

最新のネットワークプレーヤー開発は、ヤマハにとって“お手のもの”だろう。だが、久しぶりのレコードプレーヤーとなると、苦労もあったようだ。

ヤマハはオーディオの黎明期からレコードプレーヤーを手掛けおり、その歴史は古い。入門~中級機から、1978年に発売したリニアトラッキング方式の「シンメトリカルリニアアーム」を搭載した重量級モデル「PX-1」、さらにヤマハを代表するプレーヤーと言えば1982年に発売された「GT-2000」が挙げられる。

1978年に発売したリニアトラッキング方式の「シンメトリカルリニアアーム」を搭載した重量級モデル「PX-1」

CDがデビューした1982年に登場した「GT-2000」は、アナログの原点に立ち返るような製品で、頭文字のGTが意味する「Gigantic(巨大な) & Tremendous(途方もない)」を体現するような大型重量級プレーヤーとして、オーディオファンを魅了した。

ヤマハを代表するレコードプレーヤーと言えば1982年に発売された「GT-2000」

しかし、物量投入でこだわりまくりなプレーヤーを出していた時代から、20数年が経過。VINYL 500を設計した後藤氏も、これまでアンプなど様々な製品を手掛けているが、アナログレコードを作るのは初めてだったという。

「小さい頃にレコードプレーヤーを使ったことはありますが、開発となると話は別です。当時開発していた設計者は、ほとんどリタイアしてしまっている事から、シニアパートナーとして助けていただいている昔の設計者の方に教えていただいたり、当時の図面を見ながら、“こういう考えでやっていたんだろうな”と読み解いたり……教科書となる本も参考にしながら知識を蓄えていきました。当時の事を知ると、本当に突き詰めて開発していたんだなと改めて勉強になりましたね」(後藤氏)。

AV開発部 機構・音響グループの後藤清彦主事

後藤氏によれば、もっとも苦労した点はキャビネットの“厚さ”だという。「ネットワーク機能も入れなければならないので、設計側からは少し厚めの案をデザイナーに投げたのですが、そうすると見た目的に古臭く見えてしまいました。ハイエンドな製品ではそれでもいいのかもしれませんが、VINYL 500は若い世代にも向けた製品ですので、ちょっとマッチしないなと。設計とデザイナーの間でいろいろと相談して、最終的にこの薄さになりました」。

「ピアノも手がけるヤマハとして、仕上げにもこだわっています。クラスを越えた高級感を感じていただけると思います」(後藤氏)。

キャビネットの“厚さ”にこだわりが

方式としてはベルトドライブで、DCモーターを搭載。カートリッジはMMに対応する。「GTシリーズほどではありませんが、レコードプレーヤーとして基本的に押さえければならないところにはこだわっています。モーターの振動がターンテーブルに伝わらないよう様々な工夫を施しました。音質面では手を抜いていません」。

「筐体は、あまり軽すぎると低音が出にくくなるので、ある程度の重さを確保しました。GTシリーズではありませんが、GTで培った技術も活用し、この価格帯としては、十分満足していただける音になったと自負しています」(後藤氏)。

アームに関して後藤氏は、「微小信号を拾うために剛性と強度が最も重要」だという。「トラッキングエラーはレコードプレーヤーについて回る問題ですが、そこを抑える事を重視しました。なおかつ、癖が無く、初心者にも使いやすいようにオフセットをかけた形状にしています。」

レコードプレーヤーの筐体内に、ネットワークプレーヤー機能を搭載したのが鈴木氏だ。「ネットワークプレーヤー機能もそうですが、無線LANを搭載しているので安全規格などの絡みでシールドもしっかりとやらないといけません。そのあたりもクリアしながら薄さを維持するのに苦労しました」。

AV開発部 電気グループの鈴木英之主事

外観的には、無線LANやネットワークプレーヤーが入っているとはまったく思えない。背面にニョキッとアンテナが生えていたりもしない。

「背面にアンテナをツノみたいに立てるのが楽なんですが、デザイン的にやりたくなかったのです。しかし、筐体の中に内蔵しようとすると、真ん中に金属の円盤(プラッタ)がある。金属部分の影響を受けないように、無線の性能も落とさないために、内部のどこにアンテナを配置するのか。試作段階で追求し、最終的にはプラッタの少し手前に1つ、右側にも1つ、2カ所搭載しています」。

ネットワークプレーヤーとレコードプレーヤーの共存。音質面でも乗り越えるべきハードルがあった。「ネットワークプレーヤーユニットから出るノイズには注意しました。レコードプレーヤーのアナログ回路の感度は高いので、そこに影響を与えないように、ユニットをシールドで覆っています。また、一回設計したあとで、グランドのパターンの見直しなどをして、デジタル回路のノイズを拾わないようにしています。同時に、電磁波など、外部からのノイズも受信しないよう、パターン設計も試行錯誤しました」(鈴木氏)。

開発陣が感じる「アナログレコードの魅力」

ヤマハとして久しぶりのレコードプレーヤー開発。デジタル系の機器を作るのとは違う、新鮮味もあったようだ。

後藤氏は「レコードプレーヤーはデジタル製品と比べると、部品を変えた時に、音により大きな影響が出ますね。物理的な違いが、すぐ音に出る。電気回路だけでなく、メカ的な部分の影響もよく考えないとダメだというのはよくわかりました」と語る。

鈴木氏によれば、ヤマハの社内では開発とは別に、昔のレコードプレーヤーと最新のアンプやスピーカーを接続し、そのサウンドを聴いてみる試聴会のようなイベントが時折開催されているという。「そうした機会にレコードの音を聴いてみると、音が出る前にサー、プチプチというノイズが出ます。デジタル系の機器と比べると、ダイナミックレンジやチャンネルセパレーションなどは比較になりません。しかし、出てくる音はとても心地よくて、ノイズもまったく気にならなくなる。スペックだけ見るのと、音を聴いてみるのとはまったくイメージが変わります。こういう楽しみ方もあるなと再認識した」という。こうした経験も、今回のプレーヤー開発に生かされている。

一方で、エンジニアとして譲れない部分もある。「レコードプレーヤーだから、ノイズが沢山あってもいいよね、という考えは設計としては絶対にありません。ノイズはしっかりと測定し、それが出ないようキッチリ追い込みます。それがあった上での、アナログの良さですね」と、鈴木氏は笑う。

熊澤氏はアナログレコードの魅力は「整えられ過ぎていないところ」だと語る。「一番の魅力は、すっと音が抜けてくるところですね。制約されていない、整えられ過ぎていない。(デジタルのような)フィードバックが無いところが良いのかもしれません。コーデックやフローの制御、そういったものが無いからこそ得られる気持ち良さというのは、あると感じました」。

音をチェック。MusicCastを使った新しいレコードの聴き方も体験

プリメインアンプ「A-S801」(10万円)、フロア型スピーカー「NS-F330」(1台35,000円)と組み合わせて、ダイアナ・パントンの「Solstice/Equinox」などを再生して音をチェックした。

一聴して、非常に“安定感のあるサウンド”だとわかる。薄型筐体で、ネットワークプレーヤーが入っているにも関わらず、重心が低く、ドッシリとしたサウンドが出てくる。GTシリーズではないが、GTシリーズの匂いも感じる、本格的なサウンドだ。

高域の抜けも良く、音場の広がりる範囲にも制約が無い。中高域の響きの余韻にも安定感がある。薄型デザインのプレーヤーだが、筐体の剛性の高さや、トラッキング能力の高さをうかがわせる。

アナログレコードの良さは、“音にあたたかみがある”とよく表現されるが、個人的には“生々しさ”だと考えている。ボーカルやコーラスなど、人の声でわかりやすいが、実際に目の前で口が開閉されているようなリアリティがある。

CDやハイレゾファイルの再生では、超高画素なデジカメで撮影したようなクリアでシャープなサウンドが楽しめるが、アナログレコードは、ボーカルの口から出た吐息や、ステージの熱気がそのまま封じ込められ、レコードプレーヤーで開放されるような感覚がある。こうした“アナログの醍醐味”は、特に中低域が深く、安定感のある音で再生できるVINYL 500のようなプレーヤーでないと味わえない。

最大の特徴である、MusicCastを使った聴き方も体験してみよう。

使い方は簡単で、VINYL 500をネットワークに接続した状態で、アプリ「MusicCast CONTROLLER」を立ち上げると、アプリ内からVINYL 500が見える。

VINYL 500を音楽ソースとして選び、再生先として、対応するワイヤレスストリーミングスピーカー「MusicCast 50」(WX-051)や、「MusicCast 20」(WX-021)を選ぶと、それぞれから音が流れ出す。

アプリから制御しているところ。各スピーカーの音量を個別に制御したり、グループとしてまとめて再生させる事も可能だ
再生させる部屋を選んでいるところ

「MusicCast 50」と「MusicCast 20」を別々の部屋に置いておけば、リビングに置いたレコードプレーヤーの音を、2つの部屋で楽しめる。広い部屋にMusicCast 50/20を両方設置して、同時に鳴らし、音を広げてBGM的に楽しむといった使い方も可能だ。サラウンド再生とは少し違うが、レコードの音を、こんな風に楽しむのも新鮮で面白い。

逆に、書斎にVINYL 500を設置。普段はVINYL 500とピュアオーディオを接続して本格的にレコードの音を楽しみながら、リビングでBGM的に楽しみたい時は、タブレットやスマホを操作して、リビングのMusicCast 50/20に飛ばす……なんて聴取スタイルも快適そうだ。ヤマハの対応AVアンプを持っている人は、さらに活用の幅がアップするだろう。

MusicCast 20
MusicCast 50

実際にタブレットを操作し、レコードの音をワイヤレススピーカーに飛ばすと、頭で理解していても、なんとも不思議な感じがする。ある意味“古き良きオーディオ”を象徴する存在のレコードが、一気に最新のネットワークオーディオの中に組み込まれ、生き返ったような、そんな斬新さがある。

MusicCastでレコードの音をワイヤレス送信。なんとも不思議な感覚だ

なお、前述の通りVINYL 500にはフォノEQが搭載されているが、それを通さずにピュアに音を出す事もできる。MusicCast経由で音を配信する時は、当然フォノEQを通った音が配信される。鈴木氏によれば、アナログの出力と、ネットワークを介したデジタルの出力に“大きなレベル差”をユーザーが感じないよう、音量感も揃えているという。細かい点だが、アナログとデジタルが同居するプレーヤーらしいこだわりと言えるだろう。

ネットワークプレーヤーとしてVINYL 500を使う時も、前述のMusicCast CONTROLLERアプリが活躍する。再生先の機器としてVINYL 500を選び、NASなどの音楽ソースを選ぶという流れだ。

アプリから再生を制御していると、ふと「トーンアームがオートで動くようにして、アプリをタップすると、自動的にアームが“ウイーン”と動いて、再生されるようにしても良かったのでは?」と、思ってしまう。

熊澤氏は「社内でもそういう声はありました」と笑いながら、「しかし、アナログレコードに針を落とす、自分で操作する楽しみを大事にしたいと考えました」と語る。アナログへの愛着をかきたてる“愛すべき一手間”と、最新オーディオの使い勝手。その2つが同居したプレーヤーが「VINYL 500」と言える。

レコードプレーヤーとネットワークプレーヤーが同居した「VINYL 500」。ユーザー目線で見ると、“アナログレコードの楽しさ”を味わえる製品であると同時に、もしアナログレコードに飽きてしまい、聴かなくなってしまっても、ネットワークプレーヤーとして使えるという安心感は魅力だ。

しかし、それだけでなく、ネットワーク再生機能を活用する事で、アナログレコードを気軽に楽しめるプレーヤー、つまり“飽きずにアナログを愛し続けやすいプレーヤー”として開発されている。ここに、VINYL 500の魅力があると言えそうだ。

 (協力:ヤマハ)

山崎健太郎