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ニュース番組をシネマカメラで撮る理由。ABEMAが目指す“心地良いテレビ”

シネマカメラで撮影したニュース番組。背景がとろけるようにボケていて、アナウンサーが立体的に見える

インターネット上で最新のニュースが見たい時、ABEMAにアクセスする人は多いだろう。ABEMAではドラマや映画、アニメ、バラエティなど豊富なコンテンツに加え、“24時間365日”ニュースを専門に生放送している「ABEMA NEWSチャンネル」があり、いつでもアクセスすれば最新ニュースが見られる便利さが魅力だ。そんなABEMA NEWSチャンネルだが、5月31日から映像が“少し変わった”事に気がついた人はいるだろうか。

上のイメージビジュアルを見ていただきたい。ニュースのキャスターにピントが合い、その周囲はとろけるようにボケている。なんと、報道番組で初めて“シネマカメラ”を導入したのだそうだ。つまり、“映画用のカメラでニュース番組を撮っている”わけだ。なぜシネマカメラを導入したのか? そこからは、誕生から5年を経てリニューアルしているABEMAが目指す“新しい未来のテレビの姿”が垣間見えてきた。

左からテレビ朝日アートディレクター 兼 ABEMA NEWSクリエイティブ統括の横井勝氏、テレビ朝日 技術局 技術運用センター兼ABEMA NEWS技術統括担当の吉田純也氏、ABEMA NEWS 5周年リニューアル統括の末松孝一郎氏

スマホに最適なニュース番組の画とは?

テレビ朝日とサイバーエージェントが協力してスタートしたABEMAは、4月11日に開局5周年を迎えた。年間を通して「ABEMA 5th Project」と題した大規模プロジェクトを展開しており、その一環として、ニュースチャンネルの撮影スタジオがリニューアルしたそうだ。そして、そのタイミングで導入されたのが、Eマウントを採用し、フルサイズセンサーを搭載したソニーのCinema Lineカメラ「FX6」だ。

ソニーのCinema Lineカメラ「FX6」

ご存知の通り、明るいレンズを装着し、絞りを開け気味にして撮影すると、映画やポートレート写真のように、人物の背景がとろけるようなボケ味の映像が撮影できる。だが、今までテレビのニュース番組を見ていて、「アナウンサーの背景がとろけるボケ味だなぁ」と思った人はいないだろうし、ニュース番組で、“ボケ”にこだわったという話も聞いたことがない。ではABEMA NEWSはなぜ、ニュース番組のシネマカメラで撮影しようと考えたのか。

テレビ朝日アートディレクター 兼 ABEMA NEWSクリエイティブ統括の横井勝氏によれば、その背景には、ABEMA NEWSチャンネルがスタートした時から追求している“シンプル&スタイリッシュ”というテーマがあるという。

横井勝氏

ABEMAは、PCのWebブラウザや、テレビにインストールしたアプリなどから表示できるが、ユーザーの大半はスマホアプリで視聴している。当然のことながら、スマホの画面はパソコンのディスプレイやテレビと比べて小さい。

一方、テレビ向けの一般的なニュース番組は“多くの情報を視聴者に届ける”事を目的としているため、画面の情報量が多い。ABEMA NEWSのデザインを担当する横井氏は、「画面の小さなスマートフォンに、テレビのニュース番組をそのまま表示してしまうと、情報量が多すぎて見にくくなります。スマホの画面サイズに適した、シンプル&スタイリッシュな画作りは、特に今回のリニューアルでもこだわっているポイントです」と語る。

例えば、情報バラエティ番組などでは、キャスターに加え、コメンテーターやゲストなどが何人も登場する。全員が写るように、“引き”で撮影した場合、テレビでは問題ないかもしれないが、スマホの小さな画面では、1人1人の顔がよく見えなくなり、視聴者にストレスになる。その場合は、例えば2人とか、1人とかにグッと“寄って”その人の表情が良く見えるようにする。つまり、画の情報量を減らしてシンプルにするわけだ。

人の数だけではない。例えば、テレビ番組の場合は、画面の下部だけではなく、左右や中央など、様々な場所にテロップが入る。テレビの画面サイズであれば“派手で面白そうな、情報量の多い画”になるのだが、小さな文字が読みにくいスマホ画面では、テロップが大量に入ると逆に見にくい画になってしまう。

「ABEMAでは最初からテロップを少なめにしていますが、それに加え、使用できるフォントの制限や、使える色数も絞っています。地上波の番組では、他より目立たせようと様々な色を強く使ってしまう傾向がありますが、ABEMAでは“出過ぎる”必要がありません。それよりも視聴者の邪魔をしない、見ていて“心地の良い画”を作る事が大切です。簡素にし過ぎると“デザインしてないじゃん”と言われてしまうのですが(笑)、そうではなく、シンプルだけど粗末ではない、“ナチュラルで心地の良い画”を追求しています」(横井氏)。

辻歩キャスターに実際にスタジオに座ってもらった。写真でも動画でも、明るいレンズで撮影すると、背景がボケて、見ていて心地の良いものになる

つまり、テレビのニュース番組の作り方をそのままスマホに持ってきても、最適なものにはならない。“スマホで見やすい画”を作らなければ、見ている人にストレスを与えてしまう……という話だ。面白いのは“ストレスのない画”という“マイナス要素の無い画面デザイン”を追求するのではなく、“見ていて心地の良い画”というプラス要素のある画面を目指すという姿勢だ。

映画や旅番組で「美しい映像だな」「見ていて気持ちがいいな」と感じる事はあるが、ニュース番組の映像に対して“心地の良さ”を感じた人はあまりいないだろう。しかし、ABEMA NEWSのように365日、24時間流れている番組では、アプリで表示しっぱなしにしたり、ブラウザで表示し続けるなど、長時間流しっぱなしにしている人も多い。生活に寄り添うように存在するニュース番組として、“心地の良さ”がさらに大事になるだろう。

ニュース番組収録のスタジオ

なぜニュース番組をシネマカメラで?

横井氏は、この“心地の良さ”の先に、今回のシネマカメラ導入があったという。採用のキッカケとなったのが、スマホで見ることが多いInstagramやTwitterといったSNSサービス。これらのSNSでは、スマホカメラの“ポートレートモード”で撮影した、一眼レフにも匹敵するような“とろけるボケ”の人物写真が多数アップされている。

「スマホを見ている人にとっては、ポートレートモードの画が“ナチュラル”というのが、浸透していると思います。また、スマホは顔の近くに持ってきて見ますので、映像と身体的な距離が近い。ですので、“気持ちの悪い映像は見たくない”“心地の良い映像が見たい”という欲求は強いと思っています。画面からにじみ出るような心地よさ、誰かがそこにいて、それを見ている感じに近い映像を実現するため、シネマカメラを導入したというのが経緯です」(横井氏)。

ABEMA NEWS 5周年リニューアル統括末松孝一郎氏は、「YouTubeでシネマ風の映像が増えている事も関係している」と語る。「若者はテレビではなく、YouTubeで映像を楽しむ機会が増えているので、シネマっぽい映像の方が自然と感じているのではないか、そういう映像でないと“ダサい”というか、逆に不自然に感じる部分があるのではと思っています」。

末松孝一郎氏

ただ、実際の番組でシネマカメラを使うといっても、カメラだけ入れ替えてOKとはいかない。当然そこには、試行錯誤があった。テレビ朝日 技術局 技術運用センター兼ABEMA NEWS技術統括担当の吉田純也氏は、センサーサイズがFX6と同じ、フルサイズのソニー「α7」を所有していたので、リニューアル前のスタジオにα7を持ち込み、試し撮りしたという。どの程度の画角で、レンズの明るさはどのくらいがいいのかなどをテストしていった。その際も重要になるのがスマホだ。

末松氏は、「どこまでボカすかというのは、カメラと被写体との距離でも変わってきますが、ここでも“スマホで見た時にどう見えるか”というのは意識しています。現場には大きなモニターもあるのですが、モニターで見ると“ボケすぎだ”と感じた画でも、スマホで見ると“ちょうどいい”という事もあります。ですので、現場でも常に“スマホでの見え方”をチェックしています」と語る。

シネマカメラ+明るいレンズでの撮影で注意しなければならないのが、ピントが外れないようにする事だ。絞り込んでいれば、少しピントが外れてもあまり違和感がないが、背景がボケボケの映像で、もし、ピントが外れた場合、一発で“ピントが合っていない”というのが視聴者にわかってしまう。

吉田純也氏

そこで吉田氏は、ソニーのカメラが得意としているリアルタイムの顔認識・瞳AFといった機能を活用。その精度の具合や、フォーカスが抜けが起こらないかなどをα7やFX6デモ機でチェックしていった。

予想外の事態も起こった。ニュースでは、アナウンサーの背後に映像を表示するが、末松氏によれば、その映像に人顔が大きく出ると、その顔にAFが合焦してしまう事もあったという。そういった事が起こらないように工夫しながら、現在のカタチへと追い込んでいったそうだ。

撮影スタジオに導入されたFX6
こちらのFX6には、50mm F1.8の写真用レンズが取り付けられている
これまでの撮影で使われていたリモートカメラ

こうした話を聞くと、「AFではなく、カメラマンがマニュアルフォーカスで操作すれば大丈夫なのでは?」と思うが、実は少人数で番組を作っているABEMA NEWSでは、「朝のABEMA Morningなど、凝った演出の番組はカメラマンが1人つくのですが、その他のニュースではディレクターがカメラ操作も兼任していて、別室からリモートで操作しています。ですので、次の画角に切り替えたら、あとはAFにまかせて……という使い方が基本になります」(吉田氏)とのこと。スタジオで実際にカメラを見せてもらうと、リモート操作を可能にするためのリモコンヘッドの上に搭載されていた。

FX6と三脚のあいだには、リモートでパン・チルト操作をするためのリモコンヘッドが搭載されている

ノウハウを蓄積するためのシミュレーションは地上波の番組でも行なっているそうだが、ABEMAではうまくいったシミュレーションは、トライアルとして実際に配信する事もある。α7を2台使っての放送テストなども経て、よりビデオカメラに近い形状・機能で、現場で使いやすいFX6を導入。実際の番組での活用がスタートした……というわけだ。

では、実際にシネマカメラで放送した反響はどうなのだろうか? 視聴者からは「確かに変わった」「綺麗になった」といった声が寄せられているという。さらに、社内から「やっぱり違うね」、「(別の番組のカメラチームから)どうやって撮影しているのか教えて欲しい」といった声もあったという。

吉田氏は、「ABEMAはサイバーエージェントさんとテレビ朝日の協業で運営されていますが、テレビの番組は参加しているスタッフも多く、1つの事を決めるにも組織的にいろいろなところの判断を経なければいけません。しかし、サイバーさんは重要な決断も現場に任されていて、判断が非常にスピーディーで、例えば先ほどのトライアルを実際に放送するような大胆な事もできる。それが凄いなと日々感じていて、テレビ朝日側のスタッフも刺激を受けて、取り入れていこうとしています。これから先、スマホなどのデバイスも変化していくと思いますが、我々が変化にいちはやく対応できる製作スタイルになることで、そうした変化にも追従していけると考えています」。

「ニュース番組の映像が美しくなる」、変化としてはそれほど大きな事ではないかもしれない。だが、新しいデバイスが登場したり、生活スタイルが激変する中で、“今までの常識にとらわれない事にチャレンジする”事には大きな意義がある。誕生から5年を経てリニューアルしているABEMAが目指す“新しい未来のテレビ”は、そうしたチャレンジの積み重ねによって生み出されていくのだろう。

山崎健太郎